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2025年1月14日火曜日

0532 少女の鏡  千蔵呪物目録1 (創元推理文庫)

書 名 「少女の鏡  千蔵呪物目録1」
著 者 佐藤 さくら
出 版 東京創元社 2020年4月
文 庫 352ページ
初 読 2025年1月14日
ISBN-10 4488537065
ISBN-13 978-4488537067
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/125405393

 「真理の織り手」シリーズの佐藤さくらさんの、次の作品。舞台は現代日本だけど、大正・昭和初期も絡めつつ、骨董品(呪物)を探し続ける不思議な少年とその兄(犬)が主人公。舞台が日本なだけに、さらりと流れる空気感は、しっくりする。呪物・・・というと『雨柳堂夢話』というよりは『百鬼夜行抄』のほうが雰囲気的に近いかな。
 主人公の朱鷺や、その兄の冬二がどうしてそれぞれに「呪い」を背負うことになったのか。朱鷺の家である千倉(ちのくら)家の先祖代々になってきた役目、その家におきた悲惨な出来事、などはさらり、と描かれているのに、登場人物の内心の呪詛のような悩みや苦しみや拘りはそれはそれは重く苦しく繰り返し描かれて・・・・・

 ファンタジー括りの物語ではあるけれど、感覚的にはかなりホラーに近いかも。

 登場する少女、美弥の悩みや挫折は、読んでいて思い当たる人が多いのではと思う。それが自分に対する呪いに変化するほどの重いものかどうかは置くとして、思い通りにならない、なりたい自分になれない、理想や夢に届かない現実に涙することは、多くの人が経験しているだろう。まったくそういう経験や思いとは無縁の一握りの人もいるだろうとは思うけど。

 ただ、「努力できる」ことには、それ自体に価値があり、「努力できる」ことはそれだけである意味勝ち組ではないかとも、読んでいて思うのだ。

 本当にダメな人間は努力すること自体が出来ない。それは、怠惰とか脆弱とかではなくて、自分を信じることができないからだ。冬二が美弥に言ったように、美弥は「それでもお前はお前を見限っていない」からこそ、努力し藻掻くことができる。今時使い古された言葉でいうならば「自己肯定感」があるからこそ、歯を食いしばっても努力ができるのだ。
 自己肯定感の低い人間は、そもそも、自分のやることに確信が持てないので、踏ん張ることも継続することも難しい。そして、「何者にもなれない」自分に虚無感を感じるのだ。

 そんな意味で、(頑張る力のある)美弥に共感半分、疑念半分。美弥の悩みそのものが、学歴という狭い枠組みに由来するものでしかないところも、共感しきれない部分ではあるが、ただ、多感な高校生ならばかくもあろうか、と遠い記憶を引き寄せつつ、考えたりもする。
 冬二の呪いも、朱鷺の来し方行く末も、きっと続く2冊でもうすこし明らかになるのだろう。
 この不器用な兄弟の重荷が、この後、すこしでも軽くなりますように。

 なお、陰陽師なんかを呼んでいると「呪い」(のろい)ではなく「呪」(しゅ)と言ったほうがしっくりくるな、などとも思った。

2025年1月12日日曜日

番外 〈真理の織り手〉シリーズ 後書きと解説



 こうやって表紙を並べてみると、一巻目と四巻目の対比がいい。
 虚空を睨むゼクスを横目で見守るレオン・1巻。 我が道をいっちゃうレオンを横目で睨むゼクス・4巻。師弟の絆の進化を感じないか?(笑)。 

 このシリーズはとても気に入った。・・・というより、とても気になる作品だった。
 その大きな特徴といったら、なんといっても主人公が「普通の人」であること。魔道士であるという点でそもそも普通の人じゃないんだが(2巻の主役のカレンスは魔道士でもない普通の人だ)、強靱な精神力を持ち合わせた「特別なヒーロー」ではない。物語の中で進化してスーパーヒーローになるわけでもない。どちらかといえば精神的にヒヨヒヨしている(笑)。凡俗というか、あるいは落ちこぼれというか。とにかく普通の人なのだ。だから、普通のことで悩むし、傷つくし、くじけたり、いじけたりもするし、大失敗したりもする。そのウジウジ具合が、なんというか、読んでいると身につまされちゃって、痛がゆい(笑)。だって身に覚えがあるなのだ。むしろ脇役のほうが、ヒーローっぽい(笑)。たとえばダーニャとか、アニエスなどはとってもヒーローの素質がある。(どちらも女性だ!)

