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2021年11月17日水曜日

0307-08 ハンターキラー 東京核攻撃 上・下 (ハヤカワ文庫NV)

書 名 「ハンターキラー東京核攻撃 上」 「ハンターキラー東京核攻撃 下」 
原 題 「Dangerous Grounds」2021年
著 者 ジョージ・ウォーレス/ドン・キース 
翻訳者 山中 朝晶 
出 版 早川書房 2021年10月 
文 庫 上巻352ページ/下巻352ページ  
初 読 2021年11月18日 
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/102625713  
ISBN-10 上巻4150414874  /下巻4150414882 
ISBN-13 上巻978-4150414870/下巻978-4150414887
 潜水艦の姿を表示したいがばかりに、シリーズ3作、表紙画像を貼り合わせた。
 遠景に、本作に登場するアーレイ・バーク級駆逐艦〈ヒギンズ〉の姿もあれば良かったのにな。
 
 で、ハンターキラー3作目です。今回は日本の横須賀が前線司令部として登場する。そして、今作ではワードの家族がそろって苦難に見舞われる。
 ワードの息子はアナポリスの海軍兵学校の4年生で、初めての潜水艦乗艦実習。乗り組むのはグアムを母港とするロサンゼルス級原子力潜水艦〈シティ・オブ・コーパスクリスティ〉、むろん実在する艦である。この長い名称の由来は、話中で副長が2人の少尉候補生(1人はワードの息子ジム)に語っている。さて、初の乗艦実習、将官を父に持つジムの苦労やいかに。
 子供が手を離れたワードの妻のエレンは大学で植物学の研究に戻り、野生の蘭の植生を調査するために学生を引率してタイの山奥に向かう。
 フィリピンではイスラム超過激派の武闘集団と宗教指導者が世界を核戦争に導く事を画策し、北朝鮮では老軍事指導者がイスラム過激派をペテンにかけ、自らも核戦争を仕組む。これにアジアの麻薬王の親子の確執が絡み、麻薬捜査官キンケイドも麻薬密売ルートの解明と摘発のためにフィリピンで隠密捜査中。
 数多の思惑がアジアの西から極東まで複雑に絡み合う。北朝鮮の内情とか、イスラム過激派の描写とかの敵側が陳腐なのはいつも通りではあるのだが、関係性が複雑になってスピード感と面白さは、前作よりはかなりアップしている。

 ロシアから盗まれて北朝鮮に密輸された旧ソ連の核魚雷の存在が米国の知るところとなり、捜索・破壊作戦が立案され、司令官にはジョン・ワード准将が任命される。副官はSEAL部隊長のビル・ビーマン。この2人が、SEAL北朝鮮潜入作戦の前線指揮を執ることに。お互いに相手を老兵呼ばわりして皮肉を言い合う老兵2人(笑)。司令部が置かれたのは横須賀米海軍基地。横須賀基地内にある旧大日本帝国海軍司令部だった洞窟が米軍の司令部に転用されている描写に心がざわめく。

 一方、ジョンの息子のジムは、心躍る潜水艦乗務なのに困難に見舞われる。海軍の高官を父にもつ候補生を快く思わないのか、かつて父のジョン・ワードとなにか因縁があったのかは知らないが、案の定、〈コーパス〉の艦長に露骨にいじめられる。が、そこにはちゃんと助けてくれる叩き上げの乗組員達もいて、若いころお父さんと同じ艦に乗り組んだ、という先任伍長が優しくも厳しい助けの手を差し伸べる。

 日本の近海で、訓練よろしく同盟国である米の原潜を追尾する日本の“ディーゼル潜水艦”が米原潜に鬱陶しがられているのも面白い。

 にわかに騒然とし始めた太平洋で、訓練航海だったはずの〈コーパス〉も騒乱に巻き込まれる。妻のエレンの方は、タイの山奥で寄宿したのがなんと麻薬王の邸宅、というこれまた突飛な巻き込まれよう。
 北朝鮮に渡った二発の核弾頭の行方はようとしてしれず、前線司令部に詰めるワードの元に、次々と悪い知らせが届く。息子ジムの乗り組んだ潜水艦〈コーパス〉が消息を絶った。そしてエレンは麻薬絡みの戦闘に巻き込まれてタイの山中で行方が分からなくなる。さらに、海賊にシージャックされて核魚雷を積み込まれ、東京に向かった可能性のある〈コーパス〉には、発見次第撃沈せよとの大統領命令が下されるのだ。

 ジョン・ワードには相当気の毒な展開だが、核弾頭を追ってサウジアラビアまで出張ったSEALの若きリーダー“カウボーイ”ウォーカーも、全編通して非常に憐れである。ウォーカーと同じチームになったダンコフスキー、カントレル、マルティネッリも一蓮托生。ああ、これまでがんばってきたのに(涙)。とくにマルティネッリは、映画『潜航せよ』ではSEALのルーキーとして登場し、負傷しつつもスナイパーとして抜群の技倆を見せたりして良い味だしていたのでまことに残念だ。

 後書きによれば、まだ翻訳出版されていない4作目では、ワードの息子ジムがSEAL隊員として登場するとのこと。ドルフィンマーク(潜水艦乗務員記章)も取得したジムだが、初めての乗務で乗員や同期の士官候補生を目の前で殺される、という経験が、彼を近接戦闘技術の獲得に向かわせたのだろうか。
 何はともあれ、はやく次巻を読みたい。早川書房様、次作の出版もぜひよろしくお願いします。簡単にシリーズ見捨てないでね!

2021年11月15日月曜日

0305-06 ハンターキラー潜航せよ 上・下 (ハヤカワ文庫NV)

書 名 「ハンターキラー潜航せよ 上」 「ハンターキラー潜航せよ 下」 
原 題 「FIRING POINT」2012年
著 者 ジョージ・ウォーレス/ドン・キース 
翻訳者 山中 朝晶 
出 版 早川書房 2019年3月 
文 庫 上巻425ページ/下巻426ページ  
初 読 2021年10月30日 
ISBN-10 上巻4150414491  /下巻4150414505 
ISBN-13 上巻978-4150414498/下巻978-4150414504 
 つい気になってしまった誤訳と、誤訳か誤植か迷うケースについて。
その1。
SASを『空軍特殊部隊』と訳す痛恨のミス。SASはSpecial Air Serviceの略称だが空軍ではない。『陸軍特殊空挺部隊』である。各部隊から志願し選び抜かれた陸軍の超エリート部隊。よって、小説に登場するシーンも多いのだが、軍事オタクではないが多少詳しく知りたいという人には、イアン・ランキンのリーバスシリーズ一冊目『紐と十字架』およびギャビン・ライアルのマキシム少佐シリーズをお薦め。いずれも現役のSASではないのだけど、雰囲気は伝わる。ガブリエル・アロンの親友ケラーも元SAS。アティカス・シリーズにも格好良い元SASが出てきた。
その2。
The young junior officer を「若い下士官」と訳してある。彼は大尉なので、決して「下士官」ではない。そもそも下士官なら、Petty officerだと思うんだよね。ここは下級士官と当てるところだろう。下士官と下級士官。誤訳か脱字か迷う。

 だがしかし。そんなことは置いておいて、潜水艦が氷海を潜り、海上艦は波濤を割って駆け、有能な司令官が指揮をとり、部下の乗組員たちは各々の技量の限り奮闘する。真っ当な海洋軍事小説である。つまりは面白い。『最後の任務』でスタージョン級原子力潜水艦〈スペードフィッシュ〉の艦長を務めたジョナサン・ワードが准将に昇進して、大西洋潜水艦部隊の司令官になっている。スペードフィッシュが退役した時点では中佐だった。あの麻薬撲滅作戦の勲功で大佐に昇進したにせよ、短期間(およそ2年ほど)の間に准将になっているっていうのは、超スピード出世なんじゃないか?あいかわらず、ワードは好男子だ。今回主役のロサンゼルス級原子力潜水艦〈トレド〉の艦長は、前作でワードの副長だったジョー・グラス。艦長となった今も、グラスとワードが見せる厚い信頼関係が読み手にも心地よい。北極海の氷の下からイギリスのファスレーン海軍基地に帰還した〈トレド〉とグラスを迎えたワードの会話。早くパブに行きたいというグラスに対し、ワードが言う。

