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2021年3月14日日曜日

誤訳にもの思う(翻訳という仕事への敬意 改題)

 私は翻訳小説を読むのが好きだ。
 実は日本の小説を読むのは苦手。
 どうしてだろう、と考えるに自分の中に、言葉と語感に対するはっきりとしたイメージがあって、それが日本語で執筆されている作家さんの語感と微妙にズレることがあるのだ。そのズレが収まりが悪くて、どうも上手くストーリーに乗れないことが多い。日本人作家さんは、当然のことながら作品で自己表現をされている訳で、やはり当然のことながら言葉の選択には強いこだわりがあろう。私が文句いう筋合いではないので、そっと本を閉じる。
 その点、翻訳小説だと、自己表現とは別の次元で日本語の表現に取り組んでいる文章表現の専門家が間に挟まるので、本当に素直に物語を読むことができるのだ。翻訳小説は創作者とそれを日本語表現に置き換える翻訳家の共同作業の末できあがる別個の作品であって、これだけの労力が払われているのなら、価格が高くても納得がいく。本当に、翻訳小説が好きだ。

でも、中には、ダメな翻訳、というのがあるのである。
 ←これは、『報復という名の芸術』から始まる論創社刊のシリーズ4冊を翻訳した人の著書。
 この山本光伸氏は、翻訳界で長く活躍され、翻訳学校を主催され、現在は出版社も経営されている。
 上記の本は、おそらくだが、生徒さんに下訳させたのを何の事情でか、そのまま使ったのじゃないかな?と思っている。 と、いうか、正直言って、この人がこんなお粗末な翻訳をしたとは信じ難いので。(仮にそうだとしても、翻訳者として自分の名前を出している以上、それ相応の責任はあると思うが。)
 ストーリーを理解していれば、少なくとも直前までの流れを理解していれば、絶対にしないような誤訳が見受けられる。
“Vienna”をベニスと訳したり(そもそもViennaはベニスではないが、事件がウィーンで起こったことを理解していれば絶対に「ベニス」とは訳さない。)、見開きで、同じ地名を別音で表記(英語発音と、現地語発音)していたりしているところから考えるに、ストーリーの全体像を把握していない複数の人間が小パートづつばらばらに訳して、ろくにチェックせずに貼り合わせたらこういう出来になるのでは?という翻訳に仕上がっている。

訳語の選択にもセンスが感じられないし、一般常識的な知識が足りていない。

『イングリッシュ・アサシン』では、A million pounds を一万ポンドと訳したり、twenty-five years を20年と訳したり、『さらば死都ウィーン』ではthirty years を13年と訳すというような、中学生レベルの致命的な数詞の誤りがある。

誤訳以前に、原文にない文章の書き足しがある。それが作品のクオリティを上げているならともかく、明らかに落としている。

 具体的な指摘については、こちらへ 

 これほどのキャリアと実力を持つ人が、なぜこんな翻訳を世に出してしまったのか。おそらくそれ相応の事情があるに違いない。(と思いたい。)

 そんなわけで、山本光伸氏の翻訳についての考えを伺ってみるつもりで、この本を読んでみた。
 面白いのは、山本氏と私の翻訳もしくは誤訳に関する考え方がほぼ一致していることだ。
以下に『誤訳も芸のうち』p.45-46から引用する。

 『もう一つ、誤訳にまつわる例を挙げよう。ドイツ語で書かれた原文を英訳した小説の中に、次のような一節があった。
 “The E.coli bacteria colonized his body at great speed.They had been in the water he'd drunk at a petrol station two days ago"

 そしてこの英文は次のように日本語で訳されていた。“だが大腸菌はまたたくまに全身に広がった。ふたりは二日前、ガソリンスタンドで酒を飲む前に、海水浴をしていた。”
 私はこの訳文を読んだ瞬間、おかしいと思った。・・・・』
『私が最初に感じたのはたんなる違和感だった。』

そして、こう仰る。

『この翻訳者の実力からすれば、ケアレスミスにすぎないし、たとえ誤訳であっても、日本語できちんと組み伏せてあればそれで構わない。
 私に取って唯一問題なのは、その訳文が日本語の表現として破綻をきたしていないかどうか、もう一歩踏み込めば、ストーリー展開として自然であるかどうかなのである。その点で、上記の例は誤訳と言わざるを得ないのだ。』

 もう、面白いくらい、私が上記の『報復と言う名の芸術』から『さらば死都ウイーン』の誤訳に関して言っていることと一致している。そもそも、やっていることが一緒だ。これは自分自身に失笑する。山本先生、気が合いますね。同士です。
 ではなぜ、山本光伸名義であんな酷い誤訳本が世に出たのか、ということが更に気になるわけだが、きっと諸般の事情があったのだろう、と思うしかない。誰に説明されたわけでもないが、この本の8ページ冒頭にヒントがあるような気もする。山本氏が翻訳出版を行う出版社を立ち上げた時期と重なっていて、多忙を極めていた、とか、翻訳学校で育てた翻訳家の卵に下訳の仕事を与えなければならないという事情があったとか、査読の手配に行き違いがあったとか? 悪条件が重なってチェックの甘い原稿が流出したのではないか、と勝手に推測している。
 とはいえ、そのような事情が(もしかしたらあったのかもしれないが、)そんなことは、末端の購読者にはなんの関係もないことだ。訳者のほうでも、それくらいのことは承知しておいてもらいたい。(←と、山本先生風に書いてみる。)

 『誤訳も芸のうち』で山本氏が言わんとしていることは、ただ、正確に訳すだけならコンピューターにでもやらせておけ、翻訳者は表現者たれ。ということであり、翻訳者が翻訳した作品は、日本語で表現された文芸作品として確立していなければならない。ということであり、そのためには、原著を深く理解し、その精神を日本語に写し取るために、言葉と格闘しなければならぬ、ということで、その翻訳者としての立ち姿と心意気は、実に立派なのである。

 そう、心意気は大変立派だった。若干自意識が鼻につくところはあるが、そんなのは個性のうち、場合によっては人としての魅力の一つだ。

 ゆえに、なぜあのような誤訳本が世に出たのか、という私の疑問は、解決を見ないまでもまあ、そういう事故的なこともあるよね、と納得せざるを得ない。

 ところで、もう一つ、おそらくこの先も解決をみないであろう、疑問がある。

 今、インターネットで、「山本光伸」「誤訳」などというキーワードで検索をかけると、GoogleでもYahoo!でも、数ページにわたってこの本『誤訳も芸のうち』のブックレビューや通販サイトの記事が延々表示されて、実際の誤訳を指摘した記事や投稿が一切浮かんでこない。
 ひょっとして、ネット上の誤訳批判封じのために、この本を上梓したんじゃね?という底意地の悪い意見が私の頭にこびりついて・・・・

2021年3月10日水曜日

「誤訳も芸のうち」と翻訳者は言った。山本光伸part4 論創社『さらば死都ウィーン』

ハードカバー版
書 名 「さらば死都ウィーン―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ」 
原 題 「A Death in Vienna2004年 
著 者 ダニエル・シルヴァ 
翻訳者 山本 光伸 

 さて、このような不毛な投稿はこれで最後にしたい、と思っています。
ひとことで言うなら、うんざりだ。
気付いていたものの、part3で以下を挙げなかったのは、あまりにもあんまりだと思ったからだ。もしや、翻訳元となった底本の版が違うなどの理由で、参照している英文そのものが違うのでは?とも思った。
 執念深くて恐縮ですが、念のためUSAよりハードカバーを取り寄せてみましたが、とくにKindle版と違いはなかったようです。(すくなくとも当該箇所については。)

