2021年5月29日土曜日

0273 レンブラントをとり返せ -ロンドン警視庁美術骨董捜査班- (新潮文庫) 

書 名 「レンブラントをとり返せ -ロンドン警視庁美術骨董捜査班- 」 
原 題 「NOTHING VENTURED」2019年
著 者 ジェフリー・アーチャー 
翻訳者 戸田 裕之 
出 版 新潮社 2020年11月 
初 読 2021年5月31日 
文 庫 544ページ 
ISBN-10 4102161503 
ISBN-13 978-4102161500
 軽めのミステリだからさっくり読み終わる、と思いきや、結構濃厚な展開でしかも大好物満載、じっくりしつこくねちこく読むことになってしまった(笑)。バロック絵画の大家レンブラント(カラヴァッジョと同時代)の盗難と偽造絵画、贋作画廊、古書偽造・・・・・手がかりを追いかけて、スコットランドヤードの新米刑事が走る、いや歩く(笑)。
 名門パブリックスクールを卒業し、父と同じオックスフォードに進むことも出来たにもかかわらず、ロンドン大学キングズカレッジで美術史を専攻。親の反対を押し切り、小さい頃からの夢を完遂するため、首都警察(Metropolitan Police Service)入り。スコットランドヤード(ロンドン警視庁)で刑事を目指す人も育ちも良い好青年、ウィリアム・ウォーウィックの駆け出し一冊め。なんと私、初ジェフリー・アーチャーである。
 
 ジェフリー・アーチャー御大80歳にしての新シリーズということで、果たして、どこまでウィリアムの人生を追うことが出来るだろうか。警視総監に辿り着くか?がんばれウィリアム(そして御大)。ちなみにこの点について、御大は前書きでこのように仰ってる。

「このシリーズを通じて、皆さんにはウィリアムの未来、すなわち、彼が平巡査から警視総監へと昇り詰める過程を共に歩んでもらうことになるはずです。(中略) 警視総監になるかどうかは、ウィリアム・ウォーウィックの意志力と能力にかかっていますが、同時に長生きできるかどうかにもかかっているのです————ウィリアムでも読者のみなさんでもなく、ほかならぬこの私が。」
 著者及び作品との悲しい別れが来ませんよう、とりあえず物語が無事「完」が迎えられるよう祈るのみ。

 さて、ウィリアムは新人警察官として2年間の地域警邏を務め、昇任試験に合格。晴れて自分の人生の目標に向かって船出するはずだったのが、そのスタートに手向けられたのは、彼を育ててくれた先輩警官の殉職という辛く悲しい別れ。
 ちなみに、ウィリアムが見上げたニュースコットランドヤードの三角形の標識はこちら。→デボラ・クロンビー キンケイド警視シリーズ 現場大好きなキンケイドは、警視より上に出世したくないように見受けられるが、ウィリアム君はきっと、サクサクと昇進していくのだろうな。この話、大好きなキンケイド警視シリーズと、ちょくちょく英国美術界の界隈で騒ぎを起こしている某国スパイの中間点という感じで、ところどころでニンマリとさせられる。レストラン初デートではフラスカーティ(イタリアの白ワイン)を頼んだり。(「室温のフラスカーティ以上にまずいものがあるだろうか?」byドナーティ『教皇のスパイ』)
 


 で、さてこれが、作中のレンブラント『アムステルダムの織物商組合の見本調査官たち』である。残念ながら画像だとRvRのサインは確認できないな。本物はオランダの国立美術館にちゃんと所蔵されているようだ。よかった。
レンブラント 〈アムステルダムの織物商組合の見本調査官たち〉
アムステルダム国立美術館所蔵 1662年制作

 このロンドンの美術館から7年前に盗まれた名画と、その犯人と目される知能犯(とその弁護士)との駆け引き(最後は法廷戦)を主軸に、アポロ11号が持ち帰った「月の砂」の小瓶や、チャーチルのサイン入り初版本の偽造犯、17世紀の沈没船とともに海に沈んでいたお宝銀貨の模造やら、大中小様々なエピソードが絡んで進む。
レンブラント 〈風車〉
ワシントン ナショナル・ギャラリー所蔵。
空の表現が素晴らしい。いつか本物を間近で観てみたい。
 その属性からすれば、美術骨董班に骨を埋めてしまってもおかしくないようなウィリアムを次のステップ(麻薬取締班)に推し進める「仕掛け」も、さすが巨匠、なかなかの手練れ。次作がすでに待ち遠しい。
 ウィリアムが素直に育ちが良すぎるところが、若干鼻につかないでもないが(ただのひがみ)、周囲が自然と応援して、押し上げて、昇進していくのを応援してやりたくなるような彼の人柄の良さがまた、イギリス的ではある。

