- ナイトホークス(1992年) The Black Echo(1992年)
- ブラック・アイス(1994年) The Black Ice(1993年)
- ブラック・ハート(1995年) The Concrete Blonde(1994年)
- ラスト・コヨーテ(1996年) The Last Coyote(1995年)
- ザ・ポエット(1997年) The Poet(1996年)
- トランク・ミュージック(1998年) Trunk Music(1997年)
- わが心臓の痛み(2002年) Blood Work(1998年)
- エンジェルズ・フライト(2006年) Angels Flight (1999年)
- バッドラック・ムーン(2001年) Void Moon(2000年)
- 夜より暗き闇(2003年) A Darkness More Than Night(2001年)
- シティ・オブ・ボーンズ(2002年) City of Bones(2002年)
- チェイシング・リリー(2007年) Chasing The Dime(2002年)
- 暗く聖なる夜(2005年) Lost Light(2003年)
- 天使と罪の街(2006年) The Narrows(2004年)
- 終決者たち(2007年) The Closers(2005年)
- リンカーン弁護士(2009年) The Lincoln Lawyer(2005年)
- エコー・パーク(2010年) Echo Park(2006年)
- 死角(2010年) The Overlook(2007年)
- 真鍮の評決 リンカーン弁護士(2012年) The Brass Verdict (2008年)
- スケアクロウ(2013年) The Scarecrow(2009年)
- ナイン・ドラゴンズ(2014年) Nine Dragons(2009年)
- 判決破棄 リンカーン弁護士(2014年) The Reversal(2010年)
- 証言拒否 リンカーン弁護士(2016年) The Fifth Witness (2011年)
- 転落の街(2016年) The Drop(2011年)
- ブラックボックス(2017年) The Black Box(2012年)
- 罪責の神々 リンカーン弁護士(2017年) The Gods of Guilt(2013年)
- 燃える部屋(2018年) The Burning Room(2014年)
- 贖罪の街(2018年) The Crossing(2015年)
- 訣別(2019年) The Wrong Side of Goodbye(2016年)
- レイトショー(2020年) The Late Show (2017)
- 汚名(2020年) Two Kinds of Truth(2017年)
- 素晴らしき世界(2020年) Dark Sacred Night(2018年)
- 鬼火 (2020年) The Night Fire(2019年)
- 警告(2021年) Fair Warning(2020年)
- 潔白の法則 リンカーン弁護士(2022年) The Law Of Innocence(2020年)
- ダーク・アワーズ(2022年) The Dark Hours (2021年)
- 正義の弧 (2023年) Desert Star(2022)
- 復活の歩み リンカーン弁護士 (2024年) Resurrection Walk (2023)
2021年7月24日土曜日
マイクル・コナリー作品リスト(ハリー・ボッシュシリーズ/リンカーン弁護士シリーズ他)
2019年10月3日木曜日
0185−86 エンジェルズ・フライト 上・下
書 名 「エンジェルズ・フライト 上」「エンジェルズ・フライト 下」
原 題 「Angels Flight」1999年
著 者 マイクル・コナリー
翻訳者 古沢嘉通
出 版 扶桑社 (2006/1/1)
初 読 2019/10/03
ボッシュは、内心ではタムに関するエドガーの結論に異論をいだいていたものの、・・・おいボッシュ!貴様ァ!
アクは強けれど私の中では正義の人の範疇だったアーヴィングがついに暗黒面に落ちるか。
一方ずっと反目しあってたチャスティン、彼は意外に良い奴なのか?
これは良い演出だ。これから絆が生まれるのかやっぱりいけ好かない奴のままになるのか。わくわく。そして、エレノアとの破局はやっ!
