2020年6月28日日曜日

0207  落日の香港

書 名 「落日の香港」 
原 題 「Sunset」1994年 
著 者 ダグラス/リーマン 
翻訳者 大森洋子
出 版 早川書房 1997年6月

 話は、戦闘の痛手を負ったちょいと影のある新任艦長が新しい指揮艦に乗艦するところから始まる。というもいつものリーマン節。
 今作の艦長はエズモンド・ブルック少佐29歳。
 スペイン内戦から逃れる人の救出作戦に従事中、モーターボートで避難民を輸送していて機雷に接触し艇ごと吹き飛ばされる。足に重傷を負い、2年軍を離れていたが、戦争による人材不足と本人の復帰要望が相まって駆逐艦勤務に復活、副長勤務を経て今回が初の艦長。酷い痛みは取れているらしいが、いまだに片足を引きずっている。
 奇しくも新たな乗艦はかつて新造艦だった時ブルックの父が艦長を務めた老艦サーペント。しかしまだまだ現役の、三本煙突の美しい駆逐艦である。サーペントには、かつてエズモンドの父が指揮を取っていたときに新前水兵だった男が操舵長を務めており、乗艦してきたエズモンドの姿に、かつて新造艦だったころの艦長の姿を見て涙ぐむ。
 艦長と同時に乗艦してきた航海長のカルヴァートは、もと戦闘機パイロットで、戦闘神経症で飛べなくなった男。ヴィクトリア十字勲章受勲者。香港への途中ジブラルタルで乗艦した士官は特殊部隊の爆発物操作のエキスパート。むしろこの香港行きは、彼を送り届ける為なのではないか?で、あれば爆発物専門家が香港で与えられる任務は何なのか。
 きな臭さ満載ではあるものの、大西洋を離れて、まださほど戦局が厳しくない香港への航海では局地戦すらなく、仕事といえば海賊相手の哨戒くらい。しかし、海賊と見えたものが実は海賊を偽装した日本軍であり、狙われた船は蒋介石軍に兵器を密輸していたことも判る。東洋の魔窟は英国人には難解すぎる。

 今回恋愛パートは二組の恋が同時進行。艦長の方は貞操の硬い東洋人女性相手なだけに、手を握る以上進展できないところも、なんか胸が苦しくてよろしい。もう一組は、これも心に傷を負っているカルヴァートである。愛し、愛されて癒やされていくのも、リーマン流。しかし、この二組の恋愛の結末は明暗を分けることになってしまう。
 エズモンドの方は、足を強打したのがきっかけで古傷が開き、艦を離れているときに大出血して倒れ、中国人富豪の娘リャンに助けられる。リャンの父の家で養生し、急速にリャンと接近するエズモンドであるが、実は彼女、かつてイギリス留学中に、今は香港基地の参謀を務めるエズモンドの弟のジェレミー(中佐)と恋仲だったらしい。
 しかも、エズモンドには以前婚約者がいたのだが、足の負傷が原因で、婚約者が将来性のある弟のジェレミーに乗り換えて結婚してしまった、という手痛い経験をしている。そんな体験が彼の足の怪我へのコンプレックスに拍車をかけていたのだが、醜い(とエズモンドが思っている)傷に目を背けずに手当してくれたリャンに心救われたのだ。一方のリャンもジェレミーが結婚してしまい失恋。この二人がくっつくって、まあ、安直な感じはないではないし、エズモンドは弟のお下がりでいいのか?と思わないでもないが、リャンが一途で素敵な女性なので、良いことにする。リーマンだしな。

 一方の航海長のカルヴァートの恋の行方は。
 再び操縦桿を握ったのに、恋人を喪ってしまい、日本海軍駆逐艦に特攻をかけたカルヴァートは、艦を救い、エズモンドの目前で散ったのだ。カミカゼ攻撃は日本軍の専売特許じゃなかったのか?