 ついでに、「勅選弁護士」という耳慣れない語がでてきたので、軽くイギリス(イングランド)の弁護士制度をお勉強。

 イギリスの法律専門職は法廷弁護士(英:barrister)と事務弁護士(英: Solicitor)とに分かれている。



レンブラント〈赤い帽子をかぶったサスキア〉
レンブラント妻の肖像。
1999年に東京でレンブラント展があった際に
本物を鑑賞することができた。
◆法廷弁護士・・・・法廷での弁論、証拠調べ等についての職務を独占する弁護士。
◇勅選弁護士(Queen's Counsel/King's Counsel)・・・・イングランドおよびウェールズに固有の制度で、特に複雑な事件の弁論のみを行う弁護士をいう。 従来は経験年数10年以上の法廷弁護士の中から大法官の助言に基づき国王がこれを任命していた。しかし、現在は司法制度改革により、選考委員会(Selection Panel)が申請に基づき法廷弁護士と上級事務弁護士の中から選考を行い、大法官の助言を経て国王が任命することとなっている。(いずれにせよ、国王が任命するので、「勅選」)

◆事務弁護士・・・・イギリスをはじめとする一部の英米法(コモン・ロー)諸国で、法廷での弁論以外の法律事務を取り扱う法律専門職である。(よくわからないけど、日本の司法書士のような位置付けなのだろうか?)

2021年5月25日火曜日

0272 サンドマン・スリムと天使の街 (ハヤカワ文庫FT)

書 名 「サンドマン・スリムと天使の街」 
原 題 「SANDMANN SLIM 」2009年
著 者 リチャード・キャドリー 
翻訳者 川野 靖子 
出 版 ハヤカワ文庫 2009年11月 
初 読 2021年5月15日 
文 庫 480ページ 
ISBN-10 4150205051 
ISBN-13 978-4150205058
 ここのところ、キアヌ・リーブス主演映画を追っかけていて『コンスタンティン』を何回か繰り返して観た。ロサンジェルス、天使と悪魔の抗争、地獄から生還した男、というわけで、『サンドマン・スリムと天使の街』である。念の為、誤解のないように書いておくが、別に原作ではない。なんとなくステージ立てが似ているので、イメージの連続性があってよいよな、と。

 魔法使いが普通の人間に交じって普通に生活しているロス。「魔術師」と「魔法使い」の使い分け。魔術師は、身に備わった魔力はないけど呪文を使いこなして魔術を使うもの、魔法使いは天性の魔力を持つもの、かな? ハリー・ポッターは魔法使いではなくて魔術師だっていうのがよく解らないけど。で、生粋の魔法使いのスタークは、仲間に裏切られて生きたまま地獄に落とされる。そこで、生身の人間を面白がった悪魔どものおもちゃにされ、切られ焼かれなぶられながらも生き抜き(そしてなぜか不死性を獲得し)、11年後のロスに生還。そして、自分を裏切ったかつての仲間達を復讐の為皆殺しに・・・・・、というのが、物語のお膳立て。ローレルキャニオンやら、マルホランド・ドライブやら、ハリウッド大通りやら、ボッシュやC&Pでおなじみの地名がそこここに。近くにコールの探偵事務所や自宅だってありそうな地理ではあるが、ここは魔都ロサンジェルスである。魔法陣やら、聖遺物やら、魔法アイテムに、悪魔の武器。地獄の闘技場や炎の宮殿や水の宮殿の情景は是非とも映像で見たいぞ。
 スタークは不死ではあるものの、ちゃんと痛みを感じたり傷ついたりはするところがミソ。読み手の嗜虐趣味をほどほどに満たしてくれる。地獄に落ちても生きてたりするので、生死の際が今ひとつ、よくわからないけど。
 

 この手の話を読んだり観たりして一番困惑するのが、「神」がちっとも偉大に思えないこと。天使もしかり。悪魔も天使も人間も、神までが何やら生臭くて、超常感が無いのはなぜだろう? コレを書いたキリスト教文化圏の世界観をつい分析したくなるが、コレはそういう話ではない。頭を空っぽにして楽しむべし!