現場のバス停にはイーストウッド主演「我が心臓の痛み」の広告。
「ほら、ちっともイーストウッドに似てないじゃない」とはキズの弁。
それ言わせるのか!それ書いちゃうのかww やるなぁコナリー。
それと、登場人物一覧は結構なネタバレ感なので見ないほうが良い。
下巻になって、めっきり出番が少なくなってどうした?と思っていたヤツが、まさか!な展開となる。今回は「皆殺し」の二つ名をコナリーに献上したい。そして、暗黒面に落ちるかと思ったアーヴィングはまだ、崖っぷちに屹立してる。このあたりが大物と小物のちがいかねえ。なんにせよ面白かった。やっぱりボッシュはいいねえ。
2019年9月28日土曜日
0183−84 わが心臓の痛み 上・下
書 名 「わが心臓の痛み 上」「わが心臓の痛み 下」
原 題 「Blood Work」1998年
翻訳者 古沢 嘉通
出 版 扶桑社 (2002/11/1)
初 読 2019/09/28
マッケイレブ、好きなキャラなのになんでのめり込めないんだろう?まさかこの本がマイクル・コナリー読破計画の前半の峠になろうとは。
例によって女性キャラがいけ好かないからか。映画を先に見ていたせいか、表紙への違和感はあまり無い。ただし読書中は表紙の男を10歳は若返えらせ(大病・術後の老け込みを差し引き)した人物像(なぜか若い頃のイーストウッドの顔にはならない) で。
FBI捜査官のテリー・マッケイレブ。心身をすり減らすような仕事に身を置き、心臓発作で倒れてリタイア。心臓移植しか助かる道はなく、珍しい血液型故にそれも難しいと思われていた。だがしかし、運良く適合するドナーが現れ、彼は病院の外に戻ってくることができた。
しかし、そのドナーの姉が現れ、実はドナーは犯罪により殺されていたことが判り、しかも、その事件を解決してほしいとの願いに、マッケイレブは困惑するが。
下巻に入ってからの動きと展開がスピーディー。どんどん引き込まれる。だが、献血に気づくシーンがちょっと強引かなと思う。コーデルの献血手帳だかカードだかで血液型に気づく、くらいのスモールステップが入った方が良かった。
病院のPCのスクリーンセーバーがフライングトースターで、懐かしさのあまりフライングトースターの歌が脳裏で止まらなくなる。
「マイクル・ヘイラー・ジュニア」が名前だけ登場。
そして最高潮に達した時にマッケイレブの口から飛び出す「おわかりか」。私の中の何かが昇天した・・・
全般的に、マッケイレブの感に頼りすぎだよなあ。せっかくのプロファイラーなんだから、もうちょっと理詰めでも良かったのに。特にラストの対決と誘拐された2人の救出が・・・
カノーリを忘れるな、のオチが付いていないような気がするんだが、あれは何だったんだろう。
ああ、例によって文句たれてますが、面白かったです。
特に下巻の疾走感が良いです。ウィンストンがブレないのがまた、いい。これから先出てくる事あるのだろうか?
2018年12月20日木曜日
0157−58 トランク・ミュージック 上・下
書 名 「トランク・ミュージック 上」「トランク・ミュージック 下」
原 題 「Trunk Music」1997年
著 者 マイクル・コナリー
翻訳者 古沢 嘉通
出 版 扶桑社 (1998/6/1)
初 読 2018/12/20
戻ってきたボッシュ。しかし、彼の女運の悪さがにじみ出るようなこの巻。
有能な新上司(女性)、有能な新部下(女性)に恵まれ、嬉しくなったのもつかの間、悪運としかいいようのないかの女が再登場。なんでこんなのに未練抱いてるンだよ〜。あんたはちっとも悪くないぞ。なんだろ、世の女の不幸は全部自分のせい、みたいな腐れたロマンチシズムを感じるぞ。目を覚ませ!その女に近寄るな!
なんていってもしょうがないか。なにしろ、今月発売の最新刊ではマディが大学生になってるんだからな〜。最新巻読みたいのをぐっとこらえて、刊行順。
ボッシュは家を建て直してウッドローウィルソン・ドライブに戻っている。カーウェンガ・パス、マルホランドドライブなんて地名や道路名に血が騒ぐ。グーグルのストリートビューでウッドローウィルソン・ドライブを走って、ボッシュの家の場所に当たりをつける。(ついでに、コールの家も探してみる。)
ハリウッド・ボウルから聞こえてくる音楽は、ボッシュの幼少時の思い出を喚起 する。
それにしても、今回の殺人現場は、ボッシュの家から車で15分とかかるまい。殺人多発地帯である。
だが、一番の事件は メイクラブがついに「愛を交わした」に進化したことだ!