 それでも、物語の中で人並みよりすこしだけ大きく成長して、自分の道を見いだしていく。それはもちろん困難な道であったりもするのだけど。

 そして、取り扱っているテーマはとても重い。
 差別、偏見、迫害、戦争、民衆や市民が払う代償や、戦争の残した傷。戦争が終わったからといって平和になるわけではなく、後に残った家族や仲間や生活基盤を根こそぎ奪われた悲しみや、それが転じた恨みや憎しみをいったいどうしたらよいのか・・・・。
 たとえばロヒンギャやクルド人差別、パレスチナやウクライナで起こっていること。憎しみと苦しみの拡大再生産。この作品はファンタジーの体裁を取りつつも、極めて今日的な内容である。処女作でよくぞ書いた!!と著者を賞賛したいし、この作品をきちんと評価して世に出してくれた東京創元社にも拍手を送る。

 そんなこんなで、私は普段はあまり後書きを気にしないのだが、この作品については、以下に各巻の後書きや解説をまとめておこうと思う。

『魔導の系譜』  解説 三村美衣氏
 第一回創元ファンタジイ新人賞の優秀賞受賞作。解説の三村美衣氏は選考委員のお一人で書評家。氏の解説によれば、(以下引用)『・・・目に見えないものを幻出させるには、豊かな表現力が要求される。選考委員の乾石智子さんは、「文章そのものはとても上手でした。構成もしっかりしていて。ただ、色がない、風がない、それから匂いがない。ファンタジイには空気感が必要だと思う」と語り、井辻朱美さんも「感覚的な描写がないので、身体というものが感じられない文章なんです。ファンタジイというのは架空なので、読者は作者が描く世界しか見ることができない。だから、その世界の空気感を文章が伝えてくれないと、読者は台割りを追っていくような読み方しかできなくなってしまう」と、表現者でもあるお二方から文体に厳しい注文がつけられた。』とのこと。 しかし、出版された本作はそこをきちんとクリアしてきている。おそらくは相当丁寧に改稿されているのではないかと思う。『正直いって改稿は難しいのではないかと心配していたが、まったくの杞憂でした。と三村氏も書いている。
 著者の佐藤さくら氏は、本好きの図書館司書であることも解説で明かされている。物語の舞台を私が「ナーロッパ的」と最初に感じたのも、そもそも『本やゲームや映像などのメディアにファンタジイが溢れる豊かな時代に育った書き手だ。』ということで納得。私にとってのファンタジー世界が、エンデやトールキンやル=グウィンであり、『真の名』が欠かせないものであるように、その次の(次くらい?の)世代のファンタジー世界は、多分にRPGなどの世界観をも共有しているのだな。 また『異世界に幻想やエキゾチシズムを求めるだけではなく、絶望的なディストピア社会や、変革のダイナミズムに翻弄される人々に目が向く物語作家』であると。それが私が心惹かれた点だった。

『魔導の福音』 解説 大森望氏
 導脈を持つ者(魔術を使える者)は、ラバルタでは構造化された差別の底辺に配置され、民衆の不満のはけ口とされる一方で、軍事的に使い捨てられる対象ではあるが、存在することは許されていた。一方のエルミーヌでは、そもそも社会から隠され、排除されており、存在すら許されていない。薬で体の自由を奪われて収容所に隔離されるか、見つかり次第殺されるかの二択。
 『その取扱いは、中世ヨーロッパの魔女狩りや、十七世紀後半から始まる精神障害者の〝大監禁時代〟、あるいは江戸時代の座敷牢や〝狐憑き〟の歴史を否応なく連想させる設定で、こういう社会的な問題にまっすぐ切り込む勇気も本シリーズの特徴だろう。』 『それらは、現代世界が抱えるさまざまな問題(性的少数者に対する差別、精神障害者に対する差別など)にもまっすぐつながる。』

