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2026年1月24日土曜日

0575 分水ー隠蔽捜査11ー

書 名 「分水 隠蔽捜査11」
著 者 今野 敏    
出 版 新潮社  2026年1月
単行本 344ページ
初 読 2026年1月18日
ISBN-10 4103002646
ISBN-13 978-4103002642
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/132855446


 タイトルの「分水」。捜査の流れがはっきりと変わる地点があるってことかな、と思った。

 事件が起きたのは古都鎌倉。数代続く保守政治家の自宅で起こった火事。実際には家の外塀が燃えるボヤだったが、場所が場所だけに、放火の疑いが濃い。「殿様」「若殿」とそれぞれ呼ばれる現職の政権与党議員父子に、地元警察は忖度しまくり、政治家に取り入りたい本庁八島まで事件に食いついてくる。
 そんななか、媚びない竜崎は、政治家のゴキゲンとりに腐心する周囲に辟易しつつもマイペースであるのだが、そんな「忖度しない」態度が返って殿様に気に入られてしまうのがちょっとおかしい。 
 真新しいこととしたら、サイバー犯罪捜査課のサイバー捜査官が捜査本部に参加したこと。能力的にはホワイトハッカー。事件に群がるユーチューバーやら、市民記者やらをコントロールするために捜査本部に招聘したが、最初はスマホ1台でことたりる、と涼しい顔をしていた人も、ノートPCがテーブルに乗ったあたりから、本領発揮。どんでん返しや謎解きはほとんどなく、どちらかというと緩やかな上り坂をゆるゆると登っていくような展開。ひたすら、地道な捜査を続けていくと、ほぐれていく事件。目星をつけて、さらに追跡し、証拠を固めて落とす。
 絡んでくる有力政治家の家系と地縁はうざい八島をおだてて押しつける(笑)・・・にしても八島の勘違いも甚だしい自己過信と自信には、竜崎ではないが閉口する。こんなのが現実にいたらヤだなー、でも居そうだなーなどと思ってしまう。
 でもって、竜崎は自分が知ってる最高に優秀だった上司の顔で脳内再現。いやああの人は本当に優秀だったよなー。あっという間に出世の階段を駆け上がっていった。(竜崎よりは、よほど人間味があったが(笑))
 私がひいきにしている阿久津とのやりとりは、今回はそれほど面白いのは無かったかな。普通の上司と部下の会話であった。
 毎度思うが組織に1人、竜崎が欲しい。今回も示唆が沢山。ごく軽い読み物で、数時間で読了。仕事に腐ってるときに丁度良い、ちょっとした清涼剤的な。

2024年3月8日金曜日

0471 探花―隠蔽捜査9―

書 名 「探花―隠蔽捜査9—」
著 者 今野 敏       
出 版 新潮社  2022年1月
単行本 336ページ
初 読 2024年3月6日
ISBN-10 4103002611
ISBN-13  978-4103002611
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/119391659

 2024年8月 文庫化されましたので、表紙をアップしておきます。文庫を入手しようと思っているので、文庫されていない巻はKindle版で読了していたので。

「それにしちゃ、詳しいな」「神奈川県警ですからね」
海に面しているのは、東京も同じだ。だが、たしかに・・・・

「神奈川県警の人間は、皆そんなに船に詳しいのか?」

 東京を「海に面している」なんて思ってるようじゃあ、まだまだよな。と思う元横浜市民/現東京都民(笑)
 竜崎はまだハマっ子の心を知らない。神奈川県民を知らない。(笑)私も神奈川県民全般のことはよく知らんが、横浜市民には、海と港に対する愛とプライドをDNAレベルで刻み込まれているのだ。おまけに仕事のこととなれば、そりゃあ警備艇のスペックにも港の知識にも詳しくなろう。


 タイトル「探花」とは、科挙3位の者のことだとか。国家公務員上級試験を科挙に例えた。竜崎が入庁3位つまり探花、なんと伊丹が2位だそうだ。
 伊丹の上に出たくて東大法学部を出て警察に入ったのに、伊丹の方が成績が上だったのは、ちょっと皮肉な設定だ。
 さて今作がぼんくら八島の初登場作品。読む前は、レビューを見て何があるのかとドキドキしたが、しょせんは竜崎の敵ではなかったね。うまいこと竜崎の手の平の上で転がされた感じです。歯牙にもかけないとはまさにこのこと。清々しい。

 息子の件は、途中でオチに気づくが、案の定でした。

 今回も殺人事件の犯人を追うのだが、遺体発見現場が横須賀港のヴェルニー公園。昨年私が米空母エイブラハム・リンカーンを見に行った所だ。犯人が米軍基地に逃げた可能性や白人だったとの目撃証言も出て、基地司令と捜査協力を取り付けるために、竜崎が交渉に出たり、日米地位協定などの政治的な味付けも面白かった。竜崎はまた、ファンを増やした模様だ。
 犯人を追いかけて、福岡、千葉、東京と捜査範囲も広がり、あちこちの県警本部に協力依頼の電話を入れるのだが、「あの竜崎さんの頼みなら」という反応をされて、いまいち腑に落ちていないのがおかしかった。
 私の中ではツンデレ妻認定されている参事官の阿久津は、もっとデレるのかと思いきや、筋金入りのツンで、なかなかデレない。そこが味わい深いのだが、ラストでついにデレましたね。

 「竜崎部長は、人を大切になさる方ですから」

正直阿久津と竜崎のやりとりが今一番の楽しみです。 
 
 

0468 初陣―隠蔽捜査3.5―(新潮文庫)

書 名 「初陣―隠蔽捜査3.5―」
著 者 今野 敏    
出 版 新潮社 
単行本初版 2010年5月
文庫本初版 2013年1月
文 庫 352ページ
初 読 2024年3月2日
ISBN-10 4101321582
ISBN-13 978-4101321585
読書メーター 


 スピンアウト的な短編集1冊目は伊丹目線で。幼馴染みの気になるアイツはブレない軸を持つがゆえに、本人は微動だにせずとも周囲が振り回される。とくに伊丹が勝手に右往左往(笑)
 助けるよりは助けられる方が多いようだが、めげないのが伊丹の良いところだ。(笑)愛される三枚目キャラ、伊丹。同期の竜崎の視線はややキツいが、そんな竜崎も憎みきれないのが伊丹という男なのだ。
指揮
 福島県警刑事部長を務めた伊丹。次の異動の内示はなんと警視庁刑事部長。これは栄転だ。同期のアイツの異動も気になる。東大法学部出身の由緒正しいキャリアである彼の異動先は出世の王道を行く、警察庁長官官房総務課長。伊丹の後任は、これまた東大法出身のキャリア。いかにも官僚らしい官僚で、現場主義の伊丹とは相容れず。殺人事件の捜査本部を実地で引き継ぎたいのに、相手にされない。異動日を迎えて伊丹は困りきるが、そんな伊丹に竜崎は的確にアドバイスする。
とりあえず山口出身の後任キャリアは敵地福島で苦労しやがれ、と思う。(笑)
初陣
 同期のアイツから電話。内容は最近世間を賑わせている警察の裏金にまつわる不祥事。助けてくれ、との甘言(?)にのせられてつい、裏金作りの実態についてしゃべったはいいが、今度はその情報を忖度なしで竜崎に使われそうな気がして心臓がばくばくする伊丹。外野から一言いわせてもらえば、交通費はともかく、弁当代が自腹なのは当たり前だ。三食食うのは仕事ではない。「公務員ならだれだってやってるんじゃないのか」「たとえば公立の学校でも・・・」いや、やってないよ〜〜ムリムリ。昭和の時代のことは知らんが。
休暇
 俺だって、たまには休暇を取りたい。温泉にだって行きたい。だけど小心なので悪いことをしているようで落ち着かない。それでも一人で温泉に来てやっと寛いでいたところに、大森署管内で殺人事件があった、おまけに大森署長になった同期のアイツが言うことをきかない、との連絡が入り・・・。アイツは都外の温泉に旅行している伊丹に呆れつつも、どうやら絶対に伊丹の休暇の邪魔をすまい、と決意したらしく、捜査本部を作る、という本庁の意向をぶっちして、1時間で事件をスピード解決。超有能であった。
懲戒
 先の選挙にからんで、公職選挙法違反のもみ消し疑惑が。警務部長から部下の処分を丸投げされた伊丹は板挟みになる。当事者の刑事は伊丹とは旧知の男で、善良な家庭人でもあるのだ。どうしても懲戒免職にしなければならないのか。苦しいときの竜崎だのみ。原理原則の大鉈と、少々の温情で竜崎は解決策を示す。
病欠
 朝起きたらインフルエンザだった。どんなに体調が悪くても出勤するし、現場にでるのが美徳と思っている伊丹は、竜崎に呆れられる。殺人事件で第二方面に捜査本部が立ち上がるが、当該の警察署も周辺の署も、インフルエンザの大流行で戦力半減。捜査どころではない。だが、第二方面で唯一無傷な警察署があった。もちろん大森署。竜崎の指示で、予防とインフル対策は万全だった。
冤罪
 冤罪事件が起こった。伊丹は弱り切る。苦しいときはやっぱり竜崎だのみだが、今回はさすがの竜崎にも名案が浮かばないよう。だが、竜崎の最後の助言が伊丹を救う。
試練
 ううむ。私はこの話は嬉しくないな。舞台裏は見なくて良い。と思った。
静観
 大崎署で捜査ミス?心底心配した伊丹は、大崎署に駆けつける。だが当の幼馴染みの堅物男はまったく焦っていない。目先の情報に飛びつき踊らされる周囲の人間と、正しく物事を観察し、動じない竜崎。ラストの飲み会で、いったい竜崎は何を話したんだか(笑)

