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2026年1月31日土曜日

0577 再生 Kindle版

書 名 「再生」
著 者 野原 耳子   
出 版 電書バト 2024年7月
Kindle 337ページ
初 読 2026年1月28日
ASIN B0CZQRDXZB
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/133068952   

 基本、書誌データは紙本で登録することにしているのだが、これは電書オンリー。紙本はない。(ちょっと残念)
 ソープで女の子に交じって体を売っている喜一(きぃ)。自分で幸せを捨ててきた、という喜一。だけど真実は・・・・。これBLなのか。むしろ文芸書?文学? とにかくリリカル。心情描写の一つ一つがリリシズムに溢れてる。きぃちゃんは、どこか壊れている。きぃちゃんの体の中から、割れたガラスが軋むような音が聞こえてきそうだ。やっと保っている喜一の輪郭が、ガラスが砕けるように崩れるのではないかと、読んでる間中ずっと心配だった。

 幸せが砕け散ったあとに残った一人は、どうやったら生きていくことができるのだろう。男に体を売ることで、緩慢に死ぬようにやっと生きている喜一の崩れかけた意識が、友人のれっちゃんが受けた暴力をきっかけに一瞬ピントが合う。その瞬間に溢れでる歯止めがきかない加虐性の描写もすごい。喜一の心が幸せと不安と不幸の間をせわしなく行きかう様が丁寧に鮮明に言語化されていて心に響く。
 主人公の名前が「きぃ」なのも凄い。他の呼び名なんて、考えられない。一郎でも太一でも裕太でも(なんでもいいんだけど)なくて、「喜一(きいち)」で「きぃ」なのだ。
 ヤクザの真砂さんや、ソープの店長の田中さんが「きぃ」と呼ぶ。それだけで優しさが滲む。きぃの周りの人がみんなやさしい。そのやさしさの中で、きぃが自分を取り戻したとしても、きぃの壊れたコップの心はやっぱり傷だらけのまま。“金継ぎ”のようにより美しく、強くはならないけど、傷ついても、完全には元には戻れなくても、痛みを抱えたままでも、人は生きて行くことができるし、幸せを感じることすらできる、そんなメッセージを感じる。

 なんだかすごいものを読んだ。先日、『俺の妹は悪女だったらしい』を読んで、野原耳子さんという作家を知り、これは掘り出し物かも?と思って野原耳子さんの他の作品を探してみたのだ。そしたらコレよ。なんか、すごい。今時のデジタル時代の(という言い方が既に古いけど)文学の裾野の広さを感じる。

2022年5月5日木曜日

0343 ムーン・リヴァー (角川文庫)

書   名 「ムーン・リヴァー」 2009年
著   者 栗本 薫    
出   版 角川書店 2017年12月(文庫版)
文   庫 464ページ
初   読 2022年5月4日
ISBN-10 4041061474
ISBN-13 978-4041061473

 栗本薫を読んでいたのは主に中学生の頃で、ご多分に漏れず『グイン・サーガ』『魔界水滸伝』『ぼくらシリーズ』などが中心だったが、『翼あるもの』を読んだのも多分中1か中2の時。
 今にして思えばあの年齢であの本ってどうよ、と思わないでもないが、『風と木の歌』だって読むとなったらあの年齢だろうし、近代以前であればその年なら婚姻していてもおかしくないわけだから、実際それほどでもないのかも、と思ったり。そういえば源氏物語(円地文子訳)を全巻読んだのも中1だったよな、とか、そういえばあの頃は一日1冊文庫が読めていたよな、とか、友人たちと回し書きで小説書いていたよな、とか、友人が書いたロマンポルノをみんなで回し読んでたよな、など、ヘンなことも含めて、いろいろと懐かしく思い出した。

 それにしても、凄いものを読んでしまった。
 人間の中にどれほどの愛と欲があるのか。これほどの苦痛に耐えて人は人を愛せるのか。これを読んだ衝撃が上手く表現できない。透の存在が綺麗過ぎて、息が詰まる。

