2021年11月28日日曜日

0309 11月に去りし者 (ハーパーBOOKS)

書 名 「11月に去りし者」 
原 題 「NOVEMBER ROAD」2018年
著 者 ルー・バーニー 
翻訳者 加賀山 卓朗 
出 版 ハーパーコリンズ・ジャパン 2019年9月 
文 庫 456ページ 
初 読 2021年11月22日 
読書メーター    
ISBN-10 4596541221 
ISBN-13 978-4596541222 
 1963年11月。裏路地の薄汚いバーや、安っぽいガウンからおっぱいをぽろりと出している娼婦まで、街全体がジャズのスウィングに身を委ねているニューオーリンズ。熱い湿気とネオンと紫煙とウイスキーと女。美味い料理、そして、マフィア。賄賂と裏社会の人脈と危険な仕事。ギャングとしてかなりの地位を築いていたフランク・ギドリーは、11月22日、全米を震撼させた事件を知った。そして、自分が頼まれた些細な仕事が、ケネディ大統領暗殺に関わりがあると直感する。
 暗殺者に仕立てられた男、実行犯であるスナイパーを手配した男、スナイパーに武器を調達した男・・・・・犯行に関係したと思しき人間が次々に消されていく。自分にも殺し屋が差し向けられるのか。今この瞬間に? この俺に?

 15歳で(おそらくは)生まれ育った貧しい家を出て、ニューオーリンズで万引きで命をつなぎ、ギャングに気に入られて使い走りをしているうちに頭角を現して、今やイタリアン・マフィアのカルロス・マルチェロ(実在のニューオーリンズのマフィア・wikiカルロス・マルセロ参照)のNo.3となっているギドリー。ボスには信頼されていると思っていたが。結局は使い走りの延長線にすぎないのか。

カルロス・マルチェロはケネディ兄弟の兄、ロバート・ケネディと因縁があり、それが暗殺事件の背景の一端として語られている。
 だけど、そんなこたあ、どうでも良い。

 たった今ままで、裏社会とはいえ人生を謳歌していたいい男が、突如命を狙われることになり、逃亡せざるを得なくなる。裏社会の仕組みは骨の髄までしみこんでいるから自分が殺される理屈は理解できる、だがそれを受け入れるのは別問題だ。一方、追跡を命じられた男も淡々と義務を果たす。なぜならそれが仕事で、それしか生き方がない。すべてが、ボードの上のチップの代わりに自分の命を置かれたゲームのようだが、やがてその中に、紛れもなく尊いものが現れる。初めはゆきずりに利用しただけだったが、自分とは違う人間の真摯な生が、かけがえのない絶対的なものになる。そしてその存在が、ギドリーの忘れようとしたはずの過去をも揺り動かす。
 孤独な男達が、それぞれに行き掛かり上道連れができて、自分で目論んだ以上の関係がもたらされる。結局は人間と、情と、愛。
 ギドリーの魅力と孤独に。バローネの虚無に。ついでにセラフィーヌの愛の深さとしたたかさに。読んで、よじれて、ジタバタする。胸が苦しくて泣きそうになったら、俺のために泣いてくれ。モン・シェール。
 
翻訳がめちゃくちゃ良い。翻訳者は加賀山卓朗氏。ジョン・ル・カレ、デニス・ルヘイン、クロフツ、グレアム・グリーン、ロバート・B・パーカー、その他を訳出されている方だ。私の積読1000冊(すみません。反省してます。)のなかにずいぶんありそう。これは読まねば。

2021年11月27日土曜日

映画『ウルフズ・コール』ネタバレあり


2019年のフランス映画です。
もう一つの潜水艦映画。
これを見ると、アメリカ映画ってやっぱりエンターテイメントなんだなあ、と実感する。
(当たり前だが)フランス語が溢れる発令所の中も米原潜とはひと味もふた味も違う。面白い。

「ウルフズ・コール」とは、謎の潜水艦が発するソナー音のこと。フランスの特殊部隊を支援する作戦任務中にこの音に遭遇した音響鑑定士のシャンテレッドは混乱して、艦種の特定や敵味方の識別に手間取り、艦と仲間の特殊部隊員を危険に晒してしまう。任務の失敗から潜水艦乗務をはずされてしまうシャンテレッドだが、どうしてもあの狼の鳴き声が頭から離れない——————

 アメリカ映画なら、ここから、敵の不明艦の探索と対決、という一大スペクタクルに展開する流れだが、そうはならないフランスのエスプリ。
 
 全身全霊集中して見たけど、2度、3度みたいとは思わないくらいシビアな世界だ。現実寄りの核戦争の恐怖と潜水艦戦の非情な世界を描き出している。細部まで集中して見て、見終わったあとに、自分の中に吹き荒れる感情を鎮めながら諸々を考える。そんな映画。見る価値ありの名作です。(と、思うのだけど、Amazonのレビューはいまいち振るわないようだ。そりゃあ、ハリウッド並みのスペクタクルを望んではいけない。これはフランス映画だからね!もうちょっと大人で、もうちょっとしっとりしているのだ。たとえ戦争映画であっても。)

 主人公は鋭敏な聴覚を武器に海中で戦う『音響鑑定士』。水中の小さな音まで聞き取り、敵か味方か、艦種や武装の種類まで鑑定する。通り名は「黄金の耳」、渾名は「靴下(ソックス)」。渾名の由来は耳が良すぎて自分の足音が気になってしまうため、数ヶ月の潜水艦乗務の間、靴を履かずに靴下だけで過ごしたから。聴覚だけでなく人柄全般的にセンシティブな男。
 ひたすらヘッドホンから海中のすべての音に耳を澄ませ、作戦の遂行も中止も、攻撃するかしないかも、鋭敏なシャンテレッドの耳が聞き取る音とそれに下される鑑定にかかっている。こんな繊細な奴が、何ヶ月もこんな仕事をしていたら心を病んでしまうんじゃないだろうか。でも艦長のグランシャンは彼を信頼している。

