2022年9月21日水曜日

0393 SKYLARK <矢代俊一シリーズ16>

読書メーター:https://bookmeter.com/reviews/109102197  

Amazonより・・・「渥美公三の死によって平穏な日々が訪れたかにみえた俊一だったが、公三の2人の子との出会いは新たな脅威を予感させるものだった。歌手として楽器を持たないまま臨んだグリーンドルフィンでのライブは大成功を迎えるが、会場の外に出た俊一は渥美銀河に絡まれてしまう。そこに現れた金井恭平によってその場は事なきを得たものの、自宅に戻った俊一は銀河の電話で錯乱するまでになってしまう。さらにマスコミのスキャンダルが出され俊一と英二は父の万里小路俊隆の家に避難することになったが……。矢代俊一シリーズ第16巻。

 読書メーターの方で、「《毒を喰らわば皿まで》検証:『トゥオネラの白鳥』の展開には合理性があるのか!?」企画として読み進めているこのシリーズだが、いよいよ毒皿になってきた。この巻は、なんかいろいろとダメだった。
 (引用)
「いいよ。俺けっこう運転好きだったんだよ、昔。」(p.293). Kindle 版. 

「車もね……島津さんの車、しばらく俺運転手もやってたんだけど……」 (p.296). Kindle 版. 

「久しぶりだよ、車運転するの。——もっとも、俺電車なんてもうこの何十年来乗ったこともないからさ。外出るときには基本的に車だったんだけどね。」(p.308). Kindle 版. 

透はかなり運転がたくみだった。ひょいひょいと甲州街道を、渋滞のあいだをぬってゆきながら云う。(p.309). Kindle 版. 

 いや、透は運転へたくそじゃなかったっけ?少なくとも『朝日のあたる家』では、事故を起こしそうで怖くて良を乗せられないくらいには運転下手だったはずだ。それが、例の『トゥオネラの白鳥』ではA級ライセンス並みの運転技術の人になっていたので、どうしたことだ、と思っていたのだが、どうやら透の変貌(?)はこの巻あたりから本格化しているようだ。

「ううん、ちょっと……あっと思ってただけ……そ、そうか。透って——全然、そう見えないから、そう思ってなかったけど……透って、肉食獣なんだ?」「俺、ばりばりに肉食獣だよ。なんだと思ってたの?」透が笑い出した。「なんかもしかして、俊ちゃんて、俺のこと、かなり誤解してる?静かな人だとか、大人しい人だとか、俊ちゃんみたいなタイプの人だとかって思ってたりしないよね?」(pp.347-348). Kindle 版.  

「去年は東京駅の駅頭でアクション俳優と殴り合いやって脳震盪おこして救急車で入院したし。殺すの殺されるのって、修羅場しょっちゅうだし、だから血をみるのも全然怖くないし——死ぬのも怖くないよ。喧嘩は弱いけど、ものすごく口は達者だから、その気になったら、相手が自殺しちゃうようなこと、たてつづけに云えるよ。」(p.348). Kindle 版. 

 いや、透ってそういう性格じゃあなかったはずじゃない?
 どっちかってーと、島津さんが可愛がってた(?)島津さんちのサボテンの鉢植くらい、静かな草食系だったような気がするんだが。なんだかこの巻からの透の性格が、いやらしくて、如才なくて、口達者で、どこか仄暗い感じになっていて、あの、『朝日のあたる家』や『ムーン・リヴァー』でさえそうだった、どこかぼーっとして、世の中の流れに乗り切れていなくて、なんだかいつも困惑していて、やっとこさ生きている不器用な感じの透は何処にいってしまったんですか?と。。。。
 そういう意味では、透と俊一って、同じ星の人みたいに似通っているところがあると思っていたのだよね。透なんて、どれだけ性的にスレていても初心なところや汚れきれないところがあって、そこが島津に「娼婦マリア」と言われちゃう、というか。もっとも島津さんがプラトニックで、透に一切そういうことを求めてこなかったからこそ、透は島津の前では「鉢植え」でいられたのかもしれないけど。
 『トゥオネラの白鳥』の透が、口が下品で、遊び人風で、性格が悪くて、どこかどず黒い感じがする人物に仕上がっていたので、なぜ・いつそうなった!?って思ったのだけど、どうやらこの辺りからのよう。すくなくとも14巻あたりの俊一と透の絡みでは、まだ、透の性格に違和感はもたずに済んでいた。

 ちなみに、引用ついでに、『朝日のあたる家5』で、東京駅でアクション俳優とは「殴り合い」ではなく、ひよわな透が一方的に殴られたし、脳震盪ではなく顎の骨折だったし、それは「昨年」のことではなく、良の刑期の残りを考えれば少なくとも2年は前のはずなのだ。(良の判決は執行猶予なしの懲役2年4ヶ月で、おそらくは控訴しないで一審で結審していて、この時点で残っている刑期が7、8ヶ月くらい。裁判に半年程度はかかったとしても、東京駅事件は2年程度は前でないと計算があわない。) あ、それと、電車なんて乗ったことない、とか言ってるけど、東海道新幹線と山陰本線には乗ったよね。キミは。そんなに車が好きなら、あのとき車で逃げたよね?
 まあ、この手のいい加減さを薫サンに説いてもしょうがない。考証も確認も推敲もしない人だったんだから・・・・・

 なお、この同人シリーズが、当人たちの本当の人生で、それ以外のメジャー出版本が、その当人たちの生活を抜き書きした「私小説」であると、だから「私小説」にはフィクションが混じるんだからそれなりの不整合はあって当たり前なのさ、という、かなり強引な納得のしかたもないではない。
 それはともかくとして、アクションパートが激減した結果、例の脳内ダダ漏れぐだぐたトークが全体に蔓延し、何度も何度も同じフレーズが繰り返されて無駄に長いこと、たとえば俊一と、それ以外の周囲の人物が、セリフにおいてまったく同じ表現/形容を用いるので、それぞれの人物の性格や思考や、話言葉の書き分けが曖昧なっていることなど、以前から気になっていた表現の劣化も散見される。
 
