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2022年1月2日日曜日

映画『ミュンヘン』

 スティーブン・スピルバーグ監督・製作の『ミュンヘン』を視聴。
 今年、イスラエル国家について、パレスチナ問題について、ユダヤ人問題について、フィクションではなく、ノンフィクションの方面で本を読むための、とっかかりというか、動機づけの強化というか。

 2005年12月公開。
ミュンヘン・オリンピック事件と、その報復である『神の怒り作戦』、その担い手に選ばれたモサドの構成員だった若いユダヤ人(作中ではアフナー)とその仲間の行動と、作戦終了後の葛藤を描く。原作は『標的(ターゲット)は11人―モサド暗殺チームの記録 (新潮文庫)』
 まだ若い未熟な青年が仲間とともに暗殺を実行し、やがてそれに慣れ、そのうち一人ひとりが精神を病んでいき、さらに、報復によって仲間も殺されていく。
 悪夢と不眠症に苛まれ、自分の実行した殺人が、(法的にも倫理的にも)肯定されうるものだという証拠を国に対して求めるものの、イスラエル国からそれを得ることはできなかった。結局はアフナーは不信からイスラエルを離れてアメリカに移住し、祖国も失うことになるが、暗殺行動以降、イスラエル当局から圧力をかけられるところも含めリアルに描かれている。(もちろん、リアルだからといって真実だとはかぎらないわけだが。)
 作戦に従事している中、国外から電話をかけ、幼い娘の喃語を聴いて泣くアフナーの姿が一番胸に響いた。
(ガブリエル・アロンとは頭を切り離して観ていたつもりだけど、暗殺を嫌悪しながらも、自分の手で暗殺を実行することにこだわるアフナーがガブリエルとオーバーラップするのを100%排除はできなかった。それにしても、こうしてリアル寄りの映画を観ると、やはりガブリエルはきれい事寄りだよなあ、とは思う。この「リアル」にガブリエルという「フィクション」を対置したダニエル・シルヴァの意図はどういうものだったのだろう、ということも気になる。)

 パレスチナ側だけでなく、イスラエルに対しても批判的な表現があるこの作品は、アラブ側からもイスラエル側からも批判され、スピルバーグの作品のなかでも一番の問題作だと言われているとのこと。また、公開時、モサドや、元モサドの要員などからも事実と違う、との批判が寄せられたそうだ。(Wikipediaより)
 しかし、モサドが「真実と違う」と言ったからといって、だれがそれを信じる?とは思うよね。

 作中で、国を失ったパレスチナ人は100年かかっても国を取り戻すと言い、ユダヤ人は「自分の力で国を取り戻した」と信じる。この救いの無さをほんの一瞬でも観た人に直視させることができるのなら、この映画は成功しているといえるだろう、と思う。ではどうしたらよい?と考えると、救いのない暗澹とした気分に陥る。
 また、イスラエルを知れば知るほど、第二次大戦後『戦争放棄』の道を歩もうとした日本と、あくまでも強固な意志と手段を選ばぬ武力によって『決して侮られない』戦いの道を選択したイスラエル国という二つの国の対照的な姿を思う。そして、結局は『戦争』は放棄しても『武力』は放棄できなかった日本の戦後の姿についても、考えざるを得ない。
 また、2020東京オリンピック開会式で、ミュンヘン・オリンピック事件の犠牲者に対する黙祷が行われたことの意味合いも、合わせて考えてみなくては。

 ところで話は変わるが、主人公アフナーの同志であるスティーブを演じているのがダニエル・クレイグ。
 好演しているのだが、あの薄い色の瞳の効果か、サイコパスに見えてくるんだよね。友情に篤い良いキャラクターなんだけど、どうしても「殺しのライセンス」に見えて、異様な存在感を放っていて主役を喰っていたのはご愛敬(笑)。

2021年11月27日土曜日

映画『ウルフズ・コール』ネタバレあり


2019年のフランス映画です。
もう一つの潜水艦映画。
これを見ると、アメリカ映画ってやっぱりエンターテイメントなんだなあ、と実感する。
(当たり前だが)フランス語が溢れる発令所の中も米原潜とはひと味もふた味も違う。面白い。

「ウルフズ・コール」とは、謎の潜水艦が発するソナー音のこと。フランスの特殊部隊を支援する作戦任務中にこの音に遭遇した音響鑑定士のシャンテレッドは混乱して、艦種の特定や敵味方の識別に手間取り、艦と仲間の特殊部隊員を危険に晒してしまう。任務の失敗から潜水艦乗務をはずされてしまうシャンテレッドだが、どうしてもあの狼の鳴き声が頭から離れない——————

 アメリカ映画なら、ここから、敵の不明艦の探索と対決、という一大スペクタクルに展開する流れだが、そうはならないフランスのエスプリ。
 
 全身全霊集中して見たけど、2度、3度みたいとは思わないくらいシビアな世界だ。現実寄りの核戦争の恐怖と潜水艦戦の非情な世界を描き出している。細部まで集中して見て、見終わったあとに、自分の中に吹き荒れる感情を鎮めながら諸々を考える。そんな映画。見る価値ありの名作です。(と、思うのだけど、Amazonのレビューはいまいち振るわないようだ。そりゃあ、ハリウッド並みのスペクタクルを望んではいけない。これはフランス映画だからね!もうちょっと大人で、もうちょっとしっとりしているのだ。たとえ戦争映画であっても。)

 主人公は鋭敏な聴覚を武器に海中で戦う『音響鑑定士』。水中の小さな音まで聞き取り、敵か味方か、艦種や武装の種類まで鑑定する。通り名は「黄金の耳」、渾名は「靴下(ソックス)」。渾名の由来は耳が良すぎて自分の足音が気になってしまうため、数ヶ月の潜水艦乗務の間、靴を履かずに靴下だけで過ごしたから。聴覚だけでなく人柄全般的にセンシティブな男。
 ひたすらヘッドホンから海中のすべての音に耳を澄ませ、作戦の遂行も中止も、攻撃するかしないかも、鋭敏なシャンテレッドの耳が聞き取る音とそれに下される鑑定にかかっている。こんな繊細な奴が、何ヶ月もこんな仕事をしていたら心を病んでしまうんじゃないだろうか。でも艦長のグランシャンは彼を信頼している。

 「狼の鳴き声」を放つ謎の音紋の潜水艦による欺瞞作戦のために、フランスは核戦争の引き金に指をかけてしまう。フランスの新鋭戦略核ミサイル原子力潜水艦(SSBN)レフローヤブル号を指揮するのは、シャンテレッドが尊敬するグランシャン艦長。その原潜は大統領からの核攻撃命令を受けて潜航し、いまや核攻撃の最終段階にある。電波も通信も届かない潜水艦には核攻撃中止命令も届かない。そして、潜水艦艦長に与えられた大統領命令は絶対不可侵で変更や取消は不可能・・・・・て、謎の潜水艦などそっちのけで、味方同士の潜水艦による核戦争回避のための戦い−−−−−つまりはどうやって潜航する潜水艦(味方)の位置を特定し、核攻撃中止を伝えるか、さもなければ−−−−−っていう超絶鬱展開。これを魅せる人間ドラマが良いのだ。レフローヤブルを追うために、もう一つの潜水艦チタン号に移乗して指揮を執る潜水艦部隊司令官(「私もかつては潜水艦艦長だ」)もまた、シャンテレッドの能力を信頼する。そして、レフローヤブルからの魚雷を受けて大破し、沈降していくチタンの中で、司令官は、シャンテレッドを艦外に脱出させるのだ。シャンテレッドが得たもの、そして失ったもの。