4章の中ほど
p.36  “ズビがガブリエルに歩み寄り、患者の容態を説明した。爆発の衝撃により全身の臓器が破壊されているらしい。皮膚の下で瞬間的に軍隊が解き放たれ、カオスの痕跡を残していった。外交官は怪我の症状をそんなふうに例えて、続けた——エリの体は五十フィートほど吹き飛ばされ、頭蓋骨にひびが入った。脳が損傷し、そのダメージの度合いは、本人の意識が回復するまで診断できない。脳の腫れを取り除くべく、二度手術が行われた——と。
「脳機能そのものは損なわれていません」ズビは締め括った。「しかし、当面は、機械によって命をとりとめている状態です」”

・・・・・さて。これは主観に過ぎないが、あまりにも酷い文章だと思わないか?
翻訳以前に、日本語として酷い。全身の臓器が破壊されていたら、死んでしまうよ。皮膚の下で瞬間的に軍隊が解き放たれ、ってどういう状況? 脳が損傷したのに脳機能そのものは損なわれていないって意味が分からない。で、なぜにこんな酷い翻訳になったのか、原文を確認したいと思ったんだが、それが以下の文です。

Zvi, after giving Gabriel a moment to himself, walked over to the glass and brought him up to date on his colleague’s condition. He spoke with the precision of a man who had watched too many medical dramas on television. Gabriel, his eyes fastened on Eli’s face, heard only half of what the diplomat was saying—enough to realize that his friend was near death, and that, even if he lived, he might never be the same. “For the moment,” Zvi said in conclusion, “he’s being kept alive by the machines.”

Silva, Daniel. A Death in Vienna (Gabriel Allon Series Book 4) (p.37). Penguin Publishing Group. Kindle 版. 

原文にないよね? 創作?いや、作文するなら、もっとマシな文章かけるのでは? 少なくとも日本語なのだから。いや、書けないからこうなったのか。


もう一カ所挙げておく。


15章冒頭

p.126  ガブリエルはシャムロンに電話を掛け、車を手配してもらってから、ヤド・ヴァシェムを離れた。セーフハウスの前に到着したときには、その車が待っていた。サングラスを掛けたシャムロンの配下が、ボンネットに凭れ、通りをぶらつく若い女たちを眺めている。ガブリエルが運転席につくや、車は真昼の陽光の中へ飛び出していった。
 一昔前なら、高速道路を使用し、ラマッラー、ナブルス、ジェニンを経由して北に向かっただろう。・・・・・”

・・・・・当たり障りのない文章に見えるが、どこか違和感が漂う。
違和感① ガブリエルはシャムロンをあまり当てにしておらず、できるだけ距離を取りたいと思っているのでは? 車の手配が必要だとして、シャムロンにおねだりの電話をするだろうか? 自分でレンタカーを手配するなり、タクシー使うなりするんじゃない? 
違和感② セーフハウスからヤド・ヴァシェムへの往復の足はどうしたのか? 多分徒歩の距離ではない。 
 まあ、とにかく気付いてしまった。15章冒頭の4行は、原文にはないと思われる。
 以下が原著の15章冒頭。

15 
JERUSALEM

IN THE OLD days he would have taken the fast road north through Ramallah, Nablus, and Jenin. Now, even a man with the survival skills of Gabriel would be foolhardy to attempt such a run without an armored car and battle escort. So he took the long way round, down the western slope of the Judean Mountains toward Tel Aviv, up the Coastal Plain to Hadera, then northeast, through the Mount Carmel ridge, to El Megiddo: Armageddon.

Silva, Daniel. A Death in Vienna (Gabriel Allon Series Book 4) (p.135). Penguin Publishing Group. Kindle 版. 

まるっきりの、翻訳者による付け足しです。
ガブリエルの行動手段について、説明不足だと思ったのだろうか?
それなら、そもそも、ヤド・ヴァシェムからエルサレム市街にガブリエルはどうやって戻ったというんだ。朝からヤド・ヴァシェムを訪問したのなら、行きも車だったと思うほうが自然ではないか? とにかく理由は分からないが、翻訳者が原著にない文を書き足してしまった、と考えるべきなんだろう。

なんだかなあ。

言い訳がましくて恐縮だが、私は翻訳に誤訳はつきものだと思っているし、誤訳と意訳のすれすれ、というのもあると思う。「大胆な意訳」というのが、原著の本意を伝える上で必要な場合だってあるだろう。
そうではなくて、原著の面白さを伝えることを阻害するような誤訳は勘弁してほしいだけだ。翻訳したときの作品が、「粗悪品」にならないようにして欲しいだけ。上に書き出したものも、日本語で違和感なくまとめられていたら、そもそも書き足しには気付かないだろうし、個人的には気付かないならそれで良いと思っている。

これが、いわゆる製品製造の世界であれば、SDマークがあったり、不当表示が規制されたり、粗悪品は交換できたり、消費者センターがあったりするわけだし、これがもし、自動車の話だったら、リコールで全部回収するところだ。しかし、こういう創作物に関してはそうもいかない。
読者は、出版社や翻訳者の善意と良心と、プロとしての矜持にすがるしかない。それとも与えられたものを有り難く押し戴いて頂戴しろってか?
少なくとも末端の読者がそれ相応のお金を払って購入するものである以上、最低限のクオリティは確保して欲しいと思う。

これらの本は、査読や、クレジットされる翻訳者自身のチェックや校正でもっとずっと良くなったのではないだろうか。もったいないことだ。


2021年2月26日金曜日

0259 さらば死都ウィーン―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ

書 名 「さらば死都ウィーン―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ」 
原 題 「A Death in Vienna2004年 
著 者 ダニエル・シルヴァ 
翻訳者 山本 光伸 
出 版 論創社 2005年10月 
初 読 2021年2月26日 
単行本 382ページ 
ISBN-10  4846005569 
ISBN-13  978-4846005566

 物語冒頭、ガブリエルが取り組んでいた修復が下の絵。ベネツィアの町中にある、素朴な教会ですが、中は豪華なルネサンスの美の宝庫。ベネツィアの栄華が忍ばれます。
 さて、ナチス3部作最後の一冊。
 『報復という名の芸術』で10年ぶりに現役に復帰したガブリエルもすでに3年が経過。この間、『報復』ではテロリストのタリクに返り討ちにあってマカロフの一撃でダウン、『イングリッシュ・アサシン』でも殴られ蹴られ、犬に襲われて大怪我をし、『告解』ではバイクでコケて命も危ぶまれる重傷を負う。もう、こいつアクション向いてないよな、と誰もが気づいて然るべきなんだが、いちおう「伝説のスパイ」ポジションは揺らいでいない(笑)。
 いいんです、ガブリエルの我が身を顧みないそのひたむきさが好きよ。(笑)
 この『死都』では、盗聴され、尾行され、大事な証人を消され。あまりにも無防備なガブリエルに呆然とする。なぜ、彼は盗聴防止装置を持っていないのだろうか?  いや、エリが狙われたという事実だけでも、クラインの身の保全を図るべきじゃね? 彼をイスラエル大使館に連れ込んだっていいくらいじゃない?
ヴォーゲルご当人と顔を合わせたあとで、のこのこ別荘に忍び込むか?向こうからマークされてるのわかってるじゃん。いやあもう、大丈夫かよガブリエル!
サン・ジョヴァンニ・クリソストモ教会
ジョバンニ・ベッリーニ作
『聖クリストフォロス,聖ヒエロニムスと
ツールーズの聖ルイス


