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2025年3月2日日曜日

0549 空を駆けるジェーン

書 名 「空を駆けるジェーン」
原 題 「JANE ON HER OWN」1999年
著 者 アーシュラ・K. ル・グウィン
絵   D・S・シンドラ- 
翻訳者 村上 春樹    
出 版 講談社 2001年9月
単行本 54ページ
初 読 2025年03月02日
ISBN-10 406210895X
ISBN-13 978-4062108959
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/126424231

 「どうして私達は翼をもっているんだろう?」小さなジェーンの疑問。それは空を飛ぶため! なんて簡単でシンプルな答え!
 翼は持っていないけど、彼らの仲間のアレキサンダーは、どうやらお父さん似ののんびりぐうたらで寝るのが大好きな成猫に育ったもよう。

 ジェーンは元気いっぱいな若猫そのもので、我が家の猫たちにも、「あと2年位したら、置物みたいになってくれるかしら」と遠い目になってたことを思い出す(笑)。さすがの運動量のうちのアビシニアンも、7歳になってさすがに置物に近くなってきたところ。やれやれ。(アビシニアンは、「イエネコ」というよりは小型のネコ科肉食獣って感じの、かなりハゲシイ猫なのです。)

 閑話休題。

 さて、前作で、私はきっとアレキサンダーとジェーンはカップルになるんだろうと思ったのだけど、大間違いでした。ジェーンはもっともっと、自立した(自立したい?)女でした。
 安全だけれど変化の少ない田舎を飛び出し、都会に単身飛び込む、現代っ子。もちろん、悪い男にも騙されたし、危険な目にも遭いましたが。
 そこで頼ったのは、実のお母さん。
 なんだかニンゲンも身につまされる話でした。なにはともあれ、都会の女ジェーンは、母と同居しながら、田舎とも行き来をし、アレキサンダーとも程良い距離を保ちながら、自由に暮らした模様。
 それにしても、翼の生えた黒猫じゃあ、悪魔狩りに遭わなくてよかった・・・と思います。

 余談だけど、なぜこの本だけ、サイズが小さいんだろう・・・。本棚に収まりが悪いじゃないか。

0548  素晴らしいアレキサンダーと、空飛び猫たち

書 名 「素晴らしいアレキサンダーと、空飛び猫たち」
原 題 「WONDERFUL ALEXANDER AND THE CATWINGS」1994年
著 者 アーシュラ・K. ル・グウィン
絵   D・S・シンドラ- 
翻訳者 村上 春樹    
出 版 講談社 1997年6月
単行本 60ページ
初 読 2025年03月02日
ISBN-10 4062081504
ISBN-13 978-4062081504
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/126422643

 なんと、イラストがオールカラーです。やった〜!
 空飛び猫の三冊目。主人公のアレキサンダーは、羽は生えてない普通の猫だった。お母さんは明るい茶色の長毛種(ペルシャのハーフ)で、アレキサンダーもふさふさのしっぽを受け継いでいる。お父さん猫はいつも寝ている(笑)。エネルギー過多で妹たちにもウザがられているようだけど、本人は無自覚。(こういう子っているよね。) ついに家族の家を飛び出して冒険に出てしまったアレキサンダーだが。
 道路でトラックに挽かれかけ、犬に追いかけられて逃げ、やみくもに逃げて木の梢に登って降りられなくなり!定番コースです。そこに助けにきてくれたのが黒猫ジェーン。子猫のときの恐怖体験のトラウマで失語症状態だったジェーンだったが、アレキサンダーはジェーンに怖かったことを話すように促し、彼女の回復を助ける。いずれはラブラブなカップルになる未来を感じさせたお話でした。

0547 帰ってきた空飛び猫

書 名 「帰ってきた空飛び猫」
原 題 「CATWINGS RETURN」1989年
著 者 アーシュラ・K. ル・グウィン
絵   D・S・シンドラ- 
翻訳者 村上 春樹    
出 版 講談社 1993年12月
単行本 59ページ
初 読 2025年03月02日
ISBN-10 4062058812
ISBN-13 978-4062058810
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/126408087

 「帰ってきた」のは、元の都会の街へか、ジェーン・タビーお母さんのところへ、か読者の元へか。
『空飛び猫』の続刊です。今は田舎の農場で安全に、幸福に暮らす4匹の空飛び猫の兄妹たちですが、だんだん、元いた街で暮らしているはずのお母さんが気になり始めて。
 話し合いの末、ハリエットとジェームズの2匹が故郷の都会の街の「ゴミ捨て場」に戻ってみることになる。ところが、長旅の末戻ってみると、ゴミ捨て場は無くなり、下町の路地には再開発の波が押し寄せている!
 しかも、廃屋になったビルの屋根裏には、なんと子猫の空飛び猫が一匹、取り残されていた。もちろん、彼らの弟(もしくは妹)でした。ジェーン・タビーお母さんとも無事再会、妹もつれて、田舎の農場に戻ったのでした。羽を痛めたジェームズが大旅行が出来るまでに回復していて一安心。
 なお、この本は巻末の村上氏の翻訳話も面白いのだけど、「HATE! HATE! HATE!」という子猫の鳴き声を「嫌いだ!嫌いだ!嫌いだ!」と村上氏訳。個人的には、猫の鳴き声に寄せて「ヤ、ヤ、イヤー!」なんかでも良かったな。なんて、ちと図々しいか(笑)

2025年2月24日月曜日

0542 空飛び猫

書 名 「空飛び猫」
原 題 「CAT WINGS」1988年
著 者 アーシュラ・K.ル=グウィン   
翻訳者 村上 春樹    
出 版 講談社 1993年3月
単行本 50ページ
初 読 2025年02月24日
ISBN-10 4062058804
ISBN-13 978-4062058803
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/126276547


 2月半ばから、にわかにル=グウィン月間に突入したので、以前から気になりつつ読んでいなかったこの本も入手。絵が素敵な本はやっぱり文庫本よりは大型の本よね、と思い、マケプレで状態の良い単行本を探した。
 こういう、状態の良い古書を手に入れやすくなったのは、Amazonの恩恵だと思う。
 いろいろと書店業界の現状に思うところはあれど、Amazonについては現状ではありがたさの方が勝ってるかな。もちろん街の書店さんも大事にしている。ちなみに、マケプレ出店しているオンライン古書店では、一番信頼が置けるのがバリューブックスさん、絶対に使わないのはブックオフ。ブックオフの『非常に良い』はバリューブックスさんの『良い』か『可』ぐらいのレベル感である。・・・とは話が逸れすぎだ。

 背中に羽が生えた子猫が生まれてきた! お母さんねこもビックリである。だけど、何しろ自分の産んだ子猫だし、せっせと舐めて世話して、一人前になったと見極めたら世界に送り出す。母の愛は偉大だ。 個人的には彼らの羽に生えているのは羽根なのか、毛なのかが猛烈に気になる(笑)。フクロウに虐められたジェームズがなんとか飛べるまでに回復して良かった。村上春樹氏の翻訳には定評があるが、巻末の訳注も楽しい。
 今作は、羽の生えた子猫たちが、ニンゲン(世の中では下僕とも呼ばれているが。)に出会うところまで。空飛び猫たちの次なる冒険が楽しみだ。

2024年11月4日月曜日

0517 赤レンガの御庭番(エージェント)

書 名 「赤レンガの御庭番」
著 者 三木 笙子         
出 版 講談社 2019年2月
文 庫 256ページ
初 読 2024年11月2日
ISBN-10 4065147050
ISBN-13 978-4065147054
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/123992103

 9月からこっち、ずっと読んできた三木笙子さんの本は実は既読本だったのだけど、これは初読。とても面白かったです。
 舞台は帝都探偵絵巻と同じころかな?と思える明治後期。
 徳川吉宗の代から続く御庭番の家系出身の義母がいる家に引き取られて育った入江明彦は、アメリカに留学し、勉強はそっちのけで本場の探偵術を身に付けて帰国。血のつながりはないとはいえ子供の頃から可愛がってくれた叔父が税関長を務める横濱で探偵事務所を開く。
 開港以来発展を続ける港湾都市横濱の異国情緒ある風情と、港湾労働者は威勢良く、町に暮らす人々にはすこし首都から離れたのんびりとした港町の気風が漂う空気感が何やら懐かしい。しかし、繁栄あるところには陰もある。港町の裏に跋扈する犯罪組織と、陰のある美しい女もとい青年。そして明彦に従卒のごとくかしづく文弥少年、逗留先のホテルオーナーでお喋りで世話好きな夫人。
 主人公の明彦の性格がとても良い。その育ちからして決して明るいだけではないのだが、どこか突き抜けているところが、これまでに読んだ三木さんの本の主人公達とはひと味違う。軽妙洒脱ながら情に深いが、流されない。明彦と文弥、これまた陰を背負わずにはいられない生い立ちのミツの会話もテンポが良くて楽しい。私が横浜びいきだというのもあるかもしれないが、これまでの作品とはちょっと味わいが違って、楽しく読書した。

第一話 不老不死の霊薬 
 横浜に不老不死の薬を売る者がいる。無論本物であるわけがない。犯罪の気配がするが、その「不老不死薬」の顧客がやんごとなき御婦人方であるらしく、警察沙汰にしたくない。そこで叔父から明彦に仕事が回ってくる。西洋美顔術と横浜で顔と名前の知られた西洋人医師、そして謎の「美女」ミツもからむ。鏡のエピソードなんかはちょっと生煮え感があるような気もしたが、なかなか展開が読めなくておもしろかった。

第二話 皇太子の切手 
 「ブルー・モーリシャス」と言われるコレクター垂涎の稀少切手が貼られた手紙を所持していた外国人夫妻の家が火事になり、「ぶるー・モーリシャス」もろとも失われる。失意の夫妻だが、実は保険金詐欺?
 その裏に見え隠れする、犯罪指南役の結社「灯台」。明かされるミツの出生。切手にまつわる犯罪はわりあい、筋が読みやすかった。ミツとの距離もすこし縮まったかな。

第三話 港の青年 
 「港の青年」と銘打った演劇が横濱の女性達のハートと捉える。今で言う「推し」というか。そこに、演劇のモデルとなった男を捜して横濱にやってきた男の妹が登場。港町は彼女の兄を探す手伝いをしようと、騒然となる。だがしかし、実は演劇の台本は、完全なる創作だった。陰に見え隠れするのは「灯台」の存在。派手な「兄捜し」の真の目的はなにか?