 字幕だと、登場人物の階級がまったく分からないのだが、肩章である程度把握できる。シャンテレッドは少尉。チタンの艦長で中盤レフローヤブルの艦長になるグランシャンは中佐、チタンの副長だったドルシは少佐だったが艦長に昇任して中佐に。司令官は上級中将だ。音響分析センターの長官(?)も中佐。
 大麻の一件は、彼がやっていたのではなく、彼女が手巻き煙草で吸っていたのを副流煙で吸収していた、ということかな、と。彼女を責める方向に話が向かないのも“らしい”と思った。大人の世界だなあ、と。(自分が納得できるかどうかは別問題。)あと、勤務オフの時もシャンテレッドがヘッドホンをしているのは、音楽を聴いているというより、もしかしたらノイズキャンセリングのためかもしれない、とも思った。
 ラストの、音のない静かな世界は、聴覚を失ったシャンテレッドの世界を表現しているんだよね。彼女が後ろから近づいてくる気配も感じ取ることができなくなったシャンテレッドは、これからどんな世界を生きて行くのだろう。

 この映画は真夜中に部屋を暗くして、ヘッドホン推奨。シャンレテレッドの聴いたものを、聴け!

 

2021年11月26日金曜日

海・駆逐艦・潜水艦

 いつの間にか、戦闘艦好きになっている。いちおう自分に念押しするが、これでも平和主義者だ。戦争反対・軍備反対。だけど、なぜか軍艦ものが好きだ。人間は矛盾に満ちた存在だ。
 生まれながらの平和主義者だった息子が、いつの間にやら銃器マニアに育っているのもなぜだ? 言っておくが、私のせいではない。息子のヘンな進化に気付くまでは、銃器や兵器の話なぞ、家の中ではしたこともなかったし、BB弾のピストルのおもちゃだって持たせたことは無かったのだ。
 そういえば、どう考えても反戦主義者だろうと思える宮崎駿氏も、戦闘機への憧れが捨てられなかったように。
 戦うという目的のためだけに作られた無駄な無機物に、どうして人は愛を感じてしまうのだろうか。
 ひょっとして、そうやって、創作と空想の世界に野蛮な欲求を昇華させることで、本能的な闘争心を宥めているのだろうか。

 しかし、この気持ちはやはり「愛」。船の代名詞が『彼女』なのにも心震える。
 というわけで。動いている戦艦見たさに映画を見る。ストーリーは二の次でよし。操舵号令にうっとりとする。
戦争映画の傑作。ロバート・ミッチャムの駆逐艦艦長とクルト・ユルゲンスのUボート艦長が、海面の上と下で頭脳戦を繰り広げる。大好きなシーンはなんといっても、敵潜水艦から放たれた二本の魚雷の航跡が、艦すれすれに通り過ぎていくシーン。『Uボート』が戦争の悲惨を描いているとすれば、こちらは娯楽映画のレベル。Uボートの艦内もこぎれいで、映画『Uボート』との描き方の違いを感じる。原作のシビアさと比べても、あっかるいアメリカ映画の仕上がりだが、米海軍の協力を得て作成された本物の駆逐艦の爆雷投下シーンは圧巻。


『バトル・シップ』
近未来SFのくせに、戦艦ミズーリが主役。老兵がそりゃあ楽しげに艦を操ってる。ボイラーに点火するシーンがお気に入り。「耳をふさいどれよ!」 字幕・日本語吹き替え、どちらも味わいがある。戦艦が波を蹴って進むシーンが壮観。一番好きなのは、窯の火が落ちて死んでいた艦に電源が入り、息を吹き返えしていくところ。




『Under Siege』
こちらも戦艦ミズーリ。第二次大戦中に就役した戦艦が、近代化改修を経て湾岸戦争時まで活躍していたとは知らなかった。バトル・シップはミズーリがハワイで記念艦になってからの話だが、こちらは、退役前最後の航海で艦内で反乱が起きる話。スティーブン・セガールがマイペースな奴で面白い。ヒロイン役の女優さんが、とても美し可愛い。
 この映画の見所はなんといっても主砲をぶっ放すところだな。揚弾機で弾薬を砲尾まで持ち上げて、装薬して撃つ。ダグラス・リーマンの小説を読んでいても、実際の揚弾の様子なんてわからなかったからね。なるほど〜、と。


こちらは、米攻撃型原子力潜水艦。一番お気に入りのシーンは、前半、潜水艦の出航シーン。「よし、潜ろう」「ダイブ・ダイブ」のかけ声で、艦長、副長、その他幹部士官が発令所の海図台(?なのか)の前と横に前方を向いて陣取り、腕を組んで直立不動。潜行する艦が前のめりに斜めになっても、潜水艦乗りの誇りにかけて、どこにも掴まったりするものか、と体を斜めにして踏ん張るシーンが、大好き。あと、ラストシーン、ロシアの駆逐艦隊(多分)に護衛されて真っすぐ北海洋上を航行する、USS《アーカンソー》。字幕、日本語吹替え、どちらも味わいがあるが、日本語吹替え版は、細かいセリフで状況説明を自然に補ってくれていて、俳優の細かい表情や小さな目配せなどの仕草の意味がはっきりして印象が際立つ。良い翻訳だと思う。ちなみにとってもハンサムな航海長のパークは韓国系の朴さんだろうな。


原作『駆逐艦キーリング』 第二次世界大戦に米国が参戦して間もない1942年初旬。大西洋はドイツのUボートによるウルフパックに席捲され、連合国側の通商網は大打撃を受けている。護送船団を組み、それを護衛する米駆逐艦《グレイハウンド》とコルベット艦。お気に入りのシーンは、戦闘とかではなく、ラストの梯型で洋上を進むグレイハウンドと僚艦だったりする。
2020年に航海、ではなく公開予定だったが、コロナのあおりで劇場公開はされず、アップルTVが独占配信。映画館の大画面・大音響にかぶりつきで、荒天の荒波を頭から被る勢いで鑑賞するのを1年も前から楽しみにしていたので、残念ではあった。
アップルTVは、最初の試聴期間はタダなので、ユーザーでない方もぜひ観てみてください。いつか劇場で観たいです。




2019年フランス映画。アメリカの潜水艦映画とはひと味もふた味も違うエスプリ。潜水艦の「音」の世界を垣間見ることができる。有線誘導の魚雷ってこんな感じなのか、とか、沈没する潜水艦からの緊急脱出ってこういうものなのか、とか。小説『ハンターキラー』でも描かれる潜水艦艦長の忠誠心の強さや独立独行の作戦遂行能力の高さゆえに、抑止力としての戦略核の運用を、潜水艦に担わせることのリスクにも考えさせられてしまった。プライムビデオの見放題に入っていないのが残念ではあるが、レンタル料払って見る価値アリの名作だと思います。
おまけ『Uボート』
これは「楽しむ」映画ではない。戦争の悲惨さに愕然とするための映画。戦争映画で思わず高揚してしまったら、これを観て反省しよう。



