2021年8月16日月曜日

0288 ゼロの誘い(ハヤカワ・ミステリ文庫)

書 名 「ゼロの誘い」 
原 題 「Down in the Zero(Burke Series Book 7)」 1994年 
著 者 アンドリュー・ヴァクス 
翻訳者 佐々田 雅子 
出 版 早川書房 1994年5月(ハヤカワノヴェルズ) 
初 読 2021年8月16日 
文 庫 538ページ
ISBN-10 4150796084 
ISBN-14 978-4150796082
 ずいぶん長い時間が過ぎた。あの家に踏み込んで、子どもを殺してからだ。
 子どもを殺した。今はそういえる。一言一言はっきりと。

 あの家に踏み込んだ。このおれが。そこで何をするか承知の上で。

 おれは落とし前をつけるために、あの家に踏み込んだ。ことが終わったとき、死んだ子どもがおれの憎しみの形見として残った。
 
 やつらは殺したが、おれ自身があの子を生け贄にしてしまった。

 あの家に踏み込んで、児童虐待(殺害)ポルノの一味を皆殺しにしたのは、自分の過去への復讐だった。しかし、その憎しみのはけ口には落とし穴が。一味が連れ込んで今まさに餌食にされようとしていた子どもがいたのだ。そんなことには思いも至らなかったバークは銃弾の雨を降らせ、その子を巻き添えにしながら一味を殺害してしまった。自分も肩に銃弾を受けたが、それよりもバークの精神が受けた痛手の方が大きかった。
 「ゼロ」は死。バークが度々口にする「ゼロ地点」は自殺したときに落ちる場所である。(必ずしも物理的な意味ではない。)子どもを殺してしまったバークは、死に近いところで、その誘いにそよいでいた。
 ファミリイ達や、戻ってきたミシェルはバークを案じている。
 クラレンスはプロフに心酔し、バークのファミリイに加わったようだ。

 そんなバークに、とある10代の若者ランディが助けを求める。自分の周囲の若者たちが次々に自殺して彼は怯えている。彼の母親は若いころバークと因縁があり、困ったことがあったらバークに電話しろ、と息子に言い聞かせていたらしい。そんな成り行きで、バークは若者の連続自殺の謎を探りランディを守るため、ニューヨークを離れてコネティカット州に出向く。『ブロッサム』と同様、ニューヨークの裏街を離れたバークにはなんとなく安穏とした雰囲気が漂っている。

 「良い家庭」の甘ったれたお坊ちゃんになかば呆れつつも、ランディの助けに乗り出したバークが状況を探りはじめると、ファンシイ、チャーム・・・・と正体不明な女が次々に出てきて、バークが何を探しているのか良く分かららず、中盤過ぎるまでは雲をつかむような手応えの無さで読んでいて困惑する。エロシーンの多さでは『ブルーベル』に次ぐ。
 SMの女王役でしか男と関われないファンシイに、大切に扱われることを教えながら男女の恋愛に引き込んでほぐしていくバーク。しかしなんだろう、ちょっと独りよがりな感じを受けないでもない。

 若者ランディーは、車いじりが好きで運転の才能があり、バークと関わるなかで自然と興味と能力を開花させて自信を付け、バークに信頼を寄せていく。そして、実は自分の自殺を怖れていたわけではなく、好きになった女の子が自殺することを怖れていたのだと告白する。

 人のために何かをする。自分のことはとりあえず忘れて、他人の為に没頭することが、実は自分を癒やし、救うことになる、というのは真理だと私は思っているが、まさにそんなストーリー。
 自分の中の傷を持て余していたバークが、ランディーを手助けし、一人前になるのを見守り、ファンシイの心の傷を慰めるうちに、次第に強さを取り戻していくのだ。

 双子の姉妹であるファンシイとチャームもまた、近親相姦と虐待の犠牲者だった。父に支配され続けた双子は、それぞれの方法で、他人を支配することで世の中に復讐をしている。それを見定めたバークが選択した落とし前の付け方とは。

 今回は、コネティカットの白人上流社会での事件のためか、それに、ホームグラウンドを離れているためか、ある意味、大人の決着をつけるバークである。銃撃戦を闇に葬れる環境ではないので、そこは仕方がないことだろう。しかしそこにいたるラストの数十ページは、非常にスリリングで、読み応えがある。

 ヴァクスの著作は、ハードボイルド、であるとかノワールであるとか、エロであるとかの小説としての出来以外に、ヴァクスが明確に(ただし暗に)描き出したい児童虐待にまつわる、もしくは被虐待児の生涯にわたる影響に関わるテーマがあると感じる。そういう意味では、このストーリーの(隠れていない)テーマは「癒やし」だろう。人は、人と関わり、他人の為に無私になるとき、自分自身も癒やされる。自分の癒やしを望んで、自分の事ばかり考えていると、かえって病んでしまうのだ。チャームのように。ファンシイとチャームの決定的な差異もそこにあるような気がする。



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