- ナイトホークス(1992年) The Black Echo(1992年)
- ブラック・アイス(1994年) The Black Ice(1993年)
- ブラック・ハート(1995年) The Concrete Blonde(1994年)
- ラスト・コヨーテ(1996年) The Last Coyote(1995年)
- ザ・ポエット(1997年) The Poet(1996年)
- トランク・ミュージック(1998年) Trunk Music(1997年)
- わが心臓の痛み(2002年) Blood Work(1998年)
- エンジェルズ・フライト(2006年) Angels Flight (1999年)
- バッドラック・ムーン(2001年) Void Moon(2000年)
- 夜より暗き闇(2003年) A Darkness More Than Night(2001年)
- シティ・オブ・ボーンズ(2002年) City of Bones(2002年)
- チェイシング・リリー(2007年) Chasing The Dime(2002年)
- 暗く聖なる夜(2005年) Lost Light(2003年)
- 天使と罪の街(2006年) The Narrows(2004年)
- 終決者たち(2007年) The Closers(2005年)
- リンカーン弁護士(2009年) The Lincoln Lawyer(2005年)
- エコー・パーク(2010年) Echo Park(2006年)
- 死角(2010年) The Overlook(2007年)
- 真鍮の評決 リンカーン弁護士(2012年) The Brass Verdict (2008年)
- スケアクロウ(2013年) The Scarecrow(2009年)
- ナイン・ドラゴンズ(2014年) Nine Dragons(2009年)
- 判決破棄 リンカーン弁護士(2014年) The Reversal(2010年)
- 証言拒否 リンカーン弁護士(2016年) The Fifth Witness (2011年)
- 転落の街(2016年) The Drop(2011年)
- ブラックボックス(2017年) The Black Box(2012年)
- 罪責の神々 リンカーン弁護士(2017年) The Gods of Guilt(2013年)
- 燃える部屋(2018年) The Burning Room(2014年)
- 贖罪の街(2018年) The Crossing(2015年)
- 訣別(2019年) The Wrong Side of Goodbye(2016年)
- レイトショー(2020年) The Late Show (2017)
- 汚名(2020年) Two Kinds of Truth(2017年)
- 素晴らしき世界(2020年) Dark Sacred Night(2018年)
- 鬼火 (2020年) The Night Fire(2019年)
- 警告(2021年) Fair Warning(2020年)
- 潔白の法則 リンカーン弁護士(2022年) The Law Of Innocence(2020年)
- ダーク・アワーズ(2022年) The Dark Hours (2021年)
- 正義の弧 (2023年) Desert Star(2022)
- 復活の歩み リンカーン弁護士 (2024年) Resurrection Walk (2023)
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2021年7月24日土曜日
マイクル・コナリー作品リスト(ハリー・ボッシュシリーズ/リンカーン弁護士シリーズ他)
ヘニング・マンケル作品一覧
クルト・ヴァランダー警部シリーズ
- 殺人者の顔 Mördare utan ansikte (1991)
- リガの犬たち Hundarna i Riga (1992)
- 白い雌ライオン Den vita lejoninnan (1993)
- 笑う男 Mannen som log (1994)
- 目くらましの道 Villospår (1995) - 英国推理作家協会賞(CWA賞)最優秀長編賞。
- 五番目の女 Den femte kvinnan (1996)
- 背後の足音 Steget efter (1997)
- ファイアーウォール Brandvägg (1998)
- 霜の降りる前に Innan frosten (2002):クルトの娘リンダが主人公。