2021年9月19日日曜日

0295ー96 暗殺者の献身 上・下 (ハヤカワ文庫)

書 名 「暗殺者の献身 上」「暗殺者の献身 下」 
原 題 「RELENTLESS」2021年
著 者 マーク グリーニー  
翻訳者 伏見 威蕃  
出 版 早川書房 2021年9月 
文 庫 上下巻各 448ページ 
初 読 2021年9月19日 
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/101314956   
ISBN-10 上巻:4150414858/下巻:4150414866 
ISBN-13 上巻:978-4150414856/下巻:978-4150414863 
 ターゲット(機密情報を持ち逃げして潜伏中の元CIAアナリスト)に接近するためにプエルトルコに潜入したザックが身バレして秘密警察に逮捕・連行される。
 隠密に動かせる手駒に窮したハンリーは、病気療養中のコート・ジェントリーを極秘の医療施設から引き出だした。コートは、ロスで負った左肩の刺傷が感染を引き起こしたせいで手術を受け、いまだ体内から一掃できない細菌を片付けるために抗生剤の点滴を続けており、まだ最低でもあと数週間の入院加療が必要な状況だった。

 すでに無双を極めているグレイマンことコートランド・ジェントリー、前回の私的作戦でも多勢に無勢だったがすでに読者は究極の安心感。これを打開(?)するためにグリーニーが選んだ手段は、なんとジェントリーの出力50%OFF+生命危機のリミット付き。いつもなら救援に現れる“お父ちゃん”ことロマンティックことザックは監獄の中。やるなあ、グリーニー。相変わらずサドっ気たっぷりである。

 そして、今回の風呂敷がまた、たっぷりとデカい。登場人物と舞台が錯綜するため、めったにやらないことだがメモを作成しながら読む。ついでに言うと、至極シリアルである。前作でおおいに楽しませてくれたオレオレの自分語りはナシで。

 そして、怒濤の下巻。
 今回のジェントリーの様子を表すのに最高の一文がこちら↓

 ジェントリーは負傷し、体の具合が悪く、温め直した死人のようだった。

 でももちろん、温め直した死体であってもグレイマンはグレイマンなのだ。

 そんなわけで、とにかく面白い!下巻はもう、ノンストップである。上巻でたっぷり広げた風呂敷を、畳むどころかばっさばっさと振り回す!
 普段はネタバレ満開なレビューばっかり書いてるけど、これは絶対にネタバレしない!とにかく面白かったと断言できる。シリーズ最高傑作であろう。なんか誤植あったような気もしたけど、気にしない!ハリウッド映画ばりばりで映像が目に浮かぶ。暗闇での銃撃戦も、大規模戦闘も殺戮も、爆弾攻撃も、短距離速射も遠距離狙撃も全部、ぜーんぶぶっ込まれてる。映画化してくれ。大画面で。大音響で!なによりザックがめったくそかっこいい。ジェントリーを完全に喰った。いやあ、お父ちゃん大好きだ!
 みんな早く読んでくれ!まだ手に取っていない人は、明日書店に駆け込むべきだ!

2021年2月11日木曜日

0257 夜と霧(新版)

書 名 「夜と霧」(新版) 
原 題 「EIN PSYCHOLOGE ERLEBT DAS KONZENTRATIONSLAGER 」1977年 
著 者 ヴィクトール・E・フランクル 
翻訳者 池田 香代子
出 版 みすず書房 新版2002年11月 
初 読  2021年2月8日
単行本 184ページ
ISBN-10  4622039702 
ISBN-13  978-4622039709

 あまりに静かで穏やかな文体に、これが史上類を見ない民族虐殺の場で起こったことを語っているということを、うっかりすると忘れてしまいそうだ、と思った。写真や別の記録などを手元に置いて、両方を見ながら読んだ方が良い。


 家畜よりも残忍な扱いを受け、人間性と尊厳を極限までこそぎ取られてなお、大自然の雄大さや夕日の美しさに感嘆する精神がある。ユーモア、ほんの少しの笑いが魂を生き延びさせることを知っている人が側にいて、救われたひとがいることだろう。
 著者が冒頭で語っているとおり、ホロコーストの残虐さ、「壮大な地獄絵図」は描かれない。なぜならそれらを語った証言や証拠はこれまでにいくたびとなく提示されている。この本で著者が描き出そうとしたのは、“一人ひとりの小さな、しかしおびただしい苦しみ”、それが人の精神をどのように切り刻んでいったのか、それでもなお残る人間性はどのようなものだったのか。個々人の力では抗いようのない残酷な命の瀬戸際に立たされた時に見いだされた人間の精神の崇高さを語り出していく。
 これまで知らなかったこともあった。
 かまど(死体焼却炉)のない小規模な収容所に送られることが、幸運であったこと。
 被収容者があちこちの収容所をたらい回しにされていたこと。
 ユダヤ人を根絶することが目的であった収容所でも、「病気療養棟」があり、チブスなどの患者が隔離収容されていた。無きに等しいとしても、微々たる薬の配給があり、囚人の中から医師が配置され、収容所としての体裁を整えるために組織的・計画的に収容所が運営されていた。そして、そこに隔離されることは、夜間や氷点下での土木作業に出なくてもよいことであり、「幸せ」なことであったこと・・・・・(後半の記載から、この薬は、この収容所の所長であったSS将校のポケットマネーで賄われていたものかもしれない。この所長は、公正な人間であったとして、収容所開放後、被収容者が、連合軍側に対して彼の身の安全の保証するのでなければ引き渡さない、としてかばった。そして、本文では書かれていないが、このかばった張本人はおそらくフランクル自身であろう、と後書きより)

§いい人は帰ってこなかった・・・・
「収容所暮らしが何年も続き、あちこちたらい回しにされたあげく一ダースもの収容所で過ごしてきた被収容者はおおむね、生存競争の中で良心を失い、暴力も仲間から物を盗む事も平気になってしまっていた。そういう者だけが命をつなぐことができたのだ。何千もの幸運な偶然によって、あるいはお望みなら神の奇跡によってと言ってもいいが、とにかく生きて返ったわたしたちは、みなそのことを知っている。わたしたちはためらわずに言うことができる。いい人は帰ってこなかった、と。」 

§生きる続ける為に、死と苦しみに与えられた意味—問いと意味の反転—
 生きつづけることが出来なければ、この苦しみには意味がない、という思いは、やがて、自分に与えられたこの苦しみを受け止めることがすなわち、生きつづける意味につながる、と反転した。生の意味は、死やそこに至る苦しみまでも内包するものになる。

「わたしたちにとって生きる意味とは、死もまた含む全体としての生きることの意味であって、「生きること」の意味だけに限定されない、苦しむことと死ぬことの意味にも裏付けされた、総体的な生きることの意味だった。」p.131 