 パールハーバーの前後の国際情勢を英国視点で香港から眺めるこの話。日本軍の描かれ方はもっと酷くてもおかしくない。というか日本軍の香港侵攻とか全然知識が無かったので、もっと勉強せねば、と思った。ところで、エズモンドは艦長勤務より、艦長の目となり足となり艦内をまめに動き回らなければならない副長勤務の時の方が足が辛かったんじゃないかと思うのだが、よく勤まったな。怪我でリタイアや挫折を経験して、かなり老成していて、読んでいるイメージだととてもおっさんぽくって29歳若者の絵が思い浮かばない。それでも恋愛でちょっと周りが見えなくなったりしてカワイイところがあるし、周りがそれを承知しておおらかに祝福している感じなのも良い。全体的には、こういうのも悪くない、と思える東洋風味の作だった。

2020年6月21日日曜日

0206 輸送船団を死守せよ

書 名「輸送船団を死守せよ」
原 題 「For Valour」2000年
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 高津幸枝
出 版 早川書房 2003年

 グレアム・マーティノー英国海軍中佐、33歳。生粋の駆逐艦乗り。
 一方的展開になった戦闘の中で輸送船団を守る為に自艦をドイツ艦に体当たりさせ、自艦は沈没、自身は負傷し、部下の大半は戦死。この英雄的行為でヴィクトリア勲章に叙勲され中佐に昇進、新しい指揮艦に着任するところからストーリーが始まる。
 実は妻が親友である副長と浮気をしていたことを知っており、部下と艦を犠牲にした自分の指揮は果たして正しかったのか、自分の感情が一瞬の判断に影響していなかったか、と深い疑念と後悔を胸の奥に畳んで、新たな艦と任務に望むマーティノー。噂が早い海軍なので寝取られ男であることはすでに新しい乗艦であるトライバル級駆逐艦ハッカ号の全乗組員が知っている。そして、重傷を負って入院していた、親友であり、妻を寝取った男でもあった副長の死亡の報。決して望んだ形ではないが、一つの決着。
 自艦を喪ったばかりの自分に新たな艦の指揮をとれるのか、ハッカ号の副長は次の艦長となると目されていた男で新艦長の着任は心楽しくないだろう、と諸々不安はあるが、それでも自分にできる海軍の流儀に従って、部下を信頼し部下に自分を信頼させるしかない。
 『殊勲の駆逐艦』と筋立てが似ているという評もあるが、マーティノー艦長という個性は、『殊勲の駆逐艦』のハワード艦長とは違う人となりで一回り逞しさがある。ラストの海戦ではまた自沈攻撃しかけるんじゃないか、とかなりハラハラしたが、最後まで自艦を守り闘い抜いたところも上々な読み応え。
 『殊勲』のハワード艦長はどちらかというと神経が細やかで繊細な人柄で、戦争神経症一歩手前で踏みとどまっている必至さと、それが恋人の存在に癒やされていくところも読みどころだったけれど、マーティノー艦長はもうすこし逞しく、安定感があるところが魅力的。どちらも共通して良いと思うのは、戦闘中に艦自身と意思が通じるような一体感を感じる瞬間が描かれているところ。リーマン節といえば、影のある男(艦長)と過去のある女が定番というが、この本ではそんなにイチャイチャしてません。念のため。

2020年6月16日火曜日

0205 殊勲の駆逐艦

書 名 「殊勲の駆逐艦」 
原 題  「KILLING GROUND」1991年 
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 大森洋子
出 版 早川書房 1996年 

