書 名 「亡霊星域」
原 題 「Ancillary Sword」2014年
著 者 アン・レッキー
翻訳者 赤尾秀子氏
出 版 創元SF文庫 2016年4月
オーン副官の妹との絡みで、自分の失ったものを直視することにもなり苦しむ。
自艦となった《カルルの慈》との接続により、20年来得られなかった安心を得て心地よさを味わう一方で、艦と情報をやり取りするたびに「これじゃない感」も蓄積していく。かなりストレスフルで可哀想な状況だが、そこは根が生真面目なAIなので、淡々と自分のなすべきことをなしていく。
この巻から登場するティサルワットとの関係は重要であるが、感情表現が不得手なAIの一人称で物語が進むので、ブレクのティサルワットに向けた気持ちは今一つ見えてこない。
それが一気に明らかになるのが終盤、ブレクがティサルワットの肩を抱くシーンである。
「大丈夫だ、なんとかなる」
原文は“It’s all right.It’ll be all right.”で、これは第一部の『叛逆航路』でオーン副官が接続されたばかりの分躯(後のブレク)を抱いて語りかけたのと同じ言葉なのだ。
ブレクはオーン副官から与えられた大切な言葉を、共感や同情を込めて不運な部下に与えている。これは原文を確かめないと、なかなか分からないところ。
それと分かるように訳して欲しかったなあ、といささか残念に思うのだが、第一巻で翻訳されているときには、この台詞が後々こういう使い方をされるとは思わないだろうから、翻訳のツライところなのかもしれない。
何回目かの再読では、カルルの慈の情緒に焦点を合わせて読んでみる。
ブレクは艦は乗員の思考までは読めないと言っているが、少なくとも《慈》とブレクは特別な繋がりがあり、《慈》はブレクの思考をトレース出来ていると思われる。しかし殊更それを表明したりしない所がいかにもラドチの艦船らしい。
《慈》は自分の愛する艦長が逮捕処刑されるに及んで、次の艦長には決して暴君の思惑で易々と殺されたりしない艦長を望んだのかもしれない。
とはいえブレクの痛み、カルルの慈との接続が契機となってブレクの心の生傷から瘡蓋が剥がれてしまったのは想定外だったのではないだろうか?
ブレクに情報を送るたびに、肯定と「これじゃない」という相反する反応が嫌でも感じとられて慈の気持ちはさぞかし複雑だったと思う。でもすでにブレクを艦長として愛する気持ちになっている慈の、ブレクを慰めたい試行錯誤は涙ぐましくもあるのだ。ブレクがかつての自分を想って喪失感を感じれば、自分の艦内の映像を見せて”貴方の今の居場所はここですよ”と無言でアピールしたり、人間の乗員を使って抱擁してみたり。だけど自分のことで結構一杯々々のブレクは慈の気持ちには鈍感。さてどうなる?というところで第三部へ(笑)
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