2024年6月15日土曜日

0488 レーエンデ国物語

書 名 「レーエンデ国物語」
著 者 多崎 礼 
出 版 講談社 2023年6月
文 庫 496ページ
初 読 2024年6月14日
ISBN-10 4065319463
ISBN-13 978-4065319468
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/121302449

  「革命の話をしよう」

 という序章で、この物語は始まる。
 「レーエンデ国物語」、と言いながら、この巻ではレーエンデという地方は登場しても「国」は存在しない。
 そのことからも、後世に登場する「レーエンデ国」の伝説若しくは年代記として、この本は語られるのだろうか、と予想する。
 序章によれば、この物語は「革命」の話であり、レーエンデの歩んだ苦難の道のりであり、物語の起点となる“レーエンデの聖女”と呼ばれたある女性の物語であると。
 そして終章、この巻の主人公の一人、宿痾に冒された弓兵トリスタンの、その銀呪に侵された死にゆく目に、壮大なレーエンデの未来が映る。そして、ここが終わりではなく、始まりなのだ、とトリスタンは知る。

 レーエンデの誇りのために戦う女がいた。(第二部 月と太陽)
 弾圧と粛清の渦中で希望を歌う男がいた。(第三部 喝采か沈黙か)
 夜明け前の暗闇に立ち向かう兄と妹がいた。(第四部 夜明け前)
 飛び交う銃弾の中、自由を求めて駆け抜ける若者達がいた。(第五部 未刊)

 これらの物語が、この後に続く巻で、語られていく。

 とても壮大で緻密な物語世界を構築している。まさに、ハイ・ファンタジー。
 そのことに疑いはないのだけど、物語の舞台には、冒頭からどことなく既視感を感じる。なんとなく『もののけ姫』の世界観との共通性を感じるからだろうか。時代的にも中世→近世といったところ。周囲はだんだん文明化しつつある。よそ者の侵入を嫌う異形の古代樹の森とか、宿痾を背負った青年(トリスタン/アシタカ)とか。作中に登場する泡虫は『もののけ姫』の「こだま」と同じような役回りを果たす。
 また、残念なことに、『指輪物語』のような大叙事詩的なスケールの大きさを感じさせる世界なのに、全体的に台詞回しが軽い。テンポの良い会話は面白くはあるのだけど、軽いノリや語彙が非常に現代っぽく、中世的な情景に相応する情感とは雰囲気が添わない。そのせいで登場人物の情緒もいまいちチグハグな印象を受ける。
 また、もう一つ違和感が拭えなかったのは、「革命」「自由」といった言葉がどうも上滑りしていること。(もっとも、後世に書かれた、という体裁であるから、描かれた時代(この巻の年代)にはない概念が「作品」に持ち込まれているのだ、と考えられなくもない。)
 「自由に生きる」「個人の幸福」「自分の人生を自分で選択する」といったテーマはとても近代的なものなので、太古の森で、ドレスを纏ったお姫様が、「自由意志による選択」について苦しむ、ということに時代的なミスマッチを感じてしまう。自我の獲得ともいうべきとても近/現代的なテーマは、あたかもとってつけたように感じられ、違和感があるのだ。16歳のユリアが、自分の父より高齢で好色な領主の後添えに嫁ぐことを伯父に強要される。そのことにユリアが嫌悪を示すのは良いし、苦悩するのも当然なのだが、その葛藤を「自由に生きる」という言葉に置き換えてしまうと、とたんに「なにか違う」ものになってしまう。

 また、「悪魔」という言葉は、どうしてもキリスト教的意味合いを強く感じるので、別の言葉を当ててくれるとよかったのにな、と思う。ローマ・カトリック教会に近い雰囲気を醸し出している「クラリエ教」の教義や伝承の中にこの言葉が出てくるのであればたぶんすんなりと馴染むが、クラリエ教に圧迫される側の少数民族の古くからの伝承の中に「悪魔」とか出てくると、違和感が強い。

 さらにどうしても気になってしまったのが、「木炭高炉に石炭が必須」というセリフ。
 木炭高炉で製鉄するなら、必要なのは木炭であって石炭ではないのでは?石炭で製鉄するにはさらに時代が下がってコークスの登場を待たねばならないし、そうなったらそれはすでに「木炭高炉」ではないのでは?

 いやほんと、お前は本を楽しむ気があるのか!と叱られそうなレビューで申し訳ないとは思いつつ、一応気になった点は記録しておく。しかし文句は多いが、十分に楽しんで読んだ。一巻目で感じた違和感のうちのいくつかは、後続の巻を読めば解消しそうな気もする。

 なにしろ、トリスタンが最後に悟ったように、これは「終わりではなく始まり」
 レーエンデは揺籠
 エールデは胚子
 誕生したまま、ついに登場しなかったエールデは、今後、物語の中でどのような役割を果たすのか。
 トリスタンが言ったように、トリスタンは霊魂となってエールデのそばに留まるのか。
 やはりユリアが言ったように、ユリアはリリスと、時代を経てなんらかの再会を果たすのか。
 始原の海とはなんなのか
 銀呪病の正体はなんなのか・・・・

これらの謎が明らかにされることを大いに期待して、続刊に臨みたい。

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