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2023年9月24日日曜日

今日は『ジョン・ウィック4 コンセクエンス』を観にいった



 心密かに楽しみにしていた、ジョン・ウィック4。気がついたら公開が始まってたので、とっとと見に行ってきた。私はあまり俳優さんに入れ込む方ではないのだが、キアヌは好きだ。
 そういえば、ブログ記事にはしなかったけど、宮崎駿の『君たちはどう生きるか』も先日見に行った。この作品、いろいろと評は分かれているらしいが、私からみたら、とりあえず名作だと思った。あと、大人の映画だ、とも思った。・・・・てか、その話ではなく、今日は『ジョン・ウィック4』
 ええ? ええぇぇぇ〜〜〜〜〜!! ということがありました。あと、エンドロール終わる前に席を立って人の前を横切るやつ。最後まで見なかったことを後悔するがよい。

 ドルビーで見たんですけど、最初から最後まで、バンバンドンドン、スドンズドンの大音量だったので、ドルビーだろうが、普通のだろうが、大して変わらなかったんじゃなかろうか。あと、字幕でしたけど、台詞は大して多くないので、無問題。
 ジョンが無敵すぎるので、敵役がショボくなってしまうのは、致し方ないところか。せっかくジョンが頑張ってるのに、これまでのシリーズで一番、敵が姑息だった気がするのがやや残念。

 内容は、アレだ。ジャンプ漫画と同じですね。
 主役が、どれだけ殴られても撃たれても、車にはねられても起き上がる。死なない。不死身。そして友情、友情、友情、友情。ジャンプ漫画の王道を行ってます。銀魂とおんなじ感じです。でもいい。キアヌが格好良いので、いい。
 そしてラスト。えぇ?ホントに?ってなって、ええっ!?ってなります。
 これ、ジョン・ウィック5も予定されているってことなんですけど、どうやって繋ぐんでしょうね。これで「実は」ってなるのも興醒めな気がするんですが、どうするのかな。
 
 帰りに、ジョン・ウィックと、この間観た『君たちはどう生きるか』のパンフレットが出てたので、買ってきたんですが、『君たち』のパンフレットは酷かった。初めから作らなければよかったのに・・・・・。金返せ、ってレベルで酷い。

 
 

2022年5月29日日曜日

そんなわけで、『トップガン・マーヴェリック』を観にいった


 
 空母エイブラハム・リンカーンが撮影に全面協力したと聞いて、なんとしても観たくなったので、トップガン・マーヴェリックを観に行ってきた。
 いや、良かったです。マジで。
 トム・クルーズ年齢重ねて良くなったよねえ。ちょっとお笑いポイントもあり、泣かせるポイントはふんだんにあり。だがしかし、ネタバレ御免。トムキャットが飛んだ瞬間、第4世代のF-14と第5世代のドッグファイト、そしてボロボロになって空母に戻ったとき。アレスティングフックも降着輪も失った戦闘機をああやって着艦させるのか、とかいろいろと。ああもう!良かった。すでに2回みたが、あと1回だけ。IMAXで観たい。
 ちなみに、最後までクレジットが流れたラストで、客席から拍手が湧く映画ってそう無いんじゃないかな。観客がなにかを共有した瞬間。いやあ〜、映画って本当にいいですね。

2022年1月2日日曜日

映画『ミュンヘン』

 スティーブン・スピルバーグ監督・製作の『ミュンヘン』を視聴。
 今年、イスラエル国家について、パレスチナ問題について、ユダヤ人問題について、フィクションではなく、ノンフィクションの方面で本を読むための、とっかかりというか、動機づけの強化というか。

 2005年12月公開。
ミュンヘン・オリンピック事件と、その報復である『神の怒り作戦』、その担い手に選ばれたモサドの構成員だった若いユダヤ人(作中ではアフナー)とその仲間の行動と、作戦終了後の葛藤を描く。原作は『標的(ターゲット)は11人―モサド暗殺チームの記録 (新潮文庫)』
 まだ若い未熟な青年が仲間とともに暗殺を実行し、やがてそれに慣れ、そのうち一人ひとりが精神を病んでいき、さらに、報復によって仲間も殺されていく。
 悪夢と不眠症に苛まれ、自分の実行した殺人が、(法的にも倫理的にも)肯定されうるものだという証拠を国に対して求めるものの、イスラエル国からそれを得ることはできなかった。結局はアフナーは不信からイスラエルを離れてアメリカに移住し、祖国も失うことになるが、暗殺行動以降、イスラエル当局から圧力をかけられるところも含めリアルに描かれている。(もちろん、リアルだからといって真実だとはかぎらないわけだが。)
 作戦に従事している中、国外から電話をかけ、幼い娘の喃語を聴いて泣くアフナーの姿が一番胸に響いた。
(ガブリエル・アロンとは頭を切り離して観ていたつもりだけど、暗殺を嫌悪しながらも、自分の手で暗殺を実行することにこだわるアフナーがガブリエルとオーバーラップするのを100%排除はできなかった。それにしても、こうしてリアル寄りの映画を観ると、やはりガブリエルはきれい事寄りだよなあ、とは思う。この「リアル」にガブリエルという「フィクション」を対置したダニエル・シルヴァの意図はどういうものだったのだろう、ということも気になる。)

