2022年10月4日火曜日

0394 聖母の深き淵 (角川文庫)

書 名 「聖母の深き淵」
著 者 柴田 よしき         
出 版 角川書店 1998年3月
文 庫 560ページ
初 読 2022年9月30日
ISBN-10 4043428022
ISBN-13 978-4043428021
読書メーター https://bookmeter.com/books/573930

 リコが主人公な話なのに、私にとっては山内である。
 それは、私が『聖なる黒夜』を先に読んでいたから。あとで落ち着いたて考えたら、この話、刊行順じゃないと駄目だったよね。この本先に読んでいたら、どれだけ、「な!なにがあったのよ〜〜〜〜〜!!!山内!麻生〜〜〜!!!」とジタバタすることができたことか。やっぱり本当はRIKOシリーズを先に読むのが正解。そのじたばたとドキドキを味わう為だけでも。
 『聖黒』を先に読んでしまった私には、ハナちゃんシリーズ読んでも、RIKOシリーズを読んでも、もはや、山内が主人公としか思えない。(笑)山内には、作品の中にも外にも、その魔性の魅力にとりこまれちまった人間が山ほどいるのだ(笑)。
 さて、その山内を愛している筆頭の麻生のセリフである。
 “彼女”はどんな人か、とリコに問われて麻生が惚気るわけだよ。

『そうだなぁ……天然の、柔らかいくせっ毛なんだ。日本人にしては茶色っぽいな。朝日がさしてその髪に当たると、瞬間だけど金色に見えることもある』
『うん。睫が長くて、泣き虫なもんだから、その睫の先に大きな涙の粒が載っかってることがたまにある。それが揺れると、ころんと落ちる。』

 『ちょっと怒ったりするとすぐに耳が朱くなる。』

『抱きしめてやると、山鳩みたいな声を出す』「山鳩?」と聞き返すリコに
『そう。ククゥ、ルルルルって聞いたこと、ない?あんな感じ。』
『あとは、そうだな、酒が強いな。酔い潰されたことが何度かあるよ。その人は酔うと少し下品になるんだ。扇情的になって、すぐに脱ぎたがる。あれは悪い癖だな……』

酔って下品になって、それからどうなるの?『天使になる』

 もはや、山内練は人間ではない。山鳩みたいに喉を鳴らせる人間がいるものか。練は天使なんだ。
 練を泣かせて、睫の上に乗っかる涙の粒を(おそらく超至近距離で、おそらくは腕の中の練を)観察してる麻生め! あんたさあ。麻生さんよ。その涙は、世田谷の取り調べ室ですか?それとも、韮崎が死んだ時ですかぁ?あんた、コロンと落っこちる涙に萌えてるばあいじゃないだろうがぁぁぁ!
 ああもう。麻生の腕の中で喉を鳴らす練ちゃん。天使になる練ちゃん。きいいいいいっ(逆上)
 世の中には麻生龍太郎ファンが数多いることは知っているが、私にとっちゃ、麻生は全小説世界を横断しても、ピカイチで腹が立つ野郎だよ。だが、いや、まて!

 本当は、ここでの読者の正しい態度は「なになに、それってどんな女なの?麻生さんが惚れた女はどこの誰なの〜〜?!」だ。まさかここで、相手が練だとは思うまい。そうなのだ。そして、麻生は背が高く、ハンサムで、有能な元刑事の私立探偵なのだ。私の脳内の麻生はどっちかってーと「刑事コロンボ」さんなんだけど、そうじゃない。どこから見ても二枚目なのが麻生の役どころ。
 ああ、いったん自分の頭の中を消去して、初めから読み直したい。

 さて、ここで登場する練は、韮崎という大物ヤクザが殺されたあと、春日組の次期組長を期待され、企業舎弟の社長から、異例の抜擢で春日組の若頭に就任した、極悪ヤクザだ。だが、リコに見せる隙や、なぜかリコに聴かせてしまう昔語りや、リコに反撃されて怖い目をみるとやけに素直になっちゃったりするところは、やっぱりどうしたって可愛い。

 いつ自分がぶっ壊れても構わないかのような向こう見ずで大胆な悪行で、日夜新宿界隈の裏表を泳ぐ練ではあるが、リコも無謀・向こう見ずではひけを取らない。そんなリコはどうも練に気に入られたらしく、思わぬ昔話も聞かされたりしてしまうのだ。
 練と田村の馴れ初めなんぞも、もう、私には、涙無しには読めませんでしたが。
 刑務所で初めて男に犯された夜、ボロい毛布を口に突っ込んで声を殺して震える練を、田村が一晩中抱きしめて、背中をなでていた。・・・・・そんな昔話を、タダできかせてもらってしまったリコ、この縁はもう、切っても切れないよ。

 リコ本人については、ちょっと形容しがたい。
 生まれてこのかた自分にすり込まれた社会的性差を全部とっぱらった、全き女(そんなものが存在するとして、だが)がどういうものなのか、どうにも考えてしまう。リコみたいに、皮膚が子宮の中まで全部つながって(いや、実際つながってはいるんだけど)感覚器になってしまってるみたいなキャラ、初めてだったしな。そんなに簡単に性暴力に晒されてしまっていいのか、リコの周りの男どもの気が知れないと思う一方で、なぜそれを「ごっくん」とできるのか、赦していないけど「ごっくん」と腹に収めた、というのがどういう精神状態なんだか、どういう納得の仕方なんだか・・・・・ちょっと、素直に自分の感覚に取り込めない。ものすごく、質感というか肉感があって、魅力的なキャラではあるんだけど、同僚のバンちゃんに「私のこと守ってね」って言っちゃう感覚もよくわからない。「男に守られたい」っていう気持ちと男に互したい、っていう気持ちはリコの中では対立しないのか? リコは矛盾や葛藤を抱えまくっているし、その混沌を混沌のままマグマのように自分の中に抱え持って、かつ、1人の人格として成立しているリコに言いようのない魅力を感じるんだけど、やっぱり納得仕切れないものもあるんだよね。

 いやあ、全然ストーリーの方は頭に入ってなくて恐縮なんだけど、読了後一日経ったら、すでにあれ、この話、何の事件だったっけ?ってくらい事件そのものの印象が薄い。それだけ、練もリコも強烈。ああ早く続編、『海は灰色』を読みたい。すでに角川の電子書店ではダウンロード出来なくなっているので、近いうちに、正式に出版されるものとおおいに期待している。

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