2022年4月23日土曜日

0341 私立探偵・麻生龍太郎 (角川文庫)

書 名 「私立探偵・麻生龍太郎」著 者 柴田 よしき         
出 版 角川書店 2011年9月
単行本 464ページ
初 読 2022年4月23日
ISBN-10 4043428103
ISBN-13 978-4043428106

 位置づけ的には、RIKOシリーズのスピンオフ『聖なる黒夜』のさらにスピンオフ? 時系列的には、『聖黒』からRIKOシリーズにつながる隙間をつなぐ本書。
 山内練にまつわる冤罪事件(世田谷事件)の情報を追っていることを内々に咎められ、外勤(交番つまり制服組)への異動の内示をうけた麻生龍太郎が、警察を辞職し、私立探偵事務所を開いたところから、麻生が、“こちら側に戻ってこい”と懇願する山内練が、ついに裏社会で生きる(春日組の杯を受ける)ことを決めるまで。

 春日の杯は、練にとっては、麻生の前に置いた大きな踏み絵だっただろうな、と思う。条件付きの自分ではなく、過去も現在もひっくるめた俺の全てを受け入れてほしい。冤罪で人生を破壊された可哀想な俺、ではなく、それも込みで清濁合わせた今の俺は受け入れられないのか、という練の心の声が聞こえてきそう。悪い夢で済ませるには練の過ごしてきた10年間は重すぎるしリアル過ぎる。麻生がきれいさっぱり忘れていた間の練は、韮崎が生かしていたのだ。世の中の暗い面は確かに存在するし、その中でしか生きていけない連中も確かに存在する。正義とか罪は社会秩序を維持するためのシステムでしかないし、すでにそのシステムに裏切られている練の立場では、いまさらそれに自己の存在を委ねる気にはなれないのも道理だ。
 あくまでも社会システムの内側で「正しく」生きていこうとし、その生き方を練と共有したい麻生と、麻生を好きでいながら、そのシステムの内側にはもはや入れないと思い定めている練と、それぞれの揺らぎの書である。

1 OUR HOUSE
 開設間もない麻生の探偵事務所(兼ねぐら)に、いかにも良家のマダム風の美しい女性が調査の依頼に訪れる。依頼内容は子どものころに埋めた「タイムカプセル」を探すこと。なんとも牧歌的な依頼にもかかわらず、不穏な胸騒ぎを感じる麻生。しかして「タイムカプセル」の捜索は、恵まれない幼少期を過ごした一人の女性の、復讐の最初の一投だったのか。
 一連の「韮崎殺人事件」で警察に逮捕拘留されていた練は、捜査二課の梶原からの執拗な取り調べも躱し(?)、銃刀法違反+経済犯で数ヶ月の実刑となった模様だが、判決がでるまでの拘留期間を差し引くとさして日数も残らなかったため、小菅(東京拘置所) から釈放されてきた。練は「出迎えにもこなかった」麻生に不満げ。麻生も、練の更生を願ってるなら、ちゃんと釈放のスケジュールを確認して迎えに行ってやりゃあいいのに。世田谷事件からなにも学んでいない麻生に(怒)。  

2  TEACH YOUR CHILDREN
 依頼者の男は、私立女子中学校の校長。半年ほど自分の学校に勤めた女性教諭から、身に覚えのない「セクハラ」の訴えを起こされていた。私はいったいなぜ、これほど彼女に恨まれているのか、という依頼者の問い。麻生が調査して判明した事実、そしてあえて余韻の中で語られない依頼者の虚像と実像。

3  DERJA VE
 うっかり風邪をひいて、近所の薬局の世話になった麻生は、その薬局でバイトする薬剤師の青年にデジャブを覚える。当の青年も麻生と会ったことがあるというが、お互いに思い出せない。横浜で女性が死体で発見され、その青年が重要参考人として手配される予定であることを麻生は知るが、どうしても彼が殺人犯だと思えない麻生が動き出す。

4  CARRY ON
 「麻生さん、あんたなんで警察辞めたのさ。あいつの為でしょ?・・・・だったらさあ。あいつが本物のヤクザになろうがどうしようが、とことんあいつの為に生きるっていってやればいいじゃん。あんたがそう言えば、あいつ、あっさり指なんか落としてさ、あんたと二人、どっか海外にでも飛んで死ぬまでのんびり暮らす決心、すると思うんだよね。・・・・」 田村、ホントそうだよ、良いこと言うよな。練に故郷を取り戻してやりたい、という麻生の言い分もずいぶんと自己満足、手前勝手だが、それも田村に看破されている。練ちゃん、ほんとうになんでこんなダメ男に惚れちゃったんだか・・・・ 
 だが、麻生の真のこだわりポイントはそこではなかったんだな。練を陥れた真犯人を挙げる。その為には、たとえ練のためだろうが二人で海外逃亡するわけにはいかないわけだ。 

5  Eplogue
 巻末解説の高殿円氏の言葉を借りれば、「永遠の加害者」である麻生と「永遠の被害者」である練。二人の間のごちゃごちゃしためんどうくささをいったんうっちゃって、自分に正直に、とは本書冒頭の麻生の弁であるが、それなのに、麻生は「永遠の加害者」ポジションを捨てようとはしない。練に正しい生き方に戻れ、と言い続ける限り、麻生は加害者であり、練は被害者なのだ。かつての韮崎の恋人達のように、相手のあり方も含め全存在を愛するとは言えない麻生の弱さと、そんな麻生を愛する練の無情感がたまらないラスト。麻生から傘をもぎ取って練は雨の中を歩き出す。愛車のカウンタックは路肩に置いたまま。麻生は雨の中を歩む練も、(いつか練が戻ってくる)練の愛車も後に走り去ったのだろうか。それとも、雨の中、練を待ち続けたのだろうか。私は後者であることを願う。


 

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