ラベル 介護日記 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 介護日記 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年1月24日土曜日

介護日記的な・・・その29 事後報告的な。

前回、第3ラウンドのゴングが・・・・なんて大げさなことを書いたが、とりあえず母は今週退院した。

 入院した病院に、常勤の泌尿器科やら腎臓内科の専門医がいなくて、週2回非常勤の先生が来るだけ。とりあえず、抗生剤投与で炎症を抑える治療だけを行う、と言われて入院加療を開始したのだったが。
 なぜ、専門医の居ない病院に入院することになったかと言えば、87歳の高齢でおまけに認知症で、専門治療を積極的に選択できるとは思われなかったためか、入院を打診した病院にことごとく断られたから。
 そのため、最初に検査を受けた総合病院が入院をひきうけてくれることになったのだ。
 まあ、仕方ない、といえば仕方ないことではあるが。治療の可否はともかくとして、腎臓に問題があるのは分かってるんだから、とりあえず引き受けろよ!とは思わなくはない。
 
 で、幸いなことに抗生剤投与が功を奏して、炎症は順調に治まり、体調は回復。炎症の原因は尿路感染症。水腎症になった左腎臓はそのまま温存という名の放置。内科の主治医先生の言葉によれば、左腎臓はもう機能は果たしていない。このまま大きくなることはなく、むしろこれから萎縮していくであろう。尿管閉塞の原因は現在のと頃不明。採取した尿を細胞分析(?)の検査に出しているから、がんであれば、分かるかも。・・・ということで、来週検査結果を聞きにいく予定。それから、GHの主治医と面談させてもらって、今後の対応方針を考えるかなあ・・・・・というのが現在のところ。

 現実問題として、今回の入院ではっきりしたのは、点滴も困難であること。
 母は元医療職だからか、あらかたもう、忘れちゃってるのに、点滴を上手に抜いちゃうんだよね。なんていうか、よくある認知症のご老人のように、むしり取って抜管、て感じではなく、丁寧に留置針を取って、点滴のルートを丁寧に丸め、床頭台の引出にしまってあった。
 もし、母が経口で水分摂取できなくなったとして、点滴で命をつなぐ、ということはできないな、と思った。
 もとより、延命処置はしない、ということで意見は一致している。それにしても、どこまでを延命のための医療行為とするか、は微妙に迷うところだな、とこれまで思っていたのだ。
 気管挿管はしない。人工呼吸器は使わない。中心静脈栄養や、胃瘻は行わない。といのははっきりしていたが、そうか、点滴もムリだな、とわかってなんだかすっきりしてしまった。

 母は入院していた初日、「なんだか、天国が近くにきているような気がするのよネエ」とのんびりと言うので、私も「そうだねえ、もういい年だからねえ、だいぶ近くに来ていると思うよー」とこれまた陽気に返事をした。 母と長閑にそんな話をしたのは、同じ6人部屋に入院していた、もう発語もままならない寝たきりのおばあちゃんの家族が、それはそれは悲壮感溢れる看病をしていたからでもあった。 家族の形や関係性は、それぞれなので、もちろん口出しするようなことではないが、もっと穏やかに見守ってあげりゃあいいのに、と内心思ったりもした。

 人は必ず死ぬ。死ぬことを忌避することはできないし、するべきではない。忌避するべきは悲惨な死に方や、苦痛であろうと思う。現代医療が目指すのは「老衰死」だ、と最近の本で読んだ。母を観ていると、それほど遠くない先に、自分の老後もあるのが見える。できれば認知症にはならずに「老衰死」と言えるような最後を迎えられるならば、と思う。思うにまかせないであろうとも思うのだけど。蛇足ながら「尊厳死」は必要ないと思っている。

2026年1月10日土曜日

介護日記的な・・・その28 第3ラウンドのゴングが鳴る。

前回の日記その27で「いちおうの最終回」なんて書いたワケなんですが。
母が、GHに入居してまだ3ヶ月ですが、第3ラウンドが始まりそうですよ。

令和4年夏〜令和7年7月までの、通いと遠隔見守り介護3年が、第1ラウンド
令和7年8月〜9月の、同居介護(介護休暇取得)の第2ラウンド

いや、母は、ADLの自立度は高いし、施設にもすんなりと馴染んで、あと数年はこのままいけるかな〜と暢気に考えていたんですが、昨日の電話から、物語は始まる・・・・なんつって。

知らない電話番号からの受電だけど、一応出てみたら、GHの訪問診療でお世話になっているDr.からだった。 なんでも、ここ数日微熱があり、一昨日血液検査をして昨日結果がでたら、炎症反応が極めて高値であると。

本人に自覚症状の訴えがなく、痛みもなさそう。考えられるものとして筆頭は誤嚥性肺炎だけど、誤嚥性肺炎でこの値がでていたら、さすがに普通に生活していないだろう。入院して検査しないと原因は特定できないので、入院させたい、とのこと。

もちろん入院に同意して、希望の病院として、母の自宅に近い病院をいくつか候補としてお伝えする。ただし、私には土地勘がないので、病院の決定は先生の判断に任せる、とお伝えした。

折しも、自分の胃カメラ検査の直前。鎮静剤使って行う予定なので、検査後は自宅でベッドで惰眠をむさぼる予定だったんだけど、ニワカに忙しくなった。

自分の胃カメラ終了後、自宅に戻って家を空ける準備をして、母宅に向かう。その頃に母の入院先が母宅最寄りの総合病院に決まったとの連絡があり、ひとまずは病院へ。

病院で施設の職員さん、母と合流し、その頃には検査も終わっていたので軽く病状の説明を受ける。

発熱とCRP高値の原因は「水腎症」。腎臓から尿を膀胱に運ぶ尿管が狭窄して、左の腎臓に尿が溜まって腫れ上がっている状態。MRI画像(もしかしたらCTかも?)を見ても、確かに左の腎臓が右の数倍のサイズに膨れている。

ただし、尿管狭窄の原因は現時点では不明。ひとまず抗生剤を点滴して炎症を抑えるとのこと。この病院は腎臓内科の専門医が常勤ではないため、訪問診療クリニックでは、入院先を探すにあたって腎臓内科がある病院を探してくれたのだが、高齢を理由にどこも断られた由。(実際には、高齢というよりは認知症による加療困難と見做されたんじゃないかな。)おそらく治療方針は、来週非常勤の専門医の診察を受けないと出ないと思われる。

んなわけで、現時点で予後は不明。どんな状態で病院を退院できるかも不明。せっかく馴染んだGHに戻れるかも現時点では不明。もどれると良いな〜(祈)

一晩考えて、大体自分としての方針は決まった。
年齢はともかく、本人に自分の状況が理解できる状態であったなら、積極的治療も選択枝になったろうが、母が5分すれば、聞いたことも忘れてしまう。痛みを伴う治療をしたとして、母には自分の状態が理解できない。開腹術などの、侵襲性の強い治療はしない。内視鏡的な治療は検討する。腎臓を守るための尿管ステントは積極的に選択。あとは、専門医の診断を待って考えるしかないなー。

入院によるADLの低下や、転倒、転落事故なんかによる骨折の心配などもあるが、こればかりは様子を見守るしかない。

とりあえず、特養入居となる可能性も念頭に、要介護度を3に上げよう、とGHの施設長とは話しあった。
実際、嚥下や排泄で機能低下が見られていたので、多分要介護3は取れるのではないかな、と思う。

そんなこんなでイマココ。

小春日和も短かったな。。。。さて、面会に行ってくる。


2025年12月14日日曜日

0572 抜け殻仮説への挑戦―認知症の人の「自律」の概念を考える― 新書 –

書 名 「抜け殻仮説への挑戦―認知症の人の「自律」の概念を考える― 新書 」
著 者 箕岡真子
出 版 三省堂書店/創英社 2022年6月
文 庫 148ページ
初 読 2025年11月05日
ISBN-10 4879231444
ISBN-13 978-4879231444
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/131283560


著者の箕岡 真子 (みのおか まさこ) さんについて
 日本臨床倫理学会総務担当理事
 東京大学大学院医学系研究科医療倫理学分野客員研究員
 箕岡医院院長
【主な研究領域】終末期医療ケアの倫理・高齢者の介護倫理・認知症ケアの倫理


 認知症の母の在宅での見守り介護をまるまる3年間続け、母の施設入所の見極めや施設探しをするにあたり自分の判断を知見で底上げしたい、と思って手に取った数冊のうちの一冊。
 この本は、医療や看護の領域の臨床医、研究者、教育者である著者が、おそらくは医療分野の読者(学生?)に向けて平易に書かれた著作で、その向きの勉強には役に立つのだろうが、現に介護に向き合う家族にとって役に立つか、というと、まあ、ほぼ役に立たない本ではありました。・・・・目的外使用?って感じなので、文句いう筋合いではないです。

「患者の意志の尊重」というテーマに、これまでの医療界や医療者がどのように向き合ってきたのか、という点では、歴史的経緯やターニングポイントになった事件などがまとめてあって、いい勉強になった。

 タイトルの「抜け殻仮説」というのは、「認知症患者は脳神経細胞の病理学的変成によって人格は変化・崩壊し、“抜け殻”になってしまう」という考え(偏見)のこと。

 認知症患者は崩壊した自我の残滓を留めているのではなく、認知症になった後も一貫した「自我」を持っていることを認め、しかし、認知症であるがゆえに、本人の選択や判断による自己決定=自律は困難となっていく。それをどのように援助していくのか、ということについて、この本では「自律」の再定義を行いつつ、考察している。

 医療ケアに選択における意志決定について、これまでは本人に「意志決定能力がある」状態、すなわち
 ① 自分で選択して意思表明できる。
 ② 治療などに関する情報が理解出来る。
 ③ それを選択した場合、それが自分にどのような結果をもたらすのかを認識できる。
 ④ 決定内容が自分の価値観や治療目的と一致していること 

 の4つの構成要素を満たしている状態においてのみ、本人が自分のこと(治療方針や処遇方針について)自己決定できる、とし、そうでない状態においては、家族などの近親者が「代理決定」を行うという二択となっている、という現状をまず確認する。その上で、現実的には「本人による意志決定」(自律)から「家族による代理決定」の間には大きなグレーゾーンが広がっていること、これまで目が向けられていなかったこのグレーゾーン上にも、本人による自己決定が可能な領域が存在することを指摘する。
 そして、家族など周囲の人間が適切に本人の意志決定を支援すれば、より本人の自己決定の幅を広げることが可能で、ここで「自律」の概念を広げ、これまでの狭義の自律=個別的自律から、“他者の援助によって実現される自律”を広義の自律=関係性的自律に拡大することを提案する。
 これによって、「自己決定」と「代理判断」の間にあったグレーゾーンも、本人の意志に基づく「自律」的な決定が可能になる。