『魔導の矜持』『魔導の黎明』  著者あとがき
 3冊目で、初めて著者自身の言葉に触れることができた。
 東京創元社が新しく設けた新人賞に、応募の決心をするまでにはかなり時間がかかったとのこと。著者を励ましてくれた友人さんや先生に感謝。
 また、もともとはラバルタという国の歴史を書きたかったというよりは『駄目な大人と成長していく少年の関係を、いや、むしろ駄目な大人が書きたかったのです。』とのこと。
 佐藤さくら氏にとっては、レオンやガンドは「ダメな大人」の代表なんです。それでも頑張ってもがいて生きて行く姿を書いた、とのこと。いや、全然ダメじゃないと思うよ。レオンもガンドも! 彼らが『ダメ」なら、私だって立つ瀬がないよ! どんなに頑張っても体の資質が足りなかったレオンや、もともと超優秀だったのに、過酷な現場で折れてしまったガンドは、著者の言うように、現代社会でもあるある、というかいるいる、であるよ。レオンが頑張っているから、わたしも頑張れる。そんな読者が沢山いるはず。私はレオンが大好きだ!
 文末の、様々な方への感謝の辞が、佐藤さくら氏の人柄をしめしていて、ほんのりと暖かい気持ちにさせられる。

 私からも、著者にお礼が言いたい。ステキな物語を世に出してくれて、ありがとう。この本の分だけ、世界がすこし、豊かになったと思います。

0531 魔導の黎明 (創元推理文庫)

書 名 「魔導の黎明」
著 者 佐藤 さくら   
出 版 東京創元社 2018年6月
文 庫 400ページ
初 読 2025年1月12日
ISBN-10 4488537057
ISBN-13 978-4488537050
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/125359050

 1作目から3作目は、ラバルタ、エルミーヌそれぞれの情勢が変化するとともに、個人の内面も深化していく、それぞれの思索の過程も描かれていた。そして、この4巻ではそれらが全て一つとなって、新たな展開を迎える。
 レオンは40代、ゼクスも30代となり、ずいぶん落ち着いて、エルミーヌで自分の道を見いだしている・・・・と思いきや、レオンはやっぱりぐらぐらしている。これが、著者のいう「ダメな大人」か。(笑)
 しかし、生活力がないのは相変わらずだが、周りはやきもきしていても、レオン本人はマイペースで、それほど気にしていない・・・様に見えるのに、やっぱりちょっとズレたところで、自分のダメさを気にしてたりする。そんなレオンは、この巻でもあまり具体的な成果は上げない感じなのに、しっかりと大きな事態を動かしている。あいかわらず不思議で、魅力的な人物だ。ついでに、またもゼクスは師匠の行方を追いかけている。

 ラバルタは、先王(アスターの父王)が死に、長兄であったオルフィリアが王となったものの病に倒れ、アスターの次兄のカイリエが実権を持っているが、カイリエはアスター憎し、魔道士憎しで戦に先走り、先も周囲も見えていない。
 長引く内戦と魔道士迫害で、ラバルタの切り札でもあった『鉄の砦』は弱体化している。
 長らく激しい弾圧に晒されていた魔道士は、魔道士の解放と抵抗を説くいわゆる反政府武装勢力的な新機軸『暁の光』に終結しつつある。
 そのような情勢の中で、『暁の光』に所属するレオンの弟弟子のグレイは、レオンの亡き師であるセレスが研究していた禁術を最終兵器(?)として利用しようとする。
 レオンはそれを阻止するために、あえてグレイと同行して姿を消し、その行方をゼクスが追い・・・・
 一方のラバルタ側にも、その危険性に気付きそれを止めようとする勢力がいて。

 レオン、ゼクス、アシェッド、ガトー、イーディス、ローゼルなどの動きや事態がエアレッドとマーハ砦に集約されていく流れは、一つ一つは偶然の要素が強くて、それぞれ画結び突いていく様はちょっと出来すぎな感はあるのだが、この筆者にはあまりそれを感じさせない筆力がある。むしろ、歴史はそのような偶然の集大成なのかも、と思わせられてしまう。

