2020年7月29日水曜日

0212  黒海奇襲作戦

書 名 「黒海奇襲作戦」 
原 題 「Torpedo Run」1981年 
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 池 央耿
出 版 早川書房 1984年12月

 陸(おか)での久しぶりの休暇だったのに、司令部に呼ばれて死んだ戦友の任務の引継ぎを命じられるドゥヴェイン少佐27歳。高速魚雷艇の艇長。その亡くなった戦友の妻が彼に逢いにくる。さあ、リーマンお約束の据え膳だ。彼女の悲しみを癒やすために二人でパブに入る。ロンドンの夜を襲う空襲。ショックを受けた彼女を横抱きにしてホテルに入るいやはやの展開。リーマン節に抜かりなし(笑)。まだ作戦も始まってないぞコラ!これまでに読んだリーマンで一番早い色展開である。
 主人公は絡み金筋の予備役士官組だが、魚雷艇5隻を率いて闘う局地防衛戦の英雄。新聞紙面を飾ったこともある。
 そして次の戦場、黒海へ船も人も中東経由で陸路移動。地図帳もしくは地球儀必携。ヨーロッパと中東と中央アジアの距離感を再確認する。ドイツ支配地域を交わして黒海入りするには、そういうルートになるのか!
 黒海のソ連基地をベースに、ソ連軍と協力して側面からドイツを脅かし、ソ連のドイツ侵攻を援助する為の特殊作戦。ドイツ側もあらたに魚雷艇戦隊を派遣してきた。そこに配置された敵は、奇しくも散々ドーバー界隈で名前を売っていた宿敵リルケのEボート戦隊《ゼーアドラー》。名前を聞いただけで格好よく感じてしまうのは銀英伝の影響か?今回は、珍しく敵の輪郭がはっきりしている。部下達や同僚のべリズフォードとの関係性は気持ちよく、協力するソ連側将校は得体も底も知れないが、どうやらドゥヴェインを気に入ってくれているらしい。チームワークよくやっていけそうなのに、そこを削りにくる身内の敵、無能で教条主義な上官。極限の前線で制服の着こなしや帽子のかぶり方に因縁をつける士官はろくでもないに決まってる。隠密行動上等の“名無し”状態で、5隻見分けがつかなかった魚雷艇にでっかく船体に番号を描かせたのが、その後の囮に利用するための布石だったとしたら、この男やはり許せない。
 重傷を負い一端戦線離脱、戦友の真の自殺理由が明らかになり、僚艦を失い部下達は戦死していく。前線の悲哀であるが、ラストは冒険小説の王道。リーマン節。

2020年7月26日日曜日

0211 若き獅子の船出 海の勇者/ボライソーシリーズ〈1〉

書 名 「若き獅子の船出 海の勇者/ボライソーシリーズ〈1〉」 
著 者 アレグザンダー・ケント
翻訳者 高橋泰邦
出 版 早川書房 1980年1月 
初 読 2020/07/26

 ボライソーシリーズの日本での1巻目。もともとジュニア向けに執筆された一冊だそうで、英国での発表順だとボライソーシリーズ8冊目だったそう。
 どおりで、小学生のころ主人公の冒険にワクワクしてページをめくった気持ちを思い出したわけだ。 

 若きリチャード・ボライソー16歳、士官候補生時代の活躍。提督を祖父に、勅任艦長を父を持つリチャードは、16歳とはいえ12歳から船に乗り込み、すでに4年のキャリアを持つ士官候補生。自ずと艦長を観察し、上に立つ者の姿勢と責任を学んでいる。直属の海尉に理不尽にしごかれても冷静に対処出来るが、まだ幼い候補生が虐められるのは見過ごせない正義感は、公平な指導者の片鱗を見せている。

 そして、退っ引きならない状況で海戦を指揮する事になった途端、現れるリーダーの資質。決断と剛胆さ。
 アレグザンダー・ケントはダグラス・リーマンの別ペンネームなので、まあ、艦長に女は付きものであるらしいのだが、さすがに主人公が子供だし、ジュニア向け作品なので、今回は「艦長の女」は登場せず(笑)、純粋な冒険活劇の仕上がり。
 若きボライソーの造形が、これまで読んできたリーマンの主人公達でいえば、『リライアント』のシャーブルック艦長の若い頃といった感じかな? ケント=リーマンを実感する。 彼、リチャードとこれから長い海路を共にするのだ。

2020年7月20日月曜日

0210 大西洋、謎の艦影

書 名 「大西洋、謎の艦影」
原 題 「Rendezvous – South Atlantic」1972年
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 高永洋子
出 版 早川書房 1984年7月

