2017年4月25日火曜日

0034 コードネーム・ヴェリティ

書 名 「コードネーム・ヴェリティ」 
著 者 エリザベス・ウェイン 
翻訳者 吉澤 康子
出 版 創元推理文庫 2017年3月
 
 勇気ある女性達の戦記。イギリスでは、第二次大戦中、婦人部隊が各方面で活躍した。
将校の秘書官や通信員、無線員、運転手、湾内艇の運行や諸々。これは、戦前に獲得した技術を駆使して飛行機の操縦士となり、諜報部員の輸送を務めた女性と、その諜報部員の女性、二人の親友の戦争と友情の物語である。ドイツ占領化のフランスに潜入した女性は、ドイツ軍に捕らえられ尋問を受ける。彼女の語りで綴る前半と、彼女の救出を試みる後半の二部構成。のめり込めたら面白かっただろうと思うのだけど、私は女性の一人称語りはべたべたしてて苦手なのだ。最後はかなりの飛ばし読みになってしまった。
 それにしても、日本の女達が竹槍で銃後を守ってた時に颯爽と空を飛んでいた女達がいたのか。なんだかそちらのほうが夢物語のように感じる。「映像の世紀」とも違うヨーロッパの戦争を垣間見た。

2017年4月22日土曜日

0033 栄光の旗のもとに ユニオン宇宙軍戦記 (ハヤカワ文庫SF)

書 名 「栄光の旗のもとに ユニオン宇宙軍戦記」 
原 題 「TO HONEOR YOU CALL US  THE MAN OF WAR TRILOGY」2013年 
著 者 H・ポール・ホンジンガー 
翻訳者 中原尚哉 
出 版 早川書房 2017年4月 

《あらすじなど》
 候補生として8才から宇宙軍艦で育ち、28才で大尉になっていたマックスは、艦長以下の先任士官が全滅した艦内で戦闘指揮をとり、敵を破り生還する。
 この功績で最新型の駆逐艦の艦長に抜擢されるが、この艦が問題だった。前任艦長が病的な偏執狂で、乗員を疲弊させ艦内には問題が山積、戦闘効率は最低レベルまで落ちている。艦の問題を解決し、乗員を鼓舞し、士気を回復させなければならない。そのためにも敵に打ち勝つ必要がある。
 新米艦長が外敵とも艦内の問題とも果敢に戦って、部下の信頼と戦果を得ていく正統派ミリタリーSFである。おもしろい!
 艦長と兵員の間の信頼関係とか、圧倒的武力差を戦術でひっくり返すとか、艦長と軍医の友情とか、戦術を通して敵と心情が通じる、とか艦長の葛藤とか、新進気鋭の若手艦長が老練な将軍の手の平の上で頑張ってるとか、好きな要素がぜんぶぎゅっとつまっている。艦内の掌握、練度不足の乗員の訓練、前艦長が残した弊害の一掃だけでも大仕事だが、その合間に異星文明との接触、艦内事故への対処、偽装作戦、交戦、裏切り者への処罰ととにかく寝る間もないほど忙しい。これだけのネタを、よくぞこの一冊に詰め込んだ。しかも消化不良にならず、絶妙なバランスで、かつ3部作の1冊目として、きちんと収束させつつ、次作への余韻を残している。
 キャラクター造形も絶品。主人公マクシム・ロビショーは、ヌーベル・アカディアナ星出身。その名と惑星名が示す通りのケイジャンで、操舵所の凄腕チーフであるルブラン一等兵曹長も同じ星の出身。たまに交わす一言、二言のケイジャン・フレンチは艦長と操舵長の間の特別な信頼感を示しているよう。副長のガルシア(メキシコ系?ちがったか?)、機関長の“ヴェルナー”ブラウン(イギリス系)、宙兵隊支隊長のクラフト(ドイツ系)そして、医務長(艦医)でマックスの親友となるシャヒン(アラブ系もしくはトルコ系のイスラム教徒)が有能な艦長のブレーンとなり、それぞれの文化と個性を出しつつ、 艦長を支えていく。未来の多文化共生社会を覗き見している気になる。それ以外にも、候補生教導員の“マザーグース”アンボルスキや、通信長のチン、センサー長のカスパロフ、作戦長のバルトーリなど、有能な士官が脇を固める。政治的な思惑で艦の足を引っ張るいやらしい人間が出てこないのが、読んでいて爽快である。司厨にはケイジャンの司厨員がいて、味気ない宇宙軍料理にスパイスをきかせている。艦内醸造のビール、艦の焼きたてパンやケーキやパイ、軍艦ものが「料理で読める」のもめずらしい。フォレスターやダグラス・リーマンの海洋冒険小説の正当な後継とも言うべき作風であるが、二番煎じに甘んじることなく、オリジナルの世界観を構築している。

