2024年2月29日木曜日

0466 棲月―隠蔽捜査7― (新潮文庫)

書 名 「棲月―隠蔽捜査7―」
著 者 今野 敏    
出 版 新潮社 単行本初版2018年1月
        文庫本初版2020年7月
文 庫 432ページ
初 読 2024年2月28日
ISBN-10 4101321639
ISBN-13 978-4101321639
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/119257021
 
 ううむ。なんだかモヤる。
 今まで読んだ中では、一番面白くなかったかもしれない。
 事件が所管の中で収まって、野間崎たち、方面本部の出番が無かったからか、コンピューターオタクの田鶴が生意気だったからか(?)。
 これはほぼ、見込み捜査ではなないのか。ほぼ、直感だのみで、犯人が判明するまでの過程にもスリルもひねりもなく、強いていうなら、虐められた少年ハッカーの得体の知れ無さを描きたかったのか?
 それに、冒頭の、鉄道本社はともかく、銀行への職員派遣はやはり越権のように思えるし、生安部長の鹿児島弁も、なんだかわざとらしいような気がしてしまうし。
 
 ただまあ、野間崎や部下の課長たちとのやりとりは、今回も面白かった。

「それもわかっているつもりです。ええ、私個人はわかっているのです。竜崎署長に何を申し上げても無駄だと・・・・・」

「課長にプレッシャーですか。怖いもの知らずですね」 

 やはり、この巻のメインは、異動を目前にした竜崎の感慨か。
 まぁ何はともあれ、次の巻からは神奈川県警である。警視庁の刑事部長と、神奈川県警本部の刑事部長がイスを並べて共闘するのを楽しみにしていよう。

2024年2月26日月曜日

0465 署長シンドローム(単行本)

書 名 「署長シンドローム」
著 者 今野 敏    
出 版 講談社 単行本初版2023年3月
単行本 336ページ
初 読 2024年2月26日
ISBN-10 406529780X
ISBN-13 978-4065297803
 迷ったすえ、Audibleで読了。朗読の国分和人さんの声はとても好みです。いろいろなキャラを声で演じ分けているわけですが、あの大森署の問題児(?)戸高が、実に格好良く聞こえるのです。声質と声のとおりとテンポが、もう、二枚目にしか聞こえない(笑)。なんかキャラがちがーう(笑)。でも、これはこれで良かったです。

 で、さて。
 竜崎が去ったあとの大森署に着任した女性署長。藍本小百合警視正。バリバリのキャリアです。キャリアである以上、間違いなく頭がいいはずなのです。だがポイントはそこではない。彼女は驚くべき美貌の持ち主で、目が合った男どもがことごとくフラフラになるのだ。
 あの嫌みったらしい第二方面本部長の弓削も、野間崎管理官も、広報部長も、組対部長も、ただ、彼女に会いたいがために、なんだかんだと用事を作って大森署に日参する。そう、『署長シンドローム』とは、藍本署長を直視してしまった男が必ずや罹患する、表情筋の脱力と緊張感の喪失と、思考力の低下と多幸感をもたらす症候群なのだ。

 そして、藍本署長は天然なのか、養殖なのか?これが謎だ。

 まさに短編「空席」で私が “もはや死語だろ!” と言った「おんな言葉」を使いこなし、並み居る男どもを骨抜きにし、ぐだぐだになったところで捜査を的確なポジションにもって行く。そして、なぜかみんなが幸せな気分になる。これがアリなら、正論突破で四方八方を敵に回しながら組織をぶん回していた竜崎はなんなんだ!? と、男社会のただ中を正中に構えた抜き身の言説で切り開いている竜崎がいささか気の毒な気分になるのだ。(笑)

 そして、起きた事件がまた、デカい。羽田沖の海上で、外国人組織同士が武器と麻薬の大きな取引をしようとしている、という情報がCIAから寄せられ、警視庁が対策を取る。例によって横やりをいれてきたマトリも藍本に巻き込まれて協力体制となり、首尾良く密輸現場を摘発できたと思いきや、犯人の1人が特大の兵器を持って逃走していた。その兵器が冷戦の置き土産の小型核爆弾だというから、捜査関係者の間に震撼が走るのだが。

 「それって誰かが幸せになるのかしら?」というパワーワードで男どもを煙に巻き、物事を収めていく藍本署長の、そうとは見えない力業。だからって、あれでいいのか?と思わんでもない。
 しかも、あの竜崎を尊敬してやまない貝沼に「心地よい指揮」と言わしめる。藍本イズムに包まれた大森署は謎のお花畑になりつつありますが、きっとみんなが幸せならそれで良いのでしょう。