 この場合、本人の意志を知り、それを延長する形で決定につなげる第三者の支援が必要になるが、本書ではそれが可能な人について「本人が最も信頼できる「人」」であると言う。その第三者は自己の利益ではなく、本人の意志や願望を尊重し、選択を行う必要がある。それは、本人を良く知っている人である必要があり、本人との豊かな関係性を事前に築いている人で、本人を愛し、共感できる人なのだと。そういう人の共感を通じて、認知症になった人も自律を延長できる。・・・まあ、この通りの文字で描かれているわけではないが、そういうことが論じられている。前段はともかく、ここまでくると、かなり馬鹿らしい感じがしてくる。

 認知症や深刻な病に陥った人を、心底大切に思っている家族がいれば、学者や医者が何を論じなくとも、その家族は、愛する人のために必死になって考え、最善を尽くすだろう。それは当たり前の光景であるが、かならずしも常にあるものでもない。私だって、べつに母と深い愛情で結ばれているとは思わんが、母の送ってきた人生に敬意を持ち、母の考え方や生き方を思い、できうるかぎり母の気持ちに添った選択をしたいと苦心した。が、全ての介護者がそうだというわけではない。むしろだからこそ、介護の社会化が必要なのだ。
 本人にとっての医療や介護をよりよいものにしていくことを考えようとするときに、それを「その人を愛する家族」に帰結しようとする馬鹿らしさにこの著者は気付かないのだろうか?

 この本において、例示される認知症のおじいちゃんを抱える家族において、主介護者である長男の妻は、おじいちゃんを深く愛して理解していたら、この家族が抱える介護の問題は解決されるのだろうか。そんなことはないだろう。

 この本は、サブタイトルのとおり、認知症の人の「自律」の概念を考える、というテーマに基づき、認知症の人の「自律」の概念について考えているが、考えた上で、なにか新しい視点に到達しているか、というとかなり疑問に感じる。認知症患者の自律と他律の間にもともと存在する家族の支援に、仰々しく「関係性的自律」と名付けただけだ。そして、「関係性的自律」が機能するために麗しい愛や理解が必要なのであれば、医療や介護の現実を変えることのためには、たいして役に立たないだろう。なぜなら、今もそれは、それがある場所では機能しているはずだからだ。

2025年10月13日月曜日

介護日記的な・・・その27一応の最終回 家の片付け


 母がグループホームに入居して、主(母)が留守になった家で私がしたかったこと。それは大掃除。

 なにしろ、母は窓を開けたがらず、カーテンは締めっぱなしになりがちだった。なにかしらの恐怖観念があったようだ。
 とくに、母の寝室は空気の入れ換えもままならず、常に湿度が高い状態で、おそらくダニなども発生していた。(たまに、母がかゆがっていた。)
 母の寝室だけでなく、押し入れで捜し物をした折は、私もダニに喰われたので、とにかく全面的な掃除・除虫は必須な状況だった。

 そして、母はため込み系の「片付け魔」だった。

 一見して、室内はキレイそのもの。きちんと整理整頓されている。だがしかし、今回、母の入居準備でシーツやタオルや、着替えなど押し入れの中を色々と探したが、60年は前のシーツが糊とアイロンが掛かった状態で保管されていたり、いろいろと、さすがにこれはもう、捨てたほうがよいだろう、というアレコレを発見。
 大切に使っている飛騨の家具の応接セットは、座面のゴムが経年劣化で断裂しているし、父の大切にしていたスピーカーは、ウレタンが劣化してボロボロになっている。修理に出したかったが、母は私があちこちいじることに難色を示した。いろいろと判らないことが増えてきていたのに、いじられてもっと判らなくなったら、と不安だったのだと思う。私は、いつかちゃんと修理に出そうと、虎視眈々だった。

 その他、母がため込んだ新聞・雑誌の切り抜き、プリントアウトしたメール、手紙、写真、昔の書類のあれこれ。手芸や洋裁の好きな母がため込んだ、大量の着分の毛糸、あまり糸、洋裁用具、着尺の高級ウール、昔仕立てた洋服の端切れ、一時期はまったパッチワーク用の用具、大量のパッチワーク用布、キルト綿、洋裁本、編み物本、レース本、パッチワーク本・・・・・
これも一時期母が熱中した書道用具、大量の反故紙、お手本・・・・・
なにより、もう着ない大量の服。
 
 家具の修理を手配し、壊れた家具や、使用しない大型家具、なぜかリフォームの際に処分せずに取ってあった建具などを、2回にわけて粗大ゴミで出し、とにかくゴミ・不要品を排出。
 基本母のものなので、極力捨てない方針で臨んだものの、最終的には、45リットルゴミ袋40袋以上を消費。新聞回収袋4袋分の紙類。不要衣類・シーツ・布類は45リットルで6袋。 燃やすゴミ、プラスチックゴミ、陶器・ガラス・金属・ビン・カンに分類し、1週間でそれぞれのゴミ回収日に効率よく排出。古本買い取りに3箱。

 ベッドを移動し、本棚を移動しながら、掃除・除虫を繰り返し、毎日何回も掃除機かけても、なぜか掃除機のゴミカップ一杯になるホコリ。

 もう、気がふれたように掃除し、片付けた。一週間みっちり。朝から晩まで。

 まだ、出し切れていない資源ゴミが残っているし、写真と手紙類は丁寧に見ようと思って、今だ、居間の真ん中に小山になっている。
 それでも、室内は「キレイ」な状態に現状復帰したし、細かいところは私の趣味で古すぎる台所用品なんかは多少、買い換えた。

 過重労働のおかげで、右手の肘を筋と手指の関節を痛めて、いまだにあちこち痛いけど、ひとまず、私と母の在宅介護はこれにておしまい。今後は、母の家を維持しつつ、面会にいって、母の入居生活を後方支援していく。

 あとは、この2ヶ月ほぼ放置状態だった、自分ちの掃除片付けだな。そんなこんなで、自宅に戻ったのは先週だったのだけど、本日は一日掃除に勤しみ、腕の痛みがまた、悪化しましたとさ。

 そうそう、母宅にいるあいだに、読書が出来ないならなにか一つくらいは終わらせよう、とちくちく修理していたウォルドルフ人形は、こんな感じになりました。



 

 

介護日記的な・・・その26 同居見守り開始から母GH入居までの記録


母のGHの部屋に飾るために仕立てた造花の花籠です

 さて。令和4年9月に発覚した母の認知症と、そこからスタートした、母の介護も、この9月の母のGH入居をもって、一つのタームを終え、次の「施設での生活を支える」タームに入った。
 この間の流れを、忘れないうちにまとめておこうと思う。

6月末  母の認知症の進行を感じる。これまでの、朝夕の決まった時間に冷蔵庫からご飯と惣菜を取り出して食べる、ということが出来なくなって、体重も落ち始めた。

    介護日記16 https://koko-yori-mybooks.blogspot.com/2025/06/blog-post_29.html

デイサービスからは、認知症高齢者GHを勧められる。私自身も、選択肢の一つとは思っていた。施設入居するまでの間、介護休暇を取っての同居介護することを念頭に、職場で根回しを始める。

7月初旬  デイサービスと同じ法人さんが運営するグループホームを2カ所見学する。正直、施設内が片付いていないとか、壁の飾り物が雑然としている、とかに目が行き、第一印象はパッとしなかった。しかし、施設長の言葉は的確で、「きちんとケアしてもらえる」という感じを受けた。このGHに入所の申し込みをするが、その時点で、「いつ入れる」かは不明だった。数人待機している状況とのこと。この時点では、毎週末の金〜土の泊まりと、火曜日の日帰り介護を継続。

レンジがついに昇天。

母が使えそうな、単機能レンジ(あたためスタートボタンが壊れたレンジと同じ場所にあるもの!)を購入。母はかなり覚束なかったがなんとか使えるようになった。

介護日記17 https://koko-yori-mybooks.blogspot.com/2025/07/blog-post.html

 

これまで担当してくれていたケアマネさんが、体調不良で退職し、介護事業所を変更しなければならなくなる。ケアプランの見直しを迫られているなかで、結構な痛手。

721日 介護日記18 https://koko-yori-mybooks.blogspot.com/2025/07/blog-post_21.html

722日(祝/代休) 実家近くの中学時代からの友人と食事。友人もお母様と2人暮らしで介護をしており、介護情報の共有とか、お互いの介護のアレコレを語り合う。この人間関係にかなり助けられる。

725日(金/深夜) 実家の粗大ゴミ出し。壊れたレンジを出すついでに、納戸と化した部屋に溜まっていた壊れたテレビ台やら扇風機やら、コミック用の本棚やら、使っていないインクジェットプリンターやら。母が寝た後の実家に仕事が終わってからそ〜〜〜〜〜っと入り込み、母が寝ている間にそ〜〜〜〜っとまるでドロボウのように、密やかに搬出して、粗大ゴミ指定場所に運ぶ。

介護日記20 https://koko-yori-mybooks.blogspot.com/2025/07/blog-post_27.html

72930日  母をショートステイ(1回目)に送り出すため、仕事を休んで前日夜から母宅へ。

7月末  職場に8月から介護休暇を取得する旨、正式に申請。(不在中フォローすることになるであろう係のメンバーに感謝)

88日 実質的に介護休暇突入。(最初は夏休から)。前日7日の夜に母宅に来たところ「焦げ臭い」案件が発生していた。

介護日記21 https://koko-yori-mybooks.blogspot.com/2025/08/blog-post.html

ボヤを出す前でよかった。ぎりぎりのタイミングで同居介護に踏み切ることができたことに感謝する。

だがしかし、母不在の日中、あまりの静かさに、いっとき鬱る。

介護日記22 https://koko-yori-mybooks.blogspot.com/2025/08/blog-post_14.html

81112日  ショートステイ(2回目)  12日は職場に出勤。

814日(木) 新しい介護事業所のケアマネさんと初回面談。契約。

815日(金) 母の咳がだんだん悪化し、看過できなくなったので、内科に通院。誤嚥なども案じたが、結果は上気管支炎。朝昼夕眠前の処方。薬をこれまでの薬袋管理から、お薬ボックス式に変更。

