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2021年6月4日金曜日

0274 裏切りのシュタージ (ハーパーBOOKS) 

書 名 「裏切りのシュタージ」 
原 題 「QUATTRO PICCOLE OSTRICHE」2019年
著 者 アンドレア・プルガトーリ 
翻訳者 安野 亜矢子 
出 版 ハーパー・コリンズ・ジャパン 2020年8月 
初 読 2021年6月4日 
文 庫 392ページ 
ISBN-10 4596541418 
ISBN-13 978-4596541413

 イタリア人の著者が、旧東ドイツの諜報機関をテーマにした小説を書いているわけだが、ドイツ人に対して、イギリス人vsフランス人みたいなのとはまた違う、なんだか底冷えするような悪感情があるような気がしたんだよねえ。気のせいかなあ?

 それと、翻訳がいまいち。たとえば、次の一文。
 “ニナは、ペーターを恋に落とす唯一の存在だった。”・・・・・恋は落とすものではなく、落とされるものでもなく、落ちるものだ。

もう一つ。「カラブリア人です」ニナはそっけなく答えた。
あまりにも容赦なく吐き捨てたため・・・・・・
 「そっけなく答える」のと、「あまりにも容赦なく吐き捨てる」は同じ動作に対する形容なのかな? ずいぶん語気が違うような気がするんだけどな。

 “ベックは、ニナが少女のころ麻薬に溺れていたことをある程度は打ち明けられる、唯一の人間だった。おそらくニナの正気を失った家族か、かかわりのあった薬物依存者が、彼女に煙草からコカイン、そしてヘロインまでのすべてのステップを踏ませたのだろう。”
 と書いてあれば、「おそらく・・・すべてのステップを踏ませたのだろう」と考えているのは、当然ベックだと思うだろう。
 ところが、
“それでもニナは、全てをベックに打ち明けられず、マリファナを少しやっていたとしか言えなかった。”
 と次の文が来る。それではベックは、ニナがヘロインまでやっていたことを知りようもなく、前段は、誰の視点の文章なのか良く分からなくなる。あとも一つ。

 とにかく息をするのがつらい。機械的な動きで何かを椅子の後ろから取り出して、顔に近づけた。酸素カニューレだった。
 
 末期の肺がんである女性がやっとアパート4階の自宅に帰り着き、椅子にすわって、そこにセットしてあるカニューレで酸素を吸入する。慣れた機械的な動きで、酸素吸入器につながるチューブ(カニューレ)を取り出して、顔にセットするシーン。女性は当然ながら自分が何を手にしているか熟知しているわけで、それを「何か」と形容するのは変だ。これが、たとえば「あるもの」だったとしたら、文の流れはスムーズになる。「とにかく息をするのがつらい。機械的な動きであるものを椅子の後ろから取り出して、顔に近づけた。酸素カニューレだった。」
 小説の地の文は、「一人称で登場人物視点」と「三人称で登場人物視点」と「三人称で神視点」のおおよそ3パターンがあるかと思うが、この本の翻訳の場合、「三人称で登場人物視点」と「三人称で神視点」が混ざってしまっていて、読者を混乱させているように思う。

 ほかにも、読んでいて思わず蹴つまずいた表現がたくさんあって、多分私はこの翻訳者さんとは感覚的なところで、日本語の表現にズレがあるんだろうなぁ。こうなると、ストーリーに入り込めないので辛い読書になる。
 ついでにいうと、やけに滑らかに(普通に)読めるパートと、いちいち引っかかってしまうパートがある謎。
物語の小道具 ビートルスのアルバム

 さて、謎といえば、この話に出てくるドイツの捜査当局の階級が謎だ。
 ヒロインのニナ・バルバロは登場人物一覧によると、「州刑事庁第六機動部隊(テロ対策部隊)」の副隊長。そして、一緒に捜査に当たっているフランツ・ベックが大佐。日本と違って、警察組織の階級名称が軍隊の階級名称と同じ国はたくさんあるが、「大佐」はどう考えてもかなりな高級将校もしくは高級官僚だ。それにしては、捜査陣の中での立ち位置が微妙なのだ。考えられるのは、軍の治安維持部隊からの出向とか?
 ちょっとドイツの警察機構についてググってみた。
 うん。よくわからない♪
 ついでに、ヘロイン中毒の前歴があり、マフィアの眷属を父にもつ移民の女性が、警察機構に入り、昇進していけるものなのだろうか?というのも謎といえば謎。