 『翼あるもの』での島津と透の出会いから、どれほどの愛憎の物語を経て、この本の二人に到ったのか。
 透は島津への深い信頼と愛情に支えられて日々を送りながら、巽を殺害した罪で服役中の良の出所を待っている。透にとっては、島津への愛も、良を愛することも、これまでまったく矛盾してこなかったようだ。透にとっては、島津は全面的に信頼し、自分の全存在を受け入れ、愛してくれている『他者』、そして良は、まさに片羽、自分自身にも等しい存在なのかもしれない。

 透がその名の通り透きとおっている、というか、憑きものが落ちたように浮世離れしていて、人でないもののように美しい。『翼あるもの』の頃の、苦悩に満ち満ちていたころからすると、堅くみにくい鱗の外皮を脱ぎ捨てて、赤子のような清純な柔らかさに満ちている。
 自分の死期を自覚した島津は、その透への深い愛情に肉欲が伴っていることをついに認めた。島津も今西良も、どちらも愛している、と言ってはばからない透に対して、島津は嫉妬を剥き出しにし、生涯の終わりに、一生で最初で最後の、血みどろの凄惨な情愛を透に向ける。

 そして、透は、どれほどの苦痛を受けてなお、島津を慈しむ。

 そして、透を嬲り殺そうとしながらも殺しきれなかった島津は、自分の死後のあれこれを整え、自分の人生を自分の意志で全うする。



 森田透とは、希有な存在だ。
 自分を投げ与えるようにしてしか、他人と関わることのできなかったかつての透の人生で、苦しみは苦しみのままに、悲しみは悲しみのままに、暴力は暴力のままに、愛は愛のままに、自分の中に受け止めている。若い未熟なころは、それぞれの鮮烈で苦しい感情を、嫉妬とか憎悪とか、恨みで濁らせていたが、長い彷徨の末に、自分の半身とも言える今西良との再会を果たした頃には、透は、自分の苦しみをありのままに受け入れ、自分に関わる人々には惜しみなく愛を与える人間になっていた。こうなるまでに、いかに苦しい道を歩んできたか。40歳近くなった今、巽殺害の罪を償うために服役している良を待ちながら、透の存在はあり得ないほどに清らかで美しいものとなっている。
 透の生き様がどれほど稀少なものか、島津は気付き、それを愛し、手の内に守るようにして暮らしてきたのに、死は二人を分かったのだ。

 憎愛、妄執、死への恐怖に根ざす凶暴性。生の限界が目前にあるからこそ解き放たれた肉欲。その描写はただごとではないのだが、何よりも島津を失ったあとの、透の絶望的な孤独に、そして、それでも生きて行くことを、受け入れた透のこれから、に、読後もしばしとりつかれるような気持ちがする。

2022年2月1日火曜日

0321 スリープウォーカー:マンチェスター市警 エイダン・ウエィツ (新潮文庫)

書 名 「スリープウォーカー:マンチェスター市警 エイダン・ウェイツ」 
原 題 「THE SLEEPWALKER」2019年
著 者 ジョセフ・ノックス
翻訳者 池田 真紀子
出 版 新潮社  2021年8月
単行本 640ページ
初 読 2022年2月1日
ISBN-10 4102401539
ISBN-13 978-4102401538
読書メーター

 さあ、この帯の煽りが正しいかどうか、確かめる時がやってきましたよ。・・・・・でも、「笑う死体」を読んだ後となっては、すでに確信している。この本は、帯の煽りを超えてくるに違いない!