 とはいえ、13年前のウイーンでの事件も絡めて、ガブリエルの取調室での叫びもなかなかに悲痛で、ファン・サービスには抜かりない。シリーズ全巻とおして、ガブリエルが我を失って叫んでるシーンってほとんど無いんじゃないだろうか。

 そして、エンタメの体裁は取りつつ、主題はナチスの戦争犯罪とこれに同調ないし目をつぶり、ナチの重犯罪人の逃亡を助けたカトリックやナチの犯罪の隠蔽を助けたヨーロッパ各国の告発であり、同時にガブリエルと母の修復の物語でもある。

 アウシュビッツからの生還者であったガブリエルの母は、その苦悩の記憶から、一人息子に十分な愛情を注ぐことができなかった。子供時代のガブリエルと母との関係は緊張感に満ちたものだったが、その理由は、母から教えられることはなかった。
 作中、ガブリエルはヤド・ヴァシェム(イスラエルの国立ホロコースト記念館・Wiki(日本語)公式HP(英語)はこちら)で母の証言書を読み、母のアウシュビッツ・ビルケナウ収容所での体験を知ることになる。
 シャムロンは、アウシュビッツで愛する者達を全て失ったガブリエルの母は、息子を愛して失うことに耐えられなかったのだ、とガブリエルに語るが、それだけではあるまいと思う。
 ガブリエルの母アイリーンの記憶の中で、愛すべき息子と、仲間の死と、ナチの殺戮者は堅く結び付けられてしまっていたのだから。息子を見ると、愛おしさを感じた次の瞬間には、殺害された仲間が目に浮かび、ナチ将校の顔を思い出しただろう。ガブリエルに向けられた視線は険しさと苦痛に満ちていたはずだ。結局ガブリエルは、母に抱きしめられることも優しくなでられる事もなく寂しく育ったわけだが、かなり鬱屈しているとはいえ、とりあえず真っ直ぐ成長したことを誉めてあげたい。ガブリエルのそばに母代わりとなった優しい女性が居たのは幸いだった。シャムロンの身勝手ではあるが確固とした愛情も、きっと、ガブリエルの救いの足しにはなったのだろう。

 さて、物語はウイーンで起きた爆弾事件から始まる。狙われたのはガブリエルの戦友エリ・ラヴォン。エリが追いかけていたのは、あるオーストリア人の身元だった。かつてSS将校だったと思われるその男ラデックは、身元を偽装し今ではオーストリアの大立者となっており、エリの後、調査を開始したガブリエルも命を狙われる。その男が関わったのはゾンダーコマンド1005。ユダヤ人大虐殺の痕跡を抹消する秘密作戦であり、その作戦の成功によって、虐殺されたユダヤ人の正確な人数は永遠に判らなくなった。そして、ある時期その男はアウシュビッツに駐留していた・・・・・・・
 これまでは一介の暗殺者で現場工作員に過ぎなかったガブリエルは、シャムロンの手ほどきで首相にブリーフィングを行い作戦指揮官としての地歩を固める。また、ガブリエルはシャムロンに問う。アイヒマンが法のもとで裁かれ、いま、ラデックもそうされようとしているのに、どうしてブラック・セプテンバーのパレスチナ人たちは、報復の対象としか見なされなかったのか。
(どうして、自分は殺人を犯さねばならなかったのか。)
ガブリエルは、誰も殺したくない、とシャムロンに訴える。

 これ以上のことは、どうぞ本を読んで欲しい、といいたいところだが、翻訳が酷いので、それもオススメしがたいところ。原著はKindleで手に入るので、英語が苦手でなければ、そちらに挑戦してみてはどうだろうか。
 第5作以降は翻訳が途絶えているのが残念、と思っていたが、むしろ幸いだったのかもしれない。
とりあえず、14作目の『亡者のゲーム』までの間に語られていると思しき、ぜひ知りたいことリストは以下のとおり。
 1 リーアがイギリスの病院からエルサレムの精神病院に
   移ったいきさつ
 2 ガブリエルがルビヤンカの地下で階段から突き落とさ
   れた経緯
 3 サウジアラビアで何があったのか?
 4 キアラの最初の妊娠と流産の件
 5 ガブリエルとキアラの結婚のくだり
 6 ガブリエルはいつ、長官になる決心をしたのか


【追記】ガブリエルは母に、自分がシャムロンの手下の死刑執行人であることを話さなかった、との記述がある(p.316 )。ガブ父が6日間戦争(第三次中東戦争)で死んだらしく、母はその1年後に癌で亡くなっているので、母が亡くなった当時、まだガブリエルは高校生もしくは兵役中だったと思われる。シャムロンのリクルート以前に母は亡くなっているはず。これは作者の設定の混乱かな。

2021年2月23日火曜日

「誤訳も芸のうち」と翻訳者は言った。山本光伸part3 論創社『さらば死都ウィーン』

書 名 「さらば死都ウィーン―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ」 
原 題 「A Death in Vienna2004年 
著 者 ダニエル・シルヴァ 
翻訳者 山本 光伸 
出 版 論創社 2005年10月 

誤訳・迷訳は相変わらず健在である。

【原著】The restorer’s gait was smooth and seemingly without effort. The slight outward bend to his legs suggested speed and surefootedness. The face was long and narrow at the chin, with a slender nose that looked as if it had been carved from wood. The cheekbones were wide, and there was a hint of the Russian steppes in the restless green eyes. 

それでは読んでみよう。
p.13  “修復師の足の運びは滑らかだった。前屈みの姿勢ですいすいと進んでいく。彼の顔は細面で、鼻筋はギリシャの彫像のようにすっきりとしている。頬骨は低く、落ち着きのないグリーンの瞳がキルギスステップのロシア人を思わせた”・・・・・ちょっとまてまて。ひょっとして全然違くはないか?

 この、彼の形容は、どの本にも冒頭に出てくるやつで、だいたい表現は決まっているのだが、そもそも「前屈みの姿勢」とかどこにも書いてないと思うのだが、翻訳に使った版とダウンロードした版が違うという可能性も考慮しなければ。。。。でも、「面長で細い顎」、「木を彫り出したような細い鼻筋」・・・・ギリシャ彫刻ってどこに書いてある?頬骨は低いのではなく「幅が広い」のだし、キルギスステップのロシア人ってなんだ〜〜!(爆)
それはね、グリーンの目はロシアの草原の色を思わせる、と言いたいのでは?そもそも私はキルギスステップってなんぞや?コサックダンスの親戚か?と思って調べようとしただけなんだよ!だいたい足踏みの方のステップはstepで複数形はsteps、文中のsteppes はどう考えても草原(そうげん)の方だよね。いやまて、そうではなくてあくまでも草原のキルギスステップのことを言っているのだろうか? でもそもそもキルギスって単語がどこにもないし、いや翻訳の版が違うのか???? もーわかんない!


ついでに、草原つながりで、今度は翻訳の中の「草原(くさはら?)」がおかしい件。

p.162 “かつてのユダヤ人地区から数丁離れた、テベル川近辺の静かな草原に位置する老舗レストランである。”・・・・草原だ、、、、と?

They settled on Piperno, an old restaurant on a quiet square near the Tiber, a few streets over from the ancient Jewish ghetto.

“ほどなく、司教が草原に足を踏み入れ、そそくさとレストランに歩みよってきた。”

A few minutes later, a priest entered the square and headed toward the restaurant at a determined clip.

