2024年9月16日月曜日

0504 人魚は空に還る

書 名 「人魚は空に還る」
著 者 三木 笙子    
出 版 東京創元社 2008年8月
単行本 231ページ
初 読 2009年12月
ISBN-10 448801738X
ISBN-13 978-4488017385
《文庫》
出 版 東京創元社 2011年10月
文庫 ‏ : ‎ 298ページ
ISBN-10 4488421113
ISBN-13 978-4488421113

初読は2009年なので15年ほど前。彼女の「世界記憶コンクール」が出版された時にたぶん、同時に読んでいる。実は「世界記憶コンクール」の方を先に読んだ記憶があり、そっちの方が先に刊行されていたと記憶違いをしていたが、この「人魚は空に還る」が三木笙子さんのデビュー作である。
 三木さんは、明治時代の風物やとくに職業や産業の様子を詳しく書かれるので、この本を読んでいると、時代設定が明治のいつ頃なのか、明治はどういう時代だったのか、当時どれほど早く、東京という街が発展したのか、などなどいろいろと知りたくなってくる。そんなわけで、明治時代の年表やら、とくに活版印刷や西洋出版の発展がどのくらい早かったのか、やらをいろいろと調べながらの読書になった。(それらは別のノートにまとめる予定。)なにしろ、先日『小公子』を読んだ際に、かの小説が明治13年(1880年)には日本で翻訳され、雑誌に連載されていたと知って、驚愕したことろだったので。
 なお、この本の5章「何故、何故」で登場する絵双紙のように、この国では江戸時代からすでにカラー刷りの読み物の文化があり、明治の頃の雑誌も、当初から表紙はカラー印刷が多かったようだ。だからこそ、礼の絵の需要もあると言うもの。
 登場人物は、絶世の美男で、美人画を得意とする超絶売れっ子絵師である有村礼と、その友人であり(ほとんど下僕(笑)状態の)雑誌記者、里見高広、という二人の良い男。短編連作である。
 作品の中の既述から、時代が明治40年代初めであることが判る。

京都工芸繊維大学が2019年に開催した展覧会の
チラシ。草の根のアール・ヌーヴォー 明治期
文芸雑誌と図案教育』
 有村礼はコナン・ドイルのシャーロック・ホームズに耽溺しているが、自分では英語を読めないため、高広に逐次翻訳して読み聞かせてもらっている。その代わり、高広の勤める雑誌に格安で表紙絵や挿絵を描いてやっている。高名な絵師である有村礼が、弱小出版社に格安で絵を描いてくれている、という一見割にあわない取引に初めは引け目をかんじていた高広だったが、やがて、礼から友人と見做されていると知り、だんだん二人の関係も馴染んでくる。
 しかし、礼のほうでは、巷間で事件が発生すると、高広にホームズ役になって事件を解決することを要求し、自分はワトソンを気取る、というのが高広にとっては困りもので・・・・ホームズパスティーシュとも言えるかな。
 
第1話 点灯人
 高広の勤める雑誌社(至楽社。といっても、人員は社長兼編集長の田所と記者の高広のみ。)に、尋ね人の広告掲載を求めて小学校4年生の少女が訪れる。行方が知れないのは彼女の兄、府立第三中学(旧制中学なので、現在だと高校生)16歳。ちなみに旧制府立第三中学は、現都立両国高校。
 ※当時の学制は、尋常小学校6年→中学校5年→高等学校3年(大学予科・現在の大学一般教養課程に相当)→大学という流れ。
 彼女の兄である森恵(さとし)は、素晴らしい彫刻の才能を持っていて、最近広告図案の公募で一等賞をとり、大金の賞金を手にしたばかりだった。高広は、編集長で有る田所の安請け合いで、人捜しをすることになる。

第2話 真珠生成
 金魚売りから買い求めた金魚鉢の鉢底石の中から、大粒の真珠が見つかった。それは先頃、老舗の真珠店である銀座の美紀本店から盗難した、三粒の真珠のうちの一粒だった。美紀が残る二粒の真珠の行方に懸賞金をかけたことから、世間は俄に真珠探しに沸き立つ。そして、なぜ、どうやって真珠が盗まれたのか、たまたま、真珠の盗難に高広の父が居合わせたこともあり、高広と礼は真珠の行方を追う。
 「真珠」の持つ美とはなんなのか。美の価値とはなんなのか。未熟な人間である自分は、いつか、そういう美しい価値を身に纏うことが叶うのか・・・・
 謎解きよりも、そのような希求が、胸にくるものがある。

第3話 人魚は空に還る
 浅草の見世物小屋にかかった芝居が世間の評判を攫う。なんとしたら、生きている人魚を展示する芝居だったからだ。やがて、人魚の不老不死伝説にちなんで、「人魚水」なる化粧水が飛ぶようにうれるようになり、あろうことか八百比丘尼伝説を信じ込み、人魚を食わんとするものまで現れて・・・・
 人魚は空に還りたい、と望み、アンデルセンの童話のように、海の泡ならぬ空の泡になる。

第4話 怪盗ロータス
 芸術品を好んで盗み、その現場に小さな睡蓮の木彫りを残すことから巷で『睡蓮小僧』と名付けられた盗賊はその命名がいたくお気に召さず『怪盗ロテュスと呼びたまへ』と新聞社に手紙を寄越した。フランス語のロテュスはさすがに呼びにくいので、英語読みにして『怪盗ロータス』と呼ばれるようになった一風変わった盗賊は、まるでアルセーヌ・ルパンのよう・・・。
 怪盗ロータスと検事の安西、初出。

第5話 何故、何故 (文庫・電子書籍のみ掲載)
 文庫化されたときに追録された小品。ボーナストラックみたいなもの? 高広は礼とともに、礼の大叔父である絵師、歌川秀芳の住まいを訪ねる。元は武家の長屋だったという叔父の新しい住まいは大川端にあり、その居間からは川面が見渡せるはずだったが・・・・・
 大叔父宅の川向こうの質屋で起こった盗賊騒ぎの顛末を、ついうっかり高広が推理する。

《追記》
 この人の小説を読んでいると、心を削るようにして文章を紡いでるのではないか、と心配になることがある。書いているご本人が、強く強く、物語を書く、ということに希求するものがあるのだと、その言葉や行間から感じるからだ。 
 一言に小説といっても、非常に職業的に、技術的に書いていると思える作家さんもいるし、心の奥底から魂を紡ぐようにして書いていると思える作家さんもいる。そういう作家さんの文章は、誠実で美しく、泣きたいほど優しかったりする。この繊細な作家さんは魂を削りすぎて、体調を崩してしまわないかと心配になる。どうか、元気でこれからも作品を生み出してほしいと願っている。

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