816日(土) 精神科(認知症外来)通院同行。GH入所方向であることを伝える。

818日(月)ごろ  申し込みをしていたGHが、デイケアで本人面接。入所可の判断となり、9月中の入所の目処が提示される。

823日(土) 内科で咳の再診と、入所に向けた健康診断。

82627日  ショートステイ(3回目)  27日は母から手が離せるので、職場に出勤。打ち合わせなどをこなす。

830日(土) 健康診断書と診療情報提供書を内科で受領

91日(月)  GHの入居予定の部屋の見学、ホーム長との打ち合わせ、持ち込むものの確認など。

介護日記25 https://koko-yori-mybooks.blogspot.com/2025/09/blog-post.html

92日(火)  終日在宅勤務で、研修受講

93日(水)  日帰りで自宅に帰る。家事やら、家の手入れやら。

94日(木)  団地で高齢化/孤独死対策に取り組む母の友人の旦那様が来訪。我が家の介護/見守りについて情報提供する。(見守りカメラや家族の関わり方など)

95日(金)頃  精神科に、GH入所が本決まりになったことを電話連絡。次回受診のときに診療情報提供書の発行を依頼する。

96日(土) 母を美容院に連れて行って、ヘアカットしてもらう。その帰りに、メガネ屋に寄って、メガネの調整をしてもらう。

98日(月) 自分の内科通院

9920日  この間、母のGHに持ち込む家具、寝具、衣類、日用品の調達。寝具については、マットレスやマットレスパッドをどうするか、など相当に悩む。

     室内に造花を持ち込むつもりで、造花の花の種類などについても、かなり悩んだ。

     マットレスは購入せず、パラマウントのベッドパッドを購入。シーツは家にあるものを使えないかと思ったが、想像以上に古く、これもパラマウントで介護ベッド用のボックスシーツを購入。羽根枕は昭和西川のネットショップで購入。居室に持ち込むタンス、一人用テーブルなどは、母宅に置いてある飛騨産業の穂高シリーズや、昔、購入したことのある越後民芸家具のタンス(比較的軽くて、扱い安い)などを、メルカリで探して購入。

91112日  ショートステイ(4回目)。これまでで一番上手くいった。母は落ち着いて工作などにも参加して、終始楽しく過ごせたよう。

    GHと相談し、926日(金)を入所日に決める。

913日(土) 精神科(認知症外来)受診。診療情報提供書を受領。3年間お世話になった先生にご挨拶。

917日(水) ケアマネさん来訪。月1回のモニタリング。

とにかく、睡眠ペースを守り、昼夜逆転に注意して、体調・生活面を整える。

918日(木) メルカリで購入した家具類が納品。清掃、部分的に修理、ワックス掛けなど施したのち、母に見つからないように、カバーを掛けて隠す。

919日(金) アートセッティングデリバリーが、家具と用意の生活用品などの荷物を搬出。

922日(月) アートセッティングデリバリーが、GHに家具・荷物搬入

923日(祝) GHに部屋のセットアップ・片付け、最後の打ち合わせに出向く。

92223日  母、ショートステイ(5回目・ラスト)  前回のショートが良かったので期待していたが、ショートステイでは入眠させることができず、完全に昼夜逆転して23日夕方に母が帰宅。ものすごくがっかり_||○ 

なにしてくれてんの!とショートステイにはかなり腹がたった。ギンギンで夜を朝だと思っている母をなだめすかして、なんとか夜9時半には入眠させ、朝まで熟睡してくれた。なんとか昼夜逆転をリカバリ。もの凄く疲れた。

924日(水) デイケアの連絡帳で、ショートステイの処遇を愚痴る。

925日(木) デイケア最終利用日

926日(金) 14時にGHホーム長さんが、施設の車でお迎えにきてくれる。午前中に、「お泊まりもできる高齢者の集会所みたいな所」にお部屋を見に行く、と母に説明(2回目)。夜に1人でいるのがアブナイこと、私が一緒に居られないときにお泊まりできる場所であること、家の近くであること、災害の時には、高齢で避難所ってわけにはいかないから、高齢者用のお泊まりできるところに避難するんだ、とか虚実ないまぜで母が納得できそうな線でもっともらしい話をする。

認知症の母は、聞いたそばから忘れてしまうし、前後の脈絡はもはや関係ない。おそらく多くの認知症の方に共通するのではないかと思うのだが、今・目の前のこの時に不安がないか、不満がないか、楽しいか、が目の前の状況を受け入れられるかどうかの決め手になる。

そう心得て、施設に向かう車中ではとにかく楽しい雰囲気になるように、途切れなく沢山お喋りをして、母も、送迎の職員さんもケラケラ笑わせ、高揚して楽しい気分のままGHに到着。さあ行こう、と母の気を逸らさないように、一気にお部屋まで連れて行き、母好みの家具を配置した部屋で、1人掛けの椅子に座った母に「なかなか良いお部屋よね〜」などとお話。ここはどういうところか、前述の話を再度はなして聴かせ、幸い母は、毎日通ったデイサービスとも雰囲気が似通っているからか、さほど違和感も抱かず、「わたし、ここに来るの2回目かしら?」とか言い出すので、「そう! 初めてじゃないわよね!」と母の話に乗る私。ちょうど3時のおやつの時間でデイルームに呼んでいただき、他の入所者の皆さんに紹介していただくと、入所者のおばあちゃんのお一人(もちろん認知症)、「わたくしの夫が、昨日、〇〇さんて方がいらっしゃるって、言ってたんです!」と確信を込めて仰るので、内心(おばあちゃんナイス!)と喝采を送りつつ、「そーなんです。どうぞよろしくお願いしますね〜〜〜」なんていって、母をGHに置いてきたのだった。

 自惚れでなく、たぶん最善の状態で母を施設にお任せできたと思う。あとは、職員さんの専門性にお任せする。そう思って、ぐっっっっっったりと疲れて、施設を後にしたのだった。

2025年9月28日日曜日

2025年8月の読書メーター

 9月が終わりに近づき、8月のまとめもしていないことに気付く。
 施設入居までと期限を定め、8月のお盆前から本格的に母の同居介護を開始し、母は一昨日、無事にGH(認知症高齢者グループホーム)に入居できた。そのうち、顛末をきちんと〈介護日記〉の方にまとめようと思っているが、けっこう大変だった。(私が極限まで精神力を行使しした結果、母は大きな負担なく入居させることができたので、「大成功」といっても差し支えない程度に上手くいったのではないか。)
 さすがに休職するんだから、本を読む時間くらいはあるだろう!と母宅に大量に本を持ち込むも(なにしろ、ボッシュシリーズ全部もって行ったからね!)、ビックリするくらい読めなかった!
 9月初めに入居できる見込みが立ったので、この間母の見守り、食事の世話と並行しGHへの入居の準備を進めてきた。迷うことや一人で悩まざるを得ないことも多かった(というかそれしか無かった)。母を、母が自分で築いた家から出さなければならないことが苦しかった。母との関係をつらつらと振り返る時間でもあった。ただし、母は全部忘却済み! もはや母子間のあれこれは母からは滅却され、残ったのは一方的な私の思いでしかない。

 今は、母の本棚(というか、家全体)を整理しているところだが、母の「呆けない」ための本の数々や、脳を活性化するサプリ、とか全部役に立ってない!

 “お一人様の老後を如何に有意義に過ごすか”とか”脳が若返る”とか、ずいぶん沢山本を読んだようだが、一方で本当の「いざというとき」について考えることからは逃げ回っていた。

 「本当に一人で暮らすのが難しくなったらどうしたい?」という問いかけには、大抵「そうなったら死ぬからいいわ」と話にならなかった。その結果、母は見事認知症となり、施設への入居や、これから先死ぬまでの判断はすべて私が代行することになった。きっとこれからもいろいろと悩むんだろう。

8月の読書メーター
読んだ本の数:12
読んだページ数:2850
ナイス数:816
https://bookmeter.com/mutters/287352626

審議官:隠蔽捜査9.5 (新潮文庫 こ 42-62)審議官:隠蔽捜査9.5 (新潮文庫 こ 42-62)感想
実質的には再読。署長が空席となった大森署の一日。奥さんの冴子さんが冴える「内助」、どこか頼りない息子の邦彦、長女美紀の正義感。「仲の悪い」阿久津と平田の両参事官。しかし真骨頂はやっぱり竜崎のおべっか使い!当の竜崎は、必要なことをしただけです、と涼しい顔だけど。おべっかもつかえれば、屁理屈もこねられる。さすが頭がキレる人はひと味違う。この刊は、竜崎のいろんな面が見られてとても好きです。
読了日:08月29日 著者:今野 敏

ウォルドルフ人形の本ウォルドルフ人形の本感想
今日はここ10年以上、ずーーーっとやりたかった事をしている。子供達が赤ん坊の頃、最初のお人形として手作りしたウォルドルフ人形の修理。男の子はムスメに丸刈りにされ😂、総天然素材(ウールと綿)故に虫に食われ😅、お洋服はゴムが伸び、ボタンが取れ・・・いつかいつか、修理して髪を生やそうと、髪の毛用の手紡ぎの羊毛も入手したのが5年は前。手に入れたところで力付き、さらに放置の年月。いつやるの?今でしょ!というわけで、一念発起して、今日は朝から人形を風呂に入れている。
読了日:08月24日 著者:カーリン ニューシュツ

好きだと言って、月まで行って (モノクローム・ロマンス文庫)好きだと言って、月まで行って (モノクローム・ロマンス文庫)感想
SEXの描写はさすがのM/Mだと思った次第。だけど、とにかく主人公2人が繊細で優しく、思いやりがある。いわゆるタフガイとは一線を画する、優しい世界の住人たち。それゆえに苦悩にもあるのだけど。オーストラリアのLGBTQを取り巻く雰囲気もちょっとわかる。雇用契約や権利—義務関係に対する意識の強さがストーリーのキモでもあるんだけど、この感覚は日本人にはちょっと理解が難しい分、よけいにモダモダと感じたかもしれない。あれだけ仲良く暮らしていても1年半、結婚に踏み切っていなかった慎重さ。すごく真っ当な恋愛だった。
読了日:08月17日 著者:N・R・ウォーカー