良く分からないが、the square が「草原」になってしまったのか? 判らない。ローマのバチカンに程近い古い石の街並みでスクエアと言われたら、普通に石畳で石造りの建物に囲まれた広場を思い浮かべないものだろうか? 
すごく不思議だ。

ちなみに、地図上ではココ(相変わらず自分が偏執狂的だとは思う)→
←の拡大図で、「大神殿」と表記されているのがローマのシナゴーグで、『告解』の中でローマ教皇パウロ七世が演説をしたところ。このあたりが旧ユダヤ人地区(ゲットー)。とりあえず、周囲に草原はなさそうだ。ま、普通に広場か中庭だろう。


p.13 “鬼才マリオ・デルヴェッキオの正体がガブリエル・アロンという名のエスドラエロン出身のユダヤ人であることを・・・・・”

耳慣れない地名が出てきたので調べて見ると、間違いじゃないんだけどね。ここでまた、イズレルの谷(イズレル平野、イズレエル谷、エズレル谷とも)の別読みが。エスドラエロンとはイズレル谷もしくはイズレル平野のギリシャ語読みだそうで。ちなみに原著では  Valley of Jezreel と至って普通に書いてある。なぜ突然ギリシャ語読みしたくなったのかは謎。


p.20  “アリ・シャムロンはガブリエルに死の宣告を下そうとしていた。”

Gabriel knew that Ari Shamron was about to inform him of death. 

素直に読めば、ガブリエルに死の宣告を下すのではなく、ガブリエルに誰かの死を知らせにき来たのではないかと。死ぬのがガブリエルか、それ以外の誰かでは大違いだ。


p.21  “イスラエルのベトサル美術学校” またまたベツァレル美術学校の変読み登場。『告解』で“ベトサルエル”という読みが出てきて首をかしげたのだが、原文はすべて Bezalel  であるのは言うまでもない。


p.32 “同郷人の話すそれと違い、その純然たるドイツ語の響きは神経を逆なでしなかった。”

Unlike many of his countrymen, the mere sound of spoken German did not set him on edge. German was his first language and remained the language of his dreams. 

日本語で変な文章だな、と思うところは大抵訳がおかしい。彼の同国人(ユダヤ人)の多くとは違い、ガブリエルは、単にドイツ語が話される響きだけで不愉快になることはなかった。なぜなら、ドイツ語は彼の母語だから、ということ。(ユダヤ人の多くは、ホロコーストの記憶があるからドイツ語を好きになれない、というバックグラウンドがある。


p.66 “レナーテ・ホフマンの傍らを歩くがっしりとした体つきの人物・・・”
・・・・ガブリエルが体格が良いと形容されることはまずない。どちらかと言えば細身で敏捷なイメージなんだが。さて、本当は何と書いてあるのだろう?そしてこれが、期待を裏切らないんだな。

Kruz was more interested in the dark, compact figure walking at her side, the man who called himself Gideon Argov.

compact figure にがっしりとした体つき、という意味があるのだろうか。


もう一つ、気になった形容がある。
p.67 “その手は炎で黒く焼け焦げ・・・・”  
もし本当に手が黒く焼け焦げていたら、ガブリエルは画家生命を失っていると思うよ。原文は、 his hands blackened by fire, 訳すとしたら、“彼の手は炎で黒く煤け、”くらいの方が妥当ではないだろうか。まあ、火傷くらいはしてただろう、とは思うのだが。。。。


p.73 “コーヒーハウス・セントラルに初めて入ったのは、十三年以上前のことだった。セントラルは、ガブリエルがシャムロンの徒弟としての最終段階に到達したことを証明する舞台となった店である。”
・・・・・13年前なら、例のウイーンの爆弾事件の頃で、ガブリエルは第一線の工作員だったはず。おかしい。

It had been more than thirty years since he had been to Café Central.

ああ、この悲しみを誰かと分かち合いたい。
 thirty 13と訳すとな?
中学一年生の中間テストじゃあるまいし。

それ以外にも、いろいろと引っかかるところはあるんだが、全部原文と照合しているわけでは無い。翻訳小説として読んでいて、明らかに日本語のレベルで文意や文脈がおかしいところだけ、原著を確認している。それでもこんな感じ→なので、押してしるべし。

ああでも、もう少しだけ。ガブリエルが白髪交じりなのは、こめかみだ。もみあげではない!
それと、これは誤訳なのか誤植なのかわからんが、“エリンケ”ではない。そいつはエンリケだ。
 

2021年2月22日月曜日

「誤訳も芸のうち」と翻訳者は言った。山本光伸part2 論創社『イングリッシュ・アサシン』

書 名 「イングリッシュ・アサシン―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ」 
原 題 「The English Assassin」2002年 
著 者 ダニエル・シルヴァ 
翻訳者 山本 光伸 
出 版 論創社 2006年1月 

『報復という名の芸術』でも散々言ったが、翻訳がまずい。翻訳者が大御所であるのはいわずもがな。どうしてこうなった? せめて、編集者がきちんと考証してくれれば、と残念でしょうがない。

p.15 “1万ポンド、バークレー銀行の口座に入っている。” 
A million pounds は1万ポンドではない。 

p.17
“はじめて会った20年前から、ガブリエルはなぜこうまで変わらないのか。〔中略)昔はおとなしく、こどもらしくない少年だった。あの頃でさえ・・・・”

どうも年代が合わないし、前後の訳がちょっとおかしい。20年前だったらガブリエルは30歳過ぎだし、それを「少年だった」といわれましても・・・・・と思って原著を確認したら、以下の文章だった。

How little Gabriel had changed in the twenty-five years since they had first met.

・・・・25年じゃん。ちゃんと訳してくれよ。 ちなみに「少年」のくだりは以下のとおり。

He’d been little more than a boy that day, quiet as a church mouse.

・・・あの頃は、少年のような面影が残っていた。とか、そんな感じの文章?



2021年2月21日日曜日

「誤訳も芸のうち」と翻訳者は言った。山本光伸 論創社『報復という名の芸術』

書 名 「報復という名の芸術―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ」 
原 題 「The Kill Artist」2000年 
著 者 ダニエル・シルヴァ 
翻訳者 山本 光伸 
出 版 論創社 2005年8月 

 なんだかさ。大したことではないのだけど(→読んでいるうちに、大問題になった)、翻訳がちょっと実にクソだ。

p.75 
“ピールは約束の場所に歩いて行き、牡蠣養殖場の横に立って・・・・”
【原文】 Peel walked to the point and made a base camp next to the oyster farm,

p.76 
“減速しながらケッチを約束の場所で回転させ、入り江の静寂の中へ進んだ。”
【原文】 He reduced speed as the ketch rounded the point and entered the quiet of the creek.

 「約束の場所」ってなんだよ。そこは、いつもの場所、とかお定まりの位置、とか軽く訳すところではないのかなあ。ユダヤ人問題を扱っているのが判っているのに「約束の地」を連想する訳語を使うセンスが壮絶にいまいちだ。ひとつ目のは、単に見張りの定位置に立っただけだし、ふたつ目のはヨットを入り江の桟橋に付けるために、入り江の所定の位置で船を反転させただけだ。


p.82 
“あの爆発の後シャムロンはベニスに来て、混乱に終止符を打ち・・・・”

いーや、違う。それは Vienna だ。ウィーン。こんなことを確認するために、Kindleで原著をダウンロードしてしまう自分の執念深さがイヤだ。
 でも気になる。見開きで、p.14(右)コーンウォール、p.15(左)コーンウェル。・・・・ここはコーンウォールだろうよ。 p.422(右)ジェズリール谷、P.423 (左)イズレエル谷 同じ地名の訳違いが。どうしてこんなことになるのだろう? 複数の人間が下訳して、しかも仕上がりをチェックしていないのだろうか?


p.134
“ユセフ・アルタウフィーク。パートタイムのパレスチナ国粋主義の詩人。ユニバーシティ・カレッジ・オブ・ロンドンのパートタイムの学生であり、エッジウェア・ロードにあるケバブ・ファクトリーという名のレバノン・レストランのパートタイムのウェイターで、そして、タリクの秘密部隊でフルタイムの活動工作員でもある。”

 【原文】 Yusef al-Tawfiki, part-time Palestinian nationalist poet, part-time student at University College London, part-time waiter at a Lebanese restaurant called the Kebab Factory on the Edgware Road, full-time action agent for Tariq’s secret army.