 ある世界の、ある歴史の一部をこうして読むことができたが、本を閉じた後もそこには確かに生きている人々がいて、生活を紡いでいると思えるような。こういう読書体験はなかなかできるものではない。ただ、「面白かった」というよりはもうすこし、上質ななにかに触れた様な気のする読書だった。この物語を書き上げた佐藤さくら氏に拍手を送りたい。

2025年1月8日水曜日

0530 魔導の矜持 (創元推理文庫)

書 名 「魔導の矜持」
著 者 佐藤 さくら   
出 版 東京創元社 2017年11月
文 庫 448ページ
初 読 2025年1月8日
ISBN-10 4488537049
ISBN-13  978-4488537043
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/125275667

 エルミーヌのイドラで「魔物棲み」がらみの騒動が起き、カレンスが、カンネ女王の命を受けて、イドラで「魔物棲み」の保護と学校の設立を担うようになった前話から5年後。レオンとゼクスもイドラの学校で「魔物棲み」の指導にあたり、早くも自立した若い魔導士二人が首都に設立された魔導士学校に派遣され、「魔物棲み」として薬漬けにされて自由を奪われていた者の恢復と指導に苦心していた首都でも、イドラでの実践を取り入れて魔導士教育がようやく進みつつある。

 ラバルタ北部地域とカデンツァ自治区では再び緊張が高まり、内戦が再発しそうな情勢で、エルミーヌのフラセット卿が調停役として派遣されることに。フラセットはカレンスと友人のアニエスを同行させる。カデンツァ自治区を初めて訪問したカレンスはゼクから託された手紙をアスターとダーシャに手渡し、ゼクスの生存を知った二人は涙して喜んだ。

 ラバルタ国内では、内戦以降、民衆の魔導士に対する憎悪が強まり、各地で魔導士の迫害・虐殺、私塾の閉鎖や魔導士ギルドへの弾圧が起きている。拠り所や師を失った魔導士の中には野盗化して村を襲う者も出てきており、それがさらに魔導士への迫害の原因となっていた。

 もともとは魔導士の境遇を改善するために立ち上がったはずだったアスターは、自分の行動がラバルタ国内のさらなる分断を招き、国内情勢を不安定にし、魔導士の境遇を一層悪化させたことに責任を感じ、深く苦悩している。

 そんな中、ラバルタ南部の町で魔導士の野盗がある村を襲撃したことに端を発し、近隣の町の私塾が怒り狂った町民に焼き打たれ、師や魔道士見習いの弟子たちが惨殺された。辛くも脱出した16歳と12歳、9歳2人の4人の子供は、魔導士狩りの騎士団に追われ、突然の逃亡生活を強いられることになった。

 デュナン、アース、パスカル、ルーティの4人を偶然の運びで助けることになった落ちぶれた元騎士のガンドと騎士見習いになれなかった貴族の庶子のノエの6人が、ラバルタ国内情勢を見聞するために密かにラバルタ国内を旅していたアスター、ダーシャと偶然出会ったことから、子供たちをエルミーヌのゼクスたちの元に逃がすことになる。

 第1回創元ファンタジイ新人賞で受賞した第一巻で、民族差別と、階級差別の様相を呈する魔導士蔑視に対する抵抗から始まった物語は、第二話では、特定の形質を持つ者(魔脈を持つもの・魔導士)や、精神病者などの社会的弱者の生存権の問題が提示され、この第三話では、さらに個人の内面の尊厳の問題に焦点があてられる。

 最初は、魔導士対それ以外の人間というごく単純化された対立の図式が提示されていたが、その中にも、一人ひとりの心の中の差別意識や、良心の問題や、自尊心の問題ははじめから物語に内包されていたと思う。

 しかし三巻目となると、魔導士対それ以外(魔導士狩りの騎士や大衆)という図式の中に、魔導士(の子供)を助ける騎士対魔導士狩りの騎士に協力する魔導士、という図式が加わる錯綜した状況になり、ことは、人間対人間の問題であることに否応なく気付かされる。

 一人ひとりの人間が持つ尊厳や自尊心、臆病、羞恥、保身、それぞれの個人ががどうやって自分の内面にあるそれらと折り合いをつけ、どのように他者に対するのか。命を懸けた選択を迫られたときに、保身に汲々とするのではなく、自分の誇りをかけ、他人の尊厳を守る行動をとることができるのか。それによって何を失い、何を得るのか。