 「狼の鳴き声」を放つ謎の音紋の潜水艦による欺瞞作戦のために、フランスは核戦争の引き金に指をかけてしまう。フランスの新鋭戦略核ミサイル原子力潜水艦(SSBN)レフローヤブル号を指揮するのは、シャンテレッドが尊敬するグランシャン艦長。その原潜は大統領からの核攻撃命令を受けて潜航し、いまや核攻撃の最終段階にある。電波も通信も届かない潜水艦には核攻撃中止命令も届かない。そして、潜水艦艦長に与えられた大統領命令は絶対不可侵で変更や取消は不可能・・・・・て、謎の潜水艦などそっちのけで、味方同士の潜水艦による核戦争回避のための戦い−−−−−つまりはどうやって潜航する潜水艦(味方)の位置を特定し、核攻撃中止を伝えるか、さもなければ−−−−−っていう超絶鬱展開。これを魅せる人間ドラマが良いのだ。レフローヤブルを追うために、もう一つの潜水艦チタン号に移乗して指揮を執る潜水艦部隊司令官(「私もかつては潜水艦艦長だ」)もまた、シャンテレッドの能力を信頼する。そして、レフローヤブルからの魚雷を受けて大破し、沈降していくチタンの中で、司令官は、シャンテレッドを艦外に脱出させるのだ。シャンテレッドが得たもの、そして失ったもの。

 字幕だと、登場人物の階級がまったく分からないのだが、肩章である程度把握できる。シャンテレッドは少尉。チタンの艦長で中盤レフローヤブルの艦長になるグランシャンは中佐、チタンの副長だったドルシは少佐だったが艦長に昇任して中佐に。司令官は上級中将だ。音響分析センターの長官(?)も中佐。
 大麻の一件は、彼がやっていたのではなく、彼女が手巻き煙草で吸っていたのを副流煙で吸収していた、ということかな、と。彼女を責める方向に話が向かないのも“らしい”と思った。大人の世界だなあ、と。(自分が納得できるかどうかは別問題。)あと、勤務オフの時もシャンテレッドがヘッドホンをしているのは、音楽を聴いているというより、もしかしたらノイズキャンセリングのためかもしれない、とも思った。
 ラストの、音のない静かな世界は、聴覚を失ったシャンテレッドの世界を表現しているんだよね。彼女が後ろから近づいてくる気配も感じ取ることができなくなったシャンテレッドは、これからどんな世界を生きて行くのだろう。

 この映画は真夜中に部屋を暗くして、ヘッドホン推奨。シャンレテレッドの聴いたものを、聴け!

 

2021年11月26日金曜日

海・駆逐艦・潜水艦

 いつの間にか、戦闘艦好きになっている。いちおう自分に念押しするが、これでも平和主義者だ。戦争反対・軍備反対。だけど、なぜか軍艦ものが好きだ。人間は矛盾に満ちた存在だ。
 生まれながらの平和主義者だった息子が、いつの間にやら銃器マニアに育っているのもなぜだ? 言っておくが、私のせいではない。息子のヘンな進化に気付くまでは、銃器や兵器の話なぞ、家の中ではしたこともなかったし、BB弾のピストルのおもちゃだって持たせたことは無かったのだ。
 そういえば、どう考えても反戦主義者だろうと思える宮崎駿氏も、戦闘機への憧れが捨てられなかったように。
 戦うという目的のためだけに作られた無駄な無機物に、どうして人は愛を感じてしまうのだろうか。
 ひょっとして、そうやって、創作と空想の世界に野蛮な欲求を昇華させることで、本能的な闘争心を宥めているのだろうか。

 しかし、この気持ちはやはり「愛」。船の代名詞が『彼女』なのにも心震える。
 というわけで。動いている戦艦見たさに映画を見る。ストーリーは二の次でよし。操舵号令にうっとりとする。
戦争映画の傑作。ロバート・ミッチャムの駆逐艦艦長とクルト・ユルゲンスのUボート艦長が、海面の上と下で頭脳戦を繰り広げる。大好きなシーンはなんといっても、敵潜水艦から放たれた二本の魚雷の航跡が、艦すれすれに通り過ぎていくシーン。『Uボート』が戦争の悲惨を描いているとすれば、こちらは娯楽映画のレベル。Uボートの艦内もこぎれいで、映画『Uボート』との描き方の違いを感じる。原作のシビアさと比べても、あっかるいアメリカ映画の仕上がりだが、米海軍の協力を得て作成された本物の駆逐艦の爆雷投下シーンは圧巻。


『バトル・シップ』
近未来SFのくせに、戦艦ミズーリが主役。老兵がそりゃあ楽しげに艦を操ってる。ボイラーに点火するシーンがお気に入り。「耳をふさいどれよ!」 字幕・日本語吹き替え、どちらも味わいがある。戦艦が波を蹴って進むシーンが壮観。一番好きなのは、窯の火が落ちて死んでいた艦に電源が入り、息を吹き返えしていくところ。




『Under Siege』
こちらも戦艦ミズーリ。第二次大戦中に就役した戦艦が、近代化改修を経て湾岸戦争時まで活躍していたとは知らなかった。バトル・シップはミズーリがハワイで記念艦になってからの話だが、こちらは、退役前最後の航海で艦内で反乱が起きる話。スティーブン・セガールがマイペースな奴で面白い。ヒロイン役の女優さんが、とても美し可愛い。
 この映画の見所はなんといっても主砲をぶっ放すところだな。揚弾機で弾薬を砲尾まで持ち上げて、装薬して撃つ。ダグラス・リーマンの小説を読んでいても、実際の揚弾の様子なんてわからなかったからね。なるほど〜、と。


こちらは、米攻撃型原子力潜水艦。一番お気に入りのシーンは、前半、潜水艦の出航シーン。「よし、潜ろう」「ダイブ・ダイブ」のかけ声で、艦長、副長、その他幹部士官が発令所の海図台(?なのか)の前と横に前方を向いて陣取り、腕を組んで直立不動。潜行する艦が前のめりに斜めになっても、潜水艦乗りの誇りにかけて、どこにも掴まったりするものか、と体を斜めにして踏ん張るシーンが、大好き。あと、ラストシーン、ロシアの駆逐艦隊(多分)に護衛されて真っすぐ北海洋上を航行する、USS《アーカンソー》。字幕、日本語吹替え、どちらも味わいがあるが、日本語吹替え版は、細かいセリフで状況説明を自然に補ってくれていて、俳優の細かい表情や小さな目配せなどの仕草の意味がはっきりして印象が際立つ。良い翻訳だと思う。ちなみにとってもハンサムな航海長のパークは韓国系の朴さんだろうな。


原作『駆逐艦キーリング』 第二次世界大戦に米国が参戦して間もない1942年初旬。大西洋はドイツのUボートによるウルフパックに席捲され、連合国側の通商網は大打撃を受けている。護送船団を組み、それを護衛する米駆逐艦《グレイハウンド》とコルベット艦。お気に入りのシーンは、戦闘とかではなく、ラストの梯型で洋上を進むグレイハウンドと僚艦だったりする。
2020年に航海、ではなく公開予定だったが、コロナのあおりで劇場公開はされず、アップルTVが独占配信。映画館の大画面・大音響にかぶりつきで、荒天の荒波を頭から被る勢いで鑑賞するのを1年も前から楽しみにしていたので、残念ではあった。
アップルTVは、最初の試聴期間はタダなので、ユーザーでない方もぜひ観てみてください。いつか劇場で観たいです。