 英国海軍の駆逐艦グラッディエイターの艦長、デイヴィッド・ハワード少佐(27歳)。Uボートが跋扈する、まさにキリング・グラウンド(殺戮の場)、大西洋ですでに長く護送船団の護衛を務めている。直近の任務の後イギリスに帰り着き、今は艦の解体修理と補給を終えたところ。前回の護衛任務は、40隻の船団で出発し、イギリスに辿りついたのはたったの13隻だった。その航海の労苦が、まだ若いはずの艦長の顔に影を落としている。そして、グラディエイター号に届いた次の命令は、「北ソ連」向け輸送船団護衛だった。(なんてーこった。ユリシーズと同じかよ!と、私の心の声。)
 まずは、艦隊の集合地である北の港にむかう。
 それすら、ノルウェーがドイツに獲られて沿岸の制海権がドイツに移っている北海では気の許せる航海ではない。やっと、アイスランドのレイキャビク港に入港。休暇中のほっと息抜きできる場所すらも陸(おか)ではなく、自艦の艦尾にある艦長室であるというハワードは、作戦行動中は使用しない艦長室にやっと向うことができた。艦長室では、従兵ヴァランスが艦長の為に部屋のストーブに火を入れ、フロを沸かしてくれている。艦長の深い疲労を見て取り、この若い艦長が自分たちを港に連れてきてくれた、これからも自分たちを導いてくれる、と信頼を深めるヴァランス。この信頼関係が海軍物を読む醍醐味だよなあ。
 さて、休暇中や陸の上での人間関係と海の上での作戦行動を交互に描くのがリーマン流。
 この北海の輸送船団で戦闘中に散った航空機パイロットの妻(未亡人)がおもむろにストーリーに絡んでくる。なんでかしらんが、ちゃんとハワードが一目惚れするのはお約束なのか?とにかく、一瞬にして、彼女シーリアは彼の忘れられない人になってしまうのだ。
 北海の後は、再び大西洋。
 親しい友の艦が次々に目の前で沈められ、戦闘の過酷さにハワードの精神もだんだん追い詰められていくようだ。戦闘後に手の震えが止まらなくなり、副長のトリハーンは震えるハワードの手を掴んで、彼の代わりにパイプの世話をしてやる。年若く繊細でもある艦長の精神が次第に壊れていくのを見守るしかない。止めの一撃になったのは、かつてのグラディエイターの副官で、ハワードの親友でもあるマラックが艦長をつとめるコルベットが血祭りに上げられたこと。あろうことか、Uボートはコルベットを航行不能にした上で海に浮かべておき、救助にくる僚艦の囮としたのだ。
 救援に駆けつけたグラディエイターに、信号でUボートが近くにいることを伝えた直後、マラックのコルベットはグラディエイターの目前で撃沈された。打ちのめされるハワード。

 ハワードの精神的危機を案じた駆逐隊指揮官ヴィッカーズ大佐は、ハワードに短い休暇を取ることを命じる。そのまま艦の指揮権を奪われ傷病を理由に陸に上げられるのではないかと抵抗するハワードに、ヴィッカーズは、ハワード不在中は自艦がオーバーホールに入っている自分が先任士官として代理で指揮を取る、(つまり、後任人事はしない)と説き伏せる。無理矢理休暇に出されたハワードを迎えたのは、恋人となっていたシーリア。わずか9日間の二人だけの時間。愛し合い、語りあい、心の澱を吐き出すことで、ハワードは心が満たされ、癒やされていく。おとぎ話のようではあるが、これがまた、美しい。
 休暇から戻ったハワードは、副長がおどろくほど自信に満ち、逞しく、安定していた。そして中佐への昇進。ハワードもまた、グラディエイターを離れて、次の階梯に進まねばならない。また、グラディエイターは護衛艦への改修も決定されていた。せめて、愛するグラディエイター号を信頼する副長の手に委ねたいと願うハワードであるが。

 グラディエイターの最後の航海となったのは、機械のトラブルで航行不能となった病院船の救助。病院船は、それと分かるように煌々と明かりをつけ、赤十字マークを照らし出しているものだが、電源を喪失した大型船はそれもできず、大洋のただ中で、大きな標的でしかない。乗員は500名以上の傷病兵たち。船を守れるのはグラディエイターしかいない。
 Uボートの接近を察知し、病院船とUボートの間に回りこむグラディエイター。まるで艦自身が意志したかのように、病院船の身代わりとなってその身に魚雷を受けたのだった。
 負傷し、苦痛に喘ぎながらも、総員を退避させ、救命いかだから、沈みゆくグラディエイターを見守るハワード。グラディエイターは、ハワードと別れることを拒み、護衛艦へ改修されることを拒み、誇り高い駆逐艦でありつづけようとしたのか。
 第二次大戦中、激戦を闘い抜いた英国海軍G級駆逐艦の一隻の、最後であった。

2020年6月13日土曜日

0204 影の護衛

書 名 「影の護衛」 
著 者 ギャビン・ライアル 
翻訳者 菊池 光 
出 版 早川書房 1993年6月 
初 読 2020/06/13 

 マクシム少佐、渋くて、ちょっとニヒルで、格好いい。傍目にはそれとは見えない熱を持っていて、自分の義務に忠実。目先のことをやるだけでなく、自分の立ち位置、存在意義、全体像を俯瞰できる感性を持っていて、ほんのちょっと、甘さもあって、なによりも自信がある。要は、人間味と存在感がある。
 ガチの陸軍将校(歩兵大隊出身、SASを二期つとめ、軍服にはパラシュート記章)。
 妻は、中東の任地にマクシムを訪ねたおり、搭乗した輸送機が爆破されて死亡。10歳の一人息子は両親の家で育てられている。一人暮らしの部屋とデューク・エリントンのレコード。官邸内での微妙な立ち位置。町中での銃撃戦かと思うと、KGB将校との駆け引き。日常と非日常がきわどく接している緊張感と、自分は腕力だけの兵隊ではない、国防に携わる陸軍将校であるとの強い矜持、政治とは違う規範で行動していることの有言・無言の主張。これらが綯い交ぜになって、マクシム少佐という男を形作っている。

