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2025年10月18日土曜日

0565 竜の医師団4 (創元推理文庫)

書 名 「竜の医師団4」
著 者 庵野 ゆき   
出 版 東京創元社 2025年3月
文 庫 352ページ
初 読 2025年10月17日
ISBN-10 4488524133
ISBN-13 978-4488524135
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/130985144

 人物紹介のクズリがグズリになっとるぞ!どうした東京創元!

 そして、極北の地の弱小竜医師団の最強メンバーは、イヅルの地へ至る。
 最高峰の竜医療、竜に医療を施すことに特化した国作りをしているイヅルには、あまり外部には知られていない血の法則があった。
 それは「見える」ことに最高の価値を置いた、国家を挙げた血統主義。竜人〈ズメイ〉が持っていた特異能力である「熱を見る力」が、イヅルの医療の根幹を成していたのだ。
 そのイヅルでも最高峰の「見る」力と、外科の執刀能力を持つクズリは、実は極端な優生思想を抱いていた。クズリは留学生にその思想を吹き込んで、世界中に密かに優生思想を伝播するとともに、己の後継者として、リョウを取り込みにかかる。

 クズリのカリスマ性と、「優るる生」という魅惑的な思想に翻弄されるリョウであるが、そこはちゃんとニーナ氏がフォロー。医療者の熱い思いが語られるのだった。

 まだまだ続きがありそう。だけど、可愛いチューダの翼の治療だけでもリョウの一生かかるよなあ。

2025年10月13日月曜日

0564 竜の医師団3  (創元推理文庫)

書 名 「竜の医師団3」
著 者 庵野 ゆき   
出 版 東京創元社 2025年3月
文 庫 336ページ
初 読 2025年10月11日
ISBN-10 4488524109
ISBN-13 978-4488524104
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/130868542

 カランバスの上空に新たな竜が現れた!が2巻のラストだった。
 新たな竜の登場に、竜の医師団の面々だけではなく、私だってワクワクだったんだけど。
 しかし飛来した若い竜は、なんと古老ディドウスの巣に直滑降したかと思うと、孵化直前の卵を置いて遁走、なんと最長老のディドウスおじいちゃんは捨て子ならぬ托卵されてしまったのだった。
 子供も孫もひょっとしたらひ孫も大量にいるはずのディドウスとはいえ、最後の子だったドーチェだって、生まれたのはなんと2000年前! もはや自分が動くのも面倒くさいディドウスおじいちゃんが、よっこらやっこら、仔竜の子育てをすることになるとは!

 この仔竜に先天性の障害があり、老竜しか治療したことのないカランバスの竜の医師団は右往左往する。竜の主治医のニーナ氏は、チューダを手放さず、竜の小児科をカランバスに招致しようと苦心惨憺するが。

 なんと言っても仔竜のチューダが可愛い。その仕草、可愛さ、やさしさに頬が緩む。
 今回の医療テーマは先天性関節脱臼と◯◯◯。仔竜の治療法の開拓のために、リョウの移植された竜の目をダシに、ニーナ氏ともどもイズルに入国することが認められ、次巻へGO!
 

2025年6月22日日曜日

0559・0560 竜王の婚姻 上・下

書 名 「竜王の婚姻 上」
著 者 佐伊       
出 版 ‎ MUGENUP 2024年4月
単行本 544ページ
初 読 2025年6月20日
ISBN-10 4434337041
ISBN-13 978-4434337048
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/128631885 

 Kindle版をAmazonにオススメされ、アンリミだったので好奇心でクリックしたのが運の尽き?(いやそれは著者に失礼だよな!)
 正直、最初は舐めてかかってました。ごめんなさい。
 よくある異世界BLで竜に嫁した不遇な主人公が溺愛される系だろうとの安直な予想を見事に裏切る、超骨太大河ファンタジーだった。なにしろ本は厚い、内容は重い、先は気になるで、ついついの駆け足飛ばし読みになってしまった。(これまた著者に失礼な!)。

 最初はオメガバース?と思ったが、むしろ独自設定。惹香嚢(じゃこうのう)という発情期に強烈なフェロモンを発する子宮類似器官を持つ人々が少数ながらいる世界。世の中を構成するのは人間、獣人、そして惹香嚢持ち。性的には女性、男性、両性、そして男性であっても妊娠できる惹香嚢体。小国(従属国)の惹香嚢体の第四王子が、宗主国の皇帝(実は獣人)に輿入れする事態に端を発する物語だが、主人公は全然愛されないまま話は何年も進むし、竜王と婚姻するのは主人公じゃないし、でどんどん期待を裏切られる展開にぐいぐい引き込まれる。「神山」を頂点とするヒエラルキー社会の硬直化した末期的様相や、獣人に対する差別意識や、神山に対抗するレジスタンスや、奇病の延命法を巡る壮絶な陰謀、意志を奪われた人間、それぞれの人間の立場や苦悩が描かれ、同時に登場人物のキャラが立ち、程良く強くて自立している主人公が苦難に立ち向かい、と実に濃厚で重厚な読み応えたっぷりな大河ファンタジーである。小山田あみ氏のイラストとは、モノクローム・ロマンス文庫の「ヘル オア ハイウォーター」シリーズ以来の再会で、これまた濃厚。主人公の絵柄は自分のイメージとは若干違ったが、じゃあどんな?と言われたら困るかも。

 それにしても、この話、書記官で執政を補佐してるはずのジグルトのやらかしがとにかく酷いんでないかと。主人公のセナへの個人的反感が根底にあるからか、とにかくいろいろと情報をネグって、セナ絡みの必要な情報を皇帝に上げないから、皇帝が見事に後手に回って、非常によろしくないのだ(笑)。だから、この話が進む、といえなくもないけど。最悪なのは出産時に無視放置だ。そうなった王側の事情は番外編で明かされるが、さすがにまずい。全体的にさらりとその主因となったジグルトのしでかしは流されてるけど、本人自覚しているように、これは万死に値するぞ。おかげて、セナと皇帝は関係を深めるチャンスを逸してしまうし、護衛官の白銀狼イザクにセナの気持ちをもってかれちゃう遠因にすらなっている。まあ、この三角関係の捻れは話の核心ではあるので、ジグルトは役目を果たしていると言えなくもないけどね。

書 名 「竜王の婚姻 下」
著 者 佐伊       
出 版 ‎ MUGENUP 2024年4月
単行本 544ページ
初 読 2025年6月20日
ISBN-10 443433705X
ISBN-13 978-4434337055
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/128631885   

 あれほどのボリュームの上巻がアンリミであるわけだ。先が気になり読まずにはいられない。下巻をKindleで読んだあと、やっぱり紙本を手元に置きたい、と上下巻購入したので、結局下巻は2冊分購入したことに(笑)。
 とにかくアレコレあって、物語はどんどん、どんどん破局に向かってなだれていく。鱗病の蔓延、惹香嚢体の命運、最愛の男イザクは絶命し、竜王すら死に瀕し、八方塞がるなかでの唯一の望みとなるのはセナ自身の体のみ。自分の死を選ぶことで、世界の命運は繋ぎ止められるかもしれない。この決断に至る主人公が潔すぎる。ファンタジー世界だからこそ可能な、現代社会が惑う様々な社会問題のごった煮の中で、子供を愛し、人を愛する主人公の芯が物語の背骨になって、この無骨な物語を成立させている。ほんと飛ばし読みで申し訳なかったが、物語の先を読みたい気持ちに字を目が追うスピードが追いつかなかったよ。上下巻をほぼ1日で通読した。そして紙本を入手してみれば、上下巻あわせて厚さは6センチ、ページは2段組のボリュームだった。で、そのあと一週間かけてじっくり読み直した。
 
