2021年7月3日土曜日

0279 ハード・キャンディ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

書 名 「ハード・キャンディ」 
原 題 「Hard Candy(Burke Series Book 4) 」 1989年
著 者 アンドリュー・ヴァクス 
翻訳者 佐々田 雅子  
出 版 早川書房 1995年10月
初 読 2021年7月4日 
文 庫 418ページ 
ISBN-10 4150796041
ISBN-13 978-4150796044
 シリーズ4冊目に至って、にわかに筆致が滑らかになったように感じる。ブルー・ベルの直後からストーリーは始まる。

 ベルを失って、魂が未だ彷徨っているバーク。何回も死のうと思ったが、仲間が彼を見守った。刑事との密約を破って少女売春婦の誘拐殺人犯3人を殺害し、警察に手柄を譲らなかったバークは、殺人犯として目を付けられていたためニューヨークの裏町に潜行している。自然、気持ちも鬱々としている。一方でベルの恨みを晴らすため、というよりはむしろ自分の気持ちを晴らすため、ベルの実父を誘い出して殺す。
 シリーズ最初から思っていたのだけど、彼「私立探偵」なんだろうか? 日本語タイトルの「アウトロー探偵バーク」ってどうなの? 本人は自分のことを「請負人」だと名乗っているが、家出捜索人、とか、よろず仕事人、とか闇の始末屋のほうがぴったりくる。むろん、小口の商い?で小金を稼ぐ詐欺師でもある。

 前作でバークに一方的に守られた形となった音なしマックスは、武人としてのプライドや、バークの役に立てなかったこと、バークが失ったものが大きかったことなどがわだかまったようで、なかなか気持ちの収まりがつかないが、ママやイマキュラータの取りなしや、バークがマックスと行動を共にしたことでようやっと、バークと仲直りできた模様だ。
 そのマックスの妻、イマキュラータの
 「あれは自尊心の問題だったんじゃない?例の男がマックスに挑戦をうけさせるというただそれだけの目的で、うちの赤ちゃんを殺したかもしれないなんて、ちょっと信じられないもの」
 という発言は(私的には)何気に許し難い。
 バークは、こういうときに心が冷えるが、怒ったりはしない。怒るほど、他人に期待も依存もしていないということなのだろう。

 とにかく、無気力で内向的になっているバークだが、ちょくちょくフラッドのことも思い出し、ひょっとしたら戻ってきてくれるか、と心が揺らぎもする。それでも、フラッドを迎えに行こう、というマックスの誘いにその気になるほどの気持ちは湧かない。そんなときに、10代の荒れていたころの不良仲間の“キャンディ”から電話が入る。
 キャンディはいわゆる高級娼婦となっていて、16歳になる一人娘のエルヴァイラを育てていた。そのエルヴァイラが家出して、某新興宗教のアジトに入り込んでいるので、娘を連れ戻してほしいとキャンディはバークに依頼する。何不自由無く育てられたと思いきや、エルヴァイラはキャンディによって、幼女売春の手駒にされていたらしい。エルヴァイラは心を病んでいる。教祖に心酔する娘が語る主張が、本当にいるタイプでリアルだ。

 そこに、旧知の殺し屋ウェズリイが登場。事態が混迷してくる。
 前作『ブルー・ベル』で愛したベルを犠牲にすることになった『殺し』の相手が、実はウェズリイがマフィアから依頼を受けた標的であり、バークがモーテイと一緒に葬った男のひとりはモーテイの監視につけられていたマフィアの一員だったときて、バークはにわかに困った立場に置かれてしまう。ウェズリイの仕事の邪魔をした上に、マフィアの一員を手にかけており、おまけにモーテイを放っておけば間違いなくウェズリイに殺されていたはずで、ベルが巻き込まれて死ぬ必要はなかった。ベルの死がまったくの無駄死にだったと知り、さらにバークの気持ちは惑う。

 自分の痛みや苦しみに折り合いを付けて、なんとか生きて行くことを模索していくバークの内面と、バークがこうありたかった氷のような生き方を体現しているウェズリイが、実のところバークに対しては兄貴分のように振る舞っているのが、なんだろう、切ないというにはセンチメンタルに過ぎるが、胸苦しい。
 こう読んでいて、私はヴァクスがストーリーに込めたメッセージや意味をきちんと読んで汲み取れているのかな?  一体、アメリカという国は、ニューヨークという都会は、ここまで酷いのだろうか? この話が1989年頃。最近では、スラムも再開発されたり、街並みも小奇麗になって、だいぶ安全に、、、、という話は聞くが、この話に描かれるような暗黒面は、どうなんだろう。 

おれは小さな 女の子のようなベルの声を聞いた。「あたしを救ってよ」 ベルは頼む男をまちがってしまったのだ。 

おれはひびの入った卵の殻をささえるように、頭の両側に指を押しあてた。愛した女を悼んで、パンジイみたいに思いきり吠えてみたかった。おれひとりで。だが、声は出なかった。

おれは自分の内部に震えが走るのを感じた。だが、今度はいつものやつではなかった。恐怖とはちがう。おれは恐れてはいなかった。ただ、泣きだしたいほど悲しかった。憎むほどのものは何も残っていなかった。 

ベルの死を受け止めきれないバークの痛みが憐れだ。

「子どもか・・・・・・どこがどうちがうっていうんだ。バーク?」冷酷無比な殺し屋ウェズリイがバークに問う。
 ちがう、と昔は思った。おれは孤児院で、里子にだされた家で、少年院で、神に祈った。誰かがきてくれますように。ファミリイになってくれますように。ファミリイは塀の中で見つかった。その後、別の神に祈った。忘れられないベル。あたしを救って、とベルはいった。ああ。最初の神はおれに見向きもしなかった。二番目の神ははっきり姿が見えるほどちかくまで寄ってはきた。「べつにちがいはない」おれはそう答えた。 

ライ麦パンのトースト、クリームチーズ、パイナップルジュース。そんな朝飯を続けている。おれはひとりで食べるのが好きだ。自分流に。刑務所じゃ、それが最悪だった。

「おれはあんたの気を悪くさせるつもりはない。あんたに逆らうつもりはない。ただ好きなようにしていたいってだけなんだ。シャバでも、ムショでも、どこにいようと。ただ、好きなようにしていたい。放っておいてもらいたいんだ」 

バークが生きて行くために求め続けていたささやかなもの。ファミリーという特別な存在と、ほんの少しの尊厳。

   怪物ヴェズリイがいう。「どうしようもないやつらがいるもんだ、バーク。だが、おまえは盗人なんだ―――早く本職に戻るんだな」 合わせ鏡のようなバークとウェズリイ。バークはウェズリイのようになりたかった。だが、人間は結局自分以外の人間にはなれないもの。バークの弱みや甘さは彼自身である証拠、そして一方のウェズリイの方も、きっとバークになりたかったのだろうな、と思う。ウェズリイはうんざりして去ることにし、手紙を置き土産にする。バークの殺しのいくつかについて、自分の殺しだと告白して。 そして、キャンディ。これまでに登場した中では最悪な悪女だった。ハードなキャンディを自認するが、それゆえに。粉々に砕かれるのだろう。

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