2025年8月17日日曜日

0563 好きだと言って、月まで行って (モノクローム・ロマンス文庫)

書 名 「好きだと言って、月まで行って」
原 題 「To the MOON and BACK」2023年
著 者 N.R.ウォーカー
翻訳者 冬斗 亜紀
出 版 新書館 2024年11月
文 庫 400ページ
初 読 2025年8月17日
ISBN-10 4403560598
ISBN-13 978-4403560590
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/129720163


 N.R.ウォーカーは、オーストラリアのゲイロマンス作家さん。初読み。翻訳は安定の冬斗亜紀さん。とても読みやすい。
 主人公の一人、ギデオン(ゲイ/シングルパパ/失恋直後/ヒゲのいい男/高学歴・高収入)の背景とか、もう一人の主人公トビー(ゲイ/イタリア系オーストラリア移民の家系/高学歴のプロのナニー(超有能))の背景とか、オーストラリアのLGBTQの様子とか、育児に関わる社会制度とか、ストーリーの背後にぎっしり詰め込まれているものがあって、これを全部読み解けたらかなり深いな、と思うけど、単純に不器用男2人がモダモダ恋に落ちるロマンスとして、十分に楽しい。
 出だしこそ、ヒゲのタフガイが慣れない子育てでおたおたしている話かと思ったが、この「ヒゲのタフガイ」が思いのほか繊細で、むしろ女性的(っていうか、こういう性格描写の語彙がどうしても性的役割分担を色濃く反映しているのは、なんか良い形容詞がないものか)なのが、ミスマッチで面白い(というか、これをミスマッチと感じる感性がそもそも性差に対する意識が固定化しているよな)というか。
 読んでいると、さりげなく、固定化したジェンダー意識に揺さぶりをかけられているようで、なんか意識の柔軟体操しているみたいで良いよな、と思う。日本の社会でLGBTQが社会権を得たのって、BLもそれなりに大きな役割を果たしていると思うのよね。

 ストーリーは、突然シングルパパになってしまって困惑・疲労困憊している男のところに、超有能な男性ナニーがやってきて、あっというまに生活改善して、あっというまに恋に落ちる、というまあ、ありがちな感じなんだけど、その恋に落ちる過程や、2人の心理描写がとてもとても良い。早くに親を亡くして親の愛情に飢えていたギデオンが、トビーの大家族に心温められながらも、寂しく感じる描写なんかもすごく素敵だ。も〜〜〜あんたたち両思いなんだから、もっとシャッキリしなさい!と言いたくなるが、この、これまで自分が世の中的に慣れ親しんできた男性性とは、性質を異にしたナイーブな優しさ全開の2人に、なんだか未来への希望を感じちゃう。・・・・とちょっと壮大な感じの感想になってしまった。
 あと、雇用関係や雇用契約に対する意識がはっきりしているなあ、と思う。さすが、ジョブ型雇用の欧米社会。権利—義務関係を明確にさせようとする意識がここまで恋愛の足を引っ張るって、日本人的な感覚だとあまりないのでは。そういう意味でも、「もだもだしすぎだ!」とうっかり感じてしまうかもしれないが、きっと当人たちにとっては、そして彼等の文化規範の中では、独立した個人として、とても大切なことなのだ。

 以下は余談だが、先日、子育て仲間だった友人と呑みながら話をしていて、なぜかBLの話になり、友人は「BLは女の子の健全な成長に必要なのよ!」(ちょっと細部はうろ覚え)と力説していて、私もなるほどなあ、と思ったのよ。
 男女の恋愛物語を読んだり見たりしたら、女の子は女性側に移入せざるを得ない。“女性らしい”感じ方、“女性らしい”振る舞い、女性としての性的役割を、作品のを通じてすり込まれる。私はそれが苦手で、恋愛小説はあまり読まないのだけど、BLならば、キャラクターのどちらに移入しても可だし、それこそニュートラルに、若干は客観的に、恋愛を疑似体験できる。なにをどう感じるかを(精神的にも、肉体的にも!)強制されることはない。自己を確立する時期の思春期の女の子にとって、BLは成長のための梯子になり得るのかもしれない。

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