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2022年1月8日土曜日

アンドリュー・ヴァクス作品一覧


アウトロー探偵バークシリーズ
1 フラッド (Flood)(1985年)          
2  赤毛のストレーガ (Strega)(1987年)  
3 ブルー・ベル (Blue Belle)(1988年) 
4 ハード・キャンディ (Hard Candy)(1989年) 
5 ブロッサム (Blossom)(1990年) 
6 サクリファイス (Sacrifice)(1991年) 
7 ゼロの誘い (Down in the Zero)(1994年) 
8 鷹の羽音 ( Footsteps of the Hawk)(1995年) 
9 嘘の裏側 (False Allegations)(1996年) 
10 セーフハウス (Safe House)(1998年) 
11 クリスタル (Choice of Evil)(1999年) 
12 グッド・パンジイ (Dead and Gone)(2000年) 
13 Pain Management(2001年) 
14 Only Child(2002年) 
15 Down Here(2004年) 
16 Mask Market(2006年) 
17 Terminal(2007年) 
18 Another Life(2008年) 

ノンシリーズ
凶手(1993年)  
バットマン 究極の悪 (Batman: The Ultimate Evil)(1995年)  
A Bomb Built in Hell(2000年)
The Getaway Man(2003年)
Two Trains Running(2005年)

2022年1月7日金曜日

0313 グッド・パンジイ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

書 名 「グッド・パンジイ」 
原 題 「DEAD AND GONE」2000年
著 者 アンドリュ−・ヴァクス    
翻訳者 菊地 よしみ    
出 版 早川書房 2003年8月
単行本 582ページ
初 読 2022年1月●日
ISBN-10 4150796114
ISBN-13 978-4150796112
読書メーター  
 愛すべき老犬の、イタリアン・マスチフのパンジイ。バークの相棒、親友、同居人。バークは、はめられて銃撃され、バークを守るために敵に襲いかかったパンジイは蜂の巣にされて殺される。
 バークも九死に一生を得るも重傷を負って片目の機能を損ない、マックスの隠れ家にかくまわれて何ヶ月も潜伏する。
 やがて、活動を再開したバークは、パンジイの敵討ちを果たすために、自分を狙った相手とその理由を探し出す・・・・・

 シリーズのなかでもかつてない危機と苦難に見舞われたバークであるが、そのバークを助けるために登場する面子がこれまた素晴らしく、それこそシリーズ中かつてなかった“バディ物”の雰囲気が漂う。これは・・・・・・ひょっとして、 『ブルーベル』を超える名作なのでは!?
 サツ嫌いのバークをして一目置かせるシカゴの優秀な刑事、クランシー。かつてビアフラでバークが命を助けたことを今もって恩にきているホモの黒人、バイロンはパイロット&自動車運転の名手。その恋人の「国内では活動できない」諜報機関員(つまりCIA)のブリックもその技術でバークの支援につく。かつてポル・ポト政権下のカンボジアを生き抜いた経歴を持つ、才色兼備で大食の女ジェムは、バークの「押しかけ女房」に。幼い頃、児童精神病院を共に脱出したかつての美少年で今は超絶ハンサムな男に成長したパターン分析の天才ルーン、その部下のインディアンのレヴィは元海兵隊で長距離射撃の名手。これにいつものファミリーの面々と久しぶりに登場のサニー(ランディ)も加わり、為すことはただ一つ。バークの命を狙った奴を探し出す。そしてパンジイの復讐を。
 バークの命が狙われた理由を探すことは、すなわち、バークの過去を洗い出すこと。
 分析の天才ルーンに導かれて、バークは記憶のある限り、自分の過去を洗い出す。
 バイロンとのいきさつ、ルーンとの過去、子犬のパンジイを育てた思い出。辛い記憶をまさぐる度に解離を経験しつつ、ジェムに守られ・癒やされながら。前作のバークの不安定さと対象的に、この本のバークは静かだ。

“ジョー・ランズデールの新作が目に留まった。まだ読んでいないやつだ。” 

 ヴァクスはランズデールと仲が良いのだろうな、バーク・シリーズにはランズデールの本の登場率が高い。そして、ホモセクシャルの黒人キャラ、バイロンでレナードを連想する。

“「あんたは、どんなことだとおれに安心して話せるのかな?」”

 初対面のバークを、最初は自己紹介代わりに自分の用事に連れ回したあと、そう問うたのは、シカゴの有能刑事のクランシー。穏やかに、的確に。いや、バークのような人間との付き合い方を心得ているよな、と感心する。本当に良い奴だ。

 “女が立ち上がった。何かの小さな缶詰を開いて、中身を品よくフォークで白い陶器の皿に掻き出す、猫が近づいてきて、慎重ににおいを嗅いでから、女王然とした態度で、二、三口召し上がった。”

 ヴァクスは、犬のことだけでなく、猫のこともよく理解しているようだ。

“ジェムの食べ方は・・・・・慎重、という言葉がふさわしいようだ。ゆっくりと、一口ごとに何度も何度も噛んでいた。同時に着実でもあり、決してペースを乱さなかった。ローストチキンをまるごと平らげた彼女は、小さな白い歯で骨まできれいにしていった。ドレッシングをかけたサラダの大盛り。ロールパンを四度おかわり。アップルジュースを大きなグラスで三杯。オニオンリングのフライを一皿。付け合わせのロースト・ポテト。”

 自分は大食いだ、と挑戦気味にバークに話しを向けるジェムに、バークは、彼女が小さい頃に飢餓を体験していることを言い当てる。カンボジア人のジェムは、幼い頃にクメール・ルージュに知識人だった両親を殺されていた。そのジェムに、「あなた、どうなるかわからないって恐怖を知ってる?完全に無力だという恐ろしさ、・・・・理解できる?」と問われたバークは「ああ、知ってる」と答える。そんな一言で分かりあえるほど二人の体験は簡単なものではないが、二人は会話や行動を重ねるなかで、信頼を作っていく。

“「古い目覚まし時計をタオルにくるみ、子犬をそのそばで寝かしてやれば、母犬の心臓の鼓動のように聞こえて安心すると言われている。そうする代わりに、おれはパンジイをおれの心臓の上で寝かしてやった。」”

