2017年7月31日月曜日

0046 死者の河を渉る―探偵エルヴィス・コール

書 名 「死者の河を渉る」
原 題 「Voodoo River」1995年
著 者  ロバート・クレイス
翻訳者 高橋 恭美子
出 版 扶桑社 2000年1月 

この巻、最初からコールは人恋しさ全開で、なんだか子犬のようだ。 今回は有名女優の実親捜しの依頼。依頼人から紹介されたルイジアナの女性弁護士ルーシーにコールは恋をする。コールの胸のときめきが伝染してこっちまで胸が苦しくなる。ルーシーと8歳の一人息子の輪に加わるコールが幸せのお裾分けをもらったよう。 一方シリーズ当初はベトナム帰りの社会不適応者にしか見えなかったパイクであるが、もはや超人レベル。 コールが空港で、ルーシーを事件捜査のパートナーとして紹介しただけで、コールの恋人だと理解してルーシーの手にキスって、一体どんなセンサーを搭載してるの(笑)、てか、女性の手にキスをするような機能を完備していたとは!事件そのものは、36年前の殺人に端を発し、現在の不法移民に関わる犯罪がからみ、暗い河が象徴する社会の暗部、不法移民に関わる裏組織との取引やハードな銃撃戦など、息つく暇もなく読み応えがある。 自分に課した依頼人への忠誠と、社会悪に対する正義感が対立して、葛藤するコールの誠実さが好きだ。その悩めるコールを気分転換させるために運動に誘って、話相手をするパイクの言葉が、これまた良い。「愛情は、差し出された時に拒絶する余裕があるほど、ざらに転がっているものじゃない。」パイク語録に追加しておこう。

2017年7月29日土曜日

0045 ぬきさしならない依頼―ロスの探偵エルヴィス・コール

書 名 「ぬきさしならない依頼―ロスの探偵エルヴィス・コール」 
原 題 「FREE FALL」1993年 
著 者 ロバート・クレイス 
翻訳者 高橋 恭美子 
出 版 扶桑社 1996年10月

 いよいよ筆致鮮やかなC&Pシリーズ第四作。
 今度は恋人の素行調査の依頼。
 ただの浮気かと思いきや事態はどんどん深刻化、事は警官による黒人青年暴行死事件の真相へと発展。1992年のロス暴動を下敷きに1993年にこの本を書いたクレイスもタフだと思う。
 依頼人のジェニファーに個人的にかなりむかつく。
 純粋なのかもしれんが身勝手すぎるだろ。人を巻き込んでおいてそれか?1,2発張り倒したい。コールは女性に優しいからそんなことは絶対にしないけどね。
 今回は殺人の濡れ衣を着せられ、逮捕→拘留→脱走→拳銃にモノを言わせたのち、司法取引の流れ。パイクが相変わらず格好よい。
 C「付けられている」
 P「撃ち殺せ」
 単純すっきり。
 「正直に答えてくれ、ルー。わたしの容疑を聞いたとき、本当にやったと思ったか」
 ポイトラスは首を横に振った。「思わなかった。グリッグスもだ」

 聞かずにはいられなかったコールの心情がやいかに。
 終盤の特殊部隊の軍事行動ばりの悪党掃討作戦は著者のファンサービスか? 元海兵隊というだけで連帯できる単純野郎どもめ。なんだかうらやましいぞ。

2017年7月24日月曜日

0044 モンキーズ・レインコート―ロスの探偵エルヴィス・コール

書 名 「モンキーズ・レインコート―ロスの探偵エルヴィス・コール」
原 題 「The Monkey's Raincoat」1987年
著 者 ロバート・クレイス
翻訳者 田村義進
出 版 新潮文庫 1989年2月

  C&P第1作。
 80年代 の空気感と西海岸の陽光とハードボイルドの交じり具合が絶妙。
 ベトナムでの泥沼の戦場体験があっても自分なりの前向きな生き方と正義を貫いて生き抜いてきた、コールの精神の強さが魅力。
 ちゃんと小さなコトにも怒ったりイラついたりできる、そういう感情が摩滅していないことが大事なのだと思う。
 子供と依頼者を守る為なら危険の中にもあえて踏み込んで行く。人殺しは好きではないが、反撃は躊躇しない。周りに悪人の死体の山ができても、警察に怒られても、ボロボロになりながらもあくまでも人助けはさらりとやる。推理よりは荒事寄りのロスの探偵である。
 コールのことを「ハウンド・ドッグ」という渾名で呼ぶ、ルー・ポイトラスとコールの関係も気になる。ルーの台詞「きみはいつも深入りしすぎる。依頼主に近づきすぎる。ときには恋心さえ抱く。ちがうか?」 ルーの上司バイシェも出番は少ないながら刑事魂を発揮して地味に良い。