フラジャイル(30) (アフタヌーンKC)フラジャイル(30) (アフタヌーンKC)感想
森井君ニューヨークへ。円さんがまさかの危機。おそるべしアメリカ! でろでろに腐っちゃった検体でもできることをやり遂げる病理チーム偉い。その後の恐怖のカンファは推して知るべし。
読了日:08月16日 著者:恵 三朗

幼女戦記 (32) (角川コミックス・エース)幼女戦記 (32) (角川コミックス・エース)感想
『最古参』ショーンズ再び。この巻は危なげなかったかな。ソ連・・・ではなく、あの国の変態は健在。そして、今回あまり出番のなかったメアリー・スーが不穏だ・・・・
読了日:08月16日 著者:東條 チカ


カンツォニエーレ チェーザレ番外編 (モーニング KC)カンツォニエーレ チェーザレ番外編 (モーニング KC)感想
「お前は修道院には行かない。いずれ自分に相応しい相手を見つけ 子供を儲け 穏やかで温かい家庭を築く———」穏やかな表情で仄かな好意を寄せあった少女に語るチェーザレ。ひょっとしたら、この言葉はルクレツィアに寄せる秘めた願いであるのかも、と思ってしまった。ボルジアに生まれた以上、女は政略の駒でしかあり得ないのだけど。チェーザレ最後の自由な青春の日の思い出。アブナイ禁書が出て来たけれど、そちらは深掘りはせず、二人の仄かな恋情とともに暖炉に焼べられた。チェーザレの末の弟のホフレがかわいい。
読了日:08月16日 著者:惣領 冬実

宇宙兄弟(45) (モーニングKC)宇宙兄弟(45) (モーニングKC)感想
次巻で完結。月の周回軌道を漂流するムッタと,地上での必死の救出作戦立案。ヒビトはソユーズの中でその時を待つ。そしてヒビトがムッタに投げた救出ネットをしっかりと掴んでさあ、最終章へ!いやあ引っ張ったね。やっと次で完結。安心して待たせていただきます。
読了日:08月16日 著者:小山 宙哉

夜を走り抜ける 2 (enigma comics)夜を走り抜ける 2 (enigma comics)感想
あの人の愛、この人の愛。愛が錯綜しまくってるけど、主人公以外は大概大人だったのでなんとかなったか。17歳で心が死んでしまった晴生のあまりの不安定さが、周囲を巻き込んだ形。高嶋がありがちなキャラだけど、非常に良い(笑)。ここにも贋作の天才あり。しかし、ユトリロと牡蠣とシジミの組み合わせがシュールだ。街づくりのイメージがガウディってのもどうよ(笑)2巻はあちこちに笑いのツボもありつつ、収まるべきところにピースが嵌まるように収まっていくのが快感だった。兄弟愛が復活したのが良し。主人公カップルはまあ、そのままで。
読了日:08月14日 著者:湖水きよ,菅野 彰

夜を走り抜ける 1 (enigma comics)夜を走り抜ける 1 (enigma comics)感想
主人公を中心に、不穏・不安や思惑が渦巻いている。が、ストーリーがとっても追いにくかった。断片的な書き方だからか、秘密が多いからか。キャラも見分けにくくて・・・・。何かが起こっているけど、どうもよく判らない感じが、作品と相まって、不安感を醸す。でも2巻で全部すっきりするから、安心して2巻にGO!だ。
読了日:08月14日 著者:湖水きよ,菅野 彰

コーンウォールに死す (ハーパーBOOKS)コーンウォールに死す (ハーパーBOOKS)感想
ガブリエル73歳、双子は8歳。パレスチナの惨状を見れば、この作品に対する視線も若干冷ややかになるのは否めない、が。ずっと読んで来て、ガブリエルへの思い入れもひとしおなので、やっぱり新刊は嬉しい。シリーズ全体からみれば、もはや1巻全部がボーナストラックみたいなもの。とにかく、ガブリエルには幸せでいて欲しい。その一念しかない。コーンウォールで警察官になったピール元少年(笑)が登場。コーンウォールの連続殺人魔に端を発し、またも巨匠名画にからんで、巨額な脱法資金洗浄とイギリス政界の汚濁を暴く。巻末のノートは必読。
読了日:08月13日 著者:ダニエル シルヴァ

スモークブルーの雨のち晴れ 7 (フルールコミックス)スモークブルーの雨のち晴れ 7 (フルールコミックス)感想
だんだん顔のデッサンが崩れてきているような気がする・・・・。横顔・・・・。ゲイの心情、プランBで家族の幸せを己の幸せとすること。日々の営み。そして自分の過去も含めて今の糧となることの歓び。少しずつ幸福に実体が伴ってくみたいな感じがして良い。久慈父の遺稿が教え子の未来につながると良いな。翻訳の蘊蓄もとても好き。
読了日:08月01日 著者:波真田かもめ

后宮のオメガ 雪花の章 (ディアプラス・コミックス)后宮のオメガ 雪花の章 (ディアプラス・コミックス)感想
前巻ラストで見たいと思った子沢山のハーリドとイリヤの姿を見られて眼福です。
読了日:08月01日 著者:露久 ふみ

読書メーター

2025年9月8日月曜日

介護日記的な・・・その25 母の入居先が決定


今日の夕ご飯 肉団子、カボチャのそぼろ煮、
きんぴらごぼう、茄子とキュウリと長芋の浅漬け

 入所の申し込みをしていたグループホームへ、母の入居が本決まりになった。
 あらためて施設にうかがって、入居予定の部屋を見せていただき、採寸し、もろもろ用意するものの確認をし、そして入居当日の段取りの確認をし・・・・・

 そこで愕然とする。
 母をどうやって、ここまで連れてくれば良いんだ!
 母をどうやって、建物の中に入れたらいいんだ!
 
 施設を探すことやスケジュールばかりがこれまで気にかかって、当の本人である母にどう説明するのかを、まるで考えていなかった。おまけに、デイサービスも、ショートステイも施設の車が家まで迎えにきてくれるものだから、なんとなく、グループホーム入所の時も、お迎えが来てくれるものとうっかり思い込んでいた。自分で連れて行く、という意識がまるで無かった(汗)

 正直、母が気に入るタイプの立地や外見や、施設内のアレコレじゃないんだよ。特に、ウチの母は片付け魔。グループホームの中を見せていただいたが、良く言えば生活感があり、悪く言えばかなり散らかっている印象で、とてもとても、母の気に入るところではない。
 だいたい、昔から他人の家に行くと、帰ってきて一番に、「ものすごく家の中が散らかっているのよ」と言う人なのだ。我が母は。

 さて、どうしよう。
 いっそのこと、一部のブレーカーを落としちゃって、電気工事が必要だ!というとか・・・・と、いろいろと頭を悩ませ、あれこれ頭痛がしてくるほど考え、結局、正攻法で母と話しをする、という方向に私の気持ちは落ち着きつつある。うまくいくかどうかはワカランけど、ただひとつ、良いこともある。うまくいかなくたって、母は忘れちゃうからね!

2025年8月20日水曜日

介護日記的な・・・その24 まさに日記的な。

 介護同居の状況となって、はや2週間。この間、なにをやっていたかというと、ひたすら環境整備と食事の世話。
 これまでの通い介護では、私がいるときは、基本母もいたので、あまり大胆な片付けは出来なかった。しかし、私がまるっと休暇を取っているので、母がデイサービスに行っている間は母宅に私独りになる。で、なにができるかというと、不要品と古いもの処分だ!

 とりあえず、これまではさわれなかった、古くなりすぎた調味料。カビの生えてるみりんとか。 (^_^;) 
 なんか味が変わってるような気がする10年以上前の開封済みの醤油とか、絶対酸化してるだろうと確信できる、使いかけのサラダオイルとか!賞味期限が、’21.〇.〇って表示になてる削り節とか!
 とりあえず、これから私が自分で食事の支度をするために、調味料を一新。
 合わせて、大量にあるタッパウェアも点検。・・・・・なんだか、プラスチックが劣化してベタベタしているし。かと思うと硬化して割れる(崩れる)やつもあるし。とりあえず、捨てる。
 かわりに、パイレックスの保存容器をいくつか購入。
 煮物を作ったり、作ったものを保存できるよう、最低限のものを更新した。

 毎日の食事はこんな感じ。

〈いつかの昼食〉
ご飯、豚の角煮(セブンプレミアム)・ほうれん草添え、厚焼き卵(ヨーカドーの惣菜)、ミ二餡餅、キュウリとミョウガの浅漬け
———ヨーカドーの惣菜のキュウリの漬物は良く食べるくせして、私が漬けたやつは、喰いが悪い。くそ。あとは、ぜんぶお惣菜かレトルトパウチ。

〈いつかの夕食〉
炊き込みご飯。キュウリとミョウガの浅漬け、えびとブロッコリーの塩炒め。
———あまりに食が細いので、せめていろいろな食材を食べてほしくて、ご飯を炊き込みにした。これはお茶碗に盛った分は食べてくれた。あとはそれぞれ、半分くらい残された。

〈昨日の朝食〉
炊き込みご飯。キュウリの浅漬け。厚焼き卵。ポテトサラダ。
———イトーヨーカドーの惣菜(厚焼き卵とポテトサラダ)は比較的良く食べる。なんとなく負けた感がある。
 そのほかにも、焼き鮭とか、それを薄味の出汁醤油に漬けたものとか作ってみたが、だいたい他人が作ったもの(スーパーの味でないもの)は、警戒してあまり食べない。

〈今日の夕食〉
肉じゃがを作った! いろいろと子供返りしているので、味覚も子供向けで良いのではないかと。ミョウガとかキライになってしまったみたいだしな。これは当たりで、とりあえず器に盛った分は食べてくれた。(ちなみに、右の写真は私の側の食事なので、母の方は、おかずの盛りはもっと少なめ)
 肉じゃがは、自宅で作る量の1/4だ。(笑)
 これくらいだと、時間も手間もすごく少なくて楽。
 だがしかし、今日食べない分を保存容器にいれて冷蔵庫にしまっておいたら、しばらくして母がそれを取り出し、「これ、お前が持ってきたの?」と不審顔。この人、人が作ったものは置いておいても自分では食べない。「古くなっていて気持ち悪い」という。
 この3年間、試行錯誤して、結局イトーヨーカドーの惣菜なら食べる、に落ち着いていたのだが、まあ、私が配膳する分には、大丈夫でしょう!(ただし捨てられないようにしないとね。)

