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2022年1月2日日曜日

映画『ミュンヘン』

 スティーブン・スピルバーグ監督・製作の『ミュンヘン』を視聴。
 今年、イスラエル国家について、パレスチナ問題について、ユダヤ人問題について、フィクションではなく、ノンフィクションの方面で本を読むための、とっかかりというか、動機づけの強化というか。

 2005年12月公開。
ミュンヘン・オリンピック事件と、その報復である『神の怒り作戦』、その担い手に選ばれたモサドの構成員だった若いユダヤ人(作中ではアフナー)とその仲間の行動と、作戦終了後の葛藤を描く。原作は『標的(ターゲット)は11人―モサド暗殺チームの記録 (新潮文庫)』
 まだ若い未熟な青年が仲間とともに暗殺を実行し、やがてそれに慣れ、そのうち一人ひとりが精神を病んでいき、さらに、報復によって仲間も殺されていく。
 悪夢と不眠症に苛まれ、自分の実行した殺人が、(法的にも倫理的にも)肯定されうるものだという証拠を国に対して求めるものの、イスラエル国からそれを得ることはできなかった。結局はアフナーは不信からイスラエルを離れてアメリカに移住し、祖国も失うことになるが、暗殺行動以降、イスラエル当局から圧力をかけられるところも含めリアルに描かれている。(もちろん、リアルだからといって真実だとはかぎらないわけだが。)
 作戦に従事している中、国外から電話をかけ、幼い娘の喃語を聴いて泣くアフナーの姿が一番胸に響いた。
(ガブリエル・アロンとは頭を切り離して観ていたつもりだけど、暗殺を嫌悪しながらも、自分の手で暗殺を実行することにこだわるアフナーがガブリエルとオーバーラップするのを100%排除はできなかった。それにしても、こうしてリアル寄りの映画を観ると、やはりガブリエルはきれい事寄りだよなあ、とは思う。この「リアル」にガブリエルという「フィクション」を対置したダニエル・シルヴァの意図はどういうものだったのだろう、ということも気になる。)

 パレスチナ側だけでなく、イスラエルに対しても批判的な表現があるこの作品は、アラブ側からもイスラエル側からも批判され、スピルバーグの作品のなかでも一番の問題作だと言われているとのこと。また、公開時、モサドや、元モサドの要員などからも事実と違う、との批判が寄せられたそうだ。(Wikipediaより)
 しかし、モサドが「真実と違う」と言ったからといって、だれがそれを信じる?とは思うよね。

 作中で、国を失ったパレスチナ人は100年かかっても国を取り戻すと言い、ユダヤ人は「自分の力で国を取り戻した」と信じる。この救いの無さをほんの一瞬でも観た人に直視させることができるのなら、この映画は成功しているといえるだろう、と思う。ではどうしたらよい?と考えると、救いのない暗澹とした気分に陥る。
 また、イスラエルを知れば知るほど、第二次大戦後『戦争放棄』の道を歩もうとした日本と、あくまでも強固な意志と手段を選ばぬ武力によって『決して侮られない』戦いの道を選択したイスラエル国という二つの国の対照的な姿を思う。そして、結局は『戦争』は放棄しても『武力』は放棄できなかった日本の戦後の姿についても、考えざるを得ない。
 また、2020東京オリンピック開会式で、ミュンヘン・オリンピック事件の犠牲者に対する黙祷が行われたことの意味合いも、合わせて考えてみなくては。

 ところで話は変わるが、主人公アフナーの同志であるスティーブを演じているのがダニエル・クレイグ。
 好演しているのだが、あの薄い色の瞳の効果か、サイコパスに見えてくるんだよね。友情に篤い良いキャラクターなんだけど、どうしても「殺しのライセンス」に見えて、異様な存在感を放っていて主役を喰っていたのはご愛敬(笑)。

