2020年6月16日火曜日

0205 殊勲の駆逐艦

書 名 「殊勲の駆逐艦」 
原 題  「KILLING GROUND」1991年 
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 大森洋子
出 版 早川書房 1996年 

 英国海軍の駆逐艦グラッディエイターの艦長、デイヴィッド・ハワード少佐(27歳)。Uボートが跋扈する、まさにキリング・グラウンド(殺戮の場)、大西洋ですでに長く護送船団の護衛を務めている。直近の任務の後イギリスに帰り着き、今は艦の解体修理と補給を終えたところ。前回の護衛任務は、40隻の船団で出発し、イギリスに辿りついたのはたったの13隻だった。その航海の労苦が、まだ若いはずの艦長の顔に影を落としている。そして、グラディエイター号に届いた次の命令は、「北ソ連」向け輸送船団護衛だった。(なんてーこった。ユリシーズと同じかよ!と、私の心の声。)
 まずは、艦隊の集合地である北の港にむかう。
 それすら、ノルウェーがドイツに獲られて沿岸の制海権がドイツに移っている北海では気の許せる航海ではない。やっと、アイスランドのレイキャビク港に入港。休暇中のほっと息抜きできる場所すらも陸(おか)ではなく、自艦の艦尾にある艦長室であるというハワードは、作戦行動中は使用しない艦長室にやっと向うことができた。艦長室では、従兵ヴァランスが艦長の為に部屋のストーブに火を入れ、フロを沸かしてくれている。艦長の深い疲労を見て取り、この若い艦長が自分たちを港に連れてきてくれた、これからも自分たちを導いてくれる、と信頼を深めるヴァランス。この信頼関係が海軍物を読む醍醐味だよなあ。
 さて、休暇中や陸の上での人間関係と海の上での作戦行動を交互に描くのがリーマン流。
 この北海の輸送船団で戦闘中に散った航空機パイロットの妻(未亡人)がおもむろにストーリーに絡んでくる。なんでかしらんが、ちゃんとハワードが一目惚れするのはお約束なのか?とにかく、一瞬にして、彼女シーリアは彼の忘れられない人になってしまうのだ。
 北海の後は、再び大西洋。
 親しい友の艦が次々に目の前で沈められ、戦闘の過酷さにハワードの精神もだんだん追い詰められていくようだ。戦闘後に手の震えが止まらなくなり、副長のトリハーンは震えるハワードの手を掴んで、彼の代わりにパイプの世話をしてやる。年若く繊細でもある艦長の精神が次第に壊れていくのを見守るしかない。止めの一撃になったのは、かつてのグラディエイターの副官で、ハワードの親友でもあるマラックが艦長をつとめるコルベットが血祭りに上げられたこと。あろうことか、Uボートはコルベットを航行不能にした上で海に浮かべておき、救助にくる僚艦の囮としたのだ。
 救援に駆けつけたグラディエイターに、信号でUボートが近くにいることを伝えた直後、マラックのコルベットはグラディエイターの目前で撃沈された。打ちのめされるハワード。

 ハワードの精神的危機を案じた駆逐隊指揮官ヴィッカーズ大佐は、ハワードに短い休暇を取ることを命じる。そのまま艦の指揮権を奪われ傷病を理由に陸に上げられるのではないかと抵抗するハワードに、ヴィッカーズは、ハワード不在中は自艦がオーバーホールに入っている自分が先任士官として代理で指揮を取る、(つまり、後任人事はしない)と説き伏せる。無理矢理休暇に出されたハワードを迎えたのは、恋人となっていたシーリア。わずか9日間の二人だけの時間。愛し合い、語りあい、心の澱を吐き出すことで、ハワードは心が満たされ、癒やされていく。おとぎ話のようではあるが、これがまた、美しい。
 休暇から戻ったハワードは、副長がおどろくほど自信に満ち、逞しく、安定していた。そして中佐への昇進。ハワードもまた、グラディエイターを離れて、次の階梯に進まねばならない。また、グラディエイターは護衛艦への改修も決定されていた。せめて、愛するグラディエイター号を信頼する副長の手に委ねたいと願うハワードであるが。

 グラディエイターの最後の航海となったのは、機械のトラブルで航行不能となった病院船の救助。病院船は、それと分かるように煌々と明かりをつけ、赤十字マークを照らし出しているものだが、電源を喪失した大型船はそれもできず、大洋のただ中で、大きな標的でしかない。乗員は500名以上の傷病兵たち。船を守れるのはグラディエイターしかいない。
 Uボートの接近を察知し、病院船とUボートの間に回りこむグラディエイター。まるで艦自身が意志したかのように、病院船の身代わりとなってその身に魚雷を受けたのだった。
 負傷し、苦痛に喘ぎながらも、総員を退避させ、救命いかだから、沈みゆくグラディエイターを見守るハワード。グラディエイターは、ハワードと別れることを拒み、護衛艦へ改修されることを拒み、誇り高い駆逐艦でありつづけようとしたのか。
 第二次大戦中、激戦を闘い抜いた英国海軍G級駆逐艦の一隻の、最後であった。

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