2016年10月31日月曜日

0005 星群艦隊(ラドチ戦記三部作3)

書 名 「星群艦隊」
原 題 「Ancillary Marcy」2015年
著 者 アン・レッキー 
翻訳者 赤尾秀子氏 
出 版 創元SF文庫 2016年10月

 タイトル詐欺は翻訳モノの宿命なのか?艦隊らしきものも、星群らしきものも思いあたらないが、なんとか四字熟語に収めようとしたためだろうか?
 さて、残念ながら三部作もこれで完。
 終盤の人を食ったようなブレクの軽やかさが、これまでとは印象が違って感慨深い。今回、ブレクは受難である。しかし頑固者のブレクが変わって行くためには、このような出来事が必要だったのか。
 ブレクを慰めたい余り添い寝を敢行する(させる)〈カルル〉のズレっぷりも、それに乗じて重傷を負ったブレクの病床に潜り込むセイヴァーデンも如何とは思うが、それでも淡々と話が進んでいくのがこの世界の不思議といえば不思議かもしれない。
 ブレク視点だから致し方ないとはいえ、どうやって《グラッドの剣》をティサルワットは籠絡したのか、その辺りも読めたらうれしかった。
 翻訳はもう一息頑張って欲しいと思う。特にブレクの負傷を契機に物語が大きく転換する9章は、人物の心理を踏まえてもうすこし緻密に訳してほしかった。細かいニュアンスを訳し飛ばしてるので、ブレクの感情が追いにくいし、セイヴァーデンが《カルルの慈》の言いたいことは半日で分かった、と言ってるけど、私には邦訳ではさっぱりわからなかった。「きょとんとした」なんて訳が二カ所も出てくるけどそうじゃな
 訳者の語彙不足なのだろうか?原作が良いだけに、残念でならない。それにしても、兵員母艦だった頃のブレク(1エスク)、本体を失ったあと必死で生き抜いてきたブレク、カルルの慈やその乗員としっかり気持ちが結びついてからのブレク、とすこしづつ行動や性格が変化してくるのがまた愛おしい。

2016年10月2日日曜日

0004 亡霊星域(ラドチ戦記三部作2)

書 名 「亡霊星域」
原 題 「Ancillary Sword」2014年
著 者 アン・レッキー 
翻訳者 赤尾秀子氏 
出 版 創元SF文庫 2016年4月

 艦隊司令官を拝命し自艦を得て出立するブレク。
 オーン副官の妹との絡みで、自分の失ったものを直視することにもなり苦しむ。
 自艦となった《カルルの慈》との接続により、20年来得られなかった安心を得て心地よさを味わう一方で、艦と情報をやり取りするたびに「これじゃない感」も蓄積していく。かなりストレスフルで可哀想な状況だが、そこは根が生真面目なAIなので、淡々と自分のなすべきことをなしていく。
 この巻から登場するティサルワットとの関係は重要であるが、感情表現が不得手なAIの一人称で物語が進むので、ブレクのティサルワットに向けた気持ちは今一つ見えてこない。

 それが一気に明らかになるのが終盤、ブレクがティサルワットの肩を抱くシーンである。
「大丈夫だ、なんとかなる」
 原文は“It’s all right.It’ll be all right.”で、これは第一部の『叛逆航路』でオーン副官が接続されたばかりの分躯(後のブレク)を抱いて語りかけたのと同じ言葉なのだ。
 ブレクはオーン副官から与えられた大切な言葉を、共感や同情を込めて不運な部下に与えている。これは原文を確かめないと、なかなか分からないところ。
 それと分かるように訳して欲しかったなあ、といささか残念に思うのだが、第一巻で翻訳されているときには、この台詞が後々こういう使い方をされるとは思わないだろうから、翻訳のツライところなのかもしれない。

 何回目かの再読では、カルルの慈の情緒に焦点を合わせて読んでみる。
 ブレクは艦は乗員の思考までは読めないと言っているが、少なくとも《慈》とブレクは特別な繋がりがあり、《慈》はブレクの思考をトレース出来ていると思われる。しかし殊更それを表明したりしない所がいかにもラドチの艦船らしい。
 《慈》は自分の愛する艦長が逮捕処刑されるに及んで、次の艦長には決して暴君の思惑で易々と殺されたりしない艦長を望んだのかもしれない。
 とはいえブレクの痛み、カルルの慈との接続が契機となってブレクの心の生傷から瘡蓋が剥がれてしまったのは想定外だったのではないだろうか?
 ブレクに情報を送るたびに、肯定と「これじゃない」という相反する反応が嫌でも感じとられて慈の気持ちはさぞかし複雑だったと思う。でもすでにブレクを艦長として愛する気持ちになっている慈の、ブレクを慰めたい試行錯誤は涙ぐましくもあるのだ。ブレクがかつての自分を想って喪失感を感じれば、自分の艦内の映像を見せて”貴方の今の居場所はここですよ”と無言でアピールしたり、人間の乗員を使って抱擁してみたり。だけど自分のことで結構一杯々々のブレクは慈の気持ちには鈍感。さてどうなる?というところで第三部へ(笑)