それにしても、いや〜今回もまた波乱万丈な事で。今回も失職すれすれでひやひや。これが自分の身に起こったら絶対鬱になる。やっぱりハリーはタフだ。
後半、筋が込み入ってきてだんだん自分が理解できているのか分からなくなってきた。FBIリンデルは良い味出してる。そしてエレノア。だんだん良い女に思えてきた自分が、なんだか悔しい。いーや。あの女はダメなやつだ。私は騙されないぞ!
《追伸》 「ナイトホークスの複製画が欲しいのだけと壁と金がないの(T ^ T)
2018年12月14日金曜日
0155−56 ザ・ポエット 上・下
「ザ・ポエット 上」書 名 「ザ・ポエット 下」
原 題 「THE POET 」1996年
著 者 マイクル・コナリー
翻訳者 古沢 嘉通
出 版 扶桑社 (1997/10/1)
初 読 2018/12/14
マイクル・コナリー完全制覇計画 前半の壁。ここを超えないと先に進めない。
何しろコナリーは刊行順!がお約束。
殺人事件を追う刑事であった双子の兄が死んだ。本当に自殺なのか?兄を失った新聞記者ジャック・マカヴォイが主人公のノンシリーズもの、とはいえレイチェルも登場し、何しろ犯人はポエットだし。上巻から登場している変質殺人者が犯人のわけなかろう。どこにいるんだ、真犯人。
だがしかし。
くぉんのクソ馬鹿野郎があああ!とジャックのスタンドプレーに激怒。とにかく主人公ジャックがどうにもいけ好かないが、きっとコナリーもいけ好かれる主人公を書こうと考えたわけじゃなかろうから、致し方ない。小児性愛者によると見られるばらばら殺人事件とその周辺で起こる警察官の「自殺」はどちらが主でどちらが従なのか。犯人は同じか別々か。怪しい登場人物は怪しすぎるのではなから除外。真犯人ポエットはだれだろう?
忘れたと思っていた「メイクラブ」に「うんにゃ」も登場。こちらもいい加減にせい!
それにしてもいつも思うのだが、どうしてコナリー作品のヒロインはこうも魅力的で無いのだろう?いっそのこと、女なんて出さずに男臭くやればいいのに。
2018年1月3日水曜日
0080 チェイシング・リリー
書 名 「チェイシング・リリー」
原 題 「Chasing The Dime 」2002年
著 者 マイクル・コナリー
翻訳者 古沢嘉通・三角和代
出 版 早川書房 1996年6月
初 読 2018/01/03
ピアスが学者バカで浅慮な行動を繰り返すんで、こっちまで心臓に悪い。
そこに触るな!指紋を残すな!無意味に動き回るな〜!!と何度叫びたくなったことか。
ピアスが暴漢に襲われて以降は早かった。
何故彼は衝動に突き動かされるのか?姉と義父に絡む彼の負い目が早い段階でもっと深く話に絡んできたらもうちょっと読みやすかったのに、と思わんでもない。
しかし終盤ピアスの巻き返しは見事。ラボでの逆転劇は圧巻。
それにレンナー刑事がちょい渋で格好良い。実際には大して活躍していないのにピアスを喰ってて役得だ♪
“ すぐさま温かみと理解が体中にあふれ、胸をくすぐった。” ———暴行されて重傷を負ったピアスに救急隊が鎮痛剤か鎮静剤を注射するシーン。この表現は素晴らしい。ああ、本を読んでいて良かった、と思う瞬間。
レンナーさんとのラストの会話も素敵だった。
しかしこの話、ピアスを陥れるためにリリーを殺すってのはリスクの方が高くつくのでは?という気がするのは言わぬが花なんでしょうかね。。。。
2017年11月30日木曜日
考察ーーーハリー・ボッシュの人物像
《ハリー・ボッシュの来歴から見る人物像》
※一読者の勝手な妄想です。ずいぶん前に書き付けたのを発見したので、貼っておきます。
もちろん、人様に見解を押しつけるものではありませんので、よしなにお願いいたします。
◇ 10歳まで母と暮らす
母はハリウッドの路上で客引きをする街娼だった。子供の育成環境としては決して良いものではないが、母は愛情深い人だったようだ。何回か、路上での違法な客引き行為で検挙されており、彼女を弁護したのが当時気鋭の刑事弁護士だったマイクル・ハラーだった。
母とハラーの関係がどのようにして始まったのかは、私が読んでいる時点では不明だが、ボッシュは母にまつわる過去の事件記録などを調べるうちに、この気鋭の弁護士が自分の父であることを確信する。