2024年3月6日水曜日

0470 一夜 ー隠蔽捜査10ー

書 名 「一夜:隠蔽捜査10」
著 者 今野 敏    
出 版 新潮社 
初 版 2024年1月
単行本 344ページ
初 読 2024年3月4日
ISBN-10 4103002638
ISBN-13  978-4103002635
読書メーター 

 なんだかもやもやする。このシリーズ、ミステリ仕立てにしようとすると途端に失速するような気がするんだけど私の偏見かなあ。捜査に絡んでくる小説家の梅林も、どうにも動きが中途半端で、リアリティがないように思える。
 殺人の動機も浅いし、その浅さを人間の不可解さと解くにはちょっと無理があるような・・・・・
 それに、ちょっと著名な作家とお知り合いになったからって、いきなり息子を会わせるのってどうよ? 安直すぎないか? 捜査員が自分の家族構成などの個人情報を犯罪捜査の関係者に漏らすのは危機管理上あり得ないし、職務上で得た人間関係にプライべートを相談するのもNGだ。こんな風に個人情報を漏らしていたら、家族の安全は守れない。
 竜崎がどうの、というよりも今野敏さんの「公務員」のイメージなのだと思うけど、プライベートな家族の問題に対応するために部下を自宅に呼ぶとか、捜査関係者に家族を会わせる、とか細かいところでは、「ちょっと出てくる」といって職場を離脱する、とか、とてもとてもNGだど思うのだけど。
 とりあえず竜崎には、自分の子供のことは自分で真摯に対応せよ!と言いたい。

0469 審議官―隠蔽捜査9.5―


書 名 「審議官―隠蔽捜査9.5ー」
著 者 今野 敏    
出 版 新潮社 
初 版 2023年3月
単行本 288ページ
初 読 2024年3月3日
ISBN-10 410300262X
ISBN-13 978-4103002628
読書メーター 

空 席 
内 助 
 竜崎家で主の留守を取り仕切る奥様の冴子さんは、事件のニュースを見てふと何かがひっかかった。そこで
手に入るニュース記事から原因を探す。捜査本部から夕食をとりに戻った竜崎は冴子の推理から犯人を特定。現場では竜崎の株がまた上がった。夫の手柄は妻の手柄。これこそが内助の功である。竜崎が恋愛結婚なのか、お見合いなのかが気になる。

荷 物 
 竜崎家長男がポーランド人の友人の頼みで預かった荷物は、中に白い結晶粉末が入っていた。気付いた邦彦は愕然として頭を抱えた。悩みに悩んで、父に打ち明ける。竜崎はやはり原則通り対応する。それが一目で塩だとわかっていても。ちょっと危なっかしいご長男殿には良い薬になったでしょう。ですがこんなこともあったのに危なっかしい長男の東欧への留学を認める竜崎って、どうかと思うよ。

選 択 

専門官 
 「大森署の戸高」的ポジションの、神奈川県警捜査一課の八坂刑事。大のキャリア嫌いで一匹狼で細かい規範ルール違反は数知れず、だが成果を上げる。優秀な刑事である。周囲の課長は、八坂が竜崎に立てつくのではないかとハラハラしているが。八坂が竜崎の手のひらに乗るまであと◯秒。

参事官 
 神奈川県警の参事官2名。一人は能面のキャリア阿久津警視正。もう一人は組織犯罪対策本部長を兼ねる平田清彦警視正ノンキャリアである。この2人の反目が問題になっているからなんとかせよ、と県警本部長に「特命」された竜崎。竜崎は人間関係などめんどくさいと思っているから、基本意に介さないのだが、決して鈍ではない。人目も気にせず、言い合いをしている2人の参事官を竜崎が冷静に観察をすると。この二人、決して険悪ではないのかもしれない。

 「不仲な連中を何とかしろと言われても困る」 
「互いにどう思っているかなんて、俺にわかるはずがない」 
 「だがな、あの二人がいっしょになると間違いなくいい仕事をする。それでいい」
 「俺は、人間関係には興味がないんだ」

 竜崎の名言である。

審議官
 警察庁の審議官が竜崎に腹を立てた。本部長を呼び付け、暗に竜崎の処分を命じる。だがその怒りの理由が竜崎にはどうにもわからない。なんとなれば、合理的な理由ではなかったからだ。審議官のお高いプライドを傷つけたのだとやっと気づいた竜崎は、審議官を全力でヨイショする手に出る。同席した佐藤県警本部長曰く、「歯が浮きそうだった」。竜崎はこんなことも実はできる。硬いようでそうでもない、というか竜崎が硬いのは本質的な所なので、そこを通すためなら結構融通無碍に動ける。

非 違 
 女性キャリア所長を迎えた新体制の大森署のお話。戸高が野間崎に目をつけられた。実際叩いたら埃が出そうな男なのでおなじみの課長達は困り果てた。副署長は悩んだ末に元署長コール。竜崎の助言は所長に相談しろ。だった。その結果、今度戸高は競艇場に美人所長をエスコートすることに(笑)

信 号
 信号はなんのために守るべきなのか。
 深夜の人も車も通らない道の赤信号は守るべきなのか、そんなキャリアの飲み会の酒飲み話が記者に漏れ、交通課長(ノンキャリ)が激怒。憤怒の形相で県警本部長室に怒鳴り込み。まだ、本編の隠蔽捜査9を読んでいないのだが、竜崎の同期トップ入庁の八島はかなりボンクラっぽい。

2024年3月2日土曜日

0467 清明―隠蔽捜査8―(新潮文庫)

書 名 「清明―隠蔽捜査8―」 
著 者 今野 敏        
出 版 新潮社
単行本初版 2020年1月
文庫本初版 2022年5月
文 庫  432ページ
初 読 2024年3月1日
ISBN-10 4101321647
ISBN-13 978-4101321646

 表紙の写真を見て気付く。あれ?神奈川県警本部、いつの間にここに? Wikiによれば、平成3年に新庁舎完成とのこと。私、このアングルで、新港埠頭に渡る「万国橋」の上から横浜税関(愛称:クイーン/表紙の中央左側奥にあるクリーム色っぽい建物)の絵を描いたことがあるよ。
 当時はMM21地区開発前。新港埠頭はさびた鎖やトラロープでおざなりに閉じられ「関係者以外立ち入り禁止」の札がぶら下がっていた。当然、赤煉瓦倉庫は横浜の旧跡ではあっても観光スポットではなく、周囲はタグボートの港湾労働者のおっさんや、外国航路の貨物船の外人船員がぶらぶらしていたし、新港埠頭の一番奥は、まだ米軍倉庫だった。(1994年に返還。)ブラタモリでもやってた廃線跡の線路もプラットホームも朽ちるままの姿でただずんでいた。私はこの辺りを散策するのが好きで、よく学校をさぼってぶらついていたものだ。当時は馬車道の中程に有隣堂の文具館があって、ここで画材を物色してから、伊勢崎町の有隣堂本店まで足を延ばすのも定番のコースだった。
 そんなこんなが懐かしい、横浜・神奈川が新たな舞台となる竜崎警視長の隠蔽捜査シリーズ第8巻。竜崎は大森署長から神奈川県警本部の刑事部長に昇進(返り咲き)して、シリーズの新たなステージが開幕した。