 パレスチナ側だけでなく、イスラエルに対しても批判的な表現があるこの作品は、アラブ側からもイスラエル側からも批判され、スピルバーグの作品のなかでも一番の問題作だと言われているとのこと。また、公開時、モサドや、元モサドの要員などからも事実と違う、との批判が寄せられたそうだ。(Wikipediaより)
 しかし、モサドが「真実と違う」と言ったからといって、だれがそれを信じる?とは思うよね。

 作中で、国を失ったパレスチナ人は100年かかっても国を取り戻すと言い、ユダヤ人は「自分の力で国を取り戻した」と信じる。この救いの無さをほんの一瞬でも観た人に直視させることができるのなら、この映画は成功しているといえるだろう、と思う。ではどうしたらよい?と考えると、救いのない暗澹とした気分に陥る。
 また、イスラエルを知れば知るほど、第二次大戦後『戦争放棄』の道を歩もうとした日本と、あくまでも強固な意志と手段を選ばぬ武力によって『決して侮られない』戦いの道を選択したイスラエル国という二つの国の対照的な姿を思う。そして、結局は『戦争』は放棄しても『武力』は放棄できなかった日本の戦後の姿についても、考えざるを得ない。
 また、2020東京オリンピック開会式で、ミュンヘン・オリンピック事件の犠牲者に対する黙祷が行われたことの意味合いも、合わせて考えてみなくては。

 ところで話は変わるが、主人公アフナーの同志であるスティーブを演じているのがダニエル・クレイグ。
 好演しているのだが、あの薄い色の瞳の効果か、サイコパスに見えてくるんだよね。友情に篤い良いキャラクターなんだけど、どうしても「殺しのライセンス」に見えて、異様な存在感を放っていて主役を喰っていたのはご愛敬(笑)。

2021年12月25日土曜日

映画『ユダヤ人の私』 ドキュメンタリー



マルコ・ファインゴルド氏。1913年生まれ、2019年没。

 ハンガリーで生まれ、ウイーンで育つ。4人兄妹の3番目で、2人の兄は収容所で殺害され、妹は戦争終了まで身元を隠して生き延びたにもかかわらず、終戦直後に行方が判らなくなった。彼は一家のたった一人の生き残りである。
 このドキュメンタリー映像は、亡くなる直前の2018年から19年の収録されたものだそうで、106歳とは思えぬしっかりとした語り口で、淡々と「ユダヤ人」としての彼の生が語られる。

 家族で幸せだった子ども時代。奔放な10代から20代前半。仕事が無かったオーストリアを離れて兄とイタリアに行き、商売をして成功したが、パスポートの期限が切れるためにオーストリアに一時帰国したのが、1938年3月、アンシュルス(オーストリア併合)の数日前だった。そして、マルコ氏は、ウイーンに進駐するナチス・ドイツと、それを熱狂的に歓迎するウイーン市民を目の当たりにした。

 戦後、オーストリアはナチスの最初の占領被害国であると主張したが、オーストリア国民は紛れもなくナチス・ドイツを歓喜で迎えいれた。この日、わずかな時間で、ウイーンのユダヤ人の命運が暗転する。マルコ氏はパスポートの更新もできずに、兄とともにチェコスロバキア国境に逃れたが、無効となったパスポートを所持していたためにチェコスロバキア国内でつかまりポーランドに送られる。ポーランドで偽造の身分証明書を入手して市民に紛れ込んだが、今度は兵役忌避者と見做されて捕まってしまう。やがて、ついにゲシュタポに逮捕され、出来て間もないアウシュビッツに送られ、そこから今度は労働力としてダッハウ、ノイエンガンメ、ブーヘンヴァルト強制収容所に移送。途中で兄とも生き別れとなり、後に兄は収容所で殺されたことが判明する。

 106歳の語りは、とりとめもなく、間に挿入されるアーカイブ映像も、当時の世相を見せるものではあるが、氏の体験と直接結びつくものではなく、曖昧模糊とした印象が終始漂う。アーカイブ映像の見せ方には、ドキュメンタリー映画としてやや難があると感じた。