◇別離
ボッシュが10歳の時、(おそらくは何回目かの母の逮捕がきっかけとなり)母は養育者不適とされて児童裁判所によって息子の監護権を剥奪される。
その後、ハリーは児童養護施設に収容され、母と別れて生活することになってしまうが、母は頻繁に面会に来てくれた。母がハリーを養子に出すことに決して同意しなかったので、ハリーはこの間、里親家庭ではなく施設で生活することになる。この間も、母はハリーの監護権を取り戻すために裁判所に申し立てを行っているが、そのとき代理人を務めていたのもやはり、マイクル・ハラー弁護士だった。
ハリー11歳の時、母はハリウッドの路上で絞殺される。ハリーはこの事を当時の担当刑事から聞かされる。ハリーは刑事や大人達の前では平静を装い、けっして感情を見せなかったが、プールに潜って息が続かなくなるまで泣き叫んだ。哀切なシーンである。
施設への入所はもとより本人が望んだものではなく、ハリーはいつも母と暮らしたいと願っていた。母が亡くなった時、ハリーは子供心にも「自分が側にいれば守ってあげられたのに」と思った。おそらく、自分と母を引き離した大人達を憎んでいたかもしれない。
◇母の死後
母との別離以降のハリーの人生はまさにサバイバルで、自分に関わってくる大人は基本的に信用しない、というスタンスにならざるを得なかっただろう。
母の死後は、養育家庭適正児として様々な里親とのマッチングをされ、3回里親宅に委託されている。そのうち2回は数ヶ月で「合わない」との理由で施設に送り返された。施設にいる間に2回脱走も試みている。そのときには何週間も路上生活をしたあげくに、再度児童養護施設に収容された。
16歳で預けられた3回目の里親家庭では虐待めいたことも体験している。この里親は大リーグのサウスポー投手を育成することを目論んでおり、連日連夜、ボッシュに野球のトレーニングを課したのだ。この里親宅から逃れる為、ベトナム戦争に志願した。
このような生育の過程が、他人を頼らない、信用しない、本心を明かさない、自分のことは自分で何とかする、という孤立した対人関係のスタイルを形作ることになる。しかし、10歳まで愛情豊かな母に可愛がられて育った経験と記憶は、ハリーの情緒を安定させ、彼が生き抜いて行く上で必要な人生の基盤を築いてくれているといえよう。
ハリーが孤独であっても他人に依存せず、独立した状況で生きていけるのは、幼少時に愛情深い母によってそれにふさわしい愛着関係が築かれたことにより、安定した自我の基礎が築かれていたからであり、このことがハリー・ボッシュという希有な一匹狼のキャラクターを形成する重要なファクターとなっている。(と、私は考えている。)
2017年11月25日土曜日
0071−2 ラスト・コヨーテ 上・下
書 名 「ラスト・コヨーテ 上」「ラスト・コヨーテ 下」
【コナリー完全制覇計画No.4】
原 題 「The Last Coyote」1995年
著 者 マイクル・コナリー
翻訳者 古沢 嘉通
出 版 扶桑社 1996年6月
初 読 2017/11/25
ボッシュ、嫌いな上司パウンズをぶん殴って強制休職処分と心理カウンセリングを義務付けられてる。ずっと一匹狼で何とかやってきていたのに、シルヴィアに人生を浸食されたあとポイされて、わびしい中年男になりかけているようだ。半壊した家にこだわるのは自分の内的世界の崩壊をこれ以上進めない為だな。だからあの女はやめておけ、と。。。。
カウンセリングに臨んだボッシュは青少年養護施設に不本意に収容された少年そのものの「不服従」を貫き。ボッシュは強権的に自分に踏み込まれるのが大嫌いなのだろう(経験的に)。もっともそんなこと好きな人間はいないだろうが、大抵の人は長い物には巻かれるもの。
「みんなまやかしだ。」ハリー少年の心の声が、40歳を過ぎたボッシュの口から発せられているような気がする。パウンズへの嫌がらせも兼ねてほぼ違法と思われる行為を繰り返すんで読んでいる方がハラハラ。バレたらクビじゃすまなかろうに。齢は40半ばでも、やっぱり少年のような純なハリーにドキドキする。
そしてついに来た。好感度の高いヒロイン!