§深まる思索
 「生きること」が自分になにかを「期待している」。自分が未来に何かを期待するのではなく、未来が、自分に果たすべきなにかを求めている。自分からは生きることに何かを期待することはもはや出来なくなってしまっても、逆説的に「何かが」自分を待っている。「生きること」が自分に何かを「期待している」と思うこと、思わせることは可能だった。
 そして、そのような形で未来に存在する何か、を明瞭に思い浮かべる事ができた人々は、生き抜く事ができた。

「生きることは日々、そして時々刻々、問いかけてくる。・・・・ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を満たす義務を引き受けることにほかならない。」p.130 

 「ひとりひとりの人間にそなわっているかけがえのなさは、意識されたとたん、人間が生きるということ、生きつづけるということにたいして担っている責任の重さを、そっくりと、まざまざと気付かせる。自分を待っている仕事や愛する人間にたいする責任を自覚した人間は、生きることから降りられない。まさに、自分が「なぜ」存在するかを知っているので、ほとんどあらゆる「どのように」にも耐えられるのだ。」p.134 

§善悪の境界線は集団の間には引けない
 監視する側、被収容者の側というだけでは、一人の人間についてなにも語ったことにはならない。善悪の境はひとりひとりの人間の中にあり、人間に対して人間らしく振る舞うということは、つねにその人個人のなせるわざ、モラルだった。卑小で残酷で嗜虐的な人間はいずれの側にもいて、そういう人間を(被収容者の中から)選別し、監視者に仕立てることで、収容所のヒエラルキーは成立していた。一方で、公正で人間らしい人物も、たしかにSSの中にすらいた。

「この世にはふたつの人間の種族がいる。いや、ふたつの種族しかいない。まともな人間とまともでない人間と、ということを。このふたつの「種族」はどこにでもいる。」p.145   

§解放されたものの心理
 解放されたからといって、苦痛の全てがおわり、幸福が訪れたわけではない。解放された被収容者には、心理学的にいっても困難な状態が続いたし、自分たちが体験した苦痛に対する、周囲の反応のギャップに苦しんだ。また、自分達の苦痛や苦悩を、他者に転嫁することで満たされようとする心理に陥る者も多くいた。いつか再会することを、微笑んで迎えてくれることを夢に描いていた愛するものや、大切なものごとが全て失われていた。 



 こうした思索すら、最初の「選別」を経て、10人の内のひとりになったからこそ可能だったことを、後年彼の体験を追想しようとしている者は忘れてはならない。
 1100万人のヨーロッパ・ユダヤ人のうち600万人が極めて組織的に、殺害された。
 かれらを個人の倫理観で小さな単位の中で守ろうとした人々は沢山いたが、組織的に対抗しようとした人々、もしくは集団は少なかった。
 家畜用貨車に詰め込まれて何日も掛けてアウシュビッツやそのほかの絶滅収容所に送られた人々のうち、一番弱い人々は、貨車の中で絶命した。そして、貨車から降ろされたときに、選別され、労働力と見なされなかった病人、老人、幼い子どもなどの弱者は、そのままガス室に送られて殺害され、焼却された。または、銃殺され、穴に落とされれ埋められた。
 焼却炉の骨は同胞の囚人の手で砕かれて近くの川に捨てられた。
 収容所に送られた者のうち生き延びたものは数パーセントだった。この本は、そのごく少ないうちの一人によって、思索され、記述されたものである。この本を読む私達は、彼の体験と思索を追体験するとともに、彼にはなれなかった大多数の人にも思いをはせなければならない、と思うと同時に、他人事ではなく、我が身や、自分が所属する集団や民族でもおこりうる、そして被害を受ける側ではなく迫害者となりうることを真剣に考えなければならないと思う。

2021年1月9日土曜日

0247 祖国なき男 (創元推理文庫)

書 名 「祖国なき男」 
原 題 「ROGUE JUSTICE」1982年 
著 者 ジェフリー・ハウスホールド 
翻訳者 村上 博基 
出 版 創元推理文庫 2009年11月 
初 読 2021年1月 日 
文 庫    288ページ
ISBN-10 : 448823903X 
ISBN-13 : 978-4488239039

 前作『追われる男』の続編。なんと前作から42年後、著者82歳での続編執筆とのこと。それだけでなんだか凄い、と思えてくる。
 さて話は、主人公“わたし”の親友であり、管財人でもあった弁護士のソウル・ハーディングによるプロローグから始まる。時は1942年。前作のヒトラー暗殺未遂に引き続く一連の事件が1938年の出来事であったことも判明。
 なんとゲシュタポに捕らえられた“わたし”が仮収監されていた警察署(?)が英国空軍の空襲により倒壊し、地下牢から脱出するところから始まる。あれ、ヒトラー暗殺の冒険活劇ではないの?またもや逃走劇なの?と思いつつ、この濃厚な一人語りは勢いで読まないときっと挫折すると思って読み進める。

「わたしはドイツの将兵には尊敬の念しか抱いたことがない。彼らにとって、自分たちが守るのは祖国であり、地獄から生まれた体制ではないのだ。」

 これも、戦後40年近く経ったからこそ、書けた一文かもしれないな。

 一つ疑問に思うのは、なぜ、3年の忍耐と偽装ののちに、ヒトラー暗殺を断念したのか。これだけ粘り強いのだから、初志貫徹したほうが何かをなせる可能性は高かったのではないだろうか。なぜ帰国し判りやすい(言うなれば安直に)戦争に参じようとしたのか。
 Ⅰ章で、頭の最初の危機———ゲシュタポによる逮捕拘留ーーーが、英国で参戦するためにスカンジナビア経由で帰国を目指したものの、ドイツのスパイとしてイギリスに拒絶されて送還された直接の結果だというのが、皮肉でしかない。ここから、怒濤の逃走劇が展開するわけだが。
 ロストク爆撃→シェチェン→アウシュビッツ→クラクフ・・・・なんだろう、この行き当たりばったり、口八丁手八丁でどこまでもいっちゃう感じは、どこかで、と思ったらヴォルコシガン・サガのマイルズ『戦士志願』と似ていなくもない、か? もっとも状況はこちらのほうが狂気じみていてかなり熾烈だ。そして、この強烈な生き残りに賭け、一人だけの戦争を続けるあり得ないほどの闘志がどこから生まれるのだろう。


2021年1月8日金曜日

0246 追われる男 (創元推理文庫)

書 名 「追われる男」 
原 題 「ROGUE MALE」1939年 
著 者 ジェフリー・ハウスホールド 
翻訳者 村上 博基 
出 版 創元推理文庫 2002年8月 
初 読 2021年1月8日 
文 庫 254ページ 
ISBN-10 4488239021 
ISBN-13 978-4488239022