 ちょこっと出演した竜崎神奈川県警刑事部長は、相変わらずでした。警視庁を通さずに神奈川県警に連絡をいれた貝沼を、「よくやった」と誉める。誉められた貝沼がじんわりとうれしさに浸るのが、読んでいるこちらも嬉しい。『隠蔽捜査シリーズ』では今ひとつ腹の読めない、何を考えているか判らない貝沼副署長の、内心の声がダダ漏れなのも面白い。捜査本部で根性のワルい本庁課長と性格のワルいマトリの舌戦が始まるのを、ワクワクして待っているところは、なかなかお茶目な人でした。

 あの竜崎が、お国のためにってあんなにストイックに背負っていた「責任」をかるがると引き受ける藍本は、天然なのか、養殖なのか? 変人唐変木の竜崎は、果たして『署長シンドローム』に免役があるのか? ぜひこの二人を会わせてみたいもの。次なるスピンオフを期待します。


0464 去就—隠蔽捜査6 —(新潮文庫)

書 名 「去就―隠蔽捜査6―」
著 者 今野 敏    
出 版 新潮社 単行本初版2016年7月
        文庫本初版2018年11月

初 読 2024年2月25日
ISBN-10 4101321620
ISBN-13 978-4101321622
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/119199610

 テーマはストーカー。そして竜崎の娘、美紀の彼氏もストーカー化疑惑? 美紀ちゃんは父親ににてサバサバしてるから、ウエット気味な彼氏は鬱陶しく感じてしまうのか?
 
 桶川ストーカー殺人、三鷹ストーカー殺人などの苦い経験を踏まえ、ストーカー規制法やDV防止法も制定され、警察は現在では、この手の案件には比較的迅速に対応してくれているとは思うが、この方面は日々刻々と現場の状況も変わっているのかもしれない。ストーリーは2016年時点。

 さて、冒頭より、警察庁主導のストーカー対策チームの結成に絡み、第二方面本部長が大森署に向かって不穏な圧を発している。その窓口は、損な役回りが定着している野間崎管理官。そして時を同じくして管内にストーカーによると思われる殺人および誘拐事件が発生した。犯人は猟銃と散弾を所持しているとの情報が寄せられ、大森署の指揮本部は緊迫するが、現場から上げられる一つ一つの印象が、事件の大筋とちぐはぐで。だいたいこの辺りで、ああこれは被害者側の狂言で、目的は今彼の殺害、元カレはスケープゴートだなとピンとくる。それを更に裏書きするどんでんがあるかないか、が個人的には焦眉の関心になったのだが。
 
 だがこのシリーズの肝はむしろそういったミステリー要素ではなく、あくまでも組織論と変人竜崎の正論がどこまで通用するか?にある。

 現場大好き伊丹はともかく、第二方面本部長の弓削と野真崎までやってきて、指揮本部で余計な圧を発している。どうも、現場の主導権を伊丹もしくは竜崎から奪おうとしている模様だが、竜崎が歯牙にもひっかけないあしらいで、それがかえってプライドを傷つけたものか、本格的に竜崎の追い落としにかかってくる。しかし、いかんせん、小物に過ぎる。

 弓削がイヤな奴丸出しになったおかげで、相対的に野間崎管理官が浮上したようで、なによりである。

「今回の事案に関して、何か不手際はありませんでしたか?」・・・と尋ねる副署長はいよいよ心配性の執事のようだ(笑)

「損をするぞ」と戸高をたしなめる竜崎に「それ、署長にいわれたくないですね」と返す戸高。よく言った(笑笑)

◆ 上司は選べない、という野間崎に「弓削もあれで、いいところもあるはずだ。根回しなどが必要な場合には役に立つだろう」と竜崎。それ、それくらいしか役に立たない、と行っているのと同じ・・・・いや、その根回しに失敗したの知ってるだろうに(笑笑笑)

◆ 公務員である以上、どこに異動しても力をつくすだけだ、という竜崎に対して、「おまえも署長が気に入っているんじゃないのか」「俺はどこに行ってもおなじだ」「いや間違いなく気に入っているはずだ」と伊丹。なんだかんだで性格を読んでいる。あんたたちは良い同期だ。(笑笑笑笑)

 今作、一番のお気に入りは、第二方面本部長の弓削の目の前で、野間崎に直接指示だしする竜崎(笑)。いちいち本部長にお伺いをたてなくても、君は動けるだろう?と投げかけて、

