原 題 「Dreaming of the Bones」1997年
著 者 デボラ・クロンビー
翻訳者 西田佳子
出 版 講談社 1999年1月
初 読 2020年11月20日
12年ぶりに再会する元妻は、記憶にあるとおり美しく、強い意志を持った女性だった。ヴィクが連絡してきた目的は、今彼女が伝記を執筆しようとしている、ケンブリッジの女流詩人のこと。5年前に死んだ彼女が、実は自殺ではなく他殺だったのではないかと、警官である元夫に相談したかったから。そして思いもかけず、かつての離婚劇についての謝罪も。ダンカンは一応当時の捜査資料に当たれるかやってみると約束するが、ジェマはこのダンカンの振る舞いに穏やかでない。
愛しいダンカンをかつて傷つけたにっくき女(笑)、なのにそれに再びよろめくダンカン、どちらも憎し! 怒りは大抵の場合ダンカンを直撃(具体的には職場で無視!3階級も下の部下がすることではありません!)するので、ダンカンも大変である。
そんなジェマも、ダンカンに同行してヴィクに逢ってみると、意外なことに好感を持ってしまう。女性の自立を尊ぶ女性陣二人が意気投合し、疎外感を味わう鈍感男が約一名(笑)
ダンカンは、(多分母親の影響で)しっかりと自立した、もしくは自立しようとしている女性を好ましく思うのに、(多分母親が良く出来た女性だったから)相手の女性の内的な葛藤には鈍感なんだろうなあ、と推測する。それが原因でヴィクには逃げられ、ジェマからは度々怒りをかうことになるのだけど。
女性にとっても、経済的な自立と、精神的に自由になれるかはまた別問題。そして世の中的な女性の自立と、一人ひとりの内的な自立もまた別。鈍な男でなくとも取扱いの難しいテーマである。
話はそれるが、1970年代の少女漫画の「エースをねらえ」とか「愛のアランフェス」の時代は「女は恋をすると弱くなる」とか「恋をすると相手に依存する」(だから恋愛禁止!)とか大真面目で描かれていた。(しかも女性自身の筆で)。最近の槇村さとる氏の漫画の主人公達が生き生きと恋をして、相手の男を圧倒するくらい強くなってるのと対照的である。(それでも彼女達は彼女達なりの内的な問題に立ち向かっているのだけどね。)漫画の世界も現実の女性の自立の歩みを表してるよなあ、とこの50年来の女性の意識の変化を感じたりしてしまう自分がじつにババアくさい。。。。。(大脱線)
脱線ついでに再び漫画の話題で恐縮だが、この警視シリーズを読んでいると、三原順氏の『はみだしっ子』や『Sons』のイメージが被ってくる。例えば、トビーはマックスやサーニンと、キットはグレアムと被ってしまうんだが、母親のローズマリーに「利発だけど傷つきやすい息子」と看破されているダンカンもまた、三原作品に登場しそうな存在感。Sonsのキャラたちもダンカンも女性作家が描いた男性像なわけだが、男性諸氏はこれらのキャラクターをどう捕らえるのか、誰かに尋ねてみたい気もする。閑話休題。
さて話を戻そう。各章の冒頭のに配されているルーパート・ブルックの詩がとても美しく、印象的である。
足取りは軽かった。進む方向は正しかった。確かな誓いがあった。未来ははっきりと見えていた。離れている間にきみはなにに足を取られたというのだ?どんな声を聴いたというのだ?言葉にならない声に、ふと呼びとめられたというのか?こんなにも不自然に、こんなにもたやすく、誓いを破って去っていくなんて。ルーパート・ブルック『取り残されて』より (p.47)
・・・・ダンカンの心情そのまんまだな。可哀想に。
やっとヴィクとの過去の関係の落としどころを自分の中に見つけられそうだったのに、無情な知らせがやってくる。ヴィクトリアの突然の死。詩人リディアの死と合わせ、どうしても事故や病死だとは思えないダンカンだが、所管するケンブリッジ警察署の旧友とは捜査方針で対立。いても立ってもいられず、自分で捜査に乗り出すのだか。
「ヘイゼル、あの人はわたしの話をきこうとしないの。意固地になって、ひどく怒ってて。わたしに対しても怒るくらいなんだもの。怒らせるようなことをした覚えはないんだけど。」
とは、ジェマの弁。おいおい、君がそれを言うのかね?同じ台詞を君に返してあげたいぞ。
ダンカンは独自捜査を開始し、ジェマも腹を据えて追走。ヴィクの、ひいてはリディアの人間関係を丁寧に掘り起こしていく。ヴィクの息子キットがダンカンの子だと母のローズマリーに指摘され、脳内大混乱しながらもキットのケアも同時進行。どんな事態にも真面目に立ち向かおうとするダンカンの誠実さと人間性がこのシリーズの一番の魅力、と改めて感じる、おそらくこの本、シリーズ前半の傑作である。
【覚え書き】
ルパート・ブルック 1887年8月3日-1915年4月23日
イングランドの詩人。ケンブリッジ出身。イエーツが「イングランドで一番ハンサムな若者」と評したそうで、たしかにいかにもイギリス上流階級らしい育ちの良さを感じさせる繊細な面立ち。第一次世界大戦に従軍したが、感染症により死去。27歳。軍事行動中の海軍にあってのことだったため、エーゲ海のギリシャ領スキロフ島に埋葬された。
日本語に翻訳されていないかAmazonで探してみたが、日本語の詩集などは出版されてなさそう。戯れに代表作『兵士』を訳してみようと思ったが、あまりの能の無さに絶望したのでやめた。ネットで素敵な和訳を披露されている方が複数いらっしゃるので、日本語訳はそちらをどうぞ。
“The Soldier” (Rupert Brooke, 1914)If I should die, think only this of me:That there's some corner of a foreign fieldThat is for ever England. There shall beIn that rich earth a richer dust concealed;A dust whom England bore, shaped, made aware,Gave, once, her flowers to love, her ways to roam,A body of England's, breathing English air,Washed by the rivers, blest by suns of home.And think, this heart, all evil shed away,A pulse in the eternal mind, no lessGives somewhere back the thoughts by England given;Her sights and sounds; dreams happy as her day;And laughter, learnt of friends; and gentleness,In hearts at peace, under an English heaven.
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