 ストーリーの内容的には、俊一が歌手として劇的にデビューするほか、渥美の息子の銀河に絡まれて発作をおこしてしまったり、俊一が渥美の愛人だった、とフォーカスされてマスコミ渦中のひとになってしまい、荻窪の父の家に匿われたり。

2022年9月19日月曜日

0392 サヴァイヴ (新潮文庫)

書 名 「サヴァイヴ」
著 者 近藤 史恵        
出 版 新潮社 単行本 2011年6月/文庫 2014年5月  
文 庫 295ページ
初 読 2022年9月13日
ISBN-10 410131263X
ISBN-13 978-4101312637
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/109074383

「サクリファイス」「エデン」の登場人物たちの短編6編。

1 老ビプネンの腹の中(チカ)
 パート・ピカルディに移籍して間もないチカに日本人の記者が取材に来た。たまたま別件でパリに取材に来ていたので「ついでに」頼まれた、という記者は、ろくなロードレースの知識もないまま、海外の本場に出たものの芽が出なくて苦悩している日本人選手、という先入観で記事のストーリーを作り、それに合わせてチカから言葉を引き出そうとする。チカを苛立たせた取材の最中に、かつてのチームメイトが死亡したとの連絡が入り、たまたま近くにいたチカが遺体の確認のために警察署に出向くことになる。  
 
2 スピードの果て(伊庭)
 静かで激しい闘争心を抱く伊庭と、風の吹くように爽やかなチカの世界選手権。
 チーム・オッジのエースで名実共に日本のトップ選手となった伊庭に、公道走行中に無謀なバイクが絡んできた。勝手に嫌がらせを仕掛けた挙句、バイクは飛び出してきたワゴン車を避け切れずに突っ込んで、バイクの男は伊庭の目前で事故死する。フランスで開催される世界選手権に日本代表のエースとして出場目前の伊庭は、そのシーンがレース中にフラッシュバックするようになり、スランプに陥ってしまう。オッジの中では伊庭に対する嫉妬から不穏な動きが表面化。不安と不調を抱えながらも伊庭は、世界選手権に臨むのだが。

3 プロトンの中の孤独(赤城/石尾)
 チーム・オッジにスカウトさればかりの石尾と、ヨーロッパから“乞われて”帰国してチームに加わった赤城。チームは久米という選手がトップに君臨し、そのほかのチームメイトは久米の子分と化している。無口でチームプレイが苦手の石尾は孤立し、同じく孤立気味な赤城は監督に頼まれて石尾をフォローすることにする。
  チームの中での人間関係の軋轢や、どろどろとした情念に嫌気がさしている石尾と話をしながら、赤尾はそれでも自分はロードレースを嫌いにはなれない、と感じ、石尾にツール・ド・フランスに出たくはないか、と語りかける。チーム内の小さな悶着よりも、より遠大な目標と憧れを示した赤城に、石尾が「じゃあ、赤城さん、俺のアシストをしませんか?」 と。
 赤尾は、若く未熟だけれど強靭で可能性の塊のような石尾と、ここから「サクリファイス」のあの時まで走り続けるのだ。 

4 レミング(石尾)
 オッジのエースとなった石尾がレース中に補給食やウインドブレーカーに細工をされて、レースを妨害された。やったのは現地スタッフの女性だが、裏にいたのはチームメイトだった。彼は、次に沖縄で行われるレースにエースとして出場することを切望していた。しかしこのレースは、石尾も2年間出場を待っていたレース。だが彼から話を聞いた石尾は、彼をエースとして自分がアシストし、沖縄のレースに勝つことを考える。無口で無感動で、他人に無関心に見える石尾だが、彼がチームの勝利のために働くとき、無欲なだけにその行動は思い切ったものになる。サクリファイスに通じる、まだ若い石尾らしさ全開のストーリーは気持ち良い。

5 ゴールよりももっと遠く(石尾)
 金のあるスポンサーが、ロードレースを日本で人気スポーツにしたい、と考える。タレント選手を作り出し、人と金が集まり、スポンサーも増え、選手人口が増えれば、有力選手ももっと出てくる。しかし、命懸けのスポーツに八百長という作為が入り込むことを許すことはできない。そんな思いを抱く赤城に対して、スポンサーは無限に金を出す訳ではない、作為をした分、それ相応の結果が伴わなければ見捨てられるのも早い、という冷静な石尾の見切りは鋭い。そして、石尾は、そのような計算や思惑を無視するかのように一人で走る。だが、表には出ない彼の怒りが、古家というライターを呼んだのだろう。そして、当の石尾は、愚直に、かつて赤城に約束した日のままに、日本よりももっと遠くのスタートを、そしてゴールを見ていた。 

6 トウラーダ(チカ)
 メンタルには自信はなくても、胃腸の強さだけには自信があったのに。
 チカこと白石誓は、ポルトガルのプロチームに移籍して、リスボンに移ってから3ヶ月目に体調を崩してしまった。原因は、トウラーダ(闘牛)観戦。
 日本人としてもメンタルが繊細な方のチカは、スペインにいた2年間、闘牛は頑としてとして避けてきたのだが、「スペインの闘牛と違ってポルトガルの闘牛は残酷ではない」という下宿先のチームメイトの両親の言葉を信じて観戦する気になった。だがそれは、程度の差こそあれ、罪もない牛を煽りたててなぶり殺しにするショーであることに違いはなかった。
 ものが食べられなくなってしまい一週間ほども寝付いて、やっと体調が回復した矢先に、こんどは下宿先の息子でチームメイトのルイスのドーピング陽性が明らかになる。ど
こまでもついてくる欧州の自転車競技のドーピング問題。
 この本、一話目と最終話が選手につきまとう薬物の問題で、日本にいるとあまりピンとこないが、それだけ根の深い問題なのだと改めて知る。

2022年9月17日土曜日

0391 RIKO ‐女神の永遠‐ (角川文庫)

書 名 「RIKO ‐女神の永遠‐」 
著 者 柴田 よしき         
出 版 角川書店 1997年10月
文 庫 396ページ
初 読 2022年4月24日
ISBN-10 4043428014
ISBN-13 978-4043428014