 横浜、関内、伊勢佐木長者町、中華街、山手・・・・すべてが懐かしい。ついでに言えば、町田界隈も、十分に土地勘はある。そして事件は地元神奈川県民には神奈川県町田市、と揶揄されるエリアで起こった。地番こそ東京都町田市・・・・・ではあるが、三方を神奈川県に囲まれた場所にある公園で、他殺死体が発見される。当然犯人は神奈川県側に逃げた可能性が高く、警視庁と神奈川県警の合同捜査本部が設置され、現場大好き伊丹が臨場するとなれば、神奈川県警側も刑事部長を押し出さないわけにはいかず。
 警視庁を離れ、県警に赴任した翌日には捜査本部が立ち上がり、またひな壇幹部席で伊丹とイスを並べ、警視庁の田端捜査一課長や岩井管理官と顔を合わせることになったのだった。

 犬猿の仲、とのウワサの警視庁と神奈川県警。よく知っているはずの警視庁の面々であるはずなのに、気心しれた伊丹の態度にも見えない壁を感じる竜崎だが、捜査が進むにつれ、自分の部下の立場を守り引き立てつつ、地の利も生かして捜査を主導してやがては全体をまとめていく竜崎の指揮ぶりが素晴らしい。

 今回、一番気に入ったのは、阿久津参事官。
「奥様のご様子はいかがですか」などと気遣いをしているのに、あまりに周到で整いすぎているために、かえって竜崎に「足元を掬おうとしているのでは?」とうさん臭がられている。(笑)
 その阿久津参事官は、処分を予想した竜崎が「短い付き合いだったかもしれない」と言うのに対し。
「万が一、そんなことになったら、警察というのはつまらないところだと思います」
と、言う。そして、警視庁に(叱責を受けに)出かける竜崎に対して、
「お戻りをお待ち申し上げております」
ときたもんだ。そして、戻ってきた竜崎に対しては
「お帰りなさい。今日は、これからどうなさいますか?」
・・・・これもう、妻のセリフだよね。
そして、最後に。
「部長も、本当にごくろうさまでした」
ああもう、これすでに心酔してるでしょう。(笑)

 次巻以降、竜崎の阿久津の掛け合いが楽しみでしょうがない。

《参考》
清明 杜牧
淸明時節雨紛紛    清明の時節、雨 紛紛(ふんぷん)なり
路上行人欲斷魂    路上の行人、魂を絶たんと欲す
借問酒家何處有    借問す、酒家 いずれの処にか有らんと
牧童遙指杏花村    牧童 はるかを指さす 杏花の村

(訳) 清明の季節なのに、霧雨が降りしきっていて
    濡れそぼった道往く旅人(私)は、気持ちは沈み心折れてしまいそう
    (せめて酒でも飲めないものかと)牛飼いの少年に
    どこかに酒家はないか、と戯れに尋ねてみれば、
    牛飼いの少年は、遠くに見える杏の花が咲き乱れる村を指さした

  ※ 清明 二十四節気の4月上旬から中旬

2024年2月29日木曜日

0466 棲月―隠蔽捜査7― (新潮文庫)

書 名 「棲月―隠蔽捜査7―」
著 者 今野 敏    
出 版 新潮社 単行本初版2018年1月
        文庫本初版2020年7月
文 庫 432ページ
初 読 2024年2月28日
ISBN-10 4101321639
ISBN-13 978-4101321639
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/119257021
 
 ううむ。なんだかモヤる。
 今まで読んだ中では、一番面白くなかったかもしれない。
 事件が所管の中で収まって、野間崎たち、方面本部の出番が無かったからか、コンピューターオタクの田鶴が生意気だったからか(?)。
 これはほぼ、見込み捜査ではなないのか。ほぼ、直感だのみで、犯人が判明するまでの過程にもスリルもひねりもなく、強いていうなら、虐められた少年ハッカーの得体の知れ無さを描きたかったのか?
 それに、冒頭の、鉄道本社はともかく、銀行への職員派遣はやはり越権のように思えるし、生安部長の鹿児島弁も、なんだかわざとらしいような気がしてしまうし。
 
 ただまあ、野間崎や部下の課長たちとのやりとりは、今回も面白かった。

「それもわかっているつもりです。ええ、私個人はわかっているのです。竜崎署長に何を申し上げても無駄だと・・・・・」

「課長にプレッシャーですか。怖いもの知らずですね」 

 やはり、この巻のメインは、異動を目前にした竜崎の感慨か。
 まぁ何はともあれ、次の巻からは神奈川県警である。警視庁の刑事部長と、神奈川県警本部の刑事部長がイスを並べて共闘するのを楽しみにしていよう。

2024年2月26日月曜日

0464 去就—隠蔽捜査6 —(新潮文庫)

書 名 「去就―隠蔽捜査6―」
著 者 今野 敏    
出 版 新潮社 単行本初版2016年7月
        文庫本初版2018年11月

初 読 2024年2月25日
ISBN-10 4101321620
ISBN-13 978-4101321622
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/119199610

 テーマはストーカー。そして竜崎の娘、美紀の彼氏もストーカー化疑惑? 美紀ちゃんは父親ににてサバサバしてるから、ウエット気味な彼氏は鬱陶しく感じてしまうのか?
 
 桶川ストーカー殺人、三鷹ストーカー殺人などの苦い経験を踏まえ、ストーカー規制法やDV防止法も制定され、警察は現在では、この手の案件には比較的迅速に対応してくれているとは思うが、この方面は日々刻々と現場の状況も変わっているのかもしれない。ストーリーは2016年時点。

 さて、冒頭より、警察庁主導のストーカー対策チームの結成に絡み、第二方面本部長が大森署に向かって不穏な圧を発している。その窓口は、損な役回りが定着している野間崎管理官。そして時を同じくして管内にストーカーによると思われる殺人および誘拐事件が発生した。犯人は猟銃と散弾を所持しているとの情報が寄せられ、大森署の指揮本部は緊迫するが、現場から上げられる一つ一つの印象が、事件の大筋とちぐはぐで。だいたいこの辺りで、ああこれは被害者側の狂言で、目的は今彼の殺害、元カレはスケープゴートだなとピンとくる。それを更に裏書きするどんでんがあるかないか、が個人的には焦眉の関心になったのだが。
 
 だがこのシリーズの肝はむしろそういったミステリー要素ではなく、あくまでも組織論と変人竜崎の正論がどこまで通用するか?にある。

 現場大好き伊丹はともかく、第二方面本部長の弓削と野真崎までやってきて、指揮本部で余計な圧を発している。どうも、現場の主導権を伊丹もしくは竜崎から奪おうとしている模様だが、竜崎が歯牙にもひっかけないあしらいで、それがかえってプライドを傷つけたものか、本格的に竜崎の追い落としにかかってくる。しかし、いかんせん、小物に過ぎる。

 弓削がイヤな奴丸出しになったおかげで、相対的に野間崎管理官が浮上したようで、なによりである。

「今回の事案に関して、何か不手際はありませんでしたか?」・・・と尋ねる副署長はいよいよ心配性の執事のようだ(笑)

「損をするぞ」と戸高をたしなめる竜崎に「それ、署長にいわれたくないですね」と返す戸高。よく言った(笑笑)

◆ 上司は選べない、という野間崎に「弓削もあれで、いいところもあるはずだ。根回しなどが必要な場合には役に立つだろう」と竜崎。それ、それくらいしか役に立たない、と行っているのと同じ・・・・いや、その根回しに失敗したの知ってるだろうに(笑笑笑)

◆ 公務員である以上、どこに異動しても力をつくすだけだ、という竜崎に対して、「おまえも署長が気に入っているんじゃないのか」「俺はどこに行ってもおなじだ」「いや間違いなく気に入っているはずだ」と伊丹。なんだかんだで性格を読んでいる。あんたたちは良い同期だ。(笑笑笑笑)

 今作、一番のお気に入りは、第二方面本部長の弓削の目の前で、野間崎に直接指示だしする竜崎(笑)。いちいち本部長にお伺いをたてなくても、君は動けるだろう?と投げかけて、

「やってみましょう。おまかせください」

 と、野間崎に言わせる竜崎は人たらしだねえ。ともかく、シリーズで初めて、野間崎管理官が格好良く見えた瞬間であった。

2024年2月24日土曜日

0461 宰領―隠蔽捜査5―(新潮文庫)

書 名 「宰領―隠蔽捜査5―」
著 者 今野 敏    
出 版 新潮社 単行本初版2013年6月
        文庫本初版2016年2月
文 庫 423ページ
初 読 2024年2月24日
ISBN-10 4101321604
ISBN-13 978-4101321608
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/119169728


 誤字? 文庫本ではSTS。KindleではSIS。正しいのは多分SISだよね?(ほら、コレですよ→SIS 丹沢湖駐在 武田晴虎 (ハルキ文庫 な 13-7) ) というのはまあ、置いておいて。