「やってみましょう。おまかせください」

 と、野間崎に言わせる竜崎は人たらしだねえ。ともかく、シリーズで初めて、野間崎管理官が格好良く見えた瞬間であった。

2024年2月24日土曜日

0463 選択 隠蔽捜査外伝 (Kindle)

書 名 「選択 隠蔽捜査外伝」
著 者 今野 敏         
出 版 U-NEXT 2020年11月
初 読 2024年2月23日
ASIN  B08NCL2BMK
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/119159621 

 竜崎の長女、美紀ちゃん主人公の短編。就職したての若い女性の感性が、過不足なく描かれていてとても好感が持てる。頑張っている美紀ちゃんが瑞々しい。
 竜崎のアドバイスはいつもの調子なんだが、あれ、きっと電話しているよね。そういうことは嫌いでも、娘のためになら、新橋署の署長に電話を一本・・・・。

・・・・ところで、この表紙の美紀ちゃんのシニヨンがどうも中心線からズレているのが気になってしょうがない(笑)

0462 空席 隠蔽捜査シリーズ (Kindle Single)

書 名 「空席 隠蔽捜査シリーズ」
著 者 今野 敏         
出 版 Amazon Publishing  2018年11月
初 読 2024年2月23日
ASIN  B07JZ3R4HB

 竜崎を職員総出で見送った直後。
 次の署長は北海道からの赴任する女性キャリアで、着任に遅れが生じている。大森署への到着は翌日の予定。署長不在の空白の一日が生じてしまった。
 そこに品川で発生したひったくり2件の緊急配備がかかり、そうこうしている間に、大森管轄でタクシー強盗が発生。2件の緊配はさすがに対応不能だが、そこに積年の恨みを晴らそうと言わんばかりの野間崎がごり押しに乗り込む。窮した課長・副署長は竜崎に助言を求める。竜崎が去った後の大森署の小話です。だがしかし。
今時「あら、よろしくね。〜〜よ」って自己紹介する女性管理職がいるのか?
もはや「ざあます」言葉くらい死語だろ!!!

0461 宰領―隠蔽捜査5―(新潮文庫)

書 名 「宰領―隠蔽捜査5―」
著 者 今野 敏    
出 版 新潮社 単行本初版2013年6月
        文庫本初版2016年2月
文 庫 423ページ
初 読 2024年2月24日
ISBN-10 4101321604
ISBN-13 978-4101321608
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/119169728


 誤字? 文庫本ではSTS。KindleではSIS。正しいのは多分SISだよね?(ほら、コレですよ→SIS 丹沢湖駐在 武田晴虎 (ハルキ文庫 な 13-7) ) というのはまあ、置いておいて。

 原理原則と合理性の人、竜崎の采配が光る第5巻です。
 今度は現職国会議員の誘拐・監禁事件。羽田から都内の議員事務所に車で向かったはずの議員が消息を絶ち、議員の運転手は、車の中で死体となって発見された。大森署には指揮本部が置かれ、やがて犯人が横須賀方面に潜伏していることが判明し、横須賀署内に前線本部を置くことになる。伊丹はその前線の指揮を竜崎にまかせる。なにしろ警視庁と神奈川県警は世に知られた犬猿の仲。なまじな人間が乗り込んだところで、まともに捜査協力が敷けるとは思えない。
 現場の捜査一課長は現場からのたたき上げのノンキャリ。あからさまな反感を竜崎にぶつけてくる。しかし、竜崎のブレない指揮と、県警から警視庁に派遣されていた捜査員を上手く使うことで、だんだん県警捜査員の受け止めが変わってくる。
 最後の突入作戦にSIT(警視庁の突入部隊)とSIS(神奈川県警のSITに相当する部隊)のどちらを使うかで伊丹と対立し、あくまで県警の部隊を使うと伊丹を突っぱねたあたりで、完全に神奈川県警側捜査員のハートをわしづかみ(笑)。

 なんとか本日中に事件を解決させたい(といっている時点で23時45分)と言った竜崎に、SISの班長が言う。
「その願いを叶えてご覧にいれましょう」
くぅぅうううっ 痺れるねえ。
 SITの下平のフォローをするのも、最後に県警本部長に因果を含めにいくのも、「責任と取る」っていうのはこういうことか、と。人間、なかなかここまで捨て身になれるものでもないけど、捨て身の覚悟を示すことで、開ける道もあるってことかと思う。