 この間プライベートでいろいろとあったりで、細切れ読みになったり、疲労困憊して読んでる途中で意識朦朧となったりしてたので、あまり、ちゃんと感想が書けていないのが大変残念なこの本です。
 「聖なる黒夜」と表裏一体と言ってもいいようなテーマで、主人公の緑子(リコ)の性があまりにも奔放なので、ちょっと引いている自分と、自分が引っかかるからこそ、そこにリアルがある、と感じる自分がいて、読後感はかなり複雑。
 でも、まずは登場人物を整理しておかないと、わけがわからなくなりそうなので、以下。




【登場人物】
◆新宿署
 村上緑子  刑事課 警部補  
 円谷    刑事課長
 斉藤    防犯課長
 鮎川慎二  防犯課の巡査部長 緑子の恋人
 陶山麻里  交通課の婦人警官 緑子の親友
 松岡    暴対課 刑事
 坂上(バンちゃん)刑事課 刑事 緑子の部下、というか応援団
 青木(アオさん)  〃
 山本(シゲさん)  〃 巡査部長 
◆警視庁
 安藤明彦  警部  警視庁捜査一課5係
 高須義久  警部補  〃
 佐々木幸弘 捜査一課5係の緑子の元同僚
 柏木(通称コマさん) 警部 警視庁捜査一課7係 
 菅野    捜査一課長

◆被害者
 桜井和貴 17歳・・・自殺
 杉本宏幸 26歳・・・交通事故死
 清川健太 16歳 肩に薔薇の入れ墨のある少年
 鵜飼宗介・・・晴海沖で溺死体で発見 月島署に捜査本部設置
◆その他
 鈴木茉莉子 東京地検の検事
 神崎容子  緑子が取調べした殺人事件(心中未遂)の容疑者
 劉晴明   香港マフィア
 茂木鉄雄  懲戒免職になった元上野署防犯課刑事 
 
 もう、登場人物リスト作らないと、本当に頭がゴチャゴチャになる(笑)日本人の名前って苦手だ。
 警察小説だけど、本当に描いているのはジェンダー。
 香港マフィアが絡んできたところでバイオレンスの方向になるのかと思いきや、最初から最後まで女がどうやってジェンダーに立ち向かうのか、二人の女の闘い方が対照的でそれぞれに強烈だった。
 ところどころで同性目線でもよくわからないところがあったり、強烈すぎてかえってファンタジーっぽく感じるところもあるのだが、自分の中の本来の自然な女性性と、自分の周囲から求められたり、強制されたりする「女」をどう対峙させるのかっていうのは、多かれ少なかれ、ほとんどの女がそれぞれに、生きる中で対処せざるを得ない問題だと思う。自分自身も然り。
 リコは、いわばエリートの部類の刑事ではあるのだが、男女関係の陥穽に落ちて、レッテルを貼られ偏見に晒されながらも、刑事として部下も持ち、体を張って生きている。脆いのに、強くしたたかで、性的に酷い目にあっているのに奔放。このアンバランスは、小説だからこそ可能なのかもしれないが。
 男社会で縦社会で男尊女卑の縮図のような警察組織(初出は平成9年。25年前とは!今もって新しいと感じるのは、四半世紀すぎても世の中があまり変わっていないからなのか、女性の職業進出や、制度的な発展はあっても、精神的にはあまり変化がないようにも思えるのだが?そういえば今は「婦警さん」って言わないかも。)が捧げもつ正体不明な「社会正義」の犠牲にされるのはのは、組織の外にも中にもいて、リコは「中」、「聖なる黒夜」の山内練は「外」。練とリコは男と女の違いはあれど、表裏ともいえる同類項だ。

 正直、私はぶっちゃけ緑子が高須にアレを口移しした、アレさえなければ大丈夫なんだけど。アレは気持ち悪すぎてダメだった(笑)。もしアレやったのが自分だったら(←いや、そんなこと考えるなって(笑))、絶対アレの代わりにゲ◯を口移しすることになるのは必至。(汚い話題でゴメンな。)
 リコは、「男が許されるものなら、女にだって許されるべき」って思考なんだけど、私は「女がされて嫌なことは、男にもするべきではない」のでは?とか思っちゃって、そういう意味でもリコが高須を精神的にレイプしたのはどうなん?って考えたりもする。でも、高須にとっては、ものすごい気づきになったみたいだけど。
 結局上下関係を明確にすることで安定する群れ社会の男にとっては、君臨するのでなければ、服従になってしまうのか。高須は、リコの弾除けになる覚悟まで持っていて、けっこう格好良い奴だったりするので、リコとの関係がどんなふうに落ち着くのかも、ちょっと気になるのだけどな。リコの子がこの先、高須そっくりなハンサムに育ちそうな気がするし。(だって、ゴムつけてなかったのこいつじゃん?) それに、リコと明彦はこの後フィフティの関係を築いていけるのか、そんなことも気になる。明彦さん、けっこう龍太郎と似てるような気がしているのだよね。龍太郎は私の中では「ダメな奴」認定されているのだ。
 

2022年9月11日日曜日

0390 エデン (新潮文庫)

書 名 「エデン」
著 者 近藤 史恵        
出 版 新潮社 単行本 2010年3月/文庫 2012年12月  
文 庫 318ページ
初 読 2022年9月11日
ISBN-10 4101312621
ISBN-13 978-4101312620
読書メーター 
https://bookmeter.com/books/5689122