- ピラミッド Pyramiden (1999):短編集。
- 苦悩する男 Den orolige mannen (2009)
- 手/ヴァランダーの世界 刑事ヴァランダー・シリーズ (創元推理文庫)
2021年7月22日木曜日
0282 凶手(ハヤカワ・ミステリ文庫)
書 名 「凶手」
原 題 「shella」 1993年
著 者 アンドリュー・ヴァクス
翻訳者 佐々田 雅子
出 版 早川書房 1998年4月
初 読 2021年7月22日
文 庫 333ページ
ISBN-10 4150796076
ISBN-13 978-4150796075
聞かれれば34歳と答えた。だが、本当の年齢は自分でも知らない。ゴースト、と呼ぶ連中がいて、ジョン、と呼ぶ人がいた。孤児院で育ち、教護院に入れられ、刑務所に行った。最後におつとめをしたのは、愛した女を守って変態の下衆を殺したから。
最初の殺しは15歳のとき。年長の強い少年が、弱かったり年下だったりの少年達を支配している残酷な養護施設の中でのことだった。管理者の大人はなにもしなかった。あるとき、順番が自分に回ってきた。年長のボスの言うことを聞く代わりに寝ているところを殴り殺した。
やがて、その行為が自分の生計になった。
情緒や感情に乏しく、言葉数が極端に少ない。単に無口なのではなく、話すべきことを初めから自分の中に持っていない。それがどんなに無惨なことか、彼の言葉で“語られない”ことを通じて、物語全体で、ヴァクスは語っているように思う。
ふつう、ハードボイルド小説でよく見られる主人公の一人称で感情表現を交えず抑えた筆致で描き出すのは一種の「スタイル」である。読者は、文字に書き起こされない主人公の感情や思考を行間に汲み取り、そうすることで、自分の中にヒーロー像を描きいっそう主人公への感情移入を強める一種の仕掛けとなる。そこに自分を投影し、自分のヒーローを自分の中に創りだし、彼らがじぶんの中を歩き回ることを楽しむことができる。だが、この主人公ジョンはそうではない。この男は、このようにしか考えられないからこのような文章になるし、こんなふうにしか感情が動かないからこのようにしか表現できない。その行間には汲み取るべき言葉は存在しない。そこにあるのは、虚無である。彼はおそらく被虐待児症候群の類型で、例えば、詳細に脳を調べれば前頭葉の情動を司る部位や、言語野にも萎縮が見られるのではないかと思う。善悪の観念も乏しい。獣が生き抜くために獲物を殺すように、必要に迫られれば人間を殺す。人間として生まれながら、人間としての様々な希望や喜びを享受できるようには育つことができなかった。人間を殺すその時に微かに動く、彼の心の残り滓が、彼が全き人間になることができなかったことの悲劇を示す。
そのような彼が、渾身の努力によって追い求めたのが、彼と行動をともにしていた女性、シェラである。
ジョンが刑務所に服役している間に行方がしれなくなった彼女を、ジョンは探し続ける。その過程で、彼女を探すことができると見做した男の依頼で、殺しをする。
「いろんなことをしたんだ」「おまえを捜そうと思って、いろんなことをした」
シェラを探すため引き受けた様々な成り行きをジョンはそんなふうに表現する。この拙い言葉が、読者にとってはどれほど雄弁なことか。
ジョンは、自分がなぜシェラを探し続けるのか、自分ではその理由を言葉に置き換えることができない。
そして、ついにシェラに再会したときに、シェラがその言葉を彼に教える。「愛している」と。
ラストの「ジャケットをとりに行く。」と言う一文の意味が、彼にとっての希望を示すものであることを願う。
蛇足ながら、巻末の解説には一言いいたい。「卑しき者どものブルース」???? いやそれは違うだろ、と。それでは、自分はヴァクスを理解しているのか、と問われればそれはおそらくできていないのだろうけど、ことの本質は「ハードボイルド」であるとか、「卑しい街に生きるしかなかった卑しい人間」の物語が持つ可能性、などというものではないだろう、と思うのだよな。ヴァクスが作品を通して取り組んでいる幼児虐待の告発についても、その受け止め方が浅薄でがっかりする。いかにヴァクスが取り組んでいることが理解されるのが難しいかの証左のような解説であるが、まあ、これは娯楽小説だから、人は読みたいように読めば良いのだろう。私も含めて。
2021年7月18日日曜日
0281 サクリファイス (ハヤカワ・ミステリ文庫)
書 名 「サクリファイス」
原 題 「Sacrifice(Burke Series Book 6)」 1991年
著 者 アンドリュー・ヴァクス
翻訳者 佐々田 雅子
出 版 早川書房 1996年7月
初 読 2021年7月17日
文 庫 463ページ