第四話 My Heart Will Go On
 今や「灯台」潰しの尖兵であることが明白になっている明彦の周りが物騒になってくる。文弥は階段から転落して大怪我。ミツも税関長である叔父も、身動きがとれなくなる。ついに「灯台」の首領との一騎打ちを覚悟した明彦であるが、その首領は意外なところにいた・・・・。ここで終わってしまうのは勿体ないキャラ立て、舞台立てだが、こういうところ、三木さんて惜しげがないというか、思い切りがいいというか。

 ここから、キャラクターの関係性を深めていって欲しい、とつい思ってしまうが、そこを余韻にして話が終わるのは、三木笙子さんらしくもある。なんにせよ、私はこのお話、とても好きだった。

2024年10月31日木曜日

0516 水の都 黄金の国

書 名 「水の都 黄金の国 」
著 者 三木 笙子        
出 版 講談社 2016年7月
単行本 229ページ
初 読 2016年8月
再 読 2024年10月28日
ISBN-10 4062201518
ISBN-13 978-4062201513
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/123818050

舞台は明治期のヴェネツィア。どこか不思議な雰囲気が漂う異国舞台のバディもの。三木笙子さんのお話はどれもブロマンスってほど濃くはない。どこかほんのりしているけど、しかし、真情に溢れてる。
 東北の小藩の、下級武士の家の生まれの誠次郎は、跡取りでもないため、自分の身は自分で立てないとならない立場。時は明治で、学問をして何とか自分の身の立て方を考えようとまずは東京に出る。今身に付けるは語学、と自らの才覚と対人スキルで独学でイタリア語をものにし、ついでにイタリアでの語学教師の職に就く。その仕事は誠次郎より早く世に出て、官費でフランスとイタリアに留学し、ヴェネツィアで病を得て早逝した親友の清人の仕事を引き継ぐものだった。
 誠次郎の親友清人は、ヴェネツィアの人々に信頼され、強い印象を残していた。なかでも、誠次郎の下宿先の青年ルカは「キヨ」に心酔し、亡くなった清人をずっと偲んでいる。
 そんなルカと誠次郎の友情を横軸に、誠次郎のもとに持ち込まれる事件を縦軸に、そして今はなき清人の存在が通奏低音のように響くストーリー。

 なにしろ、誠次郎の性格が良い。もの凄く出来るってわけではないがちゃんと冴えていて、それなりに苦労もしてきて、おごらず、昂ぶらず、周囲の人のことをきちんと考える。地に足のついた誠実さ。ルカは、日本人が想像するイタリア人ぽくなくて(笑)、暗めで寡黙、ちょっと辛辣。今は亡き「キヨ先生」に心酔していて、亡くなった清人の記憶がだんだん遠くなっていくことを悼んでいる。一つ一つの事件は、そんなに大事件ではないが独りで抱えるには重たくて、それを受け止め、受け流していくには、やはり友が必要なのだ。

第1話 黄金の国
 偽金作りの悪党が、金貨の精巧な金型を手に入れて、金貨を作らせるために腕の良い鍛冶屋に目を付けた。しかし、そこで思わぬ事態が起こる。
第2話 水の都の怪人
 ヴェネツィアの町に、金貨をばらまく怪人が出現。街の人々はだんだん、熱狂が高まって行く。ルカと誠次郎が下宿する酒場(バーガロ)の主が大切にする絵に隠された謎。
 ヴェネツィアは何もない潟の上に人間が創った街である。そのためには沢山の杭を海に打ち込み、その上に建物を建てる必要があった。それが清人の心を捉えた。と誠次郎が言う。
「俺はそこに、人間の意志を感じるんだよ。海の上に美しい街を作りあげようとする人の意志を」
 私は、そこに、三木笙子さんの意志を感じる。何もないところに、美しい物語を創ろうとしている人の意志が伝わってくるように思うのだ。
第3話 錬金術師の夢
 小説家が創ろうとしたもの。それは物語ではなく・・・・・
第4話 新地動説
 夫婦でヴェネツィアを訪れていたアメリカ人夫婦。その夫がかき消すように失踪してしまった。・・・・ところからの、誠次郎の推理。
エピローグ
 もし夢が叶わなくても。在りし日の清人。夢が叶わなくとも不幸ではない。その夢はヴェネツィアの一部になるのだから。

2024年6月15日土曜日

0488 レーエンデ国物語

書 名 「レーエンデ国物語」
著 者 多崎 礼 
出 版 講談社 2023年6月
文 庫 496ページ
初 読 2024年6月14日
ISBN-10 4065319463
ISBN-13 978-4065319468
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/121302449

  「革命の話をしよう」

 という序章で、この物語は始まる。
 「レーエンデ国物語」、と言いながら、この巻ではレーエンデという地方は登場しても「国」は存在しない。
 そのことからも、後世に登場する「レーエンデ国」の伝説若しくは年代記として、この本は語られるのだろうか、と予想する。
 序章によれば、この物語は「革命」の話であり、レーエンデの歩んだ苦難の道のりであり、物語の起点となる“レーエンデの聖女”と呼ばれたある女性の物語であると。
 そして終章、この巻の主人公の一人、宿痾に冒された弓兵トリスタンの、その銀呪に侵された死にゆく目に、壮大なレーエンデの未来が映る。そして、ここが終わりではなく、始まりなのだ、とトリスタンは知る。

 レーエンデの誇りのために戦う女がいた。(第二部 月と太陽)
 弾圧と粛清の渦中で希望を歌う男がいた。(第三部 喝采か沈黙か)
 夜明け前の暗闇に立ち向かう兄と妹がいた。(第四部 夜明け前)
 飛び交う銃弾の中、自由を求めて駆け抜ける若者達がいた。(第五部 未刊)

 これらの物語が、この後に続く巻で、語られていく。

 とても壮大で緻密な物語世界を構築している。まさに、ハイ・ファンタジー。
 そのことに疑いはないのだけど、物語の舞台には、冒頭からどことなく既視感を感じる。なんとなく『もののけ姫』の世界観との共通性を感じるからだろうか。時代的にも中世→近世といったところ。周囲はだんだん文明化しつつある。よそ者の侵入を嫌う異形の古代樹の森とか、宿痾を背負った青年(トリスタン/アシタカ)とか。作中に登場する泡虫は『もののけ姫』の「こだま」と同じような役回りを果たす。
 また、残念なことに、『指輪物語』のような大叙事詩的なスケールの大きさを感じさせる世界なのに、全体的に台詞回しが軽い。テンポの良い会話は面白くはあるのだけど、軽いノリや語彙が非常に現代っぽく、中世的な情景に相応する情感とは雰囲気が添わない。そのせいで登場人物の情緒もいまいちチグハグな印象を受ける。
 また、もう一つ違和感が拭えなかったのは、「革命」「自由」といった言葉がどうも上滑りしていること。(もっとも、後世に書かれた、という体裁であるから、描かれた時代(この巻の年代)にはない概念が「作品」に持ち込まれているのだ、と考えられなくもない。)
 「自由に生きる」「個人の幸福」「自分の人生を自分で選択する」といったテーマはとても近代的なものなので、太古の森で、ドレスを纏ったお姫様が、「自由意志による選択」について苦しむ、ということに時代的なミスマッチを感じてしまう。自我の獲得ともいうべきとても近/現代的なテーマは、あたかもとってつけたように感じられ、違和感があるのだ。16歳のユリアが、自分の父より高齢で好色な領主の後添えに嫁ぐことを伯父に強要される。そのことにユリアが嫌悪を示すのは良いし、苦悩するのも当然なのだが、その葛藤を「自由に生きる」という言葉に置き換えてしまうと、とたんに「なにか違う」ものになってしまう。

 また、「悪魔」という言葉は、どうしてもキリスト教的意味合いを強く感じるので、別の言葉を当ててくれるとよかったのにな、と思う。ローマ・カトリック教会に近い雰囲気を醸し出している「クラリエ教」の教義や伝承の中にこの言葉が出てくるのであればたぶんすんなりと馴染むが、クラリエ教に圧迫される側の少数民族の古くからの伝承の中に「悪魔」とか出てくると、違和感が強い。

 さらにどうしても気になってしまったのが、「木炭高炉に石炭が必須」というセリフ。
 木炭高炉で製鉄するなら、必要なのは木炭であって石炭ではないのでは?石炭で製鉄するにはさらに時代が下がってコークスの登場を待たねばならないし、そうなったらそれはすでに「木炭高炉」ではないのでは?

