2021年9月14日火曜日

0294 コロナの時代のわれら(単行本) 

書 名 「コロナの時代のわれら」 
原 題 NEL CONTAGIO」2020年
著 者 パオロ・ジョルダーノ 
翻訳者 飯田 亮介 
出 版 早川書房 2020年4月 
単行本 128ページ 
初 読 2021年5月15日 
読書メーター    
ISBN-10 4152099453 
ISBN-13 978-4152099457

 以前、前任者からBCP(事業継続計画)の策定ができていない、と課題として引き継いだ。東日本大震災の教訓として、早急に定める必要があったが、多忙を極める職場で、代々問題意識だけを後任に渡してきていた。私も結局BCPの策定には手が出せなかったのだが、関連資料を集めながら、地震などの自然災害だけでなく、いずれ流行する可能性の高い高病原性新型インフルエンザの対策も必要であることを意識した。とにかく災害備蓄食料を見直して整備するところまではなんとかこぎつけた。というのが前々職場で5年位前の話。
 その頃、自分の自宅は、これも東日本大震災の教訓として、すでに災害対策の諸々の備蓄をしていたが、これに加えて最低一ヶ月は自宅に籠城できる食料備蓄(コメやミソ、保存のきく粉もの類や缶詰など)、飲料水、ポカリスエットの素、ビタミン剤、総合ミネラル剤などに加えて、一家4人×一日1枚×2ヶ月分のサージカルマスクも少しずつ買い足しながら備蓄に加えた。マスクは花粉症持ちが家にいるので、常時需要はあった。(トイレットペーパーはもともとネットで大箱買いしていたので、2ヶ月分位の備蓄がだいたいいつもあった。)
 中国で新型肺炎が流行している、とマスコミで話題になり始めたとき、これは始まるな、と予感がして、まだ店頭に溢れていた不織布マスクをさらに買い足した。翌週にはマスクが街から消えたが、トイレットペーパーまで無くなるのはちょっと予想外だった。家には買い置きが沢山あったが、質の高いマスクがいつ、再度店頭で手に入るようになるかわからない不安から、半年ほどは、不織布マスクを洗濯して再利用もしていた。(ちなみに我が家で備蓄していたのは3Mのサージカルマスクだった。これは未だにネットでも手に入らない。)
 そんな感じだったので、マスクが手にはいらなくて困っている友人に、数箱づつ分けたりする余裕があったのはよかった。

 この本が2020年4月に世にでてから、ちょうど1年と半年が経過したが、いまだこの本の中身は過去のものではない。ウイルスという新たな脅威に直面したとき、人々はどのように困惑し、拒否し、見当違いのものに縋り付き、時間を無駄にし、その結果死者を増やすのか。
 日本の国内でも、多くの人が淡々とワクチン接種を遂行し、うがい手洗いマスクを励行し、他人との接触を避け、自分も他人も害さないように注意深く辛抱強く日常を送っている一方で、いまだにワクチン懐疑派や、イベルメクチン信奉者、NOマスク活動家、コロナは陰謀派などの魑魅魍魎がうごめいている。もともとナチュラルでスピリチュアルなワクチン拒否派は一定数いたので、それが核になっているようにも、取り込まれているようにも見える。

 新型感染症の流行自体は予測可能なもので、問題はそれがどれだけ人間に悪さをするかということだろう。たとえば、2009年には豚由来のインフルエンザウイルスA(H1N1)pdm09世界的に流行したが、同年秋までには当初怖れていたほどの致死性はないことが判明し、季節性インフルエンザと同様の扱いとなった。今、最も怖れられている高病原性インフルエンザの致死率は20%程度と見込まれていて、もしこれが流行したら、犠牲者はいまの新型コロナの比ではない。ただし希望もある。昨冬、コロナ対策による三密防止を徹底していた日本では、インフルエンザの流行はほぼゼロだった。つまり、コロナ対策はインフルエンザにも通用するということだろう。私が当初から新型コロナにあまりパニクっていないのは、もともと強毒性新型インフルの出現を怖れていたからだ。
 昨日の統計で、日本のワクチン接種率はアメリカに並んだ。しかし当初80%の人が免疫を持てば社会免疫を獲得する、と言われてきたのに、伝播性の強いデルタ株の登場のおかげで、80%では流行を抑制できないらしい。接種率90%以上が望ましいが、それは難しいので85%を目指し、生活様式による予防と組みあわせる、というのが東京の方針のようだ。東京は第5波をついにやり過ごしたところだが、冬場に訪れるであろう第6波に向けて、さらにワクチン接種を進める必要がある。でも、急激な第5波の収束を目の当たりにして、もしかしたら来春には、コロナは『ただの風邪』の仲間入りができるのではないか?という期待も持ちつつある。変異株との戦いはまだまだ続くが、これが新しい、コロナと共存する時代につながっていく。それまでは、自分が感染しないように気をつけながら、新しい生活様式を受け入れて生きていくことを一人でも多くの人と共有したいと思う。

『このように感染症の流行は、集団のメンバーとしての自覚を持てと僕たちに促す。平時の僕らが不慣れなタイプの想像力を働かせろと命じ、自分と人々のあいだにはほどくにほどけぬ結びつきがあることを理解し、個人的な選択をする際にもみんなの存在を計算にいれろと命ずる。感染症の流行に際して、僕たちは単一の生物であり、ひとつの共同体に戻るのだ。』p.42


 

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