2022年9月19日月曜日

0392 サヴァイヴ (新潮文庫)

書 名 「サヴァイヴ」
著 者 近藤 史恵        
出 版 新潮社 単行本 2011年6月/文庫 2014年5月  
文 庫 295ページ
初 読 2022年9月13日
ISBN-10 410131263X
ISBN-13 978-4101312637
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/109074383

「サクリファイス」「エデン」の登場人物たちの短編6編。

1 老ビプネンの腹の中(チカ)
 パート・ピカルディに移籍して間もないチカに日本人の記者が取材に来た。たまたま別件でパリに取材に来ていたので「ついでに」頼まれた、という記者は、ろくなロードレースの知識もないまま、海外の本場に出たものの芽が出なくて苦悩している日本人選手、という先入観で記事のストーリーを作り、それに合わせてチカから言葉を引き出そうとする。チカを苛立たせた取材の最中に、かつてのチームメイトが死亡したとの連絡が入り、たまたま近くにいたチカが遺体の確認のために警察署に出向くことになる。  
 
2 スピードの果て(伊庭)
 静かで激しい闘争心を抱く伊庭と、風の吹くように爽やかなチカの世界選手権。
 チーム・オッジのエースで名実共に日本のトップ選手となった伊庭に、公道走行中に無謀なバイクが絡んできた。勝手に嫌がらせを仕掛けた挙句、バイクは飛び出してきたワゴン車を避け切れずに突っ込んで、バイクの男は伊庭の目前で事故死する。フランスで開催される世界選手権に日本代表のエースとして出場目前の伊庭は、そのシーンがレース中にフラッシュバックするようになり、スランプに陥ってしまう。オッジの中では伊庭に対する嫉妬から不穏な動きが表面化。不安と不調を抱えながらも伊庭は、世界選手権に臨むのだが。

3 プロトンの中の孤独(赤城/石尾)
 チーム・オッジにスカウトさればかりの石尾と、ヨーロッパから“乞われて”帰国してチームに加わった赤城。チームは久米という選手がトップに君臨し、そのほかのチームメイトは久米の子分と化している。無口でチームプレイが苦手の石尾は孤立し、同じく孤立気味な赤城は監督に頼まれて石尾をフォローすることにする。
  チームの中での人間関係の軋轢や、どろどろとした情念に嫌気がさしている石尾と話をしながら、赤尾はそれでも自分はロードレースを嫌いにはなれない、と感じ、石尾にツール・ド・フランスに出たくはないか、と語りかける。チーム内の小さな悶着よりも、より遠大な目標と憧れを示した赤城に、石尾が「じゃあ、赤城さん、俺のアシストをしませんか?」 と。
 赤尾は、若く未熟だけれど強靭で可能性の塊のような石尾と、ここから「サクリファイス」のあの時まで走り続けるのだ。 

4 レミング(石尾)
 オッジのエースとなった石尾がレース中に補給食やウインドブレーカーに細工をされて、レースを妨害された。やったのは現地スタッフの女性だが、裏にいたのはチームメイトだった。彼は、次に沖縄で行われるレースにエースとして出場することを切望していた。しかしこのレースは、石尾も2年間出場を待っていたレース。だが彼から話を聞いた石尾は、彼をエースとして自分がアシストし、沖縄のレースに勝つことを考える。無口で無感動で、他人に無関心に見える石尾だが、彼がチームの勝利のために働くとき、無欲なだけにその行動は思い切ったものになる。サクリファイスに通じる、まだ若い石尾らしさ全開のストーリーは気持ち良い。

5 ゴールよりももっと遠く(石尾)
 金のあるスポンサーが、ロードレースを日本で人気スポーツにしたい、と考える。タレント選手を作り出し、人と金が集まり、スポンサーも増え、選手人口が増えれば、有力選手ももっと出てくる。しかし、命懸けのスポーツに八百長という作為が入り込むことを許すことはできない。そんな思いを抱く赤城に対して、スポンサーは無限に金を出す訳ではない、作為をした分、それ相応の結果が伴わなければ見捨てられるのも早い、という冷静な石尾の見切りは鋭い。そして、石尾は、そのような計算や思惑を無視するかのように一人で走る。だが、表には出ない彼の怒りが、古家というライターを呼んだのだろう。そして、当の石尾は、愚直に、かつて赤城に約束した日のままに、日本よりももっと遠くのスタートを、そしてゴールを見ていた。 

6 トウラーダ(チカ)
 メンタルには自信はなくても、胃腸の強さだけには自信があったのに。
 チカこと白石誓は、ポルトガルのプロチームに移籍して、リスボンに移ってから3ヶ月目に体調を崩してしまった。原因は、トウラーダ(闘牛)観戦。
 日本人としてもメンタルが繊細な方のチカは、スペインにいた2年間、闘牛は頑としてとして避けてきたのだが、「スペインの闘牛と違ってポルトガルの闘牛は残酷ではない」という下宿先のチームメイトの両親の言葉を信じて観戦する気になった。だがそれは、程度の差こそあれ、罪もない牛を煽りたててなぶり殺しにするショーであることに違いはなかった。
 ものが食べられなくなってしまい一週間ほども寝付いて、やっと体調が回復した矢先に、こんどは下宿先の息子でチームメイトのルイスのドーピング陽性が明らかになる。ど
こまでもついてくる欧州の自転車競技のドーピング問題。
 この本、一話目と最終話が選手につきまとう薬物の問題で、日本にいるとあまりピンとこないが、それだけ根の深い問題なのだと改めて知る。

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