 直訳ご馳走さま。ありがとう!でも、ここは誤訳を怖れずにがんばったほうが良かったのではないだろうか?
 「あるときはパレスチナの民族主義詩人。あるときはロンドン大学の聴講生。またあるときはケバブ・ファクトリーという名前のレバノン料理店のアルバイト店員。しかしてその実体は、タリクの秘密組織の活動家であった!」と訳せとは言わんが。
 パレスチナ“国粋主義”がどのようなものを指すのかは知らないけど個人的には民族主義と訳すほうが良いような気がするし、“ユニバーシティ・カレッジ・オブ・ロンドン”は茶を噴くレベルだ。パートタイムの学生っていうのも日本語としては不自然だよね?聴講生っていうのは厳密には単位取得ができないので、単位履修生、とか、単科履修生とかが正確かもしれないが、ここでは文の流れ優先をするかなあ?


p.149
“コンピュータがケーブルを通して信号を送る監視装置と一緒に通信をする。それらの信号には周波数があるので、それにぴったり合わせた受信機で捉えられる”

意味が分かったら天才↑ 訳した本人も判っていないだろうな、と思う。

【原文】The computer communicates with the monitor by transmitting signals over the cable. Those signals have frequency and can be captured by a properly tuned receiver.

コンピュータがモニタにケーブルで信号を送るので、その信号を受信することによって画面をキャプチャできると言っている。monitorを監視装置と訳してしまったのが敗因だろうか。


p.156
“タリクはマドリッドのイスラエル大使館員の隠れ蓑を使い、〈オフィス〉の工作員と称していた。その士官はPLO内部の人間数人を・・・・・”  

 これは、完全に誤訳ね。

 【原文】He had identified an Office agent working with diplomatic cover from the Israeli embassy in Madrid. The officer had managed to recruit several spies within the PLO,・・・

タリクが、マドリッドのイスラエル大使館職員として勤務している〈オフィス〉の工作員を発見して、罠にかけるくだり。タリクがイスラエル大使館に勤務しているわけがなかろーが?日本語の文としてもこの後の文章と意味が繋がらない。


【原文her Bianchi racing bike leaned against the wall.  
 
彼女のレース仕様のビアンキを「競輪用」と訳すセンスが堪らない。p.159


p.170
“〈オフィス〉がパリに住むイラク人核兵器科学者を雇い入れて、イラクにいるフランス人供給業者の下で働くように仕向けようとしていた。”

【原文】・・・The Office was trying to recruit an Iraqi nuclear weapons scientist who lived in Paris and worked with Iraq’s French suppliers.

【試訳】 〈オフィス〉は、パリ在住のイラク人核兵器科学者で、イラクへのフランス側の供給事業者と仕事をしていた男の勧誘を試みていた。

and以下のworkedlivedと並列でwhoに掛かると思えなかったのね。ついでにいうと、Iraq’s French suppliersをイラクに「いる」と訳すのもかえって難易度が高いんじゃないだろうか。


p.217
“タクシーが彼の住む、丸太を組んで造ったアパートメントの前に到着した。魅力のかけらもないところだった。戦前に流行った、正面がフラットないかにも没個性的な建物だ。彼女がタクシーを降りるのに手を貸し・・・・”

【原文】The taxi arrived in front of his building. It was a charmless place, a flat-fronted postwar block house with an air of institutional decay. He helped her out of the taxi, paid off the driver, led her up a short flight of steps to the front entrance.

 ええと、どこに「丸太を組んで造った」という文があるのだろう。まさか、翻訳したときの版にはあって、そのあと原著の方が改稿された、という可能性もあるのか?(と、誠心誠意考えてみる。)とはいえ、ヴィクトリア王朝様式やジョージ王朝様式のファサードの建物が並ぶ目抜き通りにいくらなんでも丸太作りの外観の建物はねえべよ。 それと、“戦前”ではなく、戦後だ。


p.326 “米国首相” 【原文】U.S. PRESIDENT

 各国首脳の呼称を知らないような人間がなぜ、エスピオナージを翻訳しているのだろう?大統領制を敷いているアメリカに「首相」はいない。これを合衆国大統領と訳せないなら翻訳なぞ止めたほうがよい。ちなみに銃器をきちんと訳せない人間はAA(アクション&アドベンチャー)を翻訳すべきではない。以下

p.344
“彼はガブリエルにステンレス製の戦闘用ケースを手渡した。中に入っていたのは22口径ベレッタの射撃用ピストルだった。”

【原文】He handed Gabriel a stainless steel combat case. Inside was a .22 Beretta target pistol.

 誤訳ではないかもしれない。だがしかし。「射撃用ピストル」という文を読んで思わず膝から力が抜けた。射撃用でないピストルがあるのか?旗でも出るのか?と。しかもここは、ガブリエルが8年ぶりか9年ぶりに、暗殺用の銃器を手渡される、ファンであればドキっとするシーンだ。ここは精密射撃用とするか、競技用とするか、単にベレッタ22口径とするか。ただし、「射撃用ピストル」ではない。


p.333
“室内に入ると、黒い目をしたレヴの受付士官ふたりが・・・・”

【原文】As he entered the room a pair of Lev’s black-eyed desk officers stared at him contemptuously over their computer terminals.

 “desk officers” を士官と訳すべきだろうか?誤訳というのは言い過ぎかもしれないが、適切な訳だろうか。〈オフィス〉は軍組織ではない。どちらかというと役所に近いだろう。事務員とか、受付職員とかのほうが適切ではないか


 最後に、軽く違和感を感じた箇所を。

p.421
“死ぬまでいろいろな物だの人だのを修理し続けて、自分だけはそのままでいるつもりか。キミは絵画やおんぼろヨットを修復した。〈オフィス〉もだ。・・・(中略)・・・人生を楽しめ。ある朝、目が覚めて、自分がおいぼれになっちまっていることに気づく前に。わたしのようにな」
「監視人たちはどうなるのですか?」
「きみのためにつけているのだ」

【原文】“You’ve spent the last years of your life fixing everything and everyone but yourself. You restore paintings and old sailboats. You restored the Office. You restored Jacqueline and Julian Isherwood. You even managed to restore Tariq in a strange way—you made certain we buried him in the Upper Galilee. But now it’s time to restore yourself. Get out of that flat. Live life, before you wake up one day and discover you’re an old man. Like me.”
“What about your watchers?”
“I put them there for your own good.”