「まあ、当分先だな。今度の作戦の戦術司令官は本当に人使いが荒い、 
冷酷非情なろくでもない男だからな」 
「誰です?」 
「わたしだ」

著者の一人のジョージ・ウォーレスが元潜水艦艦長で、それこそスタージョン級の〈スペードフィッシュ〉では副長をつとめ、ロサンゼルス級では艦長を務めた人。潜水艦管内の描写が精緻を極めるのは当然で、その分、陸上の陰謀のあれこれが相対的にかすんで見えるのは致し方のないところ。大勢の登場人物をからめ、さまざまな思惑が錯綜するが、総じて敵役がしょぼく見えるのは前作と同様。でもいいのだ。これは潜水艦の本なのだ。ないと話にならないから敵役も必要だが、私は海のシーンだけで満足だ。だがひとつ、気がかりなことがある。この巻に出てくるUSS〈マイアミ〉も〈トレド〉もロサンゼルス級の実在の潜水艦。〈マイアミ〉は2014年に退役したようなので、この本が米で出版された時ににはまだ現役だったはずなんだけど、良かったのか、沈めてしまって? 験を担ぐ海の男的にさすがに撃沈はまずいのでは・・・・と、まったく人ごとながらかなり心配になった。うーん、恨まれないだろうか?〈マイアミ〉関係者に。と、(繰り返すが)まったく人ごとながらまことに不安。

 で、ここからは下巻の感想です。
 米国証券市場を舞台とした民間パートの、コンピュータープログラム改竄による証券取引詐欺と市場テロの策動、ずっと軍事パートと交互にやって来たが、まさか最後までストーリーがほとんど交わらないとはびっくりだ。これ、民間パートをバッサリ削っても十分ストーリー成り立つよね、と書いてから、そういや映画はそうだったよな、と。
 軍事クーデターは兎も角、愛国主義とは別物の拝金主義者の魑魅魍魎が蠢く腐った資本主義市場は、老獪とはいえ単純な海軍軍人が泳ぐにはヘドロすぎる。一方、海上でイージス巡洋艦〈アンツィオ〉から指揮を執るジョン・ワード、その弟子たるジョー・グラス、そして小生意気だったのにどんどんグラスに感化されていくグラスの副長エドワーズ。ついでにこちらもジョンに感化される〈アンツィオ〉の艦長、海軍パートはとにかく読んでいて気持ちがいい。
 潜水艦のコースは途中何回も地図で確認。海上の視線から見るヨーロッパの地形は面白い。デンマークは海の要衝。かつて海洋国家として栄えたのもうなずける。で、普段メルカトル図法の地図ばかりみていると特に極地は距離感が狂うので、グーグルアースも活用。今回ロシア潜水艦隊はバルト海と白海の二手に展開したわけだが、モスクワを狙うとして、危険を冒してバルト海に潜り込む価値はあったのかな、とちょっと疑問に思った。モスクワまでの直線距離はバルト海、白海いずれも1000キロ超で似たり寄ったり。仮にバルト海からのモスクワ攻撃が成功したとしても、そのあと西側諸国の軍に囲まれるのは目に見えているわけで、素直に白海から攻撃仕掛けたほうが勝算はあったのでは?
 フィヨルドの戦闘、そしてバルト海の戦いは、映画に比べてもちょっとあっさり風味だったけど、十分堪能できた。面白かった。

 映画の方の『ハンターキラー潜航せよ』は尺に合わせて証券詐欺パートはバッサリ削り、潜水艦もロサンゼルス級ではなく、バージニア級〈アーカンソー〉に変更。 細かいところは良く分からないが艦尾のスクリュー周りのデザインがかなり違う。ロシア駆逐艦〈ヤヴチェンコ〉が単なる敵艦ではなく、ラストに乗員の意思でアーカンソーを守ってクーデター派に対抗するなど、渋い展開となる。私はこの映画が大好きだが、アメリカではあまり受けなかったらしい。ジェラルド・バトラー演じるグラス艦長が、かなり抑制の効いた役作りで、派手な戦闘好みの米国人には静的すぎたのだろうか?
 私は、何度見ても飽きないんだけどね。
 ところで、映画の中に登場するフィスク少将は、胸に潜水艦乗員徽章を付けている。彼は潜水艦隊司令官だったのか。小説ならドネガンとワードを足して割ったくらいの役回り。この潜水艦乗員徽章(ドルフィンマーク)、ドルフィンと言いつつ金のしゃちほこに見えてしまうのは私だけ?だって鱗あるし。。。。こういうことを、手軽に検索できるインターネット時代が本当に有り難いと思う。

2021年11月8日月曜日

0302-03 ハンターキラー最後の任務 上・下 (ハヤカワ文庫NV)

書 名 「ハンターキラー最後の任務 上」 「ハンターキラー最後の任務 下」 
原 題 「FINAL BEARING」2003年
著 者 ジョージ・ウォーレス/ドン・キース 
翻訳者 山中 朝晶 
出 版 早川書房 2020年8月 
文 庫 上巻415ページ/下巻415ページ  
初 読 2021年10月30日 
ISBN-10 上巻4150414688  /下巻4150414696 
ISBN-13 上巻978-4150414689/下巻978-4150414696 
『ハンターキラー東京核攻撃』が出版されたので、あわててこちらに着手する。国内の出版順では、『ハンターキラー潜航せよ』→『最後の任務』→『東京核攻撃』だが、時系列的にはこちらの本が先。『ハンターキラー潜航せよ』で主役の艦長をつとめるジョー・グラスが、この巻では信頼あつい(とはいえまだ発展途上の)副長である。SEALのビル・ビーマンは全部の話に出ているようだ。
 
 この本の主役は攻撃型原潜(ハンターキラー)〈スペードフィッシュ〉。スタージョン級で、実際にジョージ・ウォーレスが副長を務めた艦だというから、思い入れも多かろう。作中では6ヶ月後に退役を控えた古参の艦である。艦内各部の老朽化は如何ともしがたく、機器は故障につぐ故障で機関長を忙殺し、ときに艦長に冷や汗をかかせている。手のかかる艦だけに艦長ジョン・ワード中佐の愛情はひとしお、そして若手の乗組員にとっては厳しい鍛錬の場ともなっている。
 そんな〈スペードフィッシュ〉は、折しも、悪意に満ちた査察に苦しめられていた。危険な査察の続行に抵抗したワードは査察官である大佐と対立。母港のサンディエゴに帰港したのち、艦隊司令官と部隊司令官の前で申し開きをすることになる。維持修理に金も手間もかかる〈スペードフィッシュ〉の退役をあわよくば早めようという官僚的な部隊司令官(大佐)の悪意に思わず激高しかけるワードであるが、艦隊司令官であるドネガン大将が間に入り、おそらくはこれが最後であろうという実戦任務が〈スペードフィッシュ〉に割り当てられることになる。
 (このドネガン大将という人、ジョン・ワードとはずいぶん親しそうな様子なのだが、続巻の『ハンターキラー潜航せよ』(ここでは、ジョン・ワードは准将に昇進している。)では、ドネガン大将は、ジョン・ワードの父の親友で、父と早くに死別したワードの父親代わりともいえる人物だと明かされている。)
 さて、そのドネガンがワードに命じた任務とは、南米コロンビアで麻薬栽培と密輸を原資に反政府闘争を繰り広げるゲリラ組織の壊滅と麻薬撲滅だった。
 国際共同麻薬禁止局(JDIA)の指揮の下、ワードの親友で麻薬捜査官のキンケイドはシアトルでコカインの売人の動向を追い、これも親友で戦友の海兵隊SEALのビル・ビーマンの部隊が、現地アンデス山地に潜入して麻薬栽培地とコカイン精製工場の位置を探り出し、〈スペードフィッシュ〉は発見されたコカイン精製工場に洋上からトマホークを打ち込む、という最後の任務にふさわしい大型の作戦に、思わず心躍るワード艦長である。

 映画『ハンターキラー潜航せよ』の、展開のテンポの良さを期待して読み始めると、著者の濃厚な人物と情景の描写に足をとられる。
 敵方の麻薬組織の指導者の行動やら心情描写やら、現地の情勢や情景にもねっとりじっとりと筆数をかけており、おまけにどれだけ字数をかけても到底その心情に共感できるものではない、という軽快とはいいがたい滑り出し。麻薬王のページに入るたびに、早く潮風をかぎたくなる。それでも、きっと下巻にいくころには良いペースになるに違いないと信じて、我慢の読書である。敵方、味方それぞれの陣営にどうやらスパイが潜入しており、どちらの計画も水がもれている気配がある。麻薬組織側のスパイ《エル・ファルコーネ》の正体にピンときてしまったが、さて、これが当たっているかどうか。下巻を読んでのお楽しみだ。