2019年フランス映画。アメリカの潜水艦映画とはひと味もふた味も違うエスプリ。潜水艦の「音」の世界を垣間見ることができる。有線誘導の魚雷ってこんな感じなのか、とか、沈没する潜水艦からの緊急脱出ってこういうものなのか、とか。小説『ハンターキラー』でも描かれる潜水艦艦長の忠誠心の強さや独立独行の作戦遂行能力の高さゆえに、抑止力としての戦略核の運用を、潜水艦に担わせることのリスクにも考えさせられてしまった。プライムビデオの見放題に入っていないのが残念ではあるが、レンタル料払って見る価値アリの名作だと思います。
おまけ『Uボート』
これは「楽しむ」映画ではない。戦争の悲惨さに愕然とするための映画。戦争映画で思わず高揚してしまったら、これを観て反省しよう。



2021年11月17日水曜日

0307-08 ハンターキラー 東京核攻撃 上・下 (ハヤカワ文庫NV)

書 名 「ハンターキラー東京核攻撃 上」 「ハンターキラー東京核攻撃 下」 
原 題 「Dangerous Grounds」2021年
著 者 ジョージ・ウォーレス/ドン・キース 
翻訳者 山中 朝晶 
出 版 早川書房 2021年10月 
文 庫 上巻352ページ/下巻352ページ  
初 読 2021年11月18日 
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/102625713  
ISBN-10 上巻4150414874  /下巻4150414882 
ISBN-13 上巻978-4150414870/下巻978-4150414887
 潜水艦の姿を表示したいがばかりに、シリーズ3作、表紙画像を貼り合わせた。
 遠景に、本作に登場するアーレイ・バーク級駆逐艦〈ヒギンズ〉の姿もあれば良かったのにな。
 
 で、ハンターキラー3作目です。今回は日本の横須賀が前線司令部として登場する。そして、今作ではワードの家族がそろって苦難に見舞われる。
 ワードの息子はアナポリスの海軍兵学校の4年生で、初めての潜水艦乗艦実習。乗り組むのはグアムを母港とするロサンゼルス級原子力潜水艦〈シティ・オブ・コーパスクリスティ〉、むろん実在する艦である。この長い名称の由来は、話中で副長が2人の少尉候補生(1人はワードの息子ジム)に語っている。さて、初の乗艦実習、将官を父に持つジムの苦労やいかに。
 子供が手を離れたワードの妻のエレンは大学で植物学の研究に戻り、野生の蘭の植生を調査するために学生を引率してタイの山奥に向かう。
 フィリピンではイスラム超過激派の武闘集団と宗教指導者が世界を核戦争に導く事を画策し、北朝鮮では老軍事指導者がイスラム過激派をペテンにかけ、自らも核戦争を仕組む。これにアジアの麻薬王の親子の確執が絡み、麻薬捜査官キンケイドも麻薬密売ルートの解明と摘発のためにフィリピンで隠密捜査中。
 数多の思惑がアジアの西から極東まで複雑に絡み合う。北朝鮮の内情とか、イスラム過激派の描写とかの敵側が陳腐なのはいつも通りではあるのだが、関係性が複雑になってスピード感と面白さは、前作よりはかなりアップしている。

 ロシアから盗まれて北朝鮮に密輸された旧ソ連の核魚雷の存在が米国の知るところとなり、捜索・破壊作戦が立案され、司令官にはジョン・ワード准将が任命される。副官はSEAL部隊長のビル・ビーマン。この2人が、SEAL北朝鮮潜入作戦の前線指揮を執ることに。お互いに相手を老兵呼ばわりして皮肉を言い合う老兵2人(笑)。司令部が置かれたのは横須賀米海軍基地。横須賀基地内にある旧大日本帝国海軍司令部だった洞窟が米軍の司令部に転用されている描写に心がざわめく。

 一方、ジョンの息子のジムは、心躍る潜水艦乗務なのに困難に見舞われる。海軍の高官を父にもつ候補生を快く思わないのか、かつて父のジョン・ワードとなにか因縁があったのかは知らないが、案の定、〈コーパス〉の艦長に露骨にいじめられる。が、そこにはちゃんと助けてくれる叩き上げの乗組員達もいて、若いころお父さんと同じ艦に乗り組んだ、という先任伍長が優しくも厳しい助けの手を差し伸べる。

 日本の近海で、訓練よろしく同盟国である米の原潜を追尾する日本の“ディーゼル潜水艦”が米原潜に鬱陶しがられているのも面白い。

 にわかに騒然とし始めた太平洋で、訓練航海だったはずの〈コーパス〉も騒乱に巻き込まれる。妻のエレンの方は、タイの山奥で寄宿したのがなんと麻薬王の邸宅、というこれまた突飛な巻き込まれよう。
 北朝鮮に渡った二発の核弾頭の行方はようとしてしれず、前線司令部に詰めるワードの元に、次々と悪い知らせが届く。息子ジムの乗り組んだ潜水艦〈コーパス〉が消息を絶った。そしてエレンは麻薬絡みの戦闘に巻き込まれてタイの山中で行方が分からなくなる。さらに、海賊にシージャックされて核魚雷を積み込まれ、東京に向かった可能性のある〈コーパス〉には、発見次第撃沈せよとの大統領命令が下されるのだ。

 ジョン・ワードには相当気の毒な展開だが、核弾頭を追ってサウジアラビアまで出張ったSEALの若きリーダー“カウボーイ”ウォーカーも、全編通して非常に憐れである。ウォーカーと同じチームになったダンコフスキー、カントレル、マルティネッリも一蓮托生。ああ、これまでがんばってきたのに(涙)。とくにマルティネッリは、映画『潜航せよ』ではSEALのルーキーとして登場し、負傷しつつもスナイパーとして抜群の技倆を見せたりして良い味だしていたのでまことに残念だ。

 後書きによれば、まだ翻訳出版されていない4作目では、ワードの息子ジムがSEAL隊員として登場するとのこと。ドルフィンマーク(潜水艦乗務員記章)も取得したジムだが、初めての乗務で乗員や同期の士官候補生を目の前で殺される、という経験が、彼を近接戦闘技術の獲得に向かわせたのだろうか。
 何はともあれ、はやく次巻を読みたい。早川書房様、次作の出版もぜひよろしくお願いします。簡単にシリーズ見捨てないでね!