 原理原則と合理性の人、竜崎の采配が光る第5巻です。
 今度は現職国会議員の誘拐・監禁事件。羽田から都内の議員事務所に車で向かったはずの議員が消息を絶ち、議員の運転手は、車の中で死体となって発見された。大森署には指揮本部が置かれ、やがて犯人が横須賀方面に潜伏していることが判明し、横須賀署内に前線本部を置くことになる。伊丹はその前線の指揮を竜崎にまかせる。なにしろ警視庁と神奈川県警は世に知られた犬猿の仲。なまじな人間が乗り込んだところで、まともに捜査協力が敷けるとは思えない。
 現場の捜査一課長は現場からのたたき上げのノンキャリ。あからさまな反感を竜崎にぶつけてくる。しかし、竜崎のブレない指揮と、県警から警視庁に派遣されていた捜査員を上手く使うことで、だんだん県警捜査員の受け止めが変わってくる。
 最後の突入作戦にSIT(警視庁の突入部隊)とSIS(神奈川県警のSITに相当する部隊)のどちらを使うかで伊丹と対立し、あくまで県警の部隊を使うと伊丹を突っぱねたあたりで、完全に神奈川県警側捜査員のハートをわしづかみ(笑)。

 なんとか本日中に事件を解決させたい(といっている時点で23時45分)と言った竜崎に、SISの班長が言う。
「その願いを叶えてご覧にいれましょう」
くぅぅうううっ 痺れるねえ。
 SITの下平のフォローをするのも、最後に県警本部長に因果を含めにいくのも、「責任と取る」っていうのはこういうことか、と。人間、なかなかここまで捨て身になれるものでもないけど、捨て身の覚悟を示すことで、開ける道もあるってことかと思う。

 なんかもう、竜崎も、脇キャラも格好良くって、堪らん。

ラストのひねりもよい。事件の解決と、竜崎の危機も、うまく幕引きできたし、伊丹が破顔するのも目に浮かぶよう。ついでに長男邦彦君の受験も無事に終了。いやあ良かった。



2024年2月23日金曜日

0460 自覚―隠蔽捜査5.5―(新潮文庫)

書 名 「自覚―隠蔽捜査5.5―」
著 者 今野 敏    
出 版 新潮社 単行本初版2014年10月
        文庫本初版2017年4月
文 庫 321ページ
初 読 2024年2月22日
ISBN-10 4101321612
ISBN-13 978-4101321615
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/119125522

漏洩
 失敗すると、まず叱責されることを連想し、それを避けるためにできるだけ穏便に上司に報告したくなる。そのために情報収集をして、整理してから良い要素を揃えて報告したいし、材料を集めるまでは報告したくない。そんなしがない中間管理職の葛藤が手に取るようにわかる。だがしかし、悪い情報ほど早く上げろ、というのが危機管理の基本。そのこころは早く対策を取るためであって、責任追及のためではない。そのことが上から下まで浸透していなければならないし、下の者が上を信頼できていないと悪い情報は上にはなかなか上がっていかない。 そんなお話。

訓練
 女性若手キャリアの畠山美奈子はスカイマーシャル(旅客機に単身で乗り込み、ハイジャック犯に備える武装警官)の訓練を受けることに。銃器の知識も扱いも、ましてや武術では到底選抜された男性機動隊員達には敵わない。くじけそうになる畠山は思わず竜崎にTEL。竜崎の意外なアドバイスが畠山を助ける。

人事
 人事異動があり、新しく第二方面本部長になった弓削は、野間崎管理官から見ると思いついたら即行動する強引さと、これと決めたらてこでも動かない頑固な側面がありそう。その新本部長に管内の問題を問われて、思わず「大崎署」と答えてしまう野間崎。さらにその理由を聞かれて、竜崎署長の幾多の問題行動を説明するうちに、なんだか問題を指摘しているのだか褒めているのだかわからなくなってくる。そして新任本部長と第二方面の問題児(?)変人竜崎がご対面〜〜〜! 性格も経歴もまったくちがうものの、有能な指揮官としてはあい通ずるものがありそう。今後の事件が楽しみ。個性強めの二人に挟まれる常識人野間崎管理官の苦労やいかに?(笑)

自覚
 管内で発生した強盗殺人事件。犯人は現場から逃走中。独自の推理で犯人を追った戸高は犯人を発見し、そして発砲。犯人を取り押さえたことを成果と捉える竜崎と、発泡を問題視する副所長。マスコミの目、上層部への忖度、気配りできる細やかさが仇になった副所長の迷いを祓う竜崎節が鮮やか。電話をかけてきた刑事部長に「説明なら俺がいくらでもしてやる」で終了。

実地
 新人が職場実習に配置される秋。交番で空き巣の常習犯に職質をしながら逃してしまうという事案が発生。激怒する刑事課長と受けて立つ地域課長! 売り言葉に買い言葉で罵り合いが勃発、そこに本庁刑事課と第二方面の野真崎まで参戦し、ついに決戦の場は所長室へ(笑)。
 なんとしても部下を庇いたい地域課長。なんとなれば職質したのは実習中の新人警官の卵だったから。責任追及にイキリ立つ管理職たちの話を聞いて竜崎は一言。「君たちは何をやってるんだ?」
 竜崎のブレない姿勢が物事を明確に、シンプルにし、そして事態を解決に結びつける。地域課長と刑事課長の和解の一コマが微笑ましい。

検挙
 この話は唯一もやもやする。戸高の行動は理解はできる。だが一般市民を巻き込む手段はいただけない。これは明らかに公務員の職権濫用で、抵抗できない一般市民に実害を与えている。
 たった一晩警察に泊められただけで人生が壊れる人もいるかもしれない。公務員は自分が行使している権力を自覚しなければならない。どんなに末端の下っ端っであったとしてもだ。竜崎は、戸高に説教くらいはしてもらいたかったね。この行動を無言で肯定するのは誤りだと竜崎に断固指摘したい。

送検
 いかにも伊丹がやりそうな勇み足。それを無言でフォローする竜崎。親友と言われれば否定する竜崎だが、やっぱりいいコンビだ。

総論・・・大森署の面々の目・事件を通した竜崎の姿勢。ブレない合理性は突き詰めると人情にも通じる。きっと竜崎のハンコもブレずに朱色も赤々ときっちり押印欄に収まってるんだろうな(笑)

 それにしても、モチーフの一つ一つがいちいち身に染みる。我が身を振り返って、視点を変えてみると、自分の通常業務だって毎日こんなに面白いことなのかもしれない。仕事ってのは毎日がスリリングだ。だが、悲しいかな。才能はないし守秘義務はあるので、そういった事をネタに小説は書けない。

2024年2月21日水曜日

0458 疑心―隠蔽捜査3― (新潮文庫)

書 名 「疑心―隠蔽捜査3―」
著 者 今野 敏    
出 版 新潮社 単行本初版2009年3月
        文庫本初版2012年1月
文 庫 330ページ
初 読 2024年2月18日
ISBN-10 4103002530
ISBN-13 978-4103002536
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/119077628

 さて、竜崎。あなた、ちょっと書店にいって、『隠蔽捜査』って本を読んでいらっしゃい。恋愛は犬猫でもできる。って主人公がいってるわよ。 と思わず言いたくなるような、突然のフォール・イン・ラブ(笑)。 交通事故にあったようだ、と当人が言ってるにしても、あまりに唐突で読んでいるこちらがびっくりだ。あまりにも竜崎がアワアワしているので、こっちまで赤面しそう。わたしこういう恋愛モノは苦手だわ〜〜〜〜〜と思って、つい4巻を手にとり、先に読了してしまったよ。

 だがしかし、やはり我らが唐変木の朴念仁は理性の人であるので、この難局の乗り切り方ももひと味違う。禅の公案を考え続け、一つの結論に到る。というよりは目からウロコが落ちる。いわく「全て受け入れる」。つまるところ、アワアワするのを辞める。それだけの事だが、なにかを突き抜けた感がある竜崎は爽やか。自己完結しただけと言えなくもないような気がするが・・・・・
 事件のほうは、米大統領の訪日に合わせた特別警備体制に巻き込まれるところから。警備本部が立ち上がり、なぜか第二方面本部長の頭越しに羽田を含む警備本部長の任命が、竜崎に降りてくる。管内で不審な交通事故が発生し、米国側シークレットサービスが乗り込んでくるし、米大統領を狙ったテロ計画まで見え隠れして、と羽田空港を抱える大田区ならではのストーリー立てが面白かった。刑事の戸高とのやり取りが面白い。
 これまでは理性と合理性で全てを押し切ってきた竜崎だったが、もしかしたらこの経験で少し深みが加わったかもね?