  そんな彼は、このたび首相官邸勤務に抜擢されて、当初、何をすべきか途方に暮れたものの、着任早々、首相官邸に手榴弾(実は模擬弾)が投げ込まれる事件があり、それに対処したことから、新しい職場に馴染みはじめる。そして、諜報のまねごとをする羽目になる。だんだんまねごとでは済まなくなるが、軍人らしい寡黙さと、果断な決断力と行動力は、上司である首相補佐官(ジョージ)も不安を催すほど(笑)。ただし、本人は、あくまでも自分の判断で必要とされたことを自分なりにこなしているだけ。

 時代は冷戦時代、第三次世界大戦は核戦争であると誰もが確信していた時代である。
 イギリスとアイルランド、フランス、チェコ、ソ連。当時の関係性にさほど詳しいわけではないが、あの時代の空気感は、記憶にある。とにかく諜報戦が渋くて、静か。元SASだからといって、いたずらに銃をぶっ放したり、町中を駆けずりまわったりする作品ではない。陸軍将校同士の平時の付き合いとか、軍隊内の日常など、政治とは別の世界の、もともとマクシム少佐の馴染んでいた世界が垣間見えるのも良い。

 訳のカタカナが少々時代がかって見えるが、気になるほどではない。(主人公が「ハリー」ではなく「ハリィ」であったり、セーターがスエター、ウィスキィがストレイトであったりする程度だ。要は、菊池光氏の翻訳だ。菊池氏の仕事は他にはヒギンズ、ディック・フランシス、ロバート・B・パーカー、、、、と。納得。訳者で追いかけるのもおつです。
 『深夜プラス1』も良かったが、自分的にはこちらの方が好み。「深夜プラス1」のように、そのうち新訳出してくれないかしら。それも読んでみたい気がする。

2020年6月8日月曜日

0203 眼下の敵

書 名 「眼下の敵」 
原 題 「Enemy Below」 
著 者 D.A. レイナー 
翻訳者 鎌田 三平
出 版 東京創元社 1986年11月 
初 読 2020/06/08

 1943年南大西洋。大西洋の戦局は大きく変化している。ウルフパックは連合国側の護衛艦隊に軽空母が加わり連合軍側に軍配が上がった。この話は単騎のUボートと英国駆逐艦ヘカテの一騎討ちである。
 映画『眼下の敵』が騎士道精神に溢れているので(勿論大好きだ)、原作のこの両艦長の捻くれ具合がいささか可笑しい。
Uボートのフォン・シュトームブルグ艦長は貴族らしく高慢だし、駆逐艦ヘカテ艦長のマレルはどこか屈折してる。
 そんな二人が海の中と上で神経をすり減らして頭脳戦を繰り広げる。本文中の要所要所に、戦闘中の航路のプロットが差し込まれているので非常にわかりやすく、勉強にもなった。
 ラストはもはや喜劇だが、これはこれでおもしろい。ボートの上の連中はまだしも、どうやって海中で殴り合いするんだ。 戦っているのは国と国、主義と主義であって、一度戦列を脱したら人間同士に戻れる、と言わんばかりの理想主義あふれる米映画版に比べて、この原作の洞察のシビアなことよ。

「艦長は自分がもう一度、戦争をやり直しているような気になった。」
「ドイツ人とは決して和解できない」
「戦っていたのは人間そのものだったのだ」

 このシビアな洞察。さすが英国人と言うべき? そりゃあEUも上手く行くわけないよな、とほぼ小説とは関係のない感慨を覚えた読後である。 
 英国海軍の伝統らしい、熱々甘々なココアが美味そう。マレル艦長に言わせると、アメリカ人はコーヒーを飲むらしい。英国人でよかった、との事。イギリス人は本当にチョコレートが好きなんだと再確認。