 ポーランドで一人でスポーツハンティングをしていた英国貴族の“わたし”は国境を越え”隣国”に潜入する。そこでライフルのスコープに捕らえたのは“ポーランド隣国”の要人。しかし引き鉄を引くに至らず、かえって要人暗殺未遂犯として警備の秘密警察に捕らえられ凄惨な拷問を加えられる。殺害されるところをからくも生き延び、イギリスの貨物船に密航して帰国。しかし、某国の捜索の手は故国にまで伸びてきていた・・・・・ 
出版は1939年、舞台となっている時代はその数年前か。主人公も某国要人も某国の名前も明かされないが、「ポーランド隣国」がドイツであり、要人がヒトラーであろうことは読んでいるとわかる。 

 前半は某国からの逃走劇、中盤はイングランド南部ドーセットの農村地帯での野宿・潜伏、終盤は反撃からの快走。終盤までの閉塞感と重圧感がすごい分、終盤の反撃・逃走のカタルシスが圧倒的。
 最後に手記の結びとして、“わたし”はもう一度ハンティングを行う為、そして今度は都市部で中距離の速射でそれを行うため、某国に入国することをほのめかしている。これでは、後年書かれたという続刊を読まないわけにはいかない。


当時の世界史年表を抜粋
1925年 ヒトラー『わが闘争』
1930年 総選挙 ナチス躍進
1932年6〜7月 ローザンヌ会議(ドイツの賠償額が決定)
               7月 総選挙 ナチ党第一党となる
1933年  1月    ヒトラー内閣成立
        3月    全権委任法成立
1934年  8月    総統ヒトラー
1935年  3月    再軍備宣言
1936年  3月    ラインラント進駐
1937年11月日独伊3国防共協定成立
1938年  3月    ドイツ、オーストリア併合




2020年10月6日火曜日

0223 孤独の海

書 名 「孤独の海」 
原 題 「THE LONELY SEA」1985年 
著 者 アリステア・マクリーン 
翻訳者 高津幸枝他 
出 版 早川書房 1992年12月 
初 読 2020/10/6
 
『女王陛下のユリシーズ号』のアリステア・マクリーンの唯一の短編集。処女短編『ディリーズ号』、ドイツの誇るビスマルク号が沈むまでの数日間『戦艦ビスマルクの最後』 他。

『ディリーズ号』
とても良かった。
わずか13ページの短編であるが、文中では語られない、じいさんと二人の息子の人生がありありと思い浮かぶ。妻に先立たれた船乗りが、残された幼い二人の息子を男手ひとつで育てあげる。おそらく、海に長く出ている間は近所の農家の奥さんに息子達は預けられたかもしれない。息子達に慕われ、尊敬される船乗りの親父。息子達は父親の背中を見て真っ直ぐに育ち、やがて彼らも船乗りになる。二人は救助艇に乗組み一人は艇長となる。荒れた海にさらわれた見ず知らずの幼い兄妹を、見過ごしにはできない父親譲りの正義感。そのような息子達を誇りにする父親。こんな事は事細かに一言も書かれていないが、そうであろう、と老船乗りグラントじいさんの背後に語られない人生が浮かび上がってくる。
 そして嵐の夜の荒れた波間に、息子達と、筏に乗せられた子供達を見つけたとき、グラントじいさんは、息子達が助けようとした幼い兄妹を荒れた海からすくい上げることを選択する。助けられるチャンスは一度だけだった。無情というのも軽々しい、万感の思いが軍艦ユリシーズの最後に通じる。

『ラワルビンジ号の死闘』
 ちょっと気になった一文だけ。「手に入れた情報の正確さと完璧さに匹敵するのは、その情報がベルリンへ送られる迅速さくらいのものだろう」・・・・・日本語として、どうよ。原文読んでいないからちょっとわからないけど。「手に入れた情報の正確さと完璧さと並んで、その情報がベルリンに伝達される早さも比類ないものだった」くらいが自然な感じだろうか。

ドイツが誇る〈シャルンホルスト〉と〈グナイゼナウ〉の試航海の餌食になった英国武装商船ラワルビンジ号の悲劇。再三のシャルンホルストからの降伏勧告に応ぜず徹底抗戦を図り、撃沈。なんというか、あまりに文章が淡々としていてこの行動をどう受け止めるべきなのか困る。結局240人の経験豊かな乗組員が船と艦長と運命を共にした。玉砕は日本軍の専売特許じゃなかったんだな、と改めて思う。

『戦艦ビスマルクの最後』
ドイツが誇る戦艦ビスマルクと、イギリス人の誇り、戦艦フット。どちらも誤った情報と、指揮官の驕りや判断の誤りの集大成の結果沈んだのか?イギリスの戦艦フットが、あたかも日本人にとっての戦艦大和のような、海軍を象徴する艦だったことが良く分かる。それを沈めたビスマルクを執拗に追いかけるイギリス海軍。しかし、丹念に双方の証言を重ねれば、見えてくるのはイギリス側もドイツ側も誤認と失策を積み重ねた挙げ句の「戦果」だったようだ。

【備忘録】デンマーク海峡
 アイスランドとグリーンランドの間の海峡。なぜここがデンマーク?と思ったので調べてみた。アイスランドは1918年に独立するまでデンマーク領で、グリーンランドは今もデンマーク領なんだそうだ。そうだったっけ。そうだったんだ。現在の国土の大きさで舐めることなかれ、デンマークはかつては海洋国家。学生時代は、地図帳を見ても,陸しか見ていなかったような気がする。しかし、バルト海の出口に位置し、北海に直面し、さらにドイツにフタをする格好のデンマークは、どう見ても軍事・通商の要衝ではないか。イギリスを海洋国家として見るべきであるように、ヨーロッパ史を海を視点の中心に据えると、これまで勉強してきたものからだいぶ違ったものが見えてくるのだろうな。

さて、このあと数話読んだが、艦が次々に沈む描写に気持ちが滅入ったので、今回はここまで。

2020年9月30日水曜日

0222 奇跡の巡洋艦

書 名 「奇跡の巡洋艦」 
原 題 「The Iron Pirate」
著 者 ダグラス・リーマン 
翻訳者 大森洋子 
出 版 早川書房 1992年2月
初 読 2020/9/30

 リーマンもだいぶ読み尽くしてきて、いよいよドイツ側の一冊。同じような語り出しだが、やはり空気感が厳しいと感じるのは舞台がドイツだという先入観があるからかな。
 何しろ、ドイツ艦だ。辛い結果になるに決まってる。もう、鷲舞を読む時のような覚悟でこっちは臨むのだ。なのになのに、いつものリーマン節である。
 原題のThe Iron Pirate(鉄の海賊)は、寡黙な艦長、主人公ディーター・ヘヒラードイツ海軍大佐に部下達から奉じられていた異名である。ヘヒラーはドイツ重巡洋艦《プリンツ・ルイトポルト》の艦長で、この頃、すでに艦は「奇跡の巡洋艦」との評を得ていた。
 巡洋艦リューベック号も出てきて、あれ、リューベック号って、他の本で誰かの駆逐艦に沈められていなかったっけ?リーマンは結構、敵艦も味方艦も、艦名を使い回す。それとも対戦相手は、あの駆逐艦なのか?しかも、すでに10冊以上リーマンを読んでいて、始めの頃に読んだ駆逐艦本は、もはや頭のなかでエピソードが混ざってしまっている。
 悲劇ははなから折り込み済みなので、できれば格好良い「ロマンチックな愚か者」を堪能したいところなのだが、そこはリーマンなので、今回は極めつけにイヤな身内の敵、ライトナー司令官が終始同乗している。これがとにかくイヤなやつ。そして、ライトナーがユダヤ人の富豪を殺害して略奪した財宝と、それにまつわる様々な欲と思惑。妻の不貞を知っているヘヒラー、それに関わりのある艦医、ゲシュタポに妻を拘束された副長。巌のようにあるべき艦長とその副長を悩ます心の揺らぎ。心と意志を一つにして強固に団結しているべき艦に入り込むきしみ。まるで靴の中に入った小石のように、いらいらチクチク、異物感が半端ない。