 今作でも、エイダンには四方八方から不運と悲運が押し寄せてくる。
 同僚が犠牲になった事件。
 その捜査を強要する非道な上司。
 事件の真の標的は自分かもしれない、という不安。
 悲惨な事件。護られなかった被害者。
 身勝手な人間たち。
 自分を監視し、行動を縛る謎の存在。
 突然寄せられた、生き別れの母の情報。
 そして、腐れ縁、ゼイン・カーヴァー。

 ラストはもう、ずるいよ。ここまでエイダンの一人称で語ってきたくせに、ラスト一章だけが三人称だなんて思えないよ。憑きものが墜ちたみたいなサティとバディを組むナオミ、そして愛すべき“妹”の結晶みたいなアン。それゆえに、エイダンの不在が切なすぎる。
 エイダン。生きているよね?キミは生きているよね??と、繰り返さずにはいられないラストだ。パスポートと大金とドストエフスキーを持って逃げて、顎を治して整形でもなんでもして、世界のどこかで生きていてほしい。こんな奴が幸せにならないなんてダメだ。いや、幸せにならなくてもいい。平穏を知ってほしい。アンがとてつもなく可愛く思えるのは、エイダンの目を通して見ているから。エイダンのその素朴で真摯な愛情が愛おしい。エイダンが守ろうとしたものが、ちゃんと護られてほしい。あととりあえずパーズは氏ね。

 後書きによれば、続編の企画もあるらしいし、映画化の話もあるのか?しかし、なまじ映像的で印象的な小説なだけに、映像化にはあまり興味が湧かない。

 むしろ、続編でもう一度、エイダンに逢いたい。お願い。生きていて。 あと、とりあえずパーズは氏ね。


2022年1月22日土曜日

0318 笑う死体:マンチェスター市警 エイダン・ウエィツ (新潮文庫)

書 名 「笑う死体:マンチェスター市警 エイダン・ウエィツ」 
原 題 「THE SMILING MAN」2018年
著 者 ジョセフ・ノックス
翻訳者 池田 真紀子
出 版 新潮社  2020年8月
文 庫 656ページ
初 読 2022年1月22日
ISBN-10 4102401520
ISBN-13 978-4102401521
 前作からなんとか首の皮一枚つながって、そりの合わない嫌み悪臭まみれの鼻つまみ者の警部補サティとバディを組んで夜勤専属の刑事として現場に戻ったエイダン。
 嫌われ者のサティにあからさまに嫌われ、いいようにこき使われているが、夜の街を見つめるエイダンの視線はどこかやさしい。
 営業を停止しているホテルからの通報で現場に向かうと、巡回中に殴り倒された警備員、逃げていく不信な人影、そして不可思議な死体。
 笑っているように顔の筋肉を硬直させて死んでいる男を巡り捜査は二転三転し、同時進行で有名テレビコメンテーターによる女子学生へのリベンジ・ポルノ、エイダン自身を標的とした殺人計画、不審な無言電話と監視者の影・・・・・と、息つく暇もなく、緻密に絡みあうストーリーは本格ミステリーとしても秀逸だと思うが、なによりもエイダンの造形がたまらなく良い。
 虐待され、犯罪に利用され、殺人や悲惨な情景を目撃しつづけた幼少時の記憶を追い散らすために麻薬に耽溺した過去、虐待から意識を逃避させるために身についた解離や認知のゆがみも自分自身の属性として受け入れながら、ただ生き延びるために生きているエイダンが、街で出会う人々に向ける思いに胸がいたむ。

 俺は妹に日に数度は合っている。オクスフォード・ロードには若い女性がひしめいている。妹と同じ巻き毛と真剣な表情をした娘もいる。二十年以上前、妹のアニーが浮かべていたのと同じ真剣そのものの顔。あのなかの一人が妹だったとしてもおかしくない。だから俺は、彼女たち一人ひとりを愛おしく思う。おしゃれに装っていれば、俺も背筋が伸びる。大事な仕事に向かうところなら、誇らしくなる。幸せそうな様子をしていれば、恋人と並んで街を歩いていれば、うれしくなる。(中略)これまで生きてくるあいだに俺は少なからぬものを失ったが、妹と離ればなれで生きてきたがために、それだけのものを手に入れた。行きずりの人を見て一日に二十回も笑みをうかべる人生。