 自分の復讐の目的と理由をジェムに語るバーク。忠実なパンジイがバークを守って、死ぬまで勇猛に闘ったことの意味をジェムに伝えるためには、自分とパンジイの、子犬のころからの関係を語らなければならなかった・・・・・



 冒頭の激しさやバークの苦悩の深さにもかかわらず、パンジイの復讐を実行するという、極めて明確な目標を自分のなかに定めたバークは、非常に落ち着いている。そのためか、この本、これまでのシリーズの中で一番読みやすい。その上、改造車の蘊蓄、50年代、60年代の音楽、さらりと脇に登場する犬猫、銃器、とかなりマニアック度も高い。さらけ出されるバークの過去話も注目度高し。この巻の終わりに、しばしニューヨークを離れてポートランドを拠点にすること、つまりはジェムと一緒に暮らすことを決めるバークであるが、日本語版の刊行がこの巻で止まってしまっているのが非常に残念。ここからのバークの生き様をさらに追いかけたいのに。

2021年12月26日日曜日

0312 クリスタル(ハヤカワ・ミステリ文庫)

書 名 「クリスタル」 
原 題  CHOICE OF EVIL (Burke Series Book 11)」 1999年 
著 者 アンドリュー・ヴァクス     
翻訳者 菊地 よしみ    
出 版 早川書房 2001年6月 
単行本 584ページ
初 読 2021年12月25日
ISBN-10 4150796106
ISBN-13 978-4150796105
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/103382173   
 バークは、前作で出会ったクリスタル・ベスと、恋仲になっていた。
 バークの隠れ家の家主である男の逆恨みで長年住み慣れた隠れ家を失ったバークは、パンジイと共にクリスタル・ベスのセーフ・ハウスに移り住んだが、そんなときに、ゲイの集会に出かけたベスが、同性愛者を嫌悪する殺人者の巻き添えになり銃殺されてしまう。再び住処を失い、三度恋人を喪ったバークは、新しい生活基盤を作りながら復讐を心に誓っていたが。。。。

*** *** *** *** *** *** ***

 今作は、バークの内面の傷つきを深く感じる。
 長年住んだ隠れ家を失い、“表の顔”として手間をかけて維持してきた身元を失い、生計手段(小口詐欺)をすべて失い、おまけにパンジイを危うく失いかかる危機に晒された。
 そこに、クリスタル・ベスの突然の消失が加わる。バークの精神のたがが緩み始めたようだ。頻繁に解離が起こるようになっていて、ママの店の指定席でそうなったとき、ファミリー達が地下室に担ぎ込んで介抱していた。バーク本人にその間の自覚がないからどんな様子だったのかは語られないのだが、ファミリーの反応からして結構酷かったのだろうと推測する。バークの自己コントロール不全は不安な要素だ。バークとセックスしたがる女・ネイディーンは、なぜかバークに本能的な不安と怯えを抱かせるようで、バークの拒絶感が会話に現れ、コミュニケーションがほとんど成立しない。
 バークは、ネイディーンの何かを恐れて、言葉を尽くして近寄るなと言っているのだが、ネイディーンにはまったく疎通しない。バークが背中の毛を逆立たせた野生の小動物のように見える。自分に構うなと理解させようとするバークの努力が涙ぐましい律儀さだ。

 一方で、ふたたび登場したストレーガの変容が艶容に輝かしい。
 かつての性的に搾取された女の子を内在させていた未成熟な女性は、加害者であった男への復讐を経てある種の成熟に至っているようだ。
 ストレーガことジーナの初出は『赤毛のストレーガ』で、この巻では、彼女は幼少時から性的虐待を受け続けた女性そのものの姿だった。自分の性を差し出すことでしか、男性との関係を築くことができず、怒りが内面に渦巻いていた。その後、何年かがたち、彼女の目の前でバークはジュリオを殺すこともした。ストレーガの深い傷は、彼女の生来の強さで埋められてたようだ。傷はなくなりはしないが、まるで金継ぎによって、傷そのものが美しさと輝きを纏うように、ストレーガは成熟した女性になっている。

 バークは、自分と共通するストレーガの内面を恐れつつ、ストレーガに憩ってもいる。魔女の底なしの奥の深さを垣間見る。

 ストーリーは、クリスタル・ベスが巻き込まれた銃乱射事件の犯人を追うバークを意外な方向に連れて行く。ゲイを嫌悪する人々とゲイを隠れ蓑にした幼児性愛者に対する殺戮から、死んだはずの殺し屋ウェズリイの名をかたる殺し屋の存在が明らかになり、バークが接触を試みると、男は自分語りを始める。
 バーク、ウェズリイ、ウェズリイに成り代わろうとした男、ネイディーン、ストレーガ、すべてが幼児性愛の犠牲者であり、その体験が人格形成に大きく関わっている。バークとウェズリイはお互いがお互いになりたかった、合わせ鏡のような人間だし、ネイディーンとストレーガもしかり。

 ネイディーンとの関係、ネイディーンの中の病理、ホモ・エレクトスの中の論理、なぜそれがバークに理解できるのか、いろいろと未消化なままの読書となってしまったので、いずれ再読しようと思う。

2021年8月27日金曜日

0289 セーフハウス(ハヤカワ・ミステリ文庫)