 接収した豪華な貨客船を改装した武装商船巡洋艦が主役。武装して妙な姿になっている上、戦闘でほとんど上部構造をぶっ壊された挙げ句火災で真っ黒焦げ、しかも国旗でも海軍旗でもない奇妙な旗を掲げた「謎の艦影」。助けに駆けつけた僚艦からの問いかけは 〈貴艦ハ何者ナルゾ?〉 シリアスな情景なのにそこはかとなく可笑しい。 艦長はリンゼイ中佐33歳。大西洋輸送船団護衛で、ご丁寧に往路と復路でそれぞれ撃沈された経験を持つ。最初の護送船団護衛時は、自分の指揮下での戦闘中のことだし、自艦は沈没したものの、多くの乗員は退艦して、近くの商船に移ることができた。しかし船団の行く先、ニューヨークはまだ戦争を知らぬ賑やかな異世界で、今も空襲にさらされている祖国との解離に衝撃を受け、さらに英国への復路、乗客として乗った商船が、Uボートに沈められる。助けようとしたユダヤ人の幼い兄弟は、リンゼイの腕の中で死んでいった。この体験の衝撃からは回復しがたく、リンゼイはPTSDの辛い日々を送っていた。

 そんな彼に当てがわれたのが正体定まらぬベンベキュラ号。

 最初は屈辱感で一杯だったリンゼイだが、やがてこのおんぼろ艦が愛おしくなってくる。
 副長以下の多くが、商船だったころの乗組員。こちらも過去の栄光にすがって、愛する船が戦艦に改装されたことを受け入れられない。そんな部下を脅したりすかしたりしながら、一人前の軍艦乗りに仕立てあげ、さらには過酷な戦闘に向かっていく。そこに加わるさまざまな人間模様。もちろん恋も。
 華やかなりしころの商船が忘れられない副長ゴスに船内パーティーを開催させたり、候補生をその父である准将からかばったり、リンゼイの優しさが光るリーマン節。生真面目な正義感から、候補生の父親でもある准将と対立し、体よく艦を取り上げられそうになる。その准将は、なぜかベ号を旗艦に選び乗艦してくる。恨みを買うような、整備不良になりかねない嫌がらせをしておきながら、自分が乗り込むってどうなの?とは思わんでもない。ひょっとして、整備や補充の足を引っ張ったのは准将の仕業で、その艦に准将が乗り込まざるを得なくしたのは、准将に腹を据えかねた他の参謀の差し金か?
 ベ号乗員の意趣返しも小気味よく、身内の敵には鉄槌が下されるのも安定のリーマン流。なんとか身の安全を図りたい小心な准将と、武装商船だろうが、どれほど武装や装甲が貧弱だろうが、軍艦という名を戴く以上、先頭で闘う気概のリンゼイ。そして、艦内ともなれば、艦長が最高権力者である。
 ところでリンゼイ、なんだかんだで出世が早い。33歳で大佐に昇進した。まあ、不幸な事故までは、護衛船団の先任艦を務めていたんだから、出世頭ではあったのか。

2020年7月17日金曜日

0209 アドリア海襲撃指令

書 名 「アドリア海襲撃指令」 
原 題 「To Risks Unknown」1969年 
著 者 ダグラス・リーマン 
翻訳者 高津 幸枝
出 版 早川書房 1994年1月

 地中海で高速魚雷艇戦隊を指揮してきた男が、惨い経験を経て草臥れたコルベット艦の艦長に任命される。ジョン・クレスピン少佐(27歳)は、失望や期待やもろもろを胸に畳んで新たな任務に臨む。その彼を指して
「ファイルを読んだところでは、ちょっと盛りをすぎたって感じですかな。正規の士官だというのに、与えられたのはあんなおんぼろコルベット艦だけでうからね」と言う参謀士官。
 ジョン・クレスピンは地中海で高速魚雷艇戦隊を指揮していたが、ある作戦で味方の船は全滅、部下達と海中を漂い、励まし合いながら夜明けを待っていた。ところが、現れた艇に救助されると思いきや機銃掃射を浴びせられ。次々と仲間が殺され、なんとか生き残った二人の部下と夜明けに海岸に泳ぎ着き、そのあと3日間砂漠を彷徨うことになる。陸軍の斥候隊に発見された時には、部下が死んだことにも気付かずに担いでいた。
 そんな過酷な体験を経て、与えられた次の艇はくたびれたコルベット艦。それまで指揮していた魚雷艇と比べたら、酷使された足の遅いコルベットは、格落ちも甚だしい。《シスル》号(あざみの意)というからには例のフラワー級コルベットである。
 だがしかし、この艦は、ある任務のために特殊部隊司令官のオールダンショー少将が特に手にいれたものだったし、クレスピンの任命も、かれの輝かしい軍歴を買ってのものだった。