 前作で、スペインのプロ・コンチネンタルのチームに移籍した白石誓ことチカは、2年間スペインで活動した後、今はフランスのプロチームにいる。チームのエースは前回のツール・ド・フランスの総合第五位のフィンランド人ミッコで、チカは、アシストとして手堅くミッコを支えている。お互いに寡黙な異邦人同士だが、相性は悪くない。
 チカは、次の世界選手権に日本代表として伊庭とともに出場するそうで、名実ともに日本のエースだ。
 そして、今年もツール開催の時期となったが、ここにチカのチームに大きな暗雲が立ち込める。スポンサーの撤退の決定。このままだとチームは解散になってしまう。チカは次の契約先が見つからなければ走る場を失ってしまう。チームの存続、それぞれの身の振り方、監督、メンバーそれぞれの思惑で、チームメンバーの間が軋みはじめ、居心地の良かったチームがギクシャクしはじめる。
 やっと手にしたプロチームと、ツールへの参加も、今年限りになり、下手したら日本に帰らなければならなくなるかもしれない。暗澹とした気持ちを抱きつつも、ミッコをサポートし仕事に徹するチカが、主君に殉ずるサムライみたいでなんとも日本的に思える。

 ストーリーは、前回ほどの激しい出来事はないが、三週間かかってフランスを一周する大レースに1日で選手たちと一緒に引き回される力技。(笑)
 そして、このレースに、フランス人の期待を一身に背負う、まだ若いエースのニコラとその親友でアシストのドニの物語が並走する。
 移民問題や人種・民族差別、経済格差などの社会問題を背景に、プロスポーツにというよりはツールに付きまとうドーピングの問題、どうしようもない実力の差と嫉妬、羨望など、きれいごとではすまされない世の中や競技の負の側面も背負いながら、それでも全身全霊でロードレースに打ち込む選手たち。
 
 それにしても、一万円かそこらで安価な自転車が手に入る日本の環境は恵まれているのか否か。そういえば、ヨーロッパの街角にはあまりママチャリは似合わない。そもそもヨーロッパが、自転車といえばスポーツサイクルで相当高価なものなのだ、という自転車文化だとは、このたび初めて知った。
 日本でも、せいぜい数万円で買える安価なMTBとかクロスバイクをひとつ超えると、10万円台クラスになる。
 生粋のフランス人のニコラの家庭が自転車など買えない貧乏な家庭で、アルジェリア移民のドニの家庭は次々に自転車を買い与えることができる裕福な家庭だ、というのも現実に存在する皮肉なのだろう。友達から次々に高価な自転車を貰う、という行動はちょっと不思議。日本人のメンタリティだったら「そんな高価なものをいただくいわれはありません!」って固辞する場面になりそう。なんて、この本を書いているのも日本人なんだから、そこに突っ込んでもしょうがないか。

 なんにせよ、ドニを失ったニコラはプロとして気持ちを立て直して、来年のツールに参戦してくるだろう。チカはミッコとともに新しいポルトガルのチームに移り、前年の王者として再びツールを走るだろう。ニコラが新たなアシストを得て、翌年、チカのチームとわたり合う姿を、ぜひ読みたい。


2022年9月10日土曜日

0389 サクリファイス (新潮文庫)

書 名 「サクリファイス」
著 者 近藤 史恵        
出 版 新潮社 単行本 2007年8月/文庫 2010年1月  
文 庫 290ページ
初 読 2022年9月10日
ISBN-10 4101312613
ISBN-13 978-4101312613
読書メーター 
https://bookmeter.com/books/570651   

 名作と名高いこの本を、やっと手に取る。本当はエデンの方が手元にあって、そちらを読もうかどうしようか、と思ったのだけど、やはりここは順番で読むべきでしょう。
 で、その選択は間違いない。この薄めの一冊に、自転車ロードレースの複雑さやその魅力、勝利に懸けるチームの、アシストに撤するメンバーの、トップに君臨する選手の厳しさ、それに人間の卑小さや情けなさが詰め込まれている。本心がどこにあるのか、どういう人間なのかが最後まで掴みきれなかったエースの石尾の本当の姿が、チカの心のなかではっきりと像を結ぶにつれて、この本のタイトルの意味が染みてくる。
 そして、終章がこれまた見事。ラストの数行には言葉がない。
 一方で、元恋人の香乃や、事故で半身不随となった袴田の身勝手さと、特に罰を受けるでもない結末が、読後にざらざらした感触を残すのだが、勧善懲悪の物語ではないし、現実に、いろんな思惑の人間が好むと好まざるとに関わらず影響を与え合うのがこの世の中なんだよなあ、とため息をつく。
 自転車レースについてはまったくの素人で、アニメの『茄子 アンダルシアの夏』と『スーツケースの渡り鳥』を見た程度。この二つの作品は大好きで、相当な回数を見ている。今回もこの本を読む前に、念の為にもう一度見た。奇しくもこの本の終章は、『アンダルシアの夏』の舞台となった、ブエルタ・ア・エスパーニャだ。
 私も自転車は「子どもの送迎」や「買い物の手段」以上には好きで、最初に自分で選んで買った自転車はジャイアントのMTBだったし、最近で一番お気に入りだったのは、黒のクロモリのミニベロだった。(しかし通勤に活躍してくれたこの愛車は自宅前から盗難にあい、失われてしまった。)だが、生来臆病なので、車道を走るのは本当は怖いし、交差点を通過するのも怖いし、後ろから自動車に追い抜かれるのも怖いし、小石を踏むのも、マンホールの上を走るのも怖い(笑)。とても、リアルでスポーツサイクルのスピードを楽しめるような性格ではない。しかし、この本を読みながら脳内でチカと一緒に走るのは爽快だった。

 しかもこの本でやっと、この競技の面白さや戦略の緻密さが少し判った。主人公チカのような、「勝つこと」に執着しきれない人間でも役割がある、というのが面白いと思う。様々な人間が勝負に関わることをゆるす懐の深さは、歴史あるスポーツだからかもしれない。個人競技のようでチームプレイであったり、個人の駆け引きとチーム同士の駆け引きが様々な次元で絡み合う、ゲームそのものが巨大な生き物のように感じられるのも面白い。そういえば、レース中継で大勢の選手が魚群のようにひとかたまりで動く姿は、本当に一個の生き物のように思える。

 余談だが、スペインのチームのサントス・カンタンのメンバーが群がって舐めてたのが、これ。『ヌテラ』チョコレート風味のスプレッド。つい気になってググってしまった。なぜ、あえて「チョコレート」ではなく、ヌテラなんだ? カロリーの摂取制限ではなく、あえて計算ずくで糖分を取らなければならない、チカのような選手にとっては、この瓶に群がってスプーンを舐める選手たちの集団はびっくり!だろうね(笑)