 自分を恢復させて人生を楽しめというシャムロン(全部、ガブリエルのためを思ってやっていることだ。と主張している。)に対して、ガブリエルが、自分の為だというのなら、監視の目的はなんなのか、と問いただすシーン。なので「監視人たちはどうなるのですか」、ではなく「監視人たちはどうなのですか?」(あれも自分(ガブリエル)の為だというのか?の含意)、と訳した方がよいだろう。たった一文字「る」が入るか入らないかで、会話全体の意図と明瞭さに違いがでる。かくも翻訳とは微妙な仕事だ。


 本当は、もっともっとあるのだろうが、翻訳を読んで曲がりなりにも不自然でない場合は、あえてチェックはしていない。
 日本語を読む、あれ、文章の繋がりとか、意味とかおかしくない?→念のため原文も見ておこう。→誤訳じゃね? という流れで確認しているだけだ。

 敢えて書いておけば、私は翻訳の正確性を求めている訳ではない。読者として、物語にきちんと入り込みたいだけだ。ストーリーの前後関係とか、文化的素地とか、歴史とか、地理とか、そういったものに違和感を感じさせるような翻訳をしてもらいたくないだけだ。私は英語は全然得意ではないので、原著で読みたいとは思っていない。文芸作品として確立された翻訳作品を読みたい。そのためには、やはり「翻訳家」というプロフェッショナルの仕事が必要なのだ。

 そんなわけで、プロフェッショナルの仕事には、心からの賛辞を送りつつ、我ながら本当に心が狭くて申し訳なくも嘆かわしいが、この本は残念ながら、翻訳が正しいのかどうかが気になってストーリーに没入できない。

2021年2月15日月曜日

0258 報復という名の芸術―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ

書 名 「報復という名の芸術―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ」 
原 題 「The Kill Artist」2000年 
著 者 ダニエル・シルヴァ 
翻訳者 山本 光伸 
出 版 論創社 2005年8月 
初 読 2021年2月17日 
単行本 438ページ 
ISBN-10  4846005550 
ISBN-13  978-4846005559
翻訳の問題に関しては別のトピックにまとめたので、ここは純粋に、ストーリーについて。

 ガブリエル・アロンシリーズの栄えある一作目。
 冒頭は1991年1月。小雪のちらつくウイーンの街角から。ガブリエルの人生にいくつかの転機があるとすれば、それは1972年9月、そして1991年1月だろう。この日からおよそ8年、彼はひたすら自分を責め、イギリスに隠棲して他者との関係を閉ざしてきた。

 ガブリエルから妻のリーアと2歳の息子ダニエルを奪ったのは、1972年にガブリエルが射殺したブラックセプテンバーのメンバー、マハムンド・アルホウラニの弟であるタリク・アルホウラニの復讐だった。ガブリエルは妻子が受けた被害を、マハムンドに敢えて残酷な殺し方をした自分に対する罰と受け止めていた。
 自分を責めつつも、アウシュビッツ生還者である父からの教え

「時として人は早過ぎる死を迎える。密やかにその死を悼め。アラブ人のように悲しみをあらわにしてはいけない。そして弔いを終えたら、立ち上がり自分の人生を歩み続けろ。」

を実践しようと努めたが、立ち上がって自分の人生を歩むことは彼にとってとても困難なことだった。

 古い、傷んだ絵画を修復し、リーアを見舞い、自分で修理した木製ケッチ(二本マストの小型—中型ヨット)で海に出る、そんな静かな生活を送っていたガブリエルの人生に、かつての上官であるアリ・シャムロンが新たな『復讐』を手に踏み込んでくる。
 始めは拒絶したガブリエルが結局はシャムロンの依頼を受けたのは、立ち上がるきっかけを求めていたからだし、シャムロンの方にも、そういう救いのロープをガブリエルに投げているつもりだったのは間違いない。しかし、シャムロンの胸中には狡猾な計略が。

 1988年4月の、チュニスにおけるPLO幹部殺害計画で彼を補佐した女性補助工作員ジャクリーヌも再び巻き込み、タリクを追う作戦が始まる。タリクは活動を活発化させてイスラエルを標的とした暗殺を繰り広げつつあった。
 一方で、ジャクリーヌが関わったテロリストのユセフが語る、パレスチナ難民側からみたイスラエルの非道も、目を背けるわけにはいかない。復讐の根は深すぎて、暗澹とした気分になる。

 パレスチナ問題、中東史、アラファト、サダト、イスラエルのベン・グリオンやラビンの伝記などの本を積み上げ、ゲバラのポスターを張り、パレスチナ国旗を壁に飾るユセフが語る人生も壮絶だし、知っておくべき歴史的事件がちりばめられている。

 タリクは、イスラエルとの和平路線に舵を切っていたアラファトを、国連会議が行われる米国のレセプションの場で暗殺しようとする。タリクを追ったガブリエルは土壇場でタリクから返り討ちにあう。タリクの銃弾を、自分の番として、当然のもののように胸に受けて倒れるガブリエル。なんとなく、彼が無意識に死を求めていたような印象も受けなくもない。

 そして。なんとなくもやる展開だったのが晴れるラスト数ページは、鮮やか。
しかし、鮮やかではあるが、ガブリエルよりももう一人の方が憐れだと思うのは私だけだろうか。シャムロンに人生を操作され、破壊された人間がここにまたひとり。ガブリエルはそれでもシャムロンを屈折しながらも愛しているが、それはガブリエルの特質であって、だれもがそうなるわけでもなく。スローンを利用した挙げ句殺すのはどうかと思うし、ユスフがなぜ、命令に従っているのかも謎。そういう意味でははやりもやもやが残るラストではあった。


 さて、この本。ウィーンでの事件や、その伏線となった、チェニスでのガブリエルの行動。父との関係など、これからシリーズに繋がる情報も詰め込まれている一冊で、シリーズ必読の書であるのは間違いないながら、あんな翻訳ならいっそのこと絶版していて欲しい、古本市場にも出てこないほうがマシ、な一冊でもあったのだった。

2021年2月2日火曜日

0255 告解―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ(論創ミステリー)

書 名 「告解―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ」 
原 題 「The Confessor」2003年 
著 者 ダニエル・シルヴァ 
翻訳者 山本 光伸 
出 版 論創社 2006年1月 
初 読 2021年2月5日 
単行本 393ページ 
ISBN-10  4846005593 
ISBN-13  978-4846005597

 この本の冒頭、ヴァチカンではヨハネ・パウロ二世が崩御し、新教皇パウロ七世が誕生する。
 ちなみに、現実世界のヨハネ・パウロ二世の在位は1978年10月16日から2005年4月2日なので、ダニエル・シルヴァがこの本を執筆していた2003年には存命していた。しかし最晩年で健康不安が取りざたされている状況で、そんな中で教皇が死んだって話を書いてしまうことに、私がドキドキしてどうするんだ! 挑戦的(挑発的?)な姿勢ではあるが、まあ、話の内容はもっと挑戦的なのであまり細かいところに拘ってもしょうがない。
 ローマ法王庁やローマ教皇を巡るあれこれについては、読めば読むほどどつぼにハマりそうなので、あまり踏み込まないように自重する。本作パウロ七世は短命だったヨハネ・パウロ一世からの着想だろうか? 本名アルビーノ・ルチャーニ。ベネツィア総大司教から65歳という教皇としては比較的若い年齢でその地位に昇り、意欲的に法王庁の改革に着手したものの、教皇在位33日で心筋梗塞により急逝。死亡後のヴァチカンの不自然な対応や、マネーロンダリングが取りざたされていたヴァチカン銀行などヴァチカンの暗部の改革にも取り組んでいたため暗殺説が唱えられている。
 ちなみにローマ・カトリックとナチスとの関係については、先日読んだ須賀しのぶ氏『神の棘』のテーマにもなっていたので、初見ではないもののまだまだ勉強不足である。

ヴァンゼー会議(1942年1月20日にベルリンのヴァンゼー湖畔にある邸宅で開催された会議) 

15名のヒトラー政権の高官が会同して、ヨーロッパ・ユダヤ人の移送と殺害について分担と連携を討議した悪名高い会議である。

 