 しかし、その中でもはっきりと際立つのは、オーストリアへの怒りだ。

 ブーヘンヴァルトで終戦を迎えた被収容者は、国籍二十数カ国に及び、各国は迎えを寄越して解放後数週間で帰国していったが、オーストリア出身のユダヤ人は放置された。自分達で交渉し、輸送手段を確保してオーストリアに帰国しようとしたが、オーストリアはユダヤ人の受け入れを拒否した。

 淡々と、106歳の老人が過去の体験を語る、それだけのドキュメンタリーで、劇的なこと、衝撃的な映像、といったものではない。ところどころ前後関係の脈絡がなかったり、首をかしげる部分もないではない。しかし、アンシュルスの日を境に足元が崩れるように崩壊していったオーストリアのユダヤ人の様子が伝わるし、戦後にナチスドイツの被害者を装ったオーストリアは、実は雪崩をうってナチスに迎合したこと、そのことを告発しつづけたユダヤ人の証言として、大切な証言映像だと思う。また、反ユダヤ主義は、今も脈々と拡大再生産されており、こうやって抵抗し、告発していかなければ、いつまた、生存を脅かされるかもしれない、という危機感も伝わってくる。

 今も、反ユダヤ、ホロコーストの否定はヨーロッパ、全世界に広がっており、オーストリアのユダヤ人協会の会長を長年務め、積極的に講演活動も行っていた氏には、誹謗中傷の手紙やメールが数多く届いている。

 映像中に、それらの「生の文章」が差し込まれる。

 戦後は、ザルツブルグに住まい、パレスチナの地に移住しようとするユダヤ人を支援した。
家も財産も略奪されて帰る場所のない十万人ものユダヤ人が、ヨーロッパの外に移住してくれるのは、ナチのユダヤ人迫害に加担、もしくはこれを黙認した各国にとっても好都合だった。イスラエル国の成立にこのような側面があることも、現在のパレスチナ問題に大きく影響しているのだろう。もっともっと深く考えなければならないと思う。

2021年12月23日木曜日

映画『マトリックス4』を観てきた。

マトリックス レザレクションズを観てきた。
映画館なんて、10年ぶり以上・・・・(近所のミニシアターを除けば)ええと、記憶に間違いがなければ、『風立ちぬ』以来。
IMAXも初めて。
感想・・・・・というか、なんというか、これまでどーしても若いキアヌと今キアヌがイメージの中で同一人物に思えなくて難儀していたが、ついにつながった(笑)。
つまり、「ジョン・ウィック」は髭を剃ったら、中年ネオになった。むろん、あの一途な瞳はそのまま。切ないことこの上ない。

で、過去3作をかなり良く観ておかないと、話についていけないだろう。公開前の下馬評では、もう一つのマトリックス説とか、青カプセルを飲んだ方の並行世界ヴァージョン、とかの噂もあったが、完全に、前3作からの続きもの。
とりあえず、Amazonプライムビデオとかで、今タダで前3作を観ることができるので、全部みて、どっぷりと世界観に浸ってからレザレクションズを観ることを、お勧めしたい。でないと、置いてけぼり感が半端ないことになるだろう。

ストーリーというほどのものは、ない。(断言)
ネオが起きる。トリニティを助ける。トリニティ覚醒。以上。

でも、それでよい。そもそも、マトリックスってそんなもの。
その世界に酔いしれるべし。

2021年11月27日土曜日

映画『ウルフズ・コール』ネタバレあり


2019年のフランス映画です。
もう一つの潜水艦映画。
これを見ると、アメリカ映画ってやっぱりエンターテイメントなんだなあ、と実感する。
(当たり前だが)フランス語が溢れる発令所の中も米原潜とはひと味もふた味も違う。面白い。

「ウルフズ・コール」とは、謎の潜水艦が発するソナー音のこと。フランスの特殊部隊を支援する作戦任務中にこの音に遭遇した音響鑑定士のシャンテレッドは混乱して、艦種の特定や敵味方の識別に手間取り、艦と仲間の特殊部隊員を危険に晒してしまう。任務の失敗から潜水艦乗務をはずされてしまうシャンテレッドだが、どうしてもあの狼の鳴き声が頭から離れない——————

 アメリカ映画なら、ここから、敵の不明艦の探索と対決、という一大スペクタクルに展開する流れだが、そうはならないフランスのエスプリ。
 
 全身全霊集中して見たけど、2度、3度みたいとは思わないくらいシビアな世界だ。現実寄りの核戦争の恐怖と潜水艦戦の非情な世界を描き出している。細部まで集中して見て、見終わったあとに、自分の中に吹き荒れる感情を鎮めながら諸々を考える。そんな映画。見る価値ありの名作です。(と、思うのだけど、Amazonのレビューはいまいち振るわないようだ。そりゃあ、ハリウッド並みのスペクタクルを望んではいけない。これはフランス映画だからね!もうちょっと大人で、もうちょっとしっとりしているのだ。たとえ戦争映画であっても。)