2022年9月8日木曜日

0388 育休刑事 (角川文庫)

書 名 「育休刑事(デカ)」
著 者 似鳥 鶏    
出 版 KADOKAWA 2022年8月
文 庫 336ページ
初 読 2022年9月7日
ISBN-10 4041115132
ISBN-13 978-4041115138
読書メーター https://bookmeter.com/books/20029203   

 日本の作家さんに弱いので、この作家さんは初読でした。そして名前の読み方が判らず、つい「にとり・にわとり」と読んでました。いいえ、“にたどり・けい”さんです。
 県警本部捜査一課の刑事が、妻の代わりに育児休業を取る。本邦初(だかしらないけど)育メン刑事。これはもう、設定の勝利。
 それに、欄外の細かい解説が面白い。最近の育児事情なども把握できて、ほう、世の中はここまで進んだか。とか思いながらニマニマ読めます。私の同年代の男性諸氏にもぜひ読んでいただきたいもの。私も声を大にして言いたいのは、世の母親たちはいとも軽そうに赤ちゃんを抱っこしてますが、あれ、本当は重いのよ!日々育っていく赤子を運搬するのは、毎日が筋トレ、日々、自分の気力・体力の限界に挑む作業なのだ。傍から見るぶんには、お母さんに抱っこされている赤子はまるで羽のように軽そうに見えるんだけどね。

 さて、世の公務員・・・つうか男くさい警察機構の中で生きる男性と女性のために、最初の一石になるのだ、と覚悟を決めて一年間の育児休業を取得した主人公 秋月春風(はると)。この名前にうっとなる。キラキラネームだ!ついに小説の主人公までキラキラになってしまった!生後三ヶ月になるベイビーは蓮くん。お、これも名付け人気リスト上位のお名前だ。
 そんな秋月春風(はると)刑事【育休中】が、お腹にゴキゲンな蓮くんをくくりつけ、秋風の中散歩に出たところが、姉(法医学者)と立ち寄った質屋で強盗事件に巻き込まれてしまう。
 そして春風(はると)の迅速な通報のおかげで、最速でネズミ一匹逃がさぬ最適な包囲陣を敷いたにもかかわらず、犯人一味の一人が質屋の事務室で射殺され、もう一人の犯人がまんまと逃亡。そして行方が判らなくなってしまった。
 これを取り逃したら県警本部の面子は丸つぶれどころか、当の捜査一課の課員が(男の)育休中で人手不足で・・・などと、マスコミにほじくられ、未来の後輩たちの為にも育休を取りやすい職場を作るのだ、という意気込みが裏目にでて、むこう10年は育休がとれない職場ができあがってしまう・・・・・。
 そんな危機的状況を打開すべく、春風(はると)←しつこい? は、上司の石蕗係長の求めに応じて、「育休中」ながら、赤ちゃん連れで聞き込み調査を開始する・・・・・。

 まあ、ここまで読んで、犯人とトリックが判ってしまったような気がするが、それは良い。警察手帳と拳銃の替わりに、世の中で最強のアイテム「赤ちゃん」を片手に、育休刑事が走る。まことにもって、今時の、最先端の、お仕事小説である。欄外の解説がとても面白い。
 人の気持ちや受け止め方が変わってくるだけで、世の中少しづつ動いていくものだろうから、この本もきっとそういう世の中に向かって動く力になるだろう。それにしても、育休中に働いてはイカンな。赤子を連れているときには安全第一でお願いしたい。

 そしてこの作品、短編連作なのだった。
1話目 「人質はねがえりをする」は、予想通りの展開でサクッと犯人逮捕。
2作目 「瞬間移動のはずがない」 まあ移動したのは車ではなくて、アレだろうなあ、との予想を裏切らない素直な展開。
3作目 「お外にでたらご挨拶」は、前2作のほのぼのムードと違って、ちょっとスリリング。ある捜査の失敗が原因で警視庁から飛ばされてきた、というキャリアの捜査一課長の命が狙われる。爆弾テロを追いかける分刻みの展開と、春風(はると)がなかなか格好良い。「管理職」である妻の「正体」がいつ明かされるのかな、と思っていたけど、なるほどねえ。

 全体としては、オモシロさ及第点というところ。事件の発見も解決も姉の視力・観察力・行動力という“特殊能力”に依存しているのと、狂言回しとはいえ、この姉のパワーがなかったらストーリーすら転がっていかないだろ、というキャラ設定の都合の良さと妻の正体が、ちょっと出来すぎ感マシマシでしたが、まあ、気持ちよく読める軽いお仕事小説としてはなかなかの良作でした。



2022年9月6日火曜日

0387 シーセッド・ヒーセッド (講談社文庫)

書 名 「シーセッド・ヒーセッド」
著 者 柴田 よしき         
出 版 講談社 2008年7月(単行本初版 2005年4月)
文 庫 512ページ
初 読 2022年9月6日
ISBN-10 4062761009
ISBN-13 978-4062761000
読書メーター https://bookmeter.com/books/543629

 このシリーズだと、練ちゃん何歳になってるんだっけ?40代だってハナちゃんが言っているけど、あと繰り返し、ハナちゃんがあと数年で21世紀だと言っているので、作品世界では1997か8年くらい?だと思ってるのだけど、そうすると練だって40代にはまだなってないんじゃない?
ここでもう一度、聖黒のレビューで書いた時系列を掲載してみよう。










