2021年5月14日金曜日

0269 もう過去はいらない(創元推理文庫)

書 名 「もう過去はいらない」 
原 題 「DON'T EVER LOOK BACK」2014年 
著 者 ダニエル・フリードマン 
翻訳者 野口 百合子  
出 版 創元推理文庫 2015年8月 
文 庫 368ページ
ISBN-10 448812206X
ISBN-13 978-4488122065
初 読 2021年5月9日

 主人公バルーク・シャッツ(元警官)88歳。付属品は歩行器と357マグナム。過剰な暴力に閉口する。とりあえず殴りつける、得物はブラックジャック、しかも骨折させたり脳に障害が残るような力で。尋問はそれから。尋問すらしない場合もある。傷つけることだけが目的なことも。
 バックのやり方は気分が悪いし許容できないし、正直読んていてドン引きするのだが、「自分が生きている世界は厳しく不公正で残酷だ」と骨の髄から思い定めているユダヤ人としてのバックの世界観は良いとか悪いとかのこちら側の気持ちではなく、「あるもの」として受けとろう、と途中で思い直した。
 公平でも優しくも正義でもないと認識している世界で、合衆国という白人キリスト教徒が支配する人種差別国家国に生まれて、妻と子と母と、地域のユダヤ人社会を守りながら、地域社会の治安に携わることを仕事にしたユダヤ人の生き方であれば、こうもなるのだろうか?
 一方で、大泥棒イライジャはバックの合わせ鏡のようだ。なぜ、正しくも公平でもないとわかっているルールに従う必要があるのか。ルールに従っても世界は守ってくれない、どうせ殺されるなら、力あるものから好きに奪ってなにが悪い。イライジャのやり口や理屈は、虐げられる側の心をくすぐる。
 この因縁の2人が、50年ぶりの邂逅。
 怪我も癒えきらず、移動には車いすや歩行器が必要な88歳が、またしても犯罪に巻き込まれる。
 物語は2009年と1965年を行き来しながら、バックの今は亡き息子ブライアンの“バル・ミツヴァ”———ユダヤ教徒の13歳になる男子の成人の儀式(ものすごく大事)———成人と見なされるとはいえ思春期の入り口の息子の鋭利な批判に耐えるバックの心情も絡めて進むのだが。
 いろいろと言いたいことが無いわけではない。登場するユダヤ人の描写が強欲であざとい泥棒、銀行家、小ずるい小悪党、窃盗犯・・・・である意味ステレオタイプで、作者がユダヤ系でなければちょっとこれもドン引きしたろうし。
 それでも、終盤330pのバックのセリフですべておつりが来る。
「自分はナチと闘う側だった。もし覚えて居てくれる人がいるなら、おれはそう記憶されたい。そして警察では、身を守るすべのない女子供を好んで襲うやつらをつかまえるために全力をつくした。だが、守護者としての警察の存在意義がほんとうはだれのためなのかわかっているし、法と掟と社会の安定でいちばん得をするのがだれなのかもわかっている。・・・・・・」
 
 とりあえず、じーさんの矜持が格好よい。よくぞ死なず、殺されず、88歳まで生きていた。
 こいつはミステリじゃなくて、ハードボイルドだった、と再認識したのだった。


 




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