 著者は、もともとは、一話で完結していた、とあとがきで言っているが、この物語は巻を重ねるごとに深化した。そして、これらは決して「物語」の中の話だけでにあるのではなく、現実の課題として、読者の心に問いを投げてくる。

 例えば差別を受ける側と差別する側がいて、いま、差別する側が差別を受ける側を集団で殺そうとしている。それを目の当たりにしたときに、殺される側に立つ(自分も殺される)ことができるのか。そういう究極的な選択の場に自分が立つことを、読者は読んでいて、想起せざるを得ない。
 話の中では、ガンドもノエも、武器を持ち戦う訓練を受けているので、殺される側に立つ、ということは、自分がその側に立って戦い、形勢を逆転させること、自分が生き残るために相手を殺すこと、と考えるが、現実世界では、両者の勢力が拮抗していない限りは、むしろ差別される側に立つことで「自分も一方的に殺される」という選択肢になる可能性が高い。それでも自分は、自分の良心にかけて、正しい選択をしうるのか。
 または、ノエやガンドや、アースやデュナンと同様に、自分達が生き残るために相手を殺す、という選択にもなりうる。弱者の側に立つ、という選択と、自分が誰かを殺す、という選択を同時に迫られたらどう行動するのか?

 殺されるか、殺される前に殺すか、という命題に対する一つの回答は、デュナンがとった「殺さない」という選択だろう。しかし、その選択をとるためには、自分がアドバンテージをとらないといけない。相手を凌駕し、その上で、生かす。という選択が取れるようになるためにはまず、自分を磨かないとならない。そのための努力は一番前向きなように思えるが、厳しい道であることには変わりなく、自分にできるか、といわれれば多分、イヤ絶対に無理。

 差別(いじめの問題も同様に言われるが)には、中間点は存在しない。傍観することは「殺す側」に立つことなのだ、と改めて考える。それでも自分は、自分の自尊心のために、殺さないこと、弱者の側に立つことを選択できるだろうか。これはまさにこの本のタイトルにある矜持の問題だと感じた。


 著者はあとがきで、ダメな大人が書きたかった、と言っている。その代表格がレオンなのだが、実際レオンは「ダメな大人」ではないと思うのだ。一作目ではまだレオンも20代で若く、悩みながらなんとか生きていこうとしている。だが実際レオンの「ダメさ」は、戦闘能力を持たない、という一点につきる(まあ、生活力がなくてだらしないってのは、「ダメ」な要素ではあるが)。 それは、この巻でも書かれているように、ラバルタの魔道が闘いに特化しており、それ以外の魔道の活用の道を封じてきたからこその結果であって、レオンが研究者として、指導者としては一流であることは、実は一作目から示されているではないか。
 問題は、レオンが「一流か、三流以下なのか」ではなく、レオンが自分のことをどう思っているか、「ダメなやつ」だと思っていることなのではないか。
 一読者で、レオンのファンである私としては、本当は全然「ダメではない」レオンが、卓越した魔道の研究者・指導者として、このファンタジイ世界の中の魔道の中興の祖として、この物語世界の歴史に名を残していてほしいと切望している。

2024年12月30日月曜日

0529 魔導の福音 (創元推理文庫)

書 名 「魔導の福音」
著 者 佐藤 さくら         
出 版  東京創元社 2017年3月
文 庫 416ページ
初 読 2024年12月29日
ISBN-10 4488537030
ISBN-13 978-4488537036
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/125054248

 佐藤さくら氏、デビュー作である『魔導の系譜』の続編。
 前作で内戦が起きたラバルタの隣の大国エルミーヌが舞台。この世界では魔導士はいずれの国でも疎外されているが、その程度はそれぞれに違う。ラバルタでは、魔道士はヒエラルキーの最下層と見做され、蔑視されてはいるが、魔術は戦力としての役割が重視され、魔導士は歩兵と同等に見做される。一方のエルミーヌは、魔力を持つものを「魔物棲み」として忌避するバルテリオン教の教義が浸透し、徹底的に魔導士が迫害され、魔力を操る力を持つものは「魔」が憑いたとされて、見つかり次第殺されるか、薬を飲まされて心身の自由を奪われ、収容所に隔離される。もう一つの国、シェールは、一番北方で厳しい気候を乗り切るための火をおこしたり、暖を取ったりする生活魔法が重視され、魔導師は地域の“暖房”を担うために一線を引かれながらも重宝されている。そしてこの話の舞台はエルミーヌ。