 番外編の皇帝(上皇)の気持ちが切ない。150年後の竜王の命によって贖われる世界。そういう竜王を育て上げたセナと、竜王の伴侶アスラン、その二人と竜王を、そして二人が世を去ったあとには一人で守り続けたであろう王に祝福を。

2025年4月13日日曜日

0553 ドラゴンフライ アースシーの五つの物語 もしくは ゲド戦記外伝

少年文庫版
書 名 「ドラゴンフライ アースシーの五つの物語 ゲド戦記5」
原 題 「TALES FROM EARTHSEA」2001年
著 者 アーシュラ・K.ル=グウィン    
翻訳者 清水 真砂子    
出 版 岩波書店
初 読 2025年3月22日
初版のハードカバー
読書メーター 
 【岩波少年文庫版】
書 名 「ドラゴンフライ アースシーの五つの物語  ゲド戦記 5 」
少年文庫版  560ページ 2009年3月発行
ISBN-10 4001145928
ISBN-13 978-4001145922


 【ハードカバー版(初版)】
書 名  「ゲド戦記外伝」
単行本 456ページ 2004年5月発行
ISBN-10 4001155729
ISBN-13 978-4001155723

改編後のハードカバー
 【ハードカバー版(改編後)】
書 名  「ドラゴンフライ アースシーの五つの物語  ゲド戦記 Ⅴ」
単行本 464ページ 2011年4月発行
ISBN-10 400115644X
ISBN-13 978-4001156447


 『帰還』と『アースシーの風』の間を埋める『ドラゴンフライ』または『トンボ』(版によって呼び名が違う。トンボをドラゴンフライに改めるくらいなら、オジオンもいっそのことオギオンに改めれば良かったのでは?!)またロークの学院の起源や、若きオジオンとその敬愛する師匠の物語など。
 なぜ、『アースシーの風』の前にこの本を訳出しなかったのだろう。
刊行順にこちらを出版するのでも良かったとおもうのだけど。
ジブリアニメ公開に併せて
再版されたバージョン

 見ての通り、この本は、ハードカバーの『ゲド戦記外伝』→ソフトカバー版『ゲド戦記外伝』(ジブリアニメ化の際に発行されたもの。)、タイトルを改めたハードカバー本『トラゴンフライ』そして物語コレクション版と、岩波少年文庫版の5種類が発行されている。
 後からシリーズの残りを集めようと思って探した時に、おおいに混乱した。ちなみに私が所有しているのは、函入りハードカバー各初版と、岩波少年文庫版と、ソフトカバー版の3種類。なぜかそうなった。
 今年6月に、ル=グウィンが死去してから発行されたゲド最晩年の作品を含む短編と、ル=グウィンの講演録を翻訳した『ゲド戦記を“生き直す”』などが収録されたシリーズ7冊目(多分今度こそ最終巻)が岩波から発行される。ここで函入りハードカバー版を発行しないのは、50年来の読者への裏切りというものだろう!とこれまた若干腹が立つものの、発行自体はとても楽しみにしている。もちろん。
 さて、この別冊改め『ドラゴンフライ』は、短編5作品と著者によるアースシー解説からなる。『カワウソ』はローク学院のはじまりの物語。『ダークローズとダイヤモンド』と『湿原で』は男女の愛に関する物語。『地の骨』は若いオジオンとその師匠の話。『トンボ』改め『ドラゴンフライ』は、例の!アイリアンのお話です。以下感想。

カワウソ
 通り名をカワウソまたはアジサシと名乗った心優しい魔法使いは、様々な曲折を経て、初代の〈守りの長〉となる。アーキペラゴの暗黒時代に灯を点した、ロークの学院草創期の物語。
 ロークの学院の基礎を作ったのは、実は、〈手〉と呼ばれる草の根抵抗組織の女達だった。(レジスタンス、と書いちゃうと、ちょっと時代的に違う感じがする。) 大きな魔力を持ちながら、正しい教育を受ける機会の無かったまじない師のカワウソは、奴隷に落とされたりしながらも正しい魔法と公平と自由を求めて、古来のそれが残っているという島を探しつづけ、ついにその島に辿り着く。そしてその地で愛を得る。魔法が男だけのものになる前の時代の物語でもある。
 意外なローク学院の始まりについては、ちょっと後付け感も感じないではないけど、カワウソの素朴で正直で控えめな人柄は、『アースシーの風』のハンノキにも共通する温かみがある。女性も魔法使いになり、教師になり、長になれていた初期のロークから、どのようにして女性が疎外されていったのか、そこはとても気になる。
 あと、一つだけ言いたい。「タフなヤツだな。」という台詞は、めちゃくそ浮いてるぞ!

ダークローズとダイヤモンド 
 ダイヤモンドという通り名の青年が、真に自分の魂が求める道に辿り付くまでのお話。ダイヤモンドは“力”のある若者だったが、それが発揮されるのは音楽の道だった。詩がロークの“高尚な”学問に含まれ、歌が含まれなかったのは、学院の始祖たる魔法使いの中に歌を得意とするものがいなかっただけだと『カワウソ』を読んだものなら気づく。それはさておき、ダイヤモンドはロークに行く道を選ばす、愛するものと供にいること、そして歌うことを選んだ。

地 の 骨 
 師匠には「だんまり」と呼ばれた寡黙な少年は、師匠の元で魔法を学び、ゴントで独り立ちした。大地の太古の魔法を知る師匠は、この島に大きな災害が迫っていることを知り、弟子とともに地殻変動に立ち向かう。沈黙のオジオンとその師匠のセレス、さらにその師匠の物語。このシリーズを通じて、オジオンが一番素敵だし、大賢人にふさわしいと思うのは、きっと私だけじゃない。

湿 原 で 
 ある島に現れたまじない師の男は、動物と言葉をかわし、病気を癒やす力を持っていた。疲れはてて一夜の宿を求め、酪農農家の寡婦の家に寄宿することになるが。穏やかで寡黙な男に引かれるおかみさん、男を捜して現れたゲドが語る、男の物語。
 正直、ゲドの語る男のこれまでと、島に現れた男の性格に落差がありすぎて、もうちょっと男の気づきとか改心のいきさつを語ってくれないと、別人のように思える。

ドラゴンフライ(まはたトンボ)
 なんで〈トンボ〉を〈ドラゴンフライ〉に直したかなあ。トンボのままではいけなかったのか。アジサシや、カワウソや、タカも素朴な日本語として意味の通る名前にしたのに、〈トンボ〉をあえて日本人には馴染みのない〈ドラゴンフライ〉にしたのはどうしてだろう。訳者の清水さんにとっては、トンボがどうにも違和感があったらしいのだけど。確かに竜が翔ぶ話なので、ドラゴンフライは本質を突いているんだけど、偉大で巨大な生き物である竜が、人であったときには小さな空飛ぶ昆虫の名前を名乗っている、というギャップも、面白いと思う。
 それはともかく、『アースシーの風』を読むと、突然でてくるアイリアンという女性の名前。そのお話である。最近わたしはKindle版と紙本を併用で読むことが多いのだが、Kindle版は岩波少年文庫版が底本なので「ドラゴンフライ」 紙本(ハードカバー旧版とソフトカバ—版)は「トンボ」。・・・・やっぱりトンボの方が好みだ。
 ゲドの盟友であったトリオンは、ゲドを探しに死者の国に赴いたが、戻ってくることが出来なくなった。しかし、皆がトリオンが死んだと思ったとき、生に対する執着と野心だけが生ける亡者として肉体に戻ってきた。そのトリオンとアイリアンの闘い・・・と思いきや圧倒的物量と熱量の差で、瞬殺。
 にしても、アズバーと守りの長はともかくとして、ロークの賢人団がなかなかのぼんくら揃いに見えてしまうのが残念なところ。