 主人公は鋭敏な聴覚を武器に海中で戦う『音響鑑定士』。水中の小さな音まで聞き取り、敵か味方か、艦種や武装の種類まで鑑定する。通り名は「黄金の耳」、渾名は「靴下(ソックス)」。渾名の由来は耳が良すぎて自分の足音が気になってしまうため、数ヶ月の潜水艦乗務の間、靴を履かずに靴下だけで過ごしたから。聴覚だけでなく人柄全般的にセンシティブな男。
 ひたすらヘッドホンから海中のすべての音に耳を澄ませ、作戦の遂行も中止も、攻撃するかしないかも、鋭敏なシャンテレッドの耳が聞き取る音とそれに下される鑑定にかかっている。こんな繊細な奴が、何ヶ月もこんな仕事をしていたら心を病んでしまうんじゃないだろうか。でも艦長のグランシャンは彼を信頼している。

 「狼の鳴き声」を放つ謎の音紋の潜水艦による欺瞞作戦のために、フランスは核戦争の引き金に指をかけてしまう。フランスの新鋭戦略核ミサイル原子力潜水艦(SSBN)レフローヤブル号を指揮するのは、シャンテレッドが尊敬するグランシャン艦長。その原潜は大統領からの核攻撃命令を受けて潜航し、いまや核攻撃の最終段階にある。電波も通信も届かない潜水艦には核攻撃中止命令も届かない。そして、潜水艦艦長に与えられた大統領命令は絶対不可侵で変更や取消は不可能・・・・・て、謎の潜水艦などそっちのけで、味方同士の潜水艦による核戦争回避のための戦い−−−−−つまりはどうやって潜航する潜水艦(味方)の位置を特定し、核攻撃中止を伝えるか、さもなければ−−−−−っていう超絶鬱展開。これを魅せる人間ドラマが良いのだ。レフローヤブルを追うために、もう一つの潜水艦チタン号に移乗して指揮を執る潜水艦部隊司令官(「私もかつては潜水艦艦長だ」)もまた、シャンテレッドの能力を信頼する。そして、レフローヤブルからの魚雷を受けて大破し、沈降していくチタンの中で、司令官は、シャンテレッドを艦外に脱出させるのだ。シャンテレッドが得たもの、そして失ったもの。

 字幕だと、登場人物の階級がまったく分からないのだが、肩章である程度把握できる。シャンテレッドは少尉。チタンの艦長で中盤レフローヤブルの艦長になるグランシャンは中佐、チタンの副長だったドルシは少佐だったが艦長に昇任して中佐に。司令官は上級中将だ。音響分析センターの長官(?)も中佐。
 大麻の一件は、彼がやっていたのではなく、彼女が手巻き煙草で吸っていたのを副流煙で吸収していた、ということかな、と。彼女を責める方向に話が向かないのも“らしい”と思った。大人の世界だなあ、と。(自分が納得できるかどうかは別問題。)あと、勤務オフの時もシャンテレッドがヘッドホンをしているのは、音楽を聴いているというより、もしかしたらノイズキャンセリングのためかもしれない、とも思った。
 ラストの、音のない静かな世界は、聴覚を失ったシャンテレッドの世界を表現しているんだよね。彼女が後ろから近づいてくる気配も感じ取ることができなくなったシャンテレッドは、これからどんな世界を生きて行くのだろう。

 この映画は真夜中に部屋を暗くして、ヘッドホン推奨。シャンレテレッドの聴いたものを、聴け!

 

2021年11月26日金曜日

海・駆逐艦・潜水艦

 いつの間にか、戦闘艦好きになっている。いちおう自分に念押しするが、これでも平和主義者だ。戦争反対・軍備反対。だけど、なぜか軍艦ものが好きだ。人間は矛盾に満ちた存在だ。
 生まれながらの平和主義者だった息子が、いつの間にやら銃器マニアに育っているのもなぜだ? 言っておくが、私のせいではない。息子のヘンな進化に気付くまでは、銃器や兵器の話なぞ、家の中ではしたこともなかったし、BB弾のピストルのおもちゃだって持たせたことは無かったのだ。
 そういえば、どう考えても反戦主義者だろうと思える宮崎駿氏も、戦闘機への憧れが捨てられなかったように。
 戦うという目的のためだけに作られた無駄な無機物に、どうして人は愛を感じてしまうのだろうか。
 ひょっとして、そうやって、創作と空想の世界に野蛮な欲求を昇華させることで、本能的な闘争心を宥めているのだろうか。