最近どうにも人名が覚えられなくなっているのと、巻頭の登場人物一覧があまりにも素っ気ないので、人名一覧を作成。

【エルミーヌ】
カレンス・ドナテア 地方領の貴族の嫡男 
リーンベル     カレンスの妹 
ドナテア卿     カレンスとリーンベルの父 
リリア       カレンスとリーンベルの母。熱心なバルテリオン教の信者で、魔を発動した
          娘を受け入れることができなかった。
クライヴ      ドナテア家の老家令。別館を守っている。
バート       ドナテア家の家令。クライブの息子。
ナタリア      ドナテア家の使用人 。別館に仕えている。
サイ・レスカ    カレンスの幼馴染・親友。田舎医師の息子。 
ドロシー      サイの祖母、産婆。サイと暮らしていた。
ヴェンデル     エルー領主。優柔武断で判断をカレンスに委ねがち。
ラナン       エルーの聖導院長。強硬な「魔物棲み」排斥者。
ルーク       王立学院の学生寮の寮監。カレンスやアニエスを擁護していた。 
アニエス・リリタヤ・クレール  同学院の生徒。賢く、剣技にも馬術にも優れた女性。
          同性愛者でもある。
ヴィクター・イザール 同学院の生徒。アニエス、カレンスの親友。大貴族の嫡男。
テレジア・バーテル ヴィクターの婚約者。アニエスに憧れている。
ルシアン      アニエスの長兄。アニエスは家を勘当されているが、アニエスを庇護し
          ている。
セドナ       旅芸人一座の一員。アニエスが一時期一座に身を寄せていた。
カンネ       エルミーヌの女王。若くして王座についた。
          美女ではないが、知的で合理的精神に富んでおり、国防と国民に対する
          福祉に心を砕いている。国内で見つかるや殺されてしまう『魔物棲み』
          の救済と魔導技術の導入による戦力強化を図ろうとしている。
シュゼ・フラセット 地方貴族。カンネの腹心。
アザイア卿イングウェイ  エルミーヌ国内のバルテリオン教聖導師の総主
          王立学院ではフラセットの親友だった。 
バルドゥム     エルミーヌの元第一王位継承権者。カンネの兄。精神を病んで廃嫡。

【ラバルタ】
レオン・ヴァーデン 魔導士。現在はラバルタを逃れてシェールでレオンと暮らしていた。 
ゼクス       レオンの弟子。レオンと二人でシェールの寒村で暮らしていたが。
ガトー・ヒルデン  騎士。レオンの親友 
ジェイド      ガトーの部下。諜報員 
アスター      現・ラバルタ国王の末弟。魔導士。内戦の主導者。内戦終結後は、自治
          区の統治からは身を引いて、市民の一人として復興に尽力していた。
フィオ・コンティ  魔導士。内戦後は、市井の魔導師として地味に暮らしていたのだが、アス
          ターに乞われて、エルミーヌへの第二次魔導師派遣団の団長に抜擢される。


 主人公のカレンスが、どうにも煮え切らないというか優柔不断、妹が殺されたことを唯々諾々と受け入れてしまうところなどは、なんともモヤモヤする。しかし、ものすごく意志がつよかったり優秀だったりするわけではない善人であるところにかえって現実味がある。

『いつだって自分を安全な場所に置いて、そこからできることしかしてこなかった。そんな自分の卑怯さを憎んでいた。』

 このカレンスの内心は、誰にでも心当たりがあるのではないか、と思ってしまう。等身大の卑小な自分をイヤでも思い出させられるのが、居心地が悪いようで、もっと読みたくなるようで・・・・。