時系列(全体)
 1985年夏          世田谷事件(練が麻生に逮捕される。) 練26歳
 1986年4月        練・府中刑務所で服役中
 1986年7月    〃
 1986年10月      覚醒剤中毒者による小学生刺殺事件発生
 1987年4月   練・仮釈放・武蔵小金井の保護司を頼り、印刷会社に勤める。
 1987年8月   練・印刷会社の同僚に脅迫され、武蔵小金井のアパートを飛び出して新宿に。
          生きるために体を売るようになる。
 1988年            田村出所
 1989年2月15日早朝
         ブレーキの調子が悪かったため韮崎が乗り捨てた車の回収を命じられた部下が、
                         その車を運転し運転し、飛び出してきた赤ん坊(真子)を抱いた母親(望月
                         路子)をはねる。
 1989年2月15日早朝
         同日・小田急線参宮橋近くの線路で自殺を試みた練が韮崎に拾われる。
 1989年5月    韮崎の弁護士が交通事故の示談工作。
 1989年7月    覚醒剤中毒の男に子どもを殺された女が、武藤と韮崎が同席していたところを
         拳銃で襲う事件発生。
 1989年9月    練は韮崎の住まいに居候している。
 1989年9月      北村が殺害される。
 1992年    北村の娘が北村の遺骨を納骨する。
 1995年10月    韮崎が新宿のホテルで他殺体で発見される。 練36歳


今作は、短編3作の連作
ゴールデンフィッシュ・スランパー・・・・・アイドル歌手に送りつけられた脅迫状の送り主を探すお仕事。ストーカー事件のようでいて実は、苦しい過去が。
イエロー・サブウェイ・・・・・なんと、練が置き去りにされた赤ん坊の母親の捜索をハナちゃんに依頼。
ヒー・ラブズ・ユー・・・・・最初はストーカーの片棒担ぎのように思えた尾行だったが、実は真面目で苦しい恋につけ込まれた脅迫事件に関わる調査だったと分かり、アフターケアと称して依頼主の苦境を助けるハナちゃんが、なんとも素敵。

 練の住む高級マンションの玄関先に置き去りにされた生後2ヶ月くらいの女の子の赤ん坊。置き手紙には「あなたのものなので、あなたに返す」と書いてある。疑惑の一夜には、練は泥酔していて記憶にない、と。取り巻きの斎藤などは、件の赤子を遠慮しいしい「社長のお嬢さん」扱いしているのがちょっと面白い。赤ん坊を押しつけられて困惑している練、ってのもなんというかかわいい。ここに麻生さんが居たら、「俺が育てる!」とか言っちゃいそう。いや、それはないか。。。練ちゃんに突如勃発したトラブルをがっつり押しつけられる園長ハナちゃん。今回は探偵業と保育業のフルコンボでとことん練に利用されている。
 そこはハナちゃんの努力と根性で、絡んだ糸を解きほぐし、赤ちゃんの母親も、ついでに父親と思しき人物も見つけ出し、母親を説得して赤ちゃんを返し、報酬も得ることができたが、意外にも、それでことが収まっていなかった人物が一人居たわけだ。それも騒動の大本、張本人が。
 いったんは母親の元に返った赤ん坊との親子鑑定をやりたい、と言い出す練。とうに家族との縁は薄くなっている練だが、一体赤ん坊の存在に何を求めたものか。この間何があったんだろうか? 

「事情が変わったんだ」山内は、少し妙な表情を見せた。何か企んでいる顔には間違いないのだが、どこか、戸惑っているような目つきをしている。

 その事情ってのはなんなのさ! と、ちょっと麻生さんを探して首を揺さぶって見たい気がする。
 自分が「一代雑種」だと言う練は、やはり、ヤクザの世界にも馴染みきってはいないのよね。死んだはずの自分を生かしてくれた韮崎への思いや、先代とのしがらみが練をヤクザの世界につなぎ止め、練をヤクザに擬態させてるけど、本当は寂しいのだろうなあ。

「それは、つまり、俺は消えた方がいい、ってことか。この世に生まれて来た痕跡は何ひとつ残さず、綺麗さっぱりと消えた方がいい人間だ、そういうことか」山内の声に怒りはなかった。ただ淡々と、静かにそう言った。

 こういうときは、素の練ちゃん。ああ、切ない。こういうこういう顔を見せられるハナちゃんすごいよ。
 そんな練と麻生の「聖黒」後のしがらみを描いた「海は灰色」はいつ読めるのだろうか。すでに角川のネット書店では取扱いがないようなので、書籍化を待つしかない。


 

2022年9月2日金曜日

0386 コハルノートへおかえり (角川文庫)

書 名 「コハルノートへおかえり」
著 者 石井 颯良     
出 版 KADOKAWA/角川書店 2016年4月
文 庫 254ページ
初 読 2022年9月2日
ISBN-10 4041040302
ISBN-13 978-4041040300
読書メーター 
https://bookmeter.com/books/10857973 

 この本も私の読書傾向からはかなり遠いのだけど、実は著者にささやかなご縁があって、出版されたときに入手した本なのだ。でも、パラパラしただけで、通読はしていなかった。いつまでも放置プレイは本にも著者にも申し訳ないので、せっかく出来た時間でこのたび手に取った次第。
 この作品は、第一回角川キャラクター小説大賞の奨励賞受賞作品だそうで、奨励賞でも出版されるんだから大したものだと思う。デビュー作ね。言葉の選び方が私の感覚とは合わないので上手に脳裏に絵を結ばない、私が苦手なタイプの作品ではあるんだが、ちょっと拙いところはあれど、一生懸命な書きぶりが主人公の小梅ちゃんとちょっと重なって応援したくなる。と、いうかなんだかムスメの夏休みの自由課題で書いた作文を読んでいるようなくすぐったい気分になる。ごめん、わたしがおばちゃんなのがいけないのね。そうはいっても、中盤になれば、文体にもなれてするする読める。

 主人公は高校生。しかもなりたての女子高生。(この場合は、女子の高校生、ではなく女子高の生徒。) 高校時代、学校近くの喫茶店に入り浸っていた頃が懐かしい。
 小江戸と呼ばれる川越で、落ち着いて、倉なんかも並んでいる古い街並みの中にひっそりと開店した「コハルノート」という名前の“香り”のお店と素敵だけど、どこか陰がある若い店主。調合するのはあなただけの香り。実際に提供するのは、ブレンドしたオリジナルのハーブティなど。最近流行ってる、古本屋とか珈琲店とか、古道具屋とかのほんわか日常系?っていうのかな。ハーブティとアロマと美男子と元気娘。主人公の小梅ちゃんの元気と勢いが余ってる感じだけど、まあそういう子だしな(笑)。
 あ〜でもね。
 小雪ちゃんよ「送り主」は送る方の人のことで、「送られる」方のことじゃないのよ。
 あと、「月がきれいですね」も、もっと国文勉強しようね。
 

