2021年8月7日土曜日

0285 ラスト・ウィンター・マーダー 〈さよなら、シリアルキラー〉 (創元推理文庫)

書 名 「ラスト・ウィンター・マーダー 〈さよなら、シリアルキラー〉」 
原 題 「BLOOD OF MY BLOOD」2014年
著 者 バリー・ライガ
翻訳者 満園 真木 
出 版 東京創元社 2016年5月 
文 庫 494ページ 
初 読 2021年8月8日 
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/100201195   
ISBN-10 4488208053 
ISBN-13 978-4488208059
 「本当にかわいそうにな、ジャスパー」

 この一言に、ここまでのジャスパーの苦難が凝縮され、どうしようもできない理不尽が語り尽くされているように感じる。

 私個人の職業の中で、児童虐待に関わった大して長くもない数年で自分が考えたことにも通じる。

 人生は理不尽だ。子どもが自分の人生の与条件を自分で変えることはできない。虐待する親も、不幸な生い立ちも、来なかった助けも、見当外れな介入も、経済的な困難も。
 だけど、自分の人生を少しでも良いものにしていくことは、自分にしかできない。世の中が不平等なんだと全身全霊で知り、覚悟を決めて、そこを出発点とすることでしか人は本当の意味での大人にはなれない。ついでに言うと、人は不幸でも案外生きていける。
 人はひとりひとりが違う。それを理解するということは、どういうことなのか。人は大事。人は本物。ミステリやサスペンスはさておき、そんなことが、この本にも凝縮している。
 まあ、アンドリュー・ヴァクスとこの本を「同じ文脈」で読むのが正しい読み方かどうかは知らんが。

 さて、前巻ラストで、ジャズ、コニー、ハウイーが3人それぞれに絶対絶命に陥ったところからスタートするこの巻。

 とりあえず、コニーもハウイーも、そしてジャズも生きている。そしてジャズの危機が図らずもコニーを助けることに。〈みにくいJ〉は誰なのか。そして〈カラスの王〉は? 生きていたジャズの母は?
 ビリーの自己愛を投影したジャズへの愛情の示し方は、これ以上無いほどに歪んではいるが、ジャズの命を助けたり、かばったり、ジャズの敵と見なした者には徹頭徹尾容赦ないところは徹底している。歪んでいるが、そこに確かに愛を感じてしまうから、ビリーを憎みきれない。人間という不完全な存在の難しさ。母ジャニスの冷酷の方が、まだ分かりやすい。結局ジャズは両親を殺さないが、ジャズはそこまで母に縛られなくても良いのに、とラストで思う。この本の中では、かれらをソシオパス、という言葉で示しているが、どっちかっていうと両親はサイコパスだよね、と思う。ジャズはソシオパスの要素の方が強いが。
 
 前巻で一瞬「こいつ怪しいんじゃね」と思ったヒューズは、ただの良い奴だった。こいつはニューヨークみたいに複雑怪奇な犯罪のるつぼではなく、平和な田舎のロボズ・ノッドにでも再就職したほうが良さそうだ。G・ウィリアムとの相性も良さそうだし、近い将来G・ウィリアムが引退した暁には、ジャズの新たな庇護者が必要だろうしな。

 コニーパパについては、多分弁護士だろうと思っていて、きっとジャズの弁護を引き受けることになるよな、と予想した通り。コニーパパがジャズに愛情(らしきもの)か、もしくは同情を抱いてしまうのは、インテリの弱みのような気もするが、それでジャズが癒やされるのであれば、それでよし。

 ジャズの人生は、二十代にしてすでに余生に突入しているようなものだが、これから先の長い人生を、穏やかに、静かに、そして時に人の情に温められて過ごして欲しいと願うばかり。

 2021年ベス確定です。蛇足だとは思うが、邦訳タイトルが3冊とも良い。それと翻訳もすこぶる良い。

以下、これも蛇足だとは思うが忘備代わりに転記。

 父の顔に葛藤がよぎる。でも、それは一瞬で消えた。父が立ち上がって胸を張り、咳払いした。「わたしが彼の弁護士です、ヒューズ刑事。ジェローム・ホールと申します。以後お見知りおきを」 


 「だいじょうぶじゃない。だいじょうぶだったことなんてない」


 「きみにはわからない。この国で黒人であるというのがどういうことか、きみにはわからない。だから決して理解できないだろう」 
 「そのとおりです。僕は黒人であるというのがどういうことかわからない。これからも決してわかることはない。でも、人はみんな違うんじゃないですか? そりゃ、共通の体験はたしかにあるだろうけど、でも世の中の見え方はひとりひとり違う。少なくともちょっと違う。誰もが自分なりのフィルターを通して世界を見ている。あなたは黒人としての体験がある。ぼくには決してわからないようなことをたくさん経験しているんでしょうけど、それでも全員の体験を知ることはできないでしょ。だって、もし人がみんな同じだと考えるなら、ぼくたちの体験が取りかえのきくものだと考えるなら、それは……ほとんどビリーの考え方だから。ぼくたちはそれぞれが個人です。人は本物で、人は大事です。ぼくたちひとりひとりが大事なんです。共通する部分以上に、それぞれ違う部分が」
 
 「私はずっと、どうすればそれができるのか考えてきた」「どうすれば我々が集団として、社会として、本当の平等を勝ち取れるのかと。どうすれば過去の罪を償わせることができるのかと」
 
 「多分……許すか、忘れるか」

 

 「きみに言いたいのは、かわいそうにということだ。本当にかわいそうにな、ジャスパー」

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