 前半はそんなカレンスの学生生活の描写が中心で、話がどこに向かうのかわからない。しかし物語半ばで、内乱終結したラバルタのカデンツァ自治区から魔道士団が派遣されてくる、という話が出て来て、一巻目の面々とつながりそうな気配が見えてくる。それでも大したことは起こらずモヤモヤとしたまま、カレンスが父の急な病で学院を去り、所領に戻るところまでが前半。

 そこから、殺されたはずの妹のリーンベルが実は生きていたり、シェールの田舎町で暮らしていたレオンが魔道士を狙った盗賊団に拉致されてエルミーヌに連行され、負傷した状態でカレンスに保護されたり、でおもむろに話が動き出す。
 相変わらず、レオンはあまり自分ではなにも出来ないくせに、物語を動かす(笑)。すでに「お姫様ポジション」といっても過言ではない。狩りから帰ってきたらレオンが攫われていたゼクスの心中や、察するにあまりある。前作に続き、またもいなくなった師匠を探すはめになるゼクスである。

 なぜ、カンネのような突然変異的な女王が生まれたのか、という疑念については、作中でちゃんと説明されている。心を病んだ大好きな兄。街で虐げられている人々は兄につながり、兄への愛は、国民への視線につながったのだ。 

 差別や無益な殺害を廃するためにも、国民の幸せのためにも、なにより王として国防の力を強めるためにも、魔道士教育を国内で復興させたい女王カンネの意志が、辛うじてレオンとゼクス、カレンスらを助けるよすがとなる。女王の意向を後ろ盾に、収容所の管理者として「魔物棲み」の処遇改善に乗り出すカレンス。カレンスに乞われてエルミーヌの魔道士教育の一歩を踏み出すレオンとゼクス。物語はまだ続く。

 レオンは教師として大成してほしい、と前作から願っていたのだが、なんだか実現しそうで嬉しい。レオンが(実際にはカレンスが、だけど)作った学校がいずれ後世で〈鉄の砦〉に匹敵する魔道士の養成機関になったらよいな、と妄想中。

2024年12月24日火曜日

0527 魔導の系譜 (創元推理文庫)

書 名 「魔導の系譜」
著 者 佐藤 さくら    
出 版 東京創元社 2016年7月
文 庫 477ページ
初 読 2024年12月24日
ISBN-10 4488537022
ISBN-13 978-4488537029
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/124952360

 第1回創元ファンタジイ新人賞優秀賞。
 『ヴェネツィアの陰の末裔』からファンタジイ賞を遡って読んでいる。この作品は非常に力強く、完成度も高い。栄えある第1回の受賞作にふさわしい。
 私好みの、世界観そのものの中に遊ぶハイファンタジーというよりは、どちらかというと「なろう系」というか、舞台はまさに「ナーロッパ」的だ。
 しかし、その世界に仮託して語られる民族差別、支配と服従、理解が及ばないものへの偏見は、物語を極めて現実的、かつ現代的なものにしている。
 その苦しさの中でもがき、失敗もし、嫉妬や自分の愚かさと向き合いながら、人としてどのように正しく生きていくべきか、ということを主人公達は突き詰めていく。極めて切実な物語だった。

 ストーリーの展開は、師弟、チート能力、訓練、友情、戦闘、友情、戦闘、挫折、友情、師弟、旅立ち、という感じなので、最初は読みながら「ジャンプ漫画っぽいな」と思っていた。
 魔力を用いることができる者が忌避され、卑しまれるという差別構造は、江戸時代の身分制度(士農工商・えた、非人)にほぼなぞらえられているようだ。それに加えて、国境の山岳地帯の少数民族に対する激しい差別はロヒンギャやクルド人差別、バスク地方の独立運動なども連想させられる。虐げられてきた者の不満や鬱屈がついに反乱という形で爆発し、内乱に発展する。しかし、国内での争いは友人同士、かつての味方同士、同郷の者同士の凄惨な闘いとなり、その中で新たな憎悪も生まれていく。
 作中の剥き出しの民族差別と、魔導師蔑視は残酷だし、物語中盤からは内戦が始まって戦記物の風情も加わり、戦闘と暴力は重く血生臭い。主人公ゼクスの背負う苦悩には息がつまる。
 正義を求めていたはずの解放軍が、生き残りを賭けてギリギリの選択をしているうちに、ついには無辜の住民虐殺に加担してしまう流れも容赦がない。

