著 者 佐藤 さくら
出 版 東京創元社 2016年7月
文 庫 477ページ
初 読 2024年12月24日
ISBN-10 4488537022
ISBN-13 978-4488537029
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/124952360
第1回創元ファンタジイ新人賞優秀賞。
『ヴェネツィアの陰の末裔』からファンタジイ賞を遡って読んでいる。この作品は非常に力強く、完成度も高い。栄えある第1回の受賞作にふさわしいと感じる。
ただ、私好みの、世界観そのものの中に遊ぶハイファンタジーというよりは、どちらかというと「なろう系」というか、舞台はまさに「ナーロッパ」的だ。しかし、その世界に仮託して語られる物語は極めて現実的、かつ現代的でもある。民族差別、支配と服従、理解が及ばないものへの偏見。
その苦しさの中でもがきながら、失敗もしながら、嫉妬や自分の愚かさと向き合いながら、人としてどのように正しく生きていくべきか、ということを突き詰めていく、極めて切実な物語だった。
ストーリーの展開は、師弟、チート能力、訓練、友情、戦闘、友情、戦闘、挫折、友情、師弟、旅立ち、という感じなので、最初は読みながら、「ジャンプ漫画っぽいな」と思っていた。
作中の剥き出しの民族差別と、魔導師蔑視は残酷だし、物語中盤からは内戦が始まって戦記物の風情も加わり、戦闘と暴力は重く血生臭い。主人公ゼクスの苦悩には息がつまる。
正義を求めていたはずの解放軍が、生き残りを賭けてギリギリの選択をしているうちに、ついには無辜の住民虐殺に加担してしまう流れも容赦がない。
そんな中で、ゼクスの師匠であるレオンが登場する場面は、なんだかホッとする。レオンにはレオンなりの苦悩があるのだけど、それでもレオンはどこか癒やし系なのだ。ゼクスを育てて、手放した後も弟子を心配する一方で、力の無い自分を恥じ、死に場所を求めていたようなレオンが見つけた“生きる場所”が、ゼクスの隣だったことも必然。
言葉や場面を変えながら、繰り返し、「己が己である義務」を放棄してはいけない。「己が己であるために戦え」「常に最善を選び取る努力をせよ」「人のために尽くすことで、自分の存在が世界の中で意味も持つ」と語られる。
過酷な立場におかれたからこそ、自分の存在の意味を知りたい、と願い、人の役に立つことで自分が世界に受け入れられたい、と願う人たちの切望と葛藤がテーマではあるが、己が己であるということは、「誰かの役に立つこと」や「誰かに認められること」で得られるものではなくて、無条件に受け入れられ、愛されることによるのだと、師弟2人が体現している。
なお、延々続く差別と識字障害という設定は主人公の人格形成に重要な要素になっているけど、ディスクレシア設定はなくてもストーリーは成り立ったな、と思う。そもそも中世ヨーロッパ的な舞台設定なので、この時代背景でそんなに識字率が高いと思えず。「文字が読めないこと」がどれほど人格形成に影響を与えたものか、ちょいと疑問は沸く。
作品の語り口が、どちらかというと淡々としていて、夢中になれそうなのに、強引に読者を(っていうか私を)作品世界に引きずり込むような熱量が足りないことに若干の物足りなさはある。にしても、これが処女作なのだから、十分な力量を示していると思う。もちろん続きも全部読みたくなった。
以下、創元の人物紹介が実にあっさり目なので、忘備のために人物一覧作成。
【登場人物一覧】
レオン・ヴァーデン ラバルタのリール村で私塾を営む魔導士。禁忌すれすれの独特な指導
法をもっている。指導者として、また、魔導の知識と技術は超一級だ
が、いかんせん扱える魔力が少ないため、魔導士としての実力は『三
流以下』なのが、本人にとっては辛いところ。
ゼクス 強大な魔導の潜在能力を持つ少年。力を制御出来ずに抹殺されるとこ
ろだったが、レオンに託され、魔導の手ほどきを受け、魔道士になる。
ダリエシ レオンの弟子。〈鉄の砦〉の魔導士。
セレス・ノキア レオンの恩師。元〈鉄の砦〉の魔導士。負傷して砦を去り、リール村
で魔導の私塾を開いていた。
ガトー・ヒルデン ラバルタの騎士。レオンの親友。
オルガ老 リール村の長老。穏健で、孤立しているレオンの後ろ盾となってくれ
ていた。
ロザリンド 貴族の息女でレオンの弟子。
ニア・ベンダー レオンが師のセレスから相続した屋敷に住む借家人の娘。ゼクスの友
人。とレオンに懐いている。
アルド・クラン ダザの魔導士ギルドの親方。レオンの兄弟子。
ジェシ ダザのギルドに所属する魔道士。
ゲオルギウス・ランバート 〈鉄の砦〉の総帥。かつてのセレス・ノキアの同僚で友人。
エステン・ジレン 〈鉄の砦〉の魔導士。主任教授。
エヴァン 同。ゼクスが所属する小隊の小隊長。女性。
リジット 同。ゼクスが所属する小隊の班長。女性。
アスター・ハート 同。隊員。ランバードの死に際し、魔道士蜂起の指導者となる。
ウォーレン 同。隊員
フィオ 同。隊員
ダーニャ 同。隊員。女性。
ランス アスターの従者。諜報も行う。
エドガー・アラセン カデンツァ解放軍のリーダー。学者肌の青年。
フラセット卿 エルミーヌの貴族。エドガー、アスターのエルミーヌ側交渉相手。
ル・フェ 元〈鉄の砦〉の魔導士。セレス、ランバートの友人。隻腕。
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