2021年11月15日月曜日

0305-06 ハンターキラー潜航せよ 上・下 (ハヤカワ文庫NV)

書 名 「ハンターキラー潜航せよ 上」 「ハンターキラー潜航せよ 下」 
原 題 「FIRING POINT」2012年
著 者 ジョージ・ウォーレス/ドン・キース 
翻訳者 山中 朝晶 
出 版 早川書房 2019年3月 
文 庫 上巻425ページ/下巻426ページ  
初 読 2021年10月30日 
ISBN-10 上巻4150414491  /下巻4150414505 
ISBN-13 上巻978-4150414498/下巻978-4150414504 
 つい気になってしまった誤訳と、誤訳か誤植か迷うケースについて。
その1。
SASを『空軍特殊部隊』と訳す痛恨のミス。SASはSpecial Air Serviceの略称だが空軍ではない。『陸軍特殊空挺部隊』である。各部隊から志願し選び抜かれた陸軍の超エリート部隊。よって、小説に登場するシーンも多いのだが、軍事オタクではないが多少詳しく知りたいという人には、イアン・ランキンのリーバスシリーズ一冊目『紐と十字架』およびギャビン・ライアルのマキシム少佐シリーズをお薦め。いずれも現役のSASではないのだけど、雰囲気は伝わる。ガブリエル・アロンの親友ケラーも元SAS。アティカス・シリーズにも格好良い元SASが出てきた。
その2。
The young junior officer を「若い下士官」と訳してある。彼は大尉なので、決して「下士官」ではない。そもそも下士官なら、Petty officerだと思うんだよね。ここは下級士官と当てるところだろう。下士官と下級士官。誤訳か脱字か迷う。

 だがしかし。そんなことは置いておいて、潜水艦が氷海を潜り、海上艦は波濤を割って駆け、有能な司令官が指揮をとり、部下の乗組員たちは各々の技量の限り奮闘する。真っ当な海洋軍事小説である。つまりは面白い。『最後の任務』でスタージョン級原子力潜水艦〈スペードフィッシュ〉の艦長を務めたジョナサン・ワードが准将に昇進して、大西洋潜水艦部隊の司令官になっている。スペードフィッシュが退役した時点では中佐だった。あの麻薬撲滅作戦の勲功で大佐に昇進したにせよ、短期間(およそ2年ほど)の間に准将になっているっていうのは、超スピード出世なんじゃないか?あいかわらず、ワードは好男子だ。今回主役のロサンゼルス級原子力潜水艦〈トレド〉の艦長は、前作でワードの副長だったジョー・グラス。艦長となった今も、グラスとワードが見せる厚い信頼関係が読み手にも心地よい。北極海の氷の下からイギリスのファスレーン海軍基地に帰還した〈トレド〉とグラスを迎えたワードの会話。早くパブに行きたいというグラスに対し、ワードが言う。

「まあ、当分先だな。今度の作戦の戦術司令官は本当に人使いが荒い、 
冷酷非情なろくでもない男だからな」 
「誰です?」 
「わたしだ」

著者の一人のジョージ・ウォーレスが元潜水艦艦長で、それこそスタージョン級の〈スペードフィッシュ〉では副長をつとめ、ロサンゼルス級では艦長を務めた人。潜水艦管内の描写が精緻を極めるのは当然で、その分、陸上の陰謀のあれこれが相対的にかすんで見えるのは致し方のないところ。大勢の登場人物をからめ、さまざまな思惑が錯綜するが、総じて敵役がしょぼく見えるのは前作と同様。でもいいのだ。これは潜水艦の本なのだ。ないと話にならないから敵役も必要だが、私は海のシーンだけで満足だ。だがひとつ、気がかりなことがある。この巻に出てくるUSS〈マイアミ〉も〈トレド〉もロサンゼルス級の実在の潜水艦。〈マイアミ〉は2014年に退役したようなので、この本が米で出版された時ににはまだ現役だったはずなんだけど、良かったのか、沈めてしまって? 験を担ぐ海の男的にさすがに撃沈はまずいのでは・・・・と、まったく人ごとながらかなり心配になった。うーん、恨まれないだろうか?〈マイアミ〉関係者に。と、(繰り返すが)まったく人ごとながらまことに不安。

 で、ここからは下巻の感想です。
 米国証券市場を舞台とした民間パートの、コンピュータープログラム改竄による証券取引詐欺と市場テロの策動、ずっと軍事パートと交互にやって来たが、まさか最後までストーリーがほとんど交わらないとはびっくりだ。これ、民間パートをバッサリ削っても十分ストーリー成り立つよね、と書いてから、そういや映画はそうだったよな、と。
 軍事クーデターは兎も角、愛国主義とは別物の拝金主義者の魑魅魍魎が蠢く腐った資本主義市場は、老獪とはいえ単純な海軍軍人が泳ぐにはヘドロすぎる。一方、海上でイージス巡洋艦〈アンツィオ〉から指揮を執るジョン・ワード、その弟子たるジョー・グラス、そして小生意気だったのにどんどんグラスに感化されていくグラスの副長エドワーズ。ついでにこちらもジョンに感化される〈アンツィオ〉の艦長、海軍パートはとにかく読んでいて気持ちがいい。
 潜水艦のコースは途中何回も地図で確認。海上の視線から見るヨーロッパの地形は面白い。デンマークは海の要衝。かつて海洋国家として栄えたのもうなずける。で、普段メルカトル図法の地図ばかりみていると特に極地は距離感が狂うので、グーグルアースも活用。今回ロシア潜水艦隊はバルト海と白海の二手に展開したわけだが、モスクワを狙うとして、危険を冒してバルト海に潜り込む価値はあったのかな、とちょっと疑問に思った。モスクワまでの直線距離はバルト海、白海いずれも1000キロ超で似たり寄ったり。仮にバルト海からのモスクワ攻撃が成功したとしても、そのあと西側諸国の軍に囲まれるのは目に見えているわけで、素直に白海から攻撃仕掛けたほうが勝算はあったのでは?
 フィヨルドの戦闘、そしてバルト海の戦いは、映画に比べてもちょっとあっさり風味だったけど、十分堪能できた。面白かった。