 それにしても、あれこれ工夫して料理してみても、「不味い」とか平気で言うし、毎回、ヨーカドーの惣菜に負けるのは、いささか心折れるものがある。(まだ2週間だけど。)ちなみに、味付けは決して不味くないと思うんだよ。
 まあ、認知症相手に闘っても、ましてやヨーカドーの惣菜と闘っても詮無いので、結局食事はヨーカドー頼りに戻りつつある。

2025年8月16日土曜日

介護日記的な・・・その23 食欲がないはずなのに、まさかの満腹

 これまで週2回だったのが、毎日・毎食になって、何を母に食べさせるか悩ましい。

 母は、しばらく前から、咳が続いていたが、だんだん胸の奥に絡むような咳になってきたため、せっかく日中動くことができるのだし、と昨日内科に連れて行った。気管支炎とか誤嚥性肺炎なんかも心配していたのだが、診察の結果は「上気道炎」つまりのど風邪。それは良かったのだが、体調が落ちているせいか、食が進まず、今日も、朝食も昼食も残されてしまった。

 それに加えて今日は精神科(認知症外来)の受診もあったので、さすがに疲れたのか、午後にかなりしっかりめに昼寝。昼食も遅めだったし、そのあと昼寝ではお腹もすかないだろうと、夕食時間も遅め設定で買い物にでかけたら。
 なんと、私が買い物に出ている間に、冷蔵庫に置いてあったおまんじゅうを3個、食べられてしまった。

 本人は食べたそばから忘れるから、夕食の時には、「なんだかお腹が空いていないのよね・・・」と食欲がないことをアピール。そりゃそうだろう。小さいとはいえあんこの詰まったまんじゅうを3個食べれば血糖値も上がるし、食事は入らんだろうよ。

 夕食が遅くなってはいけない、という教訓を思い出したよ。そうそう。ちょっと買い物に出るのが遅くなると、その間に小腹が空いて、間食されてしまうのだった。以前もやられたのに、すっかり忘れていた。気を付けなければ。
 
食事の用意ったって、この程度よ

2025年8月14日木曜日

介護日記的な・・・その22  とりあえず、近況報告を。

 6月末頃から、母の認知症が進んできたかな、と思い始め、結局それは気のせいではなく、この三年間、超低空飛行とはいえなんとか維持してきた母の独居も、もはやこれまで、と観念した。(私が)
 
 とにかく、きちんとご飯が食べられないのはダメだ。

 母が独りでいるときに口にするのは、木村屋の蒸しケーキやミカンだけになってしまった。そういえばカットパインも食べたかも。・・・・って、全然食事の足しにはならない。

 体重が少し落ちた。

 言葉が拙くなり、聞く力も読む力もガクンと落ちた。確認行動が酷くなって、寝る前の戸締まりや電源の確認が延々終わらないので(確認したそばから忘れるから、エンドレスになってしまう。)入眠に影響がでてきた。
 極めつけは先日の「焦げ臭い」事案。結局原因不明なんだけど、電子レンジの中も焦げ臭かったので、きっとここで何かがお焦げになったんでしょう。ちなみに先日購入したばかりの、オーブン機能などない、単機能レンジ。あたためスタートしかできないやつ。いったい何をどうチンしたら、お焦げになるんだろう。謎だ。

 初めは、もう一回ホームヘルパーの導入にチャレンジして、朝夕の食事の世話をお任せすることができれば、何とかなるのでは、と思ったのだが、一週間一緒にいてみて、そうではないと気付いた。見守りは常に必要。見守るだけだとしてもだ。

 とうとう、母を一人にできない日がやってきたのだ。

 その日が来てしまえば、案外、決断はすんなりつくものだ。というか選択肢がないので、決断というよりは諦念に近い。しかし、この決断を、私は自分の家族にちゃんと相談したろうか、と思うと反省すべきところがあるなあ。

 職場には介護休暇の取得を相談し申請し、そして周囲に協力を仰ぎ(迷惑をかけ、ともいう)、長期の休暇に入ることとなった。期間は「母が施設に入るまで。」

 グループホームは一ヶ月前に申し込みしてある。しかし、まだ待機順は繰り上がっていない模様だ。あと2ヶ月、3ヶ月で入所できるだろうか。
 
 母はデイサービスには通っているので、母がデイに行っている間は、時間があるといえばある。テレワークとの組み合わせも検討できる。しかし、フルタイム稼働は無理。
 デイに送り出すのが9時半。戻ってくるのが17時。その間に、家事や買い物を済ませる必要もある。自分の自宅は別にあるので、そちらにいる家族も完全放置はできない。実家から職場までは2時間弱かかるので、どう工夫しても通勤は無理。それは早々にあきらめた。なにしろ、やったとしても私の体力が続かないのは明らか。夜間に起こされることもあるので、昼寝も必要になりそう。(だが、してみたら夢見が悪くて閉口した。)

 そんなわけで介護休暇に入った訳だが、盲点が一つあった。母がデイサービスに出かけた後の家の中の静けさがもはや暴力的だった。一日目で早々に私のメンタルが参った。

 なにしろあまりにも静かだったのだ。近隣も静かで、集合住宅なのに近所の人の気配が皆無。なんだか世界中に自分しかいないような気がしてきて、「自分はいったい何をしているんだろう?」となんだか存在の根源が揺らぐような気分になって、ずんずん落ち込んだ。これでは早々に鬱になる。

 かなりの危機感を感じたのだが、そんな私の孤独を慰めてくれるアイテムを思い出したので、急遽入手に走った。
 右の写真のデスクオーナーメントは国際ディスプレイ工業の「amaoto」という製品。光発電で台座に仕込まれた電磁石で重りがゆらゆら、そのゆらゆらに台座の中のハンマーが反応して、これも台座の中に仕込まれたベルを叩く。こん、カラン、ろん、ててん、リン、ろらん。
 実はこの製品、新宿のブックファーストの文具売り場に展示されているのを、8年位前から知っていた。ずーーーと、この店舗に行くたびに、心落ちつく音色に耳を傾けていた。
 ただ、絶対に猫との同居は無理だと思ってたんだよね。入手することはないと思っていた。しかし、母宅に猫はいない! まあ、母がちょっかい出す可能性は大いにあるが・・・・

 かなり値も張るし、結構な買い物だったのだが、しかし、効果は絶大。今も、この「雨音」に慰められながら、この文章を書いている。
 ・・・・ついでにいえば、母はいま、夕食の後の台所の片付け中で、ずーっとエンドレスに独り言を言っている。これは、、、なんだっけ? ああやだ、これは・・・こうですよ。そしてぇ、これは。えい。やあ。よいしょ。よいしょ。ええと、これはどこだっけ。どこですか?  そしたら、そしたら〜、ええと、これか。そしたらこれですか。やんなっちゃうなあ、もう。・・・・・ごしごし、がさごそ、がちゃがちゃ・・・・

 母は、食事の支度はできないけど、食器洗いは辛うじてできる。片付け魔なので、台所の始末もする。(食器は洗い直しが必要な場合が多い。)実況中継的に、ひたすら独り言を言いながら。とにかく、一見とてもキレイに片付けるが、片付け方はめちゃくちゃなので、母が寝てから、全部戸棚を開いて、場所を直すのだけど。でも出来ることはできるだけやらせたいので、母にやってもらっている。
 これすら、最近は食後にやらない時も増えてきた。母が自力で動いているうちが花だよなあ・・・と、寝たきり介護や、下の世話なども想像して、ちょっと遠い目になる。

 あと、おなじ団地内で、同じく実母さんの介護をしている友人と宅飲みした。介護情報の交換は建前で、とにかく話して、飲んで、ストレス発散。これ大事よ?

 左の青いラベルのスパークリングワインは、友人が持ってきてくれたヤツ。花火のラベルが素敵なカヴァ。右は私が自宅から持参したなんと厚岸ウイスキー〈花ぐわし〉。夫が頂いたものを、有り難く頂戴した。
 まあ、介護を大変がっても鬱になるので、今できる楽しいことを探そう。そうしよう。

2025年8月6日水曜日

介護日記的な・・・その21 こげくさい。

 本日から、実質的な介護同居スタート。
 まあ、いつかこの日が来るとおもっていたし、実際、穏やかな始まりといって差し支えない。もっと、劇的に大変になる可能性もあった。とはいえ。

 昨日夜(母が寝た後)に母宅にやって来た。
 玄関を入ったとたんに、異臭に気付く。・・・・焦げ臭い。

 ひとまず荷物を置いてから、お焦げの匂いのみなもとを探す。
 まあ、何かを焦がしたんだろうよ。
 そして、きっと、一生懸命原状復帰した。だから、お焦げは影も形もない。匂いとしては、プラスチックやビニール系のイヤな臭いではない。むしろ、紙とか木とか、炭水化物やタンパク質。つまり食べ物だと思われる。
 まあ、電子レンジだろうな。なにかを加熱しすぎて焦がしたか、まさか、ガスでお湯を沸かすときにガスコンロ周りのなにかを燃やしたか?

 だけど、影も形もない。

 ごみ箱の中も確認。ひょっとして燃えかすとか、黒焦げたなにかとか。

 だけど、それらしきものはなく、匂いもしない。

 辛うじて、電子レンジの中は焦げ臭いような。だけど、内部のスス汚れとか、焼損といったものは見当たらず。

 結局は謎なんだけど、依然として、室内のそこはかとないお焦げ臭が、きっとなにかあったはずなのを告げている。

 ・・・・・まあ、つまりは、同居見守りに踏み切ったのは、決して早すぎではなかったということだ。精神科の先生には、そのうち電子レンジで発泡スチロール燃やすようになるから、独居は限界あるよ、とは言われていた。
 正直、発泡スチロールを発火させなかっただけで有り難い。(もっとも、うちの母は、食品トレーのまま食べ物を温める、とか、カップ麺を食べる、という食習慣自体がないので、発泡スチロール製品をレンジに入れる、というシーンはあまりないかもしれない。)

 なにしろ、集合住宅。他家に迷惑がかかる可能性はあってはならない。ボヤなんてもってのほか。こうなると、たまに自分の自宅に掃除やら様子見に一泊程度で帰ろうと思っていたことのほうが、難しくなるかもしれない。それはそれで、困るんだよなあ・・・・と、初日から悩ましい。

2025年7月27日日曜日

介護日記的な・・・その20 部屋の片付け、テレワーク準備、仕事の片付け・・・・が出来るのか!?

