2024年5月4日土曜日

栗本薫〈矢代俊一シリーズ1〜25〉総評


最初に、1冊目の『YOU DON'T KNOW WHAT LOVE IS 恋の味をご存じないのね』の冒頭に配された、栗本薫の御夫君であり、以前はS-Fマガジンの編集長でもあった今岡清氏の前書き 「矢代俊一シリーズ電子版刊行にあたって」から抜粋。

栗本薫の個人レーベル(同人誌)である天狼叢書の出版について、今岡氏は以下のように語っている。
・・・また、『真夜中の天使』、『キャバレー』などの作品が、作家としてデビューする以前に出版するあてもなく、書きたいという衝動だけにせかれて書かれていたことへの回帰ということもあったのでしょう。編集者の意向や読者の要望などに影響されずに、思うがままに書いていきたいという気持ちから書き始められたのが『YOU DON'T KNOW WHAT LOVE IS』以降の矢代俊一シリーズの作品でした。

シンプルな表紙を取ったとこについては、
・・・いつまでも語り継がれるよう、矢代俊一シリーズの表紙はずっと変わらずにいるようにとあえてこの形をとりました。最後に、電子版配信にあたって天狼叢書として出版された版と多少の違いがあることをお断りしておきます。まず、編集者としての私から見て明らかな矛盾や事実誤認については訂正をしました。もちろん内容や表現に関する部分には、一切手を加えてはいません。訂正は、栗本薫に納得してもらえると私に確信の持てる部分に限っています。

 シリーズが巻数を重ねるにつれて趣味的要素が強くなりすぎ、読者が減っていったこと、プロの編集者の目から見て、(編集・出版の)プロの目が介在しなかったことによる瑕疵が気になるところでもあった、と今岡氏は語るのだけど、それは薫サン自身が望んだことなんだよね。他者の意見を聞き入れる精神を持ち得なくなった作家が、周囲の批判や意見から耳を塞いで居心地のよい環境に逃げ込んだだけにしか思えず、そのような創作環境を、プロの編集者の目をもつ夫の今岡氏はどのように受け止めていたのか、とか、考え始めるといろいろと気になってしまう。それでも、今岡氏は「いつまでも語り継がれる」価値があるとは考えているわけだ。(だからこそ、この電子書籍シリーズが今も刊行中なわけだけど。)

 先に、電子全集に『トゥオネラの白鳥』が収録されてしまったがために、『東京サーガ』の行き着く先が、栗本薫の同人レーベル非読者にも明かされてしまったのは、私にとっては、不幸な出来事だった。少なくとも私の心中には、とんだ東京焼け野原が出現することになってしまったが、しかしあの『トゥオネラの白鳥』に含まれる、〈毒〉はいったい何なのだろう。その〈毒〉ゆえに、栗本薫は闇落ちした、と私は確信したのだが、そんな薫サンの軌跡をたどる、同人レーベル〈矢代俊一シリーズ〉正伝25巻、外伝18巻(未完作品を含む)を、いまから辿ってまいりますよっと。


◆「東京サーガ/矢代俊一ブランチ 作品一覧」◆
角川書店 「野性時代」1983 年掲載
角川書店 1983年
角川文庫 1984年
角川春樹事務所/ハルキ文庫 2000年