 いやほんと、お前は本を楽しむ気があるのか!と叱られそうなレビューで申し訳ないとは思いつつ、一応気になった点は記録しておく。しかし文句は多いが、十分に楽しんで読んだ。一巻目で感じた違和感のうちのいくつかは、後続の巻を読めば解消しそうな気もする。

 なにしろ、トリスタンが最後に悟ったように、これは「終わりではなく始まり」
 レーエンデは揺籠
 エールデは胚子
 誕生したまま、ついに登場しなかったエールデは、今後、物語の中でどのような役割を果たすのか。
 トリスタンが言ったように、トリスタンは霊魂となってエールデのそばに留まるのか。
 やはりユリアが言ったように、ユリアはリリスと、時代を経てなんらかの再会を果たすのか。
 始原の海とはなんなのか
 銀呪病の正体はなんなのか・・・・

これらの謎が明らかにされることを大いに期待して、続刊に臨みたい。

2024年2月26日月曜日

0465 署長シンドローム(単行本)

書 名 「署長シンドローム」
著 者 今野 敏    
出 版 講談社 単行本初版2023年3月
単行本 336ページ
初 読 2024年2月26日
ISBN-10 406529780X
ISBN-13 978-4065297803
 迷ったすえ、Audibleで読了。朗読の国分和人さんの声はとても好みです。いろいろなキャラを声で演じ分けているわけですが、あの大森署の問題児(?)戸高が、実に格好良く聞こえるのです。声質と声のとおりとテンポが、もう、二枚目にしか聞こえない(笑)。なんかキャラがちがーう(笑)。でも、これはこれで良かったです。

 で、さて。
 竜崎が去ったあとの大森署に着任した女性署長。藍本小百合警視正。バリバリのキャリアです。キャリアである以上、間違いなく頭がいいはずなのです。だがポイントはそこではない。彼女は驚くべき美貌の持ち主で、目が合った男どもがことごとくフラフラになるのだ。
 あの嫌みったらしい第二方面本部長の弓削も、野間崎管理官も、広報部長も、組対部長も、ただ、彼女に会いたいがために、なんだかんだと用事を作って大森署に日参する。そう、『署長シンドローム』とは、藍本署長を直視してしまった男が必ずや罹患する、表情筋の脱力と緊張感の喪失と、思考力の低下と多幸感をもたらす症候群なのだ。

 そして、藍本署長は天然なのか、養殖なのか?これが謎だ。

 まさに短編「空席」で私が “もはや死語だろ!” と言った「おんな言葉」を使いこなし、並み居る男どもを骨抜きにし、ぐだぐだになったところで捜査を的確なポジションにもって行く。そして、なぜかみんなが幸せな気分になる。これがアリなら、正論突破で四方八方を敵に回しながら組織をぶん回していた竜崎はなんなんだ!? と、男社会のただ中を正中に構えた抜き身の言説で切り開いている竜崎がいささか気の毒な気分になるのだ。(笑)

 そして、起きた事件がまた、デカい。羽田沖の海上で、外国人組織同士が武器と麻薬の大きな取引をしようとしている、という情報がCIAから寄せられ、警視庁が対策を取る。例によって横やりをいれてきたマトリも藍本に巻き込まれて協力体制となり、首尾良く密輸現場を摘発できたと思いきや、犯人の1人が特大の兵器を持って逃走していた。その兵器が冷戦の置き土産の小型核爆弾だというから、捜査関係者の間に震撼が走るのだが。

 「それって誰かが幸せになるのかしら?」というパワーワードで男どもを煙に巻き、物事を収めていく藍本署長の、そうとは見えない力業。だからって、あれでいいのか?と思わんでもない。
 しかも、あの竜崎を尊敬してやまない貝沼に「心地よい指揮」と言わしめる。藍本イズムに包まれた大森署は謎のお花畑になりつつありますが、きっとみんなが幸せならそれで良いのでしょう。

 ちょこっと出演した竜崎神奈川県警刑事部長は、相変わらずでした。警視庁を通さずに神奈川県警に連絡をいれた貝沼を、「よくやった」と誉める。誉められた貝沼がじんわりとうれしさに浸るのが、読んでいるこちらも嬉しい。『隠蔽捜査シリーズ』では今ひとつ腹の読めない、何を考えているか判らない貝沼副署長の、内心の声がダダ漏れなのも面白い。捜査本部で根性のワルい本庁課長と性格のワルいマトリの舌戦が始まるのを、ワクワクして待っているところは、なかなかお茶目な人でした。

 あの竜崎が、お国のためにってあんなにストイックに背負っていた「責任」をかるがると引き受ける藍本は、天然なのか、養殖なのか? 変人唐変木の竜崎は、果たして『署長シンドローム』に免役があるのか? ぜひこの二人を会わせてみたいもの。次なるスピンオフを期待します。


2023年5月30日火曜日

0427 線は、僕を描く (講談社文庫)

書 名 「線は、僕を描く」
著 者 砥上 裕將
出 版 講談社  単行本/2019年7月  文庫/2021年10月
文 庫 400ページ
初 読 2023年5月29日
ISBN-10 4065238323
ISBN-13 978-4065238325
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/114024579
 凄く真面目に人間の存在に切り込んだ作品を読んだので、こちらも真面目にレビューを書いてみる。

 万物は生々流転する。

 命は一つのところに留まってはおらず、流れの中に、因果の中に存在する。その流れそのものが命の本質であって、存在の本質である・・・・・といったことを、四六時中考えていた頃もあったのだ。なんとこの私にも。この本は、そんな自分を思い出させる。そして、その頃の自分の得た境地は間違っていないと思わせてくれる。

 移ろいゆく生命の儚さが強さであり美であり、命のあり方を表現する過程そのものが水墨。画仙紙の上に残った水墨画はその生命の美の名残に過ぎないのかもしれない。しかし紙の上にのこった筆跡から、線から、その命の体験を追うことができるのは人間の精神性の高さ故なのだと思う。

 主人公の青山霜介は、2年前、高校生のときに突然の事故で両親を失った。

 大切なものをある日唐突に失ってしまった心は惑い、他者や世界との接点を失って自分の内側に引きこもった。しかし、人とのかかわり方を忘れ、心の動きが途絶えた中でも彼の中の生命は脈動することを請い望み、それに気づくことのできた人が、水墨画の巨匠であった篠山湖山先生だった。

著書の砥上裕將さんは、水墨画家であるとのことで、そうであればここに表現された水墨画の本質は、本当に本当なんだろう。読んでいても理解が及ばないと思ったところもあるが、ここに表現された水墨が本質とするところは、腑に落ちた気がする。それは、このレビューの冒頭にあるように、私自身が、生命や人間存在の本質について考え続けたことがあったからかもしれない。

 流れ、移ろい、変化していく時間の中で、個人という存在がどれだけ儚いものであるのか。ましてや一輪の花であれば、一瞬の瞬きにも満たないだろう。しかし、そこに美がある。美とは生命そのもの、それでは生命とは何なのか。それに何の価値があるのか。
 人の本質は関係性の中にある、とずっと考えてきたが、人だけではなく、命そのものの本質が関係性の中にあるのだ、とこの本を通じて思った。花の美しさが見る人の心に映る、花は現実のものとしては人の中には咲かないが、人の中に記憶を残す。その記憶が、時に人を動かし、人を変えることすらあるだろう。水墨が描く線は、そのような命の在り方を描いているのだろう。

 探偵も警察も、拳銃もミサイルも謎もスパイも犯人も出てこない小説を果たして自分は読み切れるのかと思ったが、ちゃんと読めた。良かった。

2023年4月26日水曜日

0421 警視の慟哭 (講談社文庫)

書 名 「警視の慟哭」
原 題 「GARDEN OF LAMENTATION」2017年
著 者 デボラ・クロンビー    
翻訳者 西田 佳子    
出 版 講談社  2023年3月
文 庫 608ページ
初 読 2023年4月25日
ISBN-10 4065278694
ISBN-13 978-4065278697

 前巻『警視の謀略』(2020年7月)からの続刊です。前巻の「待て!次回」状態でお預け食ってから、実に3年ぶりの刊行です。ストーリー的には、その前々巻?くらい(警視の挑戦」から引っ張っているので、関係者が多い上に、記憶がおぼろげで困った。
 シリーズが進むごとに登場人物が増えて、群像劇になってきているのと、ジェマがキンケイドの部下ではなく、自分自身も自分の抱える事件の捜査に当たっている上に、過去の事件も織り交ぜるスタイルなので、ちょっと細かくシーンを割りすぎで、読んでいて忙しない。バラバラに描かれた動線が一気に収束していくのは快感なんだけど。あと、ついに最後までジェマの事件とはクロスしなかったね。

 そんな訳で、今回は、確認の意味も込めて登場人物紹介から初めてみよう。


ダンカン・キンケイド(警視) スコットランドヤードの警視。現在ホルボン署刑事課
ジェマ・ジェイムズ(警部) キンケイドの妻で元部下。現在はブリクストン・ヒル署の警部
デニス・チャイルズ(警視正) ダンカンの元上司。ここしばらく連絡が取れていなかった
トマス・フェイス(警視正) ダンカンの現上司。ホルボン署所属。チャイルズの親友
マーク・ラム(警視正) ノッティングヒル署時代のジェマの元上司
ケリー・ボードマン(警部) マーク・ラムの部下
メロディ・タルボット(巡査部長) ジェマの部下。アイヴァン・タルボット(新聞社主)の一人娘
ダグ・カリン  ダンカンの元部下。足首の骨折がなかなか治らない
ジャスミン・シダナ(警部補)  ホルボン署のダンカンの部下。インド系
ジョージ・スウィーニー  ホルボン署刑事課。ダンカンの部下。勤務態度に問題あり
ニック・キャレリー  テロ対策司令部(SO15)の警部。
アイヴァン・タルボット  〈クロニクル〉を発行している新聞社の社長。チャイルズを知っている?
イブリン・トレント  スコットランドヤードの副警視監
リチャード・ネヴィル 同 副警視監(名前だけ登場)
クライム       同 副警視監(  〃  )
ラシード・カリーム  ダンカンが信頼する、ロイヤルドルトン病院に所属の監察医・法医学者
ケイト・リン  チェルシー・アンド・ウエストミンスター病院所属の監察医・法医学者。ジェマの友人
ダイアン・チャイルズ  デニス・チャイルズの妻
ライアン・マーシュ  前巻で殺害された秘密捜査官(警察官)
レッド  公安の秘密捜査官のハンドラー
アンガス・クレイグ  自宅に放火して拳銃自殺したと見做されている元副警視監。婦人警察官に対する暴行事件の犯人だった
エディ・クレイグ  アンガス・クレイグの妻。焼け落ちた自宅で発見されたが、射殺されていたことが判っている。
ロニー・パブコック  チェシャー州警察の警部。ダンカンの幼なじみで、ダンカンの妹の恋人
シーラ       レッド麾下の公安の秘密捜査官
リン          同
ミッキー        同
ディラン・ウエスト   同
ジム・エヴァンス    同
マーティン・クイン  『警視の陰謀』に登場する環境保護活動家グループのリーダー
リーガン・キーティング  ジェシーの住み込みベビーシッター。モデル。事件の被害者
グウェン・キーティング  リーガンの母
ジーン・アーミテッジ婦人  コーンウォール・ガーデンズ(プライベートガーデン)の管理委員会代表
クライヴ・グレン  コーンウォール・ガーデンズの庭師
ジェシー・キュージック  コーンウォール・ガーデンズに住む10歳の少年。バレエの才能がある
ニータ・キュージック  ジェシーの母親
ベン・スー  コーンウォールガーデンズの住人。息子を庭での事故で亡くした。
ヒューゴー・ゴールド  リーガンの彼氏。モデル
エドワード・ミラー  ニータの広告代理店の顧客。ジン蒸留所の経営者・リーガンの新しい彼氏
メディ・エイシャス  ライアン・マーシュが住んでいたビルの1階の飲食店店主
マッケンジー・ウィリアムズ  ダンカンとジェマの友人。ノッティングヒル在住
ビル・ウィリアムズ  マッケンジーの夫。通販会社経営
アンディ・モナハン  ブレイク中のロック歌手。メロディの恋人
ヘイゼル・キャベンディッシュ  ジェマの元大家で友人。メロディの友人
キット(クリストファー)  ダンカンの連れ子。
トビー  ジェマの連れ子。最近バレエを始めて、打ち込んでいる
シャーロット  ダンカンとジェマの養子。事件で両親を失った