 これが、エイダンという人間だ。

 もうひとり、嫌われ者のサティも、だたのイヤな奴ではない。 むろんイヤな奴には違いないのだが、破滅型で回りにとばっちりをまき散らしかねないエイダンをあえて引き受けているような、複雑な奥の深さがある。

 幸せでなくても、報われることがなくても、自分が死んだりましてや殺されたりする理由にはならないし、死なない以上、どんなにそれが困難でも生きていかなければならない。あまりにも薄幸だが、内面に火花のような生命力を秘めたエイダンの存在そのものが、この物語である。

   

2022年1月16日日曜日

0317 堕落刑事 :マンチェスター市警 エイダン・ウエィツ (新潮文庫)

書 名 「堕落刑事 :マンチェスター市警 エイダン・ウエィツ」 
原 題 「SIRENS」2017年
著 者 ジョセフ・ノックス
翻訳者 池田 真紀子
出 版 新潮社  2019年8月
文 庫 618ページ
初 読 2022年1月16日
ISBN-10 4102401512
ISBN-13 978-4102401514
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/103806351   
 タイトルの「堕落刑事」はややミスリード気味で煽りが強いかな。このタイトルと、“―押収品のドラッグをくすねて停職になった刑事エイダン・ウェイツ。”という謳い文句に騙されて、長いこと興味が湧かずに手を出さなかったのは事実だ。しかし、読み友さんのレビューはなかなかに興味を引く。ついでに3作目の『スリープウォーカー』の帯の惹句があまりにもあんまり(笑)なので、まとめて読むことにした。
 
 ちなみにその3冊目の帯はこれ ↓
 まあ、この惹句が正しいかどうかは、3作目をよんで判断するとして、そのためにもまずはこの一作目を読まなくてはならない。
 というわけで読んでみた。

 
 で、まず、冒頭の感想。
 タイトルがミスリード、と思ったのは最初に書いたとおり。これは多分損してるよな。堕落刑事どころかエイダン・ウェイツ、なんというか真っ直ぐで不器用だけど、ちょいと破滅型だけど、いい奴じゃないか。ただ、損な生まれつきの人間は一生損をする見本のような、負け犬人生を素で歩んでいそうではある。
 同僚の卑小な不正を見逃せず、さりとて真っ向から抵抗もできず、自分にできるささやかな証拠隠滅を図ろうとしたら速攻でバレて、証拠品横領の泥で頭のてっぺんからつま先まで真っ黒にされてしまう。おまけにマスコミに都合良くリークもされて、もはや隠れるところなき「汚職警官」の一丁上がり。そして、崖っぷちに立たされて、都合良く麻薬密売組織への潜入捜査員に仕立て上げられるわけだ。

 だがこの話、さすがはイギリスの小説というべきか、アメリカ・ミステリにはない深みがある。明確な善悪でくくれない登場人物たち。悪の親玉までが良いヤツに思えてくるのが不思議で、だれもだれもが不思議な魅力を湛えている。全部が自分は悪くない、と心底では思っている節がある。そして、エイダンはこれでもかと殴られ、殴られ、階段から落とされ、ボロボロ。とにかく哀れなのである。
 そこまでボロボロでも、それぞれが大なり小なり清濁合わせ呑むところが、さすがの英国風だと感じるゆえんだ。この世の中は、国家のありようそのものが若気の至りなアメリカ人が考えるほどには単純ではない。小説世界もまた然り。母親に捨てられてて、幼い妹と施設に入れられたエイダンが、せめて妹だけでも良い里親に引き取られるように、と願う。妹を手放したときから、妹にイメージが重なる若い女性を守ることが、彼の生き方を決めている。最後のキャスとの別れが妹との別れと重なって、無性に切ない。
 