 なんかもう、竜崎も、脇キャラも格好良くって、堪らん。

ラストのひねりもよい。事件の解決と、竜崎の危機も、うまく幕引きできたし、伊丹が破顔するのも目に浮かぶよう。ついでに長男邦彦君の受験も無事に終了。いやあ良かった。



2024年2月23日金曜日

0460 自覚―隠蔽捜査5.5―(新潮文庫)

書 名 「自覚―隠蔽捜査5.5―」
著 者 今野 敏    
出 版 新潮社 単行本初版2014年10月
        文庫本初版2017年4月
文 庫 321ページ
初 読 2024年2月22日
ISBN-10 4101321612
ISBN-13 978-4101321615
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/119125522

漏洩
 失敗すると、まず叱責されることを連想し、それを避けるためにできるだけ穏便に上司に報告したくなる。そのために情報収集をして、整理してから良い要素を揃えて報告したいし、材料を集めるまでは報告したくない。そんなしがない中間管理職の葛藤が手に取るようにわかる。だがしかし、悪い情報ほど早く上げろ、というのが危機管理の基本。そのこころは早く対策を取るためであって、責任追及のためではない。そのことが上から下まで浸透していなければならないし、下の者が上を信頼できていないと悪い情報は上にはなかなか上がっていかない。 そんなお話。

訓練
 女性若手キャリアの畠山美奈子はスカイマーシャル(旅客機に単身で乗り込み、ハイジャック犯に備える武装警官)の訓練を受けることに。銃器の知識も扱いも、ましてや武術では到底選抜された男性機動隊員達には敵わない。くじけそうになる畠山は思わず竜崎にTEL。竜崎の意外なアドバイスが畠山を助ける。

人事
 人事異動があり、新しく第二方面本部長になった弓削は、野間崎管理官から見ると思いついたら即行動する強引さと、これと決めたらてこでも動かない頑固な側面がありそう。その新本部長に管内の問題を問われて、思わず「大崎署」と答えてしまう野間崎。さらにその理由を聞かれて、竜崎署長の幾多の問題行動を説明するうちに、なんだか問題を指摘しているのだか褒めているのだかわからなくなってくる。そして新任本部長と第二方面の問題児(?)変人竜崎がご対面〜〜〜! 性格も経歴もまったくちがうものの、有能な指揮官としてはあい通ずるものがありそう。今後の事件が楽しみ。個性強めの二人に挟まれる常識人野間崎管理官の苦労やいかに?(笑)

自覚
 管内で発生した強盗殺人事件。犯人は現場から逃走中。独自の推理で犯人を追った戸高は犯人を発見し、そして発砲。犯人を取り押さえたことを成果と捉える竜崎と、発泡を問題視する副所長。マスコミの目、上層部への忖度、気配りできる細やかさが仇になった副所長の迷いを祓う竜崎節が鮮やか。電話をかけてきた刑事部長に「説明なら俺がいくらでもしてやる」で終了。

実地
 新人が職場実習に配置される秋。交番で空き巣の常習犯に職質をしながら逃してしまうという事案が発生。激怒する刑事課長と受けて立つ地域課長! 売り言葉に買い言葉で罵り合いが勃発、そこに本庁刑事課と第二方面の野真崎まで参戦し、ついに決戦の場は所長室へ(笑)。
 なんとしても部下を庇いたい地域課長。なんとなれば職質したのは実習中の新人警官の卵だったから。責任追及にイキリ立つ管理職たちの話を聞いて竜崎は一言。「君たちは何をやってるんだ?」
 竜崎のブレない姿勢が物事を明確に、シンプルにし、そして事態を解決に結びつける。地域課長と刑事課長の和解の一コマが微笑ましい。

検挙
 この話は唯一もやもやする。戸高の行動は理解はできる。だが一般市民を巻き込む手段はいただけない。これは明らかに公務員の職権濫用で、抵抗できない一般市民に実害を与えている。
 たった一晩警察に泊められただけで人生が壊れる人もいるかもしれない。公務員は自分が行使している権力を自覚しなければならない。どんなに末端の下っ端っであったとしてもだ。竜崎は、戸高に説教くらいはしてもらいたかったね。この行動を無言で肯定するのは誤りだと竜崎に断固指摘したい。

送検
 いかにも伊丹がやりそうな勇み足。それを無言でフォローする竜崎。親友と言われれば否定する竜崎だが、やっぱりいいコンビだ。

総論・・・大森署の面々の目・事件を通した竜崎の姿勢。ブレない合理性は突き詰めると人情にも通じる。きっと竜崎のハンコもブレずに朱色も赤々ときっちり押印欄に収まってるんだろうな(笑)