書 名 「セーフハウス」 
原 題 「Safe House (Burke Series Book 10)」 1998年 
著 者 アンドリュー・ヴァクス 
翻訳者 菊池 よしみ  
出 版 早川書房 2000年1月  
初 読 2021年8月20日 
文 庫 521ページ
ISBN-10 4150796092 
ISBN-14 978-4150796099
 ハードカバーの『嘘の裏側』と『鷹の羽音』をすっ飛ばして、今作を読む。今作から翻訳は菊池よしみ氏。
 雰囲気や文体は、これまでの佐々田昌子氏の訳と違和感なし。ただ、微妙に言葉づかいが気になるところもある。
 冒頭気になったのが、バークに対するプロフの呼びかけで、数ページのうちに「兄ちゃん」「お若いの」「坊主」「兄弟」と変遷していく。こうなると、原著はどんな言い回しをしているか気になってくる。
 まあ、気になってしまったので確認してみると、兄ちゃん=Schoolboy お若いの=youngblood 坊主=son   だった。うーん、これはきっと翻訳も苦心されてるよな。日本語で「兄ちゃん」「お若いの」「坊主」がそれぞれ使われるシチュエーションや、この言葉を使う主体や客体って微妙に違うような気がする。だから読んでいて違和感を感じたのかな。
 あと、「オーケイ」というセリフの多用が目立つ。はっきり「オーケイ」と訳して違和感ない箇所もあれば、相手のセリフの合間に「それで?」と肯定的に相づちをうちつつ話の先を促す、とか、相手の理解や同意を前提に軽く確認するようなシーンもある。日本語であまりしない使い方なだけに、しかも「オーケイ」そのものは日本語に馴染んでいるだけに、この「オーケイ」がかけっこう浮いている。
 この半分くらいを「いいか」「それで?」「だろ?」「〜でしょ?」とかで軽い会話で流してくれると読みやすいんだけどな。
 もう一つ、引っかかってしまったのが 「もうひとりは、新品の靴を見せびらかして歩き回り、おれのコックをしゃぶったことのある女。」・・・コック、、、ねえ。わたしゃ『ナニ』も『竿』も表現としちゃあ好きではないが、まんま『コック』ってのも芸がない気がする。
 にしてもだ。
 ヴァクスの文章って、読むのはおろか、訳すのはとてつもなく大変そうだ。冒頭の

“Aren’t they just perfect?” she asked.
“Absolutely,” I assured her. 
“They’re so beautiful, I just hate to take them off.” 
“They won’t get in the way,” I said.

という会話が、

「このおっぱい完璧じゃない?」
「申し分ないな」
「すっごくきれいだから、ちっちゃくしたくないのよ」
「別に邪魔にはならないさ」

と訳されているのを見て、プロってやっぱり凄い、とも思ったのよ。

 さて、本題にはいる。
 今回はバークのところに、昔のムショ仲間が厄介事を持ち込んでくる。
 ちょっと脅すだけのはずが、ある男を殺してしまった、と。重罪で前科二犯のハーキュリーズ通称ハーク、は当然ながら捕まりたくないし、ムショに戻りたくない。で、バークに泣きついてきた。
 世話のやける、ちょっと思慮の足りない男ではあるが、人好きのする性格で、義理人情に厚い、いい漢である。かつての仲間を見捨てることができないバークが、同じおつとめ仲間であったプロフと調査に乗り出す。バークがある酒場で張っていると女—クリスタル・ベスが接触してくる。クリスタル・ベスは、配偶者に虐待された女性のための隠れ家「セーフハウス」を運営しており、この組織とそれが運営する施設に庇護されている女性と、自分自身を守るために、ある男との対決を強いられていた。そしてその助っ人としてバークに白羽の矢を立てたのだ。だが、そこにもう一つ、白人至上主義者(ネオナチ)の秘密結社への潜入捜査、という筋書きが絡んでくる。
 セーフハウスと対立する謎の男プライスは、どうやら政府機関の員数外の要員のようだ。アウトローのバークと、やはり法の外側で戦うプライスが、牽制しあいつつも共闘する中盤以降が実にスリリングな展開となる。この辺りでようやく文体にも慣れて、スムーズに読み進められるようになった。中盤になるまでほとんど話が混沌とし、ラスト1割切ってから最後の数ページで事態が動くのはこれまでの巻と同様。途中の被虐待女性達の保護活動のエピソードなど、冗長さを感じないでもないが、そこはまあ、ヴァクスだし、終盤の作戦行動へのタメとしては丁度良い。

 バークシリーズのこれまででは、バークはいわば「虐げられた子供」だった。虐待された子どもに自分自身を投影して、過去の自分を救うように子どもを助けていたのがバークだったのだ。子供(の魂)が子供の敵に復讐をする、という筋書きである。そこでは、子どもの親はむしろ「敵」として描かれていたようにも思う。しかし今作では、バークが大人になったと感じる。「ゼロ地点」からの回帰を経たバークの内面の変化だろうか。自分自身が母との親密な関わりを持ちようがなかったバークは、これまで母を守るという視点はあまり出てこなかったのだが、今回の作品には、子どもを守る為にその母親も守る、という行動の広がりがある。こういったバークの変化もこのシリーズの密かな魅力であると感じる。

 しかし、登場する女達、ヴァイラやクリスタル・ベスがウザい、と思ってしまうのは、自分が女だからだろうか?男性読者は彼女達のような女はオーケイなのか? 機会があったら誰かに聞いてみたい。

2021年8月16日月曜日

0288 ゼロの誘い(ハヤカワ・ミステリ文庫)

書 名 「ゼロの誘い」 
原 題 「Down in the Zero(Burke Series Book 7)」 1994年 
著 者 アンドリュー・ヴァクス 
翻訳者 佐々田 雅子 
出 版 早川書房 1994年5月(ハヤカワノヴェルズ) 
初 読 2021年8月16日 
文 庫 538ページ
ISBN-10 4150796084 
ISBN-14 978-4150796082
 ずいぶん長い時間が過ぎた。あの家に踏み込んで、子どもを殺してからだ。
 子どもを殺した。今はそういえる。一言一言はっきりと。

 あの家に踏み込んだ。このおれが。そこで何をするか承知の上で。

 おれは落とし前をつけるために、あの家に踏み込んだ。ことが終わったとき、死んだ子どもがおれの憎しみの形見として残った。
 
 やつらは殺したが、おれ自身があの子を生け贄にしてしまった。

 あの家に踏み込んで、児童虐待(殺害)ポルノの一味を皆殺しにしたのは、自分の過去への復讐だった。しかし、その憎しみのはけ口には落とし穴が。一味が連れ込んで今まさに餌食にされようとしていた子どもがいたのだ。そんなことには思いも至らなかったバークは銃弾の雨を降らせ、その子を巻き添えにしながら一味を殺害してしまった。自分も肩に銃弾を受けたが、それよりもバークの精神が受けた痛手の方が大きかった。
 「ゼロ」は死。バークが度々口にする「ゼロ地点」は自殺したときに落ちる場所である。(必ずしも物理的な意味ではない。)子どもを殺してしまったバークは、死に近いところで、その誘いにそよいでいた。
 ファミリイ達や、戻ってきたミシェルはバークを案じている。
 クラレンスはプロフに心酔し、バークのファミリイに加わったようだ。

