2023年9月10日日曜日

介護日記的な・・・その1 '22年8月〜23年9月

 実家の母が独居になって、はや22年(?)。
 父が亡くなったのがうちの長男が生まれた年だから、ムスコの年齢=母単身生活の年数。
 長年、病弱な父の在宅生活を支え、家族の経済を支えてきた人で、まあ、母の関心と心配の対象はほとんど父が占めていたと思われるので、私とは比較的、心理的には距離があるというか愛着形成に問題があったようななかったような。
 父は一日一回の処置(我が家では包帯交換、と言っていたけど、どっちかってーとガーゼ交換かな)が必須な人だったので、長年、母が単身で外泊することはまずなく、おまけにずっとフルタイムで仕事をしていたので、その分、父が亡くなった後しばらくは、糸の切れた凧みたいに、あちこち楽しそうに海外旅行に出歩いていた。そんな風に活動的だったのも、70代までで、75を過ぎたあたりからだんだん本格的に高齢者っぽくなってきて、大きな駅の改修工事(横浜駅のSF的なやつとか、渋谷駅のとか)に頭が追いつけず、電車の乗り換えが難しくなって、一人で娘(私)の家に来ることも間遠になり、そうこうしているうちに新型コロナ流行が始まって、いろいろと社会生活や行き来が制限されているうちに、昨年夏、おそらくは夏場の脱水症状がきっかけになって一気に認知症が進んだ。

 慌てて認知症外来をやってる精神科と、脳外の専門病院でMRI検査なんかもやって、付いた診断は「アルツハイマー型認知症」で、中程度まで進んでいる、とのことだった。細かい説明は忘れたところもあるけど、前頭葉はあまり影響が見られないけど、頭頂部の脳は萎縮していて、海馬の周りも細ってる、という話だったと思う。

 母はもともと体が丈夫で姿勢もよく、足腰がしっかりしている人だったので、きっとどこまでも歩いていってしまう呆け老人になるだろう、とは以前から思っていたが、幸いにも、見当識障害は今のところそれほどでもなく、家から数百メートルのスーパーに買い物に行くくらいなら、真っ直ぐ行って、真っ直ぐ帰ってくることはできるし、それほど外出する方でもないので、近所で迷子になる、という事態は今のところ、起きていない。一方でバスの乗り方や、最寄りの駅のことは忘れてしまったので、家の周囲で迷子になるのも遠い未来ではないかもしれない。念の為、自治体でやっている認知症高齢者情報には登録して、迷子タグ(QRコード)も作った。
 冷蔵庫の中は、大量のハムとか牛乳とか卵や納豆が何パックも入っていたりするのはご愛敬。定期的にこっそり整理している。

 昨年の夏、受診に先行して、(もはや認知症であることはほぼ確実だったので)地域包括ケアセンターに相談し、早々にケアマネを紹介してもらい、診断と同時に要介護認定を申請。地域の資源を検討し、いずれは利用することになるであろう特別養護老人ホームを見学し、幸い最寄りの認知症デイサービスを併設している特養がとても信頼できたので、デイサービス通所も週2日からスタートした。

 ADLが完全に自立しているのと、「片付け魔」でとにかく家の中を片付けずにはいられない性格故、家の中がじつに「きちんと」して見えるため、要介護度は1で認定された。

 実際には、ありとあらゆるものをどこかに仕舞ってしまうため、必要なものが次々に行方不明になるし、「火事が心配」といってはあらゆるコンセントを抜いてしまうため、携帯電話も電話の子機も、クーラーも炊飯器も使えないし、うっかりすれば見守りカメラの電源も抜かれてしまうし、ご飯を炊いたことを忘れて炊飯器のコンセントも抜いてしまうので、炊飯器の中でご飯は腐るし、もしかしたらそれを食べていたし、ましてやご飯のおかずを用意するのも論外で、主治医には「そろそろ施設を考える頃合い」とまで言われるのに、要介護1では、できることはあまりにも少ない。

 認知症高齢者の一人暮らしをどこまで支えることができるか。
 
 母は、家が大好きだし、母が自分で購入し自分でローンを払いきった自宅であるからには、やはりできるだけ長く住まわせてあげたい、と思う。私は、母とはそれほど親密ではなかったが、それでも、戦中生まれで、戦後の大変な時期に成長し、病弱な父と結婚して、多少難はあろうが(?)、いわゆる「女手一つ」で家庭を守り抜いた人であれば、惨めな老後で人生を締め括らせたくはない。できるだけ、本人が“悠々自適”と感じられる生活を長く続けさせてあげたいし、施設に入れるのは、本人があまり“判らなく”なってからの方が良いと思っている。