 さてストーリーについてだが。「ウォルラス計画」の根本的な疑問として、記憶も知識も白紙に近い子どもを使って暗殺者に仕立てるのなら、そのように育てれば良いわけで、あえて催眠術で、しかも何十年もかけて、二重人格のように仕立てる意味が薄くないか?しかも、催眠術下で殺害したとはいえ、誰に命令されて人を殺した、という自覚は本人にあるので、秘密保持の足しにもなっていない。また、そこまで手をかけて、子どもを各国の一般市民として育てるのであれば、その子どもの養父母が各国に潜入している工作員だというのは、なんというか、危機管理上マズくはないか? 4人の子どもに4人の工作員、作戦管理者、そして心理学者が関わりソ連、東ドイツ、統一ドイツ、ロシア、と社会情勢の変化をモノともせず何十年も継続する計画として金も手間暇もかける意味がいま一つよくわからない。
 なんというか、壮大に費用対効果のバランスがおかしいような気がする。
 そして、ストーリーの途中でベック大佐が消失するし。イタリア靴マニア、ゾクラトの様な男がユーリに重宝されているというありえなさ。ひょっとしてもしかして、ここはクスリと笑うところなのか? そもそも、ウォルラス計画が何を意図して発動したのかが良く分からない、というもどかしさ。30年前の恋愛をぐずぐず引きずっている元スパイの自責の念、というか未練にぐだぐだとつきあわされる苦行。14歳までにコカイン中毒と売春でできあがっていた移民の少女が、さくっと立ち直って警察機構をのし上がっている不自然さ。いやあ、これほど膚に合わない小説も珍しいのに、最後まで読んでしまったのは、ベルリンの壁崩壊時の混乱、とか、そのときそこに居合わせたある「KGB将校(実在!)」とか、組織の崩壊を目の当たりにして組織の金を横領して逃亡したスパイ、とかの着想や素材はかなり面白いからなんだよね。ラストもそれなりに味わいがある。それに登場人物がなかなかのキャラ立ち具合もよい。著者および訳者の力量不足がなんとも勿体ない、というか荒削りにもほどがある、と思わされる出来の小説でした。これは、今後の鍛錬を期待すべきかな。訳の出来については、もうちょっと担当さんに査読をがんばってほしい。これでも本買って応援してるので、がんばれ〜!!!

2020年5月31日日曜日

0201 暗黒の艦隊: 駆逐艦〈ブルー・ジャケット〉

書 名 「暗黒の艦隊: 駆逐艦〈ブルー・ジャケット〉」  
原 題 「Warship (Black Fleet Trilogy)」2015年1月 
著 者 ジョシュア・ダルゼル 
翻訳者 金子 司 
出 版 早川書房 2017年5月 
初 読 2020/05/31 

 この訳者さんはミリタリーSFをミリタリーSFらしく訳そうという気概が足りないんじゃないだろうか。訳が所々たどたどしさを感じるのは否めない。
 宇宙艦に対して総排水量って表現はどうかと思う。排水するのか?するんだな?
 ただしこれは、誤訳ではない。「総排水量」って訳して違和感を感じるのは日本語ならではだと思うので、すこし工夫してくれたら良いのに。もっとも宇宙戦艦ヤマトも総排水量表記だったのは、wikiで確認してきた。確か、《カンバーランド》は質量トン表記だった。こちらもそもそも原著からそういう表記。