 ところで今回の目玉(?)はコレ。
 キンケイドとデニスが密会したパブ。ホルボン署から程近い《ザ・デューク》。この本の楽しみの一つとして、登場するパブ、建物、通り、すべて現在すること。その気になればGoogleマップでキンケイド達の足取りを追いかけられる。そして、読んでいると、ウイスキーやらビールやら、フィッシュアンドチップスが食べたくなるのが常なんだが、今回は、ダンカンも仲間達も緊張とストレスのあまり食欲が落ちていて、読んでいるこちらもあまり食べ物に心が動かない。
 今作は前々々作の『警視の挑戦』で起こった事件まで遡り、キンケイドとチャイルズの不仲の理由や、デニスの危機、そして警察の暗部が絡み、終始、キンケイドの緊張感が強い。家族を守ること、自分や部下を守ることと正義を追求することは並び立つのか。キンケイドの葛藤と、不安と、怒りがひしひしと伝わってくる。キンケイドが追いかけるライアン・マーシュ関連の事件と、ジェマが追いかけるプライベート・ガーデン内での殺人事件、それぞれに大筋での予想は立ったが、デニス関連でのラストは、ちょっと想像していなかった。そう絡むのか!お前が黒幕か! せっかくキンケイドが追いかけてきたのに、肝心なところをデニスが語っちゃうのはちょっと肩透かしを食らった感じもあったけど、あくまでも脇役っぽいダンカンの立ち位置はそれなりに良かった。
 総じて、3年待った甲斐あり、の一冊でした。

2023年4月10日月曜日

0419 ドント・ストップ・ザ・ダンス (講談社文庫)

書 名 「ドント・ストップ・ザ・ダンス」 
著 者 柴田 よしき         
出 版 講談社 2016年8月(単行本初版 2009年7月)
文 庫 560ページ
初 読 2023年3月10日
ISBN-10 4062934647
ISBN-13 978-4062934640
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/113021593
 園長探偵ハナちゃんシリーズ、最終作になる5作目。読んでしまうのが名残惜しい。だからって、読了に一ヶ月以上掛かったのは、読み惜しんだからではなく、仕事の超繁忙期と家庭の事情と、体力の都合ゆえ。疲労困憊で、週末毎に実家に通う往復の電車でも、イスに座ったとたんに泥のように寝落ちしてしまう日々で、毎日読めたのは数ページだったから。読み終わったときには冒頭のエピソードは忘れかけている始末だった。
 とは、もっぱらこちらの事情で。

 我らがハナちゃんは借金返済と愛する園の子供達のため、今日もがむしゃらに走るのだ。

 前作は短編連作だったが、こちらはがっつり長編。ハナちゃんの保育園に通う小生意気な5歳児の父は、今現在は売れていない小説家。妻には逃げられ、小説は書けず・売れずで、バイトのダブルワーク、トリプルワークでなんとか日々の糧と息子の保育料を稼いでいる状態。それなのに、何者かに襲われて意識不明の重体となってしまって。他には身よりのない子供を園で世話しつつ、逃げた母親を探し、一方で美味い稼ぎになるはずだった城島からの探偵仕事は、どんどんきな臭くなっていく。ヒットマンの影がちらつくころには、進むも引くもならない窮状に陥るハナちゃん。そして早朝の新宿駅のホームで背中をどつかれて、列車が進行してくるなか、ハナちゃんが宙に舞う!?
・・・・と、なんともテンポもよろしく、これでもか、と窮地の波状攻撃なのは通常運転といえなくもない。聖黒界隈で一番、不遇な男であるハナちゃんは今日も命からがらだ。
 
 それにしても、柴田よしきさんのこの聖黒関連のシリーズは、なぜか私の土地勘のあるエリアが舞台になっていることが多い。この作では東急田園都市線の青葉台駅が登場。最近は月にに数回は行っている。なぜならば、実家詣でのコースだから。駅前のショッピングセンターは東急スクエア。2フロアを占める大型書店はブックファースト。2階の雑貨ショップ併設のカフェは無印良品だ。

 凶悪犯罪と、園児のパパへの暴行事件&家庭内争議、という大型二本立てで進行するのかとおもいきや、事件はさくっと一本にまとまり、大人達が子供時代を過ごした児童養護施設で起こったある事件に行き当たる。前の作品のレビューで児童福祉の知識が寸足らず、などと批判的なことを書いたが、作者の柴田よしきさんが、このテーマに大切に取り組んでいる感じがして、大変失礼だった、とちょっと反省している。

 この作品で、聖黒の練ちゃん登場作品は読み切ったことになる。あとは、もやはネットでも読むことができない『海は灰色』の刊行を待つばかり。今年は柴田よしき氏の作品刊行ラッシュらしいので、そのうちの一冊が『海は灰色』でありますように、と切に願っている。

2022年10月9日日曜日

0396 ア・ソング・フォー・ユー (講談社文庫)

書 名 「ア・ソング・フォー・ユー」 
著 者 柴田 よしき
出 版 講談社 2014年12月
   (単行本初版 2007年9月)
文 庫 560ページ
初 読 2022年10月7日
ISBN-10 4062767503
ISBN-13 978-4062767507

 園長探偵ハナちゃんシリーズ、第4弾。
 短編集かと思いきや、2からは短編連作っぽい作りになってる。
 赤ん坊はなぜ、そこに捨てられたのか。
 捨てたのは誰なのか。
 「子供はみんな幸せであるべきだ。子供たちを幸せにすることができないのなら、俺たち大人なんて、生きてる価値なんかない。」その通りだね。ハナちゃん。そして子ども時代が幸せなら、大抵の大人は大人になってからも幸せになれるはず。・・・なんて書いてから、練のことを思い出して「そうでもないか・・・」と思ってしまったよ。
 悲しい・・・・・

1. ブルーライトヨコハマ
 ハリウッドセレブとなった日本人女性からの、奇妙な依頼。呪いの藁人形の持ち主だった当時の少年の捜索。
 しかし依頼は依頼。一枚の古い写真から、当時高校生だった男子学生の学校を割り出し、卒業アルバムから本人を特定し、昔の住まいを訪ね、地道に情報を集める探偵ハナちゃん。今回は危険もなく、ぽっと胸が温かくなるラストも良い。

2.アカシアの雨
 アカシアの雨からは短編連作。ハナちゃんの保育園があるビルと、その隣のビルのわずか20センチくらいの隙間に捨てられた生後間もない赤ん坊。
 そして、城島のもの凄く美人な姪っ子から舞い込んだ意外性のある依頼・オカメインコの捜索。
 赤ん坊は無事保護されたが、ハナちゃんは赤ん坊を捨てたのが誰か、気になってしかたない。赤ん坊を捨てたのは子どもだったらしい。もし、その子が赤ん坊の母だったら?その子は、今どうしているのだろう?
 おまけにハナちゃんは美人のオカメインコの飼い主の言動にただならぬものを感じてしまう。オカメインコの居所は掴んだが、はたして、その美人の飼い主を救うことはできるのか?

3.プレイバックPART3
 新宿の靴磨きカンちゃんの災難。 赤ん坊を捨てた人物はいまだ判らず。ゲームセンターの女の子は誰? 
 カンちゃんのパートナーの巨体のミヤさんがとても素敵。まさかの偶然で、カンちゃんに怪我させた女の子と、子連れの売春婦と、捨て子の赤ん坊がつながって。 
  あまりにも理不尽な世の中に、ハナちゃんは涙する。

4.骨まで愛して
 ここに至って新たな依頼が2件も! 一件は恋人から、「お骨を探してほしい」との奇妙な依頼。もう一件はなんとカネゴンこと美形の女顔の広域指定暴力団の若頭から。渋谷で練に捕獲されて、連れて行かれたのは大久保の老舗の組事務所。そこにいた組長の正体にハナちゃんは驚愕。
 赤ちゃん—赤ちゃんを捨てた少年—赤ちゃんを産んだ女・・・・とただただ金にもならぬ人助けをしただけなのに、結局練に理不尽に絡まれて、やらされた仕事は、後腐れ無く使える鉄砲玉のスカウトとは。
 ハナちゃんの無念が忍ばれる。

5.エピローグ
 そして麻生登場。
 マックでマヨネーズ垂らしながらバーガー喰ってただけだけど。 
 なんとなくくたびれた中年男になっている龍太郎は、元々私のイメージ通りではあるのだが、直前に読んでいたRIKOシリーズでは足の長いハンサム男だったりするので、ちょっと自分の中のイメージにはブレが生じる。 
 ハナちゃんは捜査一課の元名刑事とは面識がないらしい。麻生の方はどうなのかな?かつて同僚を射殺して警察を去った、暴対の刑事の顔は知らないのだろうか。麻生が頑固な分、元刑事のハナちゃんが身代わりで練にもてあそばれて、割を食っているような気がしてならんのだけど。

   あと、練がハナちゃんより年上って、やっぱりハナちゃんの勘違いじゃあないのかな? 

