2020年6月21日日曜日

0206 輸送船団を死守せよ

書 名「輸送船団を死守せよ」
原 題 「For Valour」2000年
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 高津幸枝
出 版 早川書房 2003年

 グレアム・マーティノー英国海軍中佐、33歳。生粋の駆逐艦乗り。
 一方的展開になった戦闘の中で輸送船団を守る為に自艦をドイツ艦に体当たりさせ、自艦は沈没、自身は負傷し、部下の大半は戦死。この英雄的行為でヴィクトリア勲章に叙勲され中佐に昇進、新しい指揮艦に着任するところからストーリーが始まる。
 実は妻が親友である副長と浮気をしていたことを知っており、部下と艦を犠牲にした自分の指揮は果たして正しかったのか、自分の感情が一瞬の判断に影響していなかったか、と深い疑念と後悔を胸の奥に畳んで、新たな艦と任務に望むマーティノー。噂が早い海軍なので寝取られ男であることはすでに新しい乗艦であるトライバル級駆逐艦ハッカ号の全乗組員が知っている。そして、重傷を負って入院していた、親友であり、妻を寝取った男でもあった副長の死亡の報。決して望んだ形ではないが、一つの決着。
 自艦を喪ったばかりの自分に新たな艦の指揮をとれるのか、ハッカ号の副長は次の艦長となると目されていた男で新艦長の着任は心楽しくないだろう、と諸々不安はあるが、それでも自分にできる海軍の流儀に従って、部下を信頼し部下に自分を信頼させるしかない。
 『殊勲の駆逐艦』と筋立てが似ているという評もあるが、マーティノー艦長という個性は、『殊勲の駆逐艦』のハワード艦長とは違う人となりで一回り逞しさがある。ラストの海戦ではまた自沈攻撃しかけるんじゃないか、とかなりハラハラしたが、最後まで自艦を守り闘い抜いたところも上々な読み応え。
 『殊勲』のハワード艦長はどちらかというと神経が細やかで繊細な人柄で、戦争神経症一歩手前で踏みとどまっている必至さと、それが恋人の存在に癒やされていくところも読みどころだったけれど、マーティノー艦長はもうすこし逞しく、安定感があるところが魅力的。どちらも共通して良いと思うのは、戦闘中に艦自身と意思が通じるような一体感を感じる瞬間が描かれているところ。リーマン節といえば、影のある男(艦長)と過去のある女が定番というが、この本ではそんなにイチャイチャしてません。念のため。

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