 で、下巻である。
潜水艦パート、麻薬王パート、現地潜入のSEALパート、シアトルの麻薬密売人パート、密輸ルートパート、麻薬捜査官パート、とと細かく交互に刻んでくるが、さすがに後半に入りテンポアップして、面白さも加速。とはいえ、はやり麻薬王がちょっとしょぼいかなあ。これで敵方が見応えあるとさらに面白いんだが、さすがにこのストーリーでは、こいつを暗黒のヒーローに仕立てるのは無理か。《エル・ファルコーネ》は最初の見立てどおりの正体。これに騙される反政府指導者のしょぼさがやはり際立つ。敵側を悪し様に書かないと、先進国で軍事大国のアメリカが最新鋭の武力で小国のゲリラにトマホークをブチ込み一方的に殺戮する話になってしまう。小説の仕立てとしてはこうなってしまうのは致し方ないところか。


 潜水艦パートは安定の面白さ。ダグラス・リーマンにも共通する、艦内の日常と非日常、トラブル対処と潜航・追跡・戦闘がスリリングである。面白いのが、

“映画でよく見る場面とはちがい、実際にはサイレンで寝棚から飛び起き、潜水艦内を走って配置に就く者などいないのだ。”

 という一文。なるほど、静粛性が命の潜水艦内で、どたばたしすぎてるよなあ、とは思っていた。でも、あれがないと、映画では潜水艦内は絵的に静かすぎてつまらないかも。そういえば、吹き替えにも少々違和感がある。英語版の音声だと、艦内の会話は静か(潜水艦の乗組員とはそういうもの。)だが、吹き替え音声だと声優さんが声を張るので、けっこう会話がデカい(笑)。

 潜水艦艦長ワードは部下思いで有能。一糸乱れれぬ艦内の統率ぶりは読んでいてただただ気もちがよい。
 長期間の単独行動をむねとする潜水艦の艦長は裁量の幅が広く、自立心旺盛でクセがつよい、またそれでこそ有能・・・ということで、意に沿わない指令には断固として抵抗も。
 長官からの指令の無線を電波状態が悪いせいにして聞こえないふりで回線をぶち切る、という古典的なバックレもかまして、ひたすら狙った獲物を追跡する。

「わたしの親父もよく言っていた。〝前もって許可を取れなかったら、あとで許してもらえばいい〟と。」

 と言う艦長に、敬服する副長。この副長がのちの『潜航せよ』の艦長だからね。かくして伝統は受け継がれる。

 さて、老朽艦にお約束の重大な機器の故障も部下の決死の奮闘で乗り越えて、最後の務めを果たすハンターキラー〈スペードフィッシュ〉。麻薬戦争はまだ終結を見ていない段階ではあるが、為すべきことをなし、これ以上すべきこともなくなった、と見立てた艦長は老朽潜水艦を母港に向けるのだ。
 
 ラストは、〈スペードフィッシュ〉の退役式。このあと、解体される、とかはとりあえず考えたくない。すべての作戦と任務を終え、母港の埠頭に静かにたゆたう老朽潜水艦。
 ラストで繋留されている〈スペードフィッシュ〉と対照的に、揚々と出港していく最新鋭潜水艦の姿は、ウィリアム・ターナーの『戦艦テレメール号』の絵を思い出したりして、なんとも感慨深かった。ご苦労様。


2020年10月6日火曜日

0223 孤独の海

書 名 「孤独の海」 
原 題 「THE LONELY SEA」1985年 
著 者 アリステア・マクリーン 
翻訳者 高津幸枝他 
出 版 早川書房 1992年12月 
初 読 2020/10/6
 
『女王陛下のユリシーズ号』のアリステア・マクリーンの唯一の短編集。処女短編『ディリーズ号』、ドイツの誇るビスマルク号が沈むまでの数日間『戦艦ビスマルクの最後』 他。

『ディリーズ号』
とても良かった。
わずか13ページの短編であるが、文中では語られない、じいさんと二人の息子の人生がありありと思い浮かぶ。妻に先立たれた船乗りが、残された幼い二人の息子を男手ひとつで育てあげる。おそらく、海に長く出ている間は近所の農家の奥さんに息子達は預けられたかもしれない。息子達に慕われ、尊敬される船乗りの親父。息子達は父親の背中を見て真っ直ぐに育ち、やがて彼らも船乗りになる。二人は救助艇に乗組み一人は艇長となる。荒れた海にさらわれた見ず知らずの幼い兄妹を、見過ごしにはできない父親譲りの正義感。そのような息子達を誇りにする父親。こんな事は事細かに一言も書かれていないが、そうであろう、と老船乗りグラントじいさんの背後に語られない人生が浮かび上がってくる。
 そして嵐の夜の荒れた波間に、息子達と、筏に乗せられた子供達を見つけたとき、グラントじいさんは、息子達が助けようとした幼い兄妹を荒れた海からすくい上げることを選択する。助けられるチャンスは一度だけだった。無情というのも軽々しい、万感の思いが軍艦ユリシーズの最後に通じる。

『ラワルビンジ号の死闘』
 ちょっと気になった一文だけ。「手に入れた情報の正確さと完璧さに匹敵するのは、その情報がベルリンへ送られる迅速さくらいのものだろう」・・・・・日本語として、どうよ。原文読んでいないからちょっとわからないけど。「手に入れた情報の正確さと完璧さと並んで、その情報がベルリンに伝達される早さも比類ないものだった」くらいが自然な感じだろうか。

ドイツが誇る〈シャルンホルスト〉と〈グナイゼナウ〉の試航海の餌食になった英国武装商船ラワルビンジ号の悲劇。再三のシャルンホルストからの降伏勧告に応ぜず徹底抗戦を図り、撃沈。なんというか、あまりに文章が淡々としていてこの行動をどう受け止めるべきなのか困る。結局240人の経験豊かな乗組員が船と艦長と運命を共にした。玉砕は日本軍の専売特許じゃなかったんだな、と改めて思う。

『戦艦ビスマルクの最後』
ドイツが誇る戦艦ビスマルクと、イギリス人の誇り、戦艦フット。どちらも誤った情報と、指揮官の驕りや判断の誤りの集大成の結果沈んだのか?イギリスの戦艦フットが、あたかも日本人にとっての戦艦大和のような、海軍を象徴する艦だったことが良く分かる。それを沈めたビスマルクを執拗に追いかけるイギリス海軍。しかし、丹念に双方の証言を重ねれば、見えてくるのはイギリス側もドイツ側も誤認と失策を積み重ねた挙げ句の「戦果」だったようだ。

【備忘録】デンマーク海峡
 アイスランドとグリーンランドの間の海峡。なぜここがデンマーク?と思ったので調べてみた。アイスランドは1918年に独立するまでデンマーク領で、グリーンランドは今もデンマーク領なんだそうだ。そうだったっけ。そうだったんだ。現在の国土の大きさで舐めることなかれ、デンマークはかつては海洋国家。学生時代は、地図帳を見ても,陸しか見ていなかったような気がする。しかし、バルト海の出口に位置し、北海に直面し、さらにドイツにフタをする格好のデンマークは、どう見ても軍事・通商の要衝ではないか。イギリスを海洋国家として見るべきであるように、ヨーロッパ史を海を視点の中心に据えると、これまで勉強してきたものからだいぶ違ったものが見えてくるのだろうな。

さて、このあと数話読んだが、艦が次々に沈む描写に気持ちが滅入ったので、今回はここまで。

2020年9月7日月曜日

0221 砲艦ワグテイル(創元推理文庫)

書 名  「砲艦ワグテイル」
原 題  「Send a Gunboat 」1960年
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 高橋泰邦
出 版 東京創元社 1982年2月