ISBN-10 4150796068
ISBN-13 978-4150796068
バークはニューヨークの裏側の生活に戻っている。家族の甘い幻想はインディアナに置いてきた。
ミシェルは性転換手術を受けるためにどこかに行っているが、どうも上手くいっていないようだ。
2歳の幼児が滅多斬りにされて惨殺された。現場には、兄の9歳の男の子もいた。そして次に、その子が預けられた養育家庭の実子の乳児が絞殺される。2人の赤ん坊を殺したのは9歳のルークだった。ルークはカメラを恐れ、地下室を恐れて、別の人格が出現、長期にわたる心身の虐待と性的虐待が原因となる多重人格の症状を示していた。ルークに虐待を加えていた両親は行方をくらます。
日頃から密接な協力体制にある児童虐待対策の専門部門(特殊被害対策事務局)を率いる検事のウルフと、児童保護のプロフェッショナルであるソーシャルワーカーのリリイはルークの扱いを巡って対立。リリイはルークを秘匿するとともに、バークにウルフとの仲介を頼み込む。リリイからの頼みを受け、バークはウルフのもとに出向く。
さて、バークは、何歳くらいなんだろうな?と考える。40代後半って処だろうか。細かい字で書かれた報告書を読むのに、書類を持つ手を伸ばす。もう少しで眼鏡が、、、などと考えたりしている。彼の心の中には虐待され、疎外された子供がずっと居座っているので、傍から見ると年齢不詳なのだが、今回初登場のクラレンスが「息子」ポジションに収まりそうな展開になってくる。
ブードゥーの巫女はバークの動機の曇りの無さを見定めて、助言を与える。
———「ほんとうにわかりますか? あなたは自分が赤ん坊の霊だということがわかりますか? 歩き回る霊だと言うことか?」p.295
———「あなたはそれを担っているのです。逃れることはできないでしょう。死ぬまでは。でも、恐れることはありません。悲しみを宝とするのです。この世にあなたの幸せはないでしょう。ですが、あなたの霊は戻ってきます。新しく、きれいになって」「憎しみなしにですか?」「憎しみはあなたの霊の役目です。あなたの真の道は正しく憎むことなのです。霊を損なわないよう気をつけなさい———魂を危険にさらさないように」p.429
ルークの両親を法で裁くのが困難なことがわかり、バークは彼らの始末を暗黙のうちにウルフから引き継ぐ。武器商人のジャックから銃器を調達し、バークはファミリーたちと彼らの潜伏先に奇襲をかける。しかし、バークはそこで取り返しのつかないミスをしてしまう。
敵の地下室に連れ込まれていた子どもを、巻き添えで殺してしまったことで、バークは自分の魂も殺しかける。ファミリーの誰にもそのことを告げなかったが、ルークを見た瞬間に悲鳴を上げた。
ここから、バークは自分の意志に関係なく世の中から背負わされたものだけでなく、自分の責任により負ったものも背負って歩きださなければならなくなるのだ。バークシリーズの一つのターニングポイントである。本当は、このシリーズはここで終了となるはずだったらしい。シリーズがこの後も続いて良かった。このままではあまりにもバークに救いがないので。ここからのバークの回復をこの目で確認したいと思う。
———俺は今、この世にいる。自分の霊が歩き出すのを待っているのだ。
2021年7月11日日曜日
0280 ブロッサム (ハヤカワ・ミステリ文庫)
書 名 「ブロッサム」
刑務所の「兄弟」ヴァージルの家に迎えられ、一家の団らんを眺めながら。
原 題 「Blossom(Burke Series Book 5)」 1990年
著 者 アンドリュー・ヴァクス
翻訳者 佐々田 雅子
出 版 早川書房 1996年1月
初 読 2021年7月11日
文 庫 439ページ
ISBN-10 415079605X
ISBN-13 978-4150796051
おれは悲しい生まれだ————思い出すのはそればかりだ。だが、悲しみがおれの友だちだったことはない。必要なときでさえ、あの恐怖の電気ショックのように内部に食い込んでくるということはなかった。そいつはいつも存在しているだけだった。おれの魂に低く垂れ込めた霧のようなものだった。おれはよく自分の奥深くにもぐり込んだ。生きていく場所の中で、そこはおれが知っている唯一安全な場所だった。誰にも見えないところまで深くもぐり込んだ。だが、悲しみはやわらかすぎてちぎれない灰色の蔓を伸ばし、割れ目の間を進んできた。・・・・・・・
おれには小さな男の子が見えた。目には涙をいっぱいにため、ビンタを食った顔を赤く腫らして、自分のベッドからじりじり後ずさりしていく男の子が。3人の体のでかい少年がそちらに詰めよっていく。げらげら笑いながら、ゆっくり時間をかけて。