 そんな事を考えながら、まず、生活を整えるためにしたことは、
① 見守りカメラの設置。
② お弁当(夕食)の宅配をスタート。
③ 認知症高齢者デイサービスへの通所をスタート。
④ 金銭管理と盗まれたら困るもの、預金関係のもろもろの預かり。〈詐欺対策〉
⑤ 無くされたら困るもの(保険証など)の預かり。(保険証については、時たま本人が通院を思い出したときに探し回るので、後でカラーコピーでダミーを作って、母の引出しに戻した。)
⑥ 本格的な次の夏が始まるまえに、エアコンを2台更新・1台新設し、すべてスマホで遠隔管理できるようにした。コンセントは抜かれないように壁に埋め込むか、カバーをつけてアロンアルファで強力接着。(昨年は、暑さ/寒さが判らなくなり、エアコンもつけない部屋を閉め切り、30度を超える室内で過ごしていて、おそらく認知を悪化させた。)
⑦ それでもエアコン本体での室温管理が難しく、スイッチボットの温度計も追加で設置し、居間と寝室の室温管理を徹底。スイッチボットは思いのほか使い勝手が良かったので、ついでに、2台目の見守りカメラも導入した。

 デイサービスは、2日から、3日、4日と増やして、できるだけ日中はデイで見守りしてもらい、一人では出来なくなった入浴もお願いをしているが、この時点で、要介護1では足が出るので、足りない分は全額自費負担になる。しかし、背に腹は代えられないし、とにかく一人ではまともに食事の用意ができないので、この夏から、ホームヘルパーも導入を開始した。
 しかし、デイのお迎えもホームヘルパーも毎度『初対面』状態で、あなた誰?から始まるので、プロとはいえ、ご苦労が忍ばれる状況である。

 私がしているのは通院同行、月1回のケアマネとの打ち合わせ、週1で泊まりがけで様子を見に行きがてら、一週間分のご飯を炊いて、一食分ずつジップロックの保存容器で冷蔵庫に保管。すぐに食べられる果物、日持ちのする惣菜などを冷蔵庫に補充するなど、おもに食事に関することが中心なのと、郵便物や各種請求書などの対応。

 最近は、金曜日の夜に職場から実家に直行し、土曜日に自分の家に帰ってくる、というパターンが定着している。それ以外には、常時監視・・・・ではなく見守りカメラで様子をみつつ、ここぞというところで電話を入れたり、朝、電話を掛けて起こしたり、薬を飲むように声かけしたり。デイサービスの担当さんと電話で連絡を取り合ったり。
 エアコンの入れ替えにしても、お弁当の宅配にしても、新しいことを導入する場合には、それこそ一日何回も電話で説明したり、見守りカメラで動向を確認したり、と手間は計り知れない。
 仕事中もしょっちゅう携帯をチェックしているので、さぞかし勤務態度の悪い職員だと思われていることだろうが、上司と、近い同僚には「介護休暇で休まれるよりはマシ」と認識されている、と願っている。

 母と相対して、気を付けているのは、「常に楽しそうにしている」こと。
 表面的には良く分からなくても、いろいろと物がわからなくなったり、出来なくなってくる不安を、本人は抱えている。こちらのイライラや不安は如実に本人の状態を悪化させるので、とりあえず「笑う」。失敗して思わず怒ってしまったりしても、最後はとにかく「笑って」収める。
 無理強いはどうせできなので、とにかく説明と説得を繰り返す。5分前と同じ話だろうが、何十回でも繰り替えす。
 一方で、何かあってもだいたい30分もあれば忘れちゃうので、こちらもあまり気にしない。
 でも、それで済んでいるのも、まだ、許容しきれない問題行動、というほどのものが少ないから。これから状態が進行していったときにどうなるのか、不安は尽きない。
★参考
見守りカメラの徹底比較サイトhttps://my-best.com/1771
見守りカメラ1代目はラムロックを選定。携帯電話の通信を使うので、通信料が毎月発生するのが難だが、通信の安定性はバツグン。コンセント接続が必要なのと、自動首振り機能は無いので、コンセントの位置と、カメラの画角と見守りたいエリアとの折り合いが付けば、それなりに使い勝手は良い。
   
スマホでエアコンのオンオフ、室温管理をするために、Switchbotを導入。
これは、相当に使い勝手がよい。Wi-Fiが必要。

実は、頻繁に録画を確認していると、ラムロックは通信量が相当嵩むので、Switchbotのカメラ運用が軌道にのったら、ラムロックは解約しようか、とも思った。しかし、そうすると一台のWi-Fiルーターに情報を頼ることになり、もし何らかの原因でWi-Fiの接続が不安定になった場合、まったく室内の情報をとれなくなってしまう。 という状況に、設置して早々に遭遇したため、当面見守りカメラはラムロックとSwitchbotの2台体制でいくことにした。 そのうち、運用を見直す可能性はある。

読書用ブログにこの記事ってどうよ、と思わなくもないが、どこかに記録を残しておきたいという気持ちもあり、そして「日記」をつけられる性格でもないので、ひとまずブログ記事にしておくことにした。

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