『死はやさしく奪う』(矢代俊一シリーズの登場人物金井恭平のエピソード)
角川文庫 1986年
カドカワノベルズ 1990年

『黄昏のローレライ キャバレー2』
角川春樹事務所/ハルキ・ノベルス 2000年

『身も心も 伊集院大介のアドリブ』(伊集院大介シリーズに矢代俊一登場)
講談社 2004年
講談社文庫 2007年

『流星のサドル』
成美堂出版/クリスタル文庫 2006年

以下は天狼プロダクション刊 〈矢代俊一シリーズ〉
  1. 『YOU DON'T KNOW WHAT LOVE IS 矢代俊一シリーズ1』 2007
  2. 『朝日のように爽やかに Softly,As In A Morning Sunrise 矢代俊一シリーズ2』 2008 
  3. 『CRAZY FOR YOU 矢代俊一シリーズ3』  2008 
  4. 『NEVER LET ME GO 矢代俊一シリーズ4』 2009 
  5. 『BLUE SKIES    矢代俊一シリーズ5』 2009
  6. 『ROUND MIDNIGHT    矢代俊一シリーズ6』   2009
  7. 『THE MAN I LOVE    矢代俊一シリーズ7』   2010
  8. 『WHAT ARE YOU DOING THE REST OF YOUR LIFE   矢代俊一シリーズ8』 2010
  9. 『GENTLE RAIN    矢代俊一シリーズ9』2010
  10. 『CARAVAN    矢代俊一シリーズ10』  2011
  11. 『亡き王女のためのパヴァーヌ    矢代俊一シリーズ11』 2011
  12. 『LOVER FOR SALE    矢代俊一シリーズ12』2011
  13. 『SUMMERTIME    矢代俊一シリーズ13』   2012
  14. 『SOUL EYES    矢代俊一シリーズ14』 2012 
 で、ここまで(14冊目まで)の感想だが、失礼ながら、以外にも、面白かった。
 やはり好きなものを、好きなように書いているからだろうか。エロ描写がふんだんに散りばめられているためか、脳内流出ぐだぐだトークが相対的に少なくなっていて、比較的読みやすいし、展開がスピーディーだ。『キャバレー』の矢代俊一がこうなり、『死はやさしく奪う』の金井がああなる。そしてその二人がそうなる。この点のみ、ぐっと飲み下すことができれば、このシリーズは読める。少なくともここまでは。キャラ劣化の兆しは見えてはいるものの、まだ、そう酷くはない。しかし、たとえば黒人キャラクターに与えた役割や、HIV感染の話など、センシティブな事柄に対する無神経な取り扱いにはドン引きする。実在のタレントを彷彿とさせる当て字で、あそこの穴がゆるゆる、とかやるのも勘弁してほしい。こういう思慮のなさは、もともとの薫サンなんだろう。
 透はやっと13作目での登場だが、なにやら婉容なセックスマシーンみたいなキャラになっているが、まあ、私的にはまだ、許容の範囲内。このあとの続刊を坐して待つ。