 ついに出た(´∀`)。伝統のアル中艦長!初っ端の危機には、気弱で屈折した退役間際の副長ファローが思いの外いい奴で、泥酔したロルフ艦長を渾身で世話してくれたのでホッとした。いやあ、命令書持って参謀が来艦というのにいきなりの艦長ご乱行で、どうなる事かと(冷汗)。
 はっきりと年代は書いていないが、女王陛下の砲艦(HMG?)と名乗っているからには1952年(エリザベス女王の即位)以降か。そういえば、ロルフが朝鮮戦争にも参戦したらしいことが書いてあったので、1953年以降、ほど近い頃の話だと思う。酒に逃げる余裕があるのが平時の証かもしれん。同じ寝取られでも「輸送船団を死守せよ」のマーティノーが苦悩を抱えたまま自沈攻撃に及んだことを考え合わせると、泥酔して艦をドッグの側壁にぶつけるのは平和のなせる技かもしれないし、アル中艦長は戦争中のモチーフではないのだろうな。何はともあれ面白い。リーマン、流石です。
 WW2終結後、勢力拡大と固定化を図る中国共産党(いや、今もか?)。台湾の先、陸地にほど近い国民党旧勢力が支配する小島に、入植した英国人の小集落がある。中共の動きが怪しいので事を構えずに英国人を脱出させたい。ロクな港もない小島に接近できるのは、退役間際の河川用砲艦である老艦ワグテイル号。艦長は何かの事件を起こして軍法会議の末に左遷されてきた男である。
 さて、この男、乗艦してすぐにタチの悪いアル中と知れる。
 もう二度と飲むまい、と決意する側から酒の誘惑。艦長の社交には酒がついて回るし、ロルフがグラスを持つ毎の、読んでるこちらの緊張感と言ったらない。
 しかしこの男。
 酒さえ入らなければ、冷静沈着、勇猛果敢な生え抜きの海軍士官なのだ。
 酒に溺れた原因は、心の底から愛して、崇拝していた妻の浮気。生真面目一本な男には辛すぎた現実。こんな男を癒やすのは、戦いと女しかない。なにしろリーマンだし。そんなわけで、彼には過酷な成り行きが用意されている。艦長が一人で艦をはなれて中共が侵攻して戦闘状態の島に潜入したり、女を助けたり、海を必死で泳いだり、そんな艦長に、一人の忠実な少年が付き従ってすんでのところを助けたり。と冒険活劇モードがふんだんに盛り込まれています。そして、アル中から立ち直った彼の側には、美しい女性が。リーマン節です。

0220 掃海艇の戦争

書 名  「掃海艇の戦争」
原 題  「In Danger's Hour」1988年
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 大森洋子
出 版 早川書房 1993年

 世間の耳目を集める大型の作戦ハスキー作戦やノルマンディー上陸作戦の影で、味方の艦船が作戦遂行できるようにするため、ひたすら下働きの機雷除去を続ける小型艦。上陸作戦を仕掛ける攻撃艦や兵士を運ぶ上陸用舟艇のためにまず海路を開かねばならない。機雷原を隊列を組んで進み、機雷を除去。一歩間違えれば触雷し、海底に沈む数多の艦船の後を追うことになる。
 小型とはいえ80余名が乗る掃海艇の艇長イアン・ランサム少佐28歳。志願予備役の将校で戦時だけの軍人だが、部下と艦を愛する錬達の艦長である。年の離れた弟が地中海で戦死したとの報に胸が潰れる思いを押し隠し、冷静に艦を指揮する。個性豊かな乗組員の悲喜こもごもを交えつつ、そんな部下をまとめて、育て上げ、誇りにすら思う、ランサム少佐の情の深さが読みどころ。そのような彼の姿が、新任の副官の目を通して語られる。
 この副官、中将の一人息子で、もちろん将来を嘱望されている。しかし、潜水艦には不適、と判断され、大型艦で艦長に上り詰めるにはちと、何かが足りない。そんな息子に父親が敷いたレールが、小型艦の副官から艦長に昇任させる、というもの。よってランサムの掃海艇ロブロイ号への配属は、明かに本人ではなく父親の野心付き。この父親、女癖が悪いようで、掃海隊の指揮官であるブリス中佐とは、女絡みの因縁があるもよう。当のハーグレイヴ大尉は、予備役士官や、小型艦のあれこれに偏見を持ちがちではあるが、生来の素直さ、生真面があって素直にランサムに感化されて、副長職を勤め上げるまでに成長していくのも見所のひとつ。

 さてそんなランサムの秘めた恋の相手は、10歳も年下の牧師の一人娘のイブ「俺のかわいいお嬢さん」。なんと相思相愛の純愛である。さすがの年の差・立場の差に、世間体を案じた両家の思惑で長年引き裂かれていた二人。イアンを想い続けていたイブと、艇長にまで出世して、年の差は如何ともしがたいが、なんとか世間的には釣り合いが取れてきた?イアン。
 愛の成り行きは初々しく、手を繋いだり、頬にキスをしたり、万感の思いを込めてぎゅっと抱きしめたり。甘酸っぱいことこの上ない。それでも、彼女の純真な想いはついに実る日を迎えるのだ。そのとき、まさにD-deyの直前。そして、ついに彼の艇は危機を迎えることになる。
 イアンの部下の航海長、元機雷処理士官シャーウッドの人生模様と、ずっとイアンの心を支えていたに違いない、彼が愛する大型ヨット〈バラクーダ〉号も、物語の背景にあって、準主役級の存在感を示していた。派手さはないけど、手堅くてよい物語です。

2020年8月28日金曜日

0219 志願者たちの海軍

書 名 「志願者たちの海軍」 
原 題 「The Volunteers」1985年 
著 者 ダグラス・リーマン 
翻訳者 高永洋子
出 版 早川書房 1990年4月

 カナダ人の予備役大尉で航海長のフレイザー、警察官から海軍入りして小型艇に乗り組みたかったアイブス、掃海艇乗務から機雷除去のエキスパートになって、聖ジョージ勲章まで受けたアランビー。志願の動機は生き甲斐、やりがい、はたまた生存戦略。3人の男達が集ったのはオールダンショー少将麾下の特殊部隊『ブロザローの海軍』。
 ハスキー作戦の前哨戦から始まり、Dーdayを経て終戦までを闘い抜く、戦争が日常の男達の群像。どこか薄幸そうだったアランビーは恋人を喪いついに報われず。酷薄な陸軍士官の描写にリーマンの海軍びいきがちょっと鼻につくのは仕方ないか。フレイザーは少佐に昇進したのに、アランビーが置き去りなのは可哀想ではないか。主役に甘く、脇役にとことん薄情なのもリーマンのお約束? 今回の女性は、婚約者を喪った女性(婦人部隊大尉)と、その部下の、弟を機雷処理の失敗で喪った婦人部隊員。機雷処理に当たっていたのはアランビー。「あなたは逃げられたんですね」との言葉に打ちのめされるアランビー、そしてその上司のリンに唐突に一目惚れするフレイザー。ちと唐突過ぎるけど、一目惚れもリーマンの作風と言えよう。

2020年8月23日日曜日

0218  燃える魚雷艇

書 名 「燃える魚雷艇」 
原 題 「A Prayer for the Ship」1958年 
著 者 ダグラス・リーマン 
翻訳者 中根 悠
出 版 徳間文庫 1988年2月

 記念すべきリーマン処女作。さすがに若い頃の作だからか、翻訳の違いなのか、描写が丁寧。
 主人公クライヴ・ロイス中尉、志願予備役でなんと任官3ヶ月目の20歳!このまだ未熟な中尉が魚雷艇に着任するところから始まり、一人前の魚雷艇艇長に成長するまでを、もちろん恋愛付きで、懇切丁寧に描写してます。
 彼が尊敬するハーストン艇長もまた若い。23歳。ですがすでに歴戦の勇士の貫禄を備え、ロイスを導き、艦を指揮する。小さな魚雷艇のこと、士官は艇長と先任の二人のみ。あとは下士官と水兵。つまり、ロイスは初心者なれど先任士官なのだ。激しい戦闘の中で、ハーストン艇長がロイスに艇を託して絶命。その後ハーストンには一人妹がいたことが判明。もちろん、ロイスにとって忘れられない女性となる。後任の指揮官はカービー少佐でこれが教条主義のイヤなやつ。カービー指揮下で闘う中で、ついに被弾し艇を喪う時がくる。ドイツ軍トロール船を道連れにしたものの、ロイス自身も重傷を負って死にかける。ここまでが前半。
 救助→治療→回復の過程の描写も丁寧で、後のリーマンが用いる、断片的に情報を提供して読者の想像にぶん投げる手法はまだ見えない(笑)。