自己愛たっぷりのうざさも正論吐きの嘘くささもないさっぱり味だ。これはイケるかもしれない。速攻で恋に落ちるボッシュ、なんたる恋愛体質(笑)。いくら主人公とは言えヒロインは必需品じゃあないだろうに。とはいえ今度こそ上手くいくといいね、と願わずにはいられない。
さて、脱線モードのフロリダをよそに、ロスでは大変なことが起きていた。奴が殺されてしまった!?まさか俺のせいか?ってか俺が容疑者かよ!ポッケの中には持っていてはいけない黄金のアイテム。ボッシュ危機一髪、というか完全に自業自得。
辛抱強くボッシュをかばうアーヴィングのおかげで、なんとか危機を切り抜け、さらに母を殺した犯人を追うボッシュ。例によって最後のひねりがあって、その真相は切ない。 アーヴィングの気持ちがいまいち計り知れない。ボッシュへの愛情も感じるし、本人の意図などまったく関わりなく撚り合わされてしまった人間関係を持て余しているようにも感じる。この二人の関係がこのまま進めば良いのに、と思う。(そうはならないと知っているだけにちと切ない。)
【ヘンな台詞シリーズ】
「おわかりか」は相変わらずの乱用ぶり。もう気にするのはやめようと思いつつ、気になる〜。「うんにゃ」もやっぱり気になる。マッキトリックとボッシュが言い感じに語り合ってるのに「うんにゃ」!や〜め〜れ〜〜〜!
ハリー少年には、母マージョリーの死後、少なくとも二人の力のある男(生物学上の父と社会的な父になり損ねた男)がいたはずなのに、まったく顧みられなかったのだ。彼らの一人だけでも少し手をさしのべてくれていたら、彼の10代はまったく違ったものになったかもしれない。もっともそれが幸せにつながるかどうかは別問題だし、そうだったら、そもそもボッシュシリーズの主人公は存在しなくなっただろうが。
【ボッシュ考その1/愛を知る男】
本書の解説はちと理解が浅いんじゃないか。ということで、ここでボッシュ考。
ボッシュを「愛情を知らずに育った」と説明するのは相当な見当違い。ボッシュの不幸は愛を知らないことにあるのではなく、10歳までの愛情豊かな生活を、突然公権力が破壊したことにある。彼の母はとても慎重に、愛情深く息子を育てていた。10歳までのハリーの記憶は愛情と幸福感に満ちている。発達心理の点からすれば、幼少時の愛着関係が築かれているということはその人の精神の安定にとって極めて重要だ。ボッシュが孤独であっても他人に依存せずに生きていけるのは、彼が愛を知っているからだ。
【ボッシュ考その2/組織人】
組織になじめない男、と決めつけるのもちょっと違うと思う。ボッシュは10歳以降ずっと集団の中で生きている。集団の中での身の処し方にはある意味長けている。
例えばポリスアカデミー時代、パーカーセンターの廊下に大胆ないたずらを仕掛けて同期のヒーローになる。集団の中で自分の立場を確保することが上手い。
『ブラック・ハート』では、アーヴィングが設置した特捜部の中で、自然にリーダーとして振る舞う。市警では仕事のできる現場の人間から信頼されている。
彼の組織の中にあって組織の力学に抵抗する頑なさや攻撃性は、少年時代に彼の人生の理不尽な支配者であった公権力への抵抗の延長戦だ。ボッシュは一生を現場で生きていくと思い定めた組織人として、組織を腐らす人間の欲望や、組織を硬直させる教条主義を嫌悪する。彼は組織の権力に抵抗する一匹狼ではあるが、そこを取り上げて組織に馴染めないと定義するのはちょっと違う。むしろ私は同じ組織人として彼の生き様を見習いたくすらあるのだけど。(ただし違法行為を除く!)