 それにしても、モチーフの一つ一つがいちいち身に染みる。我が身を振り返って、視点を変えてみると、自分の通常業務だって毎日こんなに面白いことなのかもしれない。仕事ってのは毎日がスリリングだ。だが、悲しいかな。才能はないし守秘義務はあるので、そういった事をネタに小説は書けない。

2024年2月21日水曜日

0458 疑心―隠蔽捜査3― (新潮文庫)

書 名 「疑心―隠蔽捜査3―」
著 者 今野 敏    
出 版 新潮社 単行本初版2009年3月
        文庫本初版2012年1月
文 庫 330ページ
初 読 2024年2月18日
ISBN-10 4103002530
ISBN-13 978-4103002536
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/119077628

 さて、竜崎。あなた、ちょっと書店にいって、『隠蔽捜査』って本を読んでいらっしゃい。恋愛は犬猫でもできる。って主人公がいってるわよ。 と思わず言いたくなるような、突然のフォール・イン・ラブ(笑)。 交通事故にあったようだ、と当人が言ってるにしても、あまりに唐突で読んでいるこちらがびっくりだ。あまりにも竜崎がアワアワしているので、こっちまで赤面しそう。わたしこういう恋愛モノは苦手だわ〜〜〜〜〜と思って、つい4巻を手にとり、先に読了してしまったよ。

 だがしかし、やはり我らが唐変木の朴念仁は理性の人であるので、この難局の乗り切り方ももひと味違う。禅の公案を考え続け、一つの結論に到る。というよりは目からウロコが落ちる。いわく「全て受け入れる」。つまるところ、アワアワするのを辞める。それだけの事だが、なにかを突き抜けた感がある竜崎は爽やか。自己完結しただけと言えなくもないような気がするが・・・・・
 事件のほうは、米大統領の訪日に合わせた特別警備体制に巻き込まれるところから。警備本部が立ち上がり、なぜか第二方面本部長の頭越しに羽田を含む警備本部長の任命が、竜崎に降りてくる。管内で不審な交通事故が発生し、米国側シークレットサービスが乗り込んでくるし、米大統領を狙ったテロ計画まで見え隠れして、と羽田空港を抱える大田区ならではのストーリー立てが面白かった。刑事の戸高とのやり取りが面白い。
 これまでは理性と合理性で全てを押し切ってきた竜崎だったが、もしかしたらこの経験で少し深みが加わったかもね?

0459 転迷―隠蔽捜査4― (新潮文庫)

書 名 「転迷―隠蔽捜査4―」
著 者 今野 敏    
出 版 新潮社 単行本初版2011年9月
        文庫本初版2014年4月
文 庫 426ページ
初 読 2024年2月18日
ISBN-10 4101321590
ISBN-13 978-4101321592
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/119077619

「胸騒ぎがする」

 平穏無事な大森署で、現場叩き上げの副署長が発する静かな言葉が嵐の到来を予告。
 その夜、管内で続いていた連続放火事件がついにボヤでは済まなくなって、住宅火災が発生。家は半焼、幸いにしてケガ人はなし。隣接の大井署管内では殺人事件で捜査本部が立ち上がり、大森署管内で起きたひき逃げは計画殺人の様相を呈してきて、本庁の交通捜査課が捜査に人員を差し出せ、と強要してきたのを突っぱねたら、大森署内に捜査本部を立ち上げられて、全面協力を余儀なくさせられた。カザフスタンに赴任していた娘の彼氏が赴任先で飛行機事故に巻き込まれたかもしれないという連絡に、普段はしないが伝手をつかって外務省の知人に確認を依頼したのは良いが、相手は国際情報官室の人間で、隣の殺人事件と自領の轢き逃げ殺人、両方とも被害者は外務省関係者。お互いに腹を探り合うハメになる。そうこうしている時に、泳がせ捜査の邪魔をされたと麻取が所長室に怒鳴り込み(笑) 。これをまとめていなせるのは流石に竜崎しかいないだろう。伝家の宝刀・正論突破で各方面の毒気を抜きつつ、錯綜する状況を整理し、いやだいやだと言いながらも、最後は刑事部長の陰謀と恨み節もかませつつ二つの捜査本部を仕切ることに。本庁の刑事部長(伊丹・同期)と、交通部長(一期下・階級は同格)に指図して動かし、情報を秘匿する外務省と警察庁の公安から情報の断片を引出し、麻取をいなしつつ捜査を進め、そして断片をつなぎ合わせて事件の核心を言い当てる。
 今作も、我らが竜崎は、自己の理想とする国家公務員の道をひたすらに進むのみである。