 さて、後段は、百戦錬磨の魚雷艇乗りとして自艇を操るロイスの活躍と、恋愛模様。大尉に昇進し、殊勲賞を受け、最新のフェアマイル型魚雷艇を預かる艇長としての成長が語られる。
 ハーストン艇長の妹ジュリアと恋仲になり、クリスマスにジュリアを乗せてちょっとした冒険もしたりして。ドイツ駆逐艦やEボートとの激しい戦闘。港への帰還。突堤で入港してくる艇隊を見つめるジュリア。再会と抱擁。
 処女作とはいえ、やはりリーマンの全てが詰まってました。(正し、不倫と未亡人をのぞく(笑))。なにしろ主人公達が若いから!青春モード全開でした。

2020年8月9日日曜日

0214  起爆阻止

書 名 「起爆阻止」 
原 題 「Twelve Seconds to Live」2002年 
著 者 ダグラス・リーマン 
翻訳者 高沢次郎 
出 版 早川書房 2004年3月

 リーマン御大80歳、35作目の作品で、年寄りの昔語り宜しく筆の遊ぶまま悠々自適な書きっぷりである(笑)。細かく時間を刻んで話が前後するので読んでいると迷子感が半端ないが、とりあえず面白い。
 主人公デイヴィッド・マスターズ少佐は老成して見える29歳。
 時折触れる頬の傷跡。元潜水艦乗り。かつて新造艦の指揮官として出航、港の鼻先で初潜行しようとしたその時、触雷して艦が沈没。まだ艦橋にいたマスターズは海に投げ出されて助かったが、部下は全員が艦と運命を共にした。一人生き残った罪悪感。喪ってしまった初めての指揮艦と年若い部下達。港は掃海してあったはずだった。
 死んだ部下達への贖罪から機雷処理の道を選び、危険な現場で働く部下達を常に思いやり、時には体を張って守る。マスターズはそんな人。
 もう一人の主人公は現部下のモーターランチの艇長フォーリー。そしてもちろん恋愛もある。だってリーマンだし、必需品なのだ。フォーリーの恋人はマスターズの潜水艦で死んだ乗組員の妹で、マスターズの運転手を務める婦人部隊員。マスターズだって当然恋愛する。だってリーマンだから。さてそんなマスターズが陸から海に戻った命がけの特殊任務。ラスト、主人公は死なないリーマンだと信じていたのに海に浮かんで動かないマスターズの描写に胸がきゅっとなる。
 後段、フォーリーは昇進し最新型の機雷敷設艇の艇長に。彼はマスターズの部下なのだが、マスターズが特殊作戦に組み込まれたため、ラスト数ページに至るまでほとんど作中での絡みがない。あそこにフォーリーの艇がなければ、マスターズは間違いなく死亡してたはず。いろいろと語られていない部分も含め、全部リーマン御大の頭の中ではうまく収まってるんだろうな、と感じる。それでもマスターズが滅法格好良いし、フォーリーも頑張ってるし、とにかく面白かった。
 原著のTwelve Seconds to Liveは、機雷の雷管が作動してから爆発するまでの設定時間のこと。ドイツの機雷は一番爆破の効率が良いとして12秒に設定されていたとか。もし機雷が作動してしまったら、この12秒で全速力で逃げ、物陰に身を伏せなければならない。そうそう上手くいくわけではなく、多くの機雷処理士官と兵士が、命を落とした。リーマンが繰り返しテーマに据えたモチーフである。

2020年8月6日木曜日

0213  国王陛下のUボート

書 名 「国王陛下のUボート」 
原 題 「Go in and Sink!」1973年 
著 者 ダグラス/リーマン 
翻訳者 高永洋子
出 版 早川書房 1985年10月

 なんと、英国軍艦Uボートである。英国にとっての幸運と、ドイツにとっての不運が重なり、ほぼ無傷で、拿捕されたUボート。ドイツはこの潜水艦が沈んだとは思っていても、英国に獲られたとは知らない。この僥倖をどう利用すべきか。
 作戦は、大西洋、太平洋を荒らし回るUボート群の補給を担う大型補給潜水艦〈ミルヒクー〉を沈めることから始まる。抜擢されたのは、歴戦の潜水艦乗りスティーブン・マーシャル少佐。
 さてとりあえず今回の据え膳、死んだ親友の妻ゲールがダメだ。地中海で夫の指揮する潜水艦が消息を絶つ。おそらくは機雷。後から帰還したマーシャルが弔問に訪れた時にはすでに再婚して転居済み、相手はエリート士官のシメオン中佐。それなのにマーシャルを呼びつけて、死んだ夫ビルと結婚したのはマーシャルが結婚してくれなかったから、今も私、あなたが好きなの。でも私は家庭が欲しかったのよ。それってそんなに悪いこと?だから今の夫と結婚したの。でもあなたがその気なら・・・・って、なんだこの女?こんなすえた膳食ったら腹壊すって。
 でも、ご安心あれ。ホントのヒロインはもう一人の方。亡命フランス人だが、フランスに残った夫がドイツ軍に協力して新形兵器を作っているらしい。夫と接触し、情報を得るためにマーシャルのU−192に乗って、イタリアへの潜入を図る。今回色事は控えめなれど、英雄気取りはいらないって散々言ってるくせに、彼女を助けるために上陸作戦に及ぶ潜水艦の艦長ってどうなの?でもまあ、これは戦記ではなくて冒険小説だから。。。
 生意気な気取り屋航海長が戦闘中に死ぬのもリーマン的お約束。シメオンとはマーシャルが中佐に昇進して、部下ではなくなった途端に、腕力でぶちのめし、ある種の理解に達したようなのは良かったのか。シメオンの方がどう考えても先任だろうに、階級がそろった途端に殴るはタメ口になるは。行儀の悪い艦長だよ。
 とにかく、ハヤカワにしては珍しくもタイトルで成功していると思うこの一冊。『国王陛下』で時制もOK、意外性でつかみもOK。英国軍にもその存在を知られず、ひとたび海にでれば、英国軍からドイツ軍からも攻撃されかねない、というまさに四面楚歌な状況下で、この見た目も恐ろしい、かつては宿敵であったはずの自艦を愛すべきか、当初気持ちを扱いかねていたマーシャルのラストの台詞が効いている。
 激しい戦闘で回復不能な損傷を受け、微速で航海するU192。放棄するか曳航するか、との英駆逐艦からの問いかけに
 〈国王陛下ノU192ハ、艦隊二復帰スル〉

2020年7月29日水曜日

0212  黒海奇襲作戦

書 名 「黒海奇襲作戦」 
原 題 「Torpedo Run」1981年 
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 池 央耿
出 版 早川書房 1984年12月

 陸(おか)での久しぶりの休暇だったのに、司令部に呼ばれて死んだ戦友の任務の引継ぎを命じられるドゥヴェイン少佐27歳。高速魚雷艇の艇長。その亡くなった戦友の妻が彼に逢いにくる。さあ、リーマンお約束の据え膳だ。彼女の悲しみを癒やすために二人でパブに入る。ロンドンの夜を襲う空襲。ショックを受けた彼女を横抱きにしてホテルに入るいやはやの展開。リーマン節に抜かりなし(笑)。まだ作戦も始まってないぞコラ!これまでに読んだリーマンで一番早い色展開である。
 主人公は絡み金筋の予備役士官組だが、魚雷艇5隻を率いて闘う局地防衛戦の英雄。新聞紙面を飾ったこともある。
 そして次の戦場、黒海へ船も人も中東経由で陸路移動。地図帳もしくは地球儀必携。ヨーロッパと中東と中央アジアの距離感を再確認する。ドイツ支配地域を交わして黒海入りするには、そういうルートになるのか!
 黒海のソ連基地をベースに、ソ連軍と協力して側面からドイツを脅かし、ソ連のドイツ侵攻を援助する為の特殊作戦。ドイツ側もあらたに魚雷艇戦隊を派遣してきた。そこに配置された敵は、奇しくも散々ドーバー界隈で名前を売っていた宿敵リルケのEボート戦隊《ゼーアドラー》。名前を聞いただけで格好よく感じてしまうのは銀英伝の影響か?今回は、珍しく敵の輪郭がはっきりしている。部下達や同僚のべリズフォードとの関係性は気持ちよく、協力するソ連側将校は得体も底も知れないが、どうやらドゥヴェインを気に入ってくれているらしい。チームワークよくやっていけそうなのに、そこを削りにくる身内の敵、無能で教条主義な上官。極限の前線で制服の着こなしや帽子のかぶり方に因縁をつける士官はろくでもないに決まってる。隠密行動上等の“名無し”状態で、5隻見分けがつかなかった魚雷艇にでっかく船体に番号を描かせたのが、その後の囮に利用するための布石だったとしたら、この男やはり許せない。
 重傷を負い一端戦線離脱、戦友の真の自殺理由が明らかになり、僚艦を失い部下達は戦死していく。前線の悲哀であるが、ラストは冒険小説の王道。リーマン節。