2022年9月1日木曜日

0385 カソウスキの行方 (講談社文庫)

書 名 「カソウスキの行方」
著 者 津村 記久子          
出 版 講談社  2012年1月
文 庫 192ページ
初 読 2022年9月1日
ISBN-10 406277044X
ISBN-13 978-4062770446
読書メーター 
https://bookmeter.com/books/4533568 
 
 なんで、この本私買ったんだっけ?と思わず首をかしげるくらい、自分のテイストではない(笑)
 しかも、書籍情報確認するためにAmazonのサイトに行ったら、購入履歴が表示されるんで、私はこの本を中身も確かめずにAmazonでポチったようだ。
 うっすらと記憶を辿るに、たぶん、尊敬する読メの読み友さんが書いた津村記久子さんの本のレビューに興味を持ち、Amazonで検索し、表紙がキレイで、ちょっとタイトルに心惹かれたこの本をポチったのだ。多分。
 でもって、ほんの10ページくらい読んで、「駄目だこれは。私が読めるテイストじゃない」となって本を閉じ、その旨を読メで報告したら、これまた別の読み友さんに爆笑(仮想・なにしろSNSの上の文字でのことだ)されたのだ。それ以降、私の乏しい日本人作家さんの積ん読(というか「並べとく」)本に交じってこの本は立っていたのだが、まあ、そんな経緯で放り出したこの本が頭の片隅に引っかかり、そのカソウスキの行方がどうなったのか、確かめたくもあり。・・・と、いうかまあ、悲しくも新型コロナの濃厚接触者になりおおせた(?)ので、この機会にようは薄い本から読んで片付けてしまおう、という魂胆であった。

 それにしても、こういう、なんだろ、若い(?)女性の心の機微っていうかそこをあえてはずしてくるオモシロさというか何というか、を取り扱う本を読むにつけ、自分の中にはどうも、“女性成分”が足りないな、と自覚してしまう。
 なんというか、女の子の恋愛やら夢やら希望やらがよく分からない・・・・というよりは、「どーでもいい。面倒くさい」がいちばん近い。そういやあ、中学生の頃にはもう、いわゆる「女の子集団」が苦手だったよなぁ。自分は、おもに父に育てられたためか、「男の子成分」が多い、というか、はっきりいって「女の子成分」はかなり少なめなのだ。先天的には女性だけど、後天的に身に付ける分がなんだか足りてないっつうか・・・・いや、父と遊んだのが、新幹線のプラレールだとか、ダイヤブロックで家を作る、だとか、コマ回し、だとかスーパーカー消しゴム、だとか・・・・あと、そうだ、自分の身長よりも足を掛けるところが高い位置にある竹馬もあったな。さんさんカラー竹馬、ではもちろん長さが足りないので、近所の竹林に竹取りにいって作った手作り品だった。・・・・と、思わず自己分析に走っちゃうくらい、この本のつっこみどころが那辺にあるのか、私にはよく分からんのだった。でも、きっと彼女も「標準型」の女の子じゃあないよな。むしろリアルで隣にいてくれたら楽しそうなのに。きっと「友達」というよりは「ナカーマ!」っつう感じで仕事ができそうだよな、とは思う。まあ「カソウスキ」の行方が雲南省までいっちゃうとは意外ではあったが。それにしてもヒドイメールだった(笑)
 で、実はこの本は短編3作が収録されている。
 2編目の、「Everyday I Write A Book」は好き。相手のオサダが、エロ小説書いているのを野江に暴露して心臓がバクバクしてるっていうのが面白い。やっぱり「女の子の心理」に疎いので、女の子の心理を微妙にはずした面白み、というのにも自分は疎いみたいだ、というのを再確認した。 
 3作目の「花婿のハムラビ法典」にいたっては、もう、混沌を突き抜けていて、これはこれで面白かった。もはやこの世のものとは思えない(笑)


2022年8月の読書メーター

8月の読書メーター
読んだ本の数:10
読んだページ数:3855
ナイス数:1245

フォー・ユア・プレジャー (講談社文庫)フォー・ユア・プレジャー (講談社文庫)感想
若。わか。辞め警の斎藤が、今は山内練の腹心の部下に収まって練を若と呼ぶ。若頭だから「若」なんだろうけど、なんか、斎藤の愛というか思慕が溢れてるんだよな。だけど、その男、心は他の辞め警のものなんだぜ?脇のはずの斎藤の慕情がなんとも切ない。結局、保育園園長で凄腕探偵なハナちゃんが活躍するこの話は、美形で傷ついてて壊れてて、ケタケタと笑って平気で残酷な振る舞いをするあの男の物語、なんだよな。だから、ここには登場しない麻生さんよ、つまらないプライドは捨ててさっさと練に連れ添ってやれよぉ、と思っちまうのだ。
読了日:08月30日 著者:柴田 よしき

BADON(6) (ビッグガンガンコミックス)BADON(6) (ビッグガンガンコミックス)感想
今回は大きな事件も起きず、少しずつ深まる人間関係と、ささやかなお節介と。頼まれごとが少々気になるが、それは次巻におあずけで。
読了日:08月28日 著者:オノ・ナツメ


フォー・ディア・ライフ (講談社文庫)フォー・ディア・ライフ (講談社文庫)感想
分かる人にしか分からん話で恐縮だが、あえて「ぼくらの気持」でなくこの本を手に取ったのにこのネタかよ!なハナちゃんシリーズ一冊目。新宿の裏町で無認可保育園の雇われ園長をするハナちゃん、給料をもらうどころか裏稼業で稼いだ金を園の赤字補填につぎ込む、心優しい探偵である。おなじみ美形の極悪ヤクザの若頭との因縁が「契約書」になったところで、シリーズ続行確定!小さな土地には違いないだろうが、それでも新宿の繁華街近くで4000万円は破格だろうな。練の分かりにくい温情で股間を揉みしだかれるハナちゃんには同情しかない(笑)
読了日:08月25日 著者:柴田 よしき