 それにしても、ドラクエ風の電子音楽をバックに

「りゅうざきはあたらしいぶきをてにいれた。ハンコだ」 
「ハンコをつかうとてきのこうげきりょくがはんぶんになる」 
 
というフレーズを思いついてしまい、頭にこびりついて離れない。

 あと、余談ながら
「公務員ですから、異動になれば、どこででも働きます」
という竜崎のセリフが気にいっている。
 実は、同じことを言ったことがあるんだよね。
「どこに行こうが、行った先で全力を尽くすのが公務員ですから」と・・・・・
私にも、竜崎の血がすこし流れているとうれしいな、と思う。

2024年2月17日土曜日

0457 隠蔽捜査(新潮文庫)

書 名 「隠蔽捜査」
著 者 今野 敏    
出 版 新潮社 単行本初版2005年9月
        文庫本初版2008年1月
文 庫 409ページ
初 読 2024年2月16日
ISBN-10 4101321531
ISBN-13 978-4101321530
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/118990747

 隠蔽捜査シリーズ1冊目。2冊目の方を先に読んでるからいいが、この出だし! 最初の50ページくらいでコイツだめだろ、とこの本を去って行く人もいるんじゃないか?っていうくらい、竜崎の思想がダメ(笑)。というよりダメな風に意図的に描かれているよね。だから、後半、竜崎が動いて、彼の思っていることがきちんと表明されてくると、竜崎にどんどん引き込まれていくのだけど、この作りはあざといだろ?と、ちょっと思った。
 なにしろ竜崎は東大至上主義で、高慢なエリート官僚で、この国は官僚が動かしていると思って憚らず、家の事は妻の仕事、自分の役目は国家の治安を守ること、と信じて譲らない。ついでにいうと、竜崎が守っているのは「国民」ではなく「国家」だ。
 おまけに、下敷きとなっているのが1988〜89年に起こった、女子高生コンクリート詰め殺人事件。作中の事件は、当時少年だったその犯行グループのメンバーが殺害される、というショッキングな内容だ。

 しかし読んでいるうちに、東大至上主義なのは竜崎なりの理由があるし、竜崎にとっては、東大は目標ではなく手段に過ぎない、ということも判ってくる。息子にそれを強要したのも、息子になりたいものがまだ判っていないようなので、とりあえず目先の進路として最高なものを目指しとけ、というに過ぎなかったし、エリート至上主義にもそれに相応するだけの矜持があった。なによりもその剛直で強烈な変人ぶりにもかかわらず、ナイーブなところがあるのも、読者のハートを掴んでくる。
 だからといって、竜崎みたいな考え方は危ういよなあ。とも思う。竜崎なりの絶妙なバランス感覚があってこそだが、一歩間違えば二・二六の青年将校みたいになりかねん。強烈な信念なんていうのは、実は危うくて危険な代物だと思う。
 だがまあ、我らが竜崎はそうはならない、というところを信じて、彼の変人唐変木ぶりを、他の読者諸氏同様に、楽しんで読むしかない、いや実際一種の同業者としては、非常に身につまされるものもあるのだ。

 2巻と同様、メインは犯罪捜査ではなく、官僚組織論と危機管理/ダメージコントロールなので、選んだモチーフは昭和を象徴するような少年犯罪だったが、強いメッセージ性は帯びていないのも良かった。
 
 それにしても、恋愛は犬猫でもできる。動物的な感情だ。人間は理性があるからこそ人間なんだ、って、それ3巻の竜崎に読ませてあげたいね(笑)

2024年2月12日月曜日

0456 果断―隠蔽捜査2―(新潮文庫)

書 名 「果断―隠蔽捜査2―」
著 者 今野 敏    
出 版 新潮社 単行本初版2007年4月
        文庫本初版2010年1月
文 庫 405ページ
初 読 2024年2月11日
ISBN-10 4101321566
ISBN-13 978-4101321561
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/118888078