 しかし、この気持ちはやはり「愛」。船の代名詞が『彼女』なのにも心震える。
 というわけで。動いている戦艦見たさに映画を見る。ストーリーは二の次でよし。操舵号令にうっとりとする。
戦争映画の傑作。ロバート・ミッチャムの駆逐艦艦長とクルト・ユルゲンスのUボート艦長が、海面の上と下で頭脳戦を繰り広げる。大好きなシーンはなんといっても、敵潜水艦から放たれた二本の魚雷の航跡が、艦すれすれに通り過ぎていくシーン。『Uボート』が戦争の悲惨を描いているとすれば、こちらは娯楽映画のレベル。Uボートの艦内もこぎれいで、映画『Uボート』との描き方の違いを感じる。原作のシビアさと比べても、あっかるいアメリカ映画の仕上がりだが、米海軍の協力を得て作成された本物の駆逐艦の爆雷投下シーンは圧巻。


『バトル・シップ』
近未来SFのくせに、戦艦ミズーリが主役。老兵がそりゃあ楽しげに艦を操ってる。ボイラーに点火するシーンがお気に入り。「耳をふさいどれよ!」 字幕・日本語吹き替え、どちらも味わいがある。戦艦が波を蹴って進むシーンが壮観。一番好きなのは、窯の火が落ちて死んでいた艦に電源が入り、息を吹き返えしていくところ。




『Under Siege』
こちらも戦艦ミズーリ。第二次大戦中に就役した戦艦が、近代化改修を経て湾岸戦争時まで活躍していたとは知らなかった。バトル・シップはミズーリがハワイで記念艦になってからの話だが、こちらは、退役前最後の航海で艦内で反乱が起きる話。スティーブン・セガールがマイペースな奴で面白い。ヒロイン役の女優さんが、とても美し可愛い。
 この映画の見所はなんといっても主砲をぶっ放すところだな。揚弾機で弾薬を砲尾まで持ち上げて、装薬して撃つ。ダグラス・リーマンの小説を読んでいても、実際の揚弾の様子なんてわからなかったからね。なるほど〜、と。


こちらは、米攻撃型原子力潜水艦。一番お気に入りのシーンは、前半、潜水艦の出航シーン。「よし、潜ろう」「ダイブ・ダイブ」のかけ声で、艦長、副長、その他幹部士官が発令所の海図台(?なのか)の前と横に前方を向いて陣取り、腕を組んで直立不動。潜行する艦が前のめりに斜めになっても、潜水艦乗りの誇りにかけて、どこにも掴まったりするものか、と体を斜めにして踏ん張るシーンが、大好き。あと、ラストシーン、ロシアの駆逐艦隊(多分)に護衛されて真っすぐ北海洋上を航行する、USS《アーカンソー》。字幕、日本語吹替え、どちらも味わいがあるが、日本語吹替え版は、細かいセリフで状況説明を自然に補ってくれていて、俳優の細かい表情や小さな目配せなどの仕草の意味がはっきりして印象が際立つ。良い翻訳だと思う。ちなみにとってもハンサムな航海長のパークは韓国系の朴さんだろうな。


原作『駆逐艦キーリング』 第二次世界大戦に米国が参戦して間もない1942年初旬。大西洋はドイツのUボートによるウルフパックに席捲され、連合国側の通商網は大打撃を受けている。護送船団を組み、それを護衛する米駆逐艦《グレイハウンド》とコルベット艦。お気に入りのシーンは、戦闘とかではなく、ラストの梯型で洋上を進むグレイハウンドと僚艦だったりする。
2020年に航海、ではなく公開予定だったが、コロナのあおりで劇場公開はされず、アップルTVが独占配信。映画館の大画面・大音響にかぶりつきで、荒天の荒波を頭から被る勢いで鑑賞するのを1年も前から楽しみにしていたので、残念ではあった。
アップルTVは、最初の試聴期間はタダなので、ユーザーでない方もぜひ観てみてください。いつか劇場で観たいです。




2019年フランス映画。アメリカの潜水艦映画とはひと味もふた味も違うエスプリ。潜水艦の「音」の世界を垣間見ることができる。有線誘導の魚雷ってこんな感じなのか、とか、沈没する潜水艦からの緊急脱出ってこういうものなのか、とか。小説『ハンターキラー』でも描かれる潜水艦艦長の忠誠心の強さや独立独行の作戦遂行能力の高さゆえに、抑止力としての戦略核の運用を、潜水艦に担わせることのリスクにも考えさせられてしまった。プライムビデオの見放題に入っていないのが残念ではあるが、レンタル料払って見る価値アリの名作だと思います。
おまけ『Uボート』
これは「楽しむ」映画ではない。戦争の悲惨さに愕然とするための映画。戦争映画で思わず高揚してしまったら、これを観て反省しよう。



