2020年8月28日金曜日

0219 志願者たちの海軍

書 名 「志願者たちの海軍」 
原 題 「The Volunteers」1985年 
著 者 ダグラス・リーマン 
翻訳者 高永洋子
出 版 早川書房 1990年4月

 カナダ人の予備役大尉で航海長のフレイザー、警察官から海軍入りして小型艇に乗り組みたかったアイブス、掃海艇乗務から機雷除去のエキスパートになって、聖ジョージ勲章まで受けたアランビー。志願の動機は生き甲斐、やりがい、はたまた生存戦略。3人の男達が集ったのはオールダンショー少将麾下の特殊部隊『ブロザローの海軍』。
 ハスキー作戦の前哨戦から始まり、Dーdayを経て終戦までを闘い抜く、戦争が日常の男達の群像。どこか薄幸そうだったアランビーは恋人を喪いついに報われず。酷薄な陸軍士官の描写にリーマンの海軍びいきがちょっと鼻につくのは仕方ないか。フレイザーは少佐に昇進したのに、アランビーが置き去りなのは可哀想ではないか。主役に甘く、脇役にとことん薄情なのもリーマンのお約束? 今回の女性は、婚約者を喪った女性(婦人部隊大尉)と、その部下の、弟を機雷処理の失敗で喪った婦人部隊員。機雷処理に当たっていたのはアランビー。「あなたは逃げられたんですね」との言葉に打ちのめされるアランビー、そしてその上司のリンに唐突に一目惚れするフレイザー。ちと唐突過ぎるけど、一目惚れもリーマンの作風と言えよう。

2020年8月23日日曜日

0218  燃える魚雷艇

書 名 「燃える魚雷艇」 
原 題 「A Prayer for the Ship」1958年 
著 者 ダグラス・リーマン 
翻訳者 中根 悠
出 版 徳間文庫 1988年2月

 記念すべきリーマン処女作。さすがに若い頃の作だからか、翻訳の違いなのか、描写が丁寧。
 主人公クライヴ・ロイス中尉、志願予備役でなんと任官3ヶ月目の20歳!このまだ未熟な中尉が魚雷艇に着任するところから始まり、一人前の魚雷艇艇長に成長するまでを、もちろん恋愛付きで、懇切丁寧に描写してます。
 彼が尊敬するハーストン艇長もまた若い。23歳。ですがすでに歴戦の勇士の貫禄を備え、ロイスを導き、艦を指揮する。小さな魚雷艇のこと、士官は艇長と先任の二人のみ。あとは下士官と水兵。つまり、ロイスは初心者なれど先任士官なのだ。激しい戦闘の中で、ハーストン艇長がロイスに艇を託して絶命。その後ハーストンには一人妹がいたことが判明。もちろん、ロイスにとって忘れられない女性となる。後任の指揮官はカービー少佐でこれが教条主義のイヤなやつ。カービー指揮下で闘う中で、ついに被弾し艇を喪う時がくる。ドイツ軍トロール船を道連れにしたものの、ロイス自身も重傷を負って死にかける。ここまでが前半。
 救助→治療→回復の過程の描写も丁寧で、後のリーマンが用いる、断片的に情報を提供して読者の想像にぶん投げる手法はまだ見えない(笑)。

 さて、後段は、百戦錬磨の魚雷艇乗りとして自艇を操るロイスの活躍と、恋愛模様。大尉に昇進し、殊勲賞を受け、最新のフェアマイル型魚雷艇を預かる艇長としての成長が語られる。
 ハーストン艇長の妹ジュリアと恋仲になり、クリスマスにジュリアを乗せてちょっとした冒険もしたりして。ドイツ駆逐艦やEボートとの激しい戦闘。港への帰還。突堤で入港してくる艇隊を見つめるジュリア。再会と抱擁。
 処女作とはいえ、やはりリーマンの全てが詰まってました。(正し、不倫と未亡人をのぞく(笑))。なにしろ主人公達が若いから!青春モード全開でした。

2020年8月16日日曜日

0217 AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争 (光文社新書)

書 名 「AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争」 
出 版 光文社新書 2020年7月 
初 読 2020/08/16
 読むというよりは見る。
 戦前のモノクロ写真をデジタルと関係者の証言でフルカラー化。とても綺麗、というだけでなく、今まで“歴史の彼方”にあるかに思えていた戦争が、にわかに地続きになる。臨場感を持って甦った戦前ー戦中の写真。写真のそこここにいるのは、正に私達だ。
 モノクロだと歴史の彼方に隔絶された感じがする戦争が、にわかに身に迫ってきた。圧巻だったのは真珠湾で爆発する駆逐艦。胸につまったのは子供と女性たちの笑顔。
 戦争など遠い昔だとつい感じている人に是非見てほしい。