0459 転迷―隠蔽捜査4― (新潮文庫)

書 名 「転迷―隠蔽捜査4―」
著 者 今野 敏    
出 版 新潮社 単行本初版2011年9月
        文庫本初版2014年4月
文 庫 426ページ
初 読 2024年2月18日
ISBN-10 4101321590
ISBN-13 978-4101321592
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/119077619

「胸騒ぎがする」

 平穏無事な大森署で、現場叩き上げの副署長が発する静かな言葉が嵐の到来を予告。
 その夜、管内で続いていた連続放火事件がついにボヤでは済まなくなって、住宅火災が発生。家は半焼、幸いにしてケガ人はなし。隣接の大井署管内では殺人事件で捜査本部が立ち上がり、大森署管内で起きたひき逃げは計画殺人の様相を呈してきて、本庁の交通捜査課が捜査に人員を差し出せ、と強要してきたのを突っぱねたら、大森署内に捜査本部を立ち上げられて、全面協力を余儀なくさせられた。カザフスタンに赴任していた娘の彼氏が赴任先で飛行機事故に巻き込まれたかもしれないという連絡に、普段はしないが伝手をつかって外務省の知人に確認を依頼したのは良いが、相手は国際情報官室の人間で、隣の殺人事件と自領の轢き逃げ殺人、両方とも被害者は外務省関係者。お互いに腹を探り合うハメになる。そうこうしている時に、泳がせ捜査の邪魔をされたと麻取が所長室に怒鳴り込み(笑) 。これをまとめていなせるのは流石に竜崎しかいないだろう。伝家の宝刀・正論突破で各方面の毒気を抜きつつ、錯綜する状況を整理し、いやだいやだと言いながらも、最後は刑事部長の陰謀と恨み節もかませつつ二つの捜査本部を仕切ることに。本庁の刑事部長(伊丹・同期)と、交通部長(一期下・階級は同格)に指図して動かし、情報を秘匿する外務省と警察庁の公安から情報の断片を引出し、麻取をいなしつつ捜査を進め、そして断片をつなぎ合わせて事件の核心を言い当てる。
 今作も、我らが竜崎は、自己の理想とする国家公務員の道をひたすらに進むのみである。

 それにしても、ドラクエ風の電子音楽をバックに

「りゅうざきはあたらしいぶきをてにいれた。ハンコだ」 
「ハンコをつかうとてきのこうげきりょくがはんぶんになる」 
 
というフレーズを思いついてしまい、頭にこびりついて離れない。

 あと、余談ながら
「公務員ですから、異動になれば、どこででも働きます」
という竜崎のセリフが気にいっている。
 実は、同じことを言ったことがあるんだよね。
「どこに行こうが、行った先で全力を尽くすのが公務員ですから」と・・・・・
私にも、竜崎の血がすこし流れているとうれしいな、と思う。

2024年2月17日土曜日

0457 隠蔽捜査(新潮文庫)

書 名 「隠蔽捜査」
著 者 今野 敏    
出 版 新潮社 単行本初版2005年9月
        文庫本初版2008年1月
文 庫 409ページ
初 読 2024年2月16日
ISBN-10 4101321531
ISBN-13 978-4101321530
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/118990747

 隠蔽捜査シリーズ1冊目。2冊目の方を先に読んでるからいいが、この出だし! 最初の50ページくらいでコイツだめだろ、とこの本を去って行く人もいるんじゃないか?っていうくらい、竜崎の思想がダメ(笑)。というよりダメな風に意図的に描かれているよね。だから、後半、竜崎が動いて、彼の思っていることがきちんと表明されてくると、竜崎にどんどん引き込まれていくのだけど、この作りはあざといだろ?と、ちょっと思った。
 なにしろ竜崎は東大至上主義で、高慢なエリート官僚で、この国は官僚が動かしていると思って憚らず、家の事は妻の仕事、自分の役目は国家の治安を守ること、と信じて譲らない。ついでにいうと、竜崎が守っているのは「国民」ではなく「国家」だ。
 おまけに、下敷きとなっているのが1988〜89年に起こった、女子高生コンクリート詰め殺人事件。作中の事件は、当時少年だったその犯行グループのメンバーが殺害される、というショッキングな内容だ。

 しかし読んでいるうちに、東大至上主義なのは竜崎なりの理由があるし、竜崎にとっては、東大は目標ではなく手段に過ぎない、ということも判ってくる。息子にそれを強要したのも、息子になりたいものがまだ判っていないようなので、とりあえず目先の進路として最高なものを目指しとけ、というに過ぎなかったし、エリート至上主義にもそれに相応するだけの矜持があった。なによりもその剛直で強烈な変人ぶりにもかかわらず、ナイーブなところがあるのも、読者のハートを掴んでくる。
 だからといって、竜崎みたいな考え方は危ういよなあ。とも思う。竜崎なりの絶妙なバランス感覚があってこそだが、一歩間違えば二・二六の青年将校みたいになりかねん。強烈な信念なんていうのは、実は危うくて危険な代物だと思う。
 だがまあ、我らが竜崎はそうはならない、というところを信じて、彼の変人唐変木ぶりを、他の読者諸氏同様に、楽しんで読むしかない、いや実際一種の同業者としては、非常に身につまされるものもあるのだ。

 2巻と同様、メインは犯罪捜査ではなく、官僚組織論と危機管理/ダメージコントロールなので、選んだモチーフは昭和を象徴するような少年犯罪だったが、強いメッセージ性は帯びていないのも良かった。
 
 それにしても、恋愛は犬猫でもできる。動物的な感情だ。人間は理性があるからこそ人間なんだ、って、それ3巻の竜崎に読ませてあげたいね(笑)

2024年2月12日月曜日

0456 果断―隠蔽捜査2―(新潮文庫)

書 名 「果断―隠蔽捜査2―」
著 者 今野 敏    
出 版 新潮社 単行本初版2007年4月
        文庫本初版2010年1月
文 庫 405ページ
初 読 2024年2月11日
ISBN-10 4101321566
ISBN-13 978-4101321561
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/118888078

 『隠蔽捜査』(シリーズ一作目)から手元に置いてあったのに、なぜか2巻目から読み始めてしまった。理由は手の近くにあったから。だが、各巻をパラパラとめくったことはあり、どこから読み始めようが面白いはず、という確信はあった。
 大学浪人している息子の不祥事で、降格人事の憂き目にあった警察官僚の竜崎。警察庁の官房から所轄の署長に異動するところから話は始まる。
 しかし、中央官房で出世する道は閉ざされても、竜崎はくさらない。自分に与えられた持ち場で、自分の思う最善を尽くすのが、公務員の本分だと心底から考えている。改善すべきことはどこにでもあり、それならば断固として改善すべきであり、それを行うのが自分の為すべきことなのだ、と思っている。
 隙間だらけで錆も付いた緩んだ歯車のような旧態依然の官僚組織が、竜崎という強力な動力に巻かれてびっしりと動き出す、そんな様子が頭に浮かぶ。まず言動で示し、部下や組織を動かし、そして当の歯車たちの心が動く。そうやって動き始めた組織は、大きな成果を生むのだ。

 事件は、竜崎が着任した大森署管内で起こる。消費者金融の強盗事件逃走犯と思しき犯人が署からも程近い繁華街の小料理屋に立てこもり、そこで発砲事件が起こる。
 大森署内に捜査本部(帳場)が立ち上がり、本庁からは人員や幹部が大挙して乗り込み、所轄は情報も与えられず人足のように使われるだけ。だが、竜崎は自分の身を最前線にねじ込ませ、現場を掌握する。
 そして事件は一応の解決を見るが、犯人銃殺の責を問われて、竜崎は窮地に立たされる。

 事件そのものよりも、原理原則を貫く竜崎の立ち居振る舞いを反抗ととらえたり面白くないと感じ、潰そうとする周囲の管理職との丁々発止が面白い。部下に責任転嫁することなく、正面からそれを受け止め、部下や現場の人間を守る竜崎を、最初は疑い深く、やがて驚きの目で、そしてついに信頼の思いで見守る部下は、自らも動き出す。姑息な人間、能力はあるが認められずうらぶれた捜査員、力のある人間、上司や組織に尽くすことを本分と信じる人間、様々な人間が、それぞれの立場でそれぞれの気持ちや思惑を巡らせ、行動する。その中で竜崎が見せる信念と揺らがなさが、なかなかそれを実行することが難しい読者にとっても快い。そして私は、木っ端役人の一人として心慰められた。