アースシー解説
 ル=グウィンによる、この世界の地理、民族、文化、言語、文字、歴史などの概略解説。
 ル=グウィンはこの世界の言語(真正神聖文字やハード語の文字)を漢字のような表意文字だとしているようだ。解説を読むに、一単語が一字に相当しているよう。
 ネイティブ・アメリカンをモデルにしているという、アーキペラゴの人々に漢字的な表意文字をあて、白人のカルカド人にインカ帝国風の紐を結ぶ伝達の方法をあてるなど、(主には)白人の意識を揺さぶるしくみが仕掛けられてるなあ。
 歌と歌謡は、アーキペラゴの最初の起源を証しているというのに、『ダイヤモンド』で描かれているように、学問大系の中では、歌による伝承の「詩」の部分に重点が置かれて、「歌」の部分はきちんと位置づけられていないんだな。まことの言葉の仕組みとしては、言葉の意味はわからなくても、音律だけで魔法を発動させることも出来そうな気がするんだけど。(そうなると、乾石智子のファンタジー世界っぽいかも。)
 子供は皆教育のようで、6,7歳頃には、『エアの創造』を語り聴かされ、暗唱できるようになる。常識ある大人であれば、だれも『エアの創造』を子供に語ることができる。子供たちは学校でハード語疑似神聖文字(神聖文字に由来し、ハード語を表記するために生まれたた、魔法の力を持たない文字。数百から数千に及ぶ。)を学ぶ。ル=グウィンは、「物語」に丁度良い、閉じて、均質化されていて、文化と富に満ちた世界を創造したようだ。
 ローク学園から女性が排除されたのには、初代大賢人ハルケルの影響が強かったよう。しかし、ロークの設立に女性が深く関わった点については、きちんと知識として継承されればよかったのにね。魔女達のあいだに「魔女の契り」や魔女婚(同性婚)の風習があったのに、魔法使いの間にそれがないのも面白い。

 さて、この巻で既刊の『ゲド戦記』はついに読了。あとは『火明かり』の刊行を待つばかりである。

2025年3月18日火曜日

0552 アースシーの風 ― ゲド戦記Ⅵ(初版時はⅤ)

少年文庫版
書 名 「アースシーの風」
原 題 「THE​ ​OTHER​ ​WIND」2001年
著 者 アーシュラ・K.ル=グウィン
翻訳者 清水 真砂子
出 版 岩波書店
 【岩波少年文庫版】
少年文庫版  384ページ 2009年3月発行
ISBN-10 9784001145939
ISBN-13  978-4001145939
読書メーター 
 【ハードカバー版(初版)】
単行本 349ページ 2003年3月発行
初 読 1993年
ISBN-10 4001155702
ISBN-13 978-4001155709

単行本初版
 出版当初は「最後の書」と銘打たれていた『帰還 ゲド戦記Ⅳ』刊行から10年後に出版された『アースシーの風 ゲド戦記Ⅴ』。このハードカバー版は、このコバルトブルーの表紙のと、黄色い表紙の(『アースシーの風 ゲド戦記Ⅵ』)の二種類が世に出ている。なんとなれば、この本の後に『ゲド戦記 外伝』が出版され、日本国内では、当初刊行順に5、6と番号が振られていたのだが、著者のル=グウィンが、正しい順番は、「外伝」、「アースシーの風」の順番だ!と仰ったかららしい。実際、著者の執筆順はそうだったのだが、『帰還』と直接つながるこの長編の刊行を先にしたのは日本の国内事情のようで、後書きに説明があった。
単行本改定版
 だから、外伝の方もインディゴブルーの表紙の『外伝』とややくすんだ暗いブルーの『ドラゴンフライ ゲド戦記外伝』の2パターンある。
 個人的には、著者に供された発行順でよいのでは?と当初は思っていた。実際自分が持っているのは国内で最初に出た順。後から実は順番がって言われてもな・・・。しかしそれは日本の事情なので、著者からしたら、ちがーう!ってことなのだろう。実際、『ドラゴンフライ』の冒頭の著者前書きを読むと、たしかに順番は、そちらが先なのが判る。そこにこだわりたい気持ちもわかる。ル=グウィンのような意志的な作家の著作を、著者の書いた順番順に発行しない日本の出版事情もなんだかな、と思わないでもない。

 なお、日本語版のタイトルは「アースシーの風」となっているけど、作中で再三使っている、「もうひとつの風」の方が良かったな、と思う。だって、原題が表す風は、西の果てのそのまた西の別の世界の風であって、あきらかにアースシーの風ではない。
 まあ、それはさておき。

 『帰還』からさらに15年後。冒頭、ゲドは70代との記述があるが、だいたい60代半ばくらいじゃないかな? まあ、70代というのは、他人からみたところ、の話なので、単に農夫として暮らしてきたゲドがすっかり老けている、ということなのだろうと勝手に理解する。
ソフトカバー版

 この本は、ゲド戦記3『さいはての島へ』のレビューで私が書いた違和感や未成熟感についての「答え合わせ」になっている。だがしかし。ちょっとモヤる。

 この本単体としては、とても完成度が高いと思うのだ。だけど、著者も認めるように、始めからこのアースシーの世界観の全容を著者が掴んでいたわけではない。「アースシー」の物語は、始めは前3部作で完結していた。
 その後20年近くたって、『帰還』を書いたときにも、作者自身が『最後の書」と銘打つくらいには、これで物語が完結した、と思っていた。そして、10年後の本書である。

 多分、3部作を読んだあと何年かおいて『帰還』を読み、その10年後くらいに、前作の細かいところは忘れたころに、この『アースシーの風』を読んだならば、あまり細部に引っかからずに素直に感動したんじゃないかと思う。だが、残念なことに、『影との戦い』から一気読みしてしまったんだよ。
 思うに、10代の子供向けであれば、十分に納得感のあった当初の3部作であっても、読者も成熟し、著者自身の思索も深まるにしたがって、いろいろと足りないところ、未熟なところを補完する必要に迫られたのだろう。物語世界そのものが成長したのだ。その辺りは『ドラゴンフライ』の前書きなどでも触れられている。

 だが、それでは、ゲドが全存在を賭けて成し遂げたことはなんだったのか、ということになってしまうじゃないか。いっそのこと、最初から書き直しても良かったんじゃないか?と思ってしまう。それくらい、この『アースシーの風』は、解説的な記述が多かったし、つじつま合わせ感も強いと感じた。