 『隠蔽捜査』(シリーズ一作目)から手元に置いてあったのに、なぜか2巻目から読み始めてしまった。理由は手の近くにあったから。だが、各巻をパラパラとめくったことはあり、どこから読み始めようが面白いはず、という確信はあった。
 大学浪人している息子の不祥事で、降格人事の憂き目にあった警察官僚の竜崎。警察庁の官房から所轄の署長に異動するところから話は始まる。
 しかし、中央官房で出世する道は閉ざされても、竜崎はくさらない。自分に与えられた持ち場で、自分の思う最善を尽くすのが、公務員の本分だと心底から考えている。改善すべきことはどこにでもあり、それならば断固として改善すべきであり、それを行うのが自分の為すべきことなのだ、と思っている。
 隙間だらけで錆も付いた緩んだ歯車のような旧態依然の官僚組織が、竜崎という強力な動力に巻かれてびっしりと動き出す、そんな様子が頭に浮かぶ。まず言動で示し、部下や組織を動かし、そして当の歯車たちの心が動く。そうやって動き始めた組織は、大きな成果を生むのだ。

 事件は、竜崎が着任した大森署管内で起こる。消費者金融の強盗事件逃走犯と思しき犯人が署からも程近い繁華街の小料理屋に立てこもり、そこで発砲事件が起こる。
 大森署内に捜査本部(帳場)が立ち上がり、本庁からは人員や幹部が大挙して乗り込み、所轄は情報も与えられず人足のように使われるだけ。だが、竜崎は自分の身を最前線にねじ込ませ、現場を掌握する。
 そして事件は一応の解決を見るが、犯人銃殺の責を問われて、竜崎は窮地に立たされる。

 事件そのものよりも、原理原則を貫く竜崎の立ち居振る舞いを反抗ととらえたり面白くないと感じ、潰そうとする周囲の管理職との丁々発止が面白い。部下に責任転嫁することなく、正面からそれを受け止め、部下や現場の人間を守る竜崎を、最初は疑い深く、やがて驚きの目で、そしてついに信頼の思いで見守る部下は、自らも動き出す。姑息な人間、能力はあるが認められずうらぶれた捜査員、力のある人間、上司や組織に尽くすことを本分と信じる人間、様々な人間が、それぞれの立場でそれぞれの気持ちや思惑を巡らせ、行動する。その中で竜崎が見せる信念と揺らがなさが、なかなかそれを実行することが難しい読者にとっても快い。そして私は、木っ端役人の一人として心慰められた。

 竜崎自身については、それはどうなの?と思うところは沢山ある。

 家庭を顧みず、女は就職なぞしないでもよい、と内心考え、息子には東大以外大学じゃないと進路を強要し、妻がいなければ風呂湯沸かしのスイッチも押せず、クリーニング済みのワイシャツすらどこにあるのか判らない。風呂から出ればそこに部屋着が用意されているのが当たり前、妻はいつも敬語。この男、私より多分10〜15歳くらい年上か。たぶん初巻が発行された2005年の頃に40代後半くらいの設定ってことは昭和30年代生まれで、つまりは著者と同年代。にしてもいくら昭和の男だとしても、こいつどうなの? 妻にかしずかれるタオパンパは決して私の理想の男ではない! 
※タオパンパは2ちゃん系のネットスラングね。お風呂から出たらそこにタオルとパンツとパジャマをママが用意してくれている過保護男のことだ
 そして、息子に見せられた『風の谷のナウシカ』についうっかり感動し、そこから力をもらってしまう単純な男でもある。・・・しかし、『ナウシカ』って1983年くらいの公開じゃなかったか? この時点で、すでに古典的名作だよ。

 そもそも。
《女は就職なぞしなくていい。正直に言うと竜崎はそう思っていたが・・・・》P.207
《・・・有能な女性というのは数えるほどしかいないし、そういう女性に限って早々と結婚退職してしまう。長期にわたって責任を負わなければならないような重要な仕事や役職を任せようと思っても、いつ辞めるかわからないので、不安になってくる。結局、女性は信用できないのだ。》P.207
・・・・・って、さすがに21世紀にもなってこれは、頭が古すぎないか? 公務員職場は、女性が給与も勤務条件も男性と同等に差別なく働ける職場だぞ。警察がどうなのかは知らんが。中央官庁だって、女性はザラにいるぞ? 自分が頑張って働こうと思っているところに、10歳年上くらいの、こんな考えの上司がいたとしたら、さぞかし仕事はやりにくいだろうし、女性は出世もできないだろう。だがしかし、竜崎が上司であれば、そこはきちんと、能力を認めてもらえそうな気はする。ついでに言うと、女性が働いて経済的に自立することは、ある種の犯罪の抑制になるぞ。DVは、女性が経済的に男性に依存せざるをえない状況が温床となっているのだから。