 さて。不要品処分のその後である。
 土曜日に、地域の行政サービスで粗大ゴミ出しの予約をしてあったのは前述のとおり。
 結局、壊れた電子レンジ(けっこうデカい)、そこそこのサイズの手作り本棚(昔、手塚治虫全集300冊を納めていた。)、インクジェットプリンター2台、壊れた昭和の扇風機、大型ガラス水槽、AVラック、扉のはずれたテレビ台・・・・を排出。
 母に見とがめられると多分トラブルになるので、深夜、母が寝ている間に、そーっと搬出。母は寝付きが良く、寝ると朝まで起きないことがほとんどなのだが、それにしても(やったことないけど)空き巣に入ったくらいには慎重に、静かに、あくまでも静かに、物置と化している部屋から運び出した。・・・・私一人で。

 結果、ゴミ出しには成功し、翌朝、粗大ゴミはこれまた静かに回収されていった。

 怖れていた母の反応といえば、物置部屋の室内の変化には気付かず。

 以前なら、あら、お前片付けした?くらいの反応はあったと思うのだが、これだけの変化をスルーしちゃうくらいには、認知症が悪化しているのを再確認した。

 そして、同日午前、メルカリで購入した中古の(アンティーク、とも言えるか。)仕事机が届いたので、こちらは私が今使っている寝室兼タンス部屋に搬入。
 別途自宅からクロネコさんに運んでもらっていた23インチのモニターやデスクライトを配置して、在宅ワークが可能な体制を作った。(Wi-Fiの受信状況が極めて悪く、まだテレワーク可能な状態までには至っていない。)

 さて、こちらの変化については、母の反応は、
 1回目(搬入中)「これ、どうしたの?」→「私が運送頼んで自分の家から持ってきてもらったのよ。ここで仕事できるように」
 2回目(設置後)「これ、お前がもって来たの?」→「そうだよ〜。前に、相談したら、『部屋空いてるから、好きにして良いわよ〜』って言ってくれたよ?忘れた?」(これは事実だ)→「忘れたけど、そう言いそうダワね」
 3回目(午後) 「これ、前からウチにあったかしら?」→「(メンドクサイから)あったよ〜」
 4回目(同日午後)「これ、前からこの辺に置いてあったわよね?」→「そうだよ〜」

 結果、机は以前から家にあったこととなり、中古でそこそこ使用感があったことも幸いし、すでにもう20年も家に置いてあったんでは?くらいの馴染みっぷりで、寝室の一角にとっても昭和レトロな空間が完成した。母に受け入れてもらえて良かった。置いた机が、私の想像以上に和室に馴染んで良い雰囲気になったもので、母も気に入ったらしく、これ良いわね〜、と何故か部屋に居座るようになったのはご愛敬。

 物置部屋に置いてあったプリント化粧合板製の本棚を脇に設置し、こちらも自宅から宅急便で運んでもらった、ボッシュシリーズその他の、読みたい本を並べた。ついでに、あの分厚くて重たい筑摩世界文学全集を読むための書見台も持ち込み。

 母の介護にかこつけて、テレワーク準備と言い訳しながら、かねてから欲しかった読書机を買っちゃった背徳感を感じつつ、前日からの、もっといえばその2週間前からのオーバーワークで疲労困憊し、頭痛が治まらない日曜日の夜・・・・。これ、過労で脳血管がぷつっといかないように、ホント注意しないと。

 あとは、8月2週から、無事に介護休暇に入れるのか、(事前相談はしているものの)介護休暇の正式な申請、引継書の作成、母のショートステイのお試し決行、新たなケアマネさんとの契約、ケアプランの見直し、一度は断念したホームヘルパーの再導入を試みるかどうか、現在待機している認知症高齢者グループホーム以外に、もっと良い選択枝は無いのか相談してみること。やることは今だ山積している。
 母は、食事の準備ができないことを除けば、穏やかに落ち着いているし、そこそこ会話でのコミュニケーションも出来るし、週末一緒にすごしていると、施設入所、という選択に迷いが生じる瞬間がある。だけど、一人でご飯は食べれないんだよな〜。やはり独居は限界。これ以上母が体力を落とす前に、やはりなんとかしないといけないのだ。

2025年7月23日水曜日

介護日記的な・・・その19 不要品処分


 直前の書込みで、母は冷蔵庫のポカリを飲めるのか、との疑念を書いたが。
 なんと、飲めたようだ。飲み途中だったペットボトルが一本空いている。やれ、よかった。ポカリのボトルは飲み物として認知されたらしい。とはいえ、脱水状態が改善するほど、きちんと飲めている訳ではない。 

 母宅の電子レンジが壊れた話は、以前にした。
 で、新しい電子レンジを購入したので、古いのは処分しなければならない。

 母宅の、昔私の子供部屋だった部屋は、現在書庫兼納戸・・・というかただの物置になっていて、いろいろと不要品が置いてある。まあ、この部屋があるから、母の生活スペースは片付いている、といえなくもない。

 電子レンジを粗大ゴミに出すにあたって、ついでにこの部屋の不要物と、トランクルームにおいてある不要品も出すことにした。

 電子レンジ、文庫本用の本棚、テレビ台、大昔に父が手作りしたレコードラック兼テレビ台、プリンター2台、壊れた扇風機、大型ガラス水槽など・・・・

 問題は、母に気付かれずに家から搬出することだな。決行は土曜日未明。母が寝ている間に。静かに。あくまでも静かに。

 母は、無くなってしまえば多分忘れてくれる。

 しかし、処分するところを見られると、私のモノを勝手に!と怒るかもしれない。

 そう、母は片付け魔だが、私もそうなのだ。しかも、母は取っておく性向が強いが、私は捨てたがりなのだ。

 毎回、母宅にいって、あーーー、これ捨てたいな、と思うのをガマンするのも結構ストレスで。すこしづつ、いろんな不要品を捨てている。さすがに3年ともなると、いろいろと少しずつ、物置化した部屋の中が片付いてきて、私は嬉しい。今回の粗大ゴミ出しで、だいぶすっきりする予定だ。
 その上で、私の仕事机を搬入の予定。上手くいきますように。

2025年7月21日月曜日

介護日記的な・・・その18 介護とワクワク?

 もうだいぶ前のことになるが、リビングのごみ箱・・・紙くず入れに、大量の固まったトイレットペーパー・・・・なにかに使って、円筒型状のものに詰め込んだあと、引っ張り出して捨ててた・・・・ような半分ほぐれかけたトイレットペーパー屑、を発見して、一体これはなんだろう、と首をかしげたことがあった。で、一昨日その答えが明白になった。

 トイレに置いてある円筒型のサニタリーボックスの中を何の気なしに改めたところ、ぎっしり。何かに使用済みのトイレットペーパーが出て来たのだ。まさにコレ。

 ————あ————つまりだ。
 母は、たぶん、もうだいぶ前から、使用済みトイレットペーパーをトイレに流していなかったのだ。全部、サニタリーボックスに「捨てて」いた。そしてそれが一杯になったので、リビングのごみ箱に空けた、と。

 ネットにお伺いしてみると、認知症あるあるらしい。

 多分、昭和の頃の脆弱な給排水衛生設備で育った世代は、「詰まらせてはいけない」と思うんだろう。

 なんにせよ、謎がほどけて、困惑が残った。
 こうやって、ひそかに「ヘン」なところはじつは沢山あるんだろうな〜。

 母は、もう短期記憶が1分くらいしか保たなくなっている。言葉の理解も覚束なくなってきた。
 それでも大崩れしない、確固とした生活習慣が身についているっていうのは、それはそれで凄いことだと思う。でもこんな感じでいろいろと綻びが目立ってきた。

 ここ1ヶ月くらいは、自分でご飯を食べるのが難しくなった。咀嚼も嚥下もできるが、冷蔵庫からご飯はともかく、おかずを取り出して食べる、ということができなくなった。冷蔵庫にいれてあるお惣菜を手にとっても、しばし眺めたあと、また冷蔵庫に戻してしまう。
 小鉢にいれて、「食べてください」と付箋を貼って、冷蔵庫に入れておいたが、母は、「いつからここにあるのかしら」「古くなってるし気持ちわるい」とかいって、捨ててしまったりする。

 結果、先週末の受診では、顔色の悪さと脱水気味を指摘され、「糖尿病がなければ、ポカリ飲ませて」との指示を頂いた。
 500mlのペットボトルを2本買って帰って、とりあえずコップ一杯は飲ませたが、冷蔵庫に入っているものを本人が自分で飲む可能性は皆無に近い。

 人の手が入らなければもう、生活の維持は無理だろう。

 8月から介護休暇を取るか、ひとまずテレワークと出勤と介護休暇を織り交ぜるか。
 
 自分の自宅のこともあるから、母の家に行きっぱなしもできない。特養のショートステイも入れて、その間は自宅に戻るにしても・・・・ううむ。

 ひとまずこの際なので、母の家に私の机を入れてモニターも設置し、テレワークができる体制は作ることにした。(お願いだから、いじらないで壊さないで、コード抜かないで、と願う。)

 で・・・・冒頭のタイトルである。

 事態はそれなりに深刻で、私は家庭生活上も、職業生活上も大幅な変更を余儀なくされているのだが、なんだか、単純にワクワクしていたりもする。なんなら、隙間時間にどの本を読もう、なんて本の選定まで始めている。とにかく、10年以上・・・・ずーーーと、それはそれは多忙な職場を渡りあるき、残業上等、なんなら午前様も当たり前な生活を続けてきた。ここに至って、ある意味、母のために止むなく、ではあるにせよ、「仕事を減らす」事態に心の半分くらいがなんだか歓喜しているみたいな気がするのだ。
 残りの半分は、手離さざるを得ない仕事への気がかりとか、仕事を休んでしまって果たして私は復帰できるのか、という不安や、これでもし、戻れずに離職してしまったら自分の老後は果たして成り立つのか、とか、母の介護そのものへの不安とか、母への献身(?)に、自分の欲求を織り交ぜることへの罪悪感とか・・・・(たとえば、母宅で在宅ワークするため、というのを口実に、ずーーーーっと欲しかったデスクを購入しちゃう、とか(爆)
 重くて引きずり歩くのが億劫な掃除機の代わりに、自分の自宅でも使っているスティック型の軽快な掃除機をAmazonでポチる、とか。