 このアースシーでは、地球は丸いと認識されていて、西に西にずんずん進めば、やがて東の端に出会ってしまう。しかし竜たちが目指す「西の果てのそのまた西」の世界は、地上にあるのではなく、いわば西方浄土的な、聖霊や霊魂の世界である。人間と竜が世界を二つに分けたとき、つまりは人間が地上の富を支配することを選び、竜は精霊の世界を翔ぶことを選んだわけだ。
 だけど、人の肉体が死んで霊魂が向かう世界は、この竜たちの西の果てとつながっている。本来はそこで、一人ひとりの魂は大きな地球の生命の中に還り、また次の生に転生するはずだったのだが、死んでも魂を手放したくない人間の欲が、霊魂の道を絶って、壁でこちら側に仕切ってしまった。そのために、人間の霊魂だけが、生の世界のすぐ隣にずっととどまり続けることになって、人間が死後に向かう世界は、まさに動きが死に絶えた、恐るべき暗黒の世界になってしまった。その世界に閉じ込められ、輪廻転生の輪に戻れない死した人々の嘆きが、ついにその壁を壊させるに至った。というのが大筋。

 それはそれで良いと思う。だがしかし。

 それでは、クモはいったいどこに穴を開けたのか。
 持てる力の全てを使い尽くしてゲドが塞いだ穴はいったいなんだったのか。
 ゲドが死力を尽くして守ったものはなんだったのか。
 
 この物語のなかで、ゲドの立場も上手に取り繕ってはいるが、全体としては、「後足で砂をかける」って感じがものすごくする。
 ル=グウィンは、どんどん付け足しで物語世界を改変しないで、いっそのこと初めから書き直せばよかったのだ。もしくは、別の新たな物語を書けば良かったのだ。

 ついでながら、『影との戦い』から繰り返して出てくる死者の国との境目の石垣。その石垣を崩すシーンで、デジャブを感じる。そう、あれだ、ベルリンの壁の崩壊。1989年。
 そういう視点を持ってしまうと、物語全体が、現代史の引き写しなんじゃないかという気がする。西と東の対立というモチーフ。その間に築かれた石壁。西を選んだ民(竜)は、束縛を離れ自由を得たが、東を選んだ民(人間)は、手の技とそれが生み出す富を所有する権利を獲得したが太古の知恵は失った。そしてその東(アースシー)の人間はさらに、アーキペラゴの人々と、カルガド帝国の人々に分裂している。
 これは、東側と西側の対立、そして西欧(キリスト教)文明とイスラム文明の対立そのままではないか。(西と東は逆だし、アーキペラゴが有色人種の世界で、カルガドが白人世界なのも、現実世界とは逆ではあるけれど。)

 「そして人間は東へ、竜は西へと移動したのですが、このとき人間は天地創造のことばを手放し、かわりに、あらゆる手の技と、それが生みだすものを所有する権利を獲得しました。竜はそうしたものはすべて失いましたが、そのかわり太古のことばは失わずにいたというわけです。」

 では、壁が崩れたあとはどうなるのだろう。人間の地は人の欲(資本主義)に席巻され、天地創造の言葉(共産主義)は地を離れて、理念の世界に生き延びるのだろうか。

2025年3月10日月曜日

0551 帰還 ゲド戦記 Ⅳ(ゲド戦記 最後の書!?)

少年文庫版
書 名 「帰還」
原 題 「TEHANU」1990年
著 者 アーシュラ・K.ル=グウィン
翻訳者 清水 真砂子
出 版 岩波書店
 【岩波少年文庫版】
少年文庫版  400ページ 2009年2月発行
ISBN-10 400114591X
ISBN-13 978-4001145915
読書メーター 
 【ハードカバー版(初版)】
単行本 344ページ 1993年3月発行
初 読 1993年
ISBN-10 400115529X
ISBN-13 978-4001155297
単行本初版
 完結していたはずのゲド戦記3部作から時が経つこと、18年。1990年に刊行され、1993年に翻訳出版されたのがこの本。赤い表紙のハードカバー。表紙絵は、切り絵風から油彩風になって、中年になったテナーと、焚き火で焼かれた少女テルー、そして背景には巨大な竜が描かれている。奥の暗闇に輝くのは明星テハヌー。実は、背景が竜の頭だと、今回まじまじと見て初めて気がついた(マヌケ)。そして、表紙には「ゲド戦記Ⅳ」ではなくこう書かれていたのだ。「ゲド戦記 最後の書」と。これは、ル=グウィンが、原著にもそう記したもの。本当に彼女はこれで「最後」だと思ったのだ。そう、執筆した当初は。

 『こわれた腕輪』の物語の直後の25年前、突然、ゲドが17歳の女の子をル・アルビに連れてきて、オジオンに託していった。このオジオンの一番弟子ときたら、師匠を信頼しているが故とはいえ、けっこうあんまりだと思うよ。オジオンは困っただろう(笑)。
ソフトカバー版
 とはいえ、オジオンはテナーを養女としてかわいがり、一生懸命育てたようだ。ゲドを育てた時よりはだいぶ甘々だったのでは?
 なにしろ、世捨て人の賢者と少女の組み合わせだ。それだけでラノベなら何冊も物語が書けそうだ。
 しかし結局、テナーはなにか特別な力のある孤高の存在になりたいとは願わず、普通の世間並みの女として世のでやっていくことを望んだ。やがて、オジオンの家を出て村に暮らし、富農の男と結婚。良い女房、良い母親、良い後家、身持ちの良い女として生きてきた。

 これが、ゲドの冒険の裏側、ゴント島の一隅で起こっていたこと。
 そして、『さいはての島へ』で竜のカレシンの背に乗ってロークを去ったゲドは、ゴント島のオジオンの元に還ってきた。全ての力を失った、傷つき、疲れはて、死にかけたただの男として。
 その数日前に、すでに高齢で死期を迎えていたオジオンは旅立っていた。これは単なる妄想だけど、オジオンは遠く離れたゴントから密かに死の世界で戦うゲドに、残った命の全てをかけて力を与えたのではないか。なんてね。

 この物語はそこから。「帰還」してのちの話だ。
 フェミニズム的な視野なんだろうな、とは思うのだけど、女性の扱われかたとか、ゴハの内心の葛藤とかは読んでいるこちらも、それなりにイライラした。
 また、王たるレバンネンに同行してゴントにやって来た風の長が、身に染みついた「女は取るに足らない」という考えが、無意識のうちに言動ににじみ出ているのも腹立たしい(笑)。
 
 しかし、壮大な空中戦みたいだった前作までと違って、ついに地に足が付いた感じの今作。テナーとゲドが夫婦になり、オジオンの家にこれから住まう。やっと落ち着くべきところに落ち着いた二人。

 ゲドが全ての特別な力を失った無力な男として、喪失に向き合い、再生すること。
 テナーが、一度は望んで受け入れた「女」という理不尽で不自由な在り方に向き合い、ゴハという社会的な女から、テナーという個人に再生すること。
 暴力と性的な虐待を受け、肉体的に大きく損なわれた少女が、内なる本来の全き姿を取り戻すこと。三者それぞれの喪失と再生の物語だ。全体の生と死という極めて抽象的な物語から、個人の物語への回帰でもあったと思う。
 もっと、深い読み方もできるんだろうけど、ひとまずはここまで。次巻からは、本当の初読なので楽しみ。

2025年3月5日水曜日

0550 さいはての島へ ゲド戦記 3

少年文庫版
書 名 「さいはての島へ ゲド戦記 3」
原 題 「The Farthest Shore」1972年
著 者 アーシュラ・K.ル=グウィン
翻訳者 清水 真砂子
出 版 岩波書店
 【岩波少年文庫版】
少年文庫版  368ページ 2009年2月発行
ISBN-10 4001145901
ISBN-13 978-4001145908
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/126459454
 【ハードカバー版(初版)】
単行本 319ページ 1977年8月発行
初 読 1982年〜83年頃?
ISBN-10 4001106868