2021年5月18日火曜日

0271 燃える男(新潮文庫)

書 名 「燃える男」 
原 題 「MAN ON FIRE」1980年
著 者 A.J.クィネル
翻訳者 大熊 栄
出 版 新潮文庫 1994年12月 
初 読 2021年5月18日 
文 庫 472ページ 
ISBN-10 410220508X 
ISBN-13 978-4102205082
新潮文庫版
 とにかく冒頭、クリーシィがボディーガードを始めるまでが長くて、耐えどころである。グィドーの過去、クリーシィの来歴、エットレの事情・・・・一向にストーリーが始まらないので、自分が何を読んでいるのか解らなくなる。しつこく細かく、耐える100P(笑)。それもこれも、クリーシィが少女と出会うまでの辛抱だ。
 そして(小さい声で言うが、)この冒頭部分については、ちょっと翻訳が硬いかなあ。直訳調というか。日本製碧緑天然真珠ってなんだろう・・・・もしかして青瑪瑙か翡翠のことか?それともブルーパールだろうか?・・・・・気になってしまって、ついつい調べてしまった。string of natural aquamarine pearls from Japan. ひょっとしてこれは、天然アクアマリンとパールのネックレス、かな。ところどころ、翻訳がすとんと自分の中に入ってこないのは、相性の問題かもしれないけど、この世に存在しない物質を創造してしまうのはいただけない。まあ、武器の詳述についてはまったく危なげないので、不得意分野ってことで深く突っ込まないことにしよう。そして、少女ピンタとクリーシィが出会えばもう!犬は正義、に継ぐ鉄板である。グレイマンとクレア、レオンとマチルダ、そしてクリーシィとピンタ!
 
こちらは集英社文庫版。中身は一緒。
やや文字が大きく読みやすい。

戦闘に明け暮れ、ついに燃え尽きてしまった傭兵が請け負った、お飾りのボディーガード。しかし、少女は賢く、生き生きとした好奇心と愛情をクリーシィに向ける。始めは子どもを扱いあぐねていた無骨なクリーシィもやがて少女に絆されて、両親が留守がちな少女のために、話相手や運動のコーチを務めるようになり、ついには運動会の付き添いまで。そして、だ。悲劇がやってくる。

 ピンタが誘拐の標的となる。身代金交渉が上手くいかず、身柄引き渡しが長引いた挙げ句に彼女は死んでしまう。
 銃撃戦で瀕死の重傷を負ったクリーシィは、復讐を誓い、衰えた体を鍛え直し、武器を手配し、マフィアに復讐をする。それも徹底的に。

 それだけなら、ただのバイオレンス小説だが、なにしろ脇を固める男達がこれまた素敵なのだ。万全のサポート体制を組んで支援する親友のグィドー、身分・容姿・財産・知性・性格と5拍子もそろったカラビニエリ大佐のサッタ(しかも料理上手の甘党)、ほとんど登場しないフランス軍将官のクリーシィのもと上官まで、なんともいえない男の世界(ロマン)である。
 完全に完璧な世界が構築されていて、私の妄想なんて入る余地がないのはやや残念ではあるのだが、それはそれとして、見事に上出来な小説世界である。
 いや、クリーシィも良い男なんだけどね。グィドーとサッタ推しです。さすがイタリア男。色男にもほどがある。
 
ちなみに、過去2回映画化されています。
1987年 エリ・ラシュギ監督 主演スコット・グレン。舞台は原作通りのイタリア。
スコット・グレンのクリーシーは、かなり格好良いです。細身の優男風で、原作の無骨な熊男クリーシィとはほぼ別人ですが。とくに前半のやさぐれたもとCIA特殊部隊員(ジョン・レノンぽい長髪、髭、眼鏡)から、追跡を開始した時の、短髪ひげなし、の変貌がカッコ良すぎる。ストーリーはシリアス度マシマシ。ラスト、お互いに生き残って少女がどれだけ心に傷を負っているのか、とか傷ついた二人がどう寄り添っていくのか、とか余韻が良い。そして、イタリアの病院が古い・汚い、でびっくりだ。