 映画の方の『ハンターキラー潜航せよ』は尺に合わせて証券詐欺パートはバッサリ削り、潜水艦もロサンゼルス級ではなく、バージニア級〈アーカンソー〉に変更。 細かいところは良く分からないが艦尾のスクリュー周りのデザインがかなり違う。ロシア駆逐艦〈ヤヴチェンコ〉が単なる敵艦ではなく、ラストに乗員の意思でアーカンソーを守ってクーデター派に対抗するなど、渋い展開となる。私はこの映画が大好きだが、アメリカではあまり受けなかったらしい。ジェラルド・バトラー演じるグラス艦長が、かなり抑制の効いた役作りで、派手な戦闘好みの米国人には静的すぎたのだろうか?
 私は、何度見ても飽きないんだけどね。
 ところで、映画の中に登場するフィスク少将は、胸に潜水艦乗員徽章を付けている。彼は潜水艦隊司令官だったのか。小説ならドネガンとワードを足して割ったくらいの役回り。この潜水艦乗員徽章(ドルフィンマーク)、ドルフィンと言いつつ金のしゃちほこに見えてしまうのは私だけ?だって鱗あるし。。。。こういうことを、手軽に検索できるインターネット時代が本当に有り難いと思う。

2021年11月13日土曜日

0304 まだ見ぬ敵はそこにいる ロンドン警視庁麻薬取締独立捜査班 (ハーパーBOOKS) 

書 名 「まだ見ぬ敵はそこにいる ロンドン警視庁麻薬取締独立捜査班」 
原 題 「HIDDEN IN PLAIN SIGHT」2020年
著 者 ジェフリー・アーチャー 
翻訳者 戸田 裕之 
出 版 ハーパーコリンズ・ジャパン 2021年12月 
文 庫 464ページ 
初 読 2021年11月10日 
読書メーター    
ISBN-10 459601860X 
ISBN-13 978-4596018601
(たぶん)御年81歳のジェフリー・アーチャー御大『クリフトン年代記』の作中作からのスピン・アウト、満を辞して『ウィリアム・ウォーウィックシリーズ』第2弾。

 12月17日発売の先読みプルーフ版を申し込んだら、ハーパーコリンズ・ジャパンから送っていただきました。申し込み者は全員当選したとのこと、ハーパーコリンズは太っ腹です。
 お礼に、もちろん発売日に、買いますよ!だって、表紙が素敵ですから!
 というわけなのでレビューも先出しです。できるだけネタバレ無しでいきたいと思います。

 われらがウィリアムは、昇進の最初の一歩を決め、晴れて捜査巡査部長になっています。いわゆる「部長刑事」というやつです。そうそう、リーバスもシリーズスタートのころは部長刑事でした。ロンドン警視庁(スコットランドヤード)の階級組織については、デボラ・クロンビーの「キンケイド警視シリーズ」で紹介したので、そちらをご照覧ください。
 刑事部Criminal Investigation Department)所属の警察官は、階級名の前に”Detective”(=刑事)が付くので、それを生真面目に訳すと“捜査巡査部長”になります。英語だとDetective Sergeantで、だから略称「サージ」。ここから警視総監までは、あと9階級ほどもある。一冊につき1回昇進するとしたら、あと9作 もかかってしまう計算です。途中いくつか端折るにしても、御大、無事最後まで辿り着いてくれるだろうか?一読者としては、応援するしかない。なにしろ、ウォーウィックは「警視総監になる」とアナウンス済みなので、途中なにが起ころうが予定調和のうち。想定がつかないのは御大の寿命だけなのだ。さあ、次の巻も読ませてくださいな。と天に祈る、というか心から応援する。
 そんな訳だから、内容については、ね。どうせ面白いんでしょ、どーせ、ウィリアムがすくすくと成長するんでしょ、と、ちょっと斜に構えたレビューを書いてやろうと手ぐすね引いていたらば。
 
 なんと!一巻目よりもさらに面白くなってる?
 今回、ウィリアムは昇進の結果新たに麻薬特捜班に配属、、、、のはずなのだが、前回の美術骨董捜査班の看板を付け替えただけで、構成メンバーも替わらず、指揮官もホーク警視正がそのまま続投。ってところに一抹の安直さを感じないでもないけどさ。ま、それはいい。良いチームを解散するに及ばず、という警視総監の意見には、私も賛成だ。その上、今度は宿敵フォークナーを麻薬の線から追いつめることに。
 そして、読み終わって叫ぶよね。「だから、見えない敵はどこにいるんだぁ!!」と。

フェルメール『レースを編む女』
作者ヨハネス・フェルメール
製作年1669年 - 1670年頃
種類キャンバスに油彩
寸法24.5 cm × 21 cm (9.6 in × 8.3 in)
所蔵ルーヴル美術館パリ
 伏線と回収、どんでんにつぐどんでん返し。もう一人のどんでん作家のジェフリーほど手の込んだ大がかりなどんでん返しではないけど、細かく仕掛けてくる。そして英国の捜査ものらしい時間をかけた地道な捜査と逮捕劇、さらに弁護士一家の面目躍如の裁判劇。なのに、悪いやつは逮捕されてるのに何一つ解決していないではないか。見えない巨悪の影すらまだ見えない。次巻は来年の冬に刊行の予定、待ち遠しすぎる。
 次巻では、ウィリアムは警部補になっているらしいが、それよりもなによりも、この巻ラストの問題にどう落とし前を付けるのか、そこが気になって仕方ない。今後の展開にまったく予想がつかない。正座してまっていますので、よろしくお願いします。ハーパーBOOKS。
 なお、蛇足ながら、この巻では、仕事以外でもウィリアムは大きな人生の転機を2回(いや、3回かも?)を迎えます。それはもちろん、夫になること。そしてなんと双子のパパにまでなってしまう!
 美術とも縁がきれた訳ではなく、名画絡みの事件もまだまだ続きそう。
 一生に一度と思い定めたウィリアムの結婚式に、捨て身の嫌がらせをかますフォークナーとはもはや宿敵というより腐れ縁に近い様相を呈している。こちらもどうなって行くやら、目が離せません。



2021年11月8日月曜日

0302-03 ハンターキラー最後の任務 上・下 (ハヤカワ文庫NV)

書 名 「ハンターキラー最後の任務 上」 「ハンターキラー最後の任務 下」 
原 題 「FINAL BEARING」2003年
著 者 ジョージ・ウォーレス/ドン・キース 
翻訳者 山中 朝晶 
出 版 早川書房 2020年8月 
文 庫 上巻415ページ/下巻415ページ  
初 読 2021年10月30日 
ISBN-10 上巻4150414688  /下巻4150414696 
ISBN-13 上巻978-4150414689/下巻978-4150414696 
『ハンターキラー東京核攻撃』が出版されたので、あわててこちらに着手する。国内の出版順では、『ハンターキラー潜航せよ』→『最後の任務』→『東京核攻撃』だが、時系列的にはこちらの本が先。『ハンターキラー潜航せよ』で主役の艦長をつとめるジョー・グラスが、この巻では信頼あつい(とはいえまだ発展途上の)副長である。SEALのビル・ビーマンは全部の話に出ているようだ。
 