——————翼が折れたカモメをとり囲んでなぶる、3台の車。バークの記憶が揺すぶられる。
おれはチキンとダンプリングを食い、ジンジャーエールを飲みながら、一家の愛情あふれる会話に耳を傾けた。ふっと不思議な気がした・・・・・ここにいる自分の存在が。
刑務所の「兄弟」ヴァージルの家に迎えられ、一家の団らんを眺めながら。
バークとヴァージルはムショの仲間だが、子供の頃から犯罪を犯さずには生きることができなかったたたき上げの犯罪者であるバークとは違い、ヴァージルは愛する女を守るために殺人罪を犯し(引き受け?)、守ったその女はヴァージルを待ち続け、出所後には定職も家も所帯も持って2人の子供を育てている市民だ。そんなヴァージルの家で、居心地が悪いわけではないが、ふと、そこに自分が紛れ込んでいることに不思議な気分になるバーク。異世界を垣間見るような心もちだろうか。
インディアナ州で起きた連続アベック銃撃事件。バークのムショ仲間だったヴァージルの義理の従兄弟の少年に容疑がかかる。兄弟のために真犯人探しに乗り出すバークは、犯人像として幼少時の被虐体験が原因で人格が歪み、殺人行為(射殺すること)が性欲の引き金となる孤独な青年像を想起する。かつての被害者が今は連続殺人鬼となっている。しかしバークはそんな犯人に治療と更生の道を用意してやるわけではない。とうの昔に一線を超えてしまった人間には、それなりのケリの付け方しかない。バークにそれを出来るのは、バークが同じ側のサバイバーだからである。だがしかし、ケリをつけたのはバーク自身ではなかったのだが。
バークは殺伐としたニューヨークを離れ、インディアナのヴァージルの住む街で身分を偽装しつつ慎重に行動する。そのためか、これまでの作と比べ、人間関係もバークの行動も落ち着いて見える。ヒロインのブロッサムもこれまでの女性キャラの中では一番の高学歴(医学部出たての小児科医の卵)で、ある意味で育ちが良くて物怖じしない女性。かといってバークとまったく価値観がかすりもしないほどの良家の子女ではない。実は売春宿の娘なのだが、しっかりした母と、姉妹や店の女達に可愛がられて真っ直ぐ育っている。)
努力が実ったり、苦労が報われたりする当たり前の表の社会と地続きではあるが、その遥か下層に、子供が虐待され、食いものにされる世界があるのだとバークがブロッサムに教える。無論、妹が殺された彼女もそのことは知っているし、小児科医としてこれから生きていけば、いやでもそういった世界に関わっていくことになるはずだ。
ブロッサムが小児科医という身分を生かして、地域の児童保護の仕組みを調べてくる。
「いい、こういう仕組みになっているのよ、バーク。まず、800と言う番号が決められているの。これは州全体に共通の番号。みんながこの番号に電話するようになっているわけ。ソーシャルワーカー、救急センターの看護婦、学校の先生、隣近所の人、みんながね。電話はインディアナポリスに通じているの。そこの登録センターに。それから、また地元の出先に折り返し電話が行くの。それを受けた出先では人を出して調査させ、その調査員は報告書を作るの。事実か、そうでないのか。いずれにしても、その報告はインディアナポリスに送られて、すべてのコンピューターに入力されるっていうわけよ」—————1990年代のインディアナ州の虐待通報の仕組み。ちなみに日本でこのシステムに近いものが導入されたのは、2010年代。5、6年前からです。番号は「189」(イチハヤク)全国共通。覚えておいてください。
「あまりにも多すぎるんだ………あまりにも多すぎる。(中略)報告書がひどい目にあわされた赤ん坊でいっぱいだ。焼かれたり、打ちのめされたり、不具にされたり。性的虐待も受けている。しかも、このファイルの一件一件すべてが、子供を家に返してケリをつけてるんだ。元どおり万事オーケイってわけだ。」
バークのセリフが苦渋に満ちている。子供を守ろうとする試みはいつも後手で、ほとんど救いがない。壊れた卵は元には戻らないのに、壊されてからでないと何が起こったのかはわからない。そして打てる手は少ない。いつまでも子供を隔離し続けることはできないから、まだマシな親や親族がいる場合にはそこに返して再構築を試みることになる。子供を返す側も上手くいくはずがないと知っている場合もあるだろう。
ブロッサムが持っていた薬を正確に言い当てるバーク。ソラジン。もちろん日本で市販されているアセトアミノフェン主成分の鎮痛剤ではない。クロルプロマジンという抗精神薬で、日本で販売されているコントミンと同じもの。メジャートランキライザーである。知っている理由として「俺は教護院にいたんだ」と説明するバーク。落ち着かなかったり、他害傾向が強かったり、反抗的な子供に対して投与されてたんだろう。孤児院、里親、精神病院、教護院、少年院、刑務所。バークの居場所だったところである。そうなった理由は、まともな境遇に生まれることができなかったからである。「州に育てられた」というバークの過去はどこまでも悲しい。