 そんなバークに、とある10代の若者ランディが助けを求める。自分の周囲の若者たちが次々に自殺して彼は怯えている。彼の母親は若いころバークと因縁があり、困ったことがあったらバークに電話しろ、と息子に言い聞かせていたらしい。そんな成り行きで、バークは若者の連続自殺の謎を探りランディを守るため、ニューヨークを離れてコネティカット州に出向く。『ブロッサム』と同様、ニューヨークの裏街を離れたバークにはなんとなく安穏とした雰囲気が漂っている。

 「良い家庭」の甘ったれたお坊ちゃんになかば呆れつつも、ランディの助けに乗り出したバークが状況を探りはじめると、ファンシイ、チャーム・・・・と正体不明な女が次々に出てきて、バークが何を探しているのか良く分かららず、中盤過ぎるまでは雲をつかむような手応えの無さで読んでいて困惑する。エロシーンの多さでは『ブルーベル』に次ぐ。
 SMの女王役でしか男と関われないファンシイに、大切に扱われることを教えながら男女の恋愛に引き込んでほぐしていくバーク。しかしなんだろう、ちょっと独りよがりな感じを受けないでもない。

 若者ランディーは、車いじりが好きで運転の才能があり、バークと関わるなかで自然と興味と能力を開花させて自信を付け、バークに信頼を寄せていく。そして、実は自分の自殺を怖れていたわけではなく、好きになった女の子が自殺することを怖れていたのだと告白する。

 人のために何かをする。自分のことはとりあえず忘れて、他人の為に没頭することが、実は自分を癒やし、救うことになる、というのは真理だと私は思っているが、まさにそんなストーリー。
 自分の中の傷を持て余していたバークが、ランディーを手助けし、一人前になるのを見守り、ファンシイの心の傷を慰めるうちに、次第に強さを取り戻していくのだ。

 双子の姉妹であるファンシイとチャームもまた、近親相姦と虐待の犠牲者だった。父に支配され続けた双子は、それぞれの方法で、他人を支配することで世の中に復讐をしている。それを見定めたバークが選択した落とし前の付け方とは。

 今回は、コネティカットの白人上流社会での事件のためか、それに、ホームグラウンドを離れているためか、ある意味、大人の決着をつけるバークである。銃撃戦を闇に葬れる環境ではないので、そこは仕方がないことだろう。しかしそこにいたるラストの数十ページは、非常にスリリングで、読み応えがある。

 ヴァクスの著作は、ハードボイルド、であるとかノワールであるとか、エロであるとかの小説としての出来以外に、ヴァクスが明確に(ただし暗に)描き出したい児童虐待にまつわる、もしくは被虐待児の生涯にわたる影響に関わるテーマがあると感じる。そういう意味では、このストーリーの(隠れていない)テーマは「癒やし」だろう。人は、人と関わり、他人の為に無私になるとき、自分自身も癒やされる。自分の癒やしを望んで、自分の事ばかり考えていると、かえって病んでしまうのだ。チャームのように。ファンシイとチャームの決定的な差異もそこにあるような気がする。



2021年7月22日木曜日

0282 凶手(ハヤカワ・ミステリ文庫) 

書 名 「凶手」 
原 題 「shella」 1993年 
著 者 アンドリュー・ヴァクス 
翻訳者 佐々田 雅子 
出 版 早川書房 1998年4月 
初 読 2021年7月22日 
文 庫 333ページ
ISBN-10 4150796076 
ISBN-13 978-4150796075
 聞かれれば34歳と答えた。だが、本当の年齢は自分でも知らない。ゴースト、と呼ぶ連中がいて、ジョン、と呼ぶ人がいた。孤児院で育ち、教護院に入れられ、刑務所に行った。最後におつとめをしたのは、愛した女を守って変態の下衆を殺したから。
 最初の殺しは15歳のとき。年長の強い少年が、弱かったり年下だったりの少年達を支配している残酷な養護施設の中でのことだった。管理者の大人はなにもしなかった。あるとき、順番が自分に回ってきた。年長のボスの言うことを聞く代わりに寝ているところを殴り殺した。

 やがて、その行為が自分の生計になった。

 情緒や感情に乏しく、言葉数が極端に少ない。単に無口なのではなく、話すべきことを初めから自分の中に持っていない。それがどんなに無惨なことか、彼の言葉で“語られない”ことを通じて、物語全体で、ヴァクスは語っているように思う。
 ふつう、ハードボイルド小説でよく見られる主人公の一人称で感情表現を交えず抑えた筆致で描き出すのは一種の「スタイル」である。読者は、文字に書き起こされない主人公の感情や思考を行間に汲み取り、そうすることで、自分の中にヒーロー像を描きいっそう主人公への感情移入を強める一種の仕掛けとなる。そこに自分を投影し、自分のヒーローを自分の中に創りだし、彼らがじぶんの中を歩き回ることを楽しむことができる。だが、この主人公ジョンはそうではない。この男は、このようにしか考えられないからこのような文章になるし、こんなふうにしか感情が動かないからこのようにしか表現できない。その行間には汲み取るべき言葉は存在しない。そこにあるのは、虚無である。彼はおそらく被虐待児症候群の類型で、例えば、詳細に脳を調べれば前頭葉の情動を司る部位や、言語野にも萎縮が見られるのではないかと思う。善悪の観念も乏しい。獣が生き抜くために獲物を殺すように、必要に迫られれば人間を殺す。人間として生まれながら、人間としての様々な希望や喜びを享受できるようには育つことができなかった。人間を殺すその時に微かに動く、彼の心の残り滓が、彼が全き人間になることができなかったことの悲劇を示す。
 そのような彼が、渾身の努力によって追い求めたのが、彼と行動をともにしていた女性、シェラである。
 ジョンが刑務所に服役している間に行方がしれなくなった彼女を、ジョンは探し続ける。その過程で、彼女を探すことができると見做した男の依頼で、殺しをする。