2020年8月15日土曜日

0215ー16 神の棘 Ⅰ・Ⅱ

書 名  「神の棘Ⅰ」「神の棘Ⅱ」
著 者 須賀しのぶ
出 版 新潮文庫 平成27年7月

 戦後75年という節目だからであろうか、書店で平積みになっていて、この露骨にナチスな表紙に興味を引かれた。
 最初はこのテーマ、この歴史を日本人が、というか、彼ら自身以外の者が書いてよいのか、と戸惑ったのも事実。キリスト教という信仰、教会の保身と腐敗、第一次大戦後のドイツ社会の混乱、ナチスに身を投じた人間の内情、性的禁忌、ユダヤ人迫害、レジスタンス。勝者が敗者を裁くニュルンベルグ裁判。
 どこにも正義などははなく、通底するのは人間の弱さと、自己保身だ。宗教者ですら例外ではない。人間同士の争いは壮大に皮相で、醜く、救いがない。それにしても、このテーマを、アルベルトとマティアスに託して書き切った須賀しのぶ氏に敬意を表する。そして、だ。SSでありながらレジスタンスとの関わりを疑われ、ゲシュタポに捕らえられて拷問を受ける羽目になったアルベルトの絶叫を聞かされて読者は上巻を置く羽目になり、もはや下巻を手に取らざるを得ない、というストーリーテラーぶりにも敬服する。

 アルベルトの人生の、彼の思想の核となったものは、ザーレムでの幸せな数年間で与えられた教育だったのだろうか。
 ただ常識やルールに従い、自らの思考を放棄することを是とせず、是非を自分で判断し、正しいと思ったことを行動に移す、真に独立した自由意志を持つ自我を確立した近代市民たれ。
 アルベルトの生き方は、ある意味ザーレムが目指したであろうドイツ市民の姿を体現しているのではないか。

 しかしかの時代に生まれた人間の宿命として、その魂と意志は、SSの制服の内に注がれることとなり、愛する女性を守るという一念がその行動を律することになる。どれほど強く高い意志と決意を持っていても、巨大な歴史の流れの中では抗いがたく流されるしかない。それでも、抗うことのできない現実の中で行った自分の一つ一つの選択を、紛れもなく「自分の意思」の結果として、その責任を負おうとするアルベルトの姿に胸が苦しくなる。

 アルベルトとマティアスの違いは、自分自身の力で守るべき者を持ったか持たないかの差であり、それ以上に、「自分自身の力で」と言ったときに、選択や決定の一番奥底の部分を信仰にゆだねる、といういわば逃げ道を持ったものと、持つことを拒否したものの違いだ。
 その逃げ道を、人間の魂に必要なものであるとして、その逃げ道を持つ事が人間の真の幸福であると、ある意味人としての弱さを受け入れているマティアスと、それを受け入れることを拒否し、あくまでも個人の力で屹立することを望んだアルベルトには、根本的な断絶がある。
 アルベルトの拒絶は、人の弱さを存在の基盤とする宗教と、その「許し」を専売特許として世俗化した教会という組織の悪を暴くものであるし、自分の弱さを「自分の問題」として正面から受け止めようとする強さと、「人間の問題」に一般化して、全体に共通するものとして転嫁する弱さの対比でもあるように思える。
 その様な強さを貫いたアルベルトが、マティアスになりたかった、と最後に語ることで、また、世界が転覆する。神に愛される「弱い人間」であることを許されたかったのだ、ということは裏を返せば「親に無条件で愛される子供でありたかった」という、とアルベルトの人生の過酷さの証として私は受け止めたが、それはアルベルトの内心で、どのような意味を持っていたのだろう。人が様々な思いと記憶と自分の内側に閉じ込めたまま、死んでいき、その記憶は決して人に知られることはない。そうやって死んでいった無数の歴史の証人や市井の人々にも思いを馳せざるを得ない。

2020年8月9日日曜日

0214  起爆阻止

書 名 「起爆阻止」 
原 題 「Twelve Seconds to Live」2002年 
著 者 ダグラス・リーマン 
翻訳者 高沢次郎 
出 版 早川書房 2004年3月