2021年11月15日月曜日

0305-06 ハンターキラー潜航せよ 上・下 (ハヤカワ文庫NV)

書 名 「ハンターキラー潜航せよ 上」 「ハンターキラー潜航せよ 下」 
原 題 「FIRING POINT」2012年
著 者 ジョージ・ウォーレス/ドン・キース 
翻訳者 山中 朝晶 
出 版 早川書房 2019年3月 
文 庫 上巻425ページ/下巻426ページ  
初 読 2021年10月30日 
ISBN-10 上巻4150414491  /下巻4150414505 
ISBN-13 上巻978-4150414498/下巻978-4150414504 
 つい気になってしまった誤訳と、誤訳か誤植か迷うケースについて。
その1。
SASを『空軍特殊部隊』と訳す痛恨のミス。SASはSpecial Air Serviceの略称だが空軍ではない。『陸軍特殊空挺部隊』である。各部隊から志願し選び抜かれた陸軍の超エリート部隊。よって、小説に登場するシーンも多いのだが、軍事オタクではないが多少詳しく知りたいという人には、イアン・ランキンのリーバスシリーズ一冊目『紐と十字架』およびギャビン・ライアルのマキシム少佐シリーズをお薦め。いずれも現役のSASではないのだけど、雰囲気は伝わる。ガブリエル・アロンの親友ケラーも元SAS。アティカス・シリーズにも格好良い元SASが出てきた。
その2。
The young junior officer を「若い下士官」と訳してある。彼は大尉なので、決して「下士官」ではない。そもそも下士官なら、Petty officerだと思うんだよね。ここは下級士官と当てるところだろう。下士官と下級士官。誤訳か脱字か迷う。

 だがしかし。そんなことは置いておいて、潜水艦が氷海を潜り、海上艦は波濤を割って駆け、有能な司令官が指揮をとり、部下の乗組員たちは各々の技量の限り奮闘する。真っ当な海洋軍事小説である。つまりは面白い。『最後の任務』でスタージョン級原子力潜水艦〈スペードフィッシュ〉の艦長を務めたジョナサン・ワードが准将に昇進して、大西洋潜水艦部隊の司令官になっている。スペードフィッシュが退役した時点では中佐だった。あの麻薬撲滅作戦の勲功で大佐に昇進したにせよ、短期間(およそ2年ほど)の間に准将になっているっていうのは、超スピード出世なんじゃないか?あいかわらず、ワードは好男子だ。今回主役のロサンゼルス級原子力潜水艦〈トレド〉の艦長は、前作でワードの副長だったジョー・グラス。艦長となった今も、グラスとワードが見せる厚い信頼関係が読み手にも心地よい。北極海の氷の下からイギリスのファスレーン海軍基地に帰還した〈トレド〉とグラスを迎えたワードの会話。早くパブに行きたいというグラスに対し、ワードが言う。

「まあ、当分先だな。今度の作戦の戦術司令官は本当に人使いが荒い、 
冷酷非情なろくでもない男だからな」 
「誰です?」 
「わたしだ」

著者の一人のジョージ・ウォーレスが元潜水艦艦長で、それこそスタージョン級の〈スペードフィッシュ〉では副長をつとめ、ロサンゼルス級では艦長を務めた人。潜水艦管内の描写が精緻を極めるのは当然で、その分、陸上の陰謀のあれこれが相対的にかすんで見えるのは致し方のないところ。大勢の登場人物をからめ、さまざまな思惑が錯綜するが、総じて敵役がしょぼく見えるのは前作と同様。でもいいのだ。これは潜水艦の本なのだ。ないと話にならないから敵役も必要だが、私は海のシーンだけで満足だ。だがひとつ、気がかりなことがある。この巻に出てくるUSS〈マイアミ〉も〈トレド〉もロサンゼルス級の実在の潜水艦。〈マイアミ〉は2014年に退役したようなので、この本が米で出版された時ににはまだ現役だったはずなんだけど、良かったのか、沈めてしまって? 験を担ぐ海の男的にさすがに撃沈はまずいのでは・・・・と、まったく人ごとながらかなり心配になった。うーん、恨まれないだろうか?〈マイアミ〉関係者に。と、(繰り返すが)まったく人ごとながらまことに不安。