2022年9月6日火曜日

0387 シーセッド・ヒーセッド (講談社文庫)

書 名 「シーセッド・ヒーセッド」
著 者 柴田 よしき         
出 版 講談社 2008年7月(単行本初版 2005年4月)
文 庫 512ページ
初 読 2022年9月6日
ISBN-10 4062761009
ISBN-13 978-4062761000
読書メーター https://bookmeter.com/books/543629

 このシリーズだと、練ちゃん何歳になってるんだっけ?40代だってハナちゃんが言っているけど、あと繰り返し、ハナちゃんがあと数年で21世紀だと言っているので、作品世界では1997か8年くらい?だと思ってるのだけど、そうすると練だって40代にはまだなってないんじゃない?
ここでもう一度、聖黒のレビューで書いた時系列を掲載してみよう。










時系列(全体)
 1985年夏          世田谷事件(練が麻生に逮捕される。) 練26歳
 1986年4月        練・府中刑務所で服役中
 1986年7月    〃
 1986年10月      覚醒剤中毒者による小学生刺殺事件発生
 1987年4月   練・仮釈放・武蔵小金井の保護司を頼り、印刷会社に勤める。
 1987年8月   練・印刷会社の同僚に脅迫され、武蔵小金井のアパートを飛び出して新宿に。
          生きるために体を売るようになる。
 1988年            田村出所
 1989年2月15日早朝
         ブレーキの調子が悪かったため韮崎が乗り捨てた車の回収を命じられた部下が、
                         その車を運転し運転し、飛び出してきた赤ん坊(真子)を抱いた母親(望月
                         路子)をはねる。
 1989年2月15日早朝
         同日・小田急線参宮橋近くの線路で自殺を試みた練が韮崎に拾われる。
 1989年5月    韮崎の弁護士が交通事故の示談工作。
 1989年7月    覚醒剤中毒の男に子どもを殺された女が、武藤と韮崎が同席していたところを
         拳銃で襲う事件発生。
 1989年9月    練は韮崎の住まいに居候している。
 1989年9月      北村が殺害される。
 1992年    北村の娘が北村の遺骨を納骨する。
 1995年10月    韮崎が新宿のホテルで他殺体で発見される。 練36歳


今作は、短編3作の連作
ゴールデンフィッシュ・スランパー・・・・・アイドル歌手に送りつけられた脅迫状の送り主を探すお仕事。ストーカー事件のようでいて実は、苦しい過去が。
イエロー・サブウェイ・・・・・なんと、練が置き去りにされた赤ん坊の母親の捜索をハナちゃんに依頼。
ヒー・ラブズ・ユー・・・・・最初はストーカーの片棒担ぎのように思えた尾行だったが、実は真面目で苦しい恋につけ込まれた脅迫事件に関わる調査だったと分かり、アフターケアと称して依頼主の苦境を助けるハナちゃんが、なんとも素敵。

 練の住む高級マンションの玄関先に置き去りにされた生後2ヶ月くらいの女の子の赤ん坊。置き手紙には「あなたのものなので、あなたに返す」と書いてある。疑惑の一夜には、練は泥酔していて記憶にない、と。取り巻きの斎藤などは、件の赤子を遠慮しいしい「社長のお嬢さん」扱いしているのがちょっと面白い。赤ん坊を押しつけられて困惑している練、ってのもなんというかかわいい。ここに麻生さんが居たら、「俺が育てる!」とか言っちゃいそう。いや、それはないか。。。練ちゃんに突如勃発したトラブルをがっつり押しつけられる園長ハナちゃん。今回は探偵業と保育業のフルコンボでとことん練に利用されている。
 そこはハナちゃんの努力と根性で、絡んだ糸を解きほぐし、赤ちゃんの母親も、ついでに父親と思しき人物も見つけ出し、母親を説得して赤ちゃんを返し、報酬も得ることができたが、意外にも、それでことが収まっていなかった人物が一人居たわけだ。それも騒動の大本、張本人が。
 いったんは母親の元に返った赤ん坊との親子鑑定をやりたい、と言い出す練。とうに家族との縁は薄くなっている練だが、一体赤ん坊の存在に何を求めたものか。この間何があったんだろうか? 

「事情が変わったんだ」山内は、少し妙な表情を見せた。何か企んでいる顔には間違いないのだが、どこか、戸惑っているような目つきをしている。

 その事情ってのはなんなのさ! と、ちょっと麻生さんを探して首を揺さぶって見たい気がする。
 自分が「一代雑種」だと言う練は、やはり、ヤクザの世界にも馴染みきってはいないのよね。死んだはずの自分を生かしてくれた韮崎への思いや、先代とのしがらみが練をヤクザの世界につなぎ止め、練をヤクザに擬態させてるけど、本当は寂しいのだろうなあ。

「それは、つまり、俺は消えた方がいい、ってことか。この世に生まれて来た痕跡は何ひとつ残さず、綺麗さっぱりと消えた方がいい人間だ、そういうことか」山内の声に怒りはなかった。ただ淡々と、静かにそう言った。

 こういうときは、素の練ちゃん。ああ、切ない。こういうこういう顔を見せられるハナちゃんすごいよ。
 そんな練と麻生の「聖黒」後のしがらみを描いた「海は灰色」はいつ読めるのだろうか。すでに角川のネット書店では取扱いがないようなので、書籍化を待つしかない。


 

2022年9月1日木曜日

0385 カソウスキの行方 (講談社文庫)

書 名 「カソウスキの行方」
著 者 津村 記久子          
出 版 講談社  2012年1月
文 庫 192ページ
初 読 2022年9月1日
ISBN-10 406277044X
ISBN-13 978-4062770446
読書メーター 
https://bookmeter.com/books/4533568 
 
 なんで、この本私買ったんだっけ?と思わず首をかしげるくらい、自分のテイストではない(笑)
 しかも、書籍情報確認するためにAmazonのサイトに行ったら、購入履歴が表示されるんで、私はこの本を中身も確かめずにAmazonでポチったようだ。
 うっすらと記憶を辿るに、たぶん、尊敬する読メの読み友さんが書いた津村記久子さんの本のレビューに興味を持ち、Amazonで検索し、表紙がキレイで、ちょっとタイトルに心惹かれたこの本をポチったのだ。多分。
 でもって、ほんの10ページくらい読んで、「駄目だこれは。私が読めるテイストじゃない」となって本を閉じ、その旨を読メで報告したら、これまた別の読み友さんに爆笑(仮想・なにしろSNSの上の文字でのことだ)されたのだ。それ以降、私の乏しい日本人作家さんの積ん読(というか「並べとく」)本に交じってこの本は立っていたのだが、まあ、そんな経緯で放り出したこの本が頭の片隅に引っかかり、そのカソウスキの行方がどうなったのか、確かめたくもあり。・・・と、いうかまあ、悲しくも新型コロナの濃厚接触者になりおおせた(?)ので、この機会にようは薄い本から読んで片付けてしまおう、という魂胆であった。

 それにしても、こういう、なんだろ、若い(?)女性の心の機微っていうかそこをあえてはずしてくるオモシロさというか何というか、を取り扱う本を読むにつけ、自分の中にはどうも、“女性成分”が足りないな、と自覚してしまう。
 なんというか、女の子の恋愛やら夢やら希望やらがよく分からない・・・・というよりは、「どーでもいい。面倒くさい」がいちばん近い。そういやあ、中学生の頃にはもう、いわゆる「女の子集団」が苦手だったよなぁ。自分は、おもに父に育てられたためか、「男の子成分」が多い、というか、はっきりいって「女の子成分」はかなり少なめなのだ。先天的には女性だけど、後天的に身に付ける分がなんだか足りてないっつうか・・・・いや、父と遊んだのが、新幹線のプラレールだとか、ダイヤブロックで家を作る、だとか、コマ回し、だとかスーパーカー消しゴム、だとか・・・・あと、そうだ、自分の身長よりも足を掛けるところが高い位置にある竹馬もあったな。さんさんカラー竹馬、ではもちろん長さが足りないので、近所の竹林に竹取りにいって作った手作り品だった。・・・・と、思わず自己分析に走っちゃうくらい、この本のつっこみどころが那辺にあるのか、私にはよく分からんのだった。でも、きっと彼女も「標準型」の女の子じゃあないよな。むしろリアルで隣にいてくれたら楽しそうなのに。きっと「友達」というよりは「ナカーマ!」っつう感じで仕事ができそうだよな、とは思う。まあ「カソウスキ」の行方が雲南省までいっちゃうとは意外ではあったが。それにしてもヒドイメールだった(笑)
 で、実はこの本は短編3作が収録されている。
 2編目の、「Everyday I Write A Book」は好き。相手のオサダが、エロ小説書いているのを野江に暴露して心臓がバクバクしてるっていうのが面白い。やっぱり「女の子の心理」に疎いので、女の子の心理を微妙にはずした面白み、というのにも自分は疎いみたいだ、というのを再確認した。 
 3作目の「花婿のハムラビ法典」にいたっては、もう、混沌を突き抜けていて、これはこれで面白かった。もはやこの世のものとは思えない(笑)


2022年8月31日水曜日

0384 フォー・ユア・プレジャー (講談社文庫)