 この本の主役は攻撃型原潜(ハンターキラー)〈スペードフィッシュ〉。スタージョン級で、実際にジョージ・ウォーレスが副長を務めた艦だというから、思い入れも多かろう。作中では6ヶ月後に退役を控えた古参の艦である。艦内各部の老朽化は如何ともしがたく、機器は故障につぐ故障で機関長を忙殺し、ときに艦長に冷や汗をかかせている。手のかかる艦だけに艦長ジョン・ワード中佐の愛情はひとしお、そして若手の乗組員にとっては厳しい鍛錬の場ともなっている。
 そんな〈スペードフィッシュ〉は、折しも、悪意に満ちた査察に苦しめられていた。危険な査察の続行に抵抗したワードは査察官である大佐と対立。母港のサンディエゴに帰港したのち、艦隊司令官と部隊司令官の前で申し開きをすることになる。維持修理に金も手間もかかる〈スペードフィッシュ〉の退役をあわよくば早めようという官僚的な部隊司令官(大佐)の悪意に思わず激高しかけるワードであるが、艦隊司令官であるドネガン大将が間に入り、おそらくはこれが最後であろうという実戦任務が〈スペードフィッシュ〉に割り当てられることになる。
 (このドネガン大将という人、ジョン・ワードとはずいぶん親しそうな様子なのだが、続巻の『ハンターキラー潜航せよ』(ここでは、ジョン・ワードは准将に昇進している。)では、ドネガン大将は、ジョン・ワードの父の親友で、父と早くに死別したワードの父親代わりともいえる人物だと明かされている。)
 さて、そのドネガンがワードに命じた任務とは、南米コロンビアで麻薬栽培と密輸を原資に反政府闘争を繰り広げるゲリラ組織の壊滅と麻薬撲滅だった。
 国際共同麻薬禁止局(JDIA)の指揮の下、ワードの親友で麻薬捜査官のキンケイドはシアトルでコカインの売人の動向を追い、これも親友で戦友の海兵隊SEALのビル・ビーマンの部隊が、現地アンデス山地に潜入して麻薬栽培地とコカイン精製工場の位置を探り出し、〈スペードフィッシュ〉は発見されたコカイン精製工場に洋上からトマホークを打ち込む、という最後の任務にふさわしい大型の作戦に、思わず心躍るワード艦長である。

 映画『ハンターキラー潜航せよ』の、展開のテンポの良さを期待して読み始めると、著者の濃厚な人物と情景の描写に足をとられる。
 敵方の麻薬組織の指導者の行動やら心情描写やら、現地の情勢や情景にもねっとりじっとりと筆数をかけており、おまけにどれだけ字数をかけても到底その心情に共感できるものではない、という軽快とはいいがたい滑り出し。麻薬王のページに入るたびに、早く潮風をかぎたくなる。それでも、きっと下巻にいくころには良いペースになるに違いないと信じて、我慢の読書である。敵方、味方それぞれの陣営にどうやらスパイが潜入しており、どちらの計画も水がもれている気配がある。麻薬組織側のスパイ《エル・ファルコーネ》の正体にピンときてしまったが、さて、これが当たっているかどうか。下巻を読んでのお楽しみだ。

 で、下巻である。
潜水艦パート、麻薬王パート、現地潜入のSEALパート、シアトルの麻薬密売人パート、密輸ルートパート、麻薬捜査官パート、とと細かく交互に刻んでくるが、さすがに後半に入りテンポアップして、面白さも加速。とはいえ、はやり麻薬王がちょっとしょぼいかなあ。これで敵方が見応えあるとさらに面白いんだが、さすがにこのストーリーでは、こいつを暗黒のヒーローに仕立てるのは無理か。《エル・ファルコーネ》は最初の見立てどおりの正体。これに騙される反政府指導者のしょぼさがやはり際立つ。敵側を悪し様に書かないと、先進国で軍事大国のアメリカが最新鋭の武力で小国のゲリラにトマホークをブチ込み一方的に殺戮する話になってしまう。小説の仕立てとしてはこうなってしまうのは致し方ないところか。


 潜水艦パートは安定の面白さ。ダグラス・リーマンにも共通する、艦内の日常と非日常、トラブル対処と潜航・追跡・戦闘がスリリングである。面白いのが、

“映画でよく見る場面とはちがい、実際にはサイレンで寝棚から飛び起き、潜水艦内を走って配置に就く者などいないのだ。”

 という一文。なるほど、静粛性が命の潜水艦内で、どたばたしすぎてるよなあ、とは思っていた。でも、あれがないと、映画では潜水艦内は絵的に静かすぎてつまらないかも。そういえば、吹き替えにも少々違和感がある。英語版の音声だと、艦内の会話は静か(潜水艦の乗組員とはそういうもの。)だが、吹き替え音声だと声優さんが声を張るので、けっこう会話がデカい(笑)。

 潜水艦艦長ワードは部下思いで有能。一糸乱れれぬ艦内の統率ぶりは読んでいてただただ気もちがよい。
 長期間の単独行動をむねとする潜水艦の艦長は裁量の幅が広く、自立心旺盛でクセがつよい、またそれでこそ有能・・・ということで、意に沿わない指令には断固として抵抗も。
 長官からの指令の無線を電波状態が悪いせいにして聞こえないふりで回線をぶち切る、という古典的なバックレもかまして、ひたすら狙った獲物を追跡する。

「わたしの親父もよく言っていた。〝前もって許可を取れなかったら、あとで許してもらえばいい〟と。」

 と言う艦長に、敬服する副長。この副長がのちの『潜航せよ』の艦長だからね。かくして伝統は受け継がれる。

 さて、老朽艦にお約束の重大な機器の故障も部下の決死の奮闘で乗り越えて、最後の務めを果たすハンターキラー〈スペードフィッシュ〉。麻薬戦争はまだ終結を見ていない段階ではあるが、為すべきことをなし、これ以上すべきこともなくなった、と見立てた艦長は老朽潜水艦を母港に向けるのだ。
 
 ラストは、〈スペードフィッシュ〉の退役式。このあと、解体される、とかはとりあえず考えたくない。すべての作戦と任務を終え、母港の埠頭に静かにたゆたう老朽潜水艦。
 ラストで繋留されている〈スペードフィッシュ〉と対照的に、揚々と出港していく最新鋭潜水艦の姿は、ウィリアム・ターナーの『戦艦テレメール号』の絵を思い出したりして、なんとも感慨深かった。ご苦労様。