 でもまあ、介護は、生活だ。
 滅私奉公である必要はないんじゃないかな。大変なだけでなく楽しいこともあったほうが良いし、私の精神衛生が良いほうが、絶対に母にも良いはずだ。買い物一つでワクワクできるんならそれはそれで・・・・

 そんなわけで、介護生活の新たな局面に、きっと大変なこともあるだろう、という理性の声を頭の隅に掃き寄せて、なんだかワクワクが止まらなくもある。

2025年7月6日日曜日

介護日記的な・・・その17 電子レンジも壊れた


 さて、全体的には、前回と同じような内容ではあるのだけど。

 先週、母宅に行ったときに、電子レンジの電源が入らなくなった。
 結構古いものであるので、来るべきときが来たか、という感じではあった。幸い、電源を抜き差ししたり、扉を開け閉めしたり、押したり引いたりしているうちに、接触が回復したのか、また使えるようになった。

 だがしかし、「来るべき時に備えよ」という神の声に感じたりもしたのだ。

 なにしろ、母が今現在できるのは、ガスでお湯を沸かすことと、電子レンジで「チン」することだけ。この二つで、母の自宅での食卓は成立している。
 電子レンジが使えるかどうか、は、母が在宅生活を続けられるかどうか、とほぼ同義なのだ。

 母の在宅介護について、施設入所に舵を切るタイミングとして想定していたいくつかのポイントがある。
① 徘徊が始まり、迷子になる
② コロナやインフルエンザで入院を余儀なくされる、からの退院先としての高齢者施設入所
③ 足の痛みが再発して、ADLが落ち、在宅一人暮らしが困難になる
④ その他、認知機能が落ちて、目が離せなくなる
⑤ 電子レンジが壊れて、自宅での食事が困難になる

 先頃からの、なんだか食事が出来なくなる。なんなら「食事だけ」出来なくなる。というのは若干想定外ではあったが、時同じくして、電子レンジがお亡くなりになる、というのは・・・・やっぱり神様に、真剣に先を考えろ、と言われているのだろうか・・・・・?
(私は無宗教なんだが・・・・)

 とはいえ、特養も、認知症高齢者グループホームも、入りたいと思ってすぐに入れる施設ではない。何事も準備が肝心。ひとまず、えいやっとグループホームの見学に行ってきた。
(炎天下に外出したせいで、帰宅後、かるい熱中症気味。頭痛薬と塩タブレットとポカリで回復。)

 しかし、正直、どうなんだろうなあ、とは思う。

 是非!是非ここに入れてください!! とまでは思わなかった、というのが素直な感想。
 なんというか、全体的に雑然としている。いろんなものが、置いてあったり、壁に貼ってあったり。
 うちの母は片付け魔なので、家の中はそれはもうキレイなのだ。
 母はこの施設で落ち着けるだろうか? それが一番心配だ。

 ただ、スタッフが穏やかで、入所しているおばあちゃん方もみんな落ち着いていて、にこやかだった。多分、人員が充足していて、職員があたふた・イライラしていない。運営が良い証拠だ。いずれにせよ、申し込みしてもすぐに入れる訳ではないので、待機で順番が回ってくるまでに、母の在宅生活がどのように推移するかも、見ていかなければならない。

 で、電子レンジの話に戻るのだが、今週末、突然夕食の支度時に、またウンともスンとも言わなくなった。冷蔵のご飯を温めることができなくなったので、仕方なく、小鍋にいれて少量のお湯で軽く煮る。お粥まではいかず、むしろ湯切りした「湯漬け」っぽい仕上がりになったが、ひとまず温かいご飯にはなった。もはやこれまで、と夕食後に最寄りの家電量販店に購入に走った。単機能レンジで、見かけ(とくに「あたためスタート」ボタンの位置とデザインが、現在使っているものと似ているものを探した。下調べは先週してあったので、あとは決断するだけだった。

 私は車は持っていない。ペーパードライバー歴30年超の大ベテランだ。

 ので、がらがら引っ張る折りたたみキャリーを持って、バス移動。行きは良いが、帰りはレンジの大箱もってバスに乗るんかい?と自問自答しながら、だめなら帰りはタクシーだ!(だがしかし、流しのタクシーが掴まるとは思えない立地。GOアプリは使えるんだろうか・・・? などと思っていたら、バスを降りたと同時にゲリラ豪雨襲来。いったい、なんのお試しなんだか。

 そんなこんなで、苦労して早急に入手した電子レンジを、本日朝、台所に設置。
 幸いにして、母は、扉を開けることは出来た。あたためスタートボタンは、押せるか?・・・・ひとまず声かけすれば押せた。これは何とかなるかもしれない。
 母が一人で使えるかどうかは、これから数日見守る所存。

 電子レンジが壊れたのが、夏で良かったのかもしれない。

 とりあえずレンジであたためなくても、母は冷蔵庫のバナナ、ミカン、パイン、蒸しケーキを食べることができるし、牛乳も温めずに飲める時期ではあるので。ついでに言うなら、日中はデイサービスで、バランスのとれた食事とおやつも頂いているので。

2025年6月29日日曜日

介護日記的な・・・その16 母の機能が落ちてきたかもしれない

 急に暑くなったせいか、単に認知症の進行か。

 母がここ数週間、食欲が落ちている・・・・・というか、食事をする能力が落ちてきていると言うべきか。「お腹がすいた」と認知出来なくなってきている(なんだかおかしい。くらいには思ってそう。)とか、時計を見て「食事の時間だ」と判らなくなってきた、という理解力の低下とか、台所に行って食事を温めて食べる、という複雑な行動が出来なくなってきているとか、原因は多分複合的、なようで、でも一言でいえば認知症が進んでいる。
 周囲が辟易するような酷い問題行動がないだけで、だんだん、一人で暮らしていける限界に達してきているのだろう。もともと、2年前には医者には入所を勧められている程度ではあるのだ。

 ここ2,3週間、冷蔵庫のご飯パックの減りがわるいし、買い置きのお惣菜も食べ残しが多くなった。
 そんなで胃も小さくなっているのか、私が一緒に食事するときにも、食べる量が少なめになり、食べ残しをするように。

 認知症が発覚してから、ほぼ丸3年。
 私が通って、母が一人で何とかなる程度に日常生活をフォローすることで、なんとか単身在宅生活を維持してきたが、この夏は転換点になるかもしれない。
 
 7月末にショートステイのお試しを予約しているので、うまくショートを導入できれば、だんだん日数を増やして、特養入所につなげるか。
 しかし、まだADLは自立しているので、認知症グループホームも考えるべきか。
 一度は導入したものの、母の拒否感が強く断念したホームヘルパーを再導入するか。

 現状なら、朝・夕食をきちんと食することができれば、もうすこし現状維持を図れるかもしれない。
 
 介護時短制度を利用して、夕食だけでも毎日・・・・?
 だが、自分の自宅から母宅は、ドアツードアで2時間弱かかる。たとえば、毎日2時間時短をとって、母宅に夕食の世話に通うとして。交通費は、往復で2千円強。4時に職場を出る。6時母宅着。7時までに食事をさせる。自宅に帰るのが夜9時〜10時。現在は週中1回の通いと週末の泊まりで対応しているが、母宅から通勤するにしても、母の朝の時間と合わない。オマケに地獄の通勤ラッシュだ。さらに、交通費だけでも月に5万円くらいかかりそうだ。母宅から通勤をするなら、一時住所も母宅に移して(つまり住み込んで)、通勤手当もらわないと経済が成り立たん。

 思い切って介護休暇を取る。 
 母宅から通勤する。
 時短と、テレワークを活用する。

 だがしかし、私が、自分の自宅を離れたくないんだよな〜。そこが決断の最難関だったりする。

 夫は、母宅に住み込むなら猫を連れて行って、と言う。(もちろん、半分冗談。)
 だが母は猫がキライだったりするし、うちの猫(アビシニアン)は、高齢者に可愛く懐くほど穏やかな性格じゃない。(むしろ猛獣。小型のネコ科の肉食獣に近い。たぶんヤマネコだってもっとかわいげがあるぞ。)

 そんなこんなで、あれこれと頭を悩ましてたら、あちこち痒くなってきた。
 私はストレスは肌にでるクチで。
 
 鼻が痒くなったり、顔が痒くなったり、指に水疱ができたりする。

 身体的疲労よりも、精神的ストレスのほうが影響が出やすいもよう。

 さて、この夏。どうすべかな〜、とまだ思案中。ではあるが、今も今とて、この日曜日の午前中。母は朝食を摂れていない。
 10時に電話をかけて、朝食を食べるように促す。→お返事はよろしいが、食べない。
 10時20分、木村屋のミニ蒸しケーキを電子レンジにいれて「温めスタート」。そして、電子レンジの前から離れた途端に、蒸しケーキのことを忘れた。
 10時40分、台所に行き、電子レンジの中の蒸しケーキに気付き、食す。イマココ。
 

2025年5月10日土曜日

介護日記的な・・・その15 天気が悪い

 天気が悪い日は、憂鬱だ。
 なぜかというに、母が窓から空を見て、必ず言うのだ。

「なんだかおかしい」
「こんな天気の日は、いままでに無かった」

と、言い募る。

 ・・・・・いや、だたの雨の日ですがな。

「ただの雨の日だよ〜。日本は四季があるからね。雨の日もあれば晴れの日もある。春に雨降らなかったらお米も育たなくて全国のお百姓さんが困るでしょ?」

「いや、それでも、こんな天気はいままでで初めて・・・・」 以下リフレイン。

 リフレインするだけでなく、10分とか30分ごとに、窓の外を見る度に、同じ会話になる。

 イラッとしてはいけない。あくまでも軽く、あ、かるく。ファンシイダンス・・・・

 ああ、ファンシイダンスを読み返したくなったな。そういえば、我が家にファンシイダンスはなかったっけ? ううむ。昔揃えて、一度古本屋に売っぱらい、その後、再入手したようなしてないような。。。。

 母は軽い侵入恐怖や視線恐怖っぽいところもあり、窓の外から覗かれる、と頑なにカーテンを閉めたがる。
 とはいえ、昼日中から暗い室内に閉じこもるのはいろいろと良くない。