 そんな中で、ゼクスの師匠であるレオンが登場する場面は、なんだかホッとする。レオンにはレオンなりの苦悩があるのだけど、それでもレオンはどこか癒やし系だ。ゼクスを育てて、手放した後も弟子を心配する一方で、力の無い自分を恥じ、死に場所を求めていたようなレオンが見つけた“生きる場所”が、ゼクスの隣だったことも必然。

 言葉や場面を変えながら、繰り返し、「己が己である義務」を放棄してはいけない。「己が己であるために戦え」「常に最善を選び取る努力をせよ」「人のために尽くすことで、自分の存在が世界の中で意味も持つ」と語られる。

 過酷な立場におかれたからこそ、自分の存在の意味を知りたい、と願い、人の役に立つことで自分が世界に受け入れられたい、と願う人たちの切望と葛藤がテーマではあるが、己が己であるということは、「誰かの役に立つこと」や「誰かに認められること」で得られるものではなくて、無条件に受け入れられ、愛されることによるのだと、師弟2人が体現している。

 なお、識字障害という設定は主人公の人格形成に重要な要素になっているけど、ディスクレシア設定はなくてもストーリーは成り立ったな、とは思う。そもそも中世ヨーロッパ的な舞台設定なので、この時代背景でそんなに識字率が高いと思えず。「文字が読めないこと」がどれほど人格形成に影響を与えたものか、ちょいと疑問は沸いた。

 作品の語り口が、どちらかというと淡々としていて、夢中になれそうなのに、強引に読者を(っていうか私を)作品世界に引きずり込むような熱量が足りないことに若干の物足りなさはある。にしても、これが処女作なのだから、十分な力量を示していると思う。もちろん続きも全部読みたくなった。
 以下、創元の人物紹介が実にあっさり目なので、忘備のために人物一覧作成。

【登場人物一覧】
レオン・ヴァーデン  ラバルタのリール村で私塾を営む魔導士。禁忌すれすれの独特な指導
           法をもっている。指導者として、また、魔導の知識と技術は超一級だ
           が、いかんせん扱える魔力が少ないため、魔導士としての実力は『三
           流以下』なのが、本人にとっては辛いところ。
ゼクス        強大な魔導の潜在能力を持つ少年。力を制御出来ずに抹殺されるとこ
           ろだったが、レオンに託され、魔導の手ほどきを受け、魔道士になる。
ダリエシ       レオンの弟子。〈鉄の砦〉の魔導士。
セレス・ノキア    レオンの恩師。元〈鉄の砦〉の魔導士。負傷して砦を去り、リール村
           で魔導の私塾を開いていた。
ガトー・ヒルデン   ラバルタの騎士。レオンの親友。
オルガ老       リール村の長老。穏健で、孤立しているレオンの後ろ盾となってくれ
           ていた。
ロザリンド      貴族の息女でレオンの弟子。
ニア・ベンダー    レオンが師のセレスから相続した屋敷に住む借家人の娘。ゼクスの友
           人。とレオンに懐いている。
アルド・クラン    ダザの魔導士ギルドの親方。レオンの兄弟子。
ジェシ        ダザのギルドに所属する魔道士。
ゲオルギウス・ランバート  〈鉄の砦〉の総帥。かつてのセレス・ノキアの同僚で友人。
エステン・ジレン    〈鉄の砦〉の魔導士。主任教授。
エヴァン       同。ゼクスが所属する小隊の小隊長。女性。
リジット       同。ゼクスが所属する小隊の班長。女性。
アスター・ハート   同。隊員。ランバードの死に際し、魔道士蜂起の指導者となる。
ウォーレン      同。隊員
フィオ        同。隊員
ダーニャ       同。隊員。女性。
ランス        アスターの従者。諜報も行う。
エドガー・アラセン  カデンツァ解放軍のリーダー。学者肌の青年。
フラセット卿     エルミーヌの貴族。エドガー、アスターのエルミーヌ側交渉相手。
ル・フェ       元〈鉄の砦〉の魔導士。セレス、ランバートの友人。隻腕。