もう一本は2004年の、邦題「マイ・ボディーガード」。
主演デンゼル・ワシントン、少女役がダコタ・ファニング。こちらは、舞台を中南米に移している。結末も違う。どちらが良いかは見る人の好みで。私はこのラストは納得いかねーぜ。てか、この人質交換で許してもらえるのだろうか?
 正直、カメラワークが難ありです。変に芸術っぽく、薄暗い細切れカットやスローモーションが入り乱れて、見ていてかなり疲れました。

 

2021年5月15日土曜日

0270 摩天楼のサファリ(扶桑社ミステリー)

書 名 「摩天楼のサファリ」 
原 題 「Jungle of Steel and Stone」1988年 
著 者 ジョージ・C・チェスブロ 
翻訳者 雨沢  泰 
出 版 扶桑社 2006年12月 
初 読 2021年5月15日 
文 庫 345ページ 
ISBN-10 4594052959 
ISBN-13 978-4594052959
 なんとなく本棚から呼ばれて、着手。2018年に「EQMM90年代ベスト・ミステリー 夜汽車はバビロンへ」 を読んだときに、気に入って、入手してあったチェスブロ。2年半ほどねかして、程良く熟成気味である。
 日本ではあまり紹介されていない作家なので、Amazonでも古本がごく安い値付けで、有り難いやら勿体ないやら。
 主人公は、元CIA工作員で陸軍特殊部隊だった、という異色の画家で、コードネームは大天使(アーク・エンジェル)って、何の符丁かな? もう一人の大天使(ガブリエル)も気になるが、あちらの新刊はあと1年後。

 さて、こちらの大天使殿は、東南アジアで戦い抜いた歴戦の兵士。CIA上官の奸計により掩護していたラオスの部族を見殺しにされて反発した結果、逃亡兵として上官から全ての経歴を剥奪され、不名誉除隊となる。この上官は現CIA作戦本部長となっており、ヴェイルに対する殺害指令は現在も取り消されていないものの、ヴェイルの利用価値のため、執行猶予となっている。現在ヴェイルは意識不明・植物状態の恋人をラングレーの医療施設に預けており、いわば彼女の命と自分の身柄と自由を交換した形。
 この男、先天的な脳の障害から他人の夢を渡り歩く特殊能力(超常能力)がある、というのが、この本の設定の特異なところ。
 鮮明に記憶した自分の夢をモチーフに描いた絵が認められて、マンハッタンで新鋭画家として生活している。・・・・これは、グレイマンとガブリエルの源流か? なにはともあれ、ヴェイルがクールだけど情熱を秘めた優しい正義漢なのだ。こう言ってはなんだが、コートランド・ジェントリーみたいにずっこけてない。(まあ、ヤツはそこが可愛いいんだけどな。)滅法良い男である。

 さて、ストーリーであるが。
 アフリカ、カラハリ砂漠で生きるブッシュマンの一部族、ク・ング族の部族の神像(木造彫刻)が部族の野営地から盗み出され、ブラックマーケットを通じてニューヨークの美術品オークションに出品された。
 落札したのが、ヴェイルのパトロンでもあるロシア人画廊主。この画廊に展示されていた木像を、ニューヨークまでやって来たク・ング族の若者が警備員を殺して奪い、逃走する。
それを、ヴェイルが目撃して、否応なく若者の捜索に乗り出すことになり。

 なにしろ、登場からいきなり格好よいのだ。こりゃあ、ヴェイルに惚れるねえ。1988年の作品なので、これが2006年にもなって日本で翻訳出版されたのは奇跡にも近い出来事である。 作品世界のテイストはホラーファンタジーとアクション&アドベンチャーのミックス、やや非現実より。コミカライズするなら篠原烏童さんでお願いしたい。『純白の血』とか、『ファサード』のイメージがぴったりだ。ヴェイルの設定を造り込み過ぎてるのが非現実に寄る原因だけど、それはいい。だって格好良いから。