ISBN-13 978-4001106862
単行本初版
 エレス・アクベの二つに割れた腕輪が一つになって、ハブナーに還ってきてから、17、8年。ゲドは5年前に大賢人に選ばれて、いまはロークに腰を落ち着けていた。
 作中のゲドの口調がすっかり、大賢人というよりはむしろハイジのおじいさん調なのでイメージが混乱するが、この時点でゲドは立派な中年もしくは壮年。『こわれた腕輪』では若者よばわりだったので、今は40代半ばだろうか。なにしろ、次の『帰還』では遅すぎた春もくるのだし・・・(っと、それはさておき。)

【ほぼ初読】
 私はこの本は多分、三十年ぶりくらいの再読で、初読の印象はほぼ、ゲドが若者アレンと最果てにいって、力尽きて戻ってきたんだよな、程度の記憶しか残っていなかった。なので、ほぼ初読と同じ感じで楽しめた。

ジブリアニメ化の際に
再販されたバージョン
【ジブリ『ゲド戦記』】

 スタジオジブリ宮崎吾郎監督の『ゲド戦記』(2006年)の原作となったことでこの本を知った人も多いだろうし、それよりずっと以前からこのシリーズを大切にしていた人達も多かったと思う。私も後者ではあるが、ジブリアニメ化の際には盛大に期待を膨らませて公開を待ち、なにか変なものでも喰った気分で映画館を後にした一人でもある。あの『ゲド戦記』は惨憺たる評判だったと記憶している。棒読みとか酷評されていた気もするが、私はテルー役の手島葵さんの声は好きで、映画の役柄にも合っていたと思っている。ちょっと掠れた感じの唄声も好みで、その後、CDを購入したりもした。総じて、歌と音楽は良かった。それに、今改めてこうして原作となったこの本を読んでみると、それなりに原作に忠実にやろうとしていたのだな、とは感じた。この原作であの父親と比較されるんでは、吾郎ちゃんも分が悪いよな、とは当時も思った。原作者のル=グウィンは宮崎駿による映画化を希望していた、なんて情報も、吾朗ちゃんには良い方に働かなかったに違いない。ただ、抽象度の高い死の世界を正面から描かず、あくまでも現実世界の騒乱として描いたことや、テルーの顔の火傷をきちんと取り扱わなかったことはダメだと思った。いきなりのアレンの父王殺しも物語として破綻していたと思う。(作品を超えたメッセージ性は大いにあったけど。)
 なお、右のソフトカバー版の素敵な表紙のバージョンは、映画化に併せて再販されたもの。私はこの装丁のセンスは好きだ。

【そして、物語の感想】
 で、本の物語の方に戻るが、エレス・アクベの腕輪が戻り、アーキペラゴ(多島海)には平和が訪れ、ロークの賢者たちも、ゆるゆるとした時の流れに身を委ねていた。ところが、エンラッドの若き王子アレンが、ロークの賢人団に凶報をもたらす。世界の各地で、魔法が失われている。ゲドはいったんは取り戻せたと思った世界の安定と平和が失われつつあることを察知し、世界の均衡を取り戻すために、アレンを供に〈はてみ丸〉で船出する。これが冒頭。

①アレンがちょっと辛い
 ゲドとアレンはあの島、この島と航海を重ねていく。その旅は行き当たりばったりだし、正直に白状すれば、感情が移ろいやすく、フラフラしている若造なアレンにはかなりイライラした。やっぱり王子様には賢くあってほしいし、真っ当に頑張って欲しいんだよな、とは、最近ラノベの読みすぎか。いやたぶん、アレンはちゃんと頑張っていた。たぶん年相応以上には。華がなかっただけだ。

②死の世界のイメージが
 これまでのゲド戦記全体が生と死の連環を取り扱っており、この「さいはての島へ」では生の何たるかや死の不可避性が大きなテーマになっている。しかし、こうして今読み返してみると、ここで語られる「生」も「死」も非常に観念的で、イメージが硬直化している。とくに「死」や「死者の国」の描かれ方が絶望的に暗く、なんの救いもないのに驚く。そりゃあ、死後の世界があんなんでは、だれも死にたくなくなるだろう。いったい、この死のイメージはどこから来ているのだろう。ル=グウィンは、死というものに何を思っていたのだろう?
 この作品の中では、誰もが「永遠の生」を求め、不死性を獲得することで「死の恐怖」からのがれようとし、その結果、人々は大切な「生」の意味そのものを失っていくのだが、作品に通底する、生と死を包含する世界観が非常に断片的で、しかも救いがない。死者の国は狭く、奥行きがない。死んだ人がすべてそこに行き着く世界であるなら、どれだけ観念的であったとしても、すくなくとも現世以上の奥行きが必要なのではないのか?と思うのだ。輪廻転生のイメージが、きちんとル=グウィンの中で成熟していないような気がする。

③人はそんなに死にたくないものだろうか
「永遠に生きたいと願わないものがどこにいる?」
 とクモは問うのだが、しかし人は本当に、「永遠に生きたい」とあのように一様に願うものなのだろうか。
 永遠の生に対する渇望や死に対する恐れ、といった、この本の中で登場人物が共通して抱く想念に、いまいちリアリティが感じられない。(ファンタジーにリアリティは必要なのか?とかはひとまず置いておく。)
 「死にたくない」という願望が、貴賤を問わず、魔法使いから市井まで、人々に通底する世界に共通する欲望として描かれているが、あまりにも単純化されていて納得がいかない。市井の無学な人々はともかく、知識を極めたはずのロークの賢人団があれでいいのか?
 死に対する恐怖の克服とは、文字どおり「死」を恐怖の対象としないことであり、「死」をなくすことではないんじゃないかと思うのだ。なぜなら、「死」がなくなったなら、恐怖の対象が目の前にないから恐れずに済むだけで、本当は「死」が恐ろしいままであるから。

 この話の中で、賢者といわれるような人々までが、「永遠に生きること」に取りつかれたようになることへの違和感がぬぐえないし、ましてや、「悪役」クモの動機の浅さは噴飯もので、これで世界が壊れるのでは、あまりにも世界そのものが脆弱ではないか、と思えてしまう。

 たとえば現代医療においては、病気ではない「老衰死」が人間の生の最終到達地点になるだろうし、移植医療は「理不尽な死」を克服しようとする取り組みであって、「死」そのものをなくすためのものではないだろう。「死」において、人が耐え難いと思うのは、「理不尽さ」であって万人に等しく訪れる公平な「死」じゃないんではないだろうか? そしてその先にはさらに、「死の理不尽さも受け入れる」という境地もありそうな気がするが。

④この世界は一神教
 また、自分が日本人であるからか、作品に通底する一神教的な視点に対する違和感もあった。
 クモが放つ、
「だが、おれは人間だ。自然よりもすぐれ、自然を支配する人間だ。」という言葉は、いかにも西洋的である。

 死の国においても、「苦しみの山脈」に通った一本道を通ることは死者には「禁じられている」という。つまり、死者の国も、生者の国も超越して、命じることのできる絶対者がいることが前提なのだ。命じているのは誰なのか。

⑤西洋的なものと土着的なもの、その間で定まらない著者?
 このような作品の世界観は、私の(そして多分、多くの日本人の)世界観とは違っている。アーキペラゴの人々はネイティブアメリカンがモデルのようで、白人はカルガド帝国など一部にしかおらず、戦闘的で侵略的な人々として描かれている。しかし、非白人の精神性がきちんと描かれているかというと、そこまでは出来ておらず、たとえば、死後の世界とか輪廻転生的な東洋の発想を取り入れようとする一方で、強烈な一神教的、父権的な価値観から逃れきれていない息苦しさを感じる、というのはうがちすぎか。