 竜崎自身については、それはどうなの?と思うところは沢山ある。

 家庭を顧みず、女は就職なぞしないでもよい、と内心考え、息子には東大以外大学じゃないと進路を強要し、妻がいなければ風呂湯沸かしのスイッチも押せず、クリーニング済みのワイシャツすらどこにあるのか判らない。風呂から出ればそこに部屋着が用意されているのが当たり前、妻はいつも敬語。この男、私より多分10〜15歳くらい年上か。たぶん初巻が発行された2005年の頃に40代後半くらいの設定ってことは昭和30年代生まれで、つまりは著者と同年代。にしてもいくら昭和の男だとしても、こいつどうなの? 妻にかしずかれるタオパンパは決して私の理想の男ではない! 
※タオパンパは2ちゃん系のネットスラングね。お風呂から出たらそこにタオルとパンツとパジャマをママが用意してくれている過保護男のことだ
 そして、息子に見せられた『風の谷のナウシカ』についうっかり感動し、そこから力をもらってしまう単純な男でもある。・・・しかし、『ナウシカ』って1983年くらいの公開じゃなかったか? この時点で、すでに古典的名作だよ。

 そもそも。
《女は就職なぞしなくていい。正直に言うと竜崎はそう思っていたが・・・・》P.207
《・・・有能な女性というのは数えるほどしかいないし、そういう女性に限って早々と結婚退職してしまう。長期にわたって責任を負わなければならないような重要な仕事や役職を任せようと思っても、いつ辞めるかわからないので、不安になってくる。結局、女性は信用できないのだ。》P.207
・・・・・って、さすがに21世紀にもなってこれは、頭が古すぎないか? 公務員職場は、女性が給与も勤務条件も男性と同等に差別なく働ける職場だぞ。警察がどうなのかは知らんが。中央官庁だって、女性はザラにいるぞ? 自分が頑張って働こうと思っているところに、10歳年上くらいの、こんな考えの上司がいたとしたら、さぞかし仕事はやりにくいだろうし、女性は出世もできないだろう。だがしかし、竜崎が上司であれば、そこはきちんと、能力を認めてもらえそうな気はする。ついでに言うと、女性が働いて経済的に自立することは、ある種の犯罪の抑制になるぞ。DVは、女性が経済的に男性に依存せざるをえない状況が温床となっているのだから。

 まあ、そんな竜崎にも、割れ鍋にとじ蓋的な、内助の功、糟糠の妻の鏡のような妻がかしづいているのだから、それはそれでバランスがとれているのだろうし、彼の人間的欠点(?)はとりあえず置くとして、だ。
 官僚・公務員としての竜崎の矜持は、かくあれかし、と思う。

《国歌公務員がすべきことは、現状に自分の判断を合わせることではない。現状を理想に近づけることだ。そのために、確固たる判断力が必要なのだ。》P.31

《たしかに些細なことかもしれない。だが、事後の確認は大切だ。物事は一つ一つ完結させていかねばならない。》P.66 

《書類を読む速さには自信があった。そして二度三度と読み直すことは決してしない。速読し、一度で内容をちゃんと理解する。そうでなければキャリアの仕事はつとまらない。》P.180

《本音とたてまえを使い分ける人がまともで、本気で原理原則を大切だと考えている者が変人だというのは、納得ができない。》P.201

《俺は、いつも揺れ動いているよ。ただ、迷ったときに、原則を大切にしようと努力しているだけだ。》《迷ったときの指針を持っているというだけなんだ。》p.259 

 なんだか、最近、自分自身が現実の仕事でかなりうらぶれてやる気を失いつつあったが、かなり元気づけられた。
 私は行政職員にとって価値があるのは「政策を形成すること」「行政的な権限を持って人に尽くすこと」のいずれかであり、そのどちらでも良いと思っている。庶務や管理の内部業務であっても、現場で直接働く人間をより働きやすくすることで、間接的に市民にサービスすることができる。中央にいれば、政策形成的な仕事をすることができるが、出先の末端にいても、行政職としての本分は尽くすことができるのだ。そう考えていることが、竜崎と共通していた。おかげでずいぶん励まされてしまった。

《だが、人間、特に犯罪者となるような人間は、そうした合理的な考え方がでいないことがしばしばだ。合理的に物事を判断できる人間は、犯罪に手を染めるようなことはない。少なくとも、その選択肢に飛びつくことはないだろう。》P.133

 これはその通りで、きちんとした判断力を備えた人間なら、大抵は最後の一歩は踏みとどまれるものなのだ。これ以上やったら犯罪になる、という一線が見える。しかし、それに気付かずどんどんマズい方向に踏み込んでしまう人々はいる。刑務所に収容されている人の平均IQは80程度だという法務省の研究を見たことがある。それが良いことかどうかは、さておくとして、刑務所は福祉に引っかからずに落ちてしまった人の最後のセーフティーネットになっている。

《・・・だが、祝賀会や忘年会など、自腹でやればいいのだと竜崎は思う。民間の会社は皆そうしている。公務員だけが、公費で飲み食いをするのだ。》P.91
 これはマジか?と目を疑った。ほんとに?2000年代に入ってからも、警察って公費で飲み食いしてるの? これはない。本当だったらマズいが、さすがにそれはない。もし警察がそうだったのなら、ここは「公務員」ではなく、「警察」と書いてほしいところだ。いや、いくらなんでも、公費で宴会はしないよ。

 さて。

 以前受けた研修で、講師(つまり現管理職の偉くて頭のいい人)から、着任したら「1週間で担当業務の概要を把握し、2週間で業務の全容を理解しろ」と言われた。いや、もしかしたら「2週間で概要把握、1ヶ月で全容理解」だったかもしれない。いずれにせよ、私には無理だ、と思った。以来、それ以上出世はしないようにしている。所詮、上昇意欲は乏しく、現場が好きな人間だ。ついでにいえば、マルチタスクが苦手で職場内のアレコレにまんべんなく気を配るのも下手だし、(自分は)偉い(と思っている)人をよいしょするのも苦手なので、管理職は無理と見極めている。
 そんな自分ではあるが、竜崎のあり方は、心に新鮮な風が吹き込むような爽やかさがあった。ここ1年ばかり、自分は気がくさっていたな、と思う。
 尽くすべき対象に尽くすことが木っ端役人の気概だ。それ以外の雑事は、どうでも良い。
 愚かな人間も自己中心的な人間も、無能なくせに自己愛に満ちた人間も山ほどいるが、それも現実だ。
 有象無象と付き合うのも仕事の内だが、いつの間にかそんな業務環境に毒されて自分の気持ちまで腐ってきていた。そんなことを竜崎の果断な態度に気付かされた。自分にとって、必要で、良い読書だった。

2023年6月13日火曜日

0430 世界でいちばん透きとおった物語 (新潮文庫)

書 名 「世界でいちばん透きとおった物語」
著 者 杉井 光
出 版 新潮社 2023年4月
文 庫 240ページ
初 読 2023年6月11日
ISBN-10 4101802629
ISBN-13 978-4101802626

 なにしろ「ネタバレ厳禁」なので、ぜひ読み友さんと、個別に裏で「どこで何に気づいたか」を検証したい(笑)。紙本をこよなく愛する人であれば、かなり早い段階で気づくはずだ。
 個人的には、Amazonの広告は煽りすぎ。
 広告による先入観のせいで、つい穿った読み方をしてしまい、素直に読書を楽しめなくなったのが残念。

この本を読む人には、あまり帯や煽りにつられず、普通に読書を楽しんでもらいたい。
 表現の自由度が相当広い日本語であれば、そして短歌などの字数の制約がある中で事物や心情を表現してきた日本人であればこそ、これはアリだと思った。また、文章に波のようなおおらかな抑揚が生まれていて、すらすらと読める気持ちよさがあった。
 1点、大いに不満があるのは、「殺人」の解釈ですかね。ああた、20年前はそんなに昔ではありません。著者がお若いのかな?と思ったらそうでもなさそう。曾野綾子「神の汚れた手」あたりを読んで勉強していただけると嬉しいです。せっかくの構成が中身で台無しになりかねません。勿体ない。

 また、杉井光さんは、どきっとするような日本語表現を使われる。美しいと思いました。いくつか抜粋。
「僕にとって・・・・・、うっすらとした軽蔑と分厚い無関心越しに遠く眺めるだけで済む。」————“うっすらとした”と“分厚い”の対比の使い方が面白い。
「こんなにも薫り高く穏やかで暖かい死の予感に満ちた場所では、嘘は口に出した端から腐っていきそうだ。」————ちょっと私には思いつけない表現で、凄く印象的。
「足の爪が割れそうなほど寒い二月末の夜に」————足の爪が割れそうな寒さ、って私には想像が付かないのだけど、これも素敵な表現だと思いました。
 あとですね。
 この本をよんだら、猛烈に京極夏彦氏の著書を読みたくなりました。いままで、あの分厚さに圧倒されて、敬遠していたのですが・・・・・