 で、私はカーテンを開ける。そうすると、空が見える。で、また繰り返す。

 電気を惜しんで、照明を消したがるのも、地味に困るんだよな・・・・

 カーテン締めて、明かりもあまり点けず、薄暗い家の中に一人でいるのは、どうもよろしくない。まあ、平日はデイサービスに行っているので、そうなるのも日曜日だけとはいえ。

2025年5月4日日曜日

介護日記的な・・・その14 洗濯物の攻防は引き分け。それよりも・・・(第2回戦)

 ご報告である。
 洗濯物については、洗い替えを増量することで、①次週分のセット→②洗濯/干す→③取り込んで畳んで仕舞う  が可能となり、概ね順調。だが、朝洗濯機を回して干して、午前中に買い物に出ていた間に取り込まれてしまった(T-T) (一部、まだ湿っていた。)おまけに、一部をどこかに仕舞われてしまって、家中探した。何のことはない、タンスに仕舞われていたのだけど。まあ、大方想定内と言えなくもない。

 それよりも。

 昨日の夜は、私は遅かったのだ。遅い時間に母宅に到着し、夜の間に、汚れ物をチェックして、翌週用着替えセットを作り、なんなら読書もして・・・・
 それなのに、普段は朝寝坊もするくせに、今日に限って早朝5時に起きだす母。
 仕方ないので、私も起きた。午前中の時間がたっぷりとあるのは良いことだ。
 洗濯もの、朝食、服薬チェックと薬の補充、デイサービスの連絡帳の確認と家での記録を書き、ストック用のご飯を炊いて一食分づつパック詰め、室内の整理、食料品の買い出し、郵便局・・・・全部午前中に終わった。終わったぞ!!

 そして、午後にダウンした。

 いったいなんであの人、あんなにエネルギーあるんでしょうね? 認知症高齢者あるある、らしいですけどね。

2025年4月27日日曜日

介護日記的な・・・その13 洗濯物の攻防に負けた。(第1回戦)

 先週から、毎日の衣類交換がフルコースになった。
(ショーツ、ブラ、靴下、ガードル、肌着の5点セット)
 デイからの着用済みの洗濯物が火曜日に1回返ってきたが、これは次からは週1回金曜日に月〜金の5日分をまとめて返してもらえるように変更した。
 なぜ、というに火曜日の夜に洗濯機に入れておいた洗濯物にたまたま母が気付き、洗濯してしまったからだ。(気付かないで溜まっていることの方が多いのだけど。)
 そのこと自体は、ああ、まだ洗濯機使えるんだ〜と、喜ばしくおもわないでもないのだけど。
 難点① ただ、正しく洗剤を使えているかどうかが判らない。(今回は、洗濯洗剤の位置が、普段の場所から移動していたので、ああ、この洗剤を使ったんだな、と判った。)
 難点② 洗濯から、干す→取り込む→畳む→仕舞う、という普段の生活にないサイクルが始まってしまい、生活リズムが崩れてしまう。
 難点③ 畳んだ洗濯物をどこに仕舞うか判らないので、あちこち探して回収しなければならなくなる。
 と、いう事情なので、できるだけ、私がいるときに一連の洗濯→次週用をセットまで、全部済ましてしまいたいのだ。

 さて、そんなで迎えた週末である。

 金曜日の夜に自分が母宅に到着。
 デイの送迎と申し合わせてある着替え受け渡し場所(玄関の天袋収納。母が普段は開けないところ)から、今週後半分の洗濯物入りのバッグを取り出す。
 翌日ができるだけ楽になるように、と夜のうちに洗濯→干すまでやってしまう。
 母がなかなか寝付かず、私が起きているからかえって向こうも興奮して寝ないのか?と思って自分は寝室に撤収→疲労困憊寝落ち。
 明け方4時頃に、なにやら母が陽気に独り言を言っているのに気付いて覚醒。
 びっくりして様子を見に行くと、母がまだ昨日の洋服を着たまま、元気に活動している。
 そして、私がベランダに干しておいた洗濯物を畳んで、どこに仕舞おうかとうろうろしていた。

 今何時だよ!4時だよ! 明日は通院だよ! なにやってんのこの人!!!
 だがしかし、怒ってもしかたない。
 とはいえさすがに声が上ずる。
 
 何やってんの。4時だよ。寝てないの? 明日辛くなっちゃうよ。 早く寝て寝て。とにかく寝て〜〜! と急かして急かしてとにかく寝る気にさせて、寝室に押し込んだのが4時20分頃か?
 寝室に入れてドアを閉めた後は、なにしてんのか判らないけど、多分着替えて寝たはず!
 幸い、寝付きだけは良い人なのだ。

 いや。ビックリしたね。
 後から、監視・・・もとい見守りカメラの録画画像で確認したが(寝室の中は判らないけど、リビングの寝室のドアが写る位置に設置してある。)、母は昨夜、いったんは普段の居場所のリビングを片付けて、電気を消して、寝る態勢で寝室に入ったのだ。それが深夜1時前頃。(それでも遅いがな!)
 しかし、ほどなく部屋から出て来てしまい、ベランダの洗濯物を取り込んできていた。
 母の寝室は、いつもカーテンが締めっぱなしなのだが、おそらく寝る前にカーテンをめくって外を見て、洗濯物が干してあることを発見してしまったのだろう。
 
 あら、洗濯物を忘れてるわ。からの 取り込み→畳みサイクルが始まってしまった。
 洗濯物は3時間強しか干されていないが、幸いあらかた乾いていたようだ。母は洗濯物1枚1枚を検分し、畳みかたを考え考え(これまでの知識や経験の蓄積は、すでに役に立たなくなっている。この洗濯物はこうたたむ、という自分ルールは失われているので、その都度、一枚ずつ悩む。)、それでも全部四角く畳み、しかし「ちがう」と思ったのかまた、広げて畳み直し。積み上げてどこかに移動し、また移動し、また畳みなおし。 この人が小銭を数えているときもそうなんだが、積み上げて横に置くと判らなくなって、やり直すので、賽の河原状態になる。
 明け方までこの人いったいなにしてたんだ!と最初思ったが、画像を確認したら何のことはない。1時から4時までず〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと、洗濯物をたたんでいたよ。

 これは、私が悪い。
 私が悪うございました。
 あの空かずのカーテンを開けて外を見てるとは存知ませんでしたよ。

 夜のうちに洗濯して干すのはナシだ。

 かくして作戦は変更された。

 とりあえず、着替え2サイクル分は数を用意する。(母が着替えたくなったときに困らないように、普段使い用に家においておく分も必要なので、ブラやらガードルやら肌着は枚数が足りない。)足りない分をいくらか買い足しする。

 翌週分のセットを、金曜夜のうちに出来るようにして、洗濯は土曜日の日中にする。これでいこう。そうしよう。

 第2回戦は、次週開催予定。乞うご期待。
 

2025年4月20日日曜日

介護日記的な・・・その12 久しぶりの投稿である。

 さて、このネタでの前回の投稿が去年の8月なので、久しぶりの投稿になる。
 この間、母は超低空飛行ながらまだ滑空を続けており、胴体着陸には至っていない。
昨年11月からこっち、住居のマンションの外壁塗装工事があり、足場が組まれたり、シートがかけられたり、窓の外(高層階)を職人さんが歩いていたり、といろいろあったが、幸いにして足場を組んでの外壁補修も三回目なので、なんとなく馴染みがあるのか、大事には至らず、すごすことができた。これに関しては、本当に、無事に乗り切れてよかった。

 母は、だんだんやらないことが増えてきた。
 近所に買い物に出なくなったのは、昨年夏。 
 掃除機をかけなくなった。
 洗濯機を回さなくなった。

 たまに、台所のビニール床の拭き掃除はしている・・・かもしれない。
 幸い、歯磨きとか洗顔はちゃんとしている。

 衣類は、以前は手洗いしているのかな?と思った時もあったが、今はまず、洗濯していない。とはいえ、代謝も落ちているのか、汗もあまりかかないようで、衣類が汚れることもあまりなく、不潔になることはないようだ。
 当初は、毎日とはいわずとも、下着類を洗濯している気配があったのだが、この前、洗濯機の前で、洗剤が判らなくなっているところに遭遇。実はこれまでの洗濯も、洗剤は入れて無かったのかも? ここ最近は週末に私が洗濯機を回していた。しかし、洗濯機の中の下着が明らかに少ない。

 だいたい、寝間着に着替えるときに脱いでも、翌日に同じものを着ているのだろう。

 本人に認知の自覚はまるでない上に、ADLは完全に自立しているので、着替えを手伝うこともできず、下着類のチェックがしづらい。

 そこで、先週から、デイサービスの入浴の際に、下着を新しいものにすり替えてもらう作戦に出た。

 先週はとりあえず、ショーツと肌着に挑戦。
 問題なく衣類交換ができたので、今週からは、靴下やブラなども追加した。

 で、問題になるのが、週末の洗濯である。

 もちろん、一週間分、私が洗濯するのだが、まず、洗濯ものハンガーが足りない。ピンチも足りない。(昔は潤沢にあったものも、だんだんに数を減らし、本人が一人暮らしになってからは、ほとんどピンチハンガー(しかもぼろ)一個だけでこと足りていた。だが、一週間分まとめてとなるとそうはいかない。とりあえず、ダイソーとAmazonで洗濯用品を調達。
 そして、着替えが足りない。新しい下着を買っても、本人に多分「自分のもの」だと認知してもらえないので、家の中のストック(昔の人なので、古いものも全部取ってある。)から、状態の良いものを探し、数を揃えて名前付けをした。

 洗濯に関しては、干したそばから取り込まれる、というのを数回。本人に任せるとどこかにしまわれてしまうので、母の目を掠めて取り込みして、デイサービス用にパッキングして、母の目に付かないところに隠し、デイのお迎えの際にさりげなく送迎のスタッフにもって行ってもらうことにした。

 なにしろ、本人は、今だに自分がデイサービスに通っていることも、そこで毎日お風呂に入れてもらってることも覚えていないのだ。下着の入った袋など、見つけようものなら、「あらこれ何かしら」と、タンスにしまわれてしまうか、押し入れのどこかに押し込まれるか。

 それにしても、ここのところ落ち着いていた週末の往来が、俄に大変になってしまった。
 来週は加えて、通院もある。頑張らねばならぬ。