【以下、追記】

◆ 2022.7.30 15冊目の『WILLOW WEEP FOR ME 』が刊行されたので、レビューを追加。
 執筆時期の薫サンの体調の影響か、はたまた、他の活動の影響か、作品の質にかなりのバラツキを感じるのは気のせいかな。15冊目はなんだか俊一の方向性というか、姿が定まらない感じで心許ない。
◆ 2022.9.22 16冊目の『SKY LARK 』が刊行されたので、レビューを追加。
 透の人物像に相当な劣化を感じるようになった。また、アクションパートが終了したため、全体的に、薫サンの〈脳内ダダ漏れぐだぐだトーク〉と私が形容している、冗長で繰り返しの多い無駄な文章が増え、目が滑る率が高まる。どの登場人物も同じような言葉回しをするため、セリフによる各人物の書き分けが曖昧。小説の質的な劣化が見られる。
 しかし、『テンダリー』を三分割して、61ページ分を550円、91ページ分を770円で頒布する、という価格設定は暴利というか無謀ではないか?同人誌価格なのか?さすがに私は買わないよ、これ。
◆ 2022.11.30 17冊目の『IT AIN'T NECESSARILY SO』刊行
  結構、読むのがツラい代物になってきた。透が完全に闇落ちしましたね。もやは、『朝日のあたる家』や『嘘は罪』や『ムーン・リヴァー』の透とは別人に成り果てました。
◆ 2023.2.20 18冊目『MORE THAN YOU KNOW』 刊行。
 薫サンの脳に沸きいずる言葉をただただ、だらだらと書き綴ったのだな。ひたすら俊一が己の二股の恋を思い悩む。そうはいっても、そんなに深いものにはなりようがない。残り、本編6冊。
◆ 2023.4.20 19冊目 『ボレロ』刊行
  待ちに待った、俊一と父、万里小路俊隆の父子リサイタル。薫サンの音楽描写は悪くないと思っているし、クラシックを織り交ぜたコンサートの構成とか、それを薫サンがどのように描写するか、とかそれなりに(結構に)楽しみにしていたんだよね。でもって、期待値を上げすぎて惨敗する、という、なんだろう、己に負けたような残念感だったりして。詳細は個別のレビューのほうへどうぞ。
◆ 2023.6.20  20冊目 『DEVIL MAY CARE』刊行
 もはや期待のひとかけらも持たずに。それでも発売日に惰性でダウンロード。スマホの画面を10回スライドさせて1行読むくらいのペースで読み飛ばした。その程度で十分な希薄さなのだ。読むべきものも、評価すべきものもないと思う。
◆ 2023.9.1   21冊目     『AS TIME GOES BY』刊行
 惰性であることは重々理解しているが、とりあえず、隔月で出るので、いちおう目を通す。出だしは悪くないかも?と思ったのだけど、すぐに俊一がグダグダしだして、ウンザリ。この巻はステージもないので、ほんと、金井と寝て、英二と寝て、透に犯されて、寝込む。だけ。それが大ステージ控えたプロのミュージシャンのやることか? 深海より深く反省しやがれ。
◆ 2023.10.22   22冊目 『SENTIMENTAL JOURNEY』刊行
 前々から決まっていた全米ツアーの一部始終。俊一を嫌う在米の日本人ジャズピアニストが寄ってきて、つまらぬ嫌がらせの数々。俊一は英二に焼き餅をやき、痴話喧嘩の一方で、やはりニューヨークに来た金井と寝るし、風間を全力で誘惑するし。でもまあ、ステージの描写は悪く無かった。  
◆ 2023.10.22   23冊目 『ANGELEYES』刊行 
 ニューヨークから帰国したのちも、晃市の音楽性問題は継続中。金井が交通事故で重症を負う。金井と俊一の関係を案じ、また透の先行きも案じる風間は、俊一と透の関係は知らぬまま、俊一の愛人として、透を勧める。 
◆ 2024.2.25  24冊目 『MY ONE AND ONLY LOVE』刊行  
 ピアニストの松本弓彦(ユミー)が登場。晃市のピアノ問題の音楽性の問題は継続中。金井が交通事故で足を骨折したあと、仕事もできず九州で困窮しているとの黒田からの連絡があり、ついに俊一は金井にまとまった金を渡して決別することを決意。 
  透は手紙で良から、出所したらイギリスにいって永住するかもしれない。透の所には戻らない。と別れを告げられ、いよいよ俊一に傾倒。
◆ 2024.4.25  25冊目『OBLIVION(未完)』刊行 
 2008年の年末に書かれた章で、絶筆。びっくりするほど、読みやすい。金井との二股が解消し、透との秘めた恋愛は、透がすっきりと影に潜んでいるので俊一を悩ませることはなく、この最後の巻は音楽性の話題と、心霊現象のみ。俊一の内心の一向に進歩のないぐだぐだトークがないだけで、これほど文章がすっきりするのかと。
 薫サンが亡くなったのが2009年5月。なにはともあれ、故人の冥福を祈りたい。

◆ 『トゥオネラの白鳥       矢代俊一シリーズ未完作品集2』   2016(栗本薫・中島梓傑作電子全集28【JUNE Ⅱ】収録)


《矢代俊一シリーズ 外伝》
  1. 『テンダリー』 2009(晃一)
  2. 『明るい表通りで』 2009(晃一)
  3. 『酒とバラの日々』 (金井)
  4. 『SMILE――獣人の恋――』 (黒田)
  5. 『GEE BABY,AIN'T I GOOD TO YOU 』 2010(渥美) 
  6. 『聖夜—サイレントナイト』 2010(金井×俊一)
  7. 『VERY SPECIAL MOMENT』 2010(俊一×メンバー)
  8. 『Bei Mir Bist Sheon—素敵な貴女—』 2011(風間・黒田)
  9. 『EIJI29歳』 2011(俊一×英二)ニューヨーク後
  10. 『ラ・ヴィ・アン・ローズ』 2013(透)
  11. 『悪魔を憐れむ歌』 2014(銀河)
  12. 『レイジー・アフタヌーン』 2014(透)
  13. 『夜のタンゴ』 2015(透)
  14. 『タンゴ碧空』 2015
  15. 『アリヴェテルチ・ローマ』 2015
  16. 『牧神の午後への前奏曲』 2015
  17. 『BLACK ROSES』 2016
  18. 『ブルーレディに赤いバラ』 2016
※なお、『栗本薫・中島梓傑作電子全集28【JUNE Ⅱ】』に収録されている、矢代俊一年譜から書き起こした東京サーガ年譜はこちらへ。



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