 そこに艦に同乗する女性パイロット。まあ、恋に落ちるよね。リーマンだもの。負傷して艦長室を病室にするエリカと、彼女を見舞う艦長ヘヒラー。見ぬふり、聞かぬふりで廊下を見張る歩哨の様子に、いかにヘヒラーが部下に慕われているかを感じる。前半はとにかく煮え切らず、ぐだぐだと悩んでいる様子だったヘヒラーも、英国海軍との戦闘に及んでは、鉄の鉄たる所以を示し、そして彼の船、ドイツの重巡洋艦は、戦い敗れて大西洋に沈むのだ。艦に与えられた命令は、名誉の「自沈」。しかし、ヘヒラーは、総員退艦を命じ、自らも沈むプリンツ・ルイトボルトを見送る。
 捕虜となり、ヘヒラーは英国の捕虜収容所で終戦を迎える。やがて、荒廃した祖国に戻った彼を待っていた者が。ヘヒラーとエリカが、どのような戦後を生きたのか、その物語の予感で物語は閉じる。

2020年9月7日月曜日

0221 砲艦ワグテイル(創元推理文庫)

書 名  「砲艦ワグテイル」
原 題  「Send a Gunboat 」1960年
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 高橋泰邦
出 版 東京創元社 1982年2月

 ついに出た(´∀`)。伝統のアル中艦長!初っ端の危機には、気弱で屈折した退役間際の副長ファローが思いの外いい奴で、泥酔したロルフ艦長を渾身で世話してくれたのでホッとした。いやあ、命令書持って参謀が来艦というのにいきなりの艦長ご乱行で、どうなる事かと(冷汗)。
 はっきりと年代は書いていないが、女王陛下の砲艦(HMG?)と名乗っているからには1952年(エリザベス女王の即位)以降か。そういえば、ロルフが朝鮮戦争にも参戦したらしいことが書いてあったので、1953年以降、ほど近い頃の話だと思う。酒に逃げる余裕があるのが平時の証かもしれん。同じ寝取られでも「輸送船団を死守せよ」のマーティノーが苦悩を抱えたまま自沈攻撃に及んだことを考え合わせると、泥酔して艦をドッグの側壁にぶつけるのは平和のなせる技かもしれないし、アル中艦長は戦争中のモチーフではないのだろうな。何はともあれ面白い。リーマン、流石です。
 WW2終結後、勢力拡大と固定化を図る中国共産党(いや、今もか?)。台湾の先、陸地にほど近い国民党旧勢力が支配する小島に、入植した英国人の小集落がある。中共の動きが怪しいので事を構えずに英国人を脱出させたい。ロクな港もない小島に接近できるのは、退役間際の河川用砲艦である老艦ワグテイル号。艦長は何かの事件を起こして軍法会議の末に左遷されてきた男である。
 さて、この男、乗艦してすぐにタチの悪いアル中と知れる。
 もう二度と飲むまい、と決意する側から酒の誘惑。艦長の社交には酒がついて回るし、ロルフがグラスを持つ毎の、読んでるこちらの緊張感と言ったらない。
 しかしこの男。
 酒さえ入らなければ、冷静沈着、勇猛果敢な生え抜きの海軍士官なのだ。
 酒に溺れた原因は、心の底から愛して、崇拝していた妻の浮気。生真面目一本な男には辛すぎた現実。こんな男を癒やすのは、戦いと女しかない。なにしろリーマンだし。そんなわけで、彼には過酷な成り行きが用意されている。艦長が一人で艦をはなれて中共が侵攻して戦闘状態の島に潜入したり、女を助けたり、海を必死で泳いだり、そんな艦長に、一人の忠実な少年が付き従ってすんでのところを助けたり。と冒険活劇モードがふんだんに盛り込まれています。そして、アル中から立ち直った彼の側には、美しい女性が。リーマン節です。

2020年8月23日日曜日

0218  燃える魚雷艇

書 名 「燃える魚雷艇」 
原 題 「A Prayer for the Ship」1958年 
著 者 ダグラス・リーマン 
翻訳者 中根 悠
出 版 徳間文庫 1988年2月

 記念すべきリーマン処女作。さすがに若い頃の作だからか、翻訳の違いなのか、描写が丁寧。
 主人公クライヴ・ロイス中尉、志願予備役でなんと任官3ヶ月目の20歳!このまだ未熟な中尉が魚雷艇に着任するところから始まり、一人前の魚雷艇艇長に成長するまでを、もちろん恋愛付きで、懇切丁寧に描写してます。
 彼が尊敬するハーストン艇長もまた若い。23歳。ですがすでに歴戦の勇士の貫禄を備え、ロイスを導き、艦を指揮する。小さな魚雷艇のこと、士官は艇長と先任の二人のみ。あとは下士官と水兵。つまり、ロイスは初心者なれど先任士官なのだ。激しい戦闘の中で、ハーストン艇長がロイスに艇を託して絶命。その後ハーストンには一人妹がいたことが判明。もちろん、ロイスにとって忘れられない女性となる。後任の指揮官はカービー少佐でこれが教条主義のイヤなやつ。カービー指揮下で闘う中で、ついに被弾し艇を喪う時がくる。ドイツ軍トロール船を道連れにしたものの、ロイス自身も重傷を負って死にかける。ここまでが前半。
 救助→治療→回復の過程の描写も丁寧で、後のリーマンが用いる、断片的に情報を提供して読者の想像にぶん投げる手法はまだ見えない(笑)。

 さて、後段は、百戦錬磨の魚雷艇乗りとして自艇を操るロイスの活躍と、恋愛模様。大尉に昇進し、殊勲賞を受け、最新のフェアマイル型魚雷艇を預かる艇長としての成長が語られる。
 ハーストン艇長の妹ジュリアと恋仲になり、クリスマスにジュリアを乗せてちょっとした冒険もしたりして。ドイツ駆逐艦やEボートとの激しい戦闘。港への帰還。突堤で入港してくる艇隊を見つめるジュリア。再会と抱擁。
 処女作とはいえ、やはりリーマンの全てが詰まってました。(正し、不倫と未亡人をのぞく(笑))。なにしろ主人公達が若いから!青春モード全開でした。

2020年8月9日日曜日

0214  起爆阻止

書 名 「起爆阻止」 
原 題 「Twelve Seconds to Live」2002年 
著 者 ダグラス・リーマン 
翻訳者 高沢次郎 
出 版 早川書房 2004年3月