バークが助けたカモメは、折れた翼も癒えて海に帰っていく。
バークもまた、自分が生きる場所に帰る。どんなに過酷な場所であろうともファミリーがいてホームグラウンドと呼べる場所がある。
2021年7月3日土曜日
0279 ハード・キャンディ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
書 名 「ハード・キャンディ」
原 題 「Hard Candy(Burke Series Book 4) 」 1989年
著 者 アンドリュー・ヴァクス
翻訳者 佐々田 雅子
出 版 早川書房 1995年10月
初 読 2021年7月4日
文 庫 418ページ
ISBN-10 4150796041
ISBN-13 978-4150796044
シリーズ4冊目に至って、にわかに筆致が滑らかになったように感じる。ブルー・ベルの直後からストーリーは始まる。 ベルを失って、魂が未だ彷徨っているバーク。何回も死のうと思ったが、仲間が彼を見守った。刑事との密約を破って少女売春婦の誘拐殺人犯3人を殺害し、警察に手柄を譲らなかったバークは、殺人犯として目を付けられていたためニューヨークの裏町に潜行している。自然、気持ちも鬱々としている。一方でベルの恨みを晴らすため、というよりはむしろ自分の気持ちを晴らすため、ベルの実父を誘い出して殺す。
シリーズ最初から思っていたのだけど、彼「私立探偵」なんだろうか? 日本語タイトルの「アウトロー探偵バーク」ってどうなの? 本人は自分のことを「請負人」だと名乗っているが、家出捜索人、とか、よろず仕事人、とか闇の始末屋のほうがぴったりくる。むろん、小口の商い?で小金を稼ぐ詐欺師でもある。
前作でバークに一方的に守られた形となった音なしマックスは、武人としてのプライドや、バークの役に立てなかったこと、バークが失ったものが大きかったことなどがわだかまったようで、なかなか気持ちの収まりがつかないが、ママやイマキュラータの取りなしや、バークがマックスと行動を共にしたことでようやっと、バークと仲直りできた模様だ。
そのマックスの妻、イマキュラータの
「あれは自尊心の問題だったんじゃない?例の男がマックスに挑戦をうけさせるというただそれだけの目的で、うちの赤ちゃんを殺したかもしれないなんて、ちょっと信じられないもの」
という発言は(私的には)何気に許し難い。
バークは、こういうときに心が冷えるが、怒ったりはしない。怒るほど、他人に期待も依存もしていないということなのだろう。
とにかく、無気力で内向的になっているバークだが、ちょくちょくフラッドのことも思い出し、ひょっとしたら戻ってきてくれるか、と心が揺らぎもする。それでも、フラッドを迎えに行こう、というマックスの誘いにその気になるほどの気持ちは湧かない。そんなときに、10代の荒れていたころの不良仲間の“キャンディ”から電話が入る。
キャンディはいわゆる高級娼婦となっていて、16歳になる一人娘のエルヴァイラを育てていた。そのエルヴァイラが家出して、某新興宗教のアジトに入り込んでいるので、娘を連れ戻してほしいとキャンディはバークに依頼する。何不自由無く育てられたと思いきや、エルヴァイラはキャンディによって、幼女売春の手駒にされていたらしい。エルヴァイラは心を病んでいる。教祖に心酔する娘が語る主張が、本当にいるタイプでリアルだ。
そこに、旧知の殺し屋ウェズリイが登場。事態が混迷してくる。
前作『ブルー・ベル』で愛したベルを犠牲にすることになった『殺し』の相手が、実はウェズリイがマフィアから依頼を受けた標的であり、バークがモーテイと一緒に葬った男のひとりはモーテイの監視につけられていたマフィアの一員だったときて、バークはにわかに困った立場に置かれてしまう。ウェズリイの仕事の邪魔をした上に、マフィアの一員を手にかけており、おまけにモーテイを放っておけば間違いなくウェズリイに殺されていたはずで、ベルが巻き込まれて死ぬ必要はなかった。ベルの死がまったくの無駄死にだったと知り、さらにバークの気持ちは惑う。
自分の痛みや苦しみに折り合いを付けて、なんとか生きて行くことを模索していくバークの内面と、バークがこうありたかった氷のような生き方を体現しているウェズリイが、実のところバークに対しては兄貴分のように振る舞っているのが、なんだろう、切ないというにはセンチメンタルに過ぎるが、胸苦しい。