【ボッシュ考その3/マザコン】
ボッシュが恋愛体質なのは、孤独故の依存ではなくて、単にマザコンなんだと思う。きっとお母さんと二人で幸せだったころの心地を無意識に求めてるんだろうなあ。
2017年11月13日月曜日
0070 ブラック・ハート 上・下
書 名 「ブラック・ハート 上」「ブラック・ハート 下」
原 題 「The Concrete Blonde」1994年
著 者 マイクル・コナリー
翻訳者 古沢 嘉通
出 版 扶桑社 1994年5月
初 読 2017/11/13
裁判と事件捜査の同時進行。4年前ボッシュが市警本部から更迭される原因となったドールメーカー事件と、その模倣犯の仕業とおぼしき殺人。新たな殺人はボッシュを被告とする裁判に絡みながら過去の事件に新たな局面をもたらしていく。
陪審員制度は被告原告双方が希う『正義』(真実とは異なる)をどちらか一方のみに与える不完全な仕組みでしかなく、その仕組みを巧みに操った方が『正義』を手に入れる。そんな法廷闘争で無傷ではいられないものの、ボッシュは自分が求める“殺人被害者の救済”という正義をひたすら追いかける。
社会の底辺で生きる女達にとことん寄り添っていくボッシュの揺るぎなさ。なぜならそれがボッシュにとって唯一の正義だから。そんなボッシュの辛い過去まで報道陣や傍聴人の前で暴きたてるショーアップされた陪審員裁判。
前作で恋人になったシルヴィアは、ボッシュの心の奥底まで理解したいと要求するが、一方でボッシュが決して目を背けまいと自らに命じている殺人事件の犠牲者達の写真からは目を背ける。それはボッシュから目を背けるのと同じなのに。自分が理解し得ないことを理解しないところはエレノアに通じるものがあるか。なんかこういう女は嫌いだ。
「うんにゃ」も「おわかりか」もいいんだよ。それが「誰か」の口癖なら。でもいろんな登場人物がのべつまくなしに、「うんにゃ」とか「おわかり」とか言ってしまうとヘンだよね?
今回はボッシュ、事件と裁判の両方に苛まれてその合間にはシルヴィアの家に参じるため、家でゆっくりジャズを聴く暇もなく、BGMのジャズ要素は乏しかった。
2017年11月8日水曜日
0068 ブラック・アイス
原 題 「The Black Ice」1993年
著 者 マイクル・コナリー
翻訳者 古沢 嘉通
出 版 扶桑社 1994年5月
初 読 2017/11/08
【コナリー完全制覇計画No.2】
のっけからいきなり死んだ同僚の未亡人に恋するボッシュ。おい!ほんとに気の(手の)早い男だな。だからといって、そこでメイクラブはいくらなんでも非常識だろう?ちょっと見損なっちゃうぞ。
今回はメキシコの麻薬王が相手なだけあってか、かなり捜査手法が荒っぽい。というか完全に違法捜査、越権。警察の範疇を超えているんじゃ?
前話で私刑はお呼びじゃないってレビュー書いたのに、早まったかな?