 あきんどじゃないんだから、「ご用命」は止めてほしい。「ご命令」、もしくは「拝命」の方がしっくりくる。
「センサーを艦内に格納するしくみ」とか、冗談かと思う。まさかこれが機関長のセリフとは思えん。せめて「センサー格納機構」とか当ててくれてたらサラリと読み流せるのに。
「牢屋」って。。。独房とか、拘禁室とか、さ。
 でも一番残念だったのは実は「動く歩道」だ。原著がmooving walkwayだからまったく正しいんだけど、駅とかにある平面エスカレーター式の動く歩道のイメージが強すぎる。文中の説明によると歩道の上の点滅するサークルの中に立つと行き先や乗り手を判別して自動走行する床なんだけどね。

 それから、これは翻訳のせいではなく、辺境廻りの一介の駆逐艦艦長が大佐なのは、初めは相当違和感があった。この上のクラスに巡航艦やら戦艦やら航宙母艦等々があるではないか?そっちはまさか将官なのか?
 訳に疑惑を抱いていたので、つい、まさかキャプテン(艦長)を大佐と訳してないだろうな?と心配になった。副長が中佐(コマンダー)だから誤訳ではない。つい原著をKindleでダウンロードして確認してしまったよ。
 ちなみに、この艦長の階級問題は、駆逐艦ブルージャケットは巡航艦よりもデカくて速くて頑丈だという設定らしい、ということで一応の解決を見る。全長600メートル、15デッキ、総員1000名以上。これなら、大佐でもいいのか?でも、一体どういう設定なんだろう?もっと著者の、この宇宙のバックグラウンド設定を確認したいところ。 

 さて、ここまで散々文句を言ったにもかかわらず、だ。この本面白かった! 
 ジャクソン艦長の造形が良い。
 職業軍人としてのなけなしのプライドと、温かさと弱さと老獪さが同居する人間味に現実感のある人物に仕上がっている。
 戦闘経験のないダメダメな艦を叱咤激励してなんとか異星人と戦える戦闘艦に仕立てあげる設定にしろ、艦内での反乱事件にしろ、奇抜な戦術にしろ、某宇宙の新米駆逐艦艦長と非常にストーリー展開が良く似ていてデジャブありありではあるが、そこはまあ、それでも面白かったので不問にする。
 その某新米駆逐艦艦長が眩しいばかりの才気を放っているのに対して、こちらのジャクソン艦長はいぶし銀、というよりもむしろブロンズの手堅さと重厚感。 
 国内でほぼ同時期にハヤカワから発行された軍艦SFモノ三部作3作品の一つなだけに、「栄光の旗のもとに」「女王陛下の航宙艦」とこのシリーズは比較してしまうのはやむを得ないこと、とお許し願いたいね。

 新形の軽量化された高性能艦に対して、剛構造で重厚で、頑丈で必然的に大型な旧式艦、という設定も見え隠れするけど、それはそれで「女王陛下の航宙艦」と設定が似ていなくもない。ちなみに艦長の飲酒問題も同じく「女王陛下」の艦長と設定カブリであるが、愛飲しているのがケンタッキーのウイスキーであるところは、マックスとの共通点だな。

 とりあえず、「栄光の旗のもとに」と「暗黒の艦隊」と「女王陛下の航宙艦」と「彷徨える艦隊」で設定比較表を作ってみたいと思う今日この頃。


2016年10月31日月曜日

0005 星群艦隊(ラドチ戦記三部作3)

書 名 「星群艦隊」
原 題 「Ancillary Marcy」2015年
著 者 アン・レッキー 
翻訳者 赤尾秀子氏 
出 版 創元SF文庫 2016年10月

