原 題 「No Mark upon Her」2011年
著 者 デボラ・クロンビー
翻訳者 西田佳子
出 版 講談社 2017年2月
初 読 2020年11月28日
とにかくジェマの気持ちにかなうように、というダンカンの配慮とおおらかさと満足が感じられる、大変幸福感にみちた出だしである。
シャーロットを養子に迎えてジェマが育休中であるが、あと一週間で職場に復帰する予定。その後はダンカンが交代し、二ヶ月の育児休暇を取る予定とのこと。その前に有給休暇もとって、ジェマも交えて家族5人水入らずの時間を作りたい、とも考えている。
ヨーロッパは日本などより遙かに職場環境や育児関係の休暇や手当は進んでいるだろうと思っていたが、彼らの育児休暇は無給らしい。それとも政府から子育て手当の支給が別にあるのだろうか? ドイツやフランスは『親手当』がかなり充実していると、20年も前に読んだり聴いたりしたことがあるが、イギリスはどうなのだろう?
日本は「進んだ」ヨーロッパを引き合いに出すことが多いが、このシリーズを読んでいると、やはり男性優位社会であることには変わりなく、必ずしも女性や子育てに優しい環境ではないように思える。
それはさておき、シャーロットを寝かしつけるダンカンが、瑞々しくも男親らしい感慨で胸一杯になっているシーンがとてもあたたかい。
“自分の手に重ねられた小さな手をみながら、ダンカンは思った。これほど愛らしいものを、いままでに見たことがあっただろうか。キャラメル色をした小さな手は自然に丸まっている。爪がピンク色の真珠のようだ。つくづく不思議な感じがする。こんな可愛い子が、自分の人生に突然あらわれてくるなんて・・・・”
シャーロットを眺めながら、キットの幼い時代を見逃してしまったことを残念に思うダンカン。シリーズ始めのころは、バツいち独身のちょいと軽めの良い男風だったが、夫として父親として、発展途上とはいえすっかり人間的に落ち着いた懐の深い男になっている。改めて、彼が本当に上質な人だと感じる。彼の両親もとても素敵な人達である。育ちの良さ?品位?頭の良さなのだろうか。
そして、ダンカンがそんな人間だからこそ、の今回の話。
なぜチャイルズ警視正はこの事件の捜査にダンカンを投入したのか。警視正の真意はどこにあったのか。この事件の収まるべきところを、チャイルズはどう考えているのか。
警察の幹部による連続犯罪がある。犠牲者も警察内部の人間。相手には強大な権力があり、まともにぶつかれば自分のキャリアが真実と供に握りつぶされる。その危険を冒すことができるのか。
一方で、被害者の『犠牲』の受け止めかたも、それぞれだった。泣き寝入りをしたもの、おそらくは黙っていることと引き替えに昇進を手にいれたもの、そして殺されるまで激しく抵抗したもの。
同じ被害者だからといって、必ずしも助けあったり、協力しあえるわけではない。被害を受けた側にも諦めや打算や利害が働く。登場人物それぞれに感情が渦巻き、理性のたがが外れたところで次の犯罪が起こる。人間関係が単純ではないところにリアリティがある。
事件の舞台は再びヘンリー・オブ・テムズからハンブルデン・ロック(『警視の秘密』)。
ダンカンが捜査を命じられたのは、テムズ川で起こったスコットランドヤードの女性警部の溺死事件。当初は事故の可能性も考えられたが、ボート競技のオリンピック級の選手であった彼女が、知り尽くしているはずのテムズで溺死するわけがない。そして、彼女の競技用ボートと遺体に残された痕跡はあきらかに殺人を示唆していた。やがて、彼女が警察幹部によるレイプの被害者であったことが明かにされる。
真相を解明してほしい、という警視正の言葉とは裏腹に、事件を世間から隠蔽したいという言外の圧力を受けるキンケイドのひりひりするような危機感。ジェマから、自分も被害に遭った可能性があったこと、間一髪で未遂に終わっていたことを打ち明けられたダンカンは、決して許すことができない、と腹を据えて真実の追究に乗り出すのだが。
ダンカンが、だんだん危険な領域に入り込んでいくようだ。事件はひとまず解決をみたものの、このままでは済みそうにない。
警察内部の腐敗や、臭いものにフタをしようとする体質に、これからメスが入るのか、シリーズはそちらの方向に進んでいくのか、先行きが気になる。
ここまでの8話分はまだ未読なのだが、今回のチャイルズ警視正の言葉で、ダンカンが警視正の懐刀であることがわかる。
そして、ジェマが恋しくて熟睡出来なかった 4脚の天蓋付きベッドはもしかしたらコレ?(笑) |
“ロンドンまで帰ってきた。いったん家に帰ってポール・スミスのグレーのスーツに着替えた。ワイシャツは白、ネクタイは紺色を選んだ。キンケイドにとって、これが最強の防護服だった。”
相対するチャイルズ警視正も、ダンカンの覚悟を受け止める。
“「きみか」チャイルズは両手を合わせて三角形を作った。「ずいぶんかしこまった格好をしてるな」キンケイドの全身を眺める。「いいスーツだ。適度に保守的なところもいい。だが、それを着てきたということは、わたしが困るような知らせを持ってきたということか。まあ、座ってくれ。」”
ポール・スミスのグレーと紺のネクタイの組み合わせは発見できなかったので、あとは脳内で補正を。モデルの顔もご随意に。服装で会話できる、というのも文化だよねえ。ちなみにセミーオーダーで16万〜
かなうことなら旦那に作ってあげたいが無理。自分もこっそりポールスミスのダークグレイのレディーススーツを着て、ひそかにペア気分を味わいたい(もちろん、ダンカンとだ。しかし、これもダイエットしないと無理!)
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