2020年7月26日日曜日

0211 若き獅子の船出 海の勇者/ボライソーシリーズ〈1〉

書 名 「若き獅子の船出 海の勇者/ボライソーシリーズ〈1〉」 
著 者 アレグザンダー・ケント
翻訳者 高橋泰邦
出 版 早川書房 1980年1月 
初 読 2020/07/26

 ボライソーシリーズの日本での1巻目。もともとジュニア向けに執筆された一冊だそうで、英国での発表順だとボライソーシリーズ8冊目だったそう。
 どおりで、小学生のころ主人公の冒険にワクワクしてページをめくった気持ちを思い出したわけだ。 

 若きリチャード・ボライソー16歳、士官候補生時代の活躍。提督を祖父に、勅任艦長を父を持つリチャードは、16歳とはいえ12歳から船に乗り込み、すでに4年のキャリアを持つ士官候補生。自ずと艦長を観察し、上に立つ者の姿勢と責任を学んでいる。直属の海尉に理不尽にしごかれても冷静に対処出来るが、まだ幼い候補生が虐められるのは見過ごせない正義感は、公平な指導者の片鱗を見せている。

 そして、退っ引きならない状況で海戦を指揮する事になった途端、現れるリーダーの資質。決断と剛胆さ。
 アレグザンダー・ケントはダグラス・リーマンの別ペンネームなので、まあ、艦長に女は付きものであるらしいのだが、さすがに主人公が子供だし、ジュニア向け作品なので、今回は「艦長の女」は登場せず(笑)、純粋な冒険活劇の仕上がり。
 若きボライソーの造形が、これまで読んできたリーマンの主人公達でいえば、『リライアント』のシャーブルック艦長の若い頃といった感じかな? ケント=リーマンを実感する。 彼、リチャードとこれから長い海路を共にするのだ。

2020年7月20日月曜日

0210 大西洋、謎の艦影

書 名 「大西洋、謎の艦影」
原 題 「Rendezvous – South Atlantic」1972年
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 高永洋子
出 版 早川書房 1984年7月

 接収した豪華な貨客船を改装した武装商船巡洋艦が主役。
 武装して妙な姿になっている上、戦闘でほとんど上部構造をぶっ壊された挙げ句火災で真っ黒焦げ、しかも国旗でも海軍旗でもない奇妙な旗を掲げた「謎の艦影」。

 助けに駆けつけた僚艦からの問いかけは、〈貴艦ハ何者ナルゾ?〉と問われる。 シリアスな情景なのにそこはかとなく可笑しい。
 艦長はリンゼイ中佐33歳。大西洋輸送船団護衛で、ご丁寧に往路と復路でそれぞれ撃沈された経験を持つ。最初の護送船団護衛時は、自分の指揮下での戦闘中のことだし、自艦は沈没したものの、多くの乗員は退艦して、近くの商船に移ることができた。しかし船団の行く先、ニューヨークはまだ戦争を知らぬ賑やかな異世界で、今も空襲にさらされている祖国との解離に衝撃を受け、さらに英国への復路、乗客として乗った商船が、Uボートに沈められる。助けようとしたユダヤ人の幼い兄弟は、リンゼイの腕の中で死んでいった。この体験の衝撃からは回復しがたく、リンゼイはPTSDの辛い日々を送っていた。

 そんな彼に当てがわれたのが正体定まらぬベンベキュラ号。

 最初は屈辱感で一杯だったリンゼイだが、やがてこのおんぼろ艦が愛おしくなってくる。
 副長以下の多くが、商船だったころの乗組員。こちらも過去の栄光にすがって、愛する船が戦艦に改装されたことを受け入れられない。そんな部下を脅したりすかしたりしながら、一人前の軍艦乗りに仕立てあげ、さらには過酷な戦闘に向かっていく。そこに加わるさまざまな人間模様。もちろん恋も。

 華やかなりしころの商船が忘れられない副長ゴスに船内パーティーを開催させたり、候補生をその父である准将からかばったり、リンゼイの優しさが光るリーマン節。生真面目な正義感から、候補生の父親でもある准将と対立し、体よく艦を取り上げられそうになる。その准将は、なぜかベ号を旗艦に選び乗艦してくる。恨みを買うような、整備不良になりかねない嫌がらせをしておきながら、自分が乗り込むってどうなの?とは思わんでもない。ひょっとして、整備や補充の足を引っ張ったのは准将の仕業で、その艦に准将が乗り込まざるを得なくしたのは、准将に腹を据えかねた他の参謀の差し金か?

 ベ号乗員の意趣返しも小気味よく、身内の敵には鉄槌が下されるのも安定のリーマン流。

 なんとか身の安全を図りたい小心な准将であるが、武装商船だろうが、どれほど武装や装甲が貧弱だろうが、軍艦という名を戴く以上、先頭で闘う気概のリンゼイ。そして、艦内ともなれば、艦長が最高権力者である。

 ところでリンゼイ、なんだかんだで出世が早い。33歳で大佐に昇進した。まあ、不幸な事故までは、護衛船団の先任艦を務めていたんだから、出世頭ではあったのか。

2020年7月17日金曜日

0209 アドリア海襲撃指令

書 名 「アドリア海襲撃指令」 
原 題 「To Risks Unknown」1969年 
著 者 ダグラス・リーマン 
翻訳者 高津 幸枝
出 版 早川書房 1994年1月

 地中海で高速魚雷艇戦隊を指揮してきた男が、惨い経験を経て草臥れたコルベット艦の艦長に任命される。ジョン・クレスピン少佐(27歳)は、失望や期待やもろもろを胸に畳んで新たな任務に臨む。その彼を指して
「ファイルを読んだところでは、ちょっと盛りをすぎたって感じですかな。正規の士官だというのに、与えられたのはあんなおんぼろコルベット艦だけでうからね」と言う参謀士官。
 ジョン・クレスピンは地中海で高速魚雷艇戦隊を指揮していたが、ある作戦で味方の船は全滅、部下達と海中を漂い、励まし合いながら夜明けを待っていた。ところが、現れた艇に救助されると思いきや機銃掃射を浴びせられ。
 次々と仲間が殺され、なんとか生き残った二人の部下と夜明けに海岸に泳ぎ着き、そのあと3日間砂漠を彷徨うことになる。陸軍の斥候隊に発見された時には、部下が死んだことにも気付かずに担いでいた。
 そんな過酷な体験を経て、与えられた次の艇はくたびれたコルベット艦。それまで指揮していた魚雷艇と比べたら、酷使された足の遅いコルベットは、格落ちも甚だしい。《シスル》号(あざみの意)というからには例のフラワー級コルベットである。

 だがしかし、この艦は、ある任務のために特殊部隊司令官のオールダンショー少将が特に手にいれたものだったし、クレスピンの任命も、かれの輝かしい軍歴を買ってのものだった。

 任務は小規模な奇襲と陽動、現地抵抗組織との協働。現地指揮官はかなりクセのある人物。やがてそれは、単なるクセでは片付けられない危険な兆候となる。
 功名心あふれる上官の無謀な作戦立案のもと、無口であまり感情を見せない彼が、部下や現地の人々にも心を寄せて行動していく。戦争小説としても冒険小説としてもこれは骨太で面白い。エピローグの余韻はなんとも言えず、切なさを感じる。

 翻訳の高津幸枝氏は、「舵中央」にミジップ、「前進全速」にフル・アヘッド、等、英語の操舵号令のルビを振ってくれているので、その気になって声にだすとなお楽しいぞ。

 お約束の主人公の恋人は人妻でも未亡人でもない、まともな美人が相手の恋愛路線で安心、と嵩を括っていたら、これまた大変なことに。彼の子供を身ごもっていたのに、イギリスに帰還する飛行機が行方不明に。おそらく撃墜。どこまでもクレスピンが痛ましい。それでも折れない。どれほど心が痛めつけられても、一人でも多くの仲間を救うべく、目は海図とジャイロを見つめ、操艦を命じ、戦時の軍人の生き様を見せてくれる。

 とはいえパルチザンの口を借りて、「こんなに愚直なまでに、しかも我が身の安全を顧みずに誠意を重んじるのは、英国人だけだ!」と言わせるリーマンの自画自賛には、ちょっと噴飯ものだとも思ったが。バルフォアに聞かせてやったら〜?