 1942年1月のヴァンゼー会議において、ヨーロッパ・ユダヤ人の「最終的解決」について協議された。その方針が各方面に徹底されたことは、詳細な議事録や参加者の書簡などから明らかにされている事実である。
 この本は、その後、ドイツ=イタリア国境にほど近い美しい湖畔の女子修道院において、ローマ・カトリック(法王庁)とナチス側が、その「最終的解決」の実施について協力を確認する秘密の会議が持たれた、という(架空の)出来事が発端となる。 

 と、いうわけで話を本作の世界に戻すと、ヴァチカンではヴェネツィア総大司教であったピエトロ・ルチェッシが教皇に選出され、パウロ七世が誕生している。
 ドイツ、ミュンヘンでは、一人のユダヤ人の大学教授が自宅で執筆中の原稿を奪われて殺害された。名前はベンジャミン・スターン、彼はかつての『神の怒り作戦』のメンバーで、ガブリエル・アロンの盟友であり、現在はミュンヘンにある大学の客員教授としてユダヤ人問題の研究に取り組んでいた。(※『報復という名の芸術』に登場した大富豪のベンジャミン・ストーンとは別人。このあたり、シリーズ初期で、設定がまだ固まっていなかったのか、名前をつかい回したのか。)
 “息子達”の一人が謀殺されたとあって、シャムロンはガブリエルに調査を命じる。一見極右ネオナチの犯行に見えるように偽装されてはいるが、犯行の動機は単なるユダヤ人憎悪ではなく、ヴァチカンの深部にあった。
 調査を始めたガブリエルの周辺で、関係者が次々に暗殺されていく。そこには、ヴァチカンの権威と権益を守ることを至上とした秘密組織の影が。
 〈組織〉が繰り出した殺し屋の鼻先をかすめて情報を集めるものの、ガブリエルはいつの間にか教皇暗殺犯として手配され、警察に追われることとなる。 時を同じくして、新教皇は、ローマ・カソリック教会が犯した、ナチスに協力しユダヤ人虐殺に手を貸した罪を認め、ユダヤ人との和解の一歩を踏み出すことを決めていた。 教会の権威を守るためなら教皇の暗殺も辞さない組織に対抗し、ガブリエルは教皇を守ろうとするが。


作中でガブリエルが修復に取り組んでいる
ベネツィアのサン・ザッカリア教会の祭壇画
この陰影と遠近感がすごい。彫刻を観ているよう。
 ガブリエルはシャムロンと顔を合わせればかならず父親に反発する反抗期の息子のような様相になるが、これでも51歳のいい大人である。ちなみに、以下は〈神の怒り作戦〉の部隊がシャムロンによって組織された頃のガブリエルの描写。

「どういうわけかシャムロンは、ガブリエルの不幸な徴兵時代のファイルに出くわしたのだ。アウシュビッツの生き残りの子どもであるガブリエルは、上官から傲慢で自己本位だと見なされ、鬱々とした気分になりがちだった。しかし、それと同時に高い知性を持ち、司令官の指示を待たずして自主的な行動を取ることができた。マルチリンガルでもあった。その特徴は前線の歩兵部隊ではほとんど役にたたないものの、アリ・シャムロンはおおいに必要としていた。」


「それからの一年半、シャムロンの部隊は〈ブラック・セプテンバー〉のメンバーを十人以上殺した。ガブリエルだけで六人。任務が終わったとき、ベンジャミンは研究者として復帰した。ガブリエルもベトサルエルへ戻り、絵の勉強を続けようとしたのだが、絵の才能は殺された男たちの亡霊によって台無しにされていた。そのため、リーアをイスラエルに残し、ウンベルト・コンティに修復技術を学ぶためにヴェネチアへ向かった。そして、修復の仕事に心の安らぎを見いだした。」  


 ところで、この“ベトサルエル”、『イングリッシュアサシン』では“ベッサエル” 訳者の違う最近のハーパーブックスでは“ベザレル”となっているが、「ベツァルエル美術デザイン学院」(イスラエルの国立美術大学)である。外国語をカタカナ表記する以上、ブレがあるのは仕方ないが、同じ訳者で訳がぶれるのはいかがかと思う。『報復という名の芸術』ほどでないにしても、『イングリッシュ・アサシン』でもヘンな訳があったが、チェックはきちんとしてほしい。

 さて、この巻でキアラが補助工作員(カッツァ)として登場。バイク、車、ヨットの操縦、銃の扱い、負傷の手当、すべてに優れた有能な工作員で、ガブリエルの片腕となる。シャムロンは、作戦のたびにガブリエルの周りに女性を配して(?)ガブリエルの喪失を補い、孤独を埋めようとしてるのだろうか? 
 この後、キアラはやがては恋人となり、彼の子を妊娠し流産もするし、死の危険もくぐったりもするようだが、残念ながら翻訳されていない。 ハーパーで現在原著からほぼ1年遅れで出版している最新作ではガブリエルも結構な年になっているし、ダニエル・シルヴァは新しいシリーズを執筆始めているらしいので、現在刊行されている『過去からの密使』の次の巻でひょっとしてシリーズ終了とか?まさか?
 なので、ぜひ。未訳のシリーズ中盤が日本で出版されることを願っている。 

【著者あとがきより引用 P.386】
 ローマ教皇ピウス12世は1939年から、1958年に死去するまで在位した。ヨーロッパにおけるユダヤ人全滅の危機に際し、連合国が何度も要請したにもかかわらず教皇が公的に沈黙を守ったことに関して、ホロコースト研究家のスーザン・ズッコッティの言葉を借りると、『論じられる事は稀であり、論じる事は不適切』な状況が醸成されている。そして、第三帝国の崩壊後、協会関係者によってアドルフ・アイヒマンとナチの著名な殺人者たちに保護と援助がなされたのである。
 
教皇ピウス12世の実像は、ヴァチカン秘密文書保管所に隠されていた文書によって、より正確なものになるだろう。しかし、戦争終結から半世紀以上が過ぎても、教皇庁は真実を探求する歴史家たちに記録の宝庫を解放することを拒絶し、文章保管庫にある11巻の公式記録文書、すなわち1965年から1981年の間に出版された戦時中の外交通信記録を閲覧可能にしていると主張している。第二次世界大戦における教皇庁の活動と文書』というその記録は、大戦に関する詳細な歴史的記述の多くに役立ってきた。しかしそれは、ヴァチカンが世界に見せたがっている文書に過ぎないのだ。
 秘密文書保管所には、その他にどんな忌まわしいものが潜んでいるのか? 1999年10月、追い詰められた教皇の周りに渦巻く議論を沈めるため、ヴァチカンは6人の独立した歴史研究者からなる調査委員会を作り、戦時中のピウス12世と教皇庁の行為を再検討させた。 (中略) 調査委員会は47の質問事項をバチカンに提示し、同時に秘密文書保管所の証拠書類開示を要求した。日記、忘備録、スケジュール帳、会議の議事録、草稿などの記録、戦時中のヴァチカン幹部の個人的な文書を。なんの回答もないまま、10ヵ月が過ぎた。ヴァチカンに文章を公開する意思のないことがはっきりした時、調査委員会は任務を完了しないまま解散した。 (中略) ガーディアン紙に引用された筋によれば、秘密文書保管所に出入りすることは『ヴァチカン国務省長官アンジェロ・ソダーノ枢機卿が率いる秘密結社によって阻止されている』のである。ソダーノ枢機卿は、文書保管所の公開に反対している。非常に危険な先例を作り、他の歴史研究、例えば教皇庁と、血塗られたラテン・アメリカの軍事政権の関係のような研究に対し、ヴァチカンをさらしものにしかねないと言うのがその理由だ。 
 教会内部には、教会のユダヤ人迫害の罪を積極的に認めるとともに、戦時中の行動についてより正確な報告書をヴァチカンに提出させようとする人たちも確実に存在する。そのひとりであるミルウォーキーのランバート・ウィークランド大司教は、「我々カトリック教徒は、数百年にわたり、ユダヤ人の兄弟姉妹に対して神の法に逆らった流儀で行動してきた」と言っている。また、1999年11月ウィスコンシン州フォックス・ポイントのユダヤ人会においてこう述べた。「そういった行動が肉体的かつ精神的に、何世代にもわたってユダヤ人コミュニティーを傷つけてきた」と。 
 そして、大司教は注目すべき発言をしている。「我々カトリック信者は、ユダヤ人は信用できず、偽善的で神を殺す者だといった教義を説き、ユダヤ人の兄弟姉妹の人間としての尊厳をおとしめ、神のご意志に沿った行動であるかのようにユダヤ人に復讐する状況を作り出した。そうそうしたことで、われわれカトリック信者は、ホロコーストを可能ならしめた状況に力を貸したと言わざるを得ないのである」