2021年12月25日土曜日

映画『ユダヤ人の私』 ドキュメンタリー



マルコ・ファインゴルド氏。1913年生まれ、2019年没。

 ハンガリーで生まれ、ウイーンで育つ。4人兄妹の3番目で、2人の兄は収容所で殺害され、妹は戦争終了まで身元を隠して生き延びたにもかかわらず、終戦直後に行方が判らなくなった。彼は一家のたった一人の生き残りである。
 このドキュメンタリー映像は、亡くなる直前の2018年から19年の収録されたものだそうで、106歳とは思えぬしっかりとした語り口で、淡々と「ユダヤ人」としての彼の生が語られる。

 家族で幸せだった子ども時代。奔放な10代から20代前半。仕事が無かったオーストリアを離れて兄とイタリアに行き、商売をして成功したが、パスポートの期限が切れるためにオーストリアに一時帰国したのが、1938年3月、アンシュルス(オーストリア併合)の数日前だった。そして、マルコ氏は、ウイーンに進駐するナチス・ドイツと、それを熱狂的に歓迎するウイーン市民を目の当たりにした。

 戦後、オーストリアはナチスの最初の占領被害国であると主張したが、オーストリア国民は紛れもなくナチス・ドイツを歓喜で迎えいれた。この日、わずかな時間で、ウイーンのユダヤ人の命運が暗転する。マルコ氏はパスポートの更新もできずに、兄とともにチェコスロバキア国境に逃れたが、無効となったパスポートを所持していたためにチェコスロバキア国内でつかまりポーランドに送られる。ポーランドで偽造の身分証明書を入手して市民に紛れ込んだが、今度は兵役忌避者と見做されて捕まってしまう。やがて、ついにゲシュタポに逮捕され、出来て間もないアウシュビッツに送られ、そこから今度は労働力としてダッハウ、ノイエンガンメ、ブーヘンヴァルト強制収容所に移送。途中で兄とも生き別れとなり、後に兄は収容所で殺されたことが判明する。

 106歳の語りは、とりとめもなく、間に挿入されるアーカイブ映像も、当時の世相を見せるものではあるが、氏の体験と直接結びつくものではなく、曖昧模糊とした印象が終始漂う。アーカイブ映像の見せ方には、ドキュメンタリー映画としてやや難があると感じた。

 しかし、その中でもはっきりと際立つのは、オーストリアへの怒りだ。

 ブーヘンヴァルトで終戦を迎えた被収容者は、国籍二十数カ国に及び、各国は迎えを寄越して解放後数週間で帰国していったが、オーストリア出身のユダヤ人は放置された。自分達で交渉し、輸送手段を確保してオーストリアに帰国しようとしたが、オーストリアはユダヤ人の受け入れを拒否した。

 淡々と、106歳の老人が過去の体験を語る、それだけのドキュメンタリーで、劇的なこと、衝撃的な映像、といったものではない。ところどころ前後関係の脈絡がなかったり、首をかしげる部分もないではない。しかし、アンシュルスの日を境に足元が崩れるように崩壊していったオーストリアのユダヤ人の様子が伝わるし、戦後にナチスドイツの被害者を装ったオーストリアは、実は雪崩をうってナチスに迎合したこと、そのことを告発しつづけたユダヤ人の証言として、大切な証言映像だと思う。また、反ユダヤ主義は、今も脈々と拡大再生産されており、こうやって抵抗し、告発していかなければ、いつまた、生存を脅かされるかもしれない、という危機感も伝わってくる。

 今も、反ユダヤ、ホロコーストの否定はヨーロッパ、全世界に広がっており、オーストリアのユダヤ人協会の会長を長年務め、積極的に講演活動も行っていた氏には、誹謗中傷の手紙やメールが数多く届いている。

 映像中に、それらの「生の文章」が差し込まれる。

 戦後は、ザルツブルグに住まい、パレスチナの地に移住しようとするユダヤ人を支援した。
家も財産も略奪されて帰る場所のない十万人ものユダヤ人が、ヨーロッパの外に移住してくれるのは、ナチのユダヤ人迫害に加担、もしくはこれを黙認した各国にとっても好都合だった。イスラエル国の成立にこのような側面があることも、現在のパレスチナ問題に大きく影響しているのだろう。もっともっと深く考えなければならないと思う。