《マックスの生い立ちと取り巻く人々》

 マックスは8歳の時に敵の生物兵器攻撃のために、母と家族を喪った。この生物兵器ジノファージは、人類の宿敵であるクラーグ人が開発し、人類の居住惑星に同時多発的に放ったもので、このウイルスに感染すると、男性は無症状キャリアとなり、女性は内臓でエボラ出血熱のような激烈な液化壊死を発症し、ほぼ100%死亡した。この攻撃の年は、マックスのような、親を喪った子供達がユニオン支配星域内で大量に出現しただろう。保護者を喪った子供達(男の子)の後見となったのが宇宙軍であり、候補生として宇宙艦に乗り組んだ彼らは、艦を我が家とし、乗員を家族として、育成と教育と訓練を受け自らも軍人となる道を歩んだ。主人公マックスはそうやって8歳の頃から軍艦に乗り組んでおり、作中28歳の時点ですでに20年のキャリアを持つ宇宙軍士官である。その間、いくつかの悲惨な戦闘経験が加わり、そのもろもろが表からは見えにくいトラウマとして、彼の精神に影響を及ぼしている。彼がひた隠していたそのトラウマを見破って手をさしのべたのが、親友となるシャヒン医師だった。この、マックスのトラウマ克服も今後のストーリー展開の一つの軸となっていくだろう。

マックスが相当有能なのにもかかわらず、さらに強烈な個性を放ってマックスを手のひらの上で転がしているのが、任務部隊司令官のホーンマイヤー中将である。そのホーンマイヤーの候補生時代からの親友であり、マックスに「孫子」を教え、戦略・戦術を叩き込んだ恩師であるミドルトン大将の二人は、マックス少年期の候補生時代からマックスを見守り育ててきていると思われるが、その辺りの物語は今作では明かにされていない。ぜひ、読んでみたいものである。この二人、おそらく甘やかし役のミドルトンと、厳しい小父さん役のホーンマイヤーで役割分担しているのではないかと見え、マックスはもちろんミドルトン命なのだが、なかなかどうして、ホーンマイヤーはマックスを鍛える上では大きな役割を担ってきているように思える。

 

Heart of OakHeart of Steele

 ちなみに、原著のタイトルは、宇宙軍に歌い継がれているという設定の、イギリス海軍伝統の海軍歌「ハート オブ オーク(オークの心)」(作中では「ハート オブ  スティール(鋼の心)」として、メロディーはそのままに歌詞が宇宙軍仕様に変更されている。)その、「ハート オブ スティール」の歌詞から取られている。

 この「ハート オブ オーク」の歌詞「steady boys  steady」(作中では「そのまま進路を保て」と翻訳。steadyは操舵用語で「舵そのまま」とか「進路そのまま」の意)という台詞は、この本や続刊の要所で効果的に使われている。

 一巻では、クライマックスでガルシアとアンボルスキがささやく。二巻ではマックスが戦闘前の緊張に凍りつく艦橋で“steady  boys  steady♪”と口ずさみ、まあ、おちつけ、と部下を励ますシーンがある。海軍歌「ハート オブ オーク(オークの心)」を聴きたい方はこちらへ


「世界の民謡・童謡」 ハート・オブ・オーク Heart of Oak



《著者について》

  著者のホンジンガーはかなりの遅咲きで、なんとこの本が処女作である。小説家である妻の勧めで本作を執筆し、当初は自費で電子出版したが、Amazonの出版部門の目にとまりメジャーデビューを果たした。そして、一躍一流小説家の列に並んだ。奥様には、「よくやってくださった!」と感謝状を贈呈したい。

 ホンジンガーはすでに、第1部の2巻、3巻の出版を終え、その後、この第1部の前日譚である中編2作を世に送り出している。このMAN OF WARシリーズは3部作各3巻の全9冊となる予定で、原著の中では、全ての巻のタイトルも発表されている。本来であれば、氏のHPなどでは、第2部(4巻目)の刊行も予告されていたと思うが、健康不安が続き、刊行が中断している。氏の闘病と健康回復を祈っている。

【追記】ホンジンガー氏は、何年も糖尿病により闘病されていたが、2020年4月にガンが見つかり、8月にガン術後の回復期に感染した新型コロナにより逝去された。Man of War 第2部、第3部が遂に世に出なかったことが残念でならない。せめて、第一部の2巻、3巻と、17歳のマックス・ロビショー少尉の冒険譚である中編2作を、翻訳出版してもらいたいと、切に願っている。