 「いろんなことをしたんだ」「おまえを捜そうと思って、いろんなことをした」

 シェラを探すため引き受けた様々な成り行きをジョンはそんなふうに表現する。この拙い言葉が、読者にとってはどれほど雄弁なことか。
 ジョンは、自分がなぜシェラを探し続けるのか、自分ではその理由を言葉に置き換えることができない。
 そして、ついにシェラに再会したときに、シェラがその言葉を彼に教える。「愛している」と。
 ラストの「ジャケットをとりに行く。」と言う一文の意味が、彼にとっての希望を示すものであることを願う。



 蛇足ながら、巻末の解説には一言いいたい。「卑しき者どものブルース」???? いやそれは違うだろ、と。それでは、自分はヴァクスを理解しているのか、と問われればそれはおそらくできていないのだろうけど、ことの本質は「ハードボイルド」であるとか、「卑しい街に生きるしかなかった卑しい人間」の物語が持つ可能性、などというものではないだろう、と思うのだよな。ヴァクスが作品を通して取り組んでいる幼児虐待の告発についても、その受け止め方が浅薄でがっかりする。いかにヴァクスが取り組んでいることが理解されるのが難しいかの証左のような解説であるが、まあ、これは娯楽小説だから、人は読みたいように読めば良いのだろう。私も含めて。



2021年7月18日日曜日

0281 サクリファイス (ハヤカワ・ミステリ文庫) 

書 名 「サクリファイス」 
原 題 「Sacrifice(Burke Series Book 6)」 1991年 
著 者 アンドリュー・ヴァクス 
翻訳者 佐々田 雅子 
出 版 早川書房 1996年7月 
初 読 2021年7月17日 
文 庫 463ページ
ISBN-10 4150796068 
ISBN-13 978-4150796068
 この表紙の写真だけで、胸が痛む。

 バークはニューヨークの裏側の生活に戻っている。家族の甘い幻想はインディアナに置いてきた。
 ミシェルは性転換手術を受けるためにどこかに行っているが、どうも上手くいっていないようだ。

 2歳の幼児が滅多斬りにされて惨殺された。現場には、兄の9歳の男の子もいた。そして次に、その子が預けられた養育家庭の実子の乳児が絞殺される。2人の赤ん坊を殺したのは9歳のルークだった。ルークはカメラを恐れ、地下室を恐れて、別の人格が出現、長期にわたる心身の虐待と性的虐待が原因となる多重人格の症状を示していた。ルークに虐待を加えていた両親は行方をくらます。
 日頃から密接な協力体制にある児童虐待対策の専門部門(特殊被害対策事務局)を率いる検事のウルフと、児童保護のプロフェッショナルであるソーシャルワーカーのリリイはルークの扱いを巡って対立。リリイはルークを秘匿するとともに、バークにウルフとの仲介を頼み込む。リリイからの頼みを受け、バークはウルフのもとに出向く。

 さて、バークは、何歳くらいなんだろうな?と考える。40代後半って処だろうか。細かい字で書かれた報告書を読むのに、書類を持つ手を伸ばす。もう少しで眼鏡が、、、などと考えたりしている。彼の心の中には虐待され、疎外された子供がずっと居座っているので、傍から見ると年齢不詳なのだが、今回初登場のクラレンスが「息子」ポジションに収まりそうな展開になってくる。

 ブードゥーの巫女はバークの動機の曇りの無さを見定めて、助言を与える。

———「ほんとうにわかりますか あなたは自分が赤ん坊の霊だということがわかりますか? 歩き回る霊だと言うことか」p.295 

 ———「あなたはそれを担っているのです。逃れることはできないでしょう。死ぬまでは。でも、恐れることはありません。悲しみを宝とするのです。この世にあなたの幸せはないでしょう。ですが、あなたの霊は戻ってきます。新しく、きれいになって」
「憎しみなしにですか?」 
「憎しみはあなたの霊の役目です。あなたの真の道は正しく憎むことなのです。霊を損なわないよう気をつけなさい———魂を危険にさらさないように」p.429

 ルークの両親を法で裁くのが困難なことがわかり、バークは彼らの始末を暗黙のうちにウルフから引き継ぐ。武器商人のジャックから銃器を調達し、バークはファミリーたちと彼らの潜伏先に奇襲をかける。しかし、バークはそこで取り返しのつかないミスをしてしまう。

 敵の地下室に連れ込まれていた子どもを、巻き添えで殺してしまったことで、バークは自分の魂も殺しかける。ファミリーの誰にもそのことを告げなかったが、ルークを見た瞬間に悲鳴を上げた。

 ここから、バークは自分の意志に関係なく世の中から背負わされたものだけでなく、自分の責任により負ったものも背負って歩きださなければならなくなるのだ。バークシリーズの一つのターニングポイントである。本当は、このシリーズはここで終了となるはずだったらしい。シリーズがこの後も続いて良かった。このままではあまりにもバークに救いがないので。ここからのバークの回復をこの目で確認したいと思う。


 ———俺は今、この世にいる。自分の霊が歩き出すのを待っているのだ。


 

2021年7月11日日曜日

0280 ブロッサム (ハヤカワ・ミステリ文庫)

書 名 「ブロッサム」 
原 題 「Blossom(Burke Series Book 5)」 1990年
著 者 アンドリュー・ヴァクス 
翻訳者 佐々田 雅子  
出 版 早川書房 1996年1月
初 読 2021年7月11日 
文 庫 439ページ 
ISBN-10 415079605X
ISBN-13 978-4150796051
おれは悲しい生まれだ————思い出すのはそればかりだ。だが、悲しみがおれの友だちだったことはない。必要なときでさえ、あの恐怖の電気ショックのように内部に食い込んでくるということはなかった。そいつはいつも存在しているだけだった。おれの魂に低く垂れ込めた霧のようなものだった。おれはよく自分の奥深くにもぐり込んだ。生きていく場所の中で、そこはおれが知っている唯一安全な場所だった。誰にも見えないところまで深くもぐり込んだ。だが、悲しみはやわらかすぎてちぎれない灰色の蔓を伸ばし、割れ目の間を進んできた。・・・・・・・


おれには小さな男の子が見えた。目には涙をいっぱいにため、ビンタを食った顔を赤く腫らして、自分のベッドからじりじり後ずさりしていく男の子が。3人の体のでかい少年がそちらに詰めよっていく。げらげら笑いながら、ゆっくり時間をかけて。
——————翼が折れたカモメをとり囲んでなぶる、3台の車。バークの記憶が揺すぶられる。