2021年11月7日日曜日

装丁の美しい、平凡社刊の『アラビアン・ナイト』5巻揃え

 かつて、書店の店頭であまりにも美しい装丁にうっとりして1冊購入し、いつか全巻揃えたいと思ったまま38年が経過したこの平凡社『アラビアン・ナイト』。同じ平凡社の東洋文庫『アラビアン・ナイト』全19冊の中から、有名な話などを選び、一部翻訳を平易に改めて美しいカラー挿絵と装丁とともに刊行されたものです。

 Amazonマケプレや古書店のネットワーク『日本の古本屋』さん、各種ネットオークションが手軽に利用できるようになって初めて、ついに揃えることができました。いい加減諦めて忘れていたのだけど、ふと思いたって探してみてよかった。

 それにしても38年とは。。。。時の流れるのが早いとはこういうことを言うのだろう。書店の文芸書の棚の、どの位置にあったかまで覚えているというのに。当時のお小遣いがたしか、月に3000円(いや、1000円だったかもしれない。) この本の定価が1800円(当然消費税導入前の話。)
 当時よく買ったな、私。

 今も昔も変わらぬ本への憧れと情熱にわれながら感心する。
 アラビアン・ナイトなだけに、とてもきれいな話し言葉で綴られているこの本は、できれば、時間をつくってゆっくりと朗読をしてみたいと思っている。





2021年11月6日土曜日

ハンターキラー・シリーズ(ジョージ・ウォーレス/ドン・キース)

※Amazonのページからのコピペでまとめ。その都度検索するのがめんどいので。書影でAmazonページにリンク。それと、Amazonだと発行日がKindle版の発売日表示になっていたりするので、著作順がいまいちわかりにくい。邦訳がでている版については、原著の発行年はハヤカワNVより。

Final Bearing (The Hunter Killer Series Book 1) (English Edition) 2003

Commander Jonathan Ward and his crew on the old attack sub Spadefish are on one last mission. A US Navy SEAL team is inserted into South America. Their orders are to destroy the secret laboratories of the world’s most notorious drug cartel, and the Spadefish has been sent to provide assistance.But Juan de Santiago, the violent billionaire drug lord, has an entire private army and a futuristic new mini-submarine of his own. He will do anything to protect his empire. 
★邦題『ハンターキラー最後の任務』
 






Firing Point (English Edition) 2012

Below the polar ice cap, an American nuclear submarine moves quietly in the freezing water, tailing a new Russian sub. But the usual, unspoken game of hide-and-seek between opposing captains is ended when the Americans hear sounds of disaster and flooding, and the Russian sub sinks in a thousand feet of water. The American sub rushes to help, only to join its former quarry in the deep.The situation ignites tensions around the world. As both Washington and Moscow prepare for what may be the beginnings of World War III, USS Toledo—led by young, untested Captain Joe Glass—heads to the location to give aid. He soon discovers that the incident was no accident. And the men behind it have yet to make their final move. A move only Glass can stop.
 
★邦題『ハンターキラー潜航せよ』 



Dangerous Grounds (The Hunter Killer Series Book 2) (English Edition) 2015

A DEA agent investigating the Asian drug trade stumbles upon a deadly plot. A Navy SEAL team is tasked with finding stolen Russian nuclear weapons in east Asia. And a young Naval Academy midshipman becomes trapped aboard a hijacked submarine. Together, this unlikely American team must battle radical terrorists and criminal drug syndicates in the deadliest waters on Earth. For if they fail, a nuclear armageddon will be unleashed upon mankind...
★邦題『ハンターキラー 東京核攻撃』






Cuban Deep (The Hunter Killer Series Book 3) (English Edition) 

Admiral Juan Valdez is the puppet master behind Venezuela's dictatorship. He has spent years modernizing Venezuela’s military while the poor of his country starved. All the while, Valdez was working toward his grand vision of seizing much of Latin America. Now Admiral Valdez is convinced that Bolivia, Columbia, and Peru are all well within his grasp. And when the time is right, he will strike.
But the real key to his victory lies to the north. With the recent discovery of massive undersea oil deposits, he must take Cuba. For oil is money. And money is power.
The crew of the submarine USS Toledo, along with a handful of SEALs and intelligence operatives, have been sent in to protect America’s interests.
But with Russia’s best technology at his disposal, Valdez’s elaborate plot puts the Americans right in the line of fire.

 

Fast Attack (The Hunter Killer Series Book 4) (English Edition) 

A belligerent Russian president seeks to reunite the Soviet Union—beginning with Lithuania. But before the US can send military support, Russia’s navy forces a dangerous face-off in the Atlantic. As a Russian fleet maneuvers into a blocking position, a pair of spies attempts to sabotage the American navy.
With a hurricane bearing down on the Atlantic and the US fleet ordered to port, two American submarines and a small team of Navy SEALs are all that remain. Together, Commander Joe Glass and his fast attack submarines must defeat the Russian forces, or risk losing the global balance of power for good.





Arabian Storm (The Hunter Killer Series Book 5) (English Edition) 2020/06/16

To US intelligence, he is known only as Nabiin.
But his followers call him the Prophet, and they will stop at nothing to follow his orders—orders that will pit the world powers against one another, and bring about his personal vision of the End of Times.
For skipper Joe Glass and his crew aboard the submarine Toledo, thwarting the seemingly unstoppable terrorist plan becomes their new mission.
Pitted in a race against time before countless civilians are killed, and assisted by a team of Navy SEALs, Joe and his crew must use their submarine, their wits, and their bravery to stop a global war...before it’s too late.





Warshot (The Hunter Killer Series Book 6) (English Edition) 2021/05/25

Trillions of dollars’ worth of gold. Enough to launch an ambitious nation to a position of global primacy... permanently.
It lies on the floor of the Pacific Ocean in hotly contested territory, and it's discovery might be the spark that finally ignites a powder keg of long-simmering political and military antagonism.
China races to claim the territory and the gold, but corrupt leaders within the power-hungry nation commit increasingly brazen acts of violence; willing to risk destabilizing the region, and even a world war, for the chance at finally achieving world preeminence.
Commodore Joe Glass and the US Navy move swiftly to intervene. Submarines and SEALs deploy with haste, bringing cutting-edge technology, naval assets, and highly advanced fighting units into an increasingly tense standoff. Their mission: to prevent a global war and to protect the sovereignty and safety of those caught in the middle of the historic power-grab.

But the enormous treasure lies in some of the deepest waters on the planet. Laying claim is only the first step. The gold must be retrieved. And when disaster strikes, adversaries and enemies must come together for one of the most spectacular and dramatic deep-sea rescues ever attempted.


Silent Running (The Hunter Killer Series Book 7) (English Edition)2022/5/17

Biding its time for decades, China has patiently lain in wait for its chance at global dominance. Long content to needle the West while secretly amassing intelligence, technology, and resources, the war chest is now full and the gears of the colossus are grinding into motion.