 こちらは、ハリウッド版『眼下の敵』言わずとしれた名作である。主演、ロバート・ミッチャム、クルト・ユンゲルス。駆逐艦は、米海軍ヘインズに変更されている。撮影には米海軍が全面協力し、駆逐艦も爆雷シーンも本物らしいので、文句はいえまい。素晴らしい迫力である。
艦長が時計で時間を計って魚雷をかわす名シーンは何度見ても飽きない。やや、Uボートの中が広くて小綺麗にすぎるかと思わないではないが、クライマックスのUボートの魚雷攻撃、捨て身の欺瞞作戦、退艦命令、体当たり攻撃からの、Uボート上の負傷者救出、そして最後の水葬シーンまで、以後の駆逐艦戦モノの原型全てが詰まってるといっても過言ではあるまい。


 駆逐艦ヘインズが魚雷で致命傷を負ってから、機関長が艦内通話で「まだ2番ボイラーから蒸気が取れます」と艦長に告げるシーンが好き。私の機関長好きの原点も此処にある。

2020年6月5日金曜日

0202 駆逐艦キーリング(映画「グレイハウンド」原作)

書 名  「駆逐艦キーリング」新訳版
原 題 「The good shepherd」1955年
著 者 セシル・スコット・フォレスター
翻訳者 武藤 陽生
出 版 早川書房 2020年5月

 第二次世界大戦。1942年大西洋。Uボードの襲撃から身を守るべく、輸送船37隻が船団を組み、その船団を4隻からなる連合国艦隊が護衛する。護衛艦隊を指揮するのは米駆逐艦キーリングの艦長ジョージ・クラウス。海軍に20年籍を置き、13年は艦上で過ごした41歳の中佐はしかし、実戦においては事実上の初陣。第二次大戦が勃発し、すでに英独は大西洋で熾烈な海戦を繰り広げていたが、アメリカは1941年の真珠湾攻撃をもって、ついに参戦したからである。
 大西洋の真ん中に、航空支援の届かない〈キリング・フィールド〉がある。この海域でドイツUボートは群れを成して輸送船団を待ち受け、護衛艦達は船団を守って熾烈な戦闘を闘い抜かなければならない。
 最初の接敵から50時間。
 ノンストップで戦闘指揮を続けるクラウスとひたすら緊迫した時間を共にする。
 疲労が蓄積し、僚艦は見えず、無線機のスピーカーから聞こえる会話のみ。ほぼ全編が狭い駆逐艦の艦橋のなかで進展する。
 羊の群れを取り囲む飢えるオオカミの群れのようなUボートは実に6艦。見えない闇に目を凝らし、敵の思考を読み本能を推測する。敵と味方の距離、方角、深度を予測し、合理的な攻撃位置を割り出し、機雷到達時間を差し引き秒単位での戦闘指揮。艦長クラウスの頭の中には大量のモノローグがあふれているが、指揮は簡潔で平静である。当直士官は次々に交代していくが、クラウスは船団の命運を双肩に負ってひたすら指揮を続ける。
 兵の交代から食事まで目を配り、ついでに飲まず喰わず、暖を取らずの艦長の世話も焼く女房役の副長の存在に、にクラウスと一緒に読んでいるこちらもほっとする。
 戦闘指揮だけでなく部下を育てる指導者としても立派である。
 激戦中でも部下の行動を観察し、不適切な言動はその場で指導し功績は必ず誉める。失敗には次のチャンスを与えて自信を付けさせる。こんな上司の下で働きたい。いや、年齢考えたらこんな上司になりたいと思わなくてはならないのか?
 コーヒー、サンドイッチ、コーヒー、コーヒー。『栄光の旗のもとに』(ハヤカワSF文庫・2017年刊・P.H.ホンジンガー著)マックス・ロビショー艦長には、海軍中佐ジョージ・クラウスの血が流れているに違いない。少なくとも『栄光の旗のもとに』が海洋冒険小説の直系であることは間違いないとの確信を得る。私の愛する男がまた一人増えてしまった。『鷲は舞いおりた』以来の読書経験である。これは素晴らしい。ホーンブロワーシリーズと違って、ジョージ・クラウスはこの一冊だけらしいが、1945年のWWⅡ終結まで、ジョージ・クラウスの指揮する船が善戦して生き延びてくれることを心から願ってやまない。