おれはチキンとダンプリングを食い、ジンジャーエールを飲みながら、一家の愛情あふれる会話に耳を傾けた。ふっと不思議な気がした・・・・・ここにいる自分の存在が。

 刑務所の「兄弟」ヴァージルの家に迎えられ、一家の団らんを眺めながら。
 バークとヴァージルはムショの仲間だが、子供の頃から犯罪を犯さずには生きることができなかったたたき上げの犯罪者であるバークとは違い、ヴァージルは愛する女を守るために殺人罪を犯し(引き受け?)、守ったその女はヴァージルを待ち続け、出所後には定職も家も所帯も持って2人の子供を育てている市民だ。そんなヴァージルの家で、居心地が悪いわけではないが、ふと、そこに自分が紛れ込んでいることに不思議な気分になるバーク。異世界を垣間見るような心もちだろうか。

 インディアナ州で起きた連続アベック銃撃事件。バークのムショ仲間だったヴァージルの義理の従兄弟の少年に容疑がかかる。兄弟のために真犯人探しに乗り出すバークは、犯人像として幼少時の被虐体験が原因で人格が歪み、殺人行為(射殺すること)が性欲の引き金となる孤独な青年像を想起する。かつての被害者が今は連続殺人鬼となっている。しかしバークはそんな犯人に治療と更生の道を用意してやるわけではない。とうの昔に一線を超えてしまった人間には、それなりのケリの付け方しかない。バークにそれを出来るのは、バークが同じ側のサバイバーだからである。だがしかし、ケリをつけたのはバーク自身ではなかったのだが。

 バークは殺伐としたニューヨークを離れ、インディアナのヴァージルの住む街で身分を偽装しつつ慎重に行動する。そのためか、これまでの作と比べ、人間関係もバークの行動も落ち着いて見える。ヒロインのブロッサムもこれまでの女性キャラの中では一番の高学歴(医学部出たての小児科医の卵)で、ある意味で育ちが良くて物怖じしない女性。かといってバークとまったく価値観がかすりもしないほどの良家の子女ではない。実は売春宿の娘なのだが、しっかりした母と、姉妹や店の女達に可愛がられて真っ直ぐ育っている。)
 努力が実ったり、苦労が報われたりする当たり前の表の社会と地続きではあるが、その遥か下層に、子供が虐待され、食いものにされる世界があるのだとバークがブロッサムに教える。無論、妹が殺された彼女もそのことは知っているし、小児科医としてこれから生きていけば、いやでもそういった世界に関わっていくことになるはずだ。

 ブロッサムが小児科医という身分を生かして、地域の児童保護の仕組みを調べてくる。
「いい、こういう仕組みになっているのよ、バーク。まず、800と言う番号が決められているの。これは州全体に共通の番号。みんながこの番号に電話するようになっているわけ。ソーシャルワーカー、救急センターの看護婦、学校の先生、隣近所の人、みんながね。電話はインディアナポリスに通じているの。そこの登録センターに。それから、また地元の出先に折り返し電話が行くの。それを受けた出先では人を出して調査させ、その調査員は報告書を作るの。事実か、そうでないのか。いずれにしても、その報告はインディアナポリスに送られて、すべてのコンピューターに入力されるっていうわけよ」—————1990年代のインディアナ州の虐待通報の仕組み。ちなみに日本でこのシステムに近いものが導入されたのは、2010年代。5、6年前からです。番号は「189」(イチハヤク)全国共通覚えておいてください。

 「あまりにも多すぎるんだ………あまりにも多すぎる。(中略)報告書がひどい目にあわされた赤ん坊でいっぱいだ。焼かれたり、打ちのめされたり、不具にされたり。性的虐待も受けている。しかも、このファイルの一件一件すべてが、子供を家に返してケリをつけてるんだ。元どおり万事オーケイってわけだ。」
 バークのセリフが苦渋に満ちている。子供を守ろうとする試みはいつも後手で、ほとんど救いがない。壊れた卵は元には戻らないのに、壊されてからでないと何が起こったのかはわからない。そして打てる手は少ない。いつまでも子供を隔離し続けることはできないから、まだマシな親や親族がいる場合にはそこに返して再構築を試みることになる。子供を返す側も上手くいくはずがないと知っている場合もあるだろう。
 ブロッサムが持っていた薬を正確に言い当てるバーク。ソラジン。もちろん日本で市販されているアセトアミノフェン主成分の鎮痛剤ではない。クロルプロマジンという抗精神薬で、日本で販売されているコントミンと同じもの。メジャートランキライザーである。知っている理由として「俺は教護院にいたんだ」と説明するバーク。落ち着かなかったり、他害傾向が強かったり、反抗的な子供に対して投与されてたんだろう。孤児院、里親、精神病院、教護院、少年院、刑務所。バークの居場所だったところである。そうなった理由は、まともな境遇に生まれることができなかったからである。「州に育てられた」というバークの過去はどこまでも悲しい。

 バークが助けたカモメは、折れた翼も癒えて海に帰っていく。
 バークもまた、自分が生きる場所に帰る。どんなに過酷な場所であろうともファミリーがいてホームグラウンドと呼べる場所がある。


2021年7月3日土曜日

0279 ハード・キャンディ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

書 名 「ハード・キャンディ」 
原 題 「Hard Candy(Burke Series Book 4) 」 1989年
著 者 アンドリュー・ヴァクス 
翻訳者 佐々田 雅子  
出 版 早川書房 1995年10月
初 読 2021年7月4日 
文 庫 418ページ 
ISBN-10 4150796041
ISBN-13 978-4150796044
 シリーズ4冊目に至って、にわかに筆致が滑らかになったように感じる。ブルー・ベルの直後からストーリーは始まる。