 で、ここからは下巻の感想です。
 米国証券市場を舞台とした民間パートの、コンピュータープログラム改竄による証券取引詐欺と市場テロの策動、ずっと軍事パートと交互にやって来たが、まさか最後までストーリーがほとんど交わらないとはびっくりだ。これ、民間パートをバッサリ削っても十分ストーリー成り立つよね、と書いてから、そういや映画はそうだったよな、と。
 軍事クーデターは兎も角、愛国主義とは別物の拝金主義者の魑魅魍魎が蠢く腐った資本主義市場は、老獪とはいえ単純な海軍軍人が泳ぐにはヘドロすぎる。一方、海上でイージス巡洋艦〈アンツィオ〉から指揮を執るジョン・ワード、その弟子たるジョー・グラス、そして小生意気だったのにどんどんグラスに感化されていくグラスの副長エドワーズ。ついでにこちらもジョンに感化される〈アンツィオ〉の艦長、海軍パートはとにかく読んでいて気持ちがいい。
 潜水艦のコースは途中何回も地図で確認。海上の視線から見るヨーロッパの地形は面白い。デンマークは海の要衝。かつて海洋国家として栄えたのもうなずける。で、普段メルカトル図法の地図ばかりみていると特に極地は距離感が狂うので、グーグルアースも活用。今回ロシア潜水艦隊はバルト海と白海の二手に展開したわけだが、モスクワを狙うとして、危険を冒してバルト海に潜り込む価値はあったのかな、とちょっと疑問に思った。モスクワまでの直線距離はバルト海、白海いずれも1000キロ超で似たり寄ったり。仮にバルト海からのモスクワ攻撃が成功したとしても、そのあと西側諸国の軍に囲まれるのは目に見えているわけで、素直に白海から攻撃仕掛けたほうが勝算はあったのでは?
 フィヨルドの戦闘、そしてバルト海の戦いは、映画に比べてもちょっとあっさり風味だったけど、十分堪能できた。面白かった。

 映画の方の『ハンターキラー潜航せよ』は尺に合わせて証券詐欺パートはバッサリ削り、潜水艦もロサンゼルス級ではなく、バージニア級〈アーカンソー〉に変更。 細かいところは良く分からないが艦尾のスクリュー周りのデザインがかなり違う。ロシア駆逐艦〈ヤヴチェンコ〉が単なる敵艦ではなく、ラストに乗員の意思でアーカンソーを守ってクーデター派に対抗するなど、渋い展開となる。私はこの映画が大好きだが、アメリカではあまり受けなかったらしい。ジェラルド・バトラー演じるグラス艦長が、かなり抑制の効いた役作りで、派手な戦闘好みの米国人には静的すぎたのだろうか?
 私は、何度見ても飽きないんだけどね。
 ところで、映画の中に登場するフィスク少将は、胸に潜水艦乗員徽章を付けている。彼は潜水艦隊司令官だったのか。小説ならドネガンとワードを足して割ったくらいの役回り。この潜水艦乗員徽章(ドルフィンマーク)、ドルフィンと言いつつ金のしゃちほこに見えてしまうのは私だけ?だって鱗あるし。。。。こういうことを、手軽に検索できるインターネット時代が本当に有り難いと思う。

2020年6月8日月曜日

0203 眼下の敵

書 名 「眼下の敵」 
原 題 「Enemy Below」 
著 者 D.A. レイナー 
翻訳者 鎌田 三平
出 版 東京創元社 1986年11月 
初 読 2020/06/08

 1943年南大西洋。大西洋の戦局は大きく変化している。ウルフパックは連合国側の護衛艦隊に軽空母が加わり連合軍側に軍配が上がった。この話は単騎のUボートと英国駆逐艦ヘカテの一騎討ちである。
 映画『眼下の敵』が騎士道精神に溢れているので(勿論大好きだ)、原作のこの両艦長の捻くれ具合がいささか可笑しい。
Uボートのフォン・シュトームブルグ艦長は貴族らしく高慢だし、駆逐艦ヘカテ艦長のマレルはどこか屈折してる。
 そんな二人が海の中と上で神経をすり減らして頭脳戦を繰り広げる。本文中の要所要所に、戦闘中の航路のプロットが差し込まれているので非常にわかりやすく、勉強にもなった。
 ラストはもはや喜劇だが、これはこれでおもしろい。ボートの上の連中はまだしも、どうやって海中で殴り合いするんだ。 戦っているのは国と国、主義と主義であって、一度戦列を脱したら人間同士に戻れる、と言わんばかりの理想主義あふれる米映画版に比べて、この原作の洞察のシビアなことよ。