 問題はレイナで、こういう一昔前のハードボイルドにありがちな、扱いにくい子猫的な女は好みではない。過去のトラウマ告白した次の瞬間に男をベットに誘うこのありえなさ! ここぞってときに作戦行動の邪魔をして、行動計画に無自覚にダメージを与えるヤツ。それが女だから許容されるっていうのが、ねえ。まあ、時代的には無理からぬのだろうか?
 なにはともあれ、ヴェイルが格好良い。それに尽きる。


2021年5月14日金曜日

0269 もう過去はいらない(創元推理文庫)

書 名 「もう過去はいらない」 
原 題 「DON'T EVER LOOK BACK」2014年 
著 者 ダニエル・フリードマン 
翻訳者 野口 百合子  
出 版 創元推理文庫 2015年8月 
文 庫 368ページ
ISBN-10 448812206X
ISBN-13 978-4488122065
初 読 2021年5月9日

 主人公バルーク・シャッツ(元警官)88歳。付属品は歩行器と357マグナム。過剰な暴力に閉口する。とりあえず殴りつける、得物はブラックジャック、しかも骨折させたり脳に障害が残るような力で。尋問はそれから。尋問すらしない場合もある。傷つけることだけが目的なことも。
 バックのやり方は気分が悪いし許容できないし、正直読んていてドン引きするのだが、「自分が生きている世界は厳しく不公正で残酷だ」と骨の髄から思い定めているユダヤ人としてのバックの世界観は良いとか悪いとかのこちら側の気持ちではなく、「あるもの」として受けとろう、と途中で思い直した。
 公平でも優しくも正義でもないと認識している世界で、合衆国という白人キリスト教徒が支配する人種差別国家国に生まれて、妻と子と母と、地域のユダヤ人社会を守りながら、地域社会の治安に携わることを仕事にしたユダヤ人の生き方であれば、こうもなるのだろうか?
 一方で、大泥棒イライジャはバックの合わせ鏡のようだ。なぜ、正しくも公平でもないとわかっているルールに従う必要があるのか。ルールに従っても世界は守ってくれない、どうせ殺されるなら、力あるものから好きに奪ってなにが悪い。イライジャのやり口や理屈は、虐げられる側の心をくすぐる。
 この因縁の2人が、50年ぶりの邂逅。
 怪我も癒えきらず、移動には車いすや歩行器が必要な88歳が、またしても犯罪に巻き込まれる。
 物語は2009年と1965年を行き来しながら、バックの今は亡き息子ブライアンの“バル・ミツヴァ”———ユダヤ教徒の13歳になる男子の成人の儀式(ものすごく大事)———成人と見なされるとはいえ思春期の入り口の息子の鋭利な批判に耐えるバックの心情も絡めて進むのだが。
 いろいろと言いたいことが無いわけではない。登場するユダヤ人の描写が強欲であざとい泥棒、銀行家、小ずるい小悪党、窃盗犯・・・・である意味ステレオタイプで、作者がユダヤ系でなければちょっとこれもドン引きしたろうし。
 それでも、終盤330pのバックのセリフですべておつりが来る。
「自分はナチと闘う側だった。もし覚えて居てくれる人がいるなら、おれはそう記憶されたい。そして警察では、身を守るすべのない女子供を好んで襲うやつらをつかまえるために全力をつくした。だが、守護者としての警察の存在意義がほんとうはだれのためなのかわかっているし、法と掟と社会の安定でいちばん得をするのがだれなのかもわかっている。・・・・・・」
 
 とりあえず、じーさんの矜持が格好よい。よくぞ死なず、殺されず、88歳まで生きていた。
 こいつはミステリじゃなくて、ハードボイルドだった、と再認識したのだった。


 




2021年5月7日金曜日

0268 もう年はとれない (創元推理文庫)

書 名 「もう年はとれない」 
原 題 「DON'T EVER GET OLD」2012年 
著 者 ダニエル・フリードマン 
翻訳者 野口 百合子  
出 版 創元推理文庫 2014年8月 
文 庫 382ページ 
ISBN-10 4488122051 
ISBN-13 978-4488122058
初 読 2021年5月8日
 ダニエル・シルヴァの流れで、ユダヤ人とナチの話を敢えて選んだ訳ではないのだが。結果的にそういうことになった。

