原 題 「THE LONELY SEA」1985年
著 者 アリステア・マクリーン
翻訳者 高津幸枝他
出 版 早川書房 1992年12月
初 読 2020/10/6
『女王陛下のユリシーズ号』のアリステア・マクリーンの唯一の短編集。処女短編『ディリーズ号』、ドイツの誇るビスマルク号が沈むまでの数日間『戦艦ビスマルクの最後』 他。
『ディリーズ号』
とても良かった。
わずか13ページの短編であるが、文中では語られない、じいさんと二人の息子の人生がありありと思い浮かぶ。妻に先立たれた船乗りが、残された幼い二人の息子を男手ひとつで育てあげる。おそらく、海に長く出ている間は近所の農家の奥さんに息子達は預けられたかもしれない。息子達に慕われ、尊敬される船乗りの親父。息子達は父親の背中を見て真っ直ぐに育ち、やがて彼らも船乗りになる。二人は救助艇に乗組み一人は艇長となる。荒れた海にさらわれた見ず知らずの幼い兄妹を、見過ごしにはできない父親譲りの正義感。そのような息子達を誇りにする父親。こんな事は事細かに一言も書かれていないが、そうであろう、と老船乗りグラントじいさんの背後に語られない人生が浮かび上がってくる。
そして嵐の夜の荒れた波間に、息子達と、筏に乗せられた子供達を見つけたとき、グラントじいさんは、息子達が助けようとした幼い兄妹を荒れた海からすくい上げることを選択する。助けられるチャンスは一度だけだった。無情というのも軽々しい、万感の思いが軍艦ユリシーズの最後に通じる。
『ラワルビンジ号の死闘』
ちょっと気になった一文だけ。「手に入れた情報の正確さと完璧さに匹敵するのは、その情報がベルリンへ送られる迅速さくらいのものだろう」・・・・・日本語として、どうよ。原文読んでいないからちょっとわからないけど。「手に入れた情報の正確さと完璧さと並んで、その情報がベルリンに伝達される早さも比類ないものだった」くらいが自然な感じだろうか。
ドイツが誇る〈シャルンホルスト〉と〈グナイゼナウ〉の試航海の餌食になった英国武装商船ラワルビンジ号の悲劇。再三のシャルンホルストからの降伏勧告に応ぜず徹底抗戦を図り、撃沈。なんというか、あまりに文章が淡々としていてこの行動をどう受け止めるべきなのか困る。結局240人の経験豊かな乗組員が船と艦長と運命を共にした。玉砕は日本軍の専売特許じゃなかったんだな、と改めて思う。
『戦艦ビスマルクの最後』
ドイツが誇る戦艦ビスマルクと、イギリス人の誇り、戦艦フット。どちらも誤った情報と、指揮官の驕りや判断の誤りの集大成の結果沈んだのか?イギリスの戦艦フットが、あたかも日本人にとっての戦艦大和のような、海軍を象徴する艦だったことが良く分かる。それを沈めたビスマルクを執拗に追いかけるイギリス海軍。しかし、丹念に双方の証言を重ねれば、見えてくるのはイギリス側もドイツ側も誤認と失策を積み重ねた挙げ句の「戦果」だったようだ。
【備忘録】デンマーク海峡
アイスランドとグリーンランドの間の海峡。なぜここがデンマーク?と思ったので調べてみた。アイスランドは1918年に独立するまでデンマーク領で、グリーンランドは今もデンマーク領なんだそうだ。そうだったっけ。そうだったんだ。現在の国土の大きさで舐めることなかれ、デンマークはかつては海洋国家。学生時代は、地図帳を見ても,陸しか見ていなかったような気がする。しかし、バルト海の出口に位置し、北海に直面し、さらにドイツにフタをする格好のデンマークは、どう見ても軍事・通商の要衝ではないか。イギリスを海洋国家として見るべきであるように、ヨーロッパ史を海を視点の中心に据えると、これまで勉強してきたものからだいぶ違ったものが見えてくるのだろうな。
さて、このあと数話読んだが、艦が次々に沈む描写に気持ちが滅入ったので、今回はここまで。
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