 いやこれ、面白かったです。珍しくも1日で読み切ってしまう、というリーダビリティは翻訳者の池田真紀子氏の手腕でもあろう。当然、後2冊も読む。
 エイダンにほんのちょっとは幸いあらんことを祈りつつ。

 ちなみに、このエイダンもバークと同じ孤児院育ちだが、同じく「児童養護施設」とはいえ、二人の仕上がりにはずいぶんな差がある。これも英国と米国の懐の深さというか歴史の違いなのだろうか。

2021年11月28日日曜日

0309 11月に去りし者 (ハーパーBOOKS)

書 名 「11月に去りし者」 
原 題 「NOVEMBER ROAD」2018年
著 者 ルー・バーニー 
翻訳者 加賀山 卓朗 
出 版 ハーパーコリンズ・ジャパン 2019年9月 
文 庫 456ページ 
初 読 2021年11月22日 
読書メーター    
ISBN-10 4596541221 
ISBN-13 978-4596541222 
 1963年11月。裏路地の薄汚いバーや、安っぽいガウンからおっぱいをぽろりと出している娼婦まで、街全体がジャズのスウィングに身を委ねているニューオーリンズ。熱い湿気とネオンと紫煙とウイスキーと女。美味い料理、そして、マフィア。賄賂と裏社会の人脈と危険な仕事。ギャングとしてかなりの地位を築いていたフランク・ギドリーは、11月22日、全米を震撼させた事件を知った。そして、自分が頼まれた些細な仕事が、ケネディ大統領暗殺に関わりがあると直感する。
 暗殺者に仕立てられた男、実行犯であるスナイパーを手配した男、スナイパーに武器を調達した男・・・・・犯行に関係したと思しき人間が次々に消されていく。自分にも殺し屋が差し向けられるのか。今この瞬間に? この俺に?

 15歳で(おそらくは)生まれ育った貧しい家を出て、ニューオーリンズで万引きで命をつなぎ、ギャングに気に入られて使い走りをしているうちに頭角を現して、今やイタリアン・マフィアのカルロス・マルチェロ(実在のニューオーリンズのマフィア・wikiカルロス・マルセロ参照)のNo.3となっているギドリー。ボスには信頼されていると思っていたが。結局は使い走りの延長線にすぎないのか。

カルロス・マルチェロはケネディ兄弟の兄、ロバート・ケネディと因縁があり、それが暗殺事件の背景の一端として語られている。
 だけど、そんなこたあ、どうでも良い。

 たった今ままで、裏社会とはいえ人生を謳歌していたいい男が、突如命を狙われることになり、逃亡せざるを得なくなる。裏社会の仕組みは骨の髄までしみこんでいるから自分が殺される理屈は理解できる、だがそれを受け入れるのは別問題だ。一方、追跡を命じられた男も淡々と義務を果たす。なぜならそれが仕事で、それしか生き方がない。すべてが、ボードの上のチップの代わりに自分の命を置かれたゲームのようだが、やがてその中に、紛れもなく尊いものが現れる。初めはゆきずりに利用しただけだったが、自分とは違う人間の真摯な生が、かけがえのない絶対的なものになる。そしてその存在が、ギドリーの忘れようとしたはずの過去をも揺り動かす。
 孤独な男達が、それぞれに行き掛かり上道連れができて、自分で目論んだ以上の関係がもたらされる。結局は人間と、情と、愛。
 ギドリーの魅力と孤独に。バローネの虚無に。ついでにセラフィーヌの愛の深さとしたたかさに。読んで、よじれて、ジタバタする。胸が苦しくて泣きそうになったら、俺のために泣いてくれ。モン・シェール。
 
翻訳がめちゃくちゃ良い。翻訳者は加賀山卓朗氏。ジョン・ル・カレ、デニス・ルヘイン、クロフツ、グレアム・グリーン、ロバート・B・パーカー、その他を訳出されている方だ。私の積読1000冊(すみません。反省してます。)のなかにずいぶんありそう。これは読まねば。