2021年11月15日月曜日

0305-06 ハンターキラー潜航せよ 上・下 (ハヤカワ文庫NV)

書 名 「ハンターキラー潜航せよ 上」 「ハンターキラー潜航せよ 下」 
原 題 「FIRING POINT」2012年
著 者 ジョージ・ウォーレス/ドン・キース 
翻訳者 山中 朝晶 
出 版 早川書房 2019年3月 
文 庫 上巻425ページ/下巻426ページ  
初 読 2021年10月30日 
ISBN-10 上巻4150414491  /下巻4150414505 
ISBN-13 上巻978-4150414498/下巻978-4150414504 
 つい気になってしまった誤訳と、誤訳か誤植か迷うケースについて。
その1。
SASを『空軍特殊部隊』と訳す痛恨のミス。SASはSpecial Air Serviceの略称だが空軍ではない。『陸軍特殊空挺部隊』である。各部隊から志願し選び抜かれた陸軍の超エリート部隊。よって、小説に登場するシーンも多いのだが、軍事オタクではないが多少詳しく知りたいという人には、イアン・ランキンのリーバスシリーズ一冊目『紐と十字架』およびギャビン・ライアルのマキシム少佐シリーズをお薦め。いずれも現役のSASではないのだけど、雰囲気は伝わる。ガブリエル・アロンの親友ケラーも元SAS。アティカス・シリーズにも格好良い元SASが出てきた。
その2。
The young junior officer を「若い下士官」と訳してある。彼は大尉なので、決して「下士官」ではない。そもそも下士官なら、Petty officerだと思うんだよね。ここは下級士官と当てるところだろう。下士官と下級士官。誤訳か脱字か迷う。

 だがしかし。そんなことは置いておいて、潜水艦が氷海を潜り、海上艦は波濤を割って駆け、有能な司令官が指揮をとり、部下の乗組員たちは各々の技量の限り奮闘する。真っ当な海洋軍事小説である。つまりは面白い。『最後の任務』でスタージョン級原子力潜水艦〈スペードフィッシュ〉の艦長を務めたジョナサン・ワードが准将に昇進して、大西洋潜水艦部隊の司令官になっている。スペードフィッシュが退役した時点では中佐だった。あの麻薬撲滅作戦の勲功で大佐に昇進したにせよ、短期間(およそ2年ほど)の間に准将になっているっていうのは、超スピード出世なんじゃないか?あいかわらず、ワードは好男子だ。今回主役のロサンゼルス級原子力潜水艦〈トレド〉の艦長は、前作でワードの副長だったジョー・グラス。艦長となった今も、グラスとワードが見せる厚い信頼関係が読み手にも心地よい。北極海の氷の下からイギリスのファスレーン海軍基地に帰還した〈トレド〉とグラスを迎えたワードの会話。早くパブに行きたいというグラスに対し、ワードが言う。

「まあ、当分先だな。今度の作戦の戦術司令官は本当に人使いが荒い、 
冷酷非情なろくでもない男だからな」 
「誰です?」 
「わたしだ」

著者の一人のジョージ・ウォーレスが元潜水艦艦長で、それこそスタージョン級の〈スペードフィッシュ〉では副長をつとめ、ロサンゼルス級では艦長を務めた人。潜水艦管内の描写が精緻を極めるのは当然で、その分、陸上の陰謀のあれこれが相対的にかすんで見えるのは致し方のないところ。大勢の登場人物をからめ、さまざまな思惑が錯綜するが、総じて敵役がしょぼく見えるのは前作と同様。でもいいのだ。これは潜水艦の本なのだ。ないと話にならないから敵役も必要だが、私は海のシーンだけで満足だ。だがひとつ、気がかりなことがある。この巻に出てくるUSS〈マイアミ〉も〈トレド〉もロサンゼルス級の実在の潜水艦。〈マイアミ〉は2014年に退役したようなので、この本が米で出版された時ににはまだ現役だったはずなんだけど、良かったのか、沈めてしまって? 験を担ぐ海の男的にさすがに撃沈はまずいのでは・・・・と、まったく人ごとながらかなり心配になった。うーん、恨まれないだろうか?〈マイアミ〉関係者に。と、(繰り返すが)まったく人ごとながらまことに不安。

 で、ここからは下巻の感想です。
 米国証券市場を舞台とした民間パートの、コンピュータープログラム改竄による証券取引詐欺と市場テロの策動、ずっと軍事パートと交互にやって来たが、まさか最後までストーリーがほとんど交わらないとはびっくりだ。これ、民間パートをバッサリ削っても十分ストーリー成り立つよね、と書いてから、そういや映画はそうだったよな、と。
 軍事クーデターは兎も角、愛国主義とは別物の拝金主義者の魑魅魍魎が蠢く腐った資本主義市場は、老獪とはいえ単純な海軍軍人が泳ぐにはヘドロすぎる。一方、海上でイージス巡洋艦〈アンツィオ〉から指揮を執るジョン・ワード、その弟子たるジョー・グラス、そして小生意気だったのにどんどんグラスに感化されていくグラスの副長エドワーズ。ついでにこちらもジョンに感化される〈アンツィオ〉の艦長、海軍パートはとにかく読んでいて気持ちがいい。
 潜水艦のコースは途中何回も地図で確認。海上の視線から見るヨーロッパの地形は面白い。デンマークは海の要衝。かつて海洋国家として栄えたのもうなずける。で、普段メルカトル図法の地図ばかりみていると特に極地は距離感が狂うので、グーグルアースも活用。今回ロシア潜水艦隊はバルト海と白海の二手に展開したわけだが、モスクワを狙うとして、危険を冒してバルト海に潜り込む価値はあったのかな、とちょっと疑問に思った。モスクワまでの直線距離はバルト海、白海いずれも1000キロ超で似たり寄ったり。仮にバルト海からのモスクワ攻撃が成功したとしても、そのあと西側諸国の軍に囲まれるのは目に見えているわけで、素直に白海から攻撃仕掛けたほうが勝算はあったのでは?
 フィヨルドの戦闘、そしてバルト海の戦いは、映画に比べてもちょっとあっさり風味だったけど、十分堪能できた。面白かった。

 映画の方の『ハンターキラー潜航せよ』は尺に合わせて証券詐欺パートはバッサリ削り、潜水艦もロサンゼルス級ではなく、バージニア級〈アーカンソー〉に変更。 細かいところは良く分からないが艦尾のスクリュー周りのデザインがかなり違う。ロシア駆逐艦〈ヤヴチェンコ〉が単なる敵艦ではなく、ラストに乗員の意思でアーカンソーを守ってクーデター派に対抗するなど、渋い展開となる。私はこの映画が大好きだが、アメリカではあまり受けなかったらしい。ジェラルド・バトラー演じるグラス艦長が、かなり抑制の効いた役作りで、派手な戦闘好みの米国人には静的すぎたのだろうか?
 私は、何度見ても飽きないんだけどね。
 ところで、映画の中に登場するフィスク少将は、胸に潜水艦乗員徽章を付けている。彼は潜水艦隊司令官だったのか。小説ならドネガンとワードを足して割ったくらいの役回り。この潜水艦乗員徽章(ドルフィンマーク)、ドルフィンと言いつつ金のしゃちほこに見えてしまうのは私だけ?だって鱗あるし。。。。こういうことを、手軽に検索できるインターネット時代が本当に有り難いと思う。

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