書 名 「フォー・ユア・プレジャー」
著 者 柴田 よしき         
出 版 講談社 2003年8月
文 庫 544ページ
初 読 2022年8月31日
ISBN-10 4062738171
ISBN-13 978-4062738170


「若」。わか。刑事だったのに汚職で懲戒免職くらった辞め警の斎藤が、今は山内練の腹心の部下に収まっている斎藤が、練を「若」と呼ぶ。
 若頭だから「若」なんだろうけど、なんか、それだけで、愛というか思慕が溢れてるんだよ。
 だけど、その男、心は他の辞め警のものなんだぜ? さらりと描いている脇のはずの斎藤の慕情が、なんとも切ないのだ。結局、保育園園長で凄腕探偵なハナちゃんが活躍するこの話は、美形で傷ついてて壊れてて、ケタケタと笑って平気で残酷な振る舞いをするあの男の物語、なんだな。だから、ここには登場しない麻生さんよ、つまらないプライドは捨ててさっさと練を抱いてやれよ、と。

 そんな練に、今日も振り回されているハナちゃんのかいがいしい努力が涙ぐましい、ハナちゃんシリーズ2冊目なのです。今作はより一層グレードアップした難題がハナちゃんを襲う。
 一回寝ただけの行きずりの男を捜してくれ、という無茶な依頼をしたのは、どこかタカビーな天然女。飛び込みで保育園を訪れた無茶な父親からやむを得ず預かった乳児が深夜の急変で救急車を呼ぶ騒ぎになり、その育児に無知な父親に罵倒され、最愛の恋人の理沙はなにか困った様子だったのだが、ハナちゃんには相談できないまま姿を消してしまい、その理沙の妹のトラブルが、理沙失踪の原因かと追いかければ、なんとまたしても殺人事件に巻き込まれる。
 その上、極悪ヤクザの山内にはケタケタと笑いながら無理難題をふっかけられ、解決の為に与えられた時間は24時間しかないのに、マトリの捕り物に巻き込まれ! 全部が全部つながって円満解決したについては、さすがにできすぎ、というかやり過ぎだろ、と思ったがそれはまあ、よい。読んでほんわか幸せな気分になるための小説だしな。
 胸の蝶の刺青で読者にちょっとどきっとさせるあたり、柴田センセは芸が細かいのお。あと、太宰治の「走れメロス」の真っクロ黒な洒落が洒落になってませんでした。今作もハナちゃんには同情しかありませんでした。頑張れ園長先生!


 

2022年8月20日土曜日

0383 フォー・ディア・ライフ (講談社文庫)

書 名 「フォー・ディア・ライフ」 
著 者 柴田 よしき         
出 版 講談社 2001年10月
文 庫 496ページ
初 読 2022年8月22日
ISBN-10 4062733064
ISBN-13 978-4062733069

 彼の名前は花咲慎一郎、愛称は「ハナちゃん」。ただそれだけで漂うほんわかな雰囲気で、そもそも大成功してるよね、この本。
 そのハナちゃんは、新宿の裏町の無認可保育園の雇われ園長で、新宿の夜の女達が預けにくる子どもたちを守るために孤軍奮闘している。保育園の経費を賄うために、睡眠時間を削って、あぶない探偵仕事を頼まれながら。
 そのハナちゃんの経歴が、じつは警視庁の元刑事で、同僚を射殺して職を追われていたり、その保育園が、某暴力団の先の組長の妾だったおばあさんが経営するものだったり、その園の建物が乗ってる土地の所有権が、某イースト興業つう超絶ブラックで反社な会社に移って、美貌の睡眠薬中毒の社長(兼暴力団若頭)に土地の買い取りを巡って顔面蹴り上げられたり、とまあ、とにかくただ事ではない。
 『聖なる黒夜』やその続編の短編では、まだ表社会と裏社会の狭間で揺れていた練も、ここでは、もはや真っ黒黒な正真正銘のヤクザである。だがしかし、その彼がチラ見せする優しさや弱さに、またそそられるのだ。ああもう、麻生さんなにやってんのよ。なんで一緒に闇落ちして、練を抱いてやんないのよぉぉぉぉぉ、という私の心の雄叫びを聴きやがれ(笑)

 ハナちゃんの事件簿、ももちろん面白いのだが、それよりも、『聖黒』『RIKO』『ハナちゃん』で構成されているこの界隈の群像が面白い。某下町のうらぶれたビルに職住共用で悶々と悩みながら暮らす硬派でホモの元刑事の探偵やら、極悪非道な美形のヤクザやら、そしてかつて大物ヤクザの愛人だった美人の医者なんかが蠢いているのだ。あ、あと私は百々井さんが結構好きだな。で、それはさておき、ハナちゃんである。

 子どもを預ける母たちから取る保育料だけでは到底園の経営は維持できないから、ハナちゃんは給料をもらうどころか、園の赤字補填のために探偵の裏稼業で稼ぐ日々。頼まれ仕事はヤクザの殴られ役に始まり、家出少女の捜索、家出少年の追跡・・・・だったはずなのに、なぜか厄介な事件に巻き込まれていく。だがそのネタがね。
 いや、これは、もっぱらワタクシ事なんだが、栗本薫の「僕らの時代」を読んだ次に、あえて「僕らの気持」を読まずにこの本を手にとったのにこのネタかよ!・・・・と。いささかげんなりしたのは事実だ。
 いや、ハナちゃん大好きです。おもしろいよ!オススメ!
 だけど、ゲイの恋愛に、往年の大漫画家ネタに、コミケに二次・・・・と、なんかトッピング盛りすぎじゃねーか?????とも思ったのだ。もう、胸焼けしちゃう。ま、面白いんだからいいけどね!


2022年8月19日金曜日

0382 新装版 ぼくらの時代 (講談社文庫)

書 名 「新装版 ぼくらの時代」
著 者 栗本 薫     
出 版 講談社 2007年12月
文 庫 448ページ
初 読 2022年8月19日
ISBN-10 4062759330
ISBN-13 978-4062759335
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/108406787   
======================
【旧版】
出版社   講談社  
単行本初版 1078年9月/文庫本初版 1980年9月
初 読   1983年頃?
======================
 「推理文壇」っていう言葉があるんですね。
 ミステリー界、ではなく「文壇」。私だけかもしれないけれど、この文壇って言葉には、えらくアカデミックで高尚で、考えようによってはうさんくさい感じがしてしまう。
 なるほど、栗本薫は処女小説でこの「推理文壇」なるものに、超新星のごとく出現したのだ。たしかに、それでけのインパクトのある、若々しく瑞々しいのに、こなれている、これは良作、もしかしたら名作かもしれん。
 高校生・大学生の父親世代に、まだ「戦争帰り」がいる時代なのだ。私自身よりもちょい前くらいの世代か。たしかに、戦中生まれだった私の父がもう数年早く生まれていたら、学徒出陣していた可能性もあったわけだ、と今ごろになって、思いのほか「戦争」は昔の話ではないのだと気付いたりもする。このあたり、初読の時にどう感じたかはちょっと思い出せない。
 ここのところ、栗本薫の晩期の作をずっと読んできて、こうして、〇十年ぶりにあらためて処女作を読むと、この段階で、ほぼ完成した作家だったのだと改めて思う。と、いうかここが絶頂期なんじゃないのか? ただし、語彙の使い方、漢字のひらき方に(私の感覚からすると)妙なものもあり、そういったところを、処女作からもてはやされて「大目に見てもらえ」て、業界から持てはやされて、これでOKと絶大な自己肯定感を得てしまったのが、薫サンの長い凋落の始まりだったのだろうか。ここで、この時に、キビシイ担当編集さんにがっつり、小説書きのお作法を仕込んでもらっていたら・・・・・いや、仕込まれたのだろうか? 書き上げたら読み直してみなさいとか、推敲しなさい、とか。漢字の使いかたとか? 推敲する習慣だけでも、きちんと身に付けてくれていたならば、早書きだけが能の作家には成り下がらなかったろうに。(迂闊、軽率は直らなかったかもしれないけど。)

 テレビ局、マスコミ、スター、などというキラキラした世界が最初から好きだったんだな、とも思う。のちの「島サン」に通じる原田ディレクターや、「良」なんかのスターにつながる若くて脆弱なスターの造形も、「探偵」役の造形も、原型は全部ここにある。それに、後の一連の東京サーガで登場するテレビ局「KTV」が、「極東テレビ」だということも再確認。

 ストーリーは文句なく面白い。タイプの違う2人の探偵役の役どころも面白い。トリックというか、トリックは無かった、というかのストーリーのひねりもなかなか練れている。
 戦後の焼け野原から再興したトウキョウの街と、それを汗水垂らして作りあげてきた「大人」の矜持、その押しつけに反抗するこども、反抗の証しともいえるロックと長髪。そしてやがて「もう若くないんだ」と彼らも髪を切って就職していくんだな、と某名曲を思い出す旧版「ぼくらの時代」と「ぼくらの気持ち」の表紙がなつかしい。なにはともあれ、面白かった。

2022年8月14日日曜日

0381 身も心も〈伊集院大介のアドリブ 〉 (講談社文庫)

書       名 「身も心も〈伊集院大介のアドリブ 〉」 
著    者 栗本 薫    
出    版 講談社 単行本:2004年8月/文庫:2007年3月
文    庫 496ページ 
初       読 2022年8月14日
ISBN-10 4062756714
ISBN-13 978-4062756716

 伊集院大介、ジャズの貴公子矢代俊一に出会う。
 言わずとしれた(?)栗本薫の一大シリーズ「伊集院大介」の事務所に、「キャバレー」の矢代俊一が、事件の依頼に訪れる。最初の出版は2004年。東京サーガとしては、「朝日のあたる家」完結後、次に書かれた作品か。物語の時点は俊一39歳。
 作品世界の時期的には俊介氏の『嘘は罪』と同時期。ちなみにこの話には関係ないが、今西良は服役中。俊一を伊集院大介の元に手引きした竜崎晶は伊集院大介シリーズの準レギュラーなのかな?伊集院大介シリーズは、大昔に一冊くらい読んだ気もするが、以降まったく読んでいないので、登場キャラはよく分からない。なにはともあれ、薫サンが「東京サーガ」と大括りにしている作品世界の、「伊集院大介ブランチ」と「キャバレーブランチ」がこの作品でクロスする。