一話目から引き続きどうにも辛い翻訳。「こしらえた」「メイクラブ」「日曜たんび」
サンドイッチも、殺人事件調書も、捜査メモも全部「こしらえる」の一語で片付けるのってどうよ。日本語表現はもっと多彩でいいと思うんだけどな。それにメイクラブ!多彩以前だ。 アメリカって個人主義の文化だという先入観があったが、この本読む限り組織の同調圧力が強い。腐りかけの組織の中でなんとか腐らずに泳いでいく一匹狼ボッシュ。とりあえず応援しておこう。あんたがどれほど恋愛体質な男であったとしても、だ。
「この男のことがほとほとよくわかった。パウンズはもはやお巡りではない。 役人なんだ。くずだ。犯罪を、流れる血を、人々のこうむる被害を、記録簿にとどめるための統計数字としてしか見ていない。そして年末に、その記録簿が、パウンズにどのぐらいよくやったかを告げるのだ。人間が告げるのではない。心のなかから出てくる声が告げるのでは無い。それは市警の多くを毒し,街から、そこの住民から遠ざけている非人間的な傲慢さだった。」
◇引用/チャンドラー『長いお別れ』、ヘッセ『荒野のおおかみ』
◇音楽/コルトレーン、フランク・モーガン
《メモ》
p.67 「ロックウェルの絵に描かれた警官のような気になったのだ。まるで自分が大きな影響をあたえたかのような気分に。」
2017年10月31日火曜日
0066ー7 ナイトホークス 上・下
書 名 「ナイトホークス 上」「ナイトホークス 下」
原 題 「The Black Echo」1992年
著 者 マイクル・コナリー
翻訳者 古沢 嘉通
出 版 扶桑社 1992年10月
初 読 2017/10/31
【コナリー完全制覇計画No.1】 処女作とは思えない玄人っぽい緻密な作り込みが素晴らしい。もっと草臥れた感じの尖った刑事を予想していたが、ボッシュのイメージにブルース・スプリングスティーンを拝借したら、これがなかなか合っている(自画自賛)。読み始める前に期待値を高めすぎていたので、実際読んでみたらそれほど惹かれなかったらどうしよう、シリーズ全部揃え終わってるのに!と警戒していたが、杞憂だった。
自分の周囲の悪意や害意を知りつつもそれに惑わされず、淡々と一人で捜査を進めていく、一匹狼である。
シャーキーの取り調べのシーンが良い。娼婦や非行少年に向ける視線が優しい。
過去の傷、わずかばかりの楽しい記憶、つい愛情を求めてしまう心寂しさ。先に読んだクレイスのコールとどうしても比べてしまうが、二人ともマルホランドの丘陵の、市街を見下ろす丘の上に周囲の豪邸とは似つかわしくない慎ましい家を構えていて、そこに家があることを大切にしている。コールが自分の家を手を掛けて整えているのは、それが子供時代についぞ与えられることのなかった家庭の象徴だからだと思うが、ボッシュにとってもやはり、ホームは憧憬の表れなのだろうと思う。
ハラハラするようなスリルと謎解き、ではなく染みいるようなボッシュの存在感と孤独感が、じつに良い。
「ということは、あなたのことを考え違いしていたのね」
「ドールメイカー事件のことを言っているのならそのとおりだ。きみは俺について考えちがいをしていた」ボッシュはその生い立ちから他人に対する期待値が非常に低い。 それが周囲をイライラさせたり組織から浮く原因なんだけど、人が本質的に孤独であることを知っていて、それを受け入れているが故の彼の「孤独感」は実は一つの理想だと感じるところがある。
自分が見舞われた理不尽を「不正」と感じ、それに私刑を与えることを決意したエレノアは、殺人犯を射殺したボッシュを自分と同類の、自分の中の正義を私刑に託す人間だと考え、もしくはそうであることを願ったのだろう。なぜなら、自分一人きりなのは孤独だから。
彼女は自分の兄の為に憤っていたのではなく、自分の中の兄という偶像を破壊されたことを自分の為に怒っている。そして、ボッシュに対してもまた、自分の偶像を投げかけている。彼女の孤独とボッシュの孤独は、本質的にまったく別物なんだけど、ボッシュはそこに気づけてるかなあ。まだ第1作目だけど、ボッシュ、完全にツボったので、これから二十何年分の彼の人生とおつきあい開始(笑)。
【蛇足ながら】
翻訳のヘンな平仮名には最初ちょっと閉口した。
“蛍光灯をべつにすると”、"雑草の中にたおし”、“なかにはいっていない”・・・・なぜ、ひらがな??と最初しばらく、イラっとしました(笑)
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