 ベルを失って、魂が未だ彷徨っているバーク。何回も死のうと思ったが、仲間が彼を見守った。刑事との密約を破って少女売春婦の誘拐殺人犯3人を殺害し、警察に手柄を譲らなかったバークは、殺人犯として目を付けられていたためニューヨークの裏町に潜行している。自然、気持ちも鬱々としている。一方でベルの恨みを晴らすため、というよりはむしろ自分の気持ちを晴らすため、ベルの実父を誘い出して殺す。
 シリーズ最初から思っていたのだけど、彼「私立探偵」なんだろうか? 日本語タイトルの「アウトロー探偵バーク」ってどうなの? 本人は自分のことを「請負人」だと名乗っているが、家出捜索人、とか、よろず仕事人、とか闇の始末屋のほうがぴったりくる。むろん、小口の商い?で小金を稼ぐ詐欺師でもある。

 前作でバークに一方的に守られた形となった音なしマックスは、武人としてのプライドや、バークの役に立てなかったこと、バークが失ったものが大きかったことなどがわだかまったようで、なかなか気持ちの収まりがつかないが、ママやイマキュラータの取りなしや、バークがマックスと行動を共にしたことでようやっと、バークと仲直りできた模様だ。
 そのマックスの妻、イマキュラータの
 「あれは自尊心の問題だったんじゃない?例の男がマックスに挑戦をうけさせるというただそれだけの目的で、うちの赤ちゃんを殺したかもしれないなんて、ちょっと信じられないもの」
 という発言は(私的には)何気に許し難い。
 バークは、こういうときに心が冷えるが、怒ったりはしない。怒るほど、他人に期待も依存もしていないということなのだろう。

 とにかく、無気力で内向的になっているバークだが、ちょくちょくフラッドのことも思い出し、ひょっとしたら戻ってきてくれるか、と心が揺らぎもする。それでも、フラッドを迎えに行こう、というマックスの誘いにその気になるほどの気持ちは湧かない。そんなときに、10代の荒れていたころの不良仲間の“キャンディ”から電話が入る。
 キャンディはいわゆる高級娼婦となっていて、16歳になる一人娘のエルヴァイラを育てていた。そのエルヴァイラが家出して、某新興宗教のアジトに入り込んでいるので、娘を連れ戻してほしいとキャンディはバークに依頼する。何不自由無く育てられたと思いきや、エルヴァイラはキャンディによって、幼女売春の手駒にされていたらしい。エルヴァイラは心を病んでいる。教祖に心酔する娘が語る主張が、本当にいるタイプでリアルだ。

 そこに、旧知の殺し屋ウェズリイが登場。事態が混迷してくる。
 前作『ブルー・ベル』で愛したベルを犠牲にすることになった『殺し』の相手が、実はウェズリイがマフィアから依頼を受けた標的であり、バークがモーテイと一緒に葬った男のひとりはモーテイの監視につけられていたマフィアの一員だったときて、バークはにわかに困った立場に置かれてしまう。ウェズリイの仕事の邪魔をした上に、マフィアの一員を手にかけており、おまけにモーテイを放っておけば間違いなくウェズリイに殺されていたはずで、ベルが巻き込まれて死ぬ必要はなかった。ベルの死がまったくの無駄死にだったと知り、さらにバークの気持ちは惑う。

 自分の痛みや苦しみに折り合いを付けて、なんとか生きて行くことを模索していくバークの内面と、バークがこうありたかった氷のような生き方を体現しているウェズリイが、実のところバークに対しては兄貴分のように振る舞っているのが、なんだろう、切ないというにはセンチメンタルに過ぎるが、胸苦しい。
 こう読んでいて、私はヴァクスがストーリーに込めたメッセージや意味をきちんと読んで汲み取れているのかな?  一体、アメリカという国は、ニューヨークという都会は、ここまで酷いのだろうか? この話が1989年頃。最近では、スラムも再開発されたり、街並みも小奇麗になって、だいぶ安全に、、、、という話は聞くが、この話に描かれるような暗黒面は、どうなんだろう。 

おれは小さな 女の子のようなベルの声を聞いた。「あたしを救ってよ」 ベルは頼む男をまちがってしまったのだ。 

おれはひびの入った卵の殻をささえるように、頭の両側に指を押しあてた。愛した女を悼んで、パンジイみたいに思いきり吠えてみたかった。おれひとりで。だが、声は出なかった。

おれは自分の内部に震えが走るのを感じた。だが、今度はいつものやつではなかった。恐怖とはちがう。おれは恐れてはいなかった。ただ、泣きだしたいほど悲しかった。憎むほどのものは何も残っていなかった。 

ベルの死を受け止めきれないバークの痛みが憐れだ。

「子どもか・・・・・・どこがどうちがうっていうんだ。バーク?」冷酷無比な殺し屋ウェズリイがバークに問う。
 ちがう、と昔は思った。おれは孤児院で、里子にだされた家で、少年院で、神に祈った。誰かがきてくれますように。ファミリイになってくれますように。ファミリイは塀の中で見つかった。その後、別の神に祈った。忘れられないベル。あたしを救って、とベルはいった。ああ。最初の神はおれに見向きもしなかった。二番目の神ははっきり姿が見えるほどちかくまで寄ってはきた。「べつにちがいはない」おれはそう答えた。 

ライ麦パンのトースト、クリームチーズ、パイナップルジュース。そんな朝飯を続けている。おれはひとりで食べるのが好きだ。自分流に。刑務所じゃ、それが最悪だった。

「おれはあんたの気を悪くさせるつもりはない。あんたに逆らうつもりはない。ただ好きなようにしていたいってだけなんだ。シャバでも、ムショでも、どこにいようと。ただ、好きなようにしていたい。放っておいてもらいたいんだ」 

バークが生きて行くために求め続けていたささやかなもの。ファミリーという特別な存在と、ほんの少しの尊厳。

   怪物ヴェズリイがいう。「どうしようもないやつらがいるもんだ、バーク。だが、おまえは盗人なんだ―――早く本職に戻るんだな」 合わせ鏡のようなバークとウェズリイ。バークはウェズリイのようになりたかった。だが、人間は結局自分以外の人間にはなれないもの。バークの弱みや甘さは彼自身である証拠、そして一方のウェズリイの方も、きっとバークになりたかったのだろうな、と思う。ウェズリイはうんざりして去ることにし、手紙を置き土産にする。バークの殺しのいくつかについて、自分の殺しだと告白して。 そして、キャンディ。これまでに登場した中では最悪な悪女だった。ハードなキャンディを自認するが、それゆえに。粉々に砕かれるのだろう。