【まとめ】
 私がゲド戦記の世界観に感じる硬直感について思うことは、この本はハイ・ファンタジーであるとともに、ある種の思想書、しかもまだ成熟していない思想書だということ。この本についての考察を進めるのであれば、ゲド戦記やル=グウィンの思想を考察した評論なんかも読んでみたほうが良いと思うし、たぶんもっと調べていけば、ここまで書いた感想も、また違ったものになってくるだろうとは思うのだが、そこまで突き詰めるだけの意欲と集中した時間は今はもてないかな。

 しかし、そうはいっても、この本が若年の私に影響を与えた大切な本であることには変わりはない。むしろ、若いころにはこんなことをぐだぐだと考えずに、ゲドとアレンの冒険にのめり込めたと思うので、やっぱり本には読み時というものがあるし、この本はジュブナイル小説なんだろうな、と思う次第。

 やっぱり、これを読んだ十代そこそこの自分に感想を聞いてみたいものだ。

2025年2月16日日曜日

0540 影との戦い ゲド戦記1

少年文庫版
書 名 「影との戦い ゲド戦記1」
原 題 「A Wizard of Earthsea」1968年
著 者 アーシュラ・K.ル=グウィン
翻訳者 清水 真砂子
出 版 岩波書店
 【岩波少年文庫版】
少年文庫版 320ページ 2009年1月発行
再 読 2025年2月16日
ISBN-10 400114588X
ISBN-13 978-4001145885
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/126083295   
 【ハードカバー版(初版)】
単行本 278ページ 1976年9月発行
初 読 1982年〜83年頃?
ISBN-10 4001106841
ISBN-13 978-4001106848
ハードカバー 初版

 ここしばらく、乾石智子氏の《オーリエラント》のシリーズを読み込んできたので、ちょっと小休止して、原点回帰。
 
 初読は小学生の頃。それ以前にミヒャエルエンデの『果てしない物語』や『モモ』なども読んでいた気がするが、しかし『はてしない物語』の国内初版って1982年だった?なんだか微妙に記憶と合わない気がしてきた。

 まあ、そんなことはともかくとして、とにかくハイ=ファンタジーと呼ばれているジャンルの本を読んだ、最初の一冊だったのだ。それ以来、自分の中でのファンタジーの基準軸になっている作品である。これまでに何回も再読しているけど、ここ20年位は通しでは読んでいないし、シリーズ外伝や『アースシーの風』はまったく読んでいなかったので、改めて手にとる次第。

ジブリアニメ化に併せて
再販されたソフトカバー版
 なお、子供の頃は、ル=グウィンを児童文学作家だと思い込んでいた。むしろ『闇の左手』など大人向け(?)のSFなども書いている作家なんだと、かなり遅くに知った時には大いに驚いた。
 だいたい、日本で『児童文学」として紹介されている海外小説って、実際のところ児童向けに書かれたのかは非常にアヤシイと気付いたのも、大人になってから。
 この『ゲド戦記』は清水真砂子さんの翻訳であまりにも定着しているけど、もう少し大人向けに翻訳されたらどんな本になるのかな、と興味があったりもする。ってか、そういう翻訳があったらぜひ読んで見たい。いや、この本だって十分大人が読むに耐える翻訳だけど、ちょっと台詞回しだけはもうすこし大人っぽくてもいいかな、と思ったりはする。それはむしろ、子供向け、というよりは出版された年代的なものかも?

 ゲドと師匠のオジオンとの関係がすごく好きだ。
 今回再読して、ゲドのイチイの木の杖はオジオンが手作りしたものだったのか、と改めて知る。
 影についての考察は、すでにいろいろな識者がされているので、私がアレコレいうのもなんだけど、形而上ではあるものの、本来は個人と強固に結びついていなければならないはずの無意識下の意識が、個人から切り離されて世間を彷徨うようになってしまったら、あのような存在になるのだろうか。そしてそれは、神や聖霊のように光り輝く高次のものではなくて、やはり暗黒に近い存在なのだろうか。

 人の生は死によって完成する。むしろ、人の生は、長い長い死の瞬間なのかもしれない。その死を恐怖の対象とし、生を否定するものとしてとらえることは、人の生そのものを否定することに他ならない。そのような生は、どうしてもいびつになってしまうだろう。

 影から逃げるのを止めて影に向き合いはじめたとき、影にも変化が現れて、形のない黒いもやもやだったものが、ゲドの姿を取り始める。向き合うことで、だんだん恐怖の対象だったものが理解の対象になってくることの現れだろうか。

 影と向き合おうとしているゲドは19歳。その若さに慄く。18歳や19歳というのは、現実社会においても、まだ世間を知らず、己を知らず、未熟な上に未熟なのにもかかわらず、一人で世間に出ていかなければならない年頃であり、その運次第で、良きものにも悪いものにも出会う年齢なのだ。
 自分がこの本を最初に読んだの10代初めに、自分が何をこの本から受け止めたのかは、もはや記憶の彼方だけれど、この本がその時から生涯の愛読書になったことは事実だ。

「生を全うするためにのみ己の生を生き、破滅や苦しみ、憎しみや暗黒なるものに、もはやその生を差し出すことはないだろう。」

 でも、初読の時も今回も、一番好きなシーンは、エスタリオルとゲドの再会のシーンと、
 そして、エスタリオルの妹、ノコギリソウと彼女の小さな竜と、竈でパンを焼きながらの語らいのシーン。
 ハレキ(竜)がパンを一個盗み、ゲドもかまどから熱々のパンをつまみ食い。それにノコギリソウもご相伴。

「ーーーさてと、じゃあ、わたしも兄の分を一つ減らしておきましょうかね。兄もひもじさにおつきあいできるように。」「均衡とは、こうして保たれるんだな。」

2024年12月21日土曜日

0525〜26 竜の医師団1、2(創元推理文庫)

書 名 「竜の医師団1」
著 者 庵野 ゆき  
出 版 東京創元社 2024年2月
文 庫 320ページ
初 読 2024年12月19日
ISBN-10 4488524109
ISBN-13 978-4488524104
読書メーター  
https://bookmeter.com/reviews/124863775
☆  ☆  ☆
書 名 「竜の医師団2」 
出 版 2024年3月
文 庫 320ページ
初 読 2024年12月19日
ISBN-10 4488524117
ISBN-13 978-4488524111
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/124910731

 竜と現代医療とスチームパンクの脅威の融合!