新装版 ぼくらの時代 (講談社文庫)新装版 ぼくらの時代 (講談社文庫)感想
なるほど「推理文壇」なるものがあったのか。その「文壇」に、超新星のごとくデビューした薫サンのデビュー作。江戸川乱歩賞にふさわしく、若く瑞々しいのに熟れている。薫サンの傑作。と、いうか薫サンのこれが絶頂期なんじゃないのか?ここからゆっくりと凋落していくのが薫サンの生涯だったのか、と思うと切なくもある。ここで、担当編集やら、出版社やらが丁寧に育ててくれていたならば、早書きだけでなく、じっくりと書く作法を躾けてくれていたならば、どれほどの作家になったろうか、と考えるのも詮無いもの。とにかく、これは良作、名作。
読了日:08月19日 著者:栗本 薫

身も心も <伊集院大介のアドリブ > (講談社文庫)身も心も <伊集院大介のアドリブ > (講談社文庫)感想
栗本薫後期の作品にしては、きちんと「読める」作品に仕上がっているのは、おそらく伊集院大介シリーズのスタイルがすでに確立していたからだろう。伊集院大介本とは言え、大部分は矢代俊一をひたすら語っている。この厚さの本なのに、大した事件は起こらない。肝心の謎解きも俊一が「分かった!」だし。「朝日のあたる家」を何とか書き終え、薫サンがやおいキャラに変貌したお気に入りの矢代俊一を前面に押し出し、「お乗り換え」を図った一作だとみる。しかしそのダシにつかわれた伊集院大介のファンは、ちょっと収まらないんじゃないかな?
読了日:08月14日 著者:栗本 薫

猫に知られるなかれ (ハルキ文庫)猫に知られるなかれ (ハルキ文庫)感想
戦後の混乱期に、緒方竹虎が早期の日本の主権回復を目指しGHQに協力するかたちで秘密組織であるCATを創設し、戦後の混乱に喘ぐ日本をさらなる混迷に導く旧軍部(極右)やソ連共産党の工作員(極左)の排除に動く。そんなCATにスカウトされた旧陸軍の諜報員や、元憲兵。ほどよくアクションで程良く切ない。戦後すぐの東京の情景が目に浮かぶ。遠く離れた過去のようで、まだ、75年“しか”経っていない。歴史は地続きでつながっている。それにしても、よくぞあの焼け野原から復興したものだ。
読了日:08月11日 著者:深町 秋生

警官の道警官の道感想
しまった。夜が明けてきたぞ。読み友さんオススメの『クローゼット』から読む。おっと、そこでカミングアウトですか。こういう勢いのほうが、かえって受け止められやすいかも。頑張れ!(深町秋生『クローゼット』)でも、冒頭の『上級国民』(葉真中顕)の衝撃がけっこうきた。なんか、ディーヴァーの短編集読んだ時の愕然を思い出した。呉勝浩氏の『Vに捧げる行進』シュールすぎて、だれもレビューで触れていないのに思わず失笑。そうだよね。私もどうしようかと思って他の人のレビュー確認しにいったもん。レミングを連想したけど。
読了日:08月07日 著者:呉 勝浩,下村 敦史,長浦 京,中山 七里,葉真中 顕,深町 秋生,柚月裕子

ゴルゴタ (徳間文庫)ゴルゴタ (徳間文庫)感想
ともかくも、なんとも複雑な気持ちにさせられた。真田よ、アンタは絶対に間違ってる。だけど何がどう間違ってるのか、読んでいる自分が混乱してくる。バカも愚か者も含めての世の中だ。駄目な連中の酷い行いもなにも、清濁併せ呑むのが人の世のあり方なんだよ。でもそんな理屈が、幼い時に目の前で両親を殺された孤独な男がやっと得た家族が、なんの理由もなく殺されてしまった絶望に通用するか?決して怒らせてはいけない男を怒らせてしまった。眠れる竜を起こしてしまった。そんな話。ゴルゴタの丘の喩えは大げさに過ぎるかもしれないけど。
読了日:08月06日 著者:深見 真

ヴァイス 麻布警察署刑事課潜入捜査 (角川文庫)ヴァイス 麻布警察署刑事課潜入捜査 (角川文庫)感想
潜入捜査ってそーいうことかいっ!Kindleアンリミで、紙本入手前に読了。えらく早く読めたが紙本じゃないので厚みがよくわからん。真っ黒な汚職警官ものだが、一番黒い仙石が、ありえないくらいの爽やか系。仙石は名前が一緒なもので「ボールルームにようこそ」の仙石サンの絵 で、脳内にコミックの紙面が広がる。拷問がエグいとか怖いとかのレビューも散見されるが、無問題。「俺は、子どもへの暴力は許さない」 一冊目では仙石の過去や背景はちらとも明かされていないので、非常に気になる。これは追いかけるでしょ。面白いもん。オススメ
読了日:08月04日 著者:深見 真

ヘルドッグス 地獄の犬たち (角川文庫)ヘルドッグス 地獄の犬たち (角川文庫)感想
ううーむ。深町さん、鬼門かも。並み居る深町さんファンに申し訳ないことに。べつに暴力描写とかは全然問題ない。余裕で許容範囲内。しかし、これだけの猛烈なストーリーにリアリティを与えるための人物描写があと一息ってところかなあ。とくにヤクザさん方が薄っぺらい気がして。あと、暴力団組織のあれこれとかが説明がましくて、中盤に差し掛かるまえに気持ちが砕けた。個人的には、こいつを“アジアを又にかける孤高の殺し屋出月梧郎の壮絶な前日譚”ってことにして、梧郎主人公のハードボイルド小説を読みたい。
読了日:08月02日 著者:深町 秋生


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