 リーマン御大80歳、35作目の作品で、年寄りの昔語り宜しく筆の遊ぶまま悠々自適な書きっぷりである(笑)。細かく時間を刻んで話が前後するので読んでいると迷子感が半端ないが、とりあえず面白い。
 主人公デイヴィッド・マスターズ少佐は老成して見える29歳。
 時折触れる頬の傷跡。元潜水艦乗り。かつて新造艦の指揮官として出航、港の鼻先で初潜行しようとしたその時、触雷して艦が沈没。まだ艦橋にいたマスターズは海に投げ出されて助かったが、部下は全員が艦と運命を共にした。一人生き残った罪悪感。喪ってしまった初めての指揮艦と年若い部下達。港は掃海してあったはずだった。
 死んだ部下達への贖罪から機雷処理の道を選び、危険な現場で働く部下達を常に思いやり、時には体を張って守る。マスターズはそんな人。
 もう一人の主人公は現部下のモーターランチの艇長フォーリー。そしてもちろん恋愛もある。だってリーマンだし、必需品なのだ。フォーリーの恋人はマスターズの潜水艦で死んだ乗組員の妹で、マスターズの運転手を務める婦人部隊員。マスターズだって当然恋愛する。だってリーマンだから。さてそんなマスターズが陸から海に戻った命がけの特殊任務。ラスト、主人公は死なないリーマンだと信じていたのに海に浮かんで動かないマスターズの描写に胸がきゅっとなる。
 後段、フォーリーは昇進し最新型の機雷敷設艇の艇長に。彼はマスターズの部下なのだが、マスターズが特殊作戦に組み込まれたため、ラスト数ページに至るまでほとんど作中での絡みがない。あそこにフォーリーの艇がなければ、マスターズは間違いなく死亡してたはず。いろいろと語られていない部分も含め、全部リーマン御大の頭の中ではうまく収まってるんだろうな、と感じる。それでもマスターズが滅法格好良いし、フォーリーも頑張ってるし、とにかく面白かった。
 原著のTwelve Seconds to Liveは、機雷の雷管が作動してから爆発するまでの設定時間のこと。ドイツの機雷は一番爆破の効率が良いとして12秒に設定されていたとか。もし機雷が作動してしまったら、この12秒で全速力で逃げ、物陰に身を伏せなければならない。そうそう上手くいくわけではなく、多くの機雷処理士官と兵士が、命を落とした。リーマンが繰り返しテーマに据えたモチーフである。

2020年8月6日木曜日

0213  国王陛下のUボート

書 名 「国王陛下のUボート」 
原 題 「Go in and Sink!」1973年 
著 者 ダグラス/リーマン 
翻訳者 高永洋子
出 版 早川書房 1985年10月

 なんと、英国軍艦Uボートである。英国にとっての幸運と、ドイツにとっての不運が重なり、ほぼ無傷で、拿捕されたUボート。ドイツはこの潜水艦が沈んだとは思っていても、英国に獲られたとは知らない。この僥倖をどう利用すべきか。
 作戦は、大西洋、太平洋を荒らし回るUボート群の補給を担う大型補給潜水艦〈ミルヒクー〉を沈めることから始まる。抜擢されたのは、歴戦の潜水艦乗りスティーブン・マーシャル少佐。
 さてとりあえず今回の据え膳、死んだ親友の妻ゲールがダメだ。地中海で夫の指揮する潜水艦が消息を絶つ。おそらくは機雷。後から帰還したマーシャルが弔問に訪れた時にはすでに再婚して転居済み、相手はエリート士官のシメオン中佐。それなのにマーシャルを呼びつけて、死んだ夫ビルと結婚したのはマーシャルが結婚してくれなかったから、今も私、あなたが好きなの。でも私は家庭が欲しかったのよ。それってそんなに悪いこと?だから今の夫と結婚したの。でもあなたがその気なら・・・・って、なんだこの女?こんなすえた膳食ったら腹壊すって。
 でも、ご安心あれ。ホントのヒロインはもう一人の方。亡命フランス人だが、フランスに残った夫がドイツ軍に協力して新形兵器を作っているらしい。夫と接触し、情報を得るためにマーシャルのU−192に乗って、イタリアへの潜入を図る。今回色事は控えめなれど、英雄気取りはいらないって散々言ってるくせに、彼女を助けるために上陸作戦に及ぶ潜水艦の艦長ってどうなの?でもまあ、これは戦記ではなくて冒険小説だから。。。
 生意気な気取り屋航海長が戦闘中に死ぬのもリーマン的お約束。シメオンとはマーシャルが中佐に昇進して、部下ではなくなった途端に、腕力でぶちのめし、ある種の理解に達したようなのは良かったのか。シメオンの方がどう考えても先任だろうに、階級がそろった途端に殴るはタメ口になるは。行儀の悪い艦長だよ。
 とにかく、ハヤカワにしては珍しくもタイトルで成功していると思うこの一冊。『国王陛下』で時制もOK、意外性でつかみもOK。英国軍にもその存在を知られず、ひとたび海にでれば、英国軍からドイツ軍からも攻撃されかねない、というまさに四面楚歌な状況下で、この見た目も恐ろしい、かつては宿敵であったはずの自艦を愛すべきか、当初気持ちを扱いかねていたマーシャルのラストの台詞が効いている。
 激しい戦闘で回復不能な損傷を受け、微速で航海するU192。放棄するか曳航するか、との英駆逐艦からの問いかけに
 〈国王陛下ノU192ハ、艦隊二復帰スル〉