 任務は小規模な奇襲と陽動、現地抵抗組織との協働。現地指揮官はかなりクセのある人物。やがてそれは、単なるクセでは片付けられない危険な兆候となる。
 功名心あふれる上官の無謀な作戦立案のもと、無口であまり感情を見せない彼が、部下や現地の人々にも心を寄せて行動していく。戦争小説としても冒険小説としてもこれは骨太で面白い。エピローグの余韻はなんとも言えず、切なさを感じる。
 翻訳の高津幸枝氏は、「舵中央」にミジップ、「前進全速」にフル・アヘッド、等、英語の操舵号令のルビを振ってくれているので、その気になって声にだすとなお楽しいぞ。
 お約束の主人公の恋人は人妻でも未亡人でもないまともな美人を相手の恋愛路線で安心、と嵩を括っていたら、これまた大変なことに。彼の子供を身ごもっていたのに、イギリスに帰還する飛行機が行方不明に。おそらく撃墜。どこまでもクレスピンが痛ましい。それでも折れない。どれほど心が痛めつけられても、一人でも多くの仲間を救うべく、目は海図とジャイロを見つめ、操船を命じ、戦時の軍人の生き様を見せてくれる。
 とはいえパルチザンの口を借りた「こんなに愚直なまでに、しかも我が身の安全を顧みずに誠意を重んじるのは、英国人だけだ!」というリーマンの自画自賛には、ちょっと噴飯ものだとも思ったが。バルフォアに聞かせてやったら〜?

2020年7月11日土曜日

0208 巡洋戦艦リライアント

書 名 「巡洋戦艦リライアント」
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 大森洋子
出 版 早川書房 1998年

 レナウン級巡洋戦艦(レナウン、レパルスに続く架空の三番艦)が主役。もちろん艦長であるシャーブルック大佐39歳が主人公なんだが、読んでいるうちに、この物言わぬ大艦が艦長に身を委ねている感じがひしひしとしてくる。
  シャーブルックは前の指揮艦だった巡洋艦ピラスを北極海で喪った。
  護衛航海中、遙かに火力に勝るドイツ巡洋艦3隻とたった1艦で交戦。救援に来ると言われていた味方の大型艦は現れず、ピラスは集中砲火を浴びて氷の海に沈む。乗員450名のうち生き残ったのは艦長含め8人のみ。 その後、怪我と喪失の痛手から回復したシャーブルックは、巡洋戦艦リライアントの新艦長として任命される。
 リライアントは、戦隊旗艦であり、ピラスが沈んだ時に救援に現れなかった巡洋戦艦の一隻だった。自殺した前艦長はシャーブルックの親友でもあり、親友の救援に駆けつけることができなかった自責の念が自殺に関係しているのか・・・とは、作中では言及されていないものの、十分考えられることではある。とまれ、冒頭から因縁深い新艦長とリライアント。
 戦隊旗艦であるからには、クセのある少将を頂き、艦の指揮権に干渉を受けつつも艦を掌握し、艦と次第に心通じる艦長。小型艦を操縦するように巨大な巡航戦艦をコントロールする描写が良い。
 さてこのリライアント、作戦行動中に舵が効かなくなったり、機器が故障したりするやっかいなお嬢(この際、「老嬢」というのは余りに失礼)である。むろん、整備不良が原因の故障ではあるのだが、おかげで撃沈を免れたり、絶好の交戦海域に出たりする。
 艦橋でそんな彼女(の艦長イス)に手を添えたシャーブルックが「落ち着け、いい子だから。お前の言いたいことはわかった」と囁く。船の代名詞がsheで、無骨な戦艦が美女にたとえられるのがこれまで日本語の語感だといまいちピンとこなかったけど、リライアントは間違いなくツンデレ淑女。別に艦これのシュミはないが、擬人化してもいいレベルでかわいいと思える。
 艦隊司令である少将は、かつてシャーブルック、自殺した前艦長のキャヴェンディッシュと3人で、大尉としてリライアントに乗り組んでいたこともある人物で、人となりは知れている。武勲よりはあの手この手の世渡りと自己演出で出世してきた我欲の強い人物である。シャーブルックは口数は少ないが自分の主張は静かに通すタイプで、もちろん少将とは水と油である。当初は静かに穏やかに、少将を立てていたシャーブルックであるが、やがて、対立が表面化するのは避けがたかった。
 さて、そんな艦隊司令と艦長を戴くリライアントはどうするのか。
なにやら頑固な意志を感じさせるリライアントは、戦隊旗艦のくせして、最後は艦長シャーブルクと対立していた司令官を艦から叩き出したよ。あっぱれである。