2021年6月26日土曜日

0278 ブルー・ベル (ハヤカワ・ミステリ文庫)

書 名 「ブルー・ベル」 
原 題 「Blue Belle (Burke Series Book 3) 」 1988年
著 者 アンドリュー・ヴァクス 
翻訳者 佐々田 雅子  
出 版 早川書房 1995年4月
初 読 2021年6月25日 
文 庫 581ページ 
ISBN-10 4150796033 
ISBN-13 978-4150796037 

 性愛も情愛も純愛も一緒くたになって、ベルからバークに流れ込んでいく。お願いだからベル、そんな風にバークを愛さないで。彼が彼女を失って傷つくのを見る予感が辛い。

 始めから悲劇的な結末しか見えない、男と女の出会いである。間違っても美人ではない大女のストリッパーのベル。彼女は近親相姦の結果の子で、外目には見えにくい遺伝の傷が沢山ある。ベルはそれを知っていて、子供は産まない、と決めて不妊手術を受け、一人で生きていくことを決めた。でも一人では寂しくて、愛を与えることができる男を捜し求めている。
 一方のバークは、細かい経緯は明かされていないが孤児院で育ち、職業里親や少年院を渡り歩き、17歳になってからは殺人未遂で成人の刑務所に収容され、学校ではなく刑務所で、アウトローとして生き延びる術を学んできた前科27犯である。
 彼自身が児童虐待、そしておそらくは幼児性愛の被害者で、それ故に子供を食い物にする犯罪者を激しく憎み、抹殺することも辞さない。そして、彼もまた自分が子供の親になることを拒絶し、すでに自身に不妊の処置を施していることが、この話のなかで明かに。
 決して治癒することも、完成することもない孤独な人生を抱えた二人が、少女売春婦を標的にした事件の依頼を契機に出会うのだ。

 バークは詐欺で小金を稼ぎ、裏町の弱者から依頼をされれば探偵のまねごとも始末屋も請け負う裏稼業。短軀の黒人、廃品置き場の科学者、聾唖の武人、女装の麗人、中国人の商店主で街の顔役のママ、児童売春の元男娼だった少年、そして巨大なナポリタン・マスチフの雌犬パンジイが彼、バークの家族である。本当の家族より強い絆で結ばれ、本当なら親の愛でうまるはずの場所に友情を注ぎ込んで、それでも埋めきれない寂しさも引っくるめて抱えながら強烈な意志で生き抜くサバイバー。
 そんな彼が、街に立つ娼婦を標的に殺戮を繰り返す謎のヴァンを追う。狙われていたのは、路上の少女売春婦達である。一方で、そこに絡んでくる殺人武闘家が、赤ん坊を授かったばかりの聾唖の武人マックスを付け狙う。マックスは挑戦を知れば武闘家として受けて立つに決まっているが、赤ん坊とその家族を守ること以外の選択肢を持たないバークは、マックスを危険から遠ざける。

 バークのひりひりする生き様から目が離せないピカレスクであるとともに、バークの欠けた部分にベルの無私の情愛がしみこんでいくリリシズムがないまぜになって、全編にわたる二人の情交が深まるほどに、来たるべき破局のエネルギーが高まっていく。一気読みしたいのに、緊張感が高まりすぎて、とてもじゃないがそんなこと出来ない。

 ラストの、ベルを抱きしめたまま地面に横たわるバークの悲嘆が苦しい。

2018年8月21日火曜日

0137 赤毛のストレーガ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

書 名 「赤毛のストレーガ」 
原 題 「Strega」 1987年 
著 者 アンドリュー・ヴァクス 
翻訳者 佐々田 雅子 
出 版 早川書房 1995年1月 
初 読 2018/08/21 

  今回は性被害に遭った少年を助ける為にバークが奔走する。だけど、隠れた(いや、隠れてないかも)テーマは、幼少時の性虐待がどれだけその子ども(いずれは大人になる)の人格形成に酷い影響を残すか、という例をストレーガの姿を通して示すこと、かもしれない。
 異性関係を支配/被支配でしか捉えられず、自分の肉体を投げ出す事で相手を支配しようとする行動パターン。
 自分の価値をセックスにしか見いだせない。
 他人と信頼や愛情を交わすことができない。
 人間としての成熟を阻害され、幼児性が顕在化している一方で、虐げられたこと、助けてもらえなかった事への怒りがいつも自分の中に渦巻いている。

 ストレーガの存在がとても重い。でもふとした瞬間に癒される事もあるのが人間の不思議でもある。男の子を守って癒した事、信頼に値する人間に出会った事がストレーガの癒しになるといいと願う。そして一服の清涼剤のようなミシェルの存在が素晴らしい。あんな女になれたら良いのに。

2018年8月12日日曜日

0136 フラッド (ハヤカワ・ミステリ文庫)

書 名 「フラッド」 
原 題 「Flood」 1985年 
著 者 アンドリュー・ヴァクス 
翻訳者 佐々田 雅子 
出 版 早川書房 1994年9月 
初 読 2018/08/12 

 シリーズ1冊目は、主人公バークや彼の仲間の微に入り細を穿つ描写が結構なボリューム。
 ニューヨーク最底辺の特異な連中が、自分の生きる隙間を守る為に蠢いている様が、時にリアルに時にはファンタジーのように語られる。
 書き込みが過ぎてかえってリアリティーが薄れているきらいもあるが、これだけ徹底してディティールを書き込まなくては「フィクション」にできなかったのだろう、と思う。

 ヴァクスは児童虐待専門の法律家で、その実態を世間に知らしめるためにフィクションの体裁で書いた。現実はもっと凄惨だろう。

 それはさておき、フィクションであるからには、バークとその仲間達がとても魅力的である。
 バークは強いのだか弱いのだかよく分からないが、自分なりのルールと矜持に従って、サヴァイバー特有の、危険を察知する独特の感性を頼りにニューヨークの底辺を泳いでいる。聾唖の武道の達人、短軀の黒人の自称「予言者」、知的な美人の男娼、そして『性交園』というとんでもない名前の中華料理屋を営む「ママ」。
 最後の作戦が愉快。あれをラストの仕上げに持ってくることで、「殺し」はバークの本来の仕事じゃないって示してるのかな、とちょっと思った。