 まあ、そんな竜崎にも、割れ鍋にとじ蓋的な、内助の功、糟糠の妻の鏡のような妻がかしづいているのだから、それはそれでバランスがとれているのだろうし、彼の人間的欠点(?)はとりあえず置くとして、だ。
 官僚・公務員としての竜崎の矜持は、かくあれかし、と思う。

《国歌公務員がすべきことは、現状に自分の判断を合わせることではない。現状を理想に近づけることだ。そのために、確固たる判断力が必要なのだ。》P.31

《たしかに些細なことかもしれない。だが、事後の確認は大切だ。物事は一つ一つ完結させていかねばならない。》P.66 

《書類を読む速さには自信があった。そして二度三度と読み直すことは決してしない。速読し、一度で内容をちゃんと理解する。そうでなければキャリアの仕事はつとまらない。》P.180

《本音とたてまえを使い分ける人がまともで、本気で原理原則を大切だと考えている者が変人だというのは、納得ができない。》P.201

《俺は、いつも揺れ動いているよ。ただ、迷ったときに、原則を大切にしようと努力しているだけだ。》《迷ったときの指針を持っているというだけなんだ。》p.259 

 なんだか、最近、自分自身が現実の仕事でかなりうらぶれてやる気を失いつつあったが、かなり元気づけられた。
 私は行政職員にとって価値があるのは「政策を形成すること」「行政的な権限を持って人に尽くすこと」のいずれかであり、そのどちらでも良いと思っている。庶務や管理の内部業務であっても、現場で直接働く人間をより働きやすくすることで、間接的に市民にサービスすることができる。中央にいれば、政策形成的な仕事をすることができるが、出先の末端にいても、行政職としての本分は尽くすことができるのだ。そう考えていることが、竜崎と共通していた。おかげでずいぶん励まされてしまった。

《だが、人間、特に犯罪者となるような人間は、そうした合理的な考え方がでいないことがしばしばだ。合理的に物事を判断できる人間は、犯罪に手を染めるようなことはない。少なくとも、その選択肢に飛びつくことはないだろう。》P.133

 これはその通りで、きちんとした判断力を備えた人間なら、大抵は最後の一歩は踏みとどまれるものなのだ。これ以上やったら犯罪になる、という一線が見える。しかし、それに気付かずどんどんマズい方向に踏み込んでしまう人々はいる。刑務所に収容されている人の平均IQは80程度だという法務省の研究を見たことがある。それが良いことかどうかは、さておくとして、刑務所は福祉に引っかからずに落ちてしまった人の最後のセーフティーネットになっている。

《・・・だが、祝賀会や忘年会など、自腹でやればいいのだと竜崎は思う。民間の会社は皆そうしている。公務員だけが、公費で飲み食いをするのだ。》P.91
 これはマジか?と目を疑った。ほんとに?2000年代に入ってからも、警察って公費で飲み食いしてるの? これはない。本当だったらマズいが、さすがにそれはない。もし警察がそうだったのなら、ここは「公務員」ではなく、「警察」と書いてほしいところだ。いや、いくらなんでも、公費で宴会はしないよ。

 さて。

 以前受けた研修で、講師(つまり現管理職の偉くて頭のいい人)から、着任したら「1週間で担当業務の概要を把握し、2週間で業務の全容を理解しろ」と言われた。いや、もしかしたら「2週間で概要把握、1ヶ月で全容理解」だったかもしれない。いずれにせよ、私には無理だ、と思った。以来、それ以上出世はしないようにしている。所詮、上昇意欲は乏しく、現場が好きな人間だ。ついでにいえば、マルチタスクが苦手で職場内のアレコレにまんべんなく気を配るのも下手だし、(自分は)偉い(と思っている)人をよいしょするのも苦手なので、管理職は無理と見極めている。
 そんな自分ではあるが、竜崎のあり方は、心に新鮮な風が吹き込むような爽やかさがあった。ここ1年ばかり、自分は気がくさっていたな、と思う。
 尽くすべき対象に尽くすことが木っ端役人の気概だ。それ以外の雑事は、どうでも良い。
 愚かな人間も自己中心的な人間も、無能なくせに自己愛に満ちた人間も山ほどいるが、それも現実だ。
 有象無象と付き合うのも仕事の内だが、いつの間にかそんな業務環境に毒されて自分の気持ちまで腐ってきていた。そんなことを竜崎の果断な態度に気付かされた。自分にとって、必要で、良い読書だった。