・・・・長くなったし、ほぼ丸々全文を引用するのも芸がないとは思ったが、ほとんど、どこも端折れなかった。ユダヤ人迫害は遠いヨーロッパ社会の出来事のように感じるかもしれないが、きちんと我が身と我が足元を確認し、検証しなければならない。集団の狂気は、決して人ごとではない。 

2020年3月のニュース →『ヴァチカン、第2次世界大戦中の教皇の関連文書を公開 ホロコースト黙認か』 

 

2021年1月18日月曜日

0250 イングリッシュ・アサシン―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ(論創ミステリー)

書 名 「イングリッシュ・アサシン―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ」 
原 題 「The English Assassin」2002年 
著 者 ダニエル・シルヴァ 
翻訳者 山本 光伸 
出 版 論創社 2006年1月 
初 読 2021年1月17日 
単行本 386ページ 
ISBN-10  4846005577 
ISBN-13  978-4846005573

 爆弾テロ、多過ぎである。いったいこのシリーズで、ガブリエル・アロンは何回爆弾テロに遭遇するのだろうか?
 両腕に怪我をして、特に右手は腱の状態が良くないからきちんと手術をしないと動きが悪くなるだろう、とまで医者に言われて、しかもその後で散々ボコられてぼろぼろにされるし、これまでコートランド・ジェントリーのことを負傷の多い奴だと思っていたけど、ガブリエル・アロンはコートのはるか上を行く。

 さて、最近ではハーパーブックスから出版されているガブリエル・アロンシリーズであるが、こちらは論創社より出版されているシリーズ最初の4冊のうちの2冊目。ヨーロッパにおける現代史の暗部。ナチスとどのような関わりを持ったか、というテーマは、ヨーロッパ各国の記憶の深部に横たわる十字架だ。スイスに秘匿された、ナチスの隠し財産。フランスのユダヤ人から収奪された多くの美術品が、スイスに流れ込み、現在も個人の所蔵家や銀行の地下金庫に秘匿されている。戦中、ナチスの協力者だったある銀行家は良心の痛みに耐えかね、自分が秘蔵している元はユダヤ人から略奪された名画の数々を、秘密裏にイスラエルに返還しようとする。しかし、それは彼の「仲間」にとって許すベからざる裏切りだった。

 イスラエル諜報組織側がスイスの銀行家ロルフの元に立てた使者は美術修復師のガブリエル。名画コレクションを所蔵するコレクターである銀行家を訪問するには格好の人選だった。しかし、ガブリエルが訪問したとき、銀行家はすでに死体になっていた。そして、殺人への関与を疑われたガブリエルは警察に正体を見破られ、拘束されてしまう。

 シャムロンの手配で難を逃れたガブリエルは、失われた絵画を探すために、ロルフの娘であるヴァイオリニスト、アンナと逢う。さらにロルフの美術顧問をしていたパリの画商を訪れると、画商が爆弾テロの標的にされる。危険を察知して現場を離れつつあったガブリエルの頭上にも爆風で割れた周囲のビルの窓ガラスが降り注ぎ、頭部をかばったおかげで両腕に負傷。医者を連れて支援に出張ったウージ・ナヴォトと落ち合い、その場で治療を受けるものの、きちんと手術をやり直さないと右手に支障がでるだろうと警告される。しかし、作戦の渦中でのんびり治療に専念できるわけもない。ガブリエルはそのまま追跡を続行。
 著名なバイオリニストであるアンナ・ロルフもガブリエルに協力し、やがて、ある銀行の貸金庫に収められたロルフのコレクションを発見して、英国の画商イシャーウッドの元に運び込むことにひとまず成功する。ガブリエルは、さらに隠されているはずの美術品と、それを所蔵しているナチスと繋がるスイスの地下組織を暴く為に突き進む。

 この地下組織が、ガブリエルを抹殺するために雇ったのがコルシカの殺し屋。仕事を請け負った「英国人」はガブリエルの殺害に動くが、ガブリエルの動きを追ううちに、自分が請け負っている仕事に疑問が生じて・・・・・
 この「英国人」、コートランド・ジェントリー並みの「お人好し系」である。隠しきれない人の好さと、紛れもない技術と、自分の意図とは無関係に組織からこぼれ落ちてしまった悲哀がまた、グレイマンぽい。そしてラストでは頼まれもしないのに、ガブリエルの仕事を人知れず肩代わりするあたり、美味しいところをさくっと持っていっている。コルシカ島の庇護者にも、友人(この本ではまだそこまで到達していないけど)にも恵まれるこの「英国人」は、そういう意味ではグレイマンよりかなり幸せな奴である。

 さて、地下組織の根城に乗り込もうとしたガブリエルは、裏をかかれて殴り倒されてつかまってしまう。殴る蹴るの拷問を受け、その惨状は例えるなら作品『拷問室の男』。自分を客観視するときにはついキャンバスに描かれた絵を想像するところがガブリエルらしいっちゃ、らしい。協力者の力で命からがら脱出はしたものの、負傷は全身に及び・・・・・書かれていなかったが、右腕のガラスによる裂傷もちゃんと再治療したんだろうな? テルアビブで治療を受け、イギリス、コーンウォールの海辺の自宅コテージに戻るのに3ヶ月の時間を要した。なんというか・・・・本当に、この人、怪我が多い。そして、すっきり悪を倒して一見落着、ということにならないのも、ダニエル・シルヴァらしい幕切れである。そんなに単純に事はおさまらない、だけど時間は進んでいくし、傷は時間に癒やされるものでもある、という哲学めいたものを感じないでもない。(←かなり無理がある。)
 
 ハーパーBooksのシリーズは14作目以降なので、ガブリエルは次期〈オフィス〉長官に内定していて、作戦についてもどちらかといえば指揮官であったり、作戦そのものも頭脳戦・諜報戦だったり、地味に落ち着いている感じがそれはそれでイイのだが、このシリーズ冒頭の作品群ではまだ、ガブリエルはシャムロン麾下の一介の「暗殺工作員(キドン)」であり、ストーリーも相当荒事寄りなようだ。とはいえ、外見上年齢不詳なガブリエルも実は50歳だったりして、あまり無茶はさせないで欲しい、とつい思ってしまう。それから、商売道具の利き手は大事にして!(あと、いくら年齢不詳とはいえ、五十男にしては台詞廻しが軽い。なんか親に反抗するティーンエイジャーみたいで、もうすこし落ち着いた感じに訳出できなかったものかと。。。。)