2020年7月11日土曜日

0208 巡洋戦艦リライアント

書 名 「巡洋戦艦リライアント」
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 大森洋子
出 版 早川書房 1998年

 レナウン級巡洋戦艦リライアント(レナウン、レパルスに続く架空の三番艦)が主役。もちろん艦長であるシャーブルック大佐39歳が表向き主人公なんだが、読んでいるうちに、この物言わぬ大艦が艦長に身を委ねている感じがひしひしとしてくる。

  シャーブルックは前の指揮艦だった巡洋艦ピラスを北極海で喪った。
  護衛航海中、遙かに火力に勝るドイツ巡洋艦3隻とたった1艦で交戦。救援に来ると言われていた味方の大型艦は現れず、ピラスは集中砲火を浴びて氷の海に沈む。乗員450名のうち生き残ったのは艦長含め8人のみ。 その後、怪我と喪失の痛手から回復したシャーブルックは、巡洋戦艦リライアントの新艦長として任命される。

 リライアントは、戦隊旗艦であり、ピラスが沈んだ時に救援に現れなかった巡洋戦艦の一隻だった。自殺した前艦長はシャーブルックの親友でもあり、親友の救援に駆けつけることができなかった自責の念が自殺に関係しているのか・・・とは、作中では言及されていないものの、十分考えられることではある。冒頭から因縁深い新艦長とリライアントである。

 戦隊旗艦であるからには、クセのある少将を頂き、艦の指揮権に干渉を受けつつも艦を掌握し、艦と次第に心通じる艦長。まるで小型艦を操縦するように巨大な巡航戦艦をコントロールする描写が良い。

 さてこのリライアント、作戦行動中に舵が効かなくなったり、機器が故障したりするやっかいなお嬢(この際、「老嬢」というのは余りに失礼)である。むろん、整備不良が原因の故障ではあるのだが、おかげで撃沈を免れたり、絶好の交戦海域に出たりする。
 艦橋でそんな彼女(の艦長イス)に手を添えたシャーブルックが「落ち着け、いい子だから。お前の言いたいことはわかった」と囁く。船の代名詞がsheで、無骨な戦艦が美女にたとえられるのが、これまで日本語の語感だといまいちピンとこなかったけど、リライアントは間違いなくツンデレ淑女。別に「艦これ」のシュミはないが、擬人化してもいいレベルでリライアントがかわいいと思える。

 艦隊司令である少将は、かつてシャーブルック、自殺した前艦長のキャヴェンディッシュと3人で、大尉としてリライアントに乗り組んでいたこともある人物で、人となりは知れている。武勲よりはあの手この手の世渡りと自己演出で出世してきた我欲の強い人物である。
 シャーブルックは口数は少ないが自分の主張は静かに通すタイプで、もちろん少将とは水と油。当初は静かに穏やかに少将を立てていたシャーブルックであるが、やがて対立が表面化するのは避けがたかった。

 さて、そんな艦隊司令と艦長を戴くリライアントはどうするのか。
 なにやら頑固な意志を感じさせるリライアントは、戦隊旗艦のくせして、最後は艦長シャーブルクと対立していた司令官を艦から叩き出したよ。あっぱれである。
 そして、その最後もまた、あっぱれだった。

2020年6月28日日曜日

0207  落日の香港

書 名 「落日の香港」 
原 題 「Sunset」1994年 
著 者 ダグラス/リーマン 
翻訳者 大森洋子
出 版 早川書房 1997年6月

 話は、戦闘の痛手を負ったちょいと影のある新任艦長が新しい指揮艦に乗艦するところから始まる。というもいつものリーマン節。
 今作の艦長はエズモンド・ブルック少佐29歳。
 スペイン内戦から逃れる人の救出作戦に従事中、モーターボートで避難民を輸送していて機雷に接触し艇ごと吹き飛ばされる。足に重傷を負い、2年軍を離れていたが、戦争による人材不足と本人の復帰要望が相まって駆逐艦勤務に復活、副長勤務を経て今回が初の艦長。酷い痛みは取れているらしいが、いまだに片足を引きずっている。
 奇しくも新たな乗艦はかつて新造艦だった時ブルックの父が艦長を務めた老艦サーペント。しかしまだまだ現役の、三本煙突の美しい駆逐艦である。サーペントには、かつてエズモンドの父が指揮を取っていたときに新前水兵だった男が操舵長を務めており、乗艦してきたエズモンドの姿に、かつて新造艦だったころの艦長の姿を見て涙ぐむ。
 艦長と同時に乗艦してきた航海長のカルヴァートは、もと戦闘機パイロットで、戦闘神経症で飛べなくなった男。ヴィクトリア十字勲章受勲者。香港への途中ジブラルタルで乗艦した士官は特殊部隊の爆発物操作のエキスパート。むしろこの香港行きは、彼を送り届ける為なのではないか?で、あれば爆発物専門家が香港で与えられる任務は何なのか。
 きな臭さ満載ではあるものの、大西洋を離れて、まださほど戦局が厳しくない香港への航海では局地戦すらなく、仕事といえば海賊相手の哨戒くらい。しかし、海賊と見えたものが実は海賊を偽装した日本軍であり、狙われた船は蒋介石軍に兵器を密輸していたことも判る。東洋の魔窟は英国人には難解すぎる。

 今回恋愛パートは二組の恋が同時進行。艦長の方は貞操の硬い東洋人女性相手なだけに、手を握る以上進展できないところも、なんか胸が苦しくてよろしい。もう一組は、これも心に傷を負っているカルヴァートである。愛し、愛されて癒やされていくのも、リーマン流。しかし、この二組の恋愛の結末は明暗を分けることになってしまう。
 エズモンドの方は、足を強打したのがきっかけで古傷が開き、艦を離れているときに大出血して倒れ、中国人富豪の娘リャンに助けられる。リャンの父の家で養生し、急速にリャンと接近するエズモンドであるが、実は彼女、かつてイギリス留学中に、今は香港基地の参謀を務めるエズモンドの弟のジェレミー(中佐)と恋仲だったらしい。
 しかも、エズモンドには以前婚約者がいたのだが、足の負傷が原因で、婚約者が将来性のある弟のジェレミーに乗り換えて結婚してしまった、という手痛い経験をしている。そんな体験が彼の足の怪我へのコンプレックスに拍車をかけていたのだが、醜い(とエズモンドが思っている)傷に目を背けずに手当してくれたリャンに心救われたのだ。一方のリャンもジェレミーが結婚してしまい失恋。この二人がくっつくって、まあ、安直な感じはないではないし、エズモンドは弟のお下がりでいいのか?と思わないでもないが、リャンが一途で素敵な女性なので、良いことにする。リーマンだしな。

 一方の航海長のカルヴァートの恋の行方は。
 再び操縦桿を握ったのに、恋人を喪ってしまい、日本海軍駆逐艦に特攻をかけたカルヴァートは、艦を救い、エズモンドの目前で散ったのだ。カミカゼ攻撃は日本軍の専売特許じゃなかったのか?

