ラベル バーネット女史 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル バーネット女史 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2024年8月26日月曜日

0495 小公子(羽田 詩津子訳/角川文庫版)

書 名 「小公子」  
原 題 「Little Lord Fauntleroy」1886年
著 者 フランシス・イライザ・ホジソン・バーネット(バーネット夫人)    
翻訳者 羽田 詩津子    
出 版  KADOKAWA 2021年1月
文 庫 288ページ
初 読 2024年8月26日
ISBN-10 4041095255
ISBN-13 978-4041095256
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/122711518  

 小公子を読み比べ中。この翻訳は羽田詩津子さん。
 私的には早川文庫の『シャム猫ココ』シリーズでお馴染みの翻訳家さん。前回読んだ川端康成訳『小公子』は、読んだタイミング(『カメレオンの影』を読んだ後だった。)も悪く、また文豪川端康成氏のやや古くて固い翻訳ぶりにもいまいち興が乗らず、けっこう酷評気味だったと自覚あり。
→ 0242ー43 小公子・小公女 (新潮文庫)
 やはりバーネットの翻訳であれば、女性の手になるほうが良いかも。次に控えているのは、西田佳子さん翻訳の本だけど、ぱらぱら捲った限りでは、この西田さんの翻訳もとても良い。伯爵の上流階級的な言葉遣いなどは、西田さん訳が一番素敵な気がする。
 
 で、今回はちょうど同時進行で読んでいるダグラス・リーマン『緋色の勇者』が同時代な気がしたので、時代背景も意識しつつ、読んだ。
 著者のフランシス・ホジソン・バーネット女史は、イギリスで生ま
れ、アメリカに渡って成長し、作家・劇作家になった人。
 作品の時代は1880年ごろ、イギリスはヴィクトリア女王の時代(在位:1837年6月20日 - 1901年1月2日)。ダグラス・リーマンの『緋色の勇者』が1850年。同じヴィクトリア女王の治世でも30年の歳月は大きく、リーマンの作品中では、まだ海軍の主力は大砲を並べた戦列艦(大型帆船)で、やっと作中に外輪の蒸気フリゲートが登場しているが、セドリックと母は、蒸気客船で大西洋を渡っている。おそらくスクリュー船だと思われる。
 出版当時、この作品は大評判となり、セドリックスタイルの黒のベルベットと白レースの子供服が大流行したんだとか。

 ドリンコート伯爵の跡取りを示す「フォントルロイ卿」はイギリスの儀礼称号と言われるもの。
 イギリスでは正式な貴族は当主一人のみなのだが、その家族は自分が所属する身分に従った儀礼的な称号を名乗ることができる。たとえば、伯爵家の長子は、伯爵が持つ従たる爵位を名乗る。つまり、ドリンコート伯爵は、この場合爵位は子爵なのか男爵なのかわからないが、フォントルロイという爵位も所持しており、その爵位を儀礼的に跡取りである直系男子に名乗らせているわけだ。なので、この小説の原作タイトルは「リトル・ロード・フォントルロイ」なのだが、日本で最初にこの作品が紹介された1890年(明治13年)、最初の翻訳者である若松賤子はこの作品名として「小公子」という名訳をあてた。それ以来、130年、日本では「小公子」というタイトルが不動のものになっている。

 驚いたのが、1886年にアメリカで出版されたこの小説が、4年後の1890年(明治13年)には翻訳されて日本で出版されていたこと。現在の出版スピードと大して変わらないのでは。翻訳者が女性というのも、素敵だ。翻訳者の若松賤子については、ぜひwikiを読まれたし。会津藩士の長女に産まれ、横浜の英語塾(後のフェリス女学院)でアメリカ式の教育を受け、後にはフェリスの教師も務めながら、翻訳を世に送り出した。日本の男女平等思想と女子教育の先鞭を付けた人である。

 ちなみに、自分が子供の頃、最初に読んだのは、こちら、偕成社の字の大きな、児童書。
 この表紙にだまされて(?)ドリンコート伯爵の犬はセントバーナードだと思い込んでいたが、実際にはマスチフだと今回再確認した。マスチフを手なずける7歳児の方がインパクトはあるな。もう、この本は手放してしまって手元にないのだが、良い本だったと思う。何度も読みかえしたものだ。もういちど読んで見たい気がする。

 感想はあまり書いていないけど、まあ「小公子」なのでいいよね。


2021年1月4日月曜日

0242ー43 小公子・小公女 (新潮文庫)

書 名 「小公女」 
著 者 バーネット 
翻訳者 畔柳 和代 
 出 版 新潮社 2014年10月 
初 読 おおむかし 
ISBN-10  4102214038 
ISBN-13  978-4102214039

 子どものころ読んで、実はあまり感銘を受けた印象のなかったこの物語。いわずと知れた名作だけど、改めて読んだら印象が変わるかしら、と思って小公子とセットで入手した。で、読んでみたのだが。
 持ち前の気品と想像力で苦境を乗り越える、という大変に美しいお話であるはずだが、想像力が行き過ぎていてほとんど妄想の域に達してるし、高貴というにはセーラの言動が鼻につくんだよなあ。あと、セーラ父の人物像も気になる。
 昔も気になった気がするが今はもっと気になる。イギリス人で「大尉」で、ダイヤモンド鉱山に出資している相当の資産家。但し中産階級で、貴族ではないようだ。この人インドで何してるの? 軍務やってるのか? ああ、やはり私は素直に読めなかったよ。なぜだ〜!


書 名 「小公子」 
著 者 バーネット 
翻訳者 川端 康成 
出 版 新潮社 2020年6月 
初 読 おおむかし 
ISBN-10 4102214054 
ISBN-13 978-4102214053 

 『小公女』と違って、この本は小学生の頃から大好きだった。これまでも何回も読み返してほっこりしている。
 しかし、川端康成の訳がいまいち性に合わないのか、こちらがだいぶ人間的にスレたのか、どうも今回は素直に話が入ってこない。折しも丁度読んでいた『カメレオンの影』でジャクソンがセドリックのことを

「私に言わせれば、あの少年は退屈な女を母親に持つ、ばかげた格好をした、ただのおべっか使いよ」

と一刀両断(笑)
 前からうすうす思っていたけど小公子って、見た目が7割っていうか、もし彼が金髪の可愛らしいなりをしていなかったら成立しないよね。あれが赤毛の顔色の悪いソバカスガリガリ(赤毛のアン?)だったらどうなっていただろう、ビロードに白いレースカラーのお坊ちゃん服が似合っていなかったらどうなっていたんだろう、とつい考えてしまう。そして、領民に与え尽くして財産なくして没落貴族になる前に、ぜひセドリックには大学で経済学もしくは経営学を学んで欲しい、と切に願う。