 リーマン御大80歳、35作目の作品で、年寄りの昔語り宜しく筆の遊ぶまま悠々自適な書きっぷりである(笑)。細かく時間を刻んで話が前後するので読んでいると迷子感が半端ないが、とりあえず面白い。
 主人公デイヴィッド・マスターズ少佐は老成して見える29歳。
 時折触れる頬の傷跡。元潜水艦乗り。かつて新造艦の指揮官として出航、港の鼻先で初潜行しようとしたその時、触雷して艦が沈没。まだ艦橋にいたマスターズは海に投げ出されて助かったが、部下は全員が艦と運命を共にした。一人生き残った罪悪感。喪ってしまった初めての指揮艦と年若い部下達。港は掃海してあったはずだった。
 死んだ部下達への贖罪から機雷処理の道を選び、危険な現場で働く部下達を常に思いやり、時には体を張って守る。マスターズはそんな人。
 もう一人の主人公は現部下のモーターランチの艇長フォーリー。そしてもちろん恋愛もある。だってリーマンだし、必需品なのだ。フォーリーの恋人はマスターズの潜水艦で死んだ乗組員の妹で、マスターズの運転手を務める婦人部隊員。マスターズだって当然恋愛する。だってリーマンだから。さてそんなマスターズが陸から海に戻った命がけの特殊任務。ラスト、主人公は死なないリーマンだと信じていたのに海に浮かんで動かないマスターズの描写に胸がきゅっとなる。
 後段、フォーリーは昇進し最新型の機雷敷設艇の艇長に。彼はマスターズの部下なのだが、マスターズが特殊作戦に組み込まれたため、ラスト数ページに至るまでほとんど作中での絡みがない。あそこにフォーリーの艇がなければ、マスターズは間違いなく死亡してたはず。いろいろと語られていない部分も含め、全部リーマン御大の頭の中ではうまく収まってるんだろうな、と感じる。それでもマスターズが滅法格好良いし、フォーリーも頑張ってるし、とにかく面白かった。
 原著のTwelve Seconds to Liveは、機雷の雷管が作動してから爆発するまでの設定時間のこと。ドイツの機雷は一番爆破の効率が良いとして12秒に設定されていたとか。もし機雷が作動してしまったら、この12秒で全速力で逃げ、物陰に身を伏せなければならない。そうそう上手くいくわけではなく、多くの機雷処理士官と兵士が、命を落とした。リーマンが繰り返しテーマに据えたモチーフである。

2020年8月6日木曜日

0213  国王陛下のUボート

書 名 「国王陛下のUボート」 
原 題 「Go in and Sink!」1973年 
著 者 ダグラス/リーマン 
翻訳者 高永洋子
出 版 早川書房 1985年10月

 なんと、英国軍艦Uボートである。英国にとっての幸運と、ドイツにとっての不運が重なり、ほぼ無傷で、拿捕されたUボート。ドイツはこの潜水艦が沈んだとは思っていても、英国に獲られたとは知らない。この僥倖をどう利用すべきか。
 作戦は、大西洋、太平洋を荒らし回るUボート群の補給を担う大型補給潜水艦〈ミルヒクー〉を沈めることから始まる。抜擢されたのは、歴戦の潜水艦乗りスティーブン・マーシャル少佐。
 さてとりあえず今回の据え膳、死んだ親友の妻ゲールがダメだ。地中海で夫の指揮する潜水艦が消息を絶つ。おそらくは機雷。後から帰還したマーシャルが弔問に訪れた時にはすでに再婚して転居済み、相手はエリート士官のシメオン中佐。それなのにマーシャルを呼びつけて、死んだ夫ビルと結婚したのはマーシャルが結婚してくれなかったから、今も私、あなたが好きなの。でも私は家庭が欲しかったのよ。それってそんなに悪いこと?だから今の夫と結婚したの。でもあなたがその気なら・・・・って、なんだこの女?こんなすえた膳食ったら腹壊すって。
 でも、ご安心あれ。ホントのヒロインはもう一人の方。亡命フランス人だが、フランスに残った夫がドイツ軍に協力して新形兵器を作っているらしい。夫と接触し、情報を得るためにマーシャルのU−192に乗って、イタリアへの潜入を図る。今回色事は控えめなれど、英雄気取りはいらないって散々言ってるくせに、彼女を助けるために上陸作戦に及ぶ潜水艦の艦長ってどうなの?でもまあ、これは戦記ではなくて冒険小説だから。。。
 生意気な気取り屋航海長が戦闘中に死ぬのもリーマン的お約束。シメオンとはマーシャルが中佐に昇進して、部下ではなくなった途端に、腕力でぶちのめし、ある種の理解に達したようなのは良かったのか。シメオンの方がどう考えても先任だろうに、階級がそろった途端に殴るはタメ口になるは。行儀の悪い艦長だよ。
 とにかく、ハヤカワにしては珍しくもタイトルで成功していると思うこの一冊。『国王陛下』で時制もOK、意外性でつかみもOK。英国軍にもその存在を知られず、ひとたび海にでれば、英国軍からドイツ軍からも攻撃されかねない、というまさに四面楚歌な状況下で、この見た目も恐ろしい、かつては宿敵であったはずの自艦を愛すべきか、当初気持ちを扱いかねていたマーシャルのラストの台詞が効いている。
 激しい戦闘で回復不能な損傷を受け、微速で航海するU192。放棄するか曳航するか、との英駆逐艦からの問いかけに
 〈国王陛下ノU192ハ、艦隊二復帰スル〉

2020年7月29日水曜日

0212  黒海奇襲作戦

書 名 「黒海奇襲作戦」 
原 題 「Torpedo Run」1981年 
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 池 央耿
出 版 早川書房 1984年12月

 陸(おか)での久しぶりの休暇だったのに、司令部に呼ばれて死んだ戦友の任務の引継ぎを命じられるドゥヴェイン少佐27歳。高速魚雷艇の艇長。その亡くなった戦友の妻が彼に逢いにくる。さあ、リーマンお約束の据え膳だ。彼女の悲しみを癒やすために二人でパブに入る。ロンドンの夜を襲う空襲。ショックを受けた彼女を横抱きにしてホテルに入るいやはやの展開。リーマン節に抜かりなし(笑)。まだ作戦も始まってないぞコラ!これまでに読んだリーマンで一番早い色展開である。
 主人公は絡み金筋の予備役士官組だが、魚雷艇5隻を率いて闘う局地防衛戦の英雄。新聞紙面を飾ったこともある。
 そして次の戦場、黒海へ船も人も中東経由で陸路移動。地図帳もしくは地球儀必携。ヨーロッパと中東と中央アジアの距離感を再確認する。ドイツ支配地域を交わして黒海入りするには、そういうルートになるのか!
 黒海のソ連基地をベースに、ソ連軍と協力して側面からドイツを脅かし、ソ連のドイツ侵攻を援助する為の特殊作戦。ドイツ側もあらたに魚雷艇戦隊を派遣してきた。そこに配置された敵は、奇しくも散々ドーバー界隈で名前を売っていた宿敵リルケのEボート戦隊《ゼーアドラー》。名前を聞いただけで格好よく感じてしまうのは銀英伝の影響か?今回は、珍しく敵の輪郭がはっきりしている。部下達や同僚のべリズフォードとの関係性は気持ちよく、協力するソ連側将校は得体も底も知れないが、どうやらドゥヴェインを気に入ってくれているらしい。チームワークよくやっていけそうなのに、そこを削りにくる身内の敵、無能で教条主義な上官。極限の前線で制服の着こなしや帽子のかぶり方に因縁をつける士官はろくでもないに決まってる。隠密行動上等の“名無し”状態で、5隻見分けがつかなかった魚雷艇にでっかく船体に番号を描かせたのが、その後の囮に利用するための布石だったとしたら、この男やはり許せない。
 重傷を負い一端戦線離脱、戦友の真の自殺理由が明らかになり、僚艦を失い部下達は戦死していく。前線の悲哀であるが、ラストは冒険小説の王道。リーマン節。