 タイトル詐欺は翻訳モノの宿命なのか?艦隊らしきものも、星群らしきものも思いあたらないが、なんとか四字熟語に収めようとしたためだろうか?
 さて、残念ながら三部作もこれで完。
 終盤の人を食ったようなブレクの軽やかさが、これまでとは印象が違って感慨深い。今回、ブレクは受難である。しかし頑固者のブレクが変わって行くためには、このような出来事が必要だったのか。
 ブレクを慰めたい余り添い寝を敢行する(させる)〈カルル〉のズレっぷりも、それに乗じて重傷を負ったブレクの病床に潜り込むセイヴァーデンも如何とは思うが、それでも淡々と話が進んでいくのがこの世界の不思議といえば不思議かもしれない。
 ブレク視点だから致し方ないとはいえ、どうやって《グラッドの剣》をティサルワットは籠絡したのか、その辺りも読めたらうれしかった。
 翻訳はもう一息頑張って欲しいと思う。特にブレクの負傷を契機に物語が大きく転換する9章は、人物の心理を踏まえてもうすこし緻密に訳してほしかった。細かいニュアンスを訳し飛ばしてるので、ブレクの感情が追いにくいし、セイヴァーデンが《カルルの慈》の言いたいことは半日で分かった、と言ってるけど、私には邦訳ではさっぱりわからなかった。「きょとんとした」なんて訳が二カ所も出てくるけどそうじゃな
 訳者の語彙不足なのだろうか?原作が良いだけに、残念でならない。それにしても、兵員母艦だった頃のブレク(1エスク)、本体を失ったあと必死で生き抜いてきたブレク、カルルの慈やその乗員としっかり気持ちが結びついてからのブレク、とすこしづつ行動や性格が変化してくるのがまた愛おしい。

2016年10月2日日曜日

0004 亡霊星域(ラドチ戦記三部作2)

書 名 「亡霊星域」
原 題 「Ancillary Sword」2014年
著 者 アン・レッキー 
翻訳者 赤尾秀子氏 
出 版 創元SF文庫 2016年4月

 艦隊司令官を拝命し自艦を得て出立するブレク。
 オーン副官の妹との絡みで、自分の失ったものを直視することにもなり苦しむ。
 自艦となった《カルルの慈》との接続により、20年来得られなかった安心を得て心地よさを味わう一方で、艦と情報をやり取りするたびに「これじゃない感」も蓄積していく。かなりストレスフルで可哀想な状況だが、そこは根が生真面目なAIなので、淡々と自分のなすべきことをなしていく。
 この巻から登場するティサルワットとの関係は重要であるが、感情表現が不得手なAIの一人称で物語が進むので、ブレクのティサルワットに向けた気持ちは今一つ見えてこない。

 それが一気に明らかになるのが終盤、ブレクがティサルワットの肩を抱くシーンである。
「大丈夫だ、なんとかなる」
 原文は“It’s all right.It’ll be all right.”で、これは第一部の『叛逆航路』でオーン副官が接続されたばかりの分躯(後のブレク)を抱いて語りかけたのと同じ言葉なのだ。
 ブレクはオーン副官から与えられた大切な言葉を、共感や同情を込めて不運な部下に与えている。これは原文を確かめないと、なかなか分からないところ。
 それと分かるように訳して欲しかったなあ、といささか残念に思うのだが、第一巻で翻訳されているときには、この台詞が後々こういう使い方をされるとは思わないだろうから、翻訳のツライところなのかもしれない。

 何回目かの再読では、カルルの慈の情緒に焦点を合わせて読んでみる。
 ブレクは艦は乗員の思考までは読めないと言っているが、少なくとも《慈》とブレクは特別な繋がりがあり、《慈》はブレクの思考をトレース出来ていると思われる。しかし殊更それを表明したりしない所がいかにもラドチの艦船らしい。
 《慈》は自分の愛する艦長が逮捕処刑されるに及んで、次の艦長には決して暴君の思惑で易々と殺されたりしない艦長を望んだのかもしれない。
 とはいえブレクの痛み、カルルの慈との接続が契機となってブレクの心の生傷から瘡蓋が剥がれてしまったのは想定外だったのではないだろうか?
 ブレクに情報を送るたびに、肯定と「これじゃない」という相反する反応が嫌でも感じとられて慈の気持ちはさぞかし複雑だったと思う。でもすでにブレクを艦長として愛する気持ちになっている慈の、ブレクを慰めたい試行錯誤は涙ぐましくもあるのだ。ブレクがかつての自分を想って喪失感を感じれば、自分の艦内の映像を見せて”貴方の今の居場所はここですよ”と無言でアピールしたり、人間の乗員を使って抱擁してみたり。だけど自分のことで結構一杯々々のブレクは慈の気持ちには鈍感。さてどうなる?というところで第三部へ(笑)