話の筋とはほとんどまったく関係ないが、今年の読書の流れ的に目にとまった一節————「たとえ筋金入りのリベラル主義者でも、ユダヤ人のほぼ全員が大なり小なりイスラエル国家に愛情を抱いている。イスラエルは、ホロコーストのような歴史的犯罪を招いた二流のマイノリティの地位から、ユダヤ民族が脱けだす決意を象徴している。また、大いにありうるとされている将来の迫害において、最後の避難所でもある。そして、われわれの破滅をたくらむ勢力に対する防御は、大国の政府からの庇護を乞うたり買ったりするのではなく、ユダヤ人の主権と軍隊をもっておおこなわれるべきだという、シオニストの新年を体現している。イスラエルは、焼かれるのにうんざりして自分でたいまつを持ちたかった曾祖父ハーシェルのような人たちの国だ。—————
 
 主人公バルーク・シャッツは87歳ながら矍鑠とした、もとメンフィス警察刑事。ユダヤ人。戒律を守ることには熱心ではないが、ユダヤ人コミュニティの中で老後を送っている。かつては毒舌以上にその拳銃でならした名物刑事だったが、とうに引退した現在は、妻と二人で、肉体の衰えや痴呆症を、諦め受け入れつつも、怖れながら静かに暮らして・・・・・いたのに。
 この期に及んで、突如わきおこる逃亡ナチ戦犯にからむ騒動。
 ユダヤ人の彼は、かつて第二次大戦・ノルマンディー上陸に兵士として加わり、ヨーロッパでドイツの捕虜となったときに、彼がユダヤ人であったことから捕虜収容所で殺されかける。そのとき直接手を下したナチ将校は、終戦時死んでいたはずだった。しかしその男が身元を偽りドイツを脱出していたことが明らかになり。しかも、ナチスの金塊を携えて。
 作中88歳を迎えるという年齢のバックにとっては、もう生きているとは思えない逃亡ナチス戦犯も、その男が隠匿していたかもしれない金塊も、それに目がくらんだ死んだ戦友の家族も、さらにおこぼれに預かろうとにわかに身辺にあらわれた破綻しかけた牧師も、その美しい妻も、残り少ない彼の時間を浪費しようという邪魔者以外のなにものでもない。ただただ迷惑、そして困惑。それでも、身に降りかかった火の粉ははらわないといけないし、なぜかナチのお宝に夢中になった孫息子にも目配りしないといけないし。
 ナチスやユダヤ人問題に鋭く切り込もう、という意欲作ではなくて、欲に絡めとられて人生を破綻させられるちっせえ人々の中で、88歳のバック(バルーク)・シャッツの達観と、そして腹の底から(?)にじみでる気概が実に格好良い。それに、乾いた毒舌が絶妙である。このように年を取りたいか・・・・・といわれるとちょっと遠慮しときたいような気もするが、世の中にはこんなじーさんもいなくては!とも思う。
 それにしても、孫のテキーラが、ちょっと普通にまぬけ過ぎてイヤ(笑)

2021年5月6日木曜日

0267 接続戦闘分隊: 暗闇のパトロール (ハヤカワ文庫SF) 

書 名 「接続戦闘分隊」 
原 題 「THE RED  First Light」2013年 
著 者 リンダ・ナガタ 
翻訳者 中原  尚哉 
出 版 早川書房 2018年9月 
初 読 2021年5月6日
文 庫 553ページ 
ISBN-10 4150121982 
ISBN-13 978-4150121983

 近未来SF,というかもろサイバーパンク。生身の人間に感覚器官を拡張する機器を装着してネットワークに直接接続する強化兵士のユニット「リンクド・コンバット・スクワッドー接続戦闘分隊−」による戦い、と思いきや、そういう近未来ガジェットが当たり前となった軍隊でさらに進んだサイバネティクスが実験的に導入され、よりサイボーグに近くなった主人公。
 冒頭、アフリカの局地戦から、軍需産業の思惑に振り回されて重傷を負う主人公。負傷により、より進んだサイバネティクス義肢を装着することになり、治療—訓練—模擬戦・・・・・と進んだと思いきや、突然の小型核爆弾による同時多発テロの発生。アメリカは大混乱・・・・。しかしてその原因が、主人公シェリーの脳内をもハックしている通称「レッド」・・・クラウド上に存在している正体不明のハッキングソフトウェアの排除のための、民間軍需産業側の暴走・・・? とにかく斜面を転がる雪玉の如く、どんどん話が大きくなっていく。そして、なんと、完結しない! 米国では3部作として出版され、またしてもハヤカワ、一冊目しか翻訳出版していない模様だ。『栄光の旗のもとに』の二の舞。面白いだけに、中原氏の翻訳作品なだけに、残念、というか、もはやハヤカワが恨めしい。
 こちら読者の方は、もとは1冊のペーパーバックだったのを無理矢理上下巻、とか薄くて高い上中下巻なんかを、文句も言わずに買ってやってるじゃないか。それなら出版社だって、3部完結の本なら3部腹をくくって出してほしいよね。そんなわけで、この一冊では、まだまだ物語は端緒についたばかり、の風情です。これからどれだけストーリーが変容していくのか、想像持つきません。くっそー、続き読ませてくれよ。
 一つだけ。現代の自動車爆弾テロもイヤだが、それと同じ感覚で核爆弾テロが可能な世の中はもっとイヤだ。そんな世の中がこないよう、やはり核開発と核拡散は徹底的に管理すべきだと思う。