こう読んでいて、私はヴァクスがストーリーに込めたメッセージや意味をきちんと読んで汲み取れているのかな? 一体、アメリカという国は、ニューヨークという都会は、ここまで酷いのだろうか? この話が1989年頃。最近では、スラムも再開発されたり、街並みも小奇麗になって、だいぶ安全に、、、、という話は聞くが、この話に描かれるような暗黒面は、どうなんだろう。 おれは小さな 女の子のようなベルの声を聞いた。「あたしを救ってよ」 ベルは頼む男をまちがってしまったのだ。
おれはひびの入った卵の殻をささえるように、頭の両側に指を押しあてた。愛した女を悼んで、パンジイみたいに思いきり吠えてみたかった。おれひとりで。だが、声は出なかった。
おれは自分の内部に震えが走るのを感じた。だが、今度はいつものやつではなかった。恐怖とはちがう。おれは恐れてはいなかった。ただ、泣きだしたいほど悲しかった。憎むほどのものは何も残っていなかった。
ベルの死を受け止めきれないバークの痛みが憐れだ。
「子どもか・・・・・・どこがどうちがうっていうんだ。バーク?」冷酷無比な殺し屋ウェズリイがバークに問う。
ちがう、と昔は思った。おれは孤児院で、里子にだされた家で、少年院で、神に祈った。誰かがきてくれますように。ファミリイになってくれますように。ファミリイは塀の中で見つかった。その後、別の神に祈った。忘れられないベル。あたしを救って、とベルはいった。ああ。最初の神はおれに見向きもしなかった。二番目の神ははっきり姿が見えるほどちかくまで寄ってはきた。「べつにちがいはない」おれはそう答えた。
ライ麦パンのトースト、クリームチーズ、パイナップルジュース。そんな朝飯を続けている。おれはひとりで食べるのが好きだ。自分流に。刑務所じゃ、それが最悪だった。
「おれはあんたの気を悪くさせるつもりはない。あんたに逆らうつもりはない。ただ好きなようにしていたいってだけなんだ。シャバでも、ムショでも、どこにいようと。ただ、好きなようにしていたい。放っておいてもらいたいんだ」
バークが生きて行くために求め続けていたささやかなもの。ファミリーという特別な存在と、ほんの少しの尊厳。
怪物ヴェズリイがいう。「どうしようもないやつらがいるもんだ、バーク。だが、おまえは盗人なんだ―――早く本職に戻るんだな」
合わせ鏡のようなバークとウェズリイ。バークはウェズリイのようになりたかった。だが、人間は結局自分以外の人間にはなれないもの。バークの弱みや甘さは彼自身である証拠、そして一方のウェズリイの方も、きっとバークになりたかったのだろうな、と思う。ウェズリイはうんざりして去ることにし、手紙を置き土産にする。バークの殺しのいくつかについて、自分の殺しだと告白して。
そして、キャンディ。これまでに登場した中では最悪な悪女だった。ハードなキャンディを自認するが、それゆえに。粉々に砕かれるのだろう。
2021年7月1日木曜日
ロバート・B・パーカー 作品リスト① スペンサー・シリーズ
ロバート・ブラウン・パーカー(Robert Brown Parker 1932年9月17日-2010年1月18日)
※ このページの情報は、もっぱらウィキベティアに頼ってます。wikiのページは、左の写真をクリック。
いつかはきっと読みたいスペンサーシリーズ。少しは積んでるけど、全巻制覇はたぶん無理。
スペンサーシリーズ
- ゴッドウルフの行方(1984) The Godwulf Manuscript(1973)
- 誘拐(1989) God Save the Childz(1974)
- 失投 (1985) Mortal Stakes (1975)
- 約束の地 (1978) Promised Land (1976) MWA賞最優秀長編賞受賞
- ユダの山羊 (1979) The Judas Goat (1978)
- レイチェル・ウォレスを捜せ (1981) Looking for Rachel Wallace (1980)
- 初秋 (1982) Early Autumn (1980)
- 残酷な土地 (1983) A Savage Place (1981)
- 儀式 (1984) Ceremony (1982)
- 拡がる環 (1984) The Widening Gyre (1983)
- 告別(1985) Valediction(1984)
- キャッツキルの鷲(1986) A Catskill Eagle(1985)
- 海馬を馴らす(1987) Taming a Sea Horse(1986) ※『儀式』の続編
- 蒼ざめた王たち(1988) Pale Kings and Princes(1987)