New arenas of modern battle emerge as China wages an all-out cyber assault on the West. And the more familiar tactics of brute strength play out in its bold attacks against sovereign neighbors. The scope of the Chinese menace draws the US into the melee.

But then US Naval Intelligence learns the true reasons for, and the vulnerabilities of, the Middle Kingdom’s aggression.

Will the men, women, and submarines of America's Silent Service be able to hang on to a tenuous world order...or have the scales already tipped too far?




2021年11月1日月曜日

2021年10月の読書メーター

10月の読書メーター
読んだ本の数:6
読んだページ数:2433
ナイス数:1159

9月のまとめで、『ハートに火をつけて』ほか『チェスナットマン』『自由研究には向かない殺人』『見知らぬ人』『追跡不能』『某国のハントレス』等読みたい本をあげていたのに、そのうち1冊も読んでいない不覚。そして、11月はかれこれ2年は寝かしている『11月に去りし者』を読みたい。あとはまあ、流れで。ハンターキラーシリーズと、ハーパーBOOKSの貯まっている本から。
現時点で、今年読んだ本(コミックを覗く)が64冊。もはや、目標の年巻100冊には絶対届かない。悲しい。人生は短い。もっと本を読む時間がほしいと切に願う秋の夜長。

ハンターキラー 最後の任務 上 (ハヤカワ文庫NV)ハンターキラー 最後の任務 上 (ハヤカワ文庫NV)感想
『ハンターキラー東京核攻撃』が出たのでまずこちらに着手。出版順では『潜航せよ』→『最後の任務』→『東京核攻撃』だが時系列的にはこちらが先。『潜航せよ』では主役で艦長のグラスがこの巻では副長。この本の主役は攻撃型原潜(ハンターキラー)《スペードフィッシュ》。6ヶ月後には退役を控えた老朽艦である。艦内各部の老朽化は如何ともしがたいが、艦長ジョン・ワードの愛着はひとしお、そして若手の乗組員にとっては厳しい鍛錬の場にもなっている。そんな《スペードフィッシュ》は、折しも、官僚的で悪意に満ちた査察に苦しめられていた。
読了日:10月31日 著者:ジョージ ウォーレス,ドン キース
幼女戦記 (23) (角川コミックス・エース)幼女戦記 (23) (角川コミックス・エース)感想
南方(=アフリカ)大陸戦線。チョイと顔見せした指揮官が次の登場時には戦死報。カルロス大尉、勿体ない!いよいよ熾烈な消耗戦となってきた。束の間の戦いの合間にヴィーシャに髪を切ってもらうターニャ。会話の間合いに乗じて上官のデコに手をあてるヴィーシャ、愛を感じるよ。それは敬慕か慈愛か?我らがデグレチャフ少佐は、今回タンクデサントを思いつき、起死回生の追撃。しかし、ド・ルーゴ将軍は亡命政権を掌握、北のルーシーでは帝国の背後に襲いかかる機運が高まる。
読了日:10月26日 著者:東條 チカ
ネットワーク・エフェクト: マーダーボット・ダイアリー (創元SF文庫 ウ 15-3)ネットワーク・エフェクト: マーダーボット・ダイアリー (創元SF文庫 ウ 15-3)感想
仏頂面の弊機はともかく、この“女の子”は誰なんだ?な3冊目です。“マーダーボット”こと自称弊機は、今回も1行目からぶっとばしております。とにかく相変わらずいろいろとこじらせつつも、誠心誠意人間の友人たちのために奔走。心を分ける機械知性であるART(の機体)に拉致され、当のART本体(知性)はどうやら削除=殺害されたようだと判断したところで、情緒的に破綻。メンサーの娘のアメナは、最初はよそよそしかったものの、若者らしい柔軟さと情緒で、弊機と心を交わす存在になっていく。そしてまた、相変わらずARTが良い。
読了日:10月23日 著者:マーサ・ウェルズ
大統領失踪 下 (ハヤカワ文庫NV)大統領失踪 下 (ハヤカワ文庫NV)感想
【第190回海外作品読書会】ずーっとコンピュータウイルス対策で、大統領の山荘の作戦司令室の中だったので、上巻の盛り上がりにくらべて静的。大統領が失踪してどれだけの冒険活劇を繰り広げるのだろう!と期待してはいけない。大統領は、危機対策で作戦司令室にお籠もりしただけだ(笑)。そしてストーリーの本命は国家を破綻させるウイルス対策ではなく、裏切り者のあぶり出しだった、という。ちょっと肩すかしな感はある。とはいえ、十分に面白い内容ではあった。ストーリーの一方を牽引した殺し屋“バッハ”もちょっとパンチが足りないかな。
読了日:10月10日 著者:ビル クリントン,ジェイムズ パタースン
大統領失踪 上 (ハヤカワ文庫NV)大統領失踪 上 (ハヤカワ文庫NV)感想
面白い。実にスリリングで、まず間違いなく面白い。なのにちょっとクスリとしてしまうのは、やはり著者が、ビル・クリントンだからだな。実際、元大統領ならではのぎりぎりの判断とか、決断を示すシーンとかSPとのやりとり、主席補佐官との信頼と丁々発止など実にリアルで臨場感マシマシ。だけど元特殊部員で隊湾岸戦争でイラクの捕虜になって拷問にも屈しなかった、とかプロ野球選手だったとか、そして現在は血液難病でいつ何時脳内出血で倒れるかも知れず、貧血と闘いつつ、恐るべきサイバーテロとも孤独に戦い、と設定もマシマシだ(´∀`)
読了日:10月06日 著者:ビル クリントン,ジェイムズ パタースン
レッド・メタル作戦発動 下 (ハヤカワ文庫 NV ク 21-14)レッド・メタル作戦発動 下 (ハヤカワ文庫 NV ク 21-14)感想
圧巻はポーランドの反骨。大国にいいようにされてなるものか。米露の軽視を黙認すれば、国家の存続が危ぶまれる。弱小国だからこそ、過去の歴史から学ぶ。国内第4の都市を市街戦の戦場に設定し、犠牲という名の背水の陣を敷いて牙を剥くポーランドと慢心するロシア。戦争に勝つことはできなくても、局地をものにすることはできる。そしてそれが、全体の戦局を大きく変える。ロシアの最終目的がケニアのレアメタル鉱山だと知った米国はコナリーを現地に派遣。仏スパイを父にもつアポロもヨーロッパで戦ったのち、アフリカに転戦。役者がそろう。
読了日:10月02日 著者:マーク・グリーニー,H・リプリー・ローリングス四世

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