 パールハーバーの前後の国際情勢を英国視点で香港から眺めるこの話。日本軍の描かれ方はもっと酷くてもおかしくない。というか日本軍の香港侵攻とか全然知識が無かったので、もっと勉強せねば、と思った。ところで、エズモンドは艦長勤務より、艦長の目となり足となり艦内をまめに動き回らなければならない副長勤務の時の方が足が辛かったんじゃないかと思うのだが、よく勤まったな。怪我でリタイアや挫折を経験して、かなり老成していて、読んでいるイメージだととてもおっさんぽくって29歳若者の絵が思い浮かばない。それでも恋愛でちょっと周りが見えなくなったりしてカワイイところがあるし、周りがそれを承知しておおらかに祝福している感じなのも良い。全体的には、こういうのも悪くない、と思える東洋風味の作だった。

2020年6月21日日曜日

0206 輸送船団を死守せよ

書 名「輸送船団を死守せよ」
原 題 「For Valour」2000年
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 高津幸枝
出 版 早川書房 2003年

 グレアム・マーティノー英国海軍中佐、33歳。生粋の駆逐艦乗り。
 一方的展開になった戦闘の中で輸送船団を守る為に自艦をドイツ艦に体当たりさせ、自艦は沈没、自身は負傷し、部下の大半は戦死。この英雄的行為でヴィクトリア勲章に叙勲され中佐に昇進、新しい指揮艦に着任するところからストーリーが始まる。
 実は妻が親友である副長と浮気をしていたことを知っており、部下と艦を犠牲にした自分の指揮は果たして正しかったのか、自分の感情が一瞬の判断に影響していなかったか、と深い疑念と後悔を胸の奥に畳んで、新たな艦と任務に望むマーティノー。噂が早い海軍なので寝取られ男であることはすでに新しい乗艦であるトライバル級駆逐艦ハッカ号の全乗組員が知っている。そして、重傷を負って入院していた、親友であり、妻を寝取った男でもあった副長の死亡の報。決して望んだ形ではないが、一つの決着。
 自艦を喪ったばかりの自分に新たな艦の指揮をとれるのか、ハッカ号の副長は次の艦長となると目されていた男で新艦長の着任は心楽しくないだろう、と諸々不安はあるが、それでも自分にできる海軍の流儀に従って、部下を信頼し、部下に自分を信頼させるしかない。

 『殊勲の駆逐艦』と筋立てが似ているという評もあるが、マーティノー艦長という個性は、『殊勲の駆逐艦』のハワード艦長とは違う人となりで、一回り逞しさがある。ラストの海戦ではまた自沈攻撃しかけるんじゃないか、とかなりハラハラしたが、最後まで自艦を守り闘い抜いたところも上々な読み応えだった。

 『殊勲』のハワード艦長はどちらかというと神経が細やかで繊細な人柄で、戦争神経症一歩手前で踏みとどまっている必至さと、それが恋人の存在に癒やされていくところも読みどころだったけれど、マーティノー艦長はもうすこし逞しく、安定感があるところが魅力的である。
 どちらも共通して良いと思うのは、戦闘中に艦自身と意思が通じるような一体感を感じる瞬間が描かれているところ。リーマン節といえば、影のある男(艦長)と過去のある女が定番というが、この本ではそんなにイチャイチャしてません。念のため。

2020年6月16日火曜日

0205 殊勲の駆逐艦

書 名 「殊勲の駆逐艦」 
原 題  「KILLING GROUND」1991年 
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 大森洋子
出 版 早川書房 1996年 

 英国海軍のG級駆逐艦グラディエイターを指揮する艦長、デイヴィッド・ハワード少佐(27歳)。Uボートが跋扈するまさにキリング・グラウンド、大西洋ですでに長く護送船団の護衛を務めている。直近の任務の後イギリスに帰り着き、今は艦の解体修理と補給を終えたところ。前回の護衛任務は、40隻の船団で米国を出発し、イギリスに辿りついたのはたったの13隻だった。その航海の労苦が、まだ若いはずの艦長の顔に影を落としている。そして、グラディエイター号に届いた次の命令は、「北ソ連」向け輸送船団の護衛だった。(なんてーこった。ユリシーズと同じかよ!と、私の心の声。)

 まずは、艦隊の集合地である北の港にむかう。
 それすら、ノルウェーがドイツに獲られて沿岸の制海権がドイツに移っている北海では、気の許せる航海ではない。やっと、アイスランドのレイキャビク港に入港。休暇中のほっと息抜きできる場所すらも陸(おか)の盛り場ではなく、自艦の艦尾にある艦長室であるという内省的なハワードは、作戦行動中は使用しない艦長室にやっと向うことができた。艦長室では、従兵ヴァランスが艦長の為に部屋のストーブに火を入れ、フロを沸かしてくれている。ヴァランスは、艦長の深い疲労を見て取り、この若い艦長が自分たちを港に連れてきてくれた、これからも自分たちを導いてくれる、と信頼を深める。この信頼関係が海軍物を読む醍醐味だ。

 さて、休暇中や陸の上での人間関係と、海の上での作戦行動を交互に描くのがリーマン流。
 この北海の輸送船団で戦闘中に散った航空機パイロットの妻(未亡人)がおもむろにストーリーに絡んでくる。リーマンとくれば、一目惚れと不倫。ちゃんとハワードが彼女に一目惚れするのは、もはやお約束。とにかく、一瞬にして、彼女シーリアは彼の忘れられない人になってしまうのだ。
 北海の後は、再び大西洋。
 第一次大戦の戦傷で体が不自由になっていた父が、空襲の犠牲となる。父が亡くなったという一報をハワードにもたらしたのは、シーリアの父である将官だった。父の訃報にショックをうけるハワードの手に渡されたのは、英国海軍伝統のホースネック。この飲み物を用意した従兵は、ハワードに父の訃報が伝えられることを知って、ハワードの艦の従兵ヴァランスにハワードの好物を問い合わせ、急いでこの飲み物を用意したのだった。

「これが必要だった」とハワードは従兵に感謝を告げる。
 
 敬愛する父の死と、親しい友の艦が次々に目の前で沈められていく戦争の過酷さに、ハワードの精神もだんだん追い詰められていく。
 戦闘後に手の震えが止まらなくなり、副長のトリハーンは震えるハワードの手を掴んで、彼の代わりにパイプの世話をしてやる。副長も、年若く繊細でもある艦長の精神が次第に壊れていくのを見守るしかない。止めの一撃になったのは、かつてのグラディエイターの副官で、ハワードの親友でもあるマラックが艦長をつとめるコルベットが血祭りに上げられたこと。あろうことか、Uボートはコルベットを航行不能にした上で海に浮かべておき、救助にくる僚艦の囮としたのだ。
 マラックのコルベットは救援に駆けつけたグラディエイターの目前で撃沈された。打ちのめされるハワード。

 ハワードの精神的危機を案じた上官のヴィッカーズ大佐は、ハワードに短い休暇を取ることを命じる。そのまま艦の指揮権を奪われ、傷病を理由に陸に上げられるのではないかと抵抗するハワードに、ヴィッカーズは、ハワード不在中は、自艦がオーバーホールに入って指揮する艦がない自分が先任士官として代理でグラディエイターの指揮を取る(つまり、後任人事はしない)と説き伏せる。無理矢理休暇に出されたハワードを迎えたのは、恋人となっていたシーリア。わずか9日間の二人だけの時間。愛し合い、語りあい、心の澱を吐き出すことで、ハワードは心が満たされ、癒やされていく。おとぎ話のようではあるが美しい。

 休暇から戻ったハワードは、副長がおどろくほど自信に満ち、逞しく、安定していた。そして中佐への昇進。ハワードもまた、グラディエイターを離れて、次の階梯に進まねばならない。また、グラディエイターは護衛艦への改修も決定されていた。せめて、愛するグラディエイター号を信頼する副長の手に委ねたいと願うハワードであるが。

 グラディエイターの最後の航海となったのは、機械のトラブルで航行不能となった病院船の救助。病院船は、それと分かるように煌々と明かりをつけ、赤十字マークを照らし出しているものだが、電源を喪失した大型船はそれもできず、大洋のただ中で、大きな標的でしかない。乗員は500名以上の傷病兵たち。船を守れるのはグラディエイターだけ。
 Uボートの接近を察知し、病院船とUボートの間に回りこむグラディエイター。まるで艦自身が意志したかのように、病院船の身代わりとなって、グラディエイターはその身に魚雷を受けたのだった。

 負傷し、苦痛に喘ぎながらも総員を退避させ、ハワードは、救命いかだから沈みゆくグラディエイターを見守る。グラディエイターは、ハワードと別れることを拒み、護衛艦へ改修されることを拒み、誇り高い駆逐艦でありつづけようとしたのか。

 第二次大戦中、激戦を闘い抜いた英国海軍G級駆逐艦の一隻の、最後であった。