2023年5月19日金曜日

0424 スティグマータ (新潮文庫)

書 名 「スティグマータ」
著 者 近藤 史恵        
出 版 新潮社 単行本 2016年6月/文庫 2019年1月  
文 庫 402ページ
初 読 2023年5月19日
ISBN-10 4101312656
ISBN-13 978-4101312651
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/113841586

 ヨーロッパで日本人の先陣を切って走っているチカもすでに5年。30歳になり、すでにベテランの域に達している。ツールで総合優勝を飾ったこともあるミッコのアシストとして知っている人も多い。日本での相棒である伊庭も今年からヨーロッパのチームに移籍し、ツール・ド・フランスでのステージ優勝を虎視眈々と狙う。チカは新しいオランジェフランセというチームに加わり、ニコラのアシストを務める。
 少々陰鬱なところもある思索に耽りがちなチカの語りに付き合って、うっかりするとこちらも鬱々としてきそうだ。これ、体調が悪いときに読んだら本当に鬱るかも。それでもなお、走り続けるレーサーであり、スポーツである。自転車レース鑑賞の経験が乏しい私はつい、何回も観た『茄子ースーツケースの渡り鳥』と比較してしまうのだが、まあほぼ、テーマは同じなのかな、と思う。
 人生に起こりえた様々な出来事や幸福や安楽を辛く厳しいロードレースに捧げ、そのことに苦しみながらも、なお、走ることを止められない因果な選手達の物語だ。
 そんなせいで、このストーリーの核心にいるチーム・ラゾワルのメネンコが私の脳内で『茄子』に登場するチーム・ゴルチンコのザンコーニの絵になってしまうのも仕方がない。幸いにして、チカがぺぺの絵になることはない。絶対にない。
 
 前作を読んだ時にも書いたが、チカの闘い方は、日本人的だ、と思う。参謀に重きをなす。大将を支え続けるナンバー2。大石内蔵助、弁慶、土方歳三、オーベ・・・(違うか?ここはキルヒアイスか?)、主君に殉ずることを美徳と捉えることのできる日本人は、アシスト向きかもしれない。そのチカは、冷静な観察眼と、培った経験と人脈でレースの行方を自分なりに見切り、ニコラを支える。チカの価値に気づけないなら監督失格だろう、チカが来年の契約を獲得できて良かった。ついでにニコラがまた、相変わらず可愛い。
 チカが、3週間続くツール・ド・フランスを全力で駆け抜けながら、私も一緒にツールに連れて行ってくれる。僥倖である。

 大変余談であるが、職場にいく道中の坂道で、同じ職場の方と「この坂道がね〜」という話になり、ついうっかり、「この坂道を超えれば後は平坦だから!」と口走った私であった。

2023年5月13日土曜日

0422 悪しき正義をつかまえろ ロンドン警視庁内務監察特別捜査班 (ハーパーBOOKS)

書 名 「悪しき正義をつかまえろ ロンドン警視庁内務監察特別捜査班」
原 題 「TURN A BLINF EYE」2021年
著 者 ジェフリー・アーチャー    
翻訳者 戸田 裕之    
出 版 ハーパーコリンズ・ジャパン 2022年10月
文 庫 528ページ
初 読 2023年5月12日
ISBN-10 4596754411
ISBN-13 978-4596754417
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/113712654 

 今作もずっしり重い。隅から隅まで、エピソードがまるで英国菓子のクリスマスプディングのように混ぜ込まれてぎっしり詰め込まれている。
 警察物、捜査物、裁判物として、いろいろと不満が無いわけじゃない。
 ある意味大味な作品でもあって、例えば脱獄した重犯罪人が海外逃亡した挙げ句に外国で死体になったら、死体の返還を求めないのだろうかとか、英国とスイスの捜査協定ってどうなってるんだ、とか、いくらなんでも顔の現認ぐらいできるだろーが、とか。スコットランドヤードは退職した汚職警官から制服や通行証や身分証を返還させないのか?(それあり得ないでしょ?)とか、囮捜査と隠密捜査がごっちゃになっていないか、とか、証拠品を押収する際に、それが置いてあった状況やら証拠品を写真撮影しないのだろうか、とか。もし、証拠写真があったら、裁判で開示された写真が現物ではないことが照明できないか?・・・・・などなど、引っかかるポイントは多々ある。しかしまあ、そうは言っても、この作品が面白いことには間違いない。

 クリスティーナもまだまだ何枚も化けの皮をかぶってそうだし、この狐と狸夫婦の今後の波乱も楽しみのひとつ。次は殺人班ということで、サクサク出世していく主人公、いちおう次作も楽しみにしている。



  

2022年9月19日月曜日

0392 サヴァイヴ (新潮文庫)

書 名 「サヴァイヴ」
著 者 近藤 史恵        
出 版 新潮社 単行本 2011年6月/文庫 2014年5月  
文 庫 295ページ
初 読 2022年9月13日
ISBN-10 410131263X
ISBN-13 978-4101312637
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/109074383

「サクリファイス」「エデン」の登場人物たちの短編6編。

1 老ビプネンの腹の中(チカ)
 パート・ピカルディに移籍して間もないチカに日本人の記者が取材に来た。たまたま別件でパリに取材に来ていたので「ついでに」頼まれた、という記者は、ろくなロードレースの知識もないまま、海外の本場に出たものの芽が出なくて苦悩している日本人選手、という先入観で記事のストーリーを作り、それに合わせてチカから言葉を引き出そうとする。チカを苛立たせた取材の最中に、かつてのチームメイトが死亡したとの連絡が入り、たまたま近くにいたチカが遺体の確認のために警察署に出向くことになる。  
 
2 スピードの果て(伊庭)
 静かで激しい闘争心を抱く伊庭と、風の吹くように爽やかなチカの世界選手権。
 チーム・オッジのエースで名実共に日本のトップ選手となった伊庭に、公道走行中に無謀なバイクが絡んできた。勝手に嫌がらせを仕掛けた挙句、バイクは飛び出してきたワゴン車を避け切れずに突っ込んで、バイクの男は伊庭の目前で事故死する。フランスで開催される世界選手権に日本代表のエースとして出場目前の伊庭は、そのシーンがレース中にフラッシュバックするようになり、スランプに陥ってしまう。オッジの中では伊庭に対する嫉妬から不穏な動きが表面化。不安と不調を抱えながらも伊庭は、世界選手権に臨むのだが。

3 プロトンの中の孤独(赤城/石尾)
 チーム・オッジにスカウトさればかりの石尾と、ヨーロッパから“乞われて”帰国してチームに加わった赤城。チームは久米という選手がトップに君臨し、そのほかのチームメイトは久米の子分と化している。無口でチームプレイが苦手の石尾は孤立し、同じく孤立気味な赤城は監督に頼まれて石尾をフォローすることにする。
  チームの中での人間関係の軋轢や、どろどろとした情念に嫌気がさしている石尾と話をしながら、赤尾はそれでも自分はロードレースを嫌いにはなれない、と感じ、石尾にツール・ド・フランスに出たくはないか、と語りかける。チーム内の小さな悶着よりも、より遠大な目標と憧れを示した赤城に、石尾が「じゃあ、赤城さん、俺のアシストをしませんか?」 と。
 赤尾は、若く未熟だけれど強靭で可能性の塊のような石尾と、ここから「サクリファイス」のあの時まで走り続けるのだ。 

4 レミング(石尾)
 オッジのエースとなった石尾がレース中に補給食やウインドブレーカーに細工をされて、レースを妨害された。やったのは現地スタッフの女性だが、裏にいたのはチームメイトだった。彼は、次に沖縄で行われるレースにエースとして出場することを切望していた。しかしこのレースは、石尾も2年間出場を待っていたレース。だが彼から話を聞いた石尾は、彼をエースとして自分がアシストし、沖縄のレースに勝つことを考える。無口で無感動で、他人に無関心に見える石尾だが、彼がチームの勝利のために働くとき、無欲なだけにその行動は思い切ったものになる。サクリファイスに通じる、まだ若い石尾らしさ全開のストーリーは気持ち良い。

5 ゴールよりももっと遠く(石尾)
 金のあるスポンサーが、ロードレースを日本で人気スポーツにしたい、と考える。タレント選手を作り出し、人と金が集まり、スポンサーも増え、選手人口が増えれば、有力選手ももっと出てくる。しかし、命懸けのスポーツに八百長という作為が入り込むことを許すことはできない。そんな思いを抱く赤城に対して、スポンサーは無限に金を出す訳ではない、作為をした分、それ相応の結果が伴わなければ見捨てられるのも早い、という冷静な石尾の見切りは鋭い。そして、石尾は、そのような計算や思惑を無視するかのように一人で走る。だが、表には出ない彼の怒りが、古家というライターを呼んだのだろう。そして、当の石尾は、愚直に、かつて赤城に約束した日のままに、日本よりももっと遠くのスタートを、そしてゴールを見ていた。 

