さて。不要品処分のその後である。
土曜日に、地域の行政サービスで粗大ゴミ出しの予約をしてあったのは前述のとおり。
結局、壊れた電子レンジ(けっこうデカい)、そこそこのサイズの手作り本棚(昔、手塚治虫全集300冊を納めていた。)、インクジェットプリンター2台、壊れた昭和の扇風機、大型ガラス水槽、AVラック、扉のはずれたテレビ台・・・・を排出。
母に見とがめられると多分トラブルになるので、深夜、母が寝ている間に、そーっと搬出。母は寝付きが良く、寝ると朝まで起きないことがほとんどなのだが、それにしても(やったことないけど)空き巣に入ったくらいには慎重に、静かに、あくまでも静かに、物置と化している部屋から運び出した。・・・・私一人で。
結果、ゴミ出しには成功し、翌朝、粗大ゴミはこれまた静かに回収されていった。
怖れていた母の反応といえば、物置部屋の室内の変化には気付かず。
以前なら、あら、お前片付けした?くらいの反応はあったと思うのだが、これだけの変化をスルーしちゃうくらいには、認知症が悪化しているのを再確認した。
そして、同日午前、メルカリで購入した中古の(アンティーク、とも言えるか。)仕事机が届いたので、こちらは私が今使っている寝室兼タンス部屋に搬入。
別途自宅からクロネコさんに運んでもらっていた23インチのモニターやデスクライトを配置して、在宅ワークが可能な体制を作った。(Wi-Fiの受信状況が極めて悪く、まだテレワーク可能な状態までには至っていない。)
さて、こちらの変化については、母の反応は、
1回目(搬入中)「これ、どうしたの?」→「私が運送頼んで自分の家から持ってきてもらったのよ。ここで仕事できるように」
2回目(設置後)「これ、お前がもって来たの?」→「そうだよ〜。前に、相談したら、『部屋空いてるから、好きにして良いわよ〜』って言ってくれたよ?忘れた?」(これは事実だ)→「忘れたけど、そう言いそうダワね」
3回目(午後) 「これ、前からウチにあったかしら?」→「(メンドクサイから)あったよ〜」
4回目(同日午後)「これ、前からこの辺に置いてあったわよね?」→「そうだよ〜」
結果、机は以前から家にあったこととなり、中古でそこそこ使用感があったことも幸いし、すでにもう20年も家に置いてあったんでは?くらいの馴染みっぷりで、寝室の一角にとっても昭和レトロな空間が完成した。母に受け入れてもらえて良かった。置いた机が、私の想像以上に和室に馴染んで良い雰囲気になったもので、母も気に入ったらしく、これ良いわね〜、と何故か部屋に居座るようになったのはご愛敬。
物置部屋に置いてあったプリント化粧合板製の本棚を脇に設置し、こちらも自宅から宅急便で運んでもらった、ボッシュシリーズその他の、読みたい本を並べた。ついでに、あの分厚くて重たい筑摩世界文学全集を読むための書見台も持ち込み。
母の介護にかこつけて、テレワーク準備と言い訳しながら、かねてから欲しかった読書机を買っちゃった背徳感を感じつつ、前日からの、もっといえばその2週間前からのオーバーワークで疲労困憊し、頭痛が治まらない日曜日の夜・・・・。これ、過労で脳血管がぷつっといかないように、ホント注意しないと。
あとは、8月2週から、無事に介護休暇に入れるのか、(事前相談はしているものの)介護休暇の正式な申請、引継書の作成、母のショートステイのお試し決行、新たなケアマネさんとの契約、ケアプランの見直し、一度は断念したホームヘルパーの再導入を試みるかどうか、現在待機している認知症高齢者グループホーム以外に、もっと良い選択枝は無いのか相談してみること。やることは今だ山積している。
母は、食事の準備ができないことを除けば、穏やかに落ち着いているし、そこそこ会話でのコミュニケーションも出来るし、週末一緒にすごしていると、施設入所、という選択に迷いが生じる瞬間がある。だけど、一人でご飯は食べれないんだよな〜。やはり独居は限界。これ以上母が体力を落とす前に、やはりなんとかしないといけないのだ。
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