2021年5月2日日曜日

0265-66 暗殺者の悔恨 上・下(ハヤカワ文庫)

書 名 「暗殺者の悔恨 上」 
原 題 「One Minute Out (Gray Man) 」 
著 者 マーク・グリーニー 
翻訳者 伏見 威蕃 
出 版 早川書房 (2020/11/19) 
初 読 2021/0/02
文 庫 420ページ 
ISBN-10 4150414726 
ISBN-13 978-4150414726

 
 
 とりあえず、我らがグレイマン、コートランド・ジェントリー君に送る言葉がある。
その1「下手の考え休むに似たり。」
その2「案ずるより産むが安し」

まあ、ジェントリーの本能、もしくは制御不能な暴れ馬的良心が選んだ道は決して「泰く」はないがね。

 ともかくも、グリーニーの実験におつきあいせねばならぬこの巻。書くのも今更感が半端ないが、ジェントリーの一人称現在型である。いやあ、慣れるのに手間取ったよね。ジェントリーの思考が何の役にも立っていないのに冗長で。(笑)
 ええ、笑ってあげるよ。なんといってもジェントリーのことだもの。何度、おまえもう黙って働けや、と思ったことか。PIT(逃走車両の後部に追跡車両がぶつけて相手の車を止める技術)を仕掛ける段になって2ページにも及ぶ解説。それも、たいして具体的ではなく、俺はCIAでコレを習った。その後も自分で習熟した。おれなら出来る。やるんだジェントリーって、さあ。いいから黙ってやれや(笑) そうはいいつつも、さすがに読んでる内に慣れてきたか?やっとストーリーに入り込めそうな。

 で、さて今回の彼の任務は、CIAではない、個人の請負仕事。かつてボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で大量虐殺を行った軍事指導者の暗殺である。遠距離から一発で仕留めればよいものを、つい、危険かつお節介な「良心」が蠢く。あんな悪いやつを苦しみもなく一発で仕留めるのが正義なのか? そう、彼にとってもはやNGワードに近い「正義」の発動である。そして、その正義感に突き動かされるまま、もっと残酷に殺すために、屋敷に侵入する。ところがその屋敷は人身売買組織の中継基地で、中にはうら若い女性達が捕らわれ、そしてジェントリーのしたことの責任を彼女達が負わされることになると知り。もはやぐだぐだである。
 だが、そのぐだぐだをなんとか凌ぐ技倆を持っているからこそのグレイマン。追跡する途中で出会った女性を筆頭に、今回はなにやら女まみれになりそうな予感だ。
 
書 名 「暗殺者の悔恨 下」 
初 読 2021/0/02
文 庫 416ページ 
ISBN-10 4150414734 
ISBN-13 978-4150414733

