原 題 「All SHALL BE WELL 」1994年
著 者 デボラ・クロンビー
翻訳者 西田佳子
出 版 講談社 1995年2月
初 読 2020年10月30日
キンケイドのアパートの階下に住んでいた女性が亡くなった。彼女は末期のガンで、在宅で緩和ケアを受けながら過ごしていた。第一発見者は、訪問看護師と偶然居合わせたキンケイド。当初は自然死と思われたが、キンケイドの勘になにかが引っかかる。そして、彼女の生活の世話をしていた女性に彼女が自殺を望んでいたと聞かされて。
今作は、ダンカンの自宅周辺での事件ということもあり、最初はプライベートな捜査から始まり、ジェマも巻き込んでいく。おのずとジェマがダンカンの私生活に触れることになり、ジェマはダンカンと自分の生活を比べて、僻みとはいわないまでも、落ち着かない気分になる。ジェマをそんな気分に陥れたダンカンの普段の生活ぶりや、ダンカンの住んでいる場所、そして事件現場が気になって、例に寄ってグーグルマップとストリートビューで捜索。ちょっとストーカーになった気分を味わう。
ロンドンから地下鉄に乗って北西、ハムステッド駅で下車。地下鉄の出入り口もシック。街並みはヴィクトリア様式?赤煉瓦と白い窓の縁取り、鋳鉄の街灯、石畳の道路。まさに日本人が思い描く英国。まだ海外旅行に行ったことはないが、最初に行くのはイギリスにしようと心に決める(笑)。
ピルグリムス・レーンはこんな感じの車1台通行出来る程度の一方通行。建物と緑に囲まれた上り坂。真っ直ぐ進めばハムステッド・ヒースの公園に突き当たる。たまたまですが、空も美しい。もう少し上ると、左手のカーリングフォード・ロードの入り口に至る。
カーリングフォード・ロードは、両側にヴィクトリア朝様式の3階(4階?)建ての住宅が並ぶ閑静な住宅街。階段を上ったところが1階ですね。建物裏側の写真はないが、地階に面して庭があり、階上には錬鉄の手すりのついたバルコニーがあるのでしょうね。左側の写真の左側の住宅の3階部分のどれかがキンケイドのアパート。(キンケイドの部屋が最上階、という記載が他の巻にあるのだけど、2階の住人の話がどこにも出てこない。メゾネットってわけでもなさそうだが。)
“彼女はしばらく運転席に座ったまま耳をそばだてた。カーリンフォド・ロードの静けさにはいつも驚かされる。・・・・・壁はすべて赤煉瓦だが、白い窓枠のせいでいかめしい感じが和らげられている。エントランスのドアが明るい色に塗られているのも個性的だ。”
作中にあるように、たしかにドアがカラフルに塗られているが、それでもしっくりと落ち着いている。写真は、ピルグリムス・レーン側からみて左手の住宅の並び。北向きにドアがある側で、ここまで坂を少し上がってきているので、多分建物の裏側の上階のバルコニーからは、北部ロンドンの夕景が見渡せるのだろう。これらの住宅の3階のいずれかにダンカンが住んでいる。。。。ここに実際に住んでいる人たちは、小説の舞台になっていることを知っているのだろうか。
“昼食にはフリーメイソンズ・アームズという店を選んだ。チーズとピクルスを載せた黒パンに、飲みものはラガービール。、庭先の白いプラスティックのテーブルが空くまで待たなければならなかったが、待つだけの価値はあると思えた。日当たりが良かったし、ウィロウ・絵オードからヒースまでを見渡せる最高の場所だったのだ。”
キンケイドとジェマとトビーが昼食をとった、フリーメーソンズ・アームズはこちら。うーん。素敵ですね。なんなんだ、ダンカン!こんな素敵な街で一人暮らししてんのか!うらやましすぎるぞ。
ちなみに店内はこんな感じ。
さて、もう一カ所、食事シーンを紹介。
ドーセットに日帰りで聞き込みに出張った帰り、ハムステッドに帰り着いたキンケイドは、家に直行せず、ふと寄り道を思いつく。
“キンケイドはふいに思い立って左に曲がった。スパニヤーズ・ロードは、暗くなってきたヒースの丘を渡る橋のようだ。・・・・バス停に人が立っている。やがて、道路にせり出したビショップの料金所が見えてきた。そこを通りすぎ、スパニヤーズ・インの混み合った駐車場で場所を探す。車を止めたとき、古いパブのドアが開いた。光が漏れ、暖かくて美味しそうな匂いのする空気が漂ってきた。”
店内のバー、落ち着いた室内のテーブルの写真、一番下の写真は店の料理の一つ。多分肉のパイ、かなあ。イギリス料理にはある種の「定評」(笑)があるが、どれも美味しそうに見える。本場のフィッシュアンドチップスを食べてみたい。ここまで写真はすべてグーグルマップからの借用です。ありがとう。
さて、ハムステッド観光案内所はこの辺りで閉店することにして、以下、レビューにもどる。
階下の女性、ジャスミンが思春期を過ごした村を尋ねるダンカン。庭仕事をしていた老女に身分証を示すと、
「そんなに偉い人にはみえないけど」
キンケイドは笑い声を上げた。
「それはどうも。ぼくも同感です」
丹念に聞き込み調査を進めながら、一人の女性の人生をモザイクのようにつなげていく。しかし、彼女を殺した目的がその遺産だったとしても、容疑者はいれど、決め手がない。一方で、ジェマの葛藤も感じ取る。
「ほかに悩みがあるんじゃないのか?不公平な男社会の中で、きみはいつも平然として闘っているじゃないか。自分の地位を守ろうと必死で頑張っている。敵の二人や三人はつくっただろうし」
彼女の悩みを聞き出し、経済的な苦境に同情しつつも、子育てで両親の援助を受ける、という現実的な選択をなかなかすることができない彼女のプライドを、柔らかく指摘するダンカン。
「ご両親のことも少しは信じてあげるといい———きみをこんなにいい子に育てあげた人たちなんだから」
ジャスミンが残した日記を辿りながら、ごく近くにいたはずなのに、何も知らなかった女性の人生を掘り起こす。見えてきたのは、時間の流れとともに自然に解きほぐされていたはずの人生のもつれが、悲しい偶然で再び固く結び合わされてしまった現実。誰かが悪かったわけではなく、不運だったり、少し力が足りなかっただけで、悲劇は起こりうる。それでも、そこから新しい関係も生まれうるのだ。劇的な事件ではなく、むしろこの静かさが現実的で、胸にこたえた。
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