 2の後書きによると、著者の庵野ゆりさんはアンノさん(現役医師)とユキさん(フォトグラファー)のユニットで、ずっと二人で活動しているそうだ。 二人で交互に添削しあう創作スタイルだから作品の完成度が高いのか! 読者が危なげなく架空の世界で遊べる。キャラが立っていて躍動感があって面白い。実際躍動している(笑)。明るくて軽快な文体で、とても読みやすいのに扱うテーマは深い。

 竜の飛翔が気流や天候を作り、竜の潜水が海流を作る。竜の動きが世界を決定づける世界で生活する人間たち。主たる動力は竜の死骸から切り出した竜脂炭を燃やす蒸気機関。そして、その規模はとてつもなくデカい。〈ハウルの動く城〉の空飛ぶ城バージョンよりデカい。なお、脳内の絵柄は宮崎駿アニメで再生された。 作中では竜は生涯成長し続けるそうで、竜の個体は大小あるようだが、最大の最長老の竜ディドウスの場合、多分体長3㎞、羽を広げた長さ7㎞位?。その寝姿は山。そんな巨大な竜と共生する人間社会。竜の生死や健康は、人間の国を滅ぼすほどの大問題。そのため、竜を治療する人間の医師団は国境を越える力を持つ。1巻目はまだまだお膳立て程度。大きく事態が動き、謎がほどけていくのは2巻。

 作中で取り上げる医療テーマは現代の医療問題にも絡む。
 1巻目に登場する疾病は、胃食道逆流症、疥癬(といってもただの疥癬ではなく、人間でいうところのノルウェー疥癬)、それに認知症がらみの話。疥癬に蝗害を絡めたのが面白い。
 2巻目に入ると、より高度な医療問題がテーマになってくる。ディドウスの娘であるドーチェの安楽死は正しかったのか。患者の意志はどのように尊重されるべきなのか。それにナノマシンによる血管内治療とか、幹細胞による移植医療とか。
 「治りたい」「生きたい」と、それが叶わないと知った先の「苦しみたくない」「自分の死を自分で選びたい」は個人の生の終端に存在する表裏一体のもの。そして、当事者の意思表示が困難になったときに周囲は何をどう判断するのか。本人の尊厳に名を借りて、欲とか、利害が交じってはいないか。
 現実の問題で言うなら、安楽死が合法化された時に何が起こりうるのか。終末期医療や延命治療なんかも織り込まれて、深いな、と思った。

 世界最長老の古竜ディドウスはなかなか愛嬌のある「おじいちゃん」だが、亡くなった娘竜のドーチェに向ける想いは、大きすぎて人間の想像は及ばない。ずっと死んだ娘の死骸の傍に寄り添い続けている老竜が愛おしい。読んでいてずっと気になっていたのは、ディドウスの周りでドーチェ由来の竜脂炭が焚かれていること。ううむ。ディドウスは構わないのかな、それ。叶うならば、ディドウスに尋ねてみたい。

2024年9月17日火曜日

0505 五歳で、竜の王弟殿下の花嫁になりました 4

書 名 「五歳で、竜の王弟殿下の花嫁になりました  4」
著 者 須王 あや       
出 版 TOブックス  2024年9月
単行本 336ページ
初 読 2024年9月6日
ISBN-10 4867943029
ISBN-13 978-4867943021
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/122918421

 なんと、アップするのを忘れていたので、遅ればせながら記事を上げる。
 異世界転生・年の差・魔法・ラブラブほのぼのファンタジーの4巻目です。愛しく可愛いレティシア5歳と、それはそれは神々しいまでにお美しい王弟殿下17歳の年の差カップル。とはいえレティシアの中の人は27歳元OLだったりするため、さほどの精神年齢の差はない模様。この作品も私の心の絆創膏。

 王太后陛下の勘気を被ったのを口実に、フェリスの領土であるシュヴァリエに引きこもり、年に1回の薔薇祭を楽しむ二人だったが、ちょっとフェリスが王都の様子が気になったりしたため、こっそりお忍びで戻るフェリスにレティシアも同行。そうしたら、なんと、フェリスの目を掠めるように、レティシアが誘拐されてしまい。
 危機一髪ではありますが、とにかくフェリスが圧倒的力量なんでさっさと事態は収束。リリア神の拗れたやきもちが事態を悪化させてる。今後、この調子で登場人物ならぬ神様が増えていくのだろうか。人界も神界もなんだかこれからゴタゴタしそうな予感。

 これからどういう風に展開するんでしょうね? ふんわりラブラブで結婚式まで行くのか、大事件が起こって竜王陛下も顕現してスペクタクルー!って感じになるのも楽しそうですが。続きが楽しみです。(個人的には、フェリス様に竜体になってみてほしい。)

2024年9月13日金曜日

0501 転生竜騎士は初恋を捧ぐ【イラスト付】 (ブルームーンノベルズ) Kindle版【全1-6セット】

書 名 「転生竜騎士は初恋を捧ぐ」
著 者 仁茂田もに    
出 版 ジュリアンパブリッシング 2024年8月
文 庫 287ページ
初 読 2024年9月8日
ASIN ‏ : ‎ B0DC68BMR3
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/123030194   

 単話版が一話550円なので、1〜6話(完結)で1300円はかなりお得感があります。(^^ゞ
 舞台は架空のヨーロッパ近世〜近代。石炭の利用と蒸気機関が世の中を変え始めた頃合い。
 竜がいて、竜騎士団があって、竜の飛行戦隊が組まれているあたりは、『テメレア戦記』のような設定。舞台は架空のドイツっぽい感じ。国土的にはフランスとドイツを合体した感じだろうか。領土の南は南国の気候。北は峻険で寒冷な山地。大陸統一戦争に乗り出した国で転生した竜騎士と竜の調教を担当する『竜師』の主人公。どうやら竜も転生組のよう。フツーにBLです。なんなら竜も脇役だけど、主人公の恋人(?)の騎竜である4枚羽の黒竜がとても格好良い。竜にひかれて読んだといっても過言ではない。 

2024年5月5日日曜日

0482〜84 五歳で、竜の王弟殿下の花嫁になりました1〜3 (Celicaノベルス)

書 名 「五歳で、竜の王弟殿下の花嫁になりました」
著 者 須王 あや     
出 版  TOブックス 2023年7月
単行本(ソフトカバー)400ページ
初 読 2024年3月23日
ISBN-10 4866998911
ISBN-13 978-4866998916
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/119719650

「王弟殿下におかれましては、ご機嫌うるわしう・・・」
 なんと哀れな姫君。
 両親を失って、後ろ盾もなく、たった五歳で、十二歳も年上のディアナの王弟殿下に腰入れなどと・・・。 

 最初の3行で、掴みも最高です。一気に世界に引き込まれます。須王あやさん、文才あるわ。
 1000年前に竜王神が顕現して、当時の王女とともに国を興した大国ディアナ。その竜王陛下の直系子孫で、先祖返りみたいに竜王陛下に生き写しなのに、そのために義母である王太后に疎まれて、とかく生きにくさを抱えて生きてきた王弟殿下のフェリスと、その義母の「陰謀」でフェリスに輿入れすることになった隣国サリアの先王の娘レティシア。5歳と17歳の歳の差婚。歳の差は政略結婚にはありがちだとしても、流石に5歳の花嫁は規格外。おまけにその5歳の中の人は現代日本で27歳で事故死した娘で、17歳の王弟殿下の方は、竜王譲りの美貌と魔力と知性と幼少時からの苦労で老成しまくってる。そんな二重三重のミスマッチがきちんとこの歳の差カップルの中に収まって、レティシアの可愛さに氷と称される鉄壁のガードが崩れて笑い転げるフェリスの喜びや、そんなフェリスが大好きになったレティシアの幸福感が読者に伝染して、なんとも幸せな気持ちになる。いやこれ、かなりの拾い物です。

 初対面で、レティシアに優しくしてくれたフェリスに、

 いい人だ。
 私も、この優しい王弟殿下をお守りしよう。 

 と、心に誓うレティシア。やさしさが溢れて、泣きそうだ。


書 名 「五歳で、竜の王弟殿下の花嫁になりました2」
著 者 須王 あや     
出 版  TOブックス 2023年11月
単行本(ソフトカバー)400ページ
初 読 2024年3月24日
ISBN-10 4866999969
ISBN-13  978-4866999968
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/119740245  