「艦長は自分がもう一度、戦争をやり直しているような気になった。」
「ドイツ人とは決して和解できない」
「戦っていたのは人間そのものだったのだ」

 このシビアな洞察。さすが英国人と言うべき? そりゃあEUも上手く行くわけないよな、とほぼ小説とは関係のない感慨を覚えた読後である。 
 英国海軍の伝統らしい、熱々甘々なココアが美味そう。マレル艦長に言わせると、アメリカ人はコーヒーを飲むらしい。英国人でよかった、との事。イギリス人は本当にチョコレートが好きなんだと再確認。

 こちらは、ハリウッド版『眼下の敵』言わずとしれた名作である。主演、ロバート・ミッチャム、クルト・ユンゲルス。駆逐艦は、米海軍ヘインズに変更されている。撮影には米海軍が全面協力し、駆逐艦も爆雷シーンも本物らしいので、文句はいえまい。素晴らしい迫力である。
艦長が時計で時間を計って魚雷をかわす名シーンは何度見ても飽きない。やや、Uボートの中が広くて小綺麗にすぎるかと思わないではないが、クライマックスのUボートの魚雷攻撃、捨て身の欺瞞作戦、退艦命令、体当たり攻撃からの、Uボート上の負傷者救出、そして最後の水葬シーンまで、以後の駆逐艦戦モノの原型全てが詰まってるといっても過言ではあるまい。


 駆逐艦ヘインズが魚雷で致命傷を負ってから、機関長が艦内通話で「まだ2番ボイラーから蒸気が取れます」と艦長に告げるシーンが好き。私の機関長好きの原点も此処にある。

2020年6月5日金曜日

0202 駆逐艦キーリング(映画「グレイハウンド」原作)

書 名  「駆逐艦キーリング」新訳版
原 題 「The good shepherd」1955年
著 者 セシル・スコット・フォレスター
翻訳者 武藤 陽生
出 版 早川書房 2020年5月

 第二次世界大戦。1942年大西洋。Uボードの襲撃から身を守るべく、輸送船37隻が船団を組み、その船団を4隻からなる連合国艦隊が護衛する。護衛艦隊を指揮するのは米駆逐艦キーリングの艦長ジョージ・クラウス。海軍に20年籍を置き、13年は艦上で過ごした41歳の中佐はしかし、実戦においては事実上の初陣。第二次大戦が勃発し、すでに英独は大西洋で熾烈な海戦を繰り広げていたが、アメリカは1941年の真珠湾攻撃をもって、ついに参戦したからである。
 大西洋の真ん中に、航空支援の届かない〈キリング・フィールド〉がある。この海域でドイツUボートは群れを成して輸送船団を待ち受け、護衛艦達は船団を守って熾烈な戦闘を闘い抜かなければならない。
 最初の接敵から50時間。
 ノンストップで戦闘指揮を続けるクラウスとひたすら緊迫した時間を共にする。
 疲労が蓄積し、僚艦は見えず、無線機のスピーカーから聞こえる会話のみ。ほぼ全編が狭い駆逐艦の艦橋のなかで進展する。
 羊の群れを取り囲む飢えるオオカミの群れのようなUボートは実に6艦。見えない闇に目を凝らし、敵の思考を読み本能を推測する。敵と味方の距離、方角、深度を予測し、合理的な攻撃位置を割り出し、機雷到達時間を差し引き秒単位での戦闘指揮。艦長クラウスの頭の中には大量のモノローグがあふれているが、指揮は簡潔で平静である。当直士官は次々に交代していくが、クラウスは船団の命運を双肩に負ってひたすら指揮を続ける。
 兵の交代から食事まで目を配り、ついでに飲まず喰わず、暖を取らずの艦長の世話も焼く女房役の副長の存在に、にクラウスと一緒に読んでいるこちらもほっとする。
 戦闘指揮だけでなく部下を育てる指導者としても立派である。
 激戦中でも部下の行動を観察し、不適切な言動はその場で指導し功績は必ず誉める。失敗には次のチャンスを与えて自信を付けさせる。こんな上司の下で働きたい。いや、年齢考えたらこんな上司になりたいと思わなくてはならないのか?
 コーヒー、サンドイッチ、コーヒー、コーヒー。『栄光の旗のもとに』(ハヤカワSF文庫・2017年刊・P.H.ホンジンガー著)マックス・ロビショー艦長には、海軍中佐ジョージ・クラウスの血が流れているに違いない。少なくとも『栄光の旗のもとに』が海洋冒険小説の直系であることは間違いないとの確信を得る。私の愛する男がまた一人増えてしまった。『鷲は舞いおりた』以来の読書経験である。これは素晴らしい。ホーンブロワーシリーズと違って、ジョージ・クラウスはこの一冊だけらしいが、1945年のWWⅡ終結まで、ジョージ・クラウスの指揮する船が善戦して生き延びてくれることを心から願ってやまない。