《コールの来歴》
 生まれた時の名前はフィリップ・ジェームズ・コール。6歳の時に、プレスリーにかぶれた母に強引に改名されるが、「母がくれた名だから」という理由で今も名前を戻すことはしない。18歳の時ベトナムの水田にいた。ベトナム戦争に2年間従軍。1987年刊行の本書で35歳なので、逆算して1952年生まれ。(最新巻の『指名手配』が2008年頃と想定すると56歳くらいになってる。)従って1970年に18歳でベトナム戦争に行き、2年間従軍して1972年のベトナム戦争終結ののち除隊。計算は合う。
 その後はロスに戻って撮影所の警備の仕事をへて、探偵事務所の見習い。この頃同じく海兵隊を除隊して警官になっていたパイクと知り合う。28歳で探偵免許を得て開業。「美しいものはみな子供の心のなかにある。」14歳が理想の年齢。ちなみに、ヴェトナムで特殊部隊っていうからつい、グリーンベレーかと思っていたが、レンジャー部隊だったことが9作目の「Last Ditective」で判明。涙なしには読めない名作なのに、本邦未訳!残念すぎる。

《エルヴィス・コールとハリー・ボッシュ》
 同じくロス在住のボッシュは1950年生まれでコールより2歳年上である。従軍も2年早い。二人ともウッドローウィルソンドライブに家があり、コールはマルホランド・ドライブ(峠)を挟んで南側斜面のハリウッド側。ボッシュは北側斜面でスタジオシティ側に家を構えている。
 家庭に恵まれず施設で育ったという設定も似ていて、その分「我が家」に対する思い入れが強いのも同じ。ちなみに作者のクレイスとコナリーは友人同士だそうで、ボッシュとコールは、それぞれの作品にちらりと友情出演している。
 コールは、ボッシュの家の前をランニングすることがあるらしく、ロス大地震の後、家の前で上半身裸で瓦礫の片付けをしていたボッシュを見かけ、その刺青で彼がナム帰りと知って、黙って片付けを手伝ったんだそうな。このロス市警の刑事にコールは密かに敬意を持っている。このあたりが書かれてるクレイス作品は前述の「Last Ditective」で、残念ながら翻訳出版されていない。

《最恐チート・パイク》
 コールとの出会いはベトナムから帰還後の1973年。ベトナムでは特殊部隊に所属していたコールを「優秀な兵士」として尊敬している。パイクは海兵隊で、スナイパーだったらしい。グレイマンやヴィクターには及ばないかもしれないが、十分主役張れるだけの最恐チート級であるパイクをさらりと脇で使ってるこの贅沢。

2017年7月22日土曜日

0043 約束 (創元推理文庫) —コール&パイク16

書 名 「約束」
原 題  「THE PROMISE」2015年 
著 者 ロバート・クレイス 
翻訳者 高橋 恭美子
出 版 創元推理文庫 2017年5月

 C&Pの16作目。S&Mとしては2作目で、夢の共演。
 コールがパイクのことをおしゃれ感ゼロとか言ってるが、貴方がた何歳になってるの?ベトナム従軍当時20歳だったんだから、この作品が2008年と仮定すると、56歳だね?!
 多少は落ち着いて少々渋みが増したものの、相変わらずの体言止めだし、パイクの方も相変わらずの筋肉美。某NATOの少佐みたいに時代は進んでも年取らない系のアレか?同居している黒猫さんはララバイ・タウンの黒猫さんなんだな?猫又まであと何年だ?
 とはいえ、やはりカッコイイものはカッコイイし、素敵なものは素敵なのだ。
 今回は特に、ジョンが素敵。
 パイクとマギーの会話も良し。「よくかえってきたな。海兵隊員」

 真面目で不器用なスコットは、今度はコールの事件に巻き込まれて、爆弾を仕掛けられるやら殺し屋に狙われるやら、散々なあげくに懲戒免職の危機。それでも自分の筋は通したい意地っ張りなんだが、色々と不運なのも相変わらずだ。
 スコットみたいに善良な人間は、コールみたいな訳の分からんエネルギーに溢れた人間の側に寄ると巻き込まれて大変な目にあうらしい。殺されなかったのは、ひとえにマギーの愛のおかげゆえ。マギーとスコットがあまり危ない目に遭わずに、安心して読める続編を希望する。

 マギーを取り上げられて、コールん家で涙目になってるスコットをさりげなく気遣うコールが優しい。スコットもエミリーも全部引っくるめて何とかしてしまうところがさすが。やられっぱなしのスコットも今回はきっちりと落とし前をつけることができたし、コールにちょっとしたロマンスが芽生えたりもして、最後にはジョンがきっちり〆める、三度くらい美味しい作品だった。ちょっとこんがららりはしたけど。