- 真紅の歓び(1989) Crimson Joy(1988)
- プレイメイツ(1990) Playmates(1989)
- スターダスト(1991) Stardust(1990)
- 晩秋(1992) Pastime(1991)
- ダブル・デュースの対決(1993) Double Deuce(1992)
- ペイパー・ドール(1994) Paper Doll(1993)
- 歩く影(1994) Walking Shadow(1994)
- 虚空(1995) Thin Air (1995)
- チャンス(1996) Chance(1996)
- 悪党(1997) Small Vices(1997)
- 突然の災禍(1998) Sudden Mischief(1998)
- 沈黙(1999) Hush Money(1999)
- ハガーマガーを守れ(2000) Hugger Mugger(2000)
- ポットショットの銃弾 (2001) Potshot(2001)
- 笑う未亡人(2002) Widow's Walk(2002)
- 真相 (2003) Back Story(2003)※JS登場
- 背信 (2004) Bad Business(2004)
- 冷たい銃声 (2005) Cold Service(2005)
- スクール・デイズ(2006) School Days(2005)
- ドリームガール(2007) Hundred-Dollar Baby(2006)
- 昔日 (2008) Now and Then(2007)
- 灰色の嵐(2009) Rough Weather(2008)
- 〈未訳〉 Chasing the Bear(2009)※若かりしスペンサー
- プロフェッショナル(2009) The Professional(2009)
- 盗まれた貴婦人(2010) Painted Ladies(2010)
- 春嵐 (2011) Sixkill (2011) ※死後出版
ロバート・B・パーカー 作品リスト②
コール&ヒッチ・シリーズ
警察署長ジェッシィ・ストーン
サニー・ランドル・シリーズ
レイモンド・チャンドラー
ノンシリーズ
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2021年6月の読書メーター
コミックス・雑誌をのぞけば実質5冊。目標の10冊には遠く及びませんが、アンドリュー・ヴァクスは丁寧に読まねば、という気分にさせられます。気候のせいか、いまいち気分の優れない日が続き、仕事をミスりそうでひやひや。それにしても、1年がもはや折り返しだということにいささか焦りを感じます。霞ならぬ活字を喰って生きていけたら幸せなのになあ。
ブルー・ベル (ハヤカワ文庫―ハヤカワ・ミステリ文庫)の感想
《第183回海外作品読書会》アウトロー探偵バーク3冊目。バークのひりひりする生き様から目が離せないピカレスクであるとともに、バークの欠けた部分にベルの無私の情愛がしみこんでいくリリシズムがないまぜになって、全編にわたる二人の情交が深まるほどに、来たるべき破局のエネルギーが高まっていく。一気読みしたいのに緊張感が高まりすぎてとてもじゃないがそんなこと出来ない。なんつう読書体験だ。決して治癒することも、完成することもない孤独な人生を抱えた二人が出会い、愛し合い、そして死が二人を分かつ。お願いだから彼に救いを。
読了日:06月26日 著者:アンドリュー ヴァクス
Cats & Lionsの感想
ひっさしぶりの岩合さんの猫写真集。猫とライオン。上に猫、下にライオン。もしくは見開き左に猫、右にライオン。同じ姿勢、同じディティールで。ウチの猫はしかし、どちらかというと猫よりはライオンより。明かに野生の肉食獣の風貌である。
読了日:06月26日 著者:Mitsuaki Iwago
幼女戦記 (22) (角川コミックス・エース)の感想
今回は、ロンメル・・・・ではなくてロメールとターニャさんの出会いから、まがりなりにも信頼関係(で、いいのか?)が築かれるまで。ロメールさんとターニャさんは、似たもの同士、というより、ターニャはまがう事なき現代人だが、ロメールが卓越した現代的な感性を持った戦略家ということなんだな。ターニャの信頼に応えることができなかった後悔をかみしめつつ、軍事政策の舵をとるゼートゥーアもなかなかに渋い。ターニャさんの出番はほとんどなく、もっぱらロメールがすっ飛ばす回だった。
読了日:06月25日 著者:東條 チカ
BADON(4) (ビッグガンガンコミックス)の感想