 ちなみに、伊集院大介は、痩せ型長身、低血圧、寝食にはあまり興味がないタイプのようで、これは栗本作品によく登場する類型。矢代も、透もおんなじタイプ。薫サンはこういうタイプの男性がひとつの理想なんだろう。(ひょっとすると薫サンのダンナ様もこのタイプではないか?と写真を拝見して想像しているのだが。)

 さて、矢代俊一が大介の事務所に持ち込んだトラブルは、脅迫・ストーカー案件。ライブの前になると必ず「〇〇を演奏するな」という脅迫が届くようになった、という。ストーカー慣れしている俊一も、時間が経つにつれだんだん気味が悪くなってきて、あげくにライブの最中に照明が落下し、ピアニストの高瀬が大怪我をするに及んで、さすがに看過できなくなった模様である。しかし、これまでの経験から警察が取り合ってくれるとも思えず、晶のつてで、「名探偵」のところに事件を持ち込んだ。と。

 事件としては、結構簡単だ。名探偵・伊集院大介でなくとも
✓犯人は、矢代のスケジュールを詳細に把握している。(外部に未公表な情報を把握)
✓矢代本人に対する強い執着がある。
 ってだけで、だいたいあたりがついてしまう。
✓照明器具への細工も、ちょっとプロっぽい、というか会場や設備を熟知していないとできなさそう。(ただし、本当に事件なのかどうかは、中盤すぎても不明)
って時点で、容疑者2〜3人に絞れちゃう。あとは、予想外の伏兵がいて大どんでん返しがあるかないか?
 
 あと、細かい表現について、薫サンにとやかく言っても詮無いのは分かってるんだけど、どうしても気になってしまったことがいくつか。
✓「〒ポスト」は、さすがに小説の文章として無いんじゃあないか?しかもこれは、マンションのエントランスなんかにある個人の郵便ボックスのことだ。道ばたにたたずんでいる赤いヤツのことではない。パソコンの予測変換にやられたか?
✓「エアージンなんてやったことあるのかなあ」とか俊一が言ってますが、数年後の岡山のライブで39度の熱をおしてステージにたってぶっ倒れたのは、この「エアージン」を演奏していたとき。結構演奏している風だったけど、これ以降第三次矢代俊一グループを結成して(まともなピアノとベースを入手できてから)レパートリーに加えたのかな?
✓俊一の天敵ジャズ評論家の「松本温」ずっと、なんて読むんだろうと思っていたら、冒頭の登場人物紹介で「温(おん)」とふりがながある。やっと分かった♪と思っていたら、作中で「あつし」とルビ。どっちだよ(怒)

 で、この本であるが、正直、伊集院大介の推理が光るミステリー、ではなく、ひたすら、矢代俊一のキャラクターを、伊集院大介や金井恭平が語り上げる、そっちのほうがメイン。大方のページ数はこれに費やしている。(推定九割!) 謎解きは一向にすすまず、そもそも大したことなさそうな予感すら漂う。要は矢代俊一賛美に、伊集院大介が駆り出されたかたち。こりゃあ、大介ファンは面白くないだろうなあ。それとね。

 中盤のカネさんのセリフ。
『あいつはもともと金持ちの坊ちゃまだったし、いろんなものを最初っから、持ちすぎてたんだよ。だから、カネも欲しくねえし、野望もない。ただ臨むものはもっともとてつもねえ野望———音楽とひとつになりてえ、っていう野望だけでさ。そのことがわからねえ俗世の人間は、本当は矢代俊一に近づかないほうがいい。たいてい、さいごのさいごにしっぺ返しをくらって、えらく裏切られたような気分になるからな。そのことで、とても怒る、それこそ激怒するやつもいるよ。そういうやつらは、矢代にだまされた、と思う。てめえらの強欲や、表面のうわっつらしか俊を見なかったことは棚にあげてな。————』

 なんとなく、薫サンは自分を重ねてるんだろうな、という気がする。“自分には才能がある。求めるものがある。それは凡俗とは違うんだ、だれも自分を理解してくれない、それは自分が悪いのではなくて、周りが俗だからなんだ”って自分を肯定したい気持ちが一杯、いっぱい、溢れてる。

 私の薫サンへの関心の一つは、「なぜ、それこそ小説家デビュー前から連れ添ってきた良ではなくて、俊一に乗り換えたのか」なんだけど、思えば『朝日のあたる家』で、良は自分が本当の歌手でないことに気づき、そして自分は本当の歌を歌いたい、と自覚して、自分の意志で、茨の道を進むことを選択するわけだ。良は、薫サンが連れ添うには厳しすぎる選択をしてしまったんだな。薫サンにはもはや、良は書けなかったんだろう。だから、薫サンは良をうっちゃって、「天才」って甘い夢を一緒に見続けることができる俊一にお乗り換えしたんだろうと思うよ。
 そう考えてみると、薫サンの描く主人公達はたいてい、溢れる異才を糧に生きてる人達なのかもしれない。だから、良が努力の道を選んだ瞬間に、もはや、良は薫サンに捨てられる運命だったんだろう。私はどっちかっていうと透押しで、良はどうでもいいのだけど、透のためにも、良をよい方向にもって行ってあげたかったと思う。
 
 いずれにせよ、この本は、矢代俊一をよいしょっともういちど表舞台に持ち上げるために、伊集院大介をダシにした。そんな話だと理解しておりますです。


2020年11月27日金曜日

0233 警視の挑戦

書 名 「警視の挑戦」 
原 題 「No Mark upon Her」2011年 
著 者 デボラ・クロンビー 
翻訳者 西田佳子 
出 版 講談社 2017年2月
初 読 2020年11月28日

 前巻に引き続き、ジェマとダンカンは3回目の結婚式を挙げた。今回は従兄弟の妻で、国教会の司祭でもあるウィニーの教会での挙式。日本流でいえば、結婚式 職場・友人向け披露宴と、地元で親族向けの挙式ってところか。(そう考えると、3回も珍しくない気もする。) 

 とにかくジェマの気持ちにかなうように、というダンカンの配慮とおおらかさと満足が感じられる、大変幸福感にみちた出だしである。
  シャーロットを養子に迎えてジェマが育休中であるが、あと一週間で職場に復帰する予定。その後はダンカンが交代し、二ヶ月の育児休暇を取る予定とのこと。その前に有給休暇もとって、ジェマも交えて家族5人水入らずの時間を作りたい、とも考えている。
 ヨーロッパは日本などより遙かに職場環境や育児関係の休暇や手当は進んでいるだろうと思っていたが、彼らの育児休暇は無給らしい。それとも政府から子育て手当の支給が別にあるのだろうか? ドイツやフランスは『親手当』がかなり充実していると、20年も前に読んだり聴いたりしたことがあるが、イギリスはどうなのだろう?
 日本は「進んだ」ヨーロッパを引き合いに出すことが多いが、このシリーズを読んでいると、やはり男性優位社会であることには変わりなく、必ずしも女性や子育てに優しい環境ではないように思える。

 それはさておき、シャーロットを寝かしつけるダンカンが、瑞々しくも男親らしい感慨で胸一杯になっているシーンがとてもあたたかい。

 “自分の手に重ねられた小さな手をみながら、ダンカンは思った。これほど愛らしいものを、いままでに見たことがあっただろうか。キャラメル色をした小さな手は自然に丸まっている。爪がピンク色の真珠のようだ。つくづく不思議な感じがする。こんな可愛い子が、自分の人生に突然あらわれてくるなんて・・・・” 

  シャーロットを眺めながら、キットの幼い時代を見逃してしまったことを残念に思うダンカン。シリーズ始めのころは、バツいち独身のちょいと軽めの良い男風だったが、夫として父親として、発展途上とはいえすっかり人間的に落ち着いた懐の深い男になっている。改めて、彼が本当に上質な人だと感じる。彼の両親もとても素敵な人達である。育ちの良さ?品位?頭の良さなのだろうか。
 そして、ダンカンがそんな人間だからこそ、の今回の話。
 なぜチャイルズ警視正はこの事件の捜査にダンカンを投入したのか。警視正の真意はどこにあったのか。この事件の収まるべきところを、チャイルズはどう考えているのか。

 警察の幹部による連続犯罪がある。犠牲者も警察内部の人間。相手には強大な権力があり、まともにぶつかれば自分のキャリアが真実と供に握りつぶされる。その危険を冒すことができるのか。
 一方で、被害者の『犠牲』の受け止めかたも、それぞれだった。泣き寝入りをしたもの、おそらくは黙っていることと引き替えに昇進を手にいれたもの、そして殺されるまで激しく抵抗したもの。
 同じ被害者だからといって、必ずしも助けあったり、協力しあえるわけではない。被害を受けた側にも諦めや打算や利害が働く。登場人物それぞれに感情が渦巻き、理性のたがが外れたところで次の犯罪が起こる。人間関係が単純ではないところにリアリティがある。

 事件の舞台は再びヘンリー・オブ・テムズからハンブルデン・ロック(『警視の秘密』)。
 ダンカンが捜査を命じられたのは、テムズ川で起こったスコットランドヤードの女性警部の溺死事件。当初は事故の可能性も考えられたが、ボート競技のオリンピック級の選手であった彼女が、知り尽くしているはずのテムズで溺死するわけがない。そして、彼女の競技用ボートと遺体に残された痕跡はあきらかに殺人を示唆していた。やがて、彼女が警察幹部によるレイプの被害者であったことが明かにされる。
 真相を解明してほしい、という警視正の言葉とは裏腹に、事件を世間から隠蔽したいという言外の圧力を受けるキンケイドのひりひりするような危機感。ジェマから、自分も被害に遭った可能性があったこと、間一髪で未遂に終わっていたことを打ち明けられたダンカンは、決して許すことができない、と腹を据えて真実の追究に乗り出すのだが。
ヘンリー・オブ・テムズ リアンダー・クラブの界隈。薄暮か夜明けか。川霧に少しかすむテムズ川
 