 この本の中でいちばんコールらしい、と思った台詞。「(前略)そんなことはどうだっていい。気がかりなのはエイミーだ。わたしはこの女性を守りたい。ヘスがなにをしているのか突きとめて、もしそれが気にいらなかったら、チャールズやコリンスキーと同様、彼女も仕留める」これに対してパイク。「いいノリだ」 すなわち自分が正義だ、といって憚らないこの俠気がコールだよ。あととにかくジョンが格好良い。

【料理で読む】
 コールが自宅の台所で作るラム肉のローストとトマト、コリアンダー、パラペーニョ、クスクスのサラダが美味しそう。それをタッパーに詰めてジョンにお届けする気配り(笑)。落ち込むスコットにも夕ご飯を振る舞おうとするし、私もコールが作ったご飯を食べてみたい!と思ったのでした。


2017年7月21日金曜日

0042 ララバイ・タウン

書 名 「ララバイ・タウン」
原 題 「Lullaby Town」1992年
著 者  ロバート・クレイス
翻訳者 高橋 恭美子
出 版 扶桑社 1994年7月

 C&P3作目。シリーズ初読。
 トレンチコートの似合う無口で渋い男が出てくるのがハードボイルドだと思ってたらどうやら違うらしい。ロサンゼルスの陽光のもと、マスタードのシミ付きミッキー柄スウェットシャツでコールが登場、過剰な軽口が体言止めで畳みかけてくる。
 仕事の依頼は、ハリウッドの有名映画監督(たぶん、スピルバーグと同じくらい?)ピーター・アラン・ネルソンの、無名時代の妻と子供の捜索。ピーターは甘やかされた芸術家肌の有名人にありがちな抑制の効かない男で、今回は10年も逢っていない息子の事を思い出し「父親」になりたくなったらしい。
 仕事を引き受け、足取りを追い、案外簡単にピーターのかつての妻と息子の居場所に辿り着く。それでは簡単すぎるな、と思っていたら、その元妻カレンが、務めている銀行で、ニューヨークのマフィアのマネーロンダリングに関与していることが判ってくる。
 マフィアのしがらみからなんとか彼女を引きだそうとしているうちに、ピーターが乱入して事態を引っかき回し、結局カレンもピーターもまとめて助ける羽目になる。
 コールは、女性や子供や社会的弱者に対してフェアで、しかもとことん優しい。これは損得抜き。そして彼らを脅かす敵には容赦無い。
 コールは、不遇な中から自分で自分を育てたタイプの人間で、彼の強さも弱さも、そこに由来する。そのゆらぎが最大の魅力で、つい引き寄せられる。
 コールとパイクはニューヨークで上等の宿をとり、美術館に出かけ、美味い食事をする。それで少しは人生が楽になると知っている。コールを支えるパイクがこれまた良い。
「おれが行くまで生きているように。」

2017年7月12日水曜日

0041 容疑者

書 名 「容疑者」
原 題 「Suspect」2014年 
著 者 ロバート・クレイス 
翻訳者 高橋 恭美子
出 版 創元推理文庫 2014年9月

 もう、たまらんぞ。
 メスのジャーマン・シェパードの軍用犬マギーはハンドラーと共にアフガニスタンにいた。9.11の後、「テロとの戦い」のために米軍がアフガニスタンに侵攻し(アフガニスタン紛争)、タリバンによる自爆テロが増加してきたのが2006〜7年頃と何かで読んだ。
 なので、この本の時期を推定2007年と仮定。
 軍用犬マギーとハンドラーの別れのエピソードが切ない。戦死したハンドラーを守って味方の米兵にも牙をむくマギー。彼女もまた負傷していた。
 一方、パトロール中の銃撃事件で相棒を失ったスコットも、銃創の後遺症で心身ともに満身創痍だった。復職後、警察犬隊を希望したスコットを厳しく見守る上司のリーランド。軍から払い下げられてきたマギーと、第一線から退いても現場にしがみつこうとしているスコット、一人と一頭は出会うべくして出会う。お互いにPTSD持ちだったが、スコットが同じくパートナーを失い戦闘で傷ついたマギーに寄り添い、労りながら信頼関係を深めていく過程は限りなく優しい。そして部下と犬、双方を見守る上司のリーランドがまた良い。事件の謎解きは、これ、ミステリなのかい?と思うほどのあっさりモードだが、でも良いのだ。クレイスは、謎解きを書きたいのではなくて、人を描きたいんだから。
 最後の「たっぷり二か月近くうちに住んで愛玩犬になってたのは誰だ」というリーランドのセリフに、スコットの入院中めいいっぱいマギーを可愛がっていたリーランドの姿がうかんでニヤリとなる。