 街に流布された悪意ある噂が王太后の逆鱗にふれて、謹慎蟄居を命じられてしまったフェリス。国王陛下の差配でその日のうちに謹慎蟄居は撤回されるも、これを機に、とレティシアを伴って自領にひっこんだ。おりしもフェリスの自領のシュヴァリエは特産の薔薇の盛りで「薔薇祭」が開催され、土地の人々が敬愛する領主の婚姻で祝祭ムードに溢れている。
 そのフェリスのお膝元の街にも、なにやら異国の異分子が紛れ込み、不穏な策動が・・・
 ちょこっと黒フェリスが顔を出して荒事っぽいことも起こったりして、幸福感を扱いあぐねて笑いころげてるばかりでないのもよし。
 レティシアが奪われてしまった愛馬を取り戻せたこともよし。
 この巻も、優しさと労わりと愛情と真心にあふれてます。

書 名 「五歳で、竜の王弟殿下の花嫁になりました3」
著 者 須王 あや     
出 版  TOブックス  2024年5月
単行本(ソフトカバー)400ページ
初 読 2024年5月3日
ISBN-10 4867941719
ISBN-13 978-4867941713
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/120499141

3巻目発売。もはや私の心の包帯と化しているこのお話。
 今作はレティシアの幸福を阻まんとする母国サリアの叔母王妃が、よくない企みを発動する。レティシアの愛馬のサイファをサリアに迎えにきたフェリスに対面したサリア王妃は、ろくな知識もないままに厄介者の冷や飯食いの王弟だと思い込んでいたフェリスが、美形で有能な王子だと知る。とたんにレティシアに与えるのが惜しくなって、自分の娘とレティシアの交換を画策。だがしかし、この悪い策謀に対して、伴侶をこよなく愛するディアナ王家の気質を遺憾なく発揮しているフェリス様の怒りが爆発。

「それを書面にせよ。そちの裏切りを、サリアとディアナに知らしめよ。書けぬと言うなら、首は落として、腕だけ残して、腕に命じる」

 もう、このセリフに惚れ惚れしましてん。「腕だけ残して、腕に命じる」ですよ!冷酷これに極まれり。これもまたフェリス様の本性の一部ですよ! 首を落とした後、腕一本だけ残す間に残った部分はきっと粉砕されちゃうんだ。とか書いてないことまで想像してその黒さにぞくぞくしますわ。
 この巻、レティシアの前では優しい白猫をかぶってるフェリスの黒い面も堪能できる。白フェリス?と黒フェリスの塩梅が絶妙です。須王あやさん、上手いよな〜と思いながらしっかり緩急を堪能。なお、男前?な王太后様がすんばらしかった。見直したよ。

何と了見のおかしなサリアの王室よ。  

そもそもディアナの王弟相手に、現王女でなく、やっかい者の姫を寄越そうなんて政治センスのない王室だ。 

もともと常識がないのであろう。 

「……どのみち、もうフェリスはあの娘を気に入った。ディアナの王族が誰かを気に入ったら、それを奪うことなど、サリアの王妃ごときに出来ぬ」

 日頃、なにかと目障りな恋敵の息子に嫌がらせの手を緩めない王太后様だが、さすがの生粋のディアナ娘は、ディアナ王族の特質を見切っている。そして、ディアナの王家としての気概も見せる。フェリスに対してはかなり変な行動をとりがちだが、きちんと賢い王族でもあるところに、初めて高感度がアップした。

2022年1月29日土曜日

0319-20 テメレア戦記 1  気高き王家の翼  上・下 

書 名 「テメレア戦記 1 気高き王家の翼 上」 
原 題 「His Majesty's Dragon」2006年
著 者 ナオミ・ノヴィク    
翻訳者 那波 かおり
出 版 静山社 2021年12月(文庫版)
文 庫 272ページ
ISBN-10 4863896409
ISBN-13 978-4863896406
初 読 2022年1月29日

 時はナポレオン戦争の時代。海戦は戦列艦による艦隊戦。そんな世界にドラゴンがいたら、の架空戦記・ファンタジー。生まれてすぐに言葉を人語を交わし、名前を与えてくれた者を主(ハンドラー)とするドラゴンーーー聡明で巨大な生き物、と人間の愛と友情の物語です。これはもう、面白くない訳がない。

 生粋の海軍軍人ローレンスが率いる英国海軍フリゲート艦リライアント号が戦いの末フランスのフリゲート艦を拿捕してみたら、積み荷の中にあったのはドラゴンの卵。しかも博識な軍医によれば、孵化目前とみえる。ドラゴンは各国において極めて貴重な存在で、生まれた時に絆を結ぶ人間がいなければ野生化してしまう。だれかが竜の誕生に立ち合い、ハンドラーにならねばならないがそこは大西洋の洋上。居合わせたのは、すでに海で艦とともに生きると心を定めた海軍軍人たちしかいない。誰がこれまでとこれからの人生を捨てて、ドラゴンと生きる道を取るのか。ドラゴンのハンドラーとなるのは試練の道である。
 人間たちの困惑と思惑をよそに、孵化した幼竜が選んだのは、フリゲート艦リライアント号の艦長ローレンスだった。艦長は幼竜に一流の戦列艦テメレア(テメレール号)の名前を与えた。
 とにかく、テメレアが可愛い。その一言に尽きる。
 孵化直後から人語を解し、好奇心一杯。男の子の幼竜なのです。(しかし、肉食の大喰らいでもある。)
 ふふん。というのが口癖、というか、鼻で笑うような仕草。
 光り物が大好きで、ローレンスからプレゼントされた宝飾品をとても大切にしているのも可愛らしい。
 そして、そのハンドラーとなった、ローレンスがまたイイ男なのだ。成長譚は成長譚なのだが、少年期(12歳)から海軍で育ち、有能で人柄にも優れて部下からも慕われ、すでにフリゲート艦の艦長になっている英国海軍軍人たる主人公のローレンスが、偶然の重なりで竜のハンドラーになってしまい、そこから、人生の進路の変更を迫られ、新たな伴侶(竜)とともにさらに転進していく、というある意味、転職ストーリーなので、ファンタジーといえど、ちょっと渋くて十分大人の読書に耐える仕上がっている。 
 ドラゴンを愛する全ての人へ。読んで損はなし。 余談だが、リライアント号という艦の名前に心がうち震える。 



書 名 「テメレア戦記 1 気高き王家の翼 下」 
文 庫  312ページ
ISBN-10 4863896417
ISBN-13 978-4863896413
初 読 2022年1月30日

 図らずも大洋で生まれて、生後数ヶ月をそこで過ごしたテメレアは、泳ぐのが得意で大好きな竜に育っていた。陸育ちの竜達には水浴びの習慣がなかったようで、湖で泳いで体を清潔にするのを好むテメレアに感化されれた竜達が増えていく。戦闘シーンも面白いが、こういう訓練や戦闘の合間のくつろぎのシーンが楽しい。
 ハンドラーや、クルー、チームのメンバーに大切に世話されている竜達の中で、小型の伝令竜のレヴィタスが哀れ。自分の竜と心を交わさず、道具程度にしか思っていない愚昧で高慢なハンドラーに周囲は皆腹を立てているが、だからといってどうにもできないやるせなさや苦みは、現実に通じるものがあるなあ。開戦に向けた訓練、合間の水遊びや食事、救援、奇襲、スパイ、そして戦闘。ナポレオンとの戦争はまだまだ続く。以下続刊。