ダンカンとカリンが宿泊した三つ星ホテル レッドライオン
 ダンカンが、だんだん危険な領域に入り込んでいくようだ。事件はひとまず解決をみたものの、このままでは済みそうにない。
 警察内部の腐敗や、臭いものにフタをしようとする体質に、これからメスが入るのか、シリーズはそちらの方向に進んでいくのか、先行きが気になる。

 ここまでの8話分はまだ未読なのだが、今回のチャイルズ警視正の言葉で、ダンカンが警視正の懐刀であることがわかる。
そして、ジェマが恋しくて熟睡出来なかった
4脚の天蓋付きベッドはもしかしたらコレ?(笑)
 チャイルズは滅多に表情を表さない喰わせ者の上司だが、目の奥にちらりと動く感情が、水面に現れたサメの背びれを思わせる。冷徹で切れ者であり、今後もヤードの階級を上がっていくはずの人物である。今回、副警視監を断罪したことで、警察機構の力関係にどの程度の変化があったのか。捜査現場が好きで、あまり内部闘争向けではないと見えるダンカンには計り知れない。この警視正は『警視の謀略』ではどこかに潜行してしまっていて、ダンカンからは連絡が取れなくなっている。次に警視正が登場するとき、ダンカンがどのように巻き込まれていくのか? そのあたりはまだ翻訳されていない17作目ではっきりするようだ。。
 ところで今回、普段はカジュアルなジャケットやウールのパンツが仕事着なダンカンに、彼の勝負服としてのポール・スミスが登場。 

  “ロンドンまで帰ってきた。いったん家に帰ってポール・スミスのグレーのスーツに着替えた。ワイシャツは白、ネクタイは紺色を選んだ。キンケイドにとって、これが最強の防護服だった。” 

  相対するチャイルズ警視正も、ダンカンの覚悟を受け止める。

 “「きみか」チャイルズは両手を合わせて三角形を作った。「ずいぶんかしこまった格好をしてるな」キンケイドの全身を眺める。「いいスーツだ。適度に保守的なところもいい。だが、それを着てきたということは、わたしが困るような知らせを持ってきたということか。まあ、座ってくれ。」” 

  ポール・スミスのグレーと紺のネクタイの組み合わせは発見できなかったので、あとは脳内で補正を。モデルの顔もご随意に。服装で会話できる、というのも文化だよねえ。ちなみにセミーオーダーで16万〜  かなうことなら旦那に作ってあげたいが無理。自分もこっそりポールスミスのダークグレイのレディーススーツを着て、ひそかにペア気分を味わいたい(もちろん、ダンカンとだ。しかし、これもダイエットしないと無理!)

2020年11月24日火曜日

0232 警視の死角

書 名 「警視の死角」 
原 題 「Dreaming of the Bones」1997年 
著 者 デボラ・クロンビー 
翻訳者 西田佳子 
出 版 講談社 1999年1月 
初 読 2020年11月20日 

 ジェマとダンカンの交際も軌道に乗ったかに見える夜半。ダンカンの部屋のソファの片側にはジェマが、反対側にはダンカンが寛ぎつつも直近の解決した事件の報告書を作成している。二人の間には黒猫のシド。へそ天半眼で猫らしく寝ている。ダンカンより先に報告書を書き終えたジェマがシドの腹をもふっている。そんなまったりとした夜に、突然の電話が。電話をかけてきたのはダンカンの元妻、ヴィクトリアだった。どうして今頃? 何の目的で? ダンカンは心惑いつつも、ケンブリッジのヴィクの住まいを訪れる。
 12年ぶりに再会する元妻は、記憶にあるとおり美しく、強い意志を持った女性だった。ヴィクが連絡してきた目的は、今彼女が伝記を執筆しようとしている、ケンブリッジの女流詩人のこと。5年前に死んだ彼女が、実は自殺ではなく他殺だったのではないかと、警官である元夫に相談したかったから。そして思いもかけず、かつての離婚劇についての謝罪も。ダンカンは一応当時の捜査資料に当たれるかやってみると約束するが、ジェマはこのダンカンの振る舞いに穏やかでない。
 愛しいダンカンをかつて傷つけたにっくき女(笑)、なのにそれに再びよろめくダンカン、どちらも憎し! 怒りは大抵の場合ダンカンを直撃(具体的には職場で無視!3階級も下の部下がすることではありません!)するので、ダンカンも大変である。
 そんなジェマも、ダンカンに同行してヴィクに逢ってみると、意外なことに好感を持ってしまう。女性の自立を尊ぶ女性陣二人が意気投合し、疎外感を味わう鈍感男が約一名(笑)
 
 ダンカンは、(多分母親の影響で)しっかりと自立した、もしくは自立しようとしている女性を好ましく思うのに、(多分母親が良く出来た女性だったから)相手の女性の内的な葛藤には鈍感なんだろうなあ、と推測する。それが原因でヴィクには逃げられ、ジェマからは度々怒りをかうことになるのだけど。
 女性にとっても、経済的な自立と、精神的に自由になれるかはまた別問題。そして世の中的な女性の自立と、一人ひとりの内的な自立もまた別。鈍な男でなくとも取扱いの難しいテーマである。

 話はそれるが、1970年代の少女漫画の「エースをねらえ」とか「愛のアランフェス」の時代は「女は恋をすると弱くなる」とか「恋をすると相手に依存する」(だから恋愛禁止!)とか大真面目で描かれていた。(しかも女性自身の筆で)。最近の槇村さとる氏の漫画の主人公達が生き生きと恋をして、相手の男を圧倒するくらい強くなってるのと対照的である。(それでも彼女達は彼女達なりの内的な問題に立ち向かっているのだけどね。)漫画の世界も現実の女性の自立の歩みを表してるよなあ、とこの50年来の女性の意識の変化を感じたりしてしまう自分がじつにババアくさい。。。。。(大脱線)
 脱線ついでに再び漫画の話題で恐縮だが、この警視シリーズを読んでいると、三原順氏の『はみだしっ子』や『Sons』のイメージが被ってくる。例えば、トビーはマックスやサーニンと、キットはグレアムと被ってしまうんだが、母親のローズマリーに「利発だけど傷つきやすい息子」と看破されているダンカンもまた、三原作品に登場しそうな存在感。Sonsのキャラたちもダンカンも女性作家が描いた男性像なわけだが、男性諸氏はこれらのキャラクターをどう捕らえるのか、誰かに尋ねてみたい気もする。閑話休題。


さて話を戻そう。各章の冒頭のに配されているルーパート・ブルックの詩がとても美しく、印象的である。

足取りは軽かった。進む方向は正しかった。
確かな誓いがあった。
未来ははっきりと見えていた。
離れている間に
きみはなにに足を取られたというのだ?
どんな声を聴いたというのだ?
言葉にならない声に、ふと呼びとめられたというのか?
こんなにも不自然に、こんなにもたやすく、
誓いを破って去っていくなんて。
     ルーパート・ブルック『取り残されて』より    (p.47)

・・・・ダンカンの心情そのまんまだな。可哀想に。
 やっとヴィクとの過去の関係の落としどころを自分の中に見つけられそうだったのに、無情な知らせがやってくる。ヴィクトリアの突然の死。詩人リディアの死と合わせ、どうしても事故や病死だとは思えないダンカンだが、所管するケンブリッジ警察署の旧友とは捜査方針で対立。いても立ってもいられず、自分で捜査に乗り出すのだか。

「ヘイゼル、あの人はわたしの話をきこうとしないの。意固地になって、ひどく怒ってて。わたしに対しても怒るくらいなんだもの。怒らせるようなことをした覚えはないんだけど。」

 とは、ジェマの弁。おいおい、君がそれを言うのかね?同じ台詞を君に返してあげたいぞ。

 ダンカンは独自捜査を開始し、ジェマも腹を据えて追走。ヴィクの、ひいてはリディアの人間関係を丁寧に掘り起こしていく。ヴィクの息子キットがダンカンの子だと母のローズマリーに指摘され、脳内大混乱しながらもキットのケアも同時進行。どんな事態にも真面目に立ち向かおうとするダンカンの誠実さと人間性がこのシリーズの一番の魅力、と改めて感じる、おそらくこの本、シリーズ前半の傑作である。

【覚え書き】
ルパート・ブルック 1887年8月3日-1915年4月23日
 イングランドの詩人。ケンブリッジ出身。イエーツがイングランドで一番ハンサムな若者」と評したそうで、たしかにいかにもイギリス上流階級らしい育ちの良さを感じさせる繊細な面立ち。
第一次世界大戦に従軍したが、感染症により死去。27歳。軍事行動中の海軍にあってのことだったため、エーゲ海のギリシャ領スキロフ島に埋葬された。
 日本語に翻訳されていないかAmazonで探してみたが、日本語の詩集などは出版されてなさそう。戯れに代表作『兵士』を訳してみようと思ったが、あまりの能の無さに絶望したのでやめた。ネットで素敵な和訳を披露されている方が複数いらっしゃるので、日本語訳はそちらをどうぞ。



“The Soldier” (Rupert Brooke, 1914) 

  If I should die, think only this of me:
That there's some corner of a foreign field
That is for ever England. There shall be
In that rich earth a richer dust concealed;
A dust whom England bore, shaped, made aware,
Gave, once, her flowers to love, her ways to roam,
A body of England's, breathing English air,
Washed by the rivers, blest by suns of home.


And think, this heart, all evil shed away,
A pulse in the eternal mind, no less
Gives somewhere back the thoughts by England given;
Her sights and sounds; dreams happy as her day;
And laughter, learnt of friends; and gentleness,
In hearts at peace, under an English heaven.