今回は、なんとリリーちゃんが誘拐の被害に! こういうときはやっぱりハートの“しがらみ”の出番になってしまう。他の3人はともかく、ハートは本当に暗黒街(?)と縁がきれて、明るいところで生きていくことができるのかしら?うーん、不安しかないが、でもオノ・ナツメだし、きっと大丈夫だろう。リリーの秘密もひとつ明かになり、貧困問題や、裏町の犯罪や、売春・人身売買、と、きれいなバードンの街なみにも裏面がある。そして、そこで人と人のつながりを大切にして生きていく人々も。ツタ・アパートの秘密もひとつ。いよいよ先が気になる。
読了日:06月25日 著者:オノ・ナツメ
本の雑誌457号2021年7月号の感想
今回の本棚は、先日読んだ『日々翻訳ざんげ』に名前が登場していた染田屋茂さん家。そして特集は『誤植』。面白すぎます。編集部のパニックが伝わるのは、キノコ図鑑で可食キノコと毒キノコの表記を間違えたやつ。背中を流れる冷たい滝汗が想像できます。ご苦労様でした。その他もろもろ。
読了日:06月18日 著者:
12番目のカード 下 (文春文庫)の感想
上巻はイマイチ乗り切れなかったが、下巻はさすがのジェットコースター。とても楽しめた。読者を欺くためだけに配置された登場人物があざとすぎる気もするけど、ディーヴァーだし、仕方あるまい。優等生モードだったジェニーヴァがどんどん高校生の女の子っぽくなっていくのも好ましい。“お母さん役”のトムが世話焼き。お母さんってw。本当に140年前の罪で損害賠償が可能なものか、ちょっと眉唾っぽく思えないではないが、そこはまあ、小説だし、アメリカだし陪審だし。深く考えるのはやめておく。
読了日:06月17日 著者:ジェフリー ディーヴァー
12番目のカード 上 (文春文庫)の感想
困った。面白くない。ディーヴァーなのに。ライムなのに!いまのところ、どうもお話に乗り切れていない気がする。理由は二つ。その1 ディーヴァーの引っかけを警戒しすぎていること(苦笑) ちょっとした言葉やセリフの端々が気になりすぎ。 その2 ディーヴァーによる黒人文化の解説が面白くない。政治的公正?が社会的に求められるせい? 内側に入っているようで他者的。情熱的なようで、冷静。解説的。ううーん。下巻でジェットコースターに乗り込めることを期待して、下巻にGo! はやくセリットーを助けてあげて!
読了日:06月15日 著者:ジェフリー ディーヴァー
煙と蜜 第三集 (ハルタコミックス)の感想
とりあえず、1番のえええ〜♪はナイショにしておいて、と。お父さんと一緒、と勘違いされてどーんと落ち込む姫子さん(笑)それにしても驚いたのは、姫子母子が名古屋にきてまだ二ヶ月だということか? 文治さんと婚約してからたったそれだけってことよ!?
読了日:06月14日 著者:長蔵 ヒロコ
日々翻訳ざんげ エンタメ翻訳この四十年の感想
ああ、私如きが翻訳の良し悪しに文句垂れて申し訳御座いません!と平伏したくなったよ。一方で、世の翻訳家さんが皆、田口さんや東江さんみたいに真摯であれば良いのに、とも思う。ともあれ大変面白いだけでなく、言葉の勉強にもなりました。そしてやはり積読山が高くなった(爆) ロングレビューはこっちへ→ https://koko-yori-mybooks.blogspot.com/2021/06/0275.html
読了日:06月10日 著者:田口俊樹
裏切りのシュタージ (ハーパーBOOKS)の感想
この翻訳は文芸というには力不足。しかし着想はなかなか良いと思うのだ。かつての東ベルリンで進行していた秘密作戦「ウォルラス」。それは現在、ある「男」の命運を左右することになるが故に、その計画を抹消すべくまさにその計画が動き出す。壁が崩壊した1989年、激動はスパイ達の人生も揺り動かした。一夜にして基盤を失った諜報機関。それにも関わらず、ソ連KGB→東独シュタージ→ロシアFSBと計画は生き残り、引き継がれた。そして当時東独で活動し、ベルリンの壁崩壊を目の当たりにした実在のKGB将校といえば?そうあの男だ。
読了日:06月06日 著者:アンドレア プルガトーリ
幼女戦記 (21) (角川コミックス・エース)の感想
悲惨な大戦に突入、と思いきや、そういえば、とりあえず当面南方戦線(アフリカ戦線)はロメール(もちろんロンメル)の指揮下で絶好調だったのだ。デグレチャフさんも、ロメールと意気投合して生き生きと戦っております。コレまでで一番、ある意味(デグレチャフさんの内心的には)平和な巻かもしれない、というくらい、楽しそうで、ちょっと拍子抜け。次巻はなんと来月。東條チカさんもがんばるなあ。
読了日:06月02日 著者:東條 チカ
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