書 名 「アリアドネの声」
著 者 井上 真偽
出 版 幻冬社 2023年6月
単行本 304ページ
初 読 2025年11月5日
ISBN-10 4344041275
ISBN-13 978-4344041271
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/131345317
最後まで読めば、納得の面白さです。読んでいる途中で感じた様々な引っ掛かりはおおむね伏線として最後にきちんと回収される。むしろ、結末を導くための作りこみがすごい。(むしろ過ぎている。)
なお、以下のレビューはネタバレを含むので、未読の方は読んではならぬ。
特殊な状況下で特殊な対象者(被災者)をドローンで救助する、という極めて特殊な状況を作り出すために、状況設定を作りすぎていて、現実味が薄くなった。具体的には、地下に広がる実験都市、ドローンだけが使用する搬送路、居合わせたドローン技術者、大規模災害発生なのに、要救助者はたったひとりの重度障害者・・・・・という舞台設定が、読んでいる私にリアリティがあるものとして感じられなかったのはちょっと残念だった。だけど、比較的行間が広くて薄め(軽め)の本でさらさらと読めるので、引っ掛かりはあれど、読むのは苦痛ではなかった。
ただ、若い作者であろうからか、言葉の選択が軽いなあとは思った。たとえば、墜落したドローンに対して「冥福をいのりつつ」は、かなり引っかかった。大規模災害の状況として、死傷者が多数でていて、冥福をいのらなければならない悲惨な被害者が実際にいると思われる状況で、電池切れで動けなくなったドローンに「冥福をいのる」という言葉を用いるのは思慮がたりないし、軽率だ。その軽さがあだになって、ストーリーへの没入をやや妨げられた。
主人公やその友人も、悲劇が盛り盛りで、「悲しみ」や「鬱屈」が飽和している。
こういう「過去の哀しみ」を背負った草食系男子っぽい主人公って、きっちり類型にはまっていて、最近では少々食傷ぎみだ。主人公の気持ちに感情移入できれば、ふつうの男の子が思わぬ重荷を背負って、それでも地道に一生懸命生きている、という状況も共感が高まるんだけど、言葉の使い方に微妙な違和感があると、その都度「違和感を感じている現実の自分」に返ってしまうので、感情移入を妨げられる。しかしこれは著者と、読者としての私とのジェネレーションギャップも影響しているので、必ずしも作品のせいではない。著者と同年代の読者で、難なく没入できる人もたくさんいるはずで、その人にとっては、ものすごい作品だときちんと感じられるはずだ。
特殊な状況を演出するための舞台装置については、若干の違和感を感じる。
例えば、住民や来訪者にまですべてIDが発行され、位置情報が管理される都市が、現代でありうるのか。 個人のプライバシーの観点から、たぶんそこまでの管理体制は許容されないのではないかな。
途中、地下 5 階から 4 階に上がったところで、彼女は空気マスクを外すのだが、彼女はどうやって二酸化炭素濃度が安全域であると知ったのか。
さらに気になったのが、WANOKUNIはどこにあるのか。
まず「県」であること。主人公と所属する小さなスタートアップ企業が密接に参画できてい
ることドローン講習に参加した消防士が人事異動しているくらいだがら、東京からあまり離れてはいなさそうだ。しかも、地下鉄が稼働している。県知事の力が強く、市長が腰ぎんちゃく呼ばわりされているくらいだから、政令指定都市ではないような気がするんだけど、どうだろう?
現在、地下鉄がある日本の都市は札幌市、仙台市、東京23区、横浜市、名古屋市、京都市、大阪市、神戸市、福岡市らしい。
そんなことを考えたのは、そもそも地下 5 階に地下鉄駅を作る必然性がないからだ。地下鉄路線が入り組んでいて後発の路線が大深度にならざるを得ない東京だって、都営大江戸線が地下 5 階の深さになっているところは少ない。一番深いのが六本木駅の地下 42メートル、新宿駅が36.6メートルだそうで、例えば新宿駅のJRの線路のレベルを地上2階だとすると、JR改札フロア地上1階、丸の内線改札フロアB1、大江戸線へのアプローチの地下道フロアB2、大江戸線改札フロアB3、大江戸線プラットホームフロアでB4。
WANOKUNIが地方都市であるとしたら、ここまで深く地下鉄を掘る必然性がまるでない。例えば、近くの鉄道駅からWANOKUNI線として支線を引き、WANOKUNIに入る手前で地下に入る、という設定もありだが、それならせいぜい地下1階か2階だろう。まあ、べつに鉄オタではないし、ここでリアリティにこだわる必要はないのかもしれないが、地下鉄駅を地下 2 階か 3 階に設定し、地下鉄駅から地上への避難誘導路は完備されていて、なんらかの事情で最下層に取り残された被災者を地下鉄駅まで誘導する、とかの設定だったらもっと気分的に盛り上がったのに、とちょっと(ごく個人的には)残念だったりする。
海で死んだ兄の「無理と思ったらそこが限界」という言葉の意味が、主人公の中で鮮やかに裏返ることとか、最後に現れる真相なんかは、ものすごく良い。だから、最後まで読めば、読後感はすごく良い。著者は良くここまで考えたな!と純粋に感心できる。
だけど、一方で、最後の反転に結びつけるために、あれこれ細部を作りすぎだとも感じてしまう。
ドローンのカメラが壊れたこと、熱分布マップを利用できたこと、被災者が「声が出せない」という設定。これらはすべて作中では「偶然」の産物で、数々の偶然の積み重ねで結末にたどり着いた・・・・・と思えれば、作品として成功。しかし、ああ、この結論作るためのこの設定だったのね、と読者に思われたら失敗。
そういう意味では、この作品、どうなんだろう。私的には、やや、もやもやする。単純に、だまされた!面白かった!ってなり切れないのは、たぶん私がひねくれているからなんだろうけど。
でも、まあ、いろいろケチはつけることはできたとしても、間違いなく面白い作品だった。

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