2020年7月11日土曜日

0208 巡洋戦艦リライアント

書 名 「巡洋戦艦リライアント」
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 大森洋子
出 版 早川書房 1998年

 レナウン級巡洋戦艦リライアント(レナウン、レパルスに続く架空の三番艦)が主役。もちろん艦長であるシャーブルック大佐39歳が表向き主人公なんだが、読んでいるうちに、この物言わぬ大艦が艦長に身を委ねている感じがひしひしとしてくる。

  シャーブルックは前の指揮艦だった巡洋艦ピラスを北極海で喪った。
  護衛航海中、遙かに火力に勝るドイツ巡洋艦3隻とたった1艦で交戦。救援に来ると言われていた味方の大型艦は現れず、ピラスは集中砲火を浴びて氷の海に沈む。乗員450名のうち生き残ったのは艦長含め8人のみ。 その後、怪我と喪失の痛手から回復したシャーブルックは、巡洋戦艦リライアントの新艦長として任命される。

 リライアントは、戦隊旗艦であり、ピラスが沈んだ時に救援に現れなかった巡洋戦艦の一隻だった。自殺した前艦長はシャーブルックの親友でもあり、親友の救援に駆けつけることができなかった自責の念が自殺に関係しているのか・・・とは、作中では言及されていないものの、十分考えられることではある。冒頭から因縁深い新艦長とリライアントである。

 戦隊旗艦であるからには、クセのある少将を頂き、艦の指揮権に干渉を受けつつも艦を掌握し、艦と次第に心通じる艦長。まるで小型艦を操縦するように巨大な巡航戦艦をコントロールする描写が良い。

 さてこのリライアント、作戦行動中に舵が効かなくなったり、機器が故障したりするやっかいなお嬢(この際、「老嬢」というのは余りに失礼)である。むろん、整備不良が原因の故障ではあるのだが、おかげで撃沈を免れたり、絶好の交戦海域に出たりする。
 艦橋でそんな彼女(の艦長イス)に手を添えたシャーブルックが「落ち着け、いい子だから。お前の言いたいことはわかった」と囁く。船の代名詞がsheで、無骨な戦艦が美女にたとえられるのが、これまで日本語の語感だといまいちピンとこなかったけど、リライアントは間違いなくツンデレ淑女。別に「艦これ」のシュミはないが、擬人化してもいいレベルでリライアントがかわいいと思える。

 艦隊司令である少将は、かつてシャーブルック、自殺した前艦長のキャヴェンディッシュと3人で、大尉としてリライアントに乗り組んでいたこともある人物で、人となりは知れている。武勲よりはあの手この手の世渡りと自己演出で出世してきた我欲の強い人物である。
 シャーブルックは口数は少ないが自分の主張は静かに通すタイプで、もちろん少将とは水と油。当初は静かに穏やかに少将を立てていたシャーブルックであるが、やがて対立が表面化するのは避けがたかった。

 さて、そんな艦隊司令と艦長を戴くリライアントはどうするのか。
 なにやら頑固な意志を感じさせるリライアントは、戦隊旗艦のくせして、最後は艦長シャーブルクと対立していた司令官を艦から叩き出したよ。あっぱれである。
 そして、その最後もまた、あっぱれだった。

2017年11月11日土曜日

0069 急降下爆撃

書 名 「急降下爆撃」 
著 者 ハンス・ウルリッヒ・ルデル 
翻訳者 高木真太郎 
出 版 学研M文庫 2002年2月(初訳は 1982年朝日ソノラマ『急降下爆撃』) 
初 読 2017/11/11 
 
【ハンス・ウルリッヒ・ルデル】
1916年 旧ドイツ領シレジアに生まれる
1936年 ドイツ空軍に予備将校志願者として入隊、スツーカ隊を志願
1943年 1000回の作戦遂行に成功
1944年 2100回の作戦遂行に成功
1945年 金柏葉封建ダイアモンド付騎士鉄十字章受賞
1982年 旧西ドイツのローゼンハイムにて死去

この人の略歴については、私が書くよりも、エンサイクロペディアを読んだ方が面白い。ルーデル閣下の顔写真もある。
記事はこちら。エンサイクロベディアにあるまじきことに、事実が書いてあるらしいぞ(笑)

  さて、「鷲舞」を読んで騎士十字章を調べているうちにこのお人を知る。どんな困難な時代や社会の中にも「凄い奴」はいるもんだ、とただただ呆れ(いや、感心)させられた。高いところから飛び降りるのが大好き(?)。とんでもない反射神経。恐れを知らない性格。身体的苦痛よりも行動したいという衝動が勝る。とにかく多動。エネルギー過多。そして溢れる人間的魅力。彼はひょっとすると今でいうところの多動型のADHDだな。あの時代だったからこそ輝いた幾人かの一人に違いないが、もちろん、こういう活躍の場がないほうが平和で望ましいに違いないのだ。

「みずからを価値なしと思うもののみが、真に価値なき人間なのだ!」

2017年10月14日土曜日

0063 エニグマ奇襲指令

書 名 「エニグマ奇襲指令」 
著 者 マイケル・バー・ゾウハー 
翻訳者 田村 義進 
出 版 早川書房 1980年9月 
初 読 2017/10/14 

  Dday前夜の英仏を舞台とした痛快娯楽小説。
 アルセーヌ・ルパンは第一次大戦に軍医として従軍もしていたが、これは“ルパン第二次大戦でも活躍す”って感じの泥棒物。
 そんなだから人物造形が単純だという気もするが、まあそれぞれ魅力的に描かれてはいる。
 老獪な英国軍人、明朗快活なフランス男の大盗賊。勤勉実直で実は詩的で夢見がちなドイツ青年将校。このフォン・ベックだけはなんだか哀れだった。
 英国で服役中の盗賊が英情報部の依頼で仏国内の独エニグマ暗号機を盗み出す!交換条件は自由と大金、という設定もどこかで観たような読んだような。だけど、この話は、細かいことは考えずにワクワク読むのが正しい読み方。最後のオチも、なんとなく初めから見えていたような気もするけど、気にしない!