6 トウラーダ(チカ)
 メンタルには自信はなくても、胃腸の強さだけには自信があったのに。
 チカこと白石誓は、ポルトガルのプロチームに移籍して、リスボンに移ってから3ヶ月目に体調を崩してしまった。原因は、トウラーダ(闘牛)観戦。
 日本人としてもメンタルが繊細な方のチカは、スペインにいた2年間、闘牛は頑としてとして避けてきたのだが、「スペインの闘牛と違ってポルトガルの闘牛は残酷ではない」という下宿先のチームメイトの両親の言葉を信じて観戦する気になった。だがそれは、程度の差こそあれ、罪もない牛を煽りたててなぶり殺しにするショーであることに違いはなかった。
 ものが食べられなくなってしまい一週間ほども寝付いて、やっと体調が回復した矢先に、こんどは下宿先の息子でチームメイトのルイスのドーピング陽性が明らかになる。ど
こまでもついてくる欧州の自転車競技のドーピング問題。
 この本、一話目と最終話が選手につきまとう薬物の問題で、日本にいるとあまりピンとこないが、それだけ根の深い問題なのだと改めて知る。

2022年9月11日日曜日

0390 エデン (新潮文庫)

書 名 「エデン」
著 者 近藤 史恵        
出 版 新潮社 単行本 2010年3月/文庫 2012年12月  
文 庫 318ページ
初 読 2022年9月11日
ISBN-10 4101312621
ISBN-13 978-4101312620
読書メーター 
https://bookmeter.com/books/5689122

 前作で、スペインのプロ・コンチネンタルのチームに移籍した白石誓ことチカは、2年間スペインで活動した後、今はフランスのプロチームにいる。チームのエースは前回のツール・ド・フランスの総合第五位のフィンランド人ミッコで、チカは、アシストとして手堅くミッコを支えている。お互いに寡黙な異邦人同士だが、相性は悪くない。
 チカは、次の世界選手権に日本代表として伊庭とともに出場するそうで、名実ともに日本のエースだ。
 そして、今年もツール開催の時期となったが、ここにチカのチームに大きな暗雲が立ち込める。スポンサーの撤退の決定。このままだとチームは解散になってしまう。チカは次の契約先が見つからなければ走る場を失ってしまう。チームの存続、それぞれの身の振り方、監督、メンバーそれぞれの思惑で、チームメンバーの間が軋みはじめ、居心地の良かったチームがギクシャクしはじめる。
 やっと手にしたプロチームと、ツールへの参加も、今年限りになり、下手したら日本に帰らなければならなくなるかもしれない。暗澹とした気持ちを抱きつつも、ミッコをサポートし仕事に徹するチカが、主君に殉ずるサムライみたいでなんとも日本的に思える。

 ストーリーは、前回ほどの激しい出来事はないが、三週間かかってフランスを一周する大レースに1日で選手たちと一緒に引き回される力技。(笑)
 そして、このレースに、フランス人の期待を一身に背負う、まだ若いエースのニコラとその親友でアシストのドニの物語が並走する。
 移民問題や人種・民族差別、経済格差などの社会問題を背景に、プロスポーツにというよりはツールに付きまとうドーピングの問題、どうしようもない実力の差と嫉妬、羨望など、きれいごとではすまされない世の中や競技の負の側面も背負いながら、それでも全身全霊でロードレースに打ち込む選手たち。
 
 それにしても、一万円かそこらで安価な自転車が手に入る日本の環境は恵まれているのか否か。そういえば、ヨーロッパの街角にはあまりママチャリは似合わない。そもそもヨーロッパが、自転車といえばスポーツサイクルで相当高価なものなのだ、という自転車文化だとは、このたび初めて知った。
 日本でも、せいぜい数万円で買える安価なMTBとかクロスバイクをひとつ超えると、10万円台クラスになる。
 生粋のフランス人のニコラの家庭が自転車など買えない貧乏な家庭で、アルジェリア移民のドニの家庭は次々に自転車を買い与えることができる裕福な家庭だ、というのも現実に存在する皮肉なのだろう。友達から次々に高価な自転車を貰う、という行動はちょっと不思議。日本人のメンタリティだったら「そんな高価なものをいただくいわれはありません!」って固辞する場面になりそう。なんて、この本を書いているのも日本人なんだから、そこに突っ込んでもしょうがないか。

 なんにせよ、ドニを失ったニコラはプロとして気持ちを立て直して、来年のツールに参戦してくるだろう。チカはミッコとともに新しいポルトガルのチームに移り、前年の王者として再びツールを走るだろう。ニコラが新たなアシストを得て、翌年、チカのチームとわたり合う姿を、ぜひ読みたい。


2022年9月10日土曜日

0389 サクリファイス (新潮文庫)

書 名 「サクリファイス」
著 者 近藤 史恵        
出 版 新潮社 単行本 2007年8月/文庫 2010年1月  
文 庫 290ページ
初 読 2022年9月10日
ISBN-10 4101312613
ISBN-13 978-4101312613
読書メーター 
https://bookmeter.com/books/570651   

 名作と名高いこの本を、やっと手に取る。本当はエデンの方が手元にあって、そちらを読もうかどうしようか、と思ったのだけど、やはりここは順番で読むべきでしょう。
 で、その選択は間違いない。この薄めの一冊に、自転車ロードレースの複雑さやその魅力、勝利に懸けるチームの、アシストに撤するメンバーの、トップに君臨する選手の厳しさ、それに人間の卑小さや情けなさが詰め込まれている。本心がどこにあるのか、どういう人間なのかが最後まで掴みきれなかったエースの石尾の本当の姿が、チカの心のなかではっきりと像を結ぶにつれて、この本のタイトルの意味が染みてくる。
 そして、終章がこれまた見事。ラストの数行には言葉がない。
 一方で、元恋人の香乃や、事故で半身不随となった袴田の身勝手さと、特に罰を受けるでもない結末が、読後にざらざらした感触を残すのだが、勧善懲悪の物語ではないし、現実に、いろんな思惑の人間が好むと好まざるとに関わらず影響を与え合うのがこの世の中なんだよなあ、とため息をつく。
 自転車レースについてはまったくの素人で、アニメの『茄子 アンダルシアの夏』と『スーツケースの渡り鳥』を見た程度。この二つの作品は大好きで、相当な回数を見ている。今回もこの本を読む前に、念の為にもう一度見た。奇しくもこの本の終章は、『アンダルシアの夏』の舞台となった、ブエルタ・ア・エスパーニャだ。
 私も自転車は「子どもの送迎」や「買い物の手段」以上には好きで、最初に自分で選んで買った自転車はジャイアントのMTBだったし、最近で一番お気に入りだったのは、黒のクロモリのミニベロだった。(しかし通勤に活躍してくれたこの愛車は自宅前から盗難にあい、失われてしまった。)だが、生来臆病なので、車道を走るのは本当は怖いし、交差点を通過するのも怖いし、後ろから自動車に追い抜かれるのも怖いし、小石を踏むのも、マンホールの上を走るのも怖い(笑)。とても、リアルでスポーツサイクルのスピードを楽しめるような性格ではない。しかし、この本を読みながら脳内でチカと一緒に走るのは爽快だった。

 しかもこの本でやっと、この競技の面白さや戦略の緻密さが少し判った。主人公チカのような、「勝つこと」に執着しきれない人間でも役割がある、というのが面白いと思う。様々な人間が勝負に関わることをゆるす懐の深さは、歴史あるスポーツだからかもしれない。個人競技のようでチームプレイであったり、個人の駆け引きとチーム同士の駆け引きが様々な次元で絡み合う、ゲームそのものが巨大な生き物のように感じられるのも面白い。そういえば、レース中継で大勢の選手が魚群のようにひとかたまりで動く姿は、本当に一個の生き物のように思える。

 余談だが、スペインのチームのサントス・カンタンのメンバーが群がって舐めてたのが、これ。『ヌテラ』チョコレート風味のスプレッド。つい気になってググってしまった。なぜ、あえて「チョコレート」ではなく、ヌテラなんだ? カロリーの摂取制限ではなく、あえて計算ずくで糖分を取らなければならない、チカのような選手にとっては、この瓶に群がってスプーンを舐める選手たちの集団はびっくり!だろうね(笑)