で、下巻である。
 ようやく読む方も波にのってきた。当面の的が明確になるが、このパターンは、あれだ、『暗殺者の復讐』グレイマンに憧れる暗殺者の巻。グレイマンを振り回す姉のぐだぐだにわをかけて、グレイマンをぶん回す妹ロクサナかっけー!から始まる追跡劇。そして、ジェントリーは遂に、禁じ手を繰り出す。例のラングレー直通電話であるが。相変わらずスーザンはクソ。お友達のトラヴァースは相変わらずいいひとだ。そしてロマンティックも相変わらず。お父ちゃん、もういい年なのにがんばってるなあ、とニヤニヤする。
それはそうと冴え渡るジェントリーの独白(笑)、「こんな時には大学に行っていればよかったと・・・」・・・・と、キミ、大学に行けるほど頭がよかったのかねえ?とこっちも脳内でツッコミをいれる。
 そして、舞台はヴェネツィアに移り、さらにはロスへ。
 そのヴェネツィアの運河沿いの豪華なアパートメントの3階には、ひょっとしたら引退したガブリエル・アロンが静かに絵を描いているのではないか?とか、脳内で作品世界がオーバーラップする。そして、ロサンゼルスですよ。いやほんと、人質救出のエキスパートならいるじゃないですか、カルヴァーシティに! とか妄想でばくばくする。奇しくもジェントリーがかり出したロートルもナム世代。いやあ格好よいね、じーさん!
 とまあ、変な楽しみ方も織り交ぜつつ、ジェントリーの戦いを堪能する。女達が格好良いこと。か弱い被害者と思っていた女達も、正規軍への従軍歴があり戦える、というところに東欧の厳しさも垣間見る。男も女も格好よい。やっぱりグレイマン、最高です。

2021年5月1日土曜日

2021年4月の読書メーター

 今月は、びっくりするほど読めなかった。ほとんど漫画だし。こちらのブログにはコミックは登録しないことにしているので、実質1冊のみ。でもその一冊が、クレイスの『危険な男』だったのは満足。まあ、異動もあったし、行った先の職場も相当な忙しさだし、知らない事ばっかだし、残務もあるし、な。今月も読み友さん方のレビューに励まされた。世の中にはまだまだ知らない本が沢山!死ぬ前に読み尽くすのが私の夢だ。読み友の皆様ありがとう。なんとか一ヶ月乗り切り(?)ました。

4月の読書メーター
読んだ本の数:7
読んだページ数:1432
ナイス数:548
危険な男 (創元推理文庫)危険な男 (創元推理文庫)感想
パイクが思ったほど寡黙ではない。ちゃんと必要な事はしゃべってる。女の子へ気遣いする気持ちもある。やり方は知らん。ああ、安定のパイクかっけー!の一冊。みんな同じ事書いてるけど、「もう大丈夫だ。いま助け出す」に悶える。「なんなりと」と答えるコールに痺れ、パイクの手から黙ってTシャツを取り上げ、頭にかぶせてやるコールに・・・・・言葉がない。くうう〜💗 なんか想像したより話が小ぶりだな、と思わんでもないが(なにせ直前まで読んでいたのがガブリエルで、同じ本の厚さで地球を半周はする御仁だったので。)今回は、地元の
読了日:04月18日 著者:ロバート・クレイス

誰?  [青空文庫]誰? [青空文庫]感想
読んだ。で、結局おまえは誰なのさ。と棚の上のブツに問う。
読了日:04月29日 著者:モリス・ルヴェル


ボールルームへようこそ(11) (講談社コミックス月刊マガジン)ボールルームへようこそ(11) (講談社コミックス月刊マガジン)感想
今月は漫画月間になちゃいそうだなあ。それはおいて、ついに11巻です。祝、刊行。今回は決勝からのインターバル。多々良の負傷は気になるものの、釘宮さんがだんだんほぐれてきて、いい人+多々良のいい先輩がまた一人増えた感じ。作者の竹内友さん、体調はいかがかな。無理せずに描き進めて欲しいです。がんばれ〜🚩
読了日:04月21日 著者:竹内 友

モーメント 永遠の一瞬 14 (マーガレットコミックス)モーメント 永遠の一瞬 14 (マーガレットコミックス)感想
追いかけているコミックス4冊をまとめ読み。ソチまでまだ8年もあるよぉ。冒頭にソチの現在を置いて、過去が追いかける手法が面白い。なになに、これから何があるんだ!というチラ見せ。
読了日:04月12日 著者:槇村 さとる

花よりも花の如く 20 (花とゆめCOMICS)花よりも花の如く 20 (花とゆめCOMICS)感想
いやあ、長い長い。ここまでも、ここからも長い。丁寧っちゃ丁寧なんだが